狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜 作:三月時雨
「ねぇ、あたしだって夕佳の友達だよ。助けになりたいの。桐原君と何かあったってことくらいあたしにも分かるよ。夕佳のためにあたしに出来ることはないの?」
その真っ直ぐわたしを心配する声がわたしには耐えられなかった。聞きたくもない。うつむいたまま首を振るのがやっとだった。
「でも、このままじゃ、仲直り出来ないよ。いいの? 桐原君とは1年の時から友達だったんでしょ? 桐原君も夕佳のことが気にかかっていた。絶対に夕佳と仲直りしたいと思ってるよ」
違うっ! そう言いたかった。桐原君を友達だなんて感じたこと、一度とだってない。そう叫びたかった。わたしは喉までかかった言葉をぐっと押し込む。
「……………そんなこと、ないよ」
「何が?」
「桐原君がわたしのことを気にしてるはずがない」
「どうして? まともに話しかけてないのに」
でも、分かっちゃうの。だって桐原君は知ってしまったから。
「最近あたしは桐原君と話したから分かるもん。本当に気にしてたんだよ。あたしの言ってること信じてくれないの? 嘘だって思うの?」
「信じてるよ。わたしがしよりを信じない訳、ないでしょ。でも………」
「でも?」
「しよりは、勘違いしてるんだよ」
わたしの声は自分でも驚くくらい寒々しかった。顏は見ていないが、しよりが息を呑んだのが分かった。2人の間に訪れたしばしの沈黙はカラオケ機種から流れる宣伝映像の底なしの楽観的な音とひどくアンバランスだった。
「そんなことない。あたしは勘違いしてないよ」
「してるよ。桐原君はそんなこと思ってない。桐原君にはそんなことする意味なんてない」
「意味って……。だって、友達なんだから当然でしょ。じゃあ、夕佳はどうして桐原君には意味のないことだって思うの?」
わたしから返ってくる声が暖かみのないものだと分かっているはずなのに、しよりの口調はどこまでも優しかった。それがなおさら苦しかった。
「だって‥‥‥‥」
桐原君はこれ以上わたしと友達でいても得なんかないから。言いたい言葉は口には出来ず、口だけが虚しくパクパクと動いた。
「夕佳がどんな理由でそう言っているかは分からないけど、一旦落ち着いて桐原君に話しかけてみたら? 桐原君だって嬉しいと思うはずだよ」
「‥‥うん。そうだね‥‥‥‥‥」
夢の中の桐原君が思い浮かぶ。話しかけてくることに煙たく思ってはいるものの、あの桐原君ならもしかしたらわたしの話を聞いてくれるかもしれないという気持ちがちらつく。そうしたら、わたしは苦しみから解放されるのかな?
「ちょっとは頑張ってみるね」
けれど、口ではそう言っておきながら全く逆の思いが頭の大部分を占めていた。桐原君にわたしのことなんか分かるはずがない。桐原君だけじゃない。みんな誰も分かるはずがない。
すると、しよりは心配している顏のままわたしの側に寄り、わたしをギュッと抱きしめた。人の温もりってこんなに暖かかったんだと久々に思った。
「辛くてどうしようもなくなったらあたしにも言って。力になるから」
「うん、ありがとう‥‥‥」
その言葉に嘘偽りはなかった。ただ、わたしには自分がしよりに相談に乗ってもらう図など想像出来なかった。
今顏を見られたらしよりはもっと哀しそうな顏をするだろう。そう思ってわたしもしよりが体を離せなくなるくらいに強く抱きしめた。
影が見え隠れし始めきた、以上第5章でした。