狼少女の夢日記 〜ぼくらはあの時同じ月を見ていたんだ〜   作:三月時雨

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第12話

「どこ?」

「左の奥に一人」

 ぼくは周りに響かないように低い声で告げて、腰に差した剣に手をそっとそえる。

 

「何で、夢の中で毎晩こんな目に会わないといけないの!」

 篠宮さんは小さく苛立ちにも似た声を上げる。

 

「それは、ぼくに言われても……」

「桐原君には言ってない! この夢に言ってるの。だいたい、何なの。あの黒いのは! 結構トラウマなんだけど」

「時として夢は理不尽な物だから」

「悟ったように言わないでよ。桐原君はいいじゃん。あの黒のペンキを塗られた人みたいなよく分からない者を一人で倒せるんだし。それと違ってわたしは………………………」

 篠宮さんの声が小さくなっていって最後は何を言っているのかはっきりとは聞き取れなかった。でも、ぼくには「わたしは本当にあれが怖いの」と言っていたように聞こえた。

 

「大丈夫。ここは任せて」

「君の命はこのぼくに預けろみたいな台詞、桐原君には十年早い。実際、任せるしかないんだけど………」

 言葉はどうであれ、勘違いかもしれないがぼくはこの時篠宮さんに頼られた気がした。

 

 ぼくは息を殺して左を観察する。こっちに来るのだろうか。そまま通り過ぎるだけなら問題ないんだけど、もしこっちに近付いてきたら………。そしたら、ぼくが守らないと。

 

 って、あれ?

 その黒い何かは全く通り過ぎる気配もなく、かといってぼくらに近寄って来る気配もない。というか微動だにせず固まってるんだけど……。

 

「……………桐原君、あれってただの若木じゃない?」

「えっ? うっそ」

 篠宮さんに指摘されてぼくはじっと目を凝らす。

 

「あ………、ホントだ」

 ぼくは守らないとと思っていた自分が恥ずかしくなる。ぼくが見間違えたのはまだ人の背丈くらいしかない若木で影で黒く見えてみたいだった。

 

 篠宮さんはため息をつく。そして立ち上がり、土を払い落としまた歩き出した。

「あ〜あ、とんだ無駄骨だったじゃない。これじゃ、わたしの勘がどうだこうだなんて言えないね」

 ぼくには言い返せる言葉もなかった。

 

 その後お互い無言だったが、歩き出してしばらく経った頃に突如片側の木々が切り取られたように視界の開けた場所に行き着いた。そこからぼくらのいる山の裾や向こう連なる山々が望められた。

 

「ほらね。ちゃんと登ってきてる」

 篠宮さんはえへんと胸を張る。

 

「まぁ、このまま勘が冴え続ければいいんだけど」

「ん? 何か言った?」

 篠宮さんはぼくをじろりと睨んで来る。

 

「い〜え、別に。ところでさ、ここでちょっと休まない?」

「ヤダ。って言いたい所だけどわたしも疲れちゃった」

 篠宮さんはペタンと地面に座ると四肢を投げ出して仰向けに寝転がる。

 

「寝る。十分経ったら起こして」

「え? 寝るの?」

 ぼくはぎょっとする。夢の中なのに昼寝なんて出来るの?

 

「うん。あ、言っておくけど、わたしが寝てる間にいなくなっちゃおうなんて絶対に思わないでね。わたしも、桐原君が寝てる間には、そんなことしないから」

「する訳ないじゃん」

「でも、もし化け物が出て来たらわたしのことなんか考えないで一目散に逃げてもいいから」

「そうだったとしても、逃げる前に起こしてあげるよ」

「……じゃあ……そう…して………」

 篠宮さんはまどろみながらそう言うと目を閉じ、スースーと寝息を立てる。夢の世界で寝るとまた別の世界に行くのだろうか。というか、十分って言っても時計がないんだけど……。

 まぁ、適当なタイミングで篠宮さんを起こせばいいかと思ってぼくは両足を前に伸ばす。

 


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