狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜 作:三月時雨
飽きる程聴いた曲が大音量で流れ出す。わたしはマイクを手に取り歌詞の頭を歌い出した。が、何かしっくりこない。メロディーが遠くで鳴っているような気がするし、わたしの歌声も歌詞をなぞっているのに近かった。何よりも好きな曲じゃないからちっとも面白くない。
しかも、歌っているのに頭の中では別のことを考えていた。クラスの話し声。その中にいる桐原君。教室の中で桐原君はめったにわたしに話しかけてこない。そのことに内心安心していた。対称的に構わずわたしに話しかけてくる夢の中の桐原君。
こんなことを思い浮かべていると小学校の低学年に言ったら、『お姉ちゃんはそのお兄ちゃんのことが好きなんだよ!』とはやし立てられそうだが、馬鹿馬鹿しい。所詮汚れも知らない純粋な子供が考える推理だ。人間そんなに単純じゃない。そんな風に純粋で単純に生きれるなら今、わたしはこんなに悩んだり苦しんだりしていない。
歌い続けて声が枯れていることを差し置いても、今日の中で1番デキが悪いのは明白だった。声に伸びがないし、上がる所も上がり切れていない。集中が切れた中でわたしはたどたどしく歌う。
こんな曲、やるんじゃなかった………。
曲の後奏を聴きながらわたしは後悔した。
「う〜ん、歌ってはみたけど、いまいち上手くいかなったかなぁ」
わたしはそう言って、テヘッと笑ってみせる。
「途中で集中も切れちゃってたしね。夕佳、どうしちゃったの?」
「考え事しちゃって………。歌い疲れてきているのかな?」
「じゃあ、少し休憩しよっか」
しよりは次にかかるはずだった曲を予約取り消しにした。画面には新曲やカラオケ機種の宣伝が流れ出す。
「夕佳、休憩中だけど聞いていい?」
「ん? いいけど」
わたしはストローをくわえたまま返事をする。しよりは言い出しづらいのかテーブルに置いたマイクをしばらくいじっていたが、やがて意を決したように口を開いて言った。
「さっき歌ってる間、何考えてたの?」
「えっ? ………勉強のこととかだよ。歌ってる最中に考えることじゃないけど」
「本当に?」
「本当に」
「桐原君のことじゃなくて」
「どうして? そんな訳ないでしょ」
わたしはもう一度嘘をつく。ただ、わたしの嘘は見透かされたみたいで、しよりは哀しそうな顏をする。
「やっぱり桐原君だったんだ……。桐原君と何かあったの?」
「何もないってば。しよりはたしのこと気にし過ぎなんだよ」
わたしがごまかそうとすると、しよりは眉を下げてますます哀しそうな顏をした。
「そうやって、あたしにはいつも本当のことを言ってくれないんだね………」
胸の奥にズキリと痛みが走る。わたしは思わず顏を背けた。