陽乃日記   作:ルコ

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香りのコンフォート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✳︎四つ葉のクローバー✳︎

 

 

 

 

 

ボードゲームでサイコロを振って駒を進めるように、人生の行く末とはあまりにギャンブルで行き当たりばっかりなものだ。

 

 

試験があれば合格と不合格があり、愛を知れば純愛と失恋がある。

 

 

ただ、私の歩く人生においてはその常識が存在しない。

 

 

親の決めたレール…、なんて言うのは少し古いか。

 

もう少し柔らかく言うのなら、親の吊るした期待に応え続けることで正しい道を歩き進む。

 

 

 

そう、私ならね。

 

 

 

でも、案外人生の主軸は簡単な外力によって倒れるものだ。

 

 

 

あの日

 

 

 

彼と再会したバーで、私のプライドは脆くも崩れ去り、散らばったソレを、彼は丁寧組み換え直したのだ。

 

 

 

漏れた本音や荒げた声が、今思い出すだけでも恥ずかしい。

 

 

 

「…お花が嫌いな女の子なんて居ないんだよ」

 

 

 

誰かに向けて呟いたわけではない。

 

 

その言葉が、ゆっくりと降下し机の上に落ちていった。

 

 

まだ寝ぼけてるのかな。

 

 

朝食のトーストと一緒に淹れたコーヒーは既に冷めていたが、寝ぼけた頭を起こすために無理やり口に含む。

 

 

「…にが」

 

 

初夏の早朝、なぜか甘過ぎるくらいのコーヒーが飲みたくなる純粋無垢な花乙女。

 

 

 

.

……

………

……………

 

 

 

 

学生たるや勉学が仕事。

 

そんな風に考えている大学生がどれだけ居るのだろう。

 

構内のキャンパスには夏休みを目前にして浮かれる学生がチラホラと見受けられる。

 

 

私も、もっと普通に物事を考えることができたら…、なんて考えるのは私らしくないか。

 

 

 

ふと、下に目を落とすとコンクリートの脇から精一杯に伸びようとするクローバーの小葉を見つけた。

 

 

三つ葉が所狭しと身を寄せ合う中で、5秒の間に四つ葉のクローバーを見つけられたら彼に電話をしよう。

 

 

……あはは、なんか馬鹿みたい。

 

 

変な運命に左右されようと、一生懸命に目を大きく開ける自分が馬鹿らしい。

 

 

 

「……そう簡単には見つからないよね」

 

 

 

そっと、私の視線を遮るように腕が三つ葉のクローバー達に伸びる。

 

 

 

そっと、摘まれたその指には、四方へ綺麗に散らばる四つ葉のクローバー。

 

 

 

「…俺、四つ葉のクローバーを探すの上手なんですよ」

 

 

「っ、ひ、比企谷くん?…なんで、キミが…?」

 

 

 

 

四つ葉のクローバーは三つ葉のクローバーの数に対しておよそ0.01%しかない。

 

 

それをいとも容易く見つけ出した彼は、白いシャツに黒のスラックスとラフな格好をしていた。

 

 

 

「…この前、雪ノ下さんが落とした卒論に大学名が書いてあったので」

 

「…私に会いに来たの?」

 

「はい」

 

「っ。…そ、そうなんだ」

 

 

 

気丈に振る舞おうとすればするほどボロが出る。

 

 

先ほど摘まれた四つ葉のクローバーを彼は何も言わずに私へと渡すと、ソレを受け取ったことに満足したのか目を細めて話し始めた。

 

 

 

「話の続きをしましょうか」

 

「話しの、続き?」

 

「はい。お花屋さんになりたいんでしょ?」

 

「っ!…あまり大きな声で言わないでくれるかな?」

 

「すみません。…あの時は少し面食らってしまいましたよ。まさか、あの雪ノ下さんがお花屋さんだなんて」

 

「…ふん。いいでしょ?別に…。私にだって女の子としての一面があるってことなの」

 

「…それじゃあ、お花屋さんに行きましょうか」

 

「…え?」

 

「知り合いの花屋が近くにあるんです。今日はそこへ連れていくためにココへ来ました」

 

 

初夏の日差しが眩しく照らす。

 

その暑さたるや、私の顔を赤く染め上げるほどだ。

 

 

再会して数日、思えば昔から彼とは良い思い出がない。

 

それにも関わらず、彼が話す一言が、彼による動作が、彼の持つ物腰が、私の記憶から離れない。

 

 

どうして…。

 

 

どうして今頃になって。

 

 

そんなに優しくするの?

 

 

 

「…連れていって。…私、行ってみたい」

 

 

「はい。行きましょうか」

 

 

 

彼に貰った四つ葉のクローバー。

 

 

 

お花が好きな私にとって、それは特別な意味を持つ。

 

 

 

花言葉

 

 

Be mine.

 

 

 

私のものになってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✳︎花の香りがミツバチを✳︎

 

 

 

 

 

 

 

 

見覚えのある大通りから一本外れ、迷路に飛び込んだかのような高揚感を覚えつつも、迷わぬように彼の背中を追い続ける。

 

 

今朝、苦いコーヒーを飲んでいた自分に、講義をサボって彼とお花屋さんへ行くことなど想像出来ただろうか。

 

 

「ここの路地は近道なんです」

 

「へぇ。随分と詳しいんだね」

 

 

 

比企谷くんの言う通り、曲がりくねった大通りに対してこの路地は比較的真っ直ぐに進めている。

 

 

「キミの言うお花屋さんって、この路地の先にあるの?」

 

「はい。客入りは悪いですけど陽当たりは良好ですよ」

 

「…」

 

 

路地裏の陰りに萎びたこの場所で、本当に陽当たり良好なお花屋さんがあるのだろうか。

 

先ほどから太陽はビルに隠れて顔を出さない。

 

それにも関わらず、甘い香りが風上から飛んでくるのは気のせいか。

 

 

 

「ん。着きましたよ」

 

 

 

ふと、強く眩しい光が地面に跳ね返る。

 

 

可愛いく尖る三角屋根と、店内を露わにする大きな窓。

 

お花が悠々と並ぶレイアウトにはミツバチがおびき寄せられるように甘い香り。

 

 

そして、愛らしい木造りの立て看板には柔らかい文字がゆるりと書かれていた。

 

 

【フラワーショップ お餅】

 

 

……お餅!?

 

 

 

「お餅が好きなんでお店の名前にしたらしいですよ」

 

「す、好きだからって…」

 

 

 

彩り鮮やかに飾られる花束の中に、彼は遠慮無く足を踏み入れる。

 

 

 

店内は初夏にしては寒いくらいに涼しい。

 

 

 

ガラスのショーケースの中には大きなプリムラやフクシアが飾られ、色の柔軟さが醸し出す雰囲気が私の心を鷲掴みにした。

 

 

 

「……綺麗」

 

 

 

水々しい花弁は光の反射に伴い白く輝く。

 

 

触れれば壊れてしまいそうな儚さが、この幻想の主役へと生まれ変わり、私を取り巻く不自由が嘘のように消え去った。

 

 

「これも、これも、…全部綺麗!すごいよ比企谷くん!こっちにもお花が沢山あるよ!」

 

「店内は走っちゃいけません」

 

「あ!ガーベラ!」

 

「走っちゃだめですって」

 

「あれ!?お店の奥にお庭があるよ!」

 

「走っちゃ……」

 

 

 

右も左も幸せな花。

 

私はそれに群がるミツバチのようだ。

 

 

ふと、花瓶の水を変えている店員さんが大騒ぎする私を見てニコニコと笑っていることに気が付いた。

 

 

あらやだ、恥ずかしい。

 

 

腰まで掛かる髪をポーニテールにし、腰に巻いたピンクのエプロンが可愛らしい人。

 

店長さんだろうか。

 

 

「あ、騒いじゃってすみません」

 

「ふふ。いいのよ。育てた娘達が褒められているようで嬉しいわ」

 

「すごく綺麗です。お花が歌ってます」

 

「あら、面白い事を言うのね」

 

 

面白い事を言ったかな?

 

きっと、こんなに素敵なお花を世話する彼女も素敵な人なのだろう。

 

 

「あ、そういえばお餅が好きなんですよね」

 

「……それは比企谷くんが言ったの?」

 

「ん?はい。お店の名前にするほどお餅が好きな人だって」

 

「……ふふふ。ゆっくりしていってね。……」

 

 

彼女はゆったりとその場を後にする。

 

 

何故だろう。

 

顔は笑顔なのに笑っていない。

 

 

 

「へへ、何か買って帰ろうかなぁ。あ、これも可愛いなぁ〜」

 

 

 

足元には背の低いアネモネが。

 

 

私は膝を曲げて座り、ピンクのアネモネの花弁を突く。

 

 

このコを買って帰ろうか。

 

 

お部屋に飾ったらきっと良いアクセントになる。

 

 

 

「……それ、買うんですか?」

 

「ふふ。可愛いでしょ?…私、ピンクのお花が好きなの」

 

 

 

後ろから掛けられる彼の声へ素直に返す。

 

 

 

「そうですか。連れてきた甲斐がありましたよ」

 

「…こうゆうのは雪乃ちゃんの方が似合うかな」

 

「そうでもないですよ。素直にはしゃぐ雪ノ下さんは見てて面白いです」

 

「うん。…やっぱり比企谷くんは優しいね」

 

 

 

ピンクのアネモネと、彼用の青いアネモネを手に抱え、私は恥じらいもなく彼に笑い掛けた。

 

 

素直に。

 

 

笑い掛けていた。

 

 

 

私は優しくされることに慣れていない。

 

 

だから彼の優しさに、偽ることもなく顔を赤くさせてしまう。

 

 

 

「……あ、ありが……ん?」

 

 

「?」

 

 

「比企谷くん、ほっぺが真っ赤…」

 

 

「……店長に殴られました」

 

 

「え!?」

 

 

「恥ずかしいからお餅の事は言わないでって……」

 

 

「…あ、あはは」

 

 

 

 

 

……お餅、私もすきだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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