空から見る終わり   作:富士の生存者

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『キャンプ場』

 木登りをするのはいつ以来だろうか。

 小学生のころ、山の樹に上り自分が住んでいる街を見渡したのを憶えている。

 

 今では、いい歳したオッサンになり自動小銃を吊り下げ双眼鏡を片手、塀に囲まれたキャンプ場を偵察している。こんな大人になるなんて思ってもみなかった。どこで職業選択を誤ったのだろうか……いや、一般リーマンとなっていれば今頃、生きてはいなかっただろう。 

 

 キャンプ場の周りは2メートルほどの塀に囲まれており、入り口は正面と反対側の入り口の2ヶ所しかない。野生動物対策の塀は侵入者を阻む防壁となっている。それぞれの入り口に足場が組まれ塀の外を見張れるようになっている。それぞれの門には2人ずつ見張りがついており、その手には89式自動小銃、散弾銃が握られている。

 

 俺と愉快な部下たちは2人1組、昼夜問わず交代で1日中キャンプ場を樹の上から偵察をしていたが、見張りはだいたい6時間ごとに交代することが確認できた。銃火器で武装しており単なる一般人だけの集団ではないことがわかる。

 避難民か盗賊かは分からないが老人や子供もいるため、少なくとも盗賊の可能性は低い。全て確認できたとは言えないがキャンプ場の規模としては約50名弱。人々の表情が明るいことから無理やり従わされているという事はなさそうだ。

 

 

「相手の武装は自動小銃に散弾銃……」

「散弾に撃たれるのは勘弁ですよ」

「俺もだ」

 

 

 確かに自動小銃も十分脅威だが、散弾銃の方が対人戦では恐ろしい。

 自動小銃は、1発撃てば1つの弾丸しか飛んでこないが、散弾銃は鉛の塊を広範囲にまき散らす。

 

 第1次世界大戦では、塹壕戦が繰り広げられ至近距離で有利な散弾銃が活躍した。その驚くべき殺傷力と破壊力から相手側から非難されたほどだ。

 

 細かい鉛の塊が人体をミンチにする。

 こちらも散弾銃は、所持しているが弾薬が少ないため使いどころは慎重にならざるおえない。

 

 出来る限り穏便にキャンプ場のグループと接触したい。丸腰で接触することは出来ればしたくはないが信用を得る為には致し方ないか……。

 

 さっそく行動を起こそうとゆっくり樹から降りると水が俺の頬を濡らす。

 空を見上げるといつの間にか灰色の分厚い雲が覆い隠している。空から降りそそぐ雨は、頬だけでなく自身の全身を濡らしていく。

 

 機嫌が悪い空が更に悪くなる前に戻ろう。

 雨によってぬかるんできた地面に足跡を残さないよう、上手く痕跡を隠蔽(いんぺい)しながら車輌に舞い戻る。車輌に着くころには雨はさらに勢いを増し、視界を悪くするほどになった。

 

 ようやく行動を起こそうとしてこの有様だ。まったく、イヤになる。

 

 視界が悪いなか行動するのは、あまりよろしくない。

 臆病と呼ばれようと別に構わない。臆病だからこそ生き残る事が出来ているのだ。それをここにいる奴らは身に染みてそのことを理解している。馬鹿と英雄願望の奴は真っ先に死んだ。

 

 濡れて気持ち悪い服を脱ぎ棄て、上半身裸になる。後部座席に脱いだ服を脱ぎ棄て、身体の水滴をタオルでふき取っていく。乾いている上着を取出し素早く着る。

 自身同様、銃火器に付いた水分も拭き取っていく。

 

 いくら軍用銃で水に強いといっても、動作不良の原因になりうる。銃も精密機械なのだ。水に濡れれば錆び。弾が濡れれば不発を招く。小銃本体に続いて弾倉にも水滴が入り込んでいないか確認していく。

 

 全ての弾倉を確認し終える頃に雨の音に混じって微かに低いエンジン音が聞こえた。

 自身の乗っている車輌は勿論のこと、部下の車輌もエンジンはかかっていない。つまりこのエンジン音は第三者のものだ。

 無線で各車両に連絡を入れる。

 

 

「こちら指揮車両。総員警戒」

 

 

 それぞれの車輌の隊員たちが、各々(おのおの)の警戒範囲を見張る。

 

 低いエンジン音はやがてはっきりと聞こえるようになる。雨で視界が悪いが車道を走ってくるヘッドライトがトンネル付近を照らし出す。

 白いワンボックスカーを先頭に大型の黒塗りのバンが続く。車輌は全部で5台だ。車輌の大きさからして1台に最高7,8人は乗り込んでいるだろう。その車輌たちはトンネルの前で停車した。

 

 こちらの姿はそこらへんに散らばっていたガラクタや木の枝、落ち葉などで隠蔽し、トンネル点検の資材置き場のようにしているので、そう簡単には気づくことはないだろう。

 日本は山岳部が多い為、自衛隊ではこうしたカモフラージュ技術をとことん仕込まれる。熟練の隊員になれば目の前を通り過ぎても判らないほどだ。 

 

 正体不明の車輌たちは停車してからしばらくすると先頭の白いワンボックスカーがトンネルに入っていく。俺たちを同じようにトンネルが通れるかどうか偵察させているのだろう。

 白いワンボックスがトンネルから出てくると車輌群は、キャンプ場へと進路を変更する。

 車輌群は、最後までこちらの存在には気が付かづにトンネルを後にした。

 

 さて、どうするか。

 

 あの一団は、間違いなくキャンプ場のグループと接触するだろう。それが友好的な接触なのか、敵対的な接触なのかは分からないが……。

 相手の情報が足りない。

 

 

「こちら指揮車両。俺を含めた6名で偵察。残りは即応できるように待機しておけ」

 

 

 すぐに偵察に出る隊員を選抜していく。

 装備は、戦闘が起こっても対応できるよう分隊支援用火器『MINIMI軽機関銃』を加える。もし、車輌群がキャンプ場と敵対的行動をとればキャンプ場のグループを援護し、恩を売れる。

 何もないことを祈ろう。

 

 

 雨の中、周囲を警戒しながら山道を進んでいく。化け物共も厄介だが、一番怖いのは結局のところ人間だ。

 キャンプ場まであとわずかというところで轟音が響き渡る。

 

 おっぱじまったようだ。

 周囲を警戒しつつ、キャンプ場へと足を速める。

 

 

「……突破されたか」

 

 

 補強をされていたキャンプ場の門は開け放たれ、外や中には銃撃戦で生産された遺体が転がっている。

 突破されたようだが、雨の音に混じる銃声が止んでいないという事はまだ、抵抗しているということだ。 

 

 

「ツーマンセルで動け。キャンプ場を襲うのに忙しい奴らのケツを後ろから蹴り上げるぞ」

 

 

 (すす)るような独特な呼吸をひとつ。刹那―――獲物を狙う野生獣のように一変する眼光。

 半長靴がぬかるんだ地面を蹴り、キャンプ場へと足を踏み入れる。 

 

 

 

 

 

 

 

 




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