狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜 作:三月時雨
雨の止む気配はない。外に出た途端、雨が容赦なくわたしに襲いかかってきた。鞄も制服もどんどん水分をためていき、走って逃げようとするわたしを邪魔する。
足元がおぼつかない。時折転びそうになりながら、歩道に出来た水たまりをローファーで踏みつけて駅から学校へと続く通学路を逆戻りする。飛び跳ねた水滴が脚に当たった。体温の奪われた脚でもそれは冷たく感じた。
灰色のコンクリートの地面だけが視界を流れていく。学校を出てから一体何人の人を抜いたのだろう。抜かれた人達はどんな顏でわたしを見ていたのだろう。そんなの、知りたくもなかった。途中耳元でクラクションの音がした。おそらく赤信号を無視したのだろう。ならば、そのままわたしを轢いてくれたも良かったのに。
国道を走り、いくつかの橋と信号を渡り……やがて、駅に辿り着いた。
ずっと走り続けて息が犬のようだ。走るのを止めた途端両手を膝の上に置かずにはいられなかった。
駅前にはタクシー乗り場やバスターミナルがあり、傘を手にしたいろんな人がせわしく現れては消えていった。その中わたしは1人立ち止まっている。
みんなみんな、誰かと傘を並ばせて歩いているように見えた。誰かと傘を分け合いっこしているように見えた。
バスが止まって、降りてきた人が駅の改札の中へと吸い込まれていく。バス停のすぐ傍のクレープ屋は雨のせいで並んでいる様子はなかった。
ポタポタと制服から水滴が落ちる。一刻も早くここを立ち去りかった。今のわたしを見られたくない。わたしは駅とは反対の方向へ歩き出す。こんなに濡れたまま電車に乗ったら周りの人の迷惑にもなる。その言葉が周りの人のためではなく、自分のためであることは分かっていた。けれどそう思うことで気分が少し楽になった。
脚を前に出す度に濡れたスカートがくっつき、何とも気持ち悪かった。雨がコンクリートを打つ音はノイズになってわたしの骨を響かせ耳の感覚を麻痺させていく。思考が止まったまま右に曲がり、左に曲がり、鉱山の最奥部を目指す様に彷徨い歩き、わたしはどこかの十字路の真ん中で見覚えのない世界を見渡していた。
似た形の家が何軒も建ち並んでいる。この雨の中で外を出歩く人はおらず、家々のベランダは洗濯物が中に取り込まれて閑散としていた。
遠くで宅急便の車がエンジン音を立ててどこかへと走り出す。それ以外車の気配もなかった。車が止まっていないまま車道の信号が青になる。
ふと、わたしは目の前の黄色い棒に目が止まった。目線を挙げて見ると、それはカーブミラーだった。そして雨の雫のついた鏡の向こう側に1人立っているわたしがいた。
「……わたし、今こんな顏してるんだ…………」
どこで間違えたんだろう。どうすれば良かったんだろう……。
本当は桐原君の言葉もしよりの言葉も聞かないといけなかった。頭では分かっているのに、実行が伴わない。そんな自分にならないためにはどうすれば良かったのだろうか。
雨は止む気配がしない。学校の上にもまだ雨雲はあるのだろう。
そう思って、わたしは思い出して鞄から携帯を取り出した。まだしよりに連絡をしていない。さすがにマズい。本当に嫌われてしまう。わたしは電源を入れた。案の定しよりからの通知が1つ入っていた。
どんな内容かビクビクしながらわたしはメールの文面に目を落とす。が、それはわたしを心配する内容だった。
水滴が頬を流れ落ちた。そっと頬を触れるとその手はびっくりするくらいに冷たかった。
みんな分かってくれないと思っていた。でも本当はただ分かって欲しくないだけだった。そう思っているわたしに気付きたくなくて、分かってくれないと思い込もうとしていただけだった。
どうして桐原君もしよりも、わたしのこと嫌いにならないの? 知っちゃったのに、気付いていてしまったのに、どうして一緒にいようとするの?
なのに、どうして…………。
「分からない……もう、分からないよ………………」
水分を含んだ髪がずしりと重い。鞄を持った手はダランと下がり、足取りはふらついていた。行く先なんて自分でも分からなかった。ただ、どの道も、学校にも家にも何処にも繋がっていない。そんな気がした。
雲行きがあやしくなってきました。以上第7章でした。作者としてはだいぶ終わりも見えてきたので、これからもより頑張っていきたいと思います。