戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第拾話 黒みほ物語(明鏡止水の人編)

 

 

 

「西住みほのことはまあ、とりあえずヤサに帰ってから考えるか」

 

 海崎がてくてく自宅に向かって歩いていると、後から軽めの単気筒の排気音が近づいてきて、海崎の前で止まりました。

 

(H技研のX○50モタードか、こいつはミニレース用にいじられてるのが多いが、これはドノーマルだな。乗ってるのは女か)

 海崎の眼鏡がキラーンと光ります。

 

 モタードというのは、数年前はやったオフロード仕様の単車に、オンロード用のタイヤをはかせたキマイラです。

 今はX○50は排ガス規制の関係で絶版になってます。

 

「あら、海崎さん」

 

 フルフェイスのバイザーを上げたライダーが声をかけてきました。

 

「なんだ、華道のお嬢かい。原チャリ取ったんだ。でもスクーターじゃないのは意外だね」

「ええ、この間」と言って、華は海崎に免許を見せます。

「ふーん‥‥‥何だよ? 原付はいいとして、この普自二ってなんすか?」

「実は、海崎さんに言われたように上陸中に原付免許を取りにいったんです。合格して免許をいただいて、外に出て、そこで見たんです。」

「……もしかしてさ、一発試験やってるとこ?」

「はい、大きなバイクの。2人ほど試験中止になったあとですわ。

 雰囲気のある方が順番になって、美しい所作でバイクにお乗りになって。

 バイク乗るのにも作法があるのですね。

 その方は流れるように、機敏に一連の所作をこなし、発進の合図と共になめらかに走り出しました。」

「別にアレは作法とか振る舞いとかじゃなく、受験者を落とすための厳格な発進手順や安全確認なんだけど」

「そして狭い板の上を、全く身じろぎしないで、歩くよりも遅い速さで真っ直ぐ渡られて」

「一本橋だな」

「寝かされたはしごの上を、ステップの上に立ち上がって、やはり美しい姿勢のままゆっくりと越えていかれて」

「波状路だな」

「そして今度は立ててあるコーンの間を、バイクを鋭く倒し込みながら縫うように素早く駆け抜けて、でも不思議なことにその方の頭は動かず真っ直ぐに進んで」

「パイロンスラロームだな」

「そして狭い路地を、縁石ぎりぎりに踏まないで、ひらひらと舞うように駆け抜けていき」

「S字とクランクだな」

「そして見通しの悪いところでは、しっかりと安全確認しなければならないのですね。

 勉強になりました」

「いや、その安全確認もオーバーアクションだから。受かるためには必要だけど」

「そしてバイクを止めて離れる瞬間まで、真剣そのものでいらっしゃいました。

 こちらも襟を正すほどでしたわ。

 私はそこに技と礼法と心映え、道を見いだしました」

「ご感想がそーとー時代がかっているように思うんですが。

 というかこんな展開許されるんでやんすか?

 ……まあいいや、それでギア付きをお買いになったと」

「ええ、安かったもので。これ1台だけ10万ほどで。あとは原付でも新車ばかりでした」

「で、ク○タニのジャケ、カントリージーンズ、グラブにブーツで、

 メットが大鉄板のア○イのアス○ロとか、渋すぎるんですけど。

 つーかその一式そのマシンより高くない?

 装備のそろえ方は、その受験者に聞いたのかい?」

「ええ、その女性の方にはいろいろ教わりまして、他にも本やネットで調べて。

 自己流ですが練習して、本当は大型受けたかったんですけど」

「そいつも女かよ!

 ……そーだね、大型は18歳以上で要普二経験だからね。

 あっしはもうすぐ取るけど。あと仮免と」

「でも、3回もかかってしまいました」

「もしかして、免許は試験場で取るもんとか思ってね? あなたのような超初心者でなくとも普通は3回しかかからなかったと言うんですよ。普通は。

 ……面白いね、晩飯食ったら中甲板のトラックヤードにおいでよ」

 

 大洗艦のトラックヤード、といっても、運送トラックの大群が大洗艦に常駐しているわけもなく、まっさらなアスファルト舗装が施されたその広いスペースには、数台のトラックがタイヤに車止めをした状態で停まっているだけでした。

 大洗艦は波高5mでも5度と傾くことはありませんから、ワイヤーで固縛したりはしません。

 天井から水銀灯で煌々と照らされているので、夜の路上よりずっと明るいです。

 その片隅で何台かのバイクが、思い思いに8の字を描いたり、どこから持ってきたのか

コーンや古タイヤで作ったコースを走り回っています。

 黙認状態というわけではありません。ちゃんと角谷が許可を出しています。

 

「よう、待ってたぜ」

 

 華が来るのを見つけた海崎が、こっちに来いと手招きします。

 海崎はオフ用ブーツ、オフ用のブーツインパンツ、なぜかタンクジャケット、ニーシンガードとエルボーガード、ヘルメットだけア○イのオンロードオープンフェイス(スネル)という出で立ちで、かなり年季の入ったスリムな単車に乗っています。

 というかほぼスクラップですね。

 オープンフェイスなのは、眼鏡外さずにかぶれるからです。

 

「大洗女子非公認モーターサイクル愛好会にようこそ。お嬢。

 ……ふふふ、こんなとこに集まっちゃ、ジムカーナごっこして遊んでるのさ」

 

 テレビで白バイ候補生がやってるアレです。

 華は海崎の乗っている、年季が入っているなどというのが生やさしいレベルのボロ単車をじっと見ています。

 

「ああ、これかい。SP○DAという250ccの20年物さ。世紀末ごろはジムカーナ野郎の御用達はこいつかN○R250Rという2ストだったってさ。」

 

 どちらもアルミフレーム、90度バンクV型2気筒、軽量スリムで運動性に優れ、バンク角が深く、スムーズでレスポンスがよいので愛用されたようです。

 というより市場ではとっくに絶滅したのに、ジムカーナ界ではN○Rの方は、いまだに現役を張ってるようです。

 

「でさあ、こいつでアレやってみちゃくんねえか?」

 

 海崎の指さした先には、見慣れた一本橋がありました。

 

「悪りぃが、リアブレーキなしでやってみてくれ」

 

 一本橋では落ちることなく、渡りきるまでにどれだけ時間をかけられるかが勝負です。

 免許試験では落ちたら即試験中止。普通が7秒以上、大型が10秒以上となってます。

 橋に乗ったら、半クラを当てつつリアブレーキを舐めるように使って、速度を殺しながら安定させるというのが普通のテクニックです。

 そのリアブレーキを使うなと言うのですから難易度が数段上がります。

 一本橋の入り口は当然登り斜面なので、パワーオンで乗るしかないからです。

 

 

 

 

「32秒かよ」

 

 もちろん華は、分単位で渡る手練れのように微動だにせず(むろん周期的に揺れてはいるのですが)渡りきったわけではなく、けっこうフラついてはいましたが、ド新人さんが初めての単車で出すタイムではとうていありません。

 しかもノーブレーキで。

 

「これはあれだね、バランス感覚や経験じゃなく、いや天性バランスに優れてんのかも知んないけど、むしろメンタルだね。精神統一、いや無念無想の修行だね」

「はい、明鏡止水の境地をこころがけています。普段の生活でも」

「明鏡止水か、すべての芸事のアルファにしてオメガ。

 あんた、おっとりとして見えるが、実は、そういうことだったのかい。

 それをいつでも出せるとなれば、相当修行を積んでいるんだね」

「海崎、何の話をしてるの?」

 これまた古強者な単車に乗ったお姉さんがたずねます。

「明鏡止水。

 真っ平らで濁りのない鏡のように、波の立たない静かな水面のように、澄んだ心の状態さ。

 そこには恐れも虚栄心も不安も焦りも一切の雑念もなく、すべて自然体の状態なんだ。

 何であっても、達人の境地さ。

 この人はそういう境地で、ただ自分とマシンとだけ対話していたんだ。

 それにしても、乗り出してひと月たたない人の出すタイムじゃないね。こりゃ」

 

 

 

 翌日、戦車倉庫前の演習場のなか、射撃演習の的場でⅣ号とイージーエイトが待機しています。 例によって撤甲弾ドームの前にはビールの中ビンが置かれています。

 500m離れたイージーエイトからねこにゃーが撃ちます。

 そして苦節半年、とうとう当たりました。

 

「やった、ついにやったわ……」

「ついにやったなりな」

「おめでとうっちゃ」

 

 キューポラから体を乗り出し見ていた海崎が、隣のⅣ号に向かってこんな事を言います。

 

「西住の、そっちでもやってみっかい?」

「え?無理ですって。ねえ、優花里さん」

「いや、五十鈴のお嬢にお願いしたい」

「ますます無理です!華さん、1回も撃ったことないんです」

 

 海崎がⅣ号に近づいてきます。

そして通信席にいる華に

「1回ぐらいやってみなよ。明鏡止水でさ。時間はいくらかけてもいいから。ただし1発で」といいました。

 華は「はい、私やってみます」と答えると、砲手席の優花里と交代します。

 

「無茶です、海崎さん」

「まあ見てな、当てるよ。だから狙い方教えてあげな」

 

 みほから距離の算定法と操作法を教わった華が照準儀をのぞき込みます。

 ものの10秒ほどが凄く長く感じられます。

 満を持してⅣ号がついに発砲しました。

 そして、見事にビールビンを割って見せました。

 

「そんな!」今日初めて撃つ人間にまさかのビン割りやられて、ねこにゃーは顔面蒼白です。

「私、しびれました~」華は感極まったようです。

「これでⅣ号の砲手は決まりだなあ。あとはそうさなあ、ふっふっふ」

 

 

 

 


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