空から見る終わり   作:富士の生存者

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『温度差』

 初の実戦で人ではなく怪物と出会ってしまった事は不幸以外のなにものでもない。

 別の非常口から侵入した部隊は多数の元人間だったモノと戦闘の末、隊員2名を残して壊滅。俺たちの部隊はただ(・・)運がよかっただけだった。

 

 だが、院内の状況は把握することができた。自分の命を危険に曝し、仲間の命を生贄にすることで……。

 

 

 突入班は増援部隊によりすぐさま隔離された。

 ウイルスがどのようにして感染するか未だに不明なのだ。

 血液検査や他の精密検査を受けてようやく解放された。

 

 そのころにはスイス・ジュネーブに本部を置く『WHO』―――世界保健機構は、今回、世界中で起こっている騒動の根幹が新型ウイルスによるものと断定した。

 世界各地、日本各地で暴動が発生しテレビでは緊急ニュースを流し続けている。

 

 大学病院での任務から1週間もたたずにWHOは、顕著な感染や死亡の被害が著しい事態を想定した警告であるフェーズレベル6。パンデミック―――世界的大流行を宣言した。

 ウイルスは航空機などの輸送機関により全世界に蔓延した。

 すぐさま検疫を行うなど感染症の流入を防ぐ対策が取られたが手遅れであった。

 

 『すべての人類の脅威』とまで宣言された新型ウイルスは、瞬く間に生者を怪物に変えていった――――。

 

 外に出るのが怖く家の中に籠った住人もいたが大半が避難所に避難を行った。

 一般的な災害ならそれでよかっただろうが、感染すれば見境なく人を襲う怪物にとって避難所は格好の餌場であった。

 自衛隊や警察がいない市街地の避難所は瞬く間に怪物に襲われ、怪物たちの巣窟になり果てた。

 

 

 俺たちは隔離から解放されてからはすぐさま原隊に復帰。

 日本の中枢でもある国会議事堂でも銃撃戦が起こったが政府機能をなんとか洋上の海上自衛隊『いずも』に移転することができた。『いずも』は全通飛行甲板を持つ航空母艦だ。

 海上自衛隊の航空母艦としては、『ひゅうが型』の『ひゅうが』・『いせ』に続く3艦目で『ひゅうが型』に比べてひと回り大きく、自衛隊最大の艦艇でもある。

 

 感染をギリギリで食い止めているのが北海道や九州、四国、沖縄だ。

 幹線道路を完全に封鎖、あるいわ破壊することでウイルスの侵入を防ぐことがでいている。つまり避難民の受け入れもしていない。避難民を受け入れることはウイルスを招き入れる恐れが非常に高いのだ。

 

 

 今の仕事は要人の救出、避難所への救援物資の輸送が主だ。

 

 ヘリを動かす為の燃料。

 隊員、避難民を感染者から守るための武器弾薬。

 武器を扱う者の数…全てが不足している。

 

 あんな怪物が闊歩している場所に戻りたくはないが、民間人を救うために現在も命を落としている仲間の命を無駄にはしたくない。

 自衛隊では、新型ウイルスにより凶暴化した者を『感染者』と呼称している。

 

 新型ウイルスに感染した者は、老若男女見境なく襲う。

 息の根を止めるには頭を破壊するほか存在しない。体に銃弾を撃ち込めば動きは鈍くなるがそれだけだ。確実なのが体を撃って鈍くしてから頭を吹き飛ばす。無駄に撃って貴重な弾薬を減らすよりも、効率よく怪物をぶち殺すのにはこれが一番である。

 

 幸いウイルスは空気感染はしないことが解り。感染するのは主に噛み傷など体液による直接接触によるものだ。そのことが判明されるまでに多くの人的資源が怪物になってしまったが……。 

 

 

 洋上の護衛艦にヘリが着陸し、着陸を誘導する誘導員、艦内を警備する者がいることでようやく緊張を解いた。

 すぐに重火器の整備、消耗した弾薬を受け取りに集積場に移動する。その間にヘリは燃料の補給などの整備をしていく。

 任務の報告を行い、新たに任務を受ける。

 

 休息はほとんどとっていない。

 自衛隊もとんだブラック企業になったもんだ。

 

 消費した弾薬を補給、更に前回の戦闘経験から89式自動小銃では火力不足などが挙げられたため至急、高火力の装備として『MINIMI軽機関銃』を加えた。

 日本の住友重機械工業がライセンス生産を行い、「5.56mm機関銃MINIMI」の名称で自衛隊が採用している。89式自動小銃と同様の5.56mm弾を使用することができる軽機関銃である。

 陸上自衛隊だけではなく、航空自衛隊では基地警備隊やヘリの自衛用火器―――ドアガンとして、海上自衛隊では護衛艦の搭載火器として調達されている。

 金属のベルトリンクに繋がれた5.56mm弾を見ると心強い。

 

 小銃の弾薬の補給、整備を終えて装備を持ったまま1人で食堂に赴く。

 本来、重火器などの装備品は艦内の武器保管庫に返却・保管しなければならないが、実働班はそれが特例として返却しなくていいことになっている。緊急時に対処できるようにである。

 緊急時、すなわち突然の出動及び艦内での感染が発生した場合だ。

 

 食堂にはささやかな食事を楽しみにしている乗員、政府関係者の家族が長い列を作っていた。

 その列の後方につく完全武装の自分がいる。

 食事にありつく為に列に並ぶ乗員と避難民の雰囲気。それらの雰囲気と今の自分の雰囲気には確かな違いがあった。温度差が…それが、なにかはっきりと目で見える形で突きつけられた気がしてしまった。

 

 居心地の悪くなった俺は食事の載ったトレーを受け取り、一言も喋らずわき目も振らず食事を口にかき込んでいく。もはや食事はささやかに楽しむものでなく単なるエネルギー補給だった。

 

 指定された時刻までは自由時間だったので飛行甲板で、小銃を構える。もちろん弾倉を装着していないし人や人工物が存在しない誰の迷惑にもならない海に構えている。

 

 視線の先には、こちらに向かって来る怪物をイメージする。

 槓桿(こうかん)を引いて引鉄に指を掛ける。

 ゆっくりと人差し指で引鉄を絞る。カチッと撃鉄が落ちてから、小銃を左構えに持ち換える。

 左構えのスイッチング。遮蔽物を用いた銃戦闘では不可欠となる技術だ。その状況下で最も被弾率の低い射撃姿勢を取るために、銃の持ち手を左右自在に逆転させる。

 同様に弾倉がない小銃の槓桿(こうかん)を引き、逆の指で引鉄を絞る。

 イメージの中で炸裂音と共に撃ち抜かれる標的。匂うはずのない硝煙の匂いが鼻先をくすぐるのが解る。

 

 小銃から手を放して太腿に付けられた―――レッグ・ホルスターから拳銃を抜き取る。使用している拳銃は、自衛隊正式自動拳銃である9㎜拳銃―――『SIG SAUER P220』だ。使用弾薬は9mm普通弾と自衛隊では呼ばれており、これは一般的な自動拳銃の弾薬である『9×19mmパラベラム弾』と同様の弾薬である。

 

 自衛隊に配備されている『SIG SAUER P220』は、マガジンキャッチがボタンではなくレバー式となっている。その為、弾倉交換に手間取ってしまう。

 拳銃も小銃と同様に弾倉は外してある。左手でスライドを引いて撃鉄を上げ、右手の人差し指で引鉄を絞る。左右繰り返し行い。

 イメージの中でターゲットを見据える視線をそのままにし、マガジンキャッチのレバーを操作する。

 

 精密機械のようになめらかな動作でそのまま銃口を照準し直す。

 一旦銃口を下げ、再度構え直す。

 ビデオの巻き戻し映像を見ているかのように、何度も何度も……狂いなく繰り返えす。  

 

 予定の時間が近づいてきたので各火器の安全確認をし、艦内のミーティングルームに移動をする。俺が部屋に付いた時には既にほとんどの隊員が集まっていた。

 後ろの席につき、正面のスクリーンに映し出された資料に視線を向ける。

 今回も要人の救出任務である。ヘリで目的地まで飛び、目標人物とその関係者だけを救出しヘリで帰還する。 

 

 一通りの説明が終わり隊員は席を立ち敬礼。すぐにヘリに走り出す。

 

 ヘリに続々と乗り込み、全員が乗ると離陸を開始する。

 航空母艦が小さくなってくると視線を未だ黒煙を上げ続けている市街地に向けられる。

 その光景を見ても自分の心には響くことはない。怪物の潜むゴーストタウンの上空をヘリが駆け抜けていく。

 時折、デパートや高層ビルの屋上に『SOS』などの助けを求める布が着けられている。進行方向のデパートの屋上には数人の人影も見える。人影は必死に手を振ってヘリに自分たちの存在を報せようとしているが、ヘリは止まることはない。建物を通り過ぎる瞬間、無意識に右手を伸ばしていた自分がいた。胸の中を、温度の低い感情が通り向けていく。自嘲めいた気分のまま、力なく右手は垂れた。

 

 目標上空に到達。ヘリがホバーリングをし高度を維持する。

 降下用のロープを腰に付けられたカラビナに取り付けていく。しっかりと取り付けたかどうかを確認し、降下を開始する。

 

 これから起こる未来のことは誰にもわからない……元通りの世界に戻るかもしれないし、そうじゃない碌な事じゃないかもしれない。とりあえずは、自分の思った通りに頑張ることから始めよう。

 自分が望む未来を手繰り寄せるために――――。

 

 

 


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