空から見る終わり   作:富士の生存者

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現在、この作品を短編から連載に変更するか検討中です。



『隔離』

 

 世界が死者で浸食されている兆候は既に世界各地で起こっていた。

 日本でもそれは例外ではなかった。

 

 ぎっしりと隊員が詰め込まれたヘリの座席から見える街並みはその頃はまだ(・・)、平穏のように思えた。

 3機編成で飛行していく自衛隊のヘリは目的地上空まで差し掛かり徐々に高度を落としていく。

 

 目的地は都心部から数キロ離れた大型の大学病院だ。

 最先端の医療を患者に提供する場所。

 普段なら傷病者などが行きかうはずだが大学病院の駐車スペースには一般車両の他に赤色灯を付けた警察車両、深緑の自衛隊車両が鎮座していた。さらに大学病院の周囲は封鎖され人の立ち入りは厳しく制限されている。

 

 ヘリが駐車場に臨時に設けられたヘリポートに着陸すると隊員たちが続々とヘリから地面に降り立つ。

 フェイスマスクで顔を隠し、人相はわからないよう対策が取られ背嚢を背負って部隊に割り当てられた指定のテントへと入っていく。

 初めての実戦。

 苦しい訓練を毎日繰り返ししてきた。だが実戦となると訓練とは違ってくる。何よりも張りつめた独特の緊張感、硬質な空気が肌身に感じられる。

 自衛隊に完全武装で出動命令が下るほどの事態。理性ではなく本能でその不安と葛藤している。

 

 既にこの病院で何が起こっているのかは説明されていたが未だに実感がない。

 ここの病院だけではない日本のいたるところで起きている。

 

 人が人を襲い、その襲われた人も他者を襲い始める。

 まるで映画やテレビゲームのような話だ。

 

 当初、現場は警察で維持していたが警察だけでは対処しきれない事態になってきた。

 世界各地で確認されている原因不明のウイルス。罹患者は高熱を出し意識不明に陥り、高確率で死亡する。さらに重要な事は、死亡したはずの罹患者が突然起き上がり他者を襲い始めると言った笑えない状態。

 

 この大学病院にウイルスの罹患者と疑いがある患者を収容していた。それが高熱で運び込まれてきた患者たちがいきなり院内の職員、一般人に襲い掛かったそうだ。その際に患者に噛まれた職員が他者に襲いかかり収拾がつかなくなり付近を巡回していたパトカーが到着。警官が警告をするも止まる様子がなく、やむおえず威嚇射撃で拳銃を発砲。正常な状態ならばそれで事足りただろうが、それでも止まる様子がなく今度は警官に飛び掛かり拳銃で撃たれつつ首に噛み付いたそうだ。生き残った警官は至急無線で応援を要請し、院内の部屋に生存者と立て籠もっているそうだ。

 幸い院内の非常警備システムが作動し、院外への罹患者の流出はなんとか防ぐことができている。

 

 この事態を重く見た警察機構上層部が、NBCテロ対応専門部隊を出動し、病院の周辺を封鎖した。

 

 機動隊―――暴力的な有事から市民を守り、その発生源を排除する。

 警察機構の中にあって、限りなく自衛隊に近い武装集団。その中でもNBC―――核兵器、生物兵器、化学兵器を使用したテロや、犯罪に対応する警察機構の警備部隊。警察庁でテロ対処部隊なら対処する事も出来ただろう。自分たち自衛隊が呼ばれた時点で一般的な事件でなくなった。

 

 

「各員注目! これより我々は部隊を3つに分け作戦にあたる。1つは院外の警戒、残りのは院内の生存者の救出及び原因の調査だ。既に警察のNBCテロ対応専門部隊や機動隊化学防護隊が院内に突入。交戦が確認されているが現在も連絡が取れない状況である」

 

 

 警察のNBCテロ対応専門部隊や機動隊化学防護隊。彼らは防護服に身を包み5式機関拳銃―――MP5などの適切な武装をして突入した。それが、その突入した全員が戻らない。

 途中の無線連絡では、院内で交戦と隊員の悲鳴が確認されている。

 

 

「新型ウイルスの恐れがある。そのため突入班は防護服を着用、ウイルスに感染したと思われる罹患者と交戦する恐れがある。交戦規定を厳守するように」

 

 

 新種のウイルスやNBCテロが発生した場合の訓練は受けている。

 化学防護装備は服の中が蒸し暑くなり、顔に装着するガスマスクは死角を生むうえ息苦しい。さらには罹患者つまりは、凶暴化した一般人と交戦も起こりうる危険がある。とんでもない初の実戦である。

 ウイルスと戦う前に防護服の蒸し暑さ、ガスマスクの息苦しさと闘う必要があるようだ。

 

 

「各自、装備を点検しろ」

 

 

 分隊長の指示に従い、自動小銃の作動状態を確認する。

 30発入りの弾倉を機関部に叩き込んだあと、槓桿(こうかん)――チャージングハンドルを引く。硬質な機械音を鳴らして遊底が動き、薬室に送り込まれる。ダブルフィードと呼ばれる弾詰まり現象を起こしてないのを確認後安全装置をかける。次に、二次兵装(セカンダリ)である拳銃も同様にチェックする。

 

 俺の部隊は8名編成で東側非常口から院内に突入した。

 院内の廊下は蛍光灯が照らしており89式自動小銃に装着されたフラッシュライトを使わなくてすみそうだ。

 

 周りを見渡すのに充分な光源が清潔なリノリウムの床に広がるおびただしい血痕を映し出す。廊下の壁にも血飛沫が飛び散っており量からして明らかに致命傷だ。

 ガスマスクのフィルター越しでも匂いはないはずだ。にもかかわらずむせかえるような匂いを嗅いだ気がした。

 

 別同隊との無線連絡を取りながら要救助者いる部屋を目指す。背中を守る位置を取り、後方を警戒しながら続いていく。

 

 床に転がる薬莢。壁に穿たれた弾痕。

 

 肉片と臓物が廊下に散乱している。

 

 しばらく進むと壁に寄りかかるように又はうつ伏せに防護服を着用した機動隊化学防護隊の警官たちが鎮座していた。どの警官も防護服の上から噛みちぎられた傷があり、酷いものに至っては手足などの部位がない者もいた。警官たちの遺体の周囲には白衣を着た病院の職員、私服の一般人と思われる遺体も確認できる。

 

 明らかにここでの激しい交戦が行われた様子が見て取れる。

 

 思わず目を背けてしまう。本能として、死体を忌避する気持ちが先行してしまい恐怖や嫌悪が頭を支配する。しかし、それでも敢えて目を向ける。先行した警官たちの無残な姿を目にし、胃の奥からこみあげてくるものをなんとか耐える。

 

 遺体の状況からこの場では自分たちが想像も付かない最悪な事が起こっていることが理解できる。すぐさま無線で状況を本部に伝え救助者の下に向かう。 

 

 死角から死角へと先行する同僚に対して、常に援護射撃できる位置取りを保ち続けている。

 

 

「(止まれ)」

 

 

 曲がり角に壁に背中を張り付けた、後方の俺に前衛を務める同僚がしっかりとしたハンドサインで制する。

 戦闘現場では、誰もが思考を単純化して効率的に動く必要が出てくる。それゆえ、出されたサインに対して判断を迷わせるようなことがあってはならないのだ。

 

 何が出てきても可笑しくない雰囲気だ。

 

 そう思った瞬間、近くの部屋から何かが倒れる大きな物音が鳴り響いた。音がすると同時に既に動いていた。迅速にドアの前に接近し、両脇の壁に背中を付ける。

 

 部屋の中からはいまだに音が聞こえ確実に何者かがいる。先行した警官を無残に引き裂いた者かもしれないと思うと緊張で心臓が波打つ。安全装置に親指を伸ばした。人差し指は引き鉄の冷たい感触を探る。

 

 合図でドアを蹴り開ける。

 俺と分隊長が腰を落とした屈射(ロースクワット)の射撃姿勢で室内に銃口を向ける———そこには人間だと思われる者が(・・・・・・・)いた。

 

 1人は入院患者の着るような薄着だが、もう1人は廊下に転がっている警官と同じ防護服を身に着けていた。

 

 警官の喉笛を貪っている患者に自分の覚悟なんて木っ端みじんに吹き飛んだ。

 

 患者は顔の下半分から下を鮮血で染め、半分ほどはみ出させた警官の肉を半分ほど口からはみ出させくちゃくちゃとやりつつけている。

 肌は寒気をおぼえるほどに白く、あらゆる筋肉が力を失っているかのように、どうにも力が感じなかった。瞳孔は開ききり、頬は力が緩んでいるにもかかわらず、驚くべき力強さで肉を噛んでいる。それだけにとどまらず喉が裂けるのではないかというほどいっぱいに人肉を体内に送り込んでいる。

 恐怖をうわまわる何かが自分の奥底で作用した。

 

 

「撃ち方始めッ!」

 

 

 それは合図ではなく、悲鳴に近かった。

 今回の交戦規程ではこのようになっていた。

 

 1.口頭による警告、2.銃口を向けての威嚇、3.警告射撃、4.危害射撃。

 

 交戦規程を無視した射撃命令。

 2人同時に銃口を突き出し、一気に引鉄を絞った。バースト射撃による3連射。銃炎が視界を切り裂き、炸裂音と共に燃焼排気と空薬莢が飛び散った。

 挫けかける戦意を鼓膜するように、ガスマスク越しに思いっきり叫んで引鉄を絞る。白壁が穿たれ、床のタイル木っ端みじんに砕けた。

 

 患者が倒れると硝煙の立ち昇る銃口を下げる。

 ガスマスク内で荒い呼吸を繰り返す。

 

 銃声がやみ、再び静寂が訪れるとうめき声のような声が院内に響き渡る。

 その声を聴いただけで、内臓に冷たい衝撃が走った気がする。爆発的に動悸(どうき)が早まり、反射的に方向に構える。

 

 

「どうしますか?」

「……本部に報告、撤退する」

 

 

 俺は分隊長に指示を仰ぎ、すぐさま来た道を引き返していく。

 こんな怪物がいる院内を救助者をつれ脱出なんてリスクが高い。ひとまず態勢を整えるしかない。

 来た通路を引き返していくと違和感に気付いた。

 

 ……遺体が少ない。

 

 来るときにあった遺体がなくなっている。

 小銃を構え慎重に進んでいく。

 

 もう少しで非常口というところで別の通路から衣服を真っ赤に染めた大勢の人間だった(・・・)者たちが走ってくる。その中には防護服の者の姿も窺える。

 

 

『こちら、西側突入班!! 現在、交戦中ッ! 応援をッ! うわあぁぁぁぁ!?』

 

 

 そこに切迫した無線連絡が入る。

 遠くから響く銃声も、どこか現実感を失っていくようだ。

 

 分隊長が発砲し、それに自分と残りの隊員が続く。

 手の中で89式自動小銃が跳ね、銃炎の赤い舌を吐き出す。燃えた空薬莢が飛び出していく。

 先頭を走っていた怪物が倒れて後ろを巻き込んでいくが勢いは止まる様子がない。

 首尾よく標的を捉えられたかどうか確認する前に非常口に走り出した。非常口の電子ロックを解除。こじ開けるように外に飛び出る。最後の隊員が必死に扉を閉めることで怪物は未練がましく扉を叩き続けた。

 

 すぐさまその場を離れる。こんな所にいるのはご免だ。

 

 外に出た頃には、日はとっぷりと落ちていた。紫色の夕波が地上を包み、空にはッ星が輝いている。

 そんな中で今さら手足の震え出すのを感じていた。

 

 

 

 




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