狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜 作:三月時雨
ぼくはガクリと肩を落とし、また走り出す。さっきまで休憩していたとはいえ体力が完璧に回復するはずはない。すぐさま息が切れる。
走るぼくらと走る化け物。またこの構図かとイライラしてくる。それは闘うための武器を持っていながら逃げるしかない悔しさであった。
この森を歩けば必ず化け物に遭遇することになる。一種の試練でもあった。倒したい。勝ちたい。しかしぼくも何人もの数で向かって来られたら太刀打ち出来ない。篠宮さんならなおのこと。試練に打ち勝てない。もしかしたらこのままずっとぼくらは…………。
「大丈夫だよ」
前の方から声がする。
「大丈夫。君はもうこの森から出れる。それだけの力がある。だから逃げるしかなくても今は逃げればいい」
どうしてかぼくが思っていたことが青年に筒抜けだった。走ることに必死で無意識に口に出していたのだろうか。ただ今の状況で青年に聞くことも出来ず、実際のところは分からない。それよりもぼくは別のことの方が引っかかっていた。「君はもうこの森から出れる」の言葉。君であって、君達ではない。なら、篠宮さんは?
「オマエ……ノコレ。デルナ…………」
「デタラオマエ、ツライ……。ココニ、ノコレ」
「デテイクナ…………」
化け物は口々に言いながら追いかけてくる。篠宮さんは両手で耳を塞いでしまった。
「来ないで、来ないで。いやぁぁっ!!」
篠宮さんの突き刺すような悲鳴が森中に響いた。しかし走っているぼくらもかまっていられない。ただ聞いているしかなかった。
森の木々は背が高く、ぼくらを覆うように生えていた。見下ろしている木々。でも、不思議とぼくには恐怖心とかはなかった。
そういえば今まで化け物のことを怖いと思ったこともなかった気がする。勘違いの場合もあるけど。それはどうしてなのだろう……? ぼくは化け物と戦えるから? 篠宮さんと違って……。
青年はちょくちょく後ろを気にしてくれるのでぼくらが遅れることはなかった。ただしその分だけ化け物との距離は縮まっていく。ぼくは歯を食いしばって走り続けた。
そして、目の前に木の扉で閉じられた横穴が目に入った。
「あれ! 私が食い止めている間にこれで開けて!」
青年は後ろに捨てるように鉄でできた鍵を投げる。ぼくはすかさずキャッチする。扉には錠前が1つ付いていて、でも、もたついてなかなか鍵穴に入らない。
「早くしてよ、役立たず!」
「待ってよ」
「急いで! 来ちゃうってば。いや……もう、いやぁぁ!!」
篠宮さんはヒステリックな声を上げる。
「落ち着いて夕佳さんっ!!」
目線を化け物から反らさないまま青年が言っても一向に止む気配がない。
「桐原君も急いで!」
「待ってください。上手く入らないんです」
化け物は近付いてくるばかりだった。青年は舌打ちをする。
「本当はしたくなかったんだが」
そう言うと青年は右手を大きく横に振った。すると最前列の化け物が一気に砂になって消えた。ぼくはあっけにとられる。ぼくは武器がないと倒せない。それなのに青年は武器なしで、それも触れることなく一度に何人もの化け物を倒せている。この力は、一体……。
「こっち見てないで、いいから早く開けて!」
「は、はい」
慌ててぼくは視線を元に戻す。青年はもう一度手を横に振る。
「桐原君、お願い。何とかしてっ!」
篠宮さんは喚くような声で懇願する。その時、鍵が見事に鍵穴に入った。捻るとカチッと音がした。