戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第壱拾陸話 黒みほ物語(イニシャルD編)

 

 

 

 みほが、あの対抗演習のあとで告げられた「今年になって唐突に戦車道を再開した理由」

 角谷は、その原因になった出来事に思いを巡らしていました。

 

「廃校?」と角谷が聞き返しました。

 4月初め、角谷、小山、河嶋の3人は、霞ヶ関三丁目の文部科学省本省、学園艦教育局の担当者から呼ばれて、省内の応接室にいました

 省における官僚のトップは事務次官であり、以下、局、(部)、課という組織になります。

 定員が二千人いませんので、結構シンプルな組織です。

 部は、高等教育局にある私学部だけです。

 市役所レベルで文科省より職員の多いのはいくらでもあります。

 

 学園艦は生徒自治が原則です。だから学園艦そのものに関わる事案で会長が省に呼ばれるのは当然なのですが、未成年である会長に処分の言い渡しをすると言うのは、現実には形式でしかありません。これは大人の対応という奴です。

 

「学園艦は維持費も運営費もかかりますので、全体数を見直し、統廃合することに決定しました。

 特に成果のない学校から廃止します」

 

 だから大洗女子を廃校すると言うことでしょう。

 モブキャラどころの騒ぎではない、七三頭に角眼鏡が背広を着ているだけの、アニメならこんな手抜き描いた奴はでてこいと言われそうな、いかにも「NPC:若手官僚A」という外見の人物は、意外にも迫力のある渋いバリトンで、すでに決定事項であることを申し渡しました。

 

「つまり、私たちの学校がなくなると言うことですか」

「納得できない」

 

 これは小山、河嶋です。角谷は黙って座っています。

 Aさんは聞く耳持たないと言わんばかりに続けます。

 

「今納得していただけなかったとしても、今年度中に納得していただければ、こちらとしては結構です」

 

 これは単なる言い渡しでしかないのだよという口調です。両脇の2人がヒートアップします。

 

「……じゃあ、来年度には」

「はい」

「急すぎる!」

 

 角谷はあいかわらずダンマリを決め込んでいます。

 

「……大洗女子学園は近年、生徒数も減少していますし、目立った活動もありません」

 

 Aさんは、角谷を見ながらさらにこう言いました。

 

「――昔は戦車道が盛んだったようですが」

 

 なぜかAさんはここで余計なひと言を発しました。

 案の定、角谷が食いついてきました。

 

「ああ、じゃあ、戦車道やろっか?」

 

 小山と河嶋にとっては、全くひょうたんから駒でした。

 

「ええっ?」

「戦車道ですか?」

 

 角谷の無茶振りがまた出たと言わんばかりに、角谷を見るお2人さん。

 

「まさか優勝校を廃校にはしないよねえ」

 

 だめ押しとばかり角谷は宣言します。Aさんは手に持ったバインダーを眺めるだけで、何も言いません。

 

 

 

 生徒会たちが帰ったあと、Aさんは広げていたバインダーを閉じました。表紙には「極秘」と書かれていました。

 応接室を出たAさんは、事務室に帰ると「霞ヶ関WAN」の端末を起動させ、その日に自分宛に届いたメールを開き、添付ファイルを端末のドキュメントにコピーして、前のメールで送付されていた秘密鍵で復号化しました。

 そして、その文書をプリントアウトすると起案用紙を取り出し、件名欄に極秘バインダーの表紙の題名と同じ字句を書いて、稟議にかけました……

 

 

 

 まあ確かに、全国高校生大会で黒森峰ぶちのめして優勝でもすれば、予算ぐらいつくかも知れませんが、それはどちらもよほど幸運に恵まれない限り無理なことです。

 もっとも、同行した2人は「会長なら、会長ならきっとやってくれる」と信じてます。

 

 自分で言い出したことながら、難儀なことだ。と角谷は思いました。

 そして、自分と責任を分かち合う立場の人物のことも。

 

 

 

 みほもその時、同じ事を思っていました。

 確かに、戦車道で全国大会優勝ほどの金星をあげることができれば、この学園が存続することもありえるでしょう。

 

「お姉ちゃん……」

 誰が送ってきたのか、何のために送ってきたのかもわかりませんが、それは姉がある長く苦しい戦いを戦ったとき、かぶり続けていたベレー帽。

 

 みほは、鏡の前でその帽子をかぶって、姉の戦いに思いをはせました。

 そして、角谷のことも思いました。

 ひょうひょうと、ときに不敵にさえみえる小柄な角谷。ときどき乱暴者。

 しかし角谷は、落城寸前の城内で、絶望的な戦いにひとりで挑んでいたのです。

 

 鏡の中の、ベレーをかぶったみほは、あのときと同じ決意をしました。

 姉にだけは恥じない自分でいたいから。

 

 

 

 その時、海崎は歴史書が山積みになった部屋で、本を枕にうたた寝していました。

 これでもほんの一部です。彼女の実家には埋まって死ぬほどの歴史書があります。

 それだけ読んで脳筋なのですから、本当に脳筋のやることは分かりません。

 海崎はネット上の情報は信用していません。

 書籍のように検証を経ていないと考えるからです。

 突然、枕元(?)のガラケーが着信音を鳴らします。

『完~璧~の~バカ 嘆~く日輪 切れ~てつ~か~ない電灯~の~もと(以下自粛)』

 すると積み上がった本の山から、「坂本商会成立史」という分厚い本が落っこちて

海崎のみぞおちを直撃。

「ぐえ!」とうめいた海崎は、手元でガラケーが鳴っているのに気がついたようです。

 

「……はい、この電話は降伏の留守番電話です、発信音が鳴ったら白旗を――」

『――何寝ぼけてる。そろそろ明日の昼あたりやろうと思うんだけど』

「ん? まだ五月下旬だ。ちーとばかり早すぎねえか?」

『いや、遅いくらいだ。本当ならもっと早く西住ちゃんが隊長になってたはずだからね』

 

 電話を切った海崎が無造作に起き上がると、今度は本の山そのものが雪崩れました。

「ぎええええええ!!」と叫ぶ海崎は、あっという間に本の雪崩に押しつぶされました。

「痛てっ!」とどめに海崎の頭に、古びた木箱が命中しました。

 木箱のふたが開いて、中から旧陸軍の戦車兵用ゴーグルが転がり出てきました。

 

 本の山からようやく脱出した海崎は、そのゴーグルを手に取ってみました。

「――と、言われちゃいるけど、本物かどーかはわかんねえよな」

 普段から度なし防弾レンズの眼鏡をかけている海崎には、不要なものでした。

「……験担ぎで、隊長にでもやるか」

 

 ――翌日、昼休み。生徒会長室に角谷とみほ、それに小山、河嶋、あとなぜか海崎が

集まっています。

 

「一応さ、教官殿からそろそろやれって言われてるんだけど……」

 そう言いかけた角谷は、みほに向かってこう言いました。

 

「西住ちゃーん。木更津と習志野と横浜なら、どこがいい?」

 

 みほは、何を聞かれているのか分からず、単純に答えました。

「その3つなら、横浜だと思います」

「あっそ。西住ちゃんの意見なら従うべきだろうね」

 そう言って角谷は、黒檀の机の隅にある指紋静脈認証装置に触れました。

 すると、机の天板の一部が自動的に開き、液晶ディスプレイとキーボードにトラックボール、それに電話の送受話器らしきものが現れました。

 角谷は電源を入れ、画面に「学園艦生徒会WAN」というトップページが表示されたのを

確認してから、大洗女子に割り振られたIDとパスワードを入力。

 接続先に「聖グロリアーナ女学院」を選択、呼び出し候補一覧から、「紅茶の園」を選びました。

 IP電話の受話器を耳に当てると、呼び出し音が聞こえます。

 

『はい、聖グロリアーナ戦車隊本部、ニルギリです』

「どーもお世話になります。大洗女子学園生徒会長の角谷です。「イニシャルDさん」をお願いします」

 

 Dさんとは、聖グロリアーナの隊長さんで、「イギリス巻」というひっつめ三つ編みの、絵に描かないと説明不能な髪型が特徴の方です。

 

『お待ちください……代わります』

 

 1分ほどたってから、Dさんが電話にでました。

 

『すごくお久しぶりですわね、角谷さん。今日はどのようなご用件ですの?』

「うん、本当にご無沙汰してたよ。実はお願いしたいことがあってさ。

 今年からうちでも戦車道、始めたんだ」

『まあ、そうですの』

「それで一応形になってきたんで、初めての交流戦やろうと思ったんだけど、うちの隊長が聖グロリアーナくらいでないと、大洗女子戦車隊「E・ヴァレンシュタイン」には役不足だって言うんだよね」

『あらまあ……』

 

 聖グロリアーナと言えば、高校では全国四強の一角。あまりの無茶に周りの4人が、あごを全開にして驚いてます。

 

「いや、私としては、もっと与しやすい相手があるだろうと言ったんだけど、隊長がどうしても聖グロリアーナじゃなきゃダメだって言い張るもんだからさ。

 そっちにとっては遊びにすらならないと思うんだけど、失礼を承知でお願いします」

 

 みほの口が「そんなこと言ってないですから」の形に動きますが、言葉になりません。

 

『結構ですわ。私たちは挑まれた勝負は逃げませんの。……そちらの、角谷さん以上の、まずありえないくらいの蛮勇の持ち主のお名前、お教えいただけないかしら』

「――西住流、元仮目録位七段、西住みほ。いまはただの人」

『……まあ、そうですの! それならわかりますわ。楽しみですわ。試合場はそちらで。

 次の日曜日にそちらに入港するよう予定を組みますわね。そちらは何輌ご用意されます?』

「7輌。車種はお察しと言うことで。手加減してくれない?」

『いいえ、イーブンでやらせていただきますわ。

 宗家のお嬢様がお相手でしたら、それが礼儀かと思いますわ。それではごきげんよう』

 

 もちろん、Dさんの受け答えも、室内スピーカーで流されて、皆さん聞いています。

 まるで武即天や北条政子みたいな猛女にされたみほの顔色は、もはや土気色です。

 

「そげんこつ……なかとですばい……」

 

 

 

「ということで、今度の日曜、聖グロリアーナと親善試合だから」

「――わ、私は聖グロリアーナなんてひと言も――」

「ヨーグルトと知波単と聖グロリアーナのどれがいい?って聞いたら、

 西住ちゃんが選んだんだからねー。よ・ろ・し・く」

 

 またまた真っ青になるみほ。

 そのみほの目の前に、くだんの古い戦車兵用ゴーグルを突き出す海崎。

 

「あっしは眼鏡外せねえんでさ、あんたにあげるからそいつ使ってくれよ。

 なんか由緒あるもののようなんだよね」

「は、はあ……」と言って受け取るみほ。

「まあ、お守り代わりだと思ってくれ」

 

(みほは「ぐんしんのごーぐる」をてにいれました)

 

「あーそうそう。もし勝てなかったら、大納涼祭りでAチームアライッペ踊りだから」

 

 

 

 

 


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