空から見る終わり   作:富士の生存者

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『避難所』

 

 生きていくことに比べたら、死ぬのは一瞬で、はるかに簡単。そして明快だと思っていた。

 

 今の世界でも、生きることは大変だ。

 だが死ぬのは一瞬ではなく、怪物に自分の臓物を生きながら食われる地獄を味わう。そして、死して尚も怪物となって人様に迷惑をかける。

 

 ただでさえろくでもない世界だったのに、更にろくでもない世界に成り果ててしまった。

 

 

 搭乗しているヘリが高度を落としていく。

 ヘリには操縦桿を握っている機長、副操縦士以外、隊員が3人ほどしか乗り込んでいない。他の隊員の代わりに段ボールが多数積まれている。段ボールの側面や上部には食糧、飲料水の文字がペンで乱雑に書かれている。

 

 避難所へ届ける救援物資である。  

 目的地に到着すると俺達、自衛隊を見た避難民が笑みを浮かべ喜んでいる。まだ、自衛隊が壊滅していない安心感があるのだろう。彼らを連れて航空母艦にこのヘリで避難することは残念ながらできない。

 俺たちの任務は、ただ救援物資を運ぶだけなのだ。そこに避難民を航空母艦に連れてくると言ったことは含まれていない。

 

 ここの避難所は比較的、治安が保たれているようだ。やはり指揮している人物が警察官ということが大きいだろう。そこに市民から勇士を募り自警団で警備をしているようだ。

 

 建物の周りには水路があり怪物の侵入できる唯一の入り口は小さな橋が2つだけだ。彼らが生き残れたのは守りやすい地形だからだ。

 

 無線で避難民の収容はできないことは、すでに話がついていたので周囲を警戒しながら救援物資を下ろしていく。周囲の警戒は念の為である。

 

 今や社会秩序は煙となっている。

 

 地上は生者のものではない死者のものになりつつある。法や秩序なんてものは、あってないようなものだ。そのうち生き残っている個々人の小さな組織が権威を示し始めるだろう。

 

 すでに無人機でそういった現場を確認している。略奪者、凶悪犯が生存者を餌食にし、欲しいものは手に入れ、出来る限りの快楽に浸る。

 

 どの文明の終末にも人は大きなパーティーを行ってきた。狂っていると前の世界の思考なら簡単に思えただろう。しかし、これで最後だと思い詰めてしまうとそういった行動も納得できてしまう。

 

 すでに自衛隊でも家族の安否が心配で職務を放棄する者達もいる。いかに人手が足りなくてもそういった者達を責めることはできない。危険だとわかっていてもそれでも各々に譲れないものがあるのだ。

 

 本部から命令は受けていないが、避難所で対処できない傷病者などをヘリに収容していく。

 『無線の調子が悪く、本部と連絡が取れなかったため現場の判断で収容した』と言っとけばいいだろう。

 

 傷病者を連れていくことにヘリのパイロットや他の隊員も反対はしなかった。

 自分たちに出来る事をする―――それが、俺達の思いなのだ。

  

 傷病者の中には体力のない高齢の人や年齢が低い子供が多かった。すぐに3機のヘリは傷病者でいっぱいになり航空母艦への帰路に就く。

 

 ヘリが飛び立つ際に避難所の責任者に『ありがとう』とお礼を言われた。俺はそのお礼を素直に受け取ることはできなかった。あなた達をここに置いて行くのだから。

 

 来た時と同じルートでヘリが帰還していく。

 

 この街にはあの避難所意外に、どれだけの生存者がいるのだろうか。恐らく数十人がいれば多い方だろう。それだけ市街地は危険地帯なのだ。

 人口が密集しているほど危険度は跳ね上がる。人が集まる避難所、警察署、病院。ひとたび感染が広がればそこは安全地帯ではなくなる。

 

 

 航空母艦にヘリが着艦するとすぐさま呼び出しがあった。

 上官から事務的な叱責があったが『通信機の故障ではしょうがないな』なんて言葉をいただいた。その時の顔は本当にしょうがないなと言った顔であった。頭が上がらなくなる。

 やはり上官も生存者の救出を再三にわたり上申したようだが却下されていたようだ。今後の少数の救出活動についていろいろと相談できそうだ。

 

 自分の割り当てられている部屋に戻り、着替えをしてベットに潜り込む。

 狭い艦内で普通なら一般隊員、個人に部屋を割り当てられることはないがここ最近は毎日のように危険地帯に出動が続いているので個室は有意義に使わせてもらっている。

 

 初めは多くの人間が死に怪物になっていく夢を見ていたが次第に見なくなった。

 こんな世の中だ精神を病んでしまう者も当然いる。

 

 PTSD――心的外傷後ストレス障害。強烈なトラウマ体験がストレス源になり、心身に支障をを来たし社会生活にも影響を及ぼす精神疾患。

 

 自分はどうだろうか……少なくともこの地獄に慣れ始めている。人間がこの地球で生き残ってきたのはその時代の環境に慣れるからだと聞いたことがある。慣れなければ滅びるだけだ。 

 

 しばらくすると睡魔が思考を塗りつぶしていく。

 今日も俺は生き残る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 充分な睡眠をとった翌日、ヘリで市街地に飛ぶ。

 食糧や燃料、武器弾薬などの物資が何処にあるのか必要な情報を地図に書き込んでいく。今はまだ沿岸部などで済むが、いずれ市街地から物資を運び出さなければいけなくなってくる。その為の偵察だ。

 偵察任務なので人員も心もとない。多数の怪物に襲われ助けを求める生存者も救うことは難しい。

  

 視線の先の高層ビルに突き刺さるように墜落している消防の所属である赤いヘリ。そのビルの付近を旋回しながら周囲を観察する。

 見える範囲で生存者は確認できない。

 乗り捨てられた一般車両が車輌が道路を塞ぎ、他の車両の通行を妨げている。物資の確保には車輌ではなくヘリが必要になりそうだ。車輌を使うとしても放置車両を撤去しなければならない。戦車が必要になりそうだ。

 車輌に比べるとヘリでは積み込める物資が少く効率が悪い。

 

 数十分同じ空域で飛行を続け、ヘリの燃料も減り始め帰りの分を考えるとそろそろ戻らなければならない。ひとまず今日の偵察はその場で切り上げた。

 

 偵察情報を報告するついでに他の地区情報をちらりと確認してみたが、どこも酷い。物資を取りに行くのにいったい何人の同僚もしくは自分自身の命を賭けなければいけないのか……。分が悪すぎる賭けである。

 

 

 深夜12時過ぎにそれは起きた。    

 突然の非常呼集。ベットから飛び起きて装備を身に着けていく。

 

 ミーティングルームに行く途中に飛行甲板に通じる通路でヘリのパイロット達とすれ違う。パイロット達も叩き起こされたということはヘリでどこかに飛ぶのだろう。

 

 慌ただしく始まった状況説明を聞いて心が凍り付く。

 ……避難所が襲われた。  

 

 

 複雑な胸中を一歩ごとに(なぐさ)めながらヘリに乗り込んでいく。

 

 昨日と同じ方向にヘリが進んでいく。

 眼前に広がるのは黒煙を上げている避難所だ。

 

 怪物共が避難所のそこら中で(うごめ)いている。

 出来る限り現場に留まり続けたが、生存者を確認することはできなかった。

 

 帰還した後、どうやって自分の部屋に辿り着いたのかよく覚えていない。

 

 避難所の人間はみんな死んだ。

 悲しいはずなのに涙は出てこない。

 

 これがあの人たちの運命なのだったのだろうか?

 

 世界は望むと望まざるに関わらず、いろんなものを勝手に投げつけ、奪っていく。

 

 俺という存在も運命に選り分けられてここにいるのだろう。

 何も見えず何もわからなくても、それでも手探りでその運命と向き合い生きている。

 

 ――――――そう、生きているんだ。


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