狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜 作:三月時雨
篠宮さんは大きな声でぼくに訴える。それはどうして自分に構おうとするのか理解出来ない悲痛な叫びに聞こえた。ぼくは一瞬言葉に詰まる。でも、だからといってどうしてこの腕を放すことが出来るか。
篠宮さんの手を引いている分、振り返る余裕はほとんどなかった。ただ握っている細い腕だけが篠宮さんが後ろにいることの印だった。ぼくは篠宮さん腕を一層強く握った。
「……やっぱり、篠宮さんはバカだ」
「桐原君には言われたくないよ」
「助けてあげようって言ってんだから大人しく助けられればいいんだよ!」
「助けはいらないって言ってるでしょ。なら、わたしの好意に甘えなさいよ」
「ことあるごとに森を抜けたいって連呼してる人の言う台詞じゃないよ。文句ばっか言ってないで走る。それでこの森を抜けるんでしょ」
「そんなの……」
篠宮さんが何か言おうとした時、篠宮さんが地面に生えていた木の根につまずいてしまった。
「きゃ」
「あ!」
篠宮さんはそのまま倒れ、つられてぼくも体勢を崩す。しかも悪いことにぼくと篠宮さんの手が離れてしまった。
「イカセナイ……」
「イクナ」
「ノコレ。ソレガ……イイ」
化け物が追いつくのに時間はかからなかった。化け物の一人が立ち上がろうとしている篠宮さんの元に歩み寄り篠宮さんを捕まえる。
篠宮さんはじたばたと体を動かすが、化け物の手がしっかりと胴体を押さえていて逃れられない。化け物は篠宮さんの耳元に口を近付け、何かを囁く。すると篠宮さんの顏が青ざめていき、抵抗するのを止めてしまう。
「篠宮さんっ!」
ぼくはとっさに名前を呼んだが耳に届いていないのか反応がない。ぼくは剣を握り直し、化け物の横腹に向けて突進する。篠宮さんを捕まえていた化け物は砂になった。ぼくは篠宮さんの手をもう一度と握り、走り出そうとする。が、今度はぼくが足を1歩前に出した姿勢で固まってしまった。
偶然視界に入った森の地面。そこに卒業アルバムが落ちていた。それもただのアルバムではなかった。そのアルバムは誰かの手によってビリビリに破られていた。本来受け取った人を懐かしませるための写真の数々が無惨な姿で土や落ち葉の間から顏を覗かせている。その内の一つの写真からぼくは目が離せなくなる。
その写真は女の子3人が横一列に並んで楽しそうに笑っている写真だった。ただし、1番左の子だけなぜか顏が黒のボールペンでぐちゃぐちゃに消されていた。
この子は一体誰?
「コノ、モリニ……イロ」
「イクナ。……オマエ、イクナ」
「オマエニハ、ムリダ」
「ココニ、ノコレ」
ぼくらを取り囲む化け物のいくつもの声がノイズとしてぼくの耳に届く。急いで逃げないと。しかし、ぼくはかつて卒業アルバムだった物から意識が離れない。ぼくには顏を消された子の肩に手をかけている真ん中の子の顏に見覚えがあった。眼鏡をかけていて今よりも子どもっぽいけど間違いない。同じクラスの浅野さんだ。篠宮さんと友達の。
嫌な予感がした。右側の子の顏には見覚えがなかった。浅野さんと知らない誰かと、顏の消された3人の写真。まさか……。
しかし、腕をぐいっと引っ張られて思考は停止させられた。視界に写る物が横に流れていく。
「篠宮さ……」
「何も言わないで」
篠宮さんは鋭くぼくの言葉を遮る。
「何も言わないで。何も聞きたくないの」
顏を歪めながら言うと篠宮さんは黙ってしまった。