とある少女の英雄譚   作:molive
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表編8話 べるくんが死んだ!



「おまたせ、ベル君」

 着替え終わったらしいカレンが部屋から出てくる。そして見惚れて、死んだ。
 赤いリボンのついた白いブラウスに鮮やかな模様が刺繍されたハイウェストコルセットスカート―――いわゆる、『どうていをころす服』であった。
 べるくんはどうていなので殺されて当然なのだ。仕方ないね。
 コルセットタイプなのでウェストがきゅっと引き締まり、大きな双丘がいつもより強調されている。これはどんな服を着ればいいのかわからなかったので、男性視点から魅力的に映る服を知り合いの神様(ミアハ様)に尋ねたら勧められた服だ。これで世の童貞どもを皆殺しにするのだー!と高らかに笑っていたが、多分酔っていたのだろう。ミアハ様そんなキャラじゃないから。

「に、似合ってるよ。カレン」

 必死に胸元から目をそらそうとするベルに苦笑する。おっぱい戦士たるべるくんは一瞬で脳裏に焼き付けることが可能なのだが、カレンはそんな男の子の煩悩(能力)を知らない。

「ありがとう、ベル君。ベル君は…いつもどおりね」

 身奇麗にしてはいるが、見慣れた服装だ。指摘されて、もうすこしマシな服を用意するべきっだったかと罪悪感に駆られた顔をするベルを見て、カレンは一つ大事なことを思い出した。

「そういえば、ベル君。私にもう一つ言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」

「え?」

「…まさか、本気で忘れてるの?」

 忘れていること、忘れていること…まぁ、忘れていると指摘されてすぐに思い出せる事など滅多にない。ベルもその例に漏れずにその『忘れていること』とやらを思い出せなかった。

「けさ」

カレンが告げる、たった二文字。けさ、袈裟、今朝…今朝?

「ああああぁあああ!!」

 思い出した。今朝、洗面所で体を拭いているカレンに出くわしたことを。

「それで、私に言わないといけないことがあるでしょう?」

 呆れた口調で告げるカレン。そんな彼女も仕事やデートの誘いで忘れていたのだがおくびにも出さない。

「え、ええと…その…ご、ごめんなさい!」

 深々と頭を下げる。そんなベルにカレンは一言。

「膝をついて」

 土下座をしろというのか。カレン(被害者)がそう言うならば否はない。むしろ許してもらえるなら喜んで土下座をする所存であった。

「覗きはげんこつ一発よ」

 そんな言葉とともに脳天に衝撃。正直、むちゃくちゃ痛かった。頭上を回るお星様を幻視する。

「なんだ、兄ちゃん。姉ちゃんの着替えでも覗いたのか?」

 ウィルが尋ねると、痛みのせいで答えられないベルの代わりにカレンが答えた。

「私が寝ぼけて洗面所の鍵をかけ忘れていたのが悪いのよ。とはいっても覗きは覗きだからね」

「はっはー、なるほどね。まぁ、兄ちゃんも男だったってことだろ」

「そうね。私の入浴中に思春期特有のパトスを抑えきれずに鍵をこじ開けて突貫してきた男子が言うと説得力が違うわね」

「ちょ…姉ちゃん!いったい何年前の話をしてるんだよ!さんざん殴って話は済んだはずだろ!」

 コイツは一体何をやってるんだ。とベルは痛みを忘れてウィルを見た。

「そんな何年も前じゃないでしょ。覗きに関しては…まぁあれだけボコったんだからそれで許してるわ。でもそれをネタにあなたをからかうのは別の話よ」

「ぐぎぎ…ほ、ほら! 姉ちゃんたちは飯食いに行くんだろ! さっさと行けよ!
 お前らももう時間だから飯にするぞ!」

 無理やりすぎる話題の転換に子供たちから軽蔑の眼差しを向けられるウィル君。一部の男子からは尊敬の眼差しを向けられているが、きっと気のせいだ。

「そうだね。覗き魔」
「お腹すいたもんね、覗き魔」

「やめろてめえらぁああああ!!」

 そんなウィル(覗き魔)の叫び声を背に、家を後にした。




 そして『豊穣の女主人』に到着した。ベルは場所を知らなかったのだが、そこはこの街で長く暮らしているカレンである。普通に場所を知っていた。
 リードする筈だったのにあっさりと逆転してしまったことに落ち込むベルに、リードする気があるなら場所くらい調べておけとカレンは呆れた。口には出さないが。

「あ、いらっしゃいませ、ベルさん」

 カランカラン、とドアベルの音に気づいてシルが出迎えてくれた。

「お隣の方は…カレン・アバンティーノさんですか?」

「あ、はい。よくご存知ですね」

「それはもう。カレンさんは有名な方ですから」

 シルの中ではヘスティア・ファミリアの団長は有名な人物らしい。シルにとっては恩を感じている人だからだろうな、と思った。

「それでは、こちらの席へどうぞ」

 案内されたのは、二つ並んだカウンター席だ。テーブル席は予約席以外は客でいっぱいだったので仕方ないだろう。

「あんたたちがシルの客かい? なんでもあたしらに悲鳴を上げさせるほどの大食漢だそうじゃないか!」

 女将さんの言葉に頭からクエスチョンマークが飛び出た。何の話だろうか?

「そ、そうだったんだねベル君…もしかしてうちのごはんじゃ足りなかったのかな」

「いやいや、違うからねカレン。 っていうかシルさん、なんで目を逸らしてるんですか!」

 陰謀だ!これは陰謀に違いない!と喚くベルにカレンは落ち着いた口調で諭す。

「まぁまぁ、ベル君。ここまで来たら逃げ場なんてないんだから、楽しめばいいんだよ。いざとなったら命がけの無銭飲食だね!」

 そのとんでもない発言に女将さんが豪快に笑った。

「はははは! そいつはいいや!そのときゃこの店出るときに生きてるかどうかは保証できないね!」

 違いない!とカレンは女将さんと笑い合う。
 ベルにはまるで理解できなかった。飲食店を経営する者同士で『無銭飲食死すべし慈悲はない』という共通認識が出来上がっているらしい。

「もう、ミア母さん。冗談言ってないで手を動かしてよ」

「あんたに言われなくても働いてるよ!ほら3番5番もっていきな!」

 差し出された皿をシルが運んでいくと、ミア母さんはカウンターの方に身を寄せる。

「ホールは今手が一杯でね、カウンターの注文はあたしが聞くよ。決まったら呼びな」

「はーい」

 カレンが軽快に返事を返し、ベル君は何にする?と尋ねてくる。カウンターに置かれたメニューを見て、驚愕する。その値段設定に。無難だと、パスタで300ヴァリス。一食お腹を満たすなら50ヴァリスもあれば足りることを考えれば、実に6倍だ。自分ひとりだったら間違いなくパスタを頼んでいた。しかし今日は女の子(カレン)が一緒なのだ。ここは男子として、パスタなんぞを注文するわけには行かない!

「か、カレンは何にする?」

 カレンの注文を聞いてから持ち金から出せるように自分の注文を決めよう。ベルは決断した。

「私は本日のおすすめかな」

 メニューに記された本日のおすすめ――1000ヴァリス。
 ベル君本日の収入――1200ヴァリス。
 
 撃沈である。微塵たりとも容赦がなかった。いじめかな? っていうか1000ってなんだよ1000って!これパスタも頼めないじゃん!

 しかも1000ヴァリスはこの店最高値というわけでもなかったのが恐ろしい。
 横目でカレンを見る。なんとも楽しそうな顔をしていた。いや、こちらを笑っているわけじゃないのだ。単純に、わかりやすく、出てくるであろう料理を楽しみにしている。

(…お金足りないから他のにしてくれなんて…言えないよなぁ)

 それはいくらなんでも情けなさすぎる。
 そもそも、たった1200ヴァリスを持って外食する方が間違っていたのだ。昨日考えなしに諸経費引いて余ったお金を神様に渡してしまったのが痛い。
 メニューの端っこにふと目が行く。ああ、これなら注文できる。やったぞ僕。

「僕は…エールにします」

 エール――そのお値段、なんと100ヴァリス。救世主の登場である。ブラボー。

「お、ベル君いける口なんだね。
 …ベル君?」

 エールを注文すると告げたきりメニューに視線を向けないベルにカレンは訝しげな顔をする。当然だ。どこに食事に来てエールのみを注文する人間がいるのか。立ち飲み屋じゃないんだから。でもねカレンちゃん、エールしか注文できない人間なら目の前にいるんだよ。

「あっ…ベル君、あなたまさか…」

 あぁ気づいてしまった。入店してからその値段設定に気づいて絶望している少年に気づいてしまった。はは、笑えよ。
 駆け出しのベルでも2000ヴァリスは普通に稼ぐのだ。もう少し先にいる冒険者パーティーで一人当たり5000ほどは稼いでいる。
駆け出しから上級冒険者まで御用達なこの店だと300から2000ヴァリスと値段設定も広めで、1000ヴァリスだとちょっと豪華なセットメニューになっている。
 カレンからしてみれば、せっかくのお誘いだし、久しぶりの外食だし、ちょっと豪華な晩ご飯にしようかな。アイズお姉ちゃんのことも教えるんだし、いいよねこれくらい、といった感覚だ。
 しかし、大事なことを忘れていた。ベルは駆け出し中も駆け出しの冒険者で、その上今日はミノタウロスに追われてリタイアしたせいでいつもより収入が少なかったのだ。

「「…」」

 重たい沈黙が二人を包む。

(本当に申し訳ない。ベル君、悪気はなかったんだ)

 カレンは頭を働かせる。本日のおすすめ+エールで計1100ヴァリス。お金があるならパスタを注文するだろうから…ベルの所持金1100から1300ヴァリスの間?え、本気で言ってる?
 というか、相手の所持金を頭で計算するなんて普通に嫌な女じゃないかな、と思う。
 そして計算した結果、二人共パスタと飲み物ならOKという結論に至る。それ以外はNGだ。男と女が食事に来て、その店で一番安いパスタをふたりして注文する。

(…いやいや、それはどうなんだろう?)

 パスタへの熱い風評被害がとどまることを知らない。パスタ原告は訴訟も辞さない構えだろう。
 別にパスタが嫌とは言わないけど、この後の空気考えると気まずすぎる。それに、カレンはもうすでにパスタの気分ではないのだ。



「…よし。ミア母さん、本日のおすすめとエールを二つずつ!」

「えぇ!?」
「はいよ!」

 ベルの悲鳴とミア母さんの声が重なった。涙目でこちらを伺うベルの肩を優しく叩いて、聖母のような笑顔で告げる。

「ベル君、今日はミノタウロスに殺されかけて大変だったそうだね…今日はおごってあげるから、嫌なことは美味しいものを食べて、お酒を飲んで忘れるに限るよ」

 かくして、カレンはそもそも食事の目的をすり替えることにした。この判断を良しとするか否とするかは人によると思うが、カレンは自分の欲求(食欲)に従っただけなので後悔は微塵もなかった。






ジャガ丸君30ヴァリス
一食50ヴァリス
無難なパスタ300ヴァリス
…よくわからなかったので1ヴァリス=1円で考えてます