とある少女の英雄譚   作:molive
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表編8話 ベル君はヤワじゃない




「追わなくていいのかい?」

 ベルが飛び出していった扉をぼんやりと眺めていると、ミア母さんが話しかけてきた。

悪口なんて(あんなの)オラリオ(ここ)じゃあよくあることですよ。新人冒険者の洗礼のようなものです。別にベートさんみたいに弱い人は罵られて当然だなんていう気はありませんけど、あれが『冒険者』っていう生き物の典型ですよ。
 …それに、あの子も今はそっとしておいたほうがいいんじゃないですかね。泣いてる様を女の子に見られるのは男の子の沽券に関わりますから」


 カレンからしてみれば、子供が喧嘩をして家出をしたようなものだ。まだ小さな子供ならすぐにでも追いかけていっただろうが、ベルはそこまでされるほど子供ではない。
 したり顔でそう告げるカレンにミア母さんは笑みを浮かべた。

「あんた、なんでも出来そうな感じはするけどまだまだ未熟だね。―――あたしには、そんなヤワな男には見えなかったけどねぇ?」

「…?」


 カレンには、ミア母さんが何を言っているのかわからなかった。







 さっさと追いかけるんだよ!ほら早く!とせっつかれて食事代を払い、ベルを追いかけるハメになった。
 やめろ!私は客だぞ!と抵抗する間もなく料理が下げられてしまった。うそだろ?
 仕方なくベルの後を追うとして―――その前に一つ、ロキ・ファミリアに挨拶することにした。


「お久しぶりです、ロキ様」

「んー?…おぉ、おちびやないか。久しぶりやな」


 おちび、という出会った時から変わらない呼び方に苦笑する。
 そりゃあ、九年程度なんて神様にとっては瞬きするよりも短いだろうが、もうカレンは十五歳なのだ、おちびといわれるような年齢ではない。背が小さいのは事実だが。


「ええ。最近はお会いする機会もありませんでしたからね。たまには夜の営業だけじゃなくて昼の方にもいらしてくださいよ」
「昼はうちで食べるって決めてるんや」
「なるほど。そこで皆さんに絡もうとして袖にされてやけになってあちこちで飲み歩いているわけですか」
「…袖にされるのも楽しみの一つなんやで」
「声が震えてますよ」


 ロキはそっと目をそらした。眷属がちょっと困っている姿を見るのも楽しみの一つではあるが、たまには乗ってくれてもいいのに、とか思っていた。

 ロキはため息をついて、

「それにしても…ヘスティア(ドチビ)に似てたくましく育ってまぁ…」

 心底恨めしい、という表情を浮かべてカレンの胸に手を伸ばすも、カレンはその手を取ってひねり上げる。

「あだだだだだ!」
「はいはい、お触りは禁止ですよ。 ―――それはそうと、この度はうちの子がお世話をかけたみたいで、ありがとうございました」
「ええやんかちょっとくらい…。
 …あー、それってもしかしてさっきべートが言ってた新人冒険者のことかいな?」
「ええ、うちに新しく入ってくれた子なんですよ。どうも助けてもらったお礼も言わずに逃げ出したみたいで…」


 申し訳ありません、と頭を下げるカレンにロキは軽快に笑う。


「ええよええよ、事の発端はこっちに責があるみたいやしな」
「ありがとうございます。後日謝罪とお礼に伺わせていただきますね。
 ―――それじゃあ、私はこれで失礼します。あの子を追わないといけないので」
「…もしかしてさっき飛び出していった子かいな? そりゃうちのべートが悪いことしたなぁ」
「いえ、あれは洗礼のようなものですから。―――それに、ベートさん(当の本人)はあのザマですし」
「モガー!!」

 笑顔で答えるカレン。その視線の先には縛られてボコられて連れ去られていくべートの姿があった。どうもこれから店の軒先につるされるらしい。営業妨害にならないだろうか。





 挨拶を終えて店を出て、ベル君は家に戻ってるのかな、とか思いながら歩き始めたところに、

「あふぃあはれ!」

 との声が。というかベートだった。腕と足を背中側でまとめて縛られてつるされて猿轡が咬ませられている。
 さっき見ていたが、たぶんしょっちゅうこんなことがあるのだろう。ロキ・ファミリアの捕縛術はそれはそれは見事なものだった。


(なんか、ベートさんも吊るされ慣れているように見えるのは気のせいなのかな…)


 彼はロープを揺らすことなく脱出を試みていた。たぶん無駄に揺らして軒が壊れないように気を使っているのだと思う。彼は口は悪いが、物を壊してそれをよしとするような人間ではないのだ。

 それにしても、なんだかその抵抗が妙に手馴れているような気が…いや、きっと気のせいだ。


「ベートさん、お疲れ様です」


 きっと、これは彼の体を張った飲み会芸…いや、違うってだから。
 とにかく、お疲れ様としか言えなかった。他に言えることがあれば教えてほしいくらいだ。


「まふぇ!」

 これはもしかすると、『待て』と言っているのではないだろうか。
 振り返ると、ひどく真剣な顔つきのベートがいた。その目は見たことがある。これから戦いに臨もうとする冒険者の顔立ちだ。真剣な眼光はカレンを見抜いて―――





「えふぇ、いふあふぇふぉうひていうふはひあ?」

「…ええ、なるほどよくわかりました。それでは私はこれで」

 吹き出しそうになった。
 笑い顔が隠せずベートから目をそむけてしまう。
 まともにしゃべれるはずがないのになぜ彼はしゃべろうとしてしまったのか。たぶん酔いのせいだ。お酒って怖い。


「こふぇをはふふぇ!」

「ちょっと、今は勘弁してください…!」

 追い打ちだ。さすがレベル5は油断も隙もなかった。ニュアンスで『これをはずせ』と言っているのは分かったが今はこらえるのに必死なのだ。

 ようやく収まってから猿轡を外してやると、ベートは何事もなかったかのようにTake2を始めだした。


「てめえ、いつまでそうやってうだうだしているつもりだ?」


 心底見下したような目つきで、彼は問う。

「ガキを守る? ガキを助ける?―――はっ、そんなタマ(・・)じゃねえだろうが、てめえは」

「ベートさん…真剣な顔つきでそんなことを言われても、その恰好はちょっと…」

 ベートはカレンの言葉を聞かなかったことにした。。

「お前は―――んがぁ!?」

 さらに言葉を続けようとしたところ、彼の頭上で銀色の輝きがきらめいた。

「…ごめんね、カレン」

 どうやらアイズが、鞘に収めたままの剣でべートの頭頂部をぶん殴ったらしい。ベートはそのまま動く様子がない。
 先ほどの仕返しなのか、かなり痛そうな音が響いた気がするが、きっと気のせいだ。
 具体的にはベル君がくらえばご臨終しそうな威力だった。だから気のせいだって。

「ううん。私は大丈夫だよアイズお姉ちゃん」

 それにしても、とカレンは思う。
 これをうちの店でやられなくて本当に良かった。正直、たとえ店員の立場でも笑いをこらえきれる自信がない。さすがにお客のことを笑うのは失礼すぎる。
 殴られた衝撃でプラプラと揺れたまま気を失っているベートを見て、そう思うのだった。







「…ほら、いつまで隠れてるんだい。あの子はもう帰ったんだから、いい加減出てきな」

 カレンが去ったあとの豊穣の女主人。キッチンに立つミア母さんはおもむろに言葉を発した。

「…すみません、ミア母さん」

 物陰から出てきたのは、エルフの女性――リュー・リオンだった。
 頭を下げる彼女に、

「そうだよ! リューがいないからホール大変だったんだから! 私もっとベルさんとお話したかったのに!」

「…すみません、シル。この埋め合わせはいつか必ず」

「んで、あんたはまーだあの子のこと引きずってんのかい?
 ―――ま、うちはそういう(・・・・)訳ありが大勢いるんだから構わないけどね。ほら、サボった分はちゃっちゃか働きな! リュー、シル!」

「はい」
「私さっきまでちゃんと働いてたんだけど!?」

 文句を言うシルにやかましいよ!と怒鳴るミア母さんの声を聞きながら、リューは一人、ポツリとこぼす。


「…私に、あの子に合わせる顔など…」







「ただいま」

「おお、お帰りカレン君。…って、ベル君はどうしたんだい?」

「あれ、まだ帰ってない?」

 どうやらカレンの予想は外れ、ベルはまだ帰宅していなかったらしい。豊穣の女主人であったことを簡潔に話す。

「ぬぬぬ…ロキのやつめ、犬のしつけもできないとは、けしからんやつだ」

 険しい表情を浮かべるヘスティアに苦笑する。

「多分そのうち帰ってくるだろうから、帰りを待ってあげよう」




―――そして、数刻待つも、ベルは帰ってこなかった。



「おかしい…いくらなんでも遅すぎる…」

 時刻は日もまたぎ、いつもなら眠っている時間になっても二人はベルの帰りを待ち続けていた。


「たしかに、そうだね。…私、探してくるね、もしかしたらダイダロス通りあたりでまた迷子になっているかもしれないし」

 なにせ、以前ベルはダイダロス通りに迷い込んだという前科があるのだ。闇雲に歩いて同じようになっている可能性は十分ありうる。

「お母さんはここで待ってて、入れ違いになったらまずいし。それに、酔いも覚めてきたからね、多分すぐに見つかると思う」




 そう言って家を出たカレンは、意識を集中させ、身に刻まれたスキルを発動させる。

―――直感:B

 本来、成長させるのがレベルアップよりも困難とも言われている発展アビリティ。
 昔、磨きに磨いたこのスキルは今でもカレンの最も信頼するスキルだ。いまではもっぱら料理の火加減とか、味付けくらいにしか使っていないが。
『私には聞こえる…食材たちの声が…!』みたいな感じなのだ。料理漫画かな?


 それはともかくとして、道に迷ったら自分の勘を信じていけばいいこのスキルは非常に便利だ。迷子になった子供の捜索とかにも役立つし、これを利用していけばベルの後を追いかけるなんてさほど苦労はしないだろう。


 この時のカレンは、そう思っていた。







「――それで、ベル君はダンジョンに潜ってるって?」

「はい」


 直感に従い歩き続け、たどり着いたのは―――こともあろうにバベルの塔であった。
 それを理解したとき、カレンは頬がひきつるのを隠せなかった。
 ベルの装備を思い返す。防具はなし、サブで持ち歩いているナイフが一本、たった、それだけ。その上今のベルは酒を飲んで酒気帯びだ。そんな状態で駆け出し冒険者がダンジョンに潜るなんて正気の沙汰ではない。遠まわしな自殺だ。自殺したいなら手に持ったナイフで自らの喉をかっ捌いたほうが遥かに効率的だろう。


「…迎えに行ってきます」

「…たのむよ」

 でも、必ず二人共生きて帰ってくるんだよ、と告げるヘスティアに頭を下げてはい、と答えるのだった。







 ダンジョンに潜るのは、本当に久しぶりだ。

 ステイタスに身を任せダンジョンを駆け抜けるカレンは思う。
 現役時代に使っていた剣を右手に、投擲用のナイフをいくつも腰からぶら下げて、前はいくつものアイテムを仕込んであった外套を身にまとっている。流石に現役時代よりも成長したのか外套は少し小さく感じる。剣の方も衰えは感じるが上層では全く問題にならなかった。




 ―――カレン・アバンティーノにとって、ベル・クラネルという少年の評価はいかがなものか。


 平凡極まりない。冒険者としての条件は満たしているが、それ以上のものは持っていない。そこそこのセンスは見て取れるが、それを磨けているか、と言われれば否と答えるしかない。

 冒険者にはなれても(・・・・)、冒険者ではあれない(・・・・)人物。

 それが、ベルに対して出した結論だった。カレンからすれば、生き方は人それぞれだからそれはそれで構わないと思っている。

 冒険者になる(・・)のは簡単だ。どこかのファミリアに入って、ギルドに冒険者として登録してしまえば、それだけで職業として冒険者の出来上がりだ。

 ただ、入団してきた当初のベルには女の子を助けて仲良くなりたいという欲求はあれど、向上心が足りなかった。強くなりたいという明確な意志が足りなかった。その欲求こそが最高峰(第一級)冒険者とその他大勢の冒険者との分かれ目なのだ。

 べートが嫌うのはそういう職業としてあるだけの冒険者だ。生き方として冒険者であり続ける彼は、自分の生き方に誇りを持っている。彼からしてみれば、己の限界に挑み、それを超えようとしない冒険者など嘲笑の対象でしかないのだ。しかし―――



―――あたしには、そんなヤワな男には見えなかったけどねぇ?



 ミア母さんの言葉を思い出す。
 なるほど、自分はベル・クラネルという少年を見誤っていたらしい。侮っていたらしい。
 彼を変えたのは、アイズ(恋心)か、ベート(悔しさ)か。それは分からないが、今のベルは強くなりたいという欲求を抱いている。装備も不十分なままだという点は眉を顰めるほかないが、自分の弱さと向き合って、ただがむしゃらに強さを求めてダンジョンへと臨む。それは間違いなく、冒険者としての第一歩だった。


 両手に持った剣を振るい、鎧袖一触でモンスターを殲滅しながら走り抜ける。新人冒険者(ベル)からすれば理解できないような速度で一階層を超え、二階層、三階層と走り抜け―――七階層で尻餅をつき、影のモンスター、ウォーシャドウに襲われているベルを発見する。今にもその鋭い鉤爪で引き裂かれそうだ。


 迷いはなく、腰のナイフを投擲。狙いは違わずウォーシャドウの魔石(急所)を貫いた。