空から見る終わり   作:富士の生存者

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自衛官物の小説として簡単なお試しとして投稿させていただきました。
読んでいただけたら幸いです。


『怪物』

 それは雷鳴にも似た衝撃で突然、自分の鼓膜を殴りつけていた。

 絶え間のない銃声。

 それが、篠崎(しのざき)真悟(しんご)を縛り付けている鎖だった。

 

 

「――――――――! ――――――!」

 

 

 痺れている鼓膜を誰かの声が突き刺してくる。

 次第に現実感が鮮明さを取り戻していく。

 

 揺れる視界。

 さまよう足。

 身体感覚が復帰する。

 

 一瞬だけ焼き付いた面影。強烈な耳鳴り。記憶が蘇ってくる。

 

 ああ、自分は戦場にいるのだ。

 

 目まぐるしく動きまわる光と影。心臓を震わす炸裂音。鼻孔の奥まで、硫黄の匂いが突き抜けてくる。

 そこは確かに、掛け値なしの戦場だった。

 自らに向かい勢いよく突き出された手の先が、顔のすぐ前を横切る。それに続いて迫りくる白い歯が並んだ大きく開けられた口。

 

 

「ッ!!」

 

 

 その口が自分自身を捉える前に戦闘靴である半長靴で、相手を後方へ押しやる。

 人生で最も近くに感じる死というざらりとした冷たい感触。

 

 それは輪郭は人間だが、遠目にもわかるほど非人間的な生き物と化した異形の怪物。

 

 意識が赤く染まっていくのがわかる。

 視界から伝えられるモノに対する危険信号に、循環器系が誤作動を起こしたかのように呼吸が苦しさを増していく。

 

 天罰。

 

 災厄。

 

 恐怖。

 

 死そのものが形をとった『モノ』……。

 

 どういう理屈から成り立っているのか、そもそも生物であるのか……そんなことすら不明。

 はっきりしているのは、ただ一つだけ。そしてその一点に置いて、この世界にとっての脅威であるには十分な事実。

 

 それは、『死者』であること。

 

 あの世の地獄が、現世に体現した。

 死者は、その生を終えてから起き上がり生者を襲う。さらにその死者に襲われた生者も死者の仲間入りを果たす。

 

 ―――――怪物。

 

 怪物であるが故に理解不能で、怪物であるが故に人を殺すということ。

 眼前、数メートル足らずを我が物顔で闊歩しているのは…つまりは、そんな『モノ』なのだ。

 

 近い――――猛獣の檻に閉じ込められたらこんな気持ちなのだろう。

 

 自動小銃を右構えで保持した。左手の5本の指はハンドガードに。銃床の底部を肩に押し付け、安全装置を解除してから引鉄に指を掛ける。

 

 呼吸―――標的に照門を重ね、やや上目を狙って撃った。

 立射の姿勢は基礎通り。肩は丸め、肘と脇を内側に締める。銃床は胸に近い位置に当て、肩で固定し抑え込む。

 単発(セミオート)で連射した。

 連なる銃声。金色の空薬莢が立て続けに宙を飛び、反動が肩を殴りつける。

 グローブ越しに手に衝撃が伝わり、焼けた銃身から陽炎が立ち上り始めた。

 

 バリケードを突破して来た5体目の標的を捉え終えたところで引鉄を引いても弾丸が、自分の持つ鉄の塊(89式自動小銃)から生み出されることはなかった。

 

 ベルトのマガジンポーチから予備の弾倉を抜き、取り落とさぬように底部を握りつつ旧弾倉をリリ-スして交換。空の弾倉を背中のダンプポーチに回収する。

 

 

「避難完了ッ! 総員、退却だッ! 屋上に急げ!!」

 

 

 その声と同時に走り出した。

 半長靴の裏がべったりと廊下に張り付き足首と連動して体を前へと前進させてくれる。廊下を蹴った左の膝を曲げ、右足を追い越しつつ、すぐに前へ蹴りだす。同時に右足の親指の付け根あたりで廊下をけり、膝を伸ばしながら体を前方に押し出した。

 

 弾倉がぎっしり詰まったポーチをこれでもかと防弾プレート入りの防弾ベスト2型に取り付けているので相当な重量だがそんなものは気にならない。

 

 後ろから獣の叫び声が上がり、これでもかと非常階段を駆け上る。最後尾の俺は、振り返ることなく同僚の背中を見て非常階段の上を目指す。

 最上階に到着し、ヘリポートでいつでも飛び立てるように待機しているヘリ――UH‐1『ヒューイ』に向け、焼け付く肺に更に負荷をかける。

 

 訓練では、銃口を下に向けた89式自動小銃を胸の前に構えて前傾姿勢をとり、躰を低くして走ることになっていた。だが、格好なんてかまってられなかった。隣を走っている同僚も装備品でパンパンの上体をのけぞらせて、銃口を天に向けた小銃を抱えて、左右の太腿をこれでもかと交互にあげながら走っている。

 自分も同じ格好をしているのだろうなとちらりと思った。 

 

 ヘリに乗り込みすぐさま自分たちが来た屋上の入り口に銃口を向けた。

 入り口からは死者たちが空に逃れようとする生者を追い縋ろうと飛び出してくる。

 弾倉の弾丸を全て死者へ叩き込み、再装填(リロード)する。

 そのタイムラグへと割り込むように、ヘリの搭乗員がドアガンとして搭載している『MINIMI』を照準――――――フルオート射撃でぶっ放す。

 凄まじい炸裂音が立て続けに鳴り渡り、跳弾の火花が目まぐるしく一面に飛び散る。

 

 これは決して夢なんかじゃない。自分を取り巻く現実に他ならないのだ。

 

 この建物だけでなく町中に爆竹のような銃声、怒号、悲鳴。世界の崩壊の音が轟いている。

 

 穴だらけになりながらも死者が屋上から遠ざかるヘリに向けてその手を伸ばしていた。

 その光景を目の当たりにしながらも現実を遠ざけるように、思考だけが異様なまでに冷静だった。

 

 

 




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