空から見る終わり   作:富士の生存者

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『灼熱の業火』

 流れる汗が目に入り視界がチカチカする。

 迷彩色の戦闘服の中も酷い汗だ。

 

 防毒マスクに分厚いゴム手袋の中も汗で蒸れて気持ち悪い。それでもそれらを外すことはない。同様に淡々と作業をする隊員も同じ姿で汗を流している。

 

 

「お前が上を持て、俺が下だ」

「わかりました」

 

 

 2人がかりで持ち上げたものを車道で揺らめいている業火に放り投げる。

 別に丸太を運んでみんなで楽しくキャンプファイヤーをしているのではない。

 

 業火の中には人型の影がいくつも積み重ねられ、黒く焦げてきているその人型はパッと見でマネキンのように思えるが正真正銘の人間だ。いや、訂正しよう。人間であったモノだ。

 作業に参加していない隊員は周囲で小銃を手にして警戒に当たっている。焼却作業を行ってはいるが、ここも完全に安全ではない。

 

 次に運んできたのが顔半分を吹き飛ばされた女性の遺体だ。いたるところに食いちぎられた跡があり服もボロボロで下手に掴むと服が裂けてしまいそうなほどだ。

 

 遺体を運んでいる隊員の中には、それに耐えられず小走りでその場から離れ朝食で食べた物を嘔吐する者もいる。

 耐えるには機械になるしかないのだ。

 

 既にここに飛ばされて1週間がたった。

 市街地から離れた場所に造られたここは、ヘリの為の補給拠点である。

 主な役割はヘリに対しての弾薬、燃料の補給、簡易的な整備、搭乗員の休息を行う場所だ。

 

 地上を車輌で移動するのは中々に難しい。道は放置車両、事故車両で塞がれ、開通する目途はない。怪物がうろつく中ろくに撤去作業も行うことはできない。回り道をしていればいつ目的地に着くのかわかったものじゃない。基本的に移動はヘリに頼るしかなくなる。

 

 自衛隊では山間部が多い日本を防衛するため素早い部隊展開が要求されていた。そのため多くのヘリが配備され有事に備えていたが、その配備されている機体で実際にこの混乱で運用できたのは7割ほどだ。本格的な対策をする前に壊滅した駐屯地も存在する。

 

 補給基地が郊外にあるからと言って怪物がいないわけではない。噛まれて郊外まで逃げてきた人間が死んで怪物になるのだ。市街地に比べて数は少ない為、対処にはそれほど苦労することはないが。その後始末が問題だ。

 

 怪物を殺すのは簡単だが、その後に死体を集めて燃やす必要がある。腐敗した死体が引き起こす健康被害を防ぐためだ。未だに詳しいことが解っていないのだ。感染のリスクを少しでも減らすためには死体を全て燃やすのが一番。さらに鼻が曲がりそうな酷い匂いのなかで眠る事もない。 

 

 補給拠点はもとからここにあったガソリンスタンドと飲食店を兼ねた休憩所を利用している。

 このような拠点は他に数ヵ所作られている。さらに数を増やそうとしてもその場所を維持するのに必要な人材に武器弾薬、燃料も不足している。結果、数ヵ所にしか作られていない。

 

 建物の周囲には上部に有刺鉄線が付いた金網の柵が2重に造られ、怪物をわずか1個分隊、12名で侵入を防いでいる状況だ。今のところはそれほど疲労はないが、そのうちどこかで綻びが出てくる。

 手遅れになる前になんらかの対策を立てなくてはならない。

 

 一通り、拠点の周りの遺体は片づけが終わり日が暮れ、大型のライトを使い暗くなった周囲を照らしていく。

 

 発電所や送電施設が機能していない今現在、発電機を持ち込んでいるので電気には今のところ困っていはいない。発電機の燃料もガソリンスタンドから手に入るので当分は動かしておける。

 

 問題は入浴などの問題だ。

 水は近くに小川が流れているのでそこからホースで引き、煮沸消毒をして生活水に使っている。

 

 部下に残弾を確認させてから交代で自動小銃、拳銃の整備に取り掛かる。

 

 弾倉を抜き取り、中の弾丸を親指で押し出していく。弾倉に押し込められていた弾薬がすべてなくなり底部の、弾丸を押し出すスプリングの具合を確認する。それから、ガンオイルの缶と布を手に取った。鈍く蒼光りする鋼の機構を、機械油と布で丹念に手入れしていく。銃口や排莢口に付着した火薬滓をふき取り、全体にガンオイルを可動部分に粘性の高いグリースを塗り込む。

 

 自分の命を預けるのだ。戦闘中に排莢不良でも起こされたら間違いなく死ぬ。

 俺ひとりだけ済む話でもない。これは、同じ隊の仲間の生死にも直結していることだ。

 

 俺が守っていたエリアが突破されれば一気に混乱は広がるだろう。

 人間には生まれる自由はない。しかし、死ぬ自由ならある……誰が言ったのかは忘れてしまったが、その言葉に俺たちは当てはまらない。誰かが死ねば、そいつが担っていたリスクは残った人間い分配される。つまり死の確率が跳ね上がるということだ。だから、身勝手な死すら許されない。

 

 それならば少し手間でもこまめに整備し、その可能性を限りなく低くすることが最善だ。

 

 

 

 

 暗闇を照らしていた月が沈み、朝日が昇る。これだけは変わる事のないことだ。深夜見張りについていた隊員は日中の隊員に引き継ぎをし寝床に転がり込む。その日も時折、姿を見せる怪物を片付けて補給を終えたヘリを見送る。

 

 太陽がいつものように再び傾き始めた時にそれは来た。

 見張りの隊員がヘリが補給地点に向かってきているのに気が付いた。今日のヘリの補給は既に完了しており、もう来る予定はない。

 見張りの隊員に大型の設置型無線機を使い本部に確認を取りにいかせた。その間もヘリは機体が不自然に揺れ、ながらこちらに向かってきている。もしかすると機体にトラブルが起きているのかもしれない。

 

 

「こちら、第3補給地点。状況を報告しろ。送れ」

『……』

 

 

 無線で呼びかけているが返事がない。 

 非常によろしくない状況だ。無線が壊れているだけなら問題はない。 

 

 

「全員、装備を持って万が一に備えろ! 寝てる奴らも叩き起こせッ!」

「了解ッ!」

 

 

 他の隊員が慌ただしく動き回る中で、再度無線で呼びかけを行う。 

 

 

「こちら、第3補給地点! 状況を報せろ!」

 

 

 さいさんの無線にも連絡が帰ってくることはない。

 それどころかヘリはこちらに機首を向けて向かって来る。容易にその後の展開が予測できてしまう。それからの判断は迅速だった。

 すぐに出した退避命令。念のために準備はしていたが役立つときが来るとは思いたくはなかった。

 

 

「こちらに接近するヘリに告げる! 直ちに機首を上げろッ! くそッ!?」

 

 最後の警告も空しく、ヘリは滑り込むように補給拠点に突っ込んだ。運の悪いことにヘリの燃料が集められてあるテントにだ。

 機体が横になりメインローターがコンクリートと粉砕しながら四方八方に飛散する。

 火花に燃料が引火し、爆発。補給燃料も誘爆し凄まじい熱と衝撃波が周囲を襲う。

 

 ヘリの機体は炎に包まれ炎上。驚くべきことに中から火だるまになった人間が飛び出して来た。

 普通なら痛みで転げまわるはずのヘリの搭乗員は獣のような雄叫びを上げながらこちらに向かって来る。

 

 頭の中で鐘が鳴り響いていても相手は待ってはくれない。

 地面から立ち上がり小銃を発砲。火だるまの怪物が地面に倒れる。

 

 状況を確認すると奇跡的にも死亡者はおらず、破片で軽傷を負った者が数名いたぐらいだった。拠点は2重のフェンスが飛散したヘリの破片で無残にも破られ、さらに本部と連絡を行う長距離用の通信機器が置かれていた場所も無残にも航空燃料による誘爆で月まで吹っ飛んだ。

 つまり無線機を月まで吹っ飛ばされた俺たちは本部と連絡が取れない。

 奇しくも爆発から生き延びた俺たち自衛官、計12名は見事に孤立したのだ。

    




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