狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜   作:三月時雨

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第28話

「……それってどういうことですか」

「言葉の通り受け取ればいいんだよ。夕佳さん1人ではこの森を抜けられない。その状態で森を出ても、決して夕佳さんのためになるとは限らない」

「言ってる意味が分からないです。篠宮さんもそうでしょ?」

 

 ぼくは篠宮さんに向き直り同意を求める。が、篠宮さんはうつむいているだけだった。ぼくは動揺を隠せない。一方の青年はまるで篠宮さんが素直に出たいと思えない理由を知っているかのような表情をしている。

 ぽちゃんとしずくが落ちる音がした。今までずっと話し込んでいて気が付かなかった。洞窟の隙間から漏れてくる水なのだろうが、どこから音がしたのかはぼくの耳では判断出来ない。

 

「‥‥‥そうだ、ね」

「篠宮さんっ!」

 ぼくは思わず声を張り上げる。

 

「篠宮さん。ぼくだって怒るからね。今までずっと一緒に頑張って来たのに、諦めるつもりなの?ここに残るとでも言いたいの?」

 どうして他人のことにムキになるんだか。口から出る言葉が止まらない。

 納得いかない。篠宮さんが諦めてしまうことも、ぼくが一緒にいたことが無意味になることも、頭の中のあの場所の霧が晴れないままになることもぼくは受け入れられなかった。

 

「うぅん、そんなことはないよ。ただ、わたしには森を出る以外にも選択肢はあるって言いたいだけ。ただ‥‥‥」

「ただ?」

 

 ぼくが聞き返すと、篠宮さんは耳を塞いでいた手を離すと、ゆっくりと顏を上げ、青年の目をじっと見るようにしながら、ポツリポツリと続ける。

 

「‥‥ただ、わたしはこの森を出たい。数え切れないくらい化け物に襲われて痛い思いをしても、それでも、わたしはどうしても‥‥」

「夕佳さん…………。それじゃあ、この後辛くなるよ。痛みに耐えるだけを考えてたら森を出ても、苦しくてどうしようもない悲しみに襲われるだけだよ。それも、化け物の時とは比べられないくらいの。出口の先にあるのは幸せだけじゃない。それくらい、分かってるだろ? 住民になれば化け物に襲われることもなくなるし、森の先で待っている苦しみと遭遇することもない。住民になることだってそんなに難しいことじゃないし」

 

 青年は優しく篠宮さんに語りかける。それは本当に篠宮さんのことを心配していることをありありと示しており、ぼくはこの森に残るよう勧めている青年を責められなくなっていた。

 

「難しく、ないの……?」

「勿論。ただ薬を飲むだけでいい。これくらいの小瓶に入った。今見せるよ」

 青年はそう言うと立ち上がってぼくから見て左側の扉を開けてその中に入っていった。


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