狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜 作:三月時雨
そういえば、さっきから何も話してないよな……。目線は自然と篠宮さんに向く。いつもはハキハキとしていて、随分と丸くなったとはいえ、吐いてくる毒に時々ムッとさせられたのに、さっき化け物に何か言われてからめっきり元気がない。体が小刻みに震えていて、明らかに怯えている。その姿を見ると何とかしてあげたくなるが、ぼくが篠宮さんを守り続けても化け物の出現が途絶えることはない。それに今のように化け物が群れをなして襲ってきたらぼくも逃げるしかなくなる。根本的な解決にはならないのだ。
「あ、あの。実はぼくらこの森を出たいと思ってそれで歩き回っているんです」
この森に住んでいる人ならひょっとして森を抜ける道を知っているかもしれない。すると青年から意外な返事が返ってきた。
「知ってたよ」
「えっ? 知ってたんですか?」
「勿論。だって君達のような人なら大抵出口を探そうとするタイプだし」
「じゃあ、出口はあるんですか?」
「あるし、知ってるよ」
青年は平然という。ぼくの中に嬉しさが込み上げてくる。もうすぐこんな夢を見ることも、先行きも分からずに不安に包まれて歩き回る必要もなくなるのだ。ただ、篠宮さんの様子を伺ってみたが浮かない顏なのは変わらない。出口を知っている人に会えても、化け物のことでいっぱいいっぱいになっているみたいだった。
「ねぇねぇ、篠宮さん。聞いてる?」
「えっ? う、うん。この森を出られるかもしれないんでしょ。そう、でね‥‥、良かったね‥‥‥‥」
篠宮さんの口調は歯切れが悪かった。昨日までは、森を出たいと何度も口走っていただけに首を傾げる。やはり、あの化け物に何か言われたのが原因なのだろうか……。それを青年は黙って見ていた。
「……さて、そろそろ行くか。続きは私の家に着いてからにしよう」
青年は立ち上がる。それを見てぼくも立ち上がる。
「行きますか」
「でないといい加減彼らがここに辿り着くからね」
「へ?」
その時、会いたくない奴らが向こうの木々の間から現れた。場所はぼくらからそう離れていない。すでに視界にぼくらを捉えていて、化け物はこっちに駆け出す。
「ど、どういうことですか!?」
「だから、彼らはわざわざ斜面を降りるような危険なことはやらないんだって。彼らは別の場所から降りてきてここに来たんだよ」
「先言ってくださいよ!」
「分かってると思ってた」
化け物はどんどん近付いてくる。篠宮さんは叫び声を上げる。
「どうするんですか!」
「ひたすら逃げる。私の家はすぐ近くだし」
やっぱり逃げるしかないんですね……。ため息が虚しく口からこぼれ落ちる。