狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜   作:三月時雨

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基本的には、無理にでも字数が多くならないように話数を増やしているのですが、今回は切りどころが見つからなくて2000字を越えてしまった37話。篠宮さんの回想の続きです。


第37話

 あの日の昼休み、わたしは自分の席に座って次の授業の準備にと教科書を机から出していた。すると、桐原君の声が耳に入ってきた。

 

「……で、篠宮さんがいつもと違ってたんだよ」

「へぇ、どんな風に?」

 桐原君の傍にいた男子はおもしろがって聞き入っていた。

 

「うぅんと、目が合うと嫌そうな顏をするんだ。まずそこからしておかしいでしょ。それに自分はぼくとは違うから一緒にはいられないって」

「あれ? 篠宮ってそんなやつだったか?」

「そっくりさんならそんなことしても別に可笑しくはないけど。たしかに変な話だよな」

 

 周りの男子は笑い出した。笑い声にわたしの動作が停止した。そして知っていることへの怒りと恐怖が込み上げてきた。桐原君がどうして知っているのか分からなかった。それがわたしをエスカレートさせた。体中を沸騰させるような怒りと一瞬で凍らせるような恐怖がごっちゃになって、それと一緒に自分が何を思っているのかもごっちゃになって、思わずわたしは立ち上がってしまった。

 

「ちょっと! 何おかしなこと話してるのっ!!」

 

 ものすごく大きな声だったせいか、クラスの人が一斉にこちらを見た。話をしていた男子は驚いた顏をしていた。何よりも桐原君が一番驚いているようで目を丸くしていた。

 

「あ、わ…………ごめん。少し寝ぼけてたみたい……」

 わたしが恥ずかしそうに言うとクラス中が再び笑い声で満たされた。

 

「もぅ、しっかりしてよ〜」

 話を聞いてなかった女子もケラケラと笑い出した。わたしも一緒に笑うが、心の中では惨めさと張り裂けそうな気持ちをぐっと表に出さないように押し込んでいた。

 

 その後の授業は全く集中出来なかった。放課後、ついに耐えきれなくなって、わたしは帰ろうとする桐原君を捕まえて屋上へと繋がる階段に連れ出した。わたしは掴んだままだった桐原君の腕を突き放して睨みつけた。

 

「何で知ってるの? あんなこと、誰も知らないはずなのに」

 

「何のこと?」

 

「とぼけないで! 昼休みに話してたでしょ。ねぇ、どうして知ってるの? 学校ではあんな姿一度とだってしたことないのに。もしかして、わたしの帰り道でもつけたの? それしか考えられない。たしかにそれは盲点だったわ。わたしの不注意ね。でも、だからといって人前で軽々しく話していい訳ないでしょ。ただでさえ、1人にだって知られるの嫌だったのに、広められるなんて最悪。どう責任をとってくれるの?」

 

「だから、何のこと?」

 桐原君は分かってないような顏をした。それが無性にカチンときた。わたしは無意識に自分の手を強く握った。

 

「まだとぼける訳? 一発殴った方がいい? 分かってないね。わたしは本当に怒っているの」

「ぼくはただ昨日の夜に見た夢の話をしてただけなんだけど……」

 

 夢、と言われてふとわたしは昨日の夢に何故か桐原君が出て来たことを思い出した。でも、そんなの単なる偶然にすぎないと思った。

 

「へぇ、まだ嘘をつくんだ。夢ってどんな?」

「森の中にいて、ぼくが歩き回っていると偶然君と出くわした夢」

 

 桐原君が話した夢はわたしのと瓜二つだった。けれど、今朝登校中にしよりに見た夢の話をした気がする。それをどこかで盗み聞きでもしたのだろう。わたしはそう決めつけた。

 

「それで? そこには人間の姿をした黒い影に襲われてたわたしがいたんだって続けるんでしょ?」

 

 わたしがせせら笑うと突然桐原君が固まり、表情が抜け落ちた。盗み聞きしたのはそっちなのに、元々混乱していたのが更に深まった様子だった。

 

「……どうして、ぼくの夢の内容を知ってる。そこまではまだ誰にも話してないのに」

「それはこっちの台詞。どこでわたしが見た夢のことを知ったの」

「違う、ぼくの夢だ」

「えっ?」

 

 わたしは驚きのあまり絶句した。冷静に思い出せば、さすがにしよりにもそこまでは詳しく話さなかった。誰かを頼ろうとせず、拒絶すらする。まして仲間なんか作ろうとしない。そんな自分、誰かに話せるはずがなかった。

 

 わたしと同じ夢を見ている。信じがたかったが信じるしかなかった。桐原君にはわたしの夢を知る機会はないし、驚き具合から嘘を言っているようにも見えなかった。かといって、夢をはっきりと覚えているのだからわたしの勘違いでもなかった。

 

 その後わたしは桐原君に色々なことを言ったが、気が動転してよく覚えていない。誰にも言うなとか、これ以上わたしに近付くなとか言った気がする。桐原君はそれを黙って聞いていた。かける言葉が思いつかなかったのもあるかもしれないが、それ以上にわたしが桐原君に話す機会を与えないくらいに喋り続けた。

 

「とにかくっ!! わたしはここにいる! 夢に出てきたのは篠宮夕佳じゃない。そんなこと言わせないし、言ったら許さないっ!! いいね?」

 

 それを最後にわたしは返事を待たずに階段を後にした。最後に見えたのは心配そうにわたしを見つめている桐原君の顏。

 

 でも、仕方がなかったんだ。あの時も今日もこうするしかなかったんだ。

 だって、桐原君なんかに分かるはずがない。分かってないのに慰められるのはもっと辛いこと。だから、仕方がない。

 みんな、分からないよ。分かってくれる訳ないもん。分からない。分からない………。


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