いよいよ学内対抗戦の始まりです。チームは2つに分かれ、それぞれ待機所に向かいます。
みほを車長席に追いやるはずのさおりんがⅣ号にたどりついた時には、通信手席でみほが、にっこり笑って出迎えてくれました。
さおりんは一足遅かったようです。
まず青隊は、出発前に車長会議を開くことにしました。
「武部ー。何で君がここにいんの~?」
「みぽりんに、通信席取られました……」
「はあ、しゃあない。じゃ河嶋、後は任した。お前車長ね。私はここでは兵隊だから」
そう言って、角谷は38(t)に戻っていきました。
「では諸君、私の考えた作戦を説明する……」
角谷は、知ったことではないと言う顔をして、38(t)の砲手席に座ります。
「小山、向こうのリーダーがどっちかで決まるね。終了時間が」
「どういうことですか? というかなぜ会長が砲手に?」
「まず、河嶋の砲撃の惨憺たる成績、命中ゼロ。修正必要ない距離でさえ当たらない。
蝶野さん、西住ちゃんは当然、脳筋かいざーにまで処置なしと言われたなら私の方がマシかも。
あとイノシシかいざーが向かってくるなら少しは抵抗らしいこともできるだろうけど、赤星ならば、はぼ瞬殺ってことかなあ。正直かいざーがこっちについても負けるよ」
もっとも、西住ちゃんが指揮をとるならその限りにあらずだけどね。と角谷は思いました。
大洗艦のブリッジ後方に広がる長さ約4kmの人工地形。その隅で2輌のシャーマンが状況開始の合図を待っています。
「赤星さん、どうするね?こっちはあんたの指図で動いてもいいよ」
「……いえ、今回はお任せします。もし、みほさんが隊を掌握していたら、こちらが盾役を引き受けなければならないと思います」
「それはたぶんねえと思うよ、今回は。
河嶋が頭なら、どっかで待ち伏せするのがいいとこだろうね。
Ⅲ突やM3があるから。
……わかった、2輌しかねえけど、一応斜行陣で行こう。
そっちが前で右側を、あっしが後追いで左側を警戒して進むってことでどうだい?」
「方針は?」
「もし奴らがアンブッシュしてるなら、平地と森林の境界だろうさ。
Ⅳ号が仮にHEAT弾設定の競技弾を積んでいても、実態に即してなければならねえから5発。
貫徹力は70mm。後を取られなければ問題はないだろう。
だが大洗の演習場には長さ1000mの平野はないから、これは下手すれば出会い頭で撃ち合う事もありそうだ。
優先順位はⅢ突、Ⅳ号、M3の順で。たぶんⅣ号以外からは、まず被弾しねーだろうな。
できればⅣ号が逃げたときに備えて、奴らのHEATはここで看板にしておこう」
「今回はこちらにとっては殲滅戦ですが、魔改造38(t)や八九式に快速を利して逃げられたら?」
「時間切れで終わりだけどさ、戦意過剰な河嶋はこいつらに後背を取らせるんじゃね?
もっとも、その場合は正面の3輌は終わってるだろうから、後ろ100mに入り込まれる前にやればいいさ」
『両隊配置につきました。これより状況開始』
蝶野教官が演習開始を宣言しました。
「さあ、おいでなすった。行こうか」
赤隊2両は、エンジンを起動。前進開始です。
青隊は、人工地形の山のふもと、目の前に草原が広がる森林に陣を張っています。
赤隊が山や丘陵を迂回して進むなら、目の前に脇腹をさらして出てくるでしょう。
その場合の距離は300m程度。機先を制すれば十分勝算ありと考えたようです。
布陣は林野部のくぼんだところにⅣ号、Ⅲ突、M3が隠れており、38(t)と八九式は向かって左側と右側にそれぞれ伏せております。
シャーマン2輌が混乱しているうちに背後に回ってエンジンルームを撃つという手順です。
しかし、当然のことですが、河嶋は重要なことを見落としていました。
相手が山を迂回しなければならないというのは、単なる思い込みです。
だって戦車なんですから。
「赤星、見えるか? あいつら思った通りのところにいやがった」
双眼鏡を構え、山の頂に陣取って観察する赤隊の2輌からは、見下ろす形で青隊の3輌が並んでいるのが見えます。
元黒森峰のメンバーに使いやすいように、ジャンボの照準眼鏡はドイツ式に換えられています。
『直線距離、約700mです』
「木が邪魔で稜線射撃はできねえ。頂を越えたところで攻撃しよう。装填、弾種HVAP」
「装填完了」
『こちらも完了』
「よし、停止な。撃ち方用意、目標Ⅲ突。いけるかい?」
「Ⅲ突上面に照準」
『照準しています』
「では統制射撃行くよ! 撃て!」
海崎たちの攻撃は、まったくの奇襲になりました。
樹木に覆われた対面の山頂、高さ100mぐらいのところで2つの閃光と爆煙が上がり、2発の高速徹甲弾(と言う想定の貫徹力のない競技弾)が飛来。
林に潜んでいたⅢ号突撃砲の操縦席付近と戦闘室上部装甲に命中して貼り付き、備え付けの撃破判定装置が貫徹と判定。即座にⅢ突に白旗が上がりました。
なお競技参加許可車輌の戦闘室内部は、戦車道連盟指定の防護材が内張りされてますが、カーボン系と言うこと以外は何も知らされていません。
これがあるから撃たれても大丈夫なんだそうです。(……)
「逃げよー、逃げよー」
「そーしよー」
「いそげー」
「にげろー」
この奇襲攻撃にM3リーの1年生チームはパニックに陥り、「きゃー」とか「逃げよー!」とか
「あいー!」とか叫んでエンジンを回し、勝手に前進。
逆にⅣ号の沙織は、すくんでしまって何もできません。
つづいて同じ場所から通常徹甲弾設定弾が、今度はM3を捕らえました。
車体上部前面と上部砲塔に命中。
重量の割りに装甲の薄いM3も撃破判定されました。
M3が飛び出してしまったため、逃がすくらいならと赤隊が目標の優先順位をを変更したのです。
しかし、2度の目標変更のため、Ⅳ号を照準するのにわずかに手間取り、3斉射目には
タイムラグが生じてしまいました。
すでに2回の発射光を目視していて、さらに3度目の閃光を目にした麻子は、自分の判断でⅣ号を後進させ、海崎たちの砲撃を空振りさせます。
そして指示を求めました。
「沙織、これからどうするんだ? 指示しろ」
「もうやーだーぁ! どうすればいいのよ」
「西住さん、あんたにしかわからないようだ。どうすればいい?」
「……」
「このままやられるのを待つのか? 早く指示しろ!」
みほには、当然どうすればいいのかわかっています。
しかし、できれば戦車道をやるにしても、表に出たくない気持ちが強かったのでした。
でも、状況はそれを許しません。
そして、皆が真剣な顔で自分を見て、いな、怒ってにらんでいます。
このまま、あの二輌のようになにもしないで倒されていいのかと。
しかたがない。みほも最低限のことは言うべきだろうと思いました。
「……優香里さん、弾種榴弾、装填おねがいします。
華さんは赤隊の発砲位置へ、おおよそでいいですから撃ってください。
麻子さんは発砲後今のまま全速で前進。山の陰に逃げこんでください。
すぐにおねがいします」
Ⅳ号はみほの指示通り、赤隊概略位置に向け榴弾を発射。樹木が倒れ、2輌のシャーマンの姿があらわになりました。
Ⅳ号はそのまま林をくぐって山の裏へ逃れようとします。
シャーマン2輌も、姿をさらけ出しているのはまずいと判断したのか、山の斜面の樹木が密なところへ移動します。
『青隊A、CおよびDチーム。Eチーム砲手角谷。状況知らせ。オーバー』
38(t)の砲手である角谷から通信が入ってきました。
「Eチーム。Aチームです。CチームおよびDチームは撃破されました。指示を請います。送れ」
みほが返答しますが、角谷は意外なことを問いただしてきました。
『Aチーム車長誰なりや? オーバー』
とっさに武部沙織が自分のマイクで通信に割り込みます。
「前車長武部沙織、指揮不能により西住みほと交代せり。送れ」
麻子がすべての意図を察して、自ら口を開きました。
「西住さん、もう観念しろ。あんたでなければこの戦車は戦えん」
華も秋山殿ももうわかっています。当然合わせてきます。
「みほさん、指図いただけなければ、どこを何で撃てばいいのかわかりません」
「私は装填手が天職であります。誰とも代わりません」
「わかった? みぽりん。交代するよ」
こうしている間にも、青隊の車間通信は錯綜してきました。
『全車。Bチーム。状況不明、指示を求む。ブルーリーダー応答されたし!
直ちに応答されたし! 送れ』
『お前らー! 何をやってる。進め。いや隠れろ!敵が姿を見せた、すぐ撃て! いや取りやめ!
あそこを狙え!!』
『Eチーム。Bチーム。何のことだか分からない! 状況知らせろ。何をしたらいいんだ!』
「……」
「みほさん……」
『全車。Eチーム角谷。聞いての通りブルーリーダーは指揮不能。このままでは何もできない。
Aチーム車長に青隊指揮権限委譲したし。繰り返す、Aチーム車長に指揮権限委譲したし。
直ちに返答を求む。我が隊は全滅の危機にあり。オーバー』
みほは、まさに戦場の霧だと思います。
相手はこちらを知っていて、こちらは相手に先手を取られ続けている。
このまま指揮を回復できなければ、動けないまま1輌ずつ翻弄されて終わる。
……しかし、それでもまだ自信を持てないでいました。
「……」
「西住殿、お願いします!」
『西住ちゃん! やるのかやらないのか、どちらかしかないんだ!』
そうです、この場で対応できるだけの経験と場数を踏んでいるのは、みほしかいないのです。
高校戦車道屈指の戦術眼の持ち主には、どうすればいいのかわかっているのです。
「――っ。……わかりました。お受けします。
――全車。Aチーム西住。これより戦車戦の指揮をとります。送れ」
『貴信了解した。隊長、指示を請う。オーバー』
「BおよびEチーム。ブルーリーダー。これより集結せず個々に全速力で地点B-102に集結してください、その後の行動については当該地点で説明します。送れ……」
みほは、2輌の速力でてんでんバラバラに逃げれば追えないと考えたのです。
こうして、ようやくみほが青隊の指揮を掌握することになりました。
「大統領および書記長。こちら地獄。本文、「ルシファーはサタンになった」以上送れ」
『地獄。大統領了解。すべて目論見通りだな。とりあえずは』
『地獄。同じく書記長了解。あとはこのドリルを予定通り終わらせるだけだ。
ルシファーには察知されるな。
あと、こちらの通信料は、当然市内通話なんだろうな?』