狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜   作:三月時雨

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第36話

「……いくら喧嘩してた相手でも、さすがに言い過ぎだったんじゃ……」

 わたしは彼女に顏を見られたくなかった。自然とそっぽを向く。

 

「うん……そう、かもね…………」

「そうだよ。ねぇ、そろそろ戻らないと。授業始っちゃうよ」

「うん。うん……。ごめん、わたし保健室行く。気分が悪くなったって言っといて」

 

 自分で言っておきながら、ひどい理由だと思う。体調不良って……。頭? お腹? 本当に体調が良くないなら頭でもお腹でも押さえているだろうに。でも、そんなことを考えていると実際にお腹が痛い気がしてきた。嫌な痛み。嫌なわたし。

 

「うん。分かった。言っておく」

「ありがとう……。後、ここでのこと誰にも言わないでくれるかな」

「誰にも?」

「誰にも!」

 命令するような言い方だった。それにも関わらず、彼女は迷いなく小さく頷いてくれた。余計に罪悪感がのしかかる。

 

「じゃあ、先行ってるからね」

 そう言うと彼女は駆け足気味に教室へと戻って行った。お腹の痛みは収まらない。おまけに吐き気もする。窓の向こうではポツポツと雨が降り出していた。これはしばらく止みそうもない。わたしはお腹を押さえながらそんなことを思っていた。

 

 ・  ・  ・

 

 この学校に入学してもう1年が過ぎていた。1年の時、わたしと桐原君は普通のクラスメイトだった。少なくても桐原君はそう思っていたはず。特別な友達でもましてや恋人でもない。そこにいれば話したりする程度の仲であった。あの頃のわたしと桐原君の関係は今では想像も出来ないくらい穏やかなものだった。1年前のわたしは上手くみんなと同じように振る舞えたし、そもそもわたしが自分自身のことを分かってなかった。

 

 中学校の卒業アルバムをズタズタに切り刻んだのは、入学当初からの高校での友達関係に腐心していたおかげで順調になり出した頃で、たしか2学期が始まってすぐの時期だったと記憶している。

 

 わたしは、わたしが嫌いになった。自分自身がどうしようもないやつだと思うようになった。なのに、周りはわたしに話しかけてくる。それがわたしにとっては重荷だった。

 

 そんな折、ある出来事が起きた。それはずっと続いていた桐原君との関係の分岐点だった。どちらを選んでも今まで通りの関係には戻れない。ただ、一方を選べば自分がしがらみから解放される可能性はあった。

 けれど、わたしはその可能生を信じられなかった。そのことに後悔はなかった。なんせ、わたしにはどちらが正しかったのか分からないのだ。分からないなら後悔のしようもない。

 

 わたしは時々考えてしまう。あの時の選択は本当に正しかったのか、あっちを選べばわたしは楽になれたのか、と。

 

 思い返せばもう1ヶ月前、ことの始まりは桐原君が他のクラスの子と話していたたわいもない会話だった。


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