戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第壱拾参話 表現に困る、雨中で駆逐暴風(前編)

 

 

 

 いよいよ学内対抗戦の始まりです。チームは2つに分かれ、それぞれ待機所に向かいます。

 

 

 

 みほを車長席に追いやるはずのさおりんがⅣ号にたどりついた時には、通信手席でみほが、にっこり笑って出迎えてくれました。

 さおりんは一足遅かったようです。

 

 まず青隊は、出発前に車長会議を開くことにしました。

 

「武部ー。何で君がここにいんの~?」

「みぽりんに、通信席取られました……」

「はあ、しゃあない。じゃ河嶋、後は任した。お前車長ね。私はここでは兵隊だから」

 

 そう言って、角谷は38(t)に戻っていきました。

 

「では諸君、私の考えた作戦を説明する……」

 

 

 

 角谷は、知ったことではないと言う顔をして、38(t)の砲手席に座ります。

 

「小山、向こうのリーダーがどっちかで決まるね。終了時間が」

「どういうことですか? というかなぜ会長が砲手に?」

「まず、河嶋の砲撃の惨憺たる成績、命中ゼロ。修正必要ない距離でさえ当たらない。

 蝶野さん、西住ちゃんは当然、脳筋かいざーにまで処置なしと言われたなら私の方がマシかも。

 あとイノシシかいざーが向かってくるなら少しは抵抗らしいこともできるだろうけど、赤星ならば、はぼ瞬殺ってことかなあ。正直かいざーがこっちについても負けるよ」

 

 もっとも、西住ちゃんが指揮をとるならその限りにあらずだけどね。と角谷は思いました。

 

 大洗艦のブリッジ後方に広がる長さ約4kmの人工地形。その隅で2輌のシャーマンが状況開始の合図を待っています。

 

「赤星さん、どうするね?こっちはあんたの指図で動いてもいいよ」

「……いえ、今回はお任せします。もし、みほさんが隊を掌握していたら、こちらが盾役を引き受けなければならないと思います」

「それはたぶんねえと思うよ、今回は。

 河嶋が頭なら、どっかで待ち伏せするのがいいとこだろうね。

 Ⅲ突やM3があるから。

 ……わかった、2輌しかねえけど、一応斜行陣で行こう。

 そっちが前で右側を、あっしが後追いで左側を警戒して進むってことでどうだい?」

「方針は?」

「もし奴らがアンブッシュしてるなら、平地と森林の境界だろうさ。

 Ⅳ号が仮にHEAT弾設定の競技弾を積んでいても、実態に即してなければならねえから5発。

 貫徹力は70mm。後を取られなければ問題はないだろう。

 だが大洗の演習場には長さ1000mの平野はないから、これは下手すれば出会い頭で撃ち合う事もありそうだ。

 優先順位はⅢ突、Ⅳ号、M3の順で。たぶんⅣ号以外からは、まず被弾しねーだろうな。

 できればⅣ号が逃げたときに備えて、奴らのHEATはここで看板にしておこう」

「今回はこちらにとっては殲滅戦ですが、魔改造38(t)や八九式に快速を利して逃げられたら?」

「時間切れで終わりだけどさ、戦意過剰な河嶋はこいつらに後背を取らせるんじゃね?

 もっとも、その場合は正面の3輌は終わってるだろうから、後ろ100mに入り込まれる前にやればいいさ」

 

 

 

『両隊配置につきました。これより状況開始』

 

 蝶野教官が演習開始を宣言しました。

 

「さあ、おいでなすった。行こうか」

 赤隊2両は、エンジンを起動。前進開始です。

 

 青隊は、人工地形の山のふもと、目の前に草原が広がる森林に陣を張っています。

 赤隊が山や丘陵を迂回して進むなら、目の前に脇腹をさらして出てくるでしょう。

 その場合の距離は300m程度。機先を制すれば十分勝算ありと考えたようです。

 布陣は林野部のくぼんだところにⅣ号、Ⅲ突、M3が隠れており、38(t)と八九式は向かって左側と右側にそれぞれ伏せております。

 シャーマン2輌が混乱しているうちに背後に回ってエンジンルームを撃つという手順です。

 しかし、当然のことですが、河嶋は重要なことを見落としていました。

 相手が山を迂回しなければならないというのは、単なる思い込みです。

 だって戦車なんですから。

 

 

 

「赤星、見えるか? あいつら思った通りのところにいやがった」

 

 双眼鏡を構え、山の頂に陣取って観察する赤隊の2輌からは、見下ろす形で青隊の3輌が並んでいるのが見えます。

 元黒森峰のメンバーに使いやすいように、ジャンボの照準眼鏡はドイツ式に換えられています。

 

『直線距離、約700mです』

「木が邪魔で稜線射撃はできねえ。頂を越えたところで攻撃しよう。装填、弾種HVAP」

「装填完了」

『こちらも完了』

「よし、停止な。撃ち方用意、目標Ⅲ突。いけるかい?」

「Ⅲ突上面に照準」

『照準しています』

「では統制射撃行くよ! 撃て!」

 

 海崎たちの攻撃は、まったくの奇襲になりました。

 樹木に覆われた対面の山頂、高さ100mぐらいのところで2つの閃光と爆煙が上がり、2発の高速徹甲弾(と言う想定の貫徹力のない競技弾)が飛来。

 林に潜んでいたⅢ号突撃砲の操縦席付近と戦闘室上部装甲に命中して貼り付き、備え付けの撃破判定装置が貫徹と判定。即座にⅢ突に白旗が上がりました。

 なお競技参加許可車輌の戦闘室内部は、戦車道連盟指定の防護材が内張りされてますが、カーボン系と言うこと以外は何も知らされていません。

 これがあるから撃たれても大丈夫なんだそうです。(……)

 

「逃げよー、逃げよー」

「そーしよー」

「いそげー」

「にげろー」

 

 この奇襲攻撃にM3リーの1年生チームはパニックに陥り、「きゃー」とか「逃げよー!」とか

「あいー!」とか叫んでエンジンを回し、勝手に前進。

 逆にⅣ号の沙織は、すくんでしまって何もできません。

 つづいて同じ場所から通常徹甲弾設定弾が、今度はM3を捕らえました。

 車体上部前面と上部砲塔に命中。

 重量の割りに装甲の薄いM3も撃破判定されました。

 M3が飛び出してしまったため、逃がすくらいならと赤隊が目標の優先順位をを変更したのです。

 しかし、2度の目標変更のため、Ⅳ号を照準するのにわずかに手間取り、3斉射目には

タイムラグが生じてしまいました。

 すでに2回の発射光を目視していて、さらに3度目の閃光を目にした麻子は、自分の判断でⅣ号を後進させ、海崎たちの砲撃を空振りさせます。

 そして指示を求めました。

 

「沙織、これからどうするんだ? 指示しろ」

「もうやーだーぁ! どうすればいいのよ」

「西住さん、あんたにしかわからないようだ。どうすればいい?」

「……」

「このままやられるのを待つのか? 早く指示しろ!」

 

 みほには、当然どうすればいいのかわかっています。

 しかし、できれば戦車道をやるにしても、表に出たくない気持ちが強かったのでした。

 でも、状況はそれを許しません。

 そして、皆が真剣な顔で自分を見て、いな、怒ってにらんでいます。

 このまま、あの二輌のようになにもしないで倒されていいのかと。

 

 しかたがない。みほも最低限のことは言うべきだろうと思いました。

 

「……優香里さん、弾種榴弾、装填おねがいします。

 華さんは赤隊の発砲位置へ、おおよそでいいですから撃ってください。

 麻子さんは発砲後今のまま全速で前進。山の陰に逃げこんでください。

 すぐにおねがいします」

 

 Ⅳ号はみほの指示通り、赤隊概略位置に向け榴弾を発射。樹木が倒れ、2輌のシャーマンの姿があらわになりました。

 Ⅳ号はそのまま林をくぐって山の裏へ逃れようとします。

 シャーマン2輌も、姿をさらけ出しているのはまずいと判断したのか、山の斜面の樹木が密なところへ移動します。

 

『青隊A、CおよびDチーム。Eチーム砲手角谷。状況知らせ。オーバー』

 38(t)の砲手である角谷から通信が入ってきました。

「Eチーム。Aチームです。CチームおよびDチームは撃破されました。指示を請います。送れ」

 みほが返答しますが、角谷は意外なことを問いただしてきました。

『Aチーム車長誰なりや? オーバー』

 とっさに武部沙織が自分のマイクで通信に割り込みます。

「前車長武部沙織、指揮不能により西住みほと交代せり。送れ」

 

 麻子がすべての意図を察して、自ら口を開きました。

 

「西住さん、もう観念しろ。あんたでなければこの戦車は戦えん」

 華も秋山殿ももうわかっています。当然合わせてきます。

「みほさん、指図いただけなければ、どこを何で撃てばいいのかわかりません」

「私は装填手が天職であります。誰とも代わりません」

「わかった? みぽりん。交代するよ」

 

 こうしている間にも、青隊の車間通信は錯綜してきました。

 

『全車。Bチーム。状況不明、指示を求む。ブルーリーダー応答されたし!

 直ちに応答されたし! 送れ』

『お前らー! 何をやってる。進め。いや隠れろ!敵が姿を見せた、すぐ撃て! いや取りやめ!

 あそこを狙え!!』

『Eチーム。Bチーム。何のことだか分からない! 状況知らせろ。何をしたらいいんだ!』

「……」

「みほさん……」

『全車。Eチーム角谷。聞いての通りブルーリーダーは指揮不能。このままでは何もできない。

 Aチーム車長に青隊指揮権限委譲したし。繰り返す、Aチーム車長に指揮権限委譲したし。

 直ちに返答を求む。我が隊は全滅の危機にあり。オーバー』

 

 みほは、まさに戦場の霧だと思います。

 相手はこちらを知っていて、こちらは相手に先手を取られ続けている。

 このまま指揮を回復できなければ、動けないまま1輌ずつ翻弄されて終わる。

 ……しかし、それでもまだ自信を持てないでいました。

 

「……」

「西住殿、お願いします!」

『西住ちゃん! やるのかやらないのか、どちらかしかないんだ!』

 

 そうです、この場で対応できるだけの経験と場数を踏んでいるのは、みほしかいないのです。

 高校戦車道屈指の戦術眼の持ち主には、どうすればいいのかわかっているのです。

 

「――っ。……わかりました。お受けします。

 ――全車。Aチーム西住。これより戦車戦の指揮をとります。送れ」

『貴信了解した。隊長、指示を請う。オーバー』

「BおよびEチーム。ブルーリーダー。これより集結せず個々に全速力で地点B-102に集結してください、その後の行動については当該地点で説明します。送れ……」

 

 みほは、2輌の速力でてんでんバラバラに逃げれば追えないと考えたのです。

 こうして、ようやくみほが青隊の指揮を掌握することになりました。

 

 

 

「大統領および書記長。こちら地獄。本文、「ルシファーはサタンになった」以上送れ」

『地獄。大統領了解。すべて目論見通りだな。とりあえずは』

『地獄。同じく書記長了解。あとはこのドリルを予定通り終わらせるだけだ。

 ルシファーには察知されるな。

 あと、こちらの通信料は、当然市内通話なんだろうな?』

 

 

 

 

 

 

 

 


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