マルガレーテ《完結》   作:日々あとむ

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■前回のあらすじ

ンフィー君法国就職エンド。
 


The Catastrophe Dragon Lord Ⅰ

 

 

「――では、これより会議を始めます」

 

 スレイン法国最奥の神聖不可侵の部屋で、今日も神官長達の会議が始まった。

 最高神官長を初めとした火、水、風、土、光、闇の神官長に、三機関長、研究機関長、大元帥。彼ら十二名――火の神官長は女性だが――はこうして、時折集まり会議を行う。それは人類の未来のためであったり、亜人種や異形種との戦争についてだったり、様々だ。

 特に話題に上がるのが、昔から戦争状態であるエルフの国の事だ。最近は更に加えて、リ・エスティーゼ王国の事が上がる。バハルス帝国の事はあまり話題に上がらない。帝国は優秀な皇帝のもと、腐敗していくだけの王国と違い何とか持ち直しているからだ。

 そして、今回はそれに加えて更に議題が一つ追加された。

 

「――最後の議題ですが、陽光聖典の任務を妨害した王国の冒険者アインズ・ウール・ゴウンに関して」

 

 この議題については、ある意味で一番注目していると言っていい。

 

「まず、最初から説明致します。一ヶ月前、アゼルリシア山脈の一つで、ドラゴンを王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇と共に退治したのが最初の目撃例です。その後、王国のエ・ランテルで冒険者登録を行い、冒険者組合の依頼で陽光聖典と接触。ガゼフ・ストロノーフ級の強さを見せつけ、陽光聖典に切り札を切らせるに至る。――そして、陽光聖典は任務を失敗しました」

 

「あの最高位天使と戦い、生き残った時点でガゼフ・ストロノーフ級ではなくそれ以上(・・・・)だな」

 

「――とりあえず、話を戻します。その後風花聖典の任務でも報告したのですがエ・ランテルでズーラーノーンの高弟による大儀式が行われ、エ・ランテルを守り抜きました。……その際、他の金級冒険者達と協力してですがデス・ナイト一体を討伐。その後、ブレイン・アングラウスと漆黒と言う名でチームを組み、エ・ランテル周辺で現在も冒険者として活動中です」

 

 ――以上が、現在法国が確認を取れている正体不明の漆黒の戦士の情報である。全てを聞き終えた神官長達は、それぞれ意見を出し合い、漆黒の戦士について今後の方針を決めていく。

 

「まず確認したいのだが、この戦歴は全て事実か?」

 

「陽光聖典が失敗した時点で、ほぼ事実だろう。あの最高位天使を打倒出来るのならば、若い個体のドラゴンやデス・ナイトが討伐出来ないはずがあるまい」

 

「だとすれば、間違いなく英雄級の強さだ。漆黒聖典の中でもあの二人に次ぐ強さという証明ではないか。このまま放置しておいていいのか?」

 

「緊急性は少なくとも無いと見られます。アインズ・ウール・ゴウンはその力を国に売り込むこともなく、冒険者として活動しているだけです。現在は数少ないアダマンタイト級として、都市長と組合の都合によりエ・ランテルからほとんど動いてません」

 

「――――」

 

 報告を聞いていた全員が絶句した。何という宝の持ち腐れ。確かに最高戦力は早々切るものではないが、それでももう少し動かすだろう。戦士二人組というバランスが悪いのならば、他の冒険者達をサポートにつけて、街の周囲を最高戦力で削り、安全を確保してから都市内に囲うべきだ。

 

「――大人しすぎる。エ・ランテルで組合長に何か弱みでも握られたのか」

 

 思わずといった感じで一人が呟くと、別の者が苦笑した。

 

「調べたところアインズ・ウール・ゴウン本人はよく“未知の冒険がしたい”と愚痴をこぼしているようです。彼の愚痴はエ・ランテルの冒険者組合では有名なようですね。ただ、ズーラーノーンの件で都市内がかなり崩壊したようで、組合ではあまり動いて欲しくないらしく頼み込んでいるとのことです。あの事件も、彼が偶然野盗討伐という別の依頼で都市を離れていたため、被害が拡大した側面もありますから――まあ、不幸な事故ですね。それ以来、あまり外に出したくないのでしょう」

 

「――つまりエ・ランテルのトラウマに付き合わされているということね。本当に、随分と大人しい――大人しいからこそ、今までどこでも噂にならなかったのかしら?」

 

「それよりはやはり――百年毎の嵐、と見るべきではないか? 時期もピッタリだ」

 

「――神の降臨か」

 

 口伝により法国で伝えられているのだが、この世界では数百年前から百年毎に来訪者――大嵐が来る。それが神の来訪。

 かつて六〇〇年前は法国の神々六大神が、五〇〇年前は八欲王が――ある日ふと異なる世界からやって来るのだ。

 

「しかし、神にしては大人しすぎるような気もするぞ。我らの神しかり、八欲王しかり、圧倒的武力を背景にもっと精力的に動いてよいのではないか? まだ最初の目撃例から数ヶ月とはいえ、彼は大人しすぎる」

 

「だとすれば、もしや昔やって来た神の子孫なのかも知れぬな。第六位階魔法までを無効化する鎧なぞ、どう考えても神の遺産だ」

 

「ふむ――その可能性の方が高いか」

 

「とりあえず、アインズ・ウール・ゴウンについては様子見が一番正しい選択では? 何かあった際に後手に回るけれど、現状放っておくのが一番いいと思うわ」

 

「それが無難か。――全員異論は無いな?」

 

 静寂――。誰もが漆黒の戦士の扱いについては、それで肯定であった。

 

「では、本日の議題は以上です――」

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王都、ヴァランシア宮殿。その宮殿の一室で行われる宮廷会議にて、ガゼフは叱責を受けていた。

 

「どういうことだ戦士長! 重要な事件の犯人の一味を暗殺されるなど!」

 

「……面目有りませぬ」

 

 貴族の一人が声を荒げ、ガゼフへと怒鳴る。会議に参加していた他の面々もガゼフを憎々しげに見ており、同時にガゼフのミスを嘲笑っていた。

 

(ふざけるな……! 貴様らの差し金だろうが……!!)

 

 ガゼフは頭を下げながら、ギリィと歯軋りし、拳を固める。それを言う事が出来たならばどれほど楽か分からないが、戦士長という地位についておりながら、それほど身分の高くないガゼフにはそう告げる事が出来ない。

 

 ……ガゼフが任務を受け、王都を出てから半月ほど経っている。法国の罠からあの漆黒の戦士の協力で生還する事ができ、彼が生け捕りにしてくれた工作員一人を譲り受けて王都に帰ったのだが――そこでガゼフは致命的なミスを犯した。

 おそらく、途中のどこかの検問所から休憩しながら通るガゼフ達を尻目に、早馬で王都まで密書を届けたのだろう。ガゼフが証拠の一人を捕らえたとして、おそらく貴族派閥は慌てたのだ。八本指を使ったに違いない。

 

 王都の検問所で、工作員を暗殺された。

 

 ガゼフが馬を降り、検問所で話を通すその瞬間――その目を離したほんの少しの隙だった。ガゼフは自らの間抜けさに、腹が立って仕方が無い。

 そして今、その報告を届けたガゼフは貴族派閥の者達や証拠を暗殺された王派閥の者達に叱責されている。ガゼフはそれを大人しく頭を下げて聞く事しか出来ない。

 

「――まあ、済んだことはいいだろう。それより、えーっと、なんだったか。確かアインズ・ウール・ゴウンという冒険者だったか」

 

 貴族派閥の一人が、ガゼフを怒鳴るのに飽きたのか話を逸らすように告げる。いや、本当は彼らもあまりこの話題を深く追求したくないのだ。追及すれば、暗殺の犯人を本格的に探す話になりかねないし、そうなればもしかすると自分に手が伸びてくるかも――そう判断しているのだ。

 

 ……ガゼフがカルネ村の件で話した内容は、冒険者であるアインズの協力で、村を襲っていた兵士達を撃退した、という内容だ。法国の工作員の事は告げていない。それはこの場で告げるには、少々危険過ぎる話である。

 だからガゼフの説明は非常に淡々とした簡単な報告となっていた。それにアインズは冒険者であるため、本来ガゼフの任務の協力はまずい立場になる。それを巻き込んでしまったために仕方なしに協力してもらったのだ。アインズの存在は秘匿した方がよかったかも知れないとは思ったが、どこで知られるか分からない。ガゼフは報告を怠ったと知れば、貴族派閥の者達はこぞってそれをつついてくるだろう。そのため、アインズの存在を内緒にするのはガゼフはまずいと感じ、簡単ではあるが報告はしていたのだ。

 

「その冒険者、戦士長殿と並ぶ強さがあると言ったか? 一介の冒険者風情と同格とは、戦士長殿の腕も耄碌したか?」

 

 下卑た笑いだ。他の者達も嘲笑している。ガゼフもさすがにアインズの実力を不当に乏しめる事は出来ない。装備品には圧倒的な差はあったが、ガゼフはアインズの実力は自分と同等と見ている。身体能力はアインズの方が圧倒的に上だが、戦士としての技術力はガゼフの方が圧倒的に上なのだ。それで互いの天秤の釣り合いが取れていた。

 ガゼフが口を開こうとした時、しかし助け船は意外なところからもたらされた。

 

「――確か、その戦士はドラゴンとも戦える凄腕の戦士だったと聞いていますが」

 

「――――」

 

 ――レエブン侯。六大貴族の一人であり、もっとも力のある貴族である。その彼がさらりと言った一言が、全員の口を沈黙させた。

 

「……レエブン侯。そ、その……どこからそのような話を?」

 

 思わずといった様子で訊ねてくる貴族に、レエブン侯は静かに語る。

 

 ――曰く、先日レエブン侯の領土にかかるアゼルリシア山脈付近の山で、ドラゴンと思しき魔物の存在の影がちらついた。そのため、蒼の薔薇に要請し討伐依頼を出したのだが――そこで蒼の薔薇が難度一〇〇と思しきドラゴンと一騎打ちをしていた漆黒の戦士に遭遇したという。蒼の薔薇は漆黒の戦士と協力し、そのドラゴンを退治したのだとか。

 

「――確か、その漆黒の戦士の名がアインズ・ウール・ゴウンと言ったはずです。特徴的に、十中八九同一人物だとお見受けしますが……」

 

「――――」

 

 ドラゴンと一騎打ちという英雄譚のごときな話に、貴族達は絶句している。ガゼフはアインズがあの最高位天使という存在と戦っている姿を見たために、そこまで衝撃は受けていないがそれでも驚愕に目を見開いた。まさか、そのような経験があるとは思っていなかったのだ。

 

「な、なるほど……それは確かに、戦士長殿をして互角と言わしめる強さはございますな」

 

「だがその戦士、冒険者なのだろう。冒険者は組合経由でない依頼を受けてはいけない規律があるはずだぞ。これは規約違反なのではないか?」

 

「そうですな。どの道、そのような腕前の戦士を冒険者組合で腐らすには勿体ない。連行し、話を聞いた方がいいのでは――」

 

 そして、アインズを利用しようという貴族達の身勝手な会話が始まった。だが、それをガゼフの主人である王が断ち切る。

 

「――よせ。彼の冒険者は護衛の依頼で偶然、戦士長と協力関係になっただけだ。護衛任務上の都合であり、組合の規律に反してはいない」

 

「……陛下がそうおっしゃるなら」

 

 王の言葉に、貴族達は押し黙った。そして、そこからいつも通りの――権力闘争とおべんちゃらが入り混じった、茶番のような会議が始まる。

 

 

 

 ――宮殿の中庭で、ラナーは手近な椅子に座ると、静かに周囲を見渡しながら思考する。背後では、ラナーを守るようにクライムが立っていた。

 

 ラナーは先程の光景を思い出す。無事に城に帰って来たガゼフ。絶対に生還出来ない任務から生還してきたとすると――間違いなく、何らかの奇跡が起こったに違いない。

 そしてその奇跡の犯人は――まず間違いなくあの漆黒の戦士だろう。それ以外にガゼフが生き残る術は無かったはずだ。

 

(……戦士長様を助けた、ということは何とか繋がりは保てたわね。あとは、どうやってこっちまで引っ張ってくるかだけど)

 

 名ばかりではあるが、上位権力者とアインズは繋がりを持ってしまった。これを利用し、エ・ランテルから引き離して何とか王都まで近づけないといけない。そのためにはより深く、王都に近い位置にいる者達と友好を深めて欲しいのだが。

 

(……ラキュース達ともう少し繋がりを太くさせた方がいいわね。合同依頼とか、何かちょうどいい手はないかしら)

 

 最適な駒は蒼の薔薇であろう。彼女達はアインズにとっても好印象であろうし、こちらの思惑に気づかれる可能性は極力低くなる。

 だが、問題はアインズの警戒心の強さだ。わざわざ最初にいたエ・レエブルから遠いエ・ランテルを拠点に選ぶくらいである。他国に一番渡り易い場所を選ぶ辺り、国家権力に対する警戒心は人一倍だ。何か過去にあったのか疑うくらい。

 

(……それも当然ね。ドラゴンを一人で討伐出来そうな戦士なんて、どこ出身か知らないけれど間違いなく国家権力から声がかかるわ)

 

 記憶喪失が嘘か本当か知らないが、国家権力という煩わしさが骨身に染みているのだろう。そういう相手に、貴族の気配を匂わせるのは悪手だ。何とか蒼の薔薇に、王都付近まで引っ張り込んでもらいたい。

 

 ラナーはそう考え、色々な一手を思い浮かんでは、それを却下していく。

 そして――

 

「――――」

 

 ラナーは立ち上がる。クライムを見た。

 

「行きましょうか、クライム。お父様のお部屋へ」

 

「はい、ラナー様」

 

 クライムの言葉にラナーは微笑み、クライムを連れて王の待つ部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「……暇だ」

 

「あー、そうだな」

 

 エ・ランテルの冒険者組合のソファの一つに腰かけ、アインズはポツリと呟く。対面に座っているブレインが、それに棒読みで返事をした。

 これはいつも通りの、組合で見られる光景である。アインズとブレインは暇を持て余しており、こうして組合でぼうっとしているか、あるいは訓練場にいるかのどちらかだった。

 ……既にエ・ランテルがあのアンデッド事件で大損害を受けてからかなりの時間が経過している。都市の住人達は何とか今までの生活を取り戻し、人々には笑顔が戻って来た。冒険者組合でも前のような様々な依頼が増えている。商人達との交流も盛んだ。

 ただ、一部の人間はまだ立ち直れないでいる。それはカルネ村のように法国の非合法工作員の手で村を焼かれ、生き残ったためにこの都市に避難しており――結局この都市でも恐ろしい目にあってしまった村人達であったり。あるいは夢を求めて大都市に移住した挙句夢破れスラム街に身を潜め、今回の事件で最低限の施しさえ貰えなくなり犯罪者に身を落としてしまった者達であったり。

 リイジー・バレアレとてそうだ。リイジーの孫ンフィーレアはその後行方不明になったらしい。おそらく、街が混乱状態の内に再び誘拐されたのであろう、というのが組合の見解だった。

 助かったと面会する前に孫が街から消えて、リイジーはもはや商売を再開する気さえなく、バレアレ商店は店を閉じたままだ。たった一人の身内が消えて、生存も絶望視されているのだ。時折ふらりと街に出て、よく共同墓地で衛士に回収されているらしい。

 

 ――未だ、エ・ランテルは再建されていなかった。本当の意味での復興は、全く進んでいない。ただ、臭い物に蓋をしているだけだ。

 

 しかし、王国民にはそれで精一杯なのだ。誰もが自分のために生きている。他の者達になどかまっていられない。いつかそれが自分の首を絞め殺すのだと言われても、日々を生きるのに精一杯な彼らはそんな事に頓着出来ないのだ。

 そしてアインズもまた、そんな彼らに興味が無い。ブレインもまた。

 

「…………」

 

 ソファに更に身を沈ませる。未知の冒険がしたくて冒険者になったというのに、肝心の冒険者は名称詐欺で単なるモンスター専門の傭兵であった。そして、アインズはあの事件から一度もエ・ランテルを離れていない。組合がエ・ランテルの警護としてアインズ達を雇っている、という体裁なので生活費くらいはあるが、暇すぎる。これなら、まだ身分証明なんて気にせずに一人であっちこっちをふらふらと歩いていた方が有意義だろう。

 

「…………」

 

 アインズはチラリ、とブレインを見る。ブレインは刀を取り出して、その刃を点検している。ブレインはアインズと違って、暇さえあれば自らの持つ刀の点検をしていた。刀はデリケートなので、点検に余念がないのだろう。

 対するアインズは、グレートソード二本ともそういった点検は必要が無かった。そもそもあれは魔法で生み出したもの。毎日新品に変わっているのだから点検の必要なぞあるはずがない。武器を雑に扱うのが気になるらしく、ブレインが時折アインズがソファに座る時横に立てかけているのを、こっそり確認しているようだが見る度に舌打ちしている。……結論として、刃こぼれしない自己再生するマジックアイテムだと思っているらしい。

 

「…………」

 

「…………」

 

 アインズはソファに身体を預け、不貞寝。ブレインは武器の手入れ。

 ……二人はひたすら平和だった。

 

「――ゴウン様、アングラウス様」

 

「はい?」

 

「うん?」

 

 そうしてぼうっとしていると、アインズとブレインにいつもの受付嬢――イシュペンが声をかける。イシュペンの声にアインズとブレインは顔を起こし、視線を向けた。イシュペンはニコニコといつもの笑顔で二人に向けて口を開く。

 

「組合長がお二人にお話があるそうです。応接室までお願いします」

 

「…………」

 

 イシュペンの言葉にアインズとブレインは顔を見合わせると、とりあえず首を傾げながら頷いた。アインズは横に立てかけておいたグレートソードを手に取り背中にかける。ブレインは点検をやめて鞘にしまうと、腰にいつも通り引っ提げた。

 そして、イシュペンに案内されて組合長のアインザックが待っている応接室まで向かう。応接室まで到着すると、イシュペンがドアをノックする。

 

「組合長、ゴウン様とアングラウス様をお連れしました」

 

 イシュペンの言葉に、ドアの向こうから入るよう促す声がかかる。イシュペンがその返事を受けてからドアを開くと、アインザックが嬉しそうな顔で二人を出迎えた。

 

「やあ、アインズ君! それにブレイン君も! まずはかけたまえ」

 

「それでは、失礼します」

 

「はいよ」

 

 アインズとブレインは返事をすると、武器を先程までと同じように横に立てかけて椅子に座った。見れば魔術師組合長のラケシルも一緒にいる。イシュペンは「それではごゆっくりどうぞ」と声をかけて一礼すると、再び受付まで戻って行った。

 

「――それで、一体何用ですか?」

 

 まずアインズが口を開く。どうして呼ばれたのか理由が分からないためだ。一応、何度か呼ばれて他愛も無い話をした事はあるのだが、今回はそのような雰囲気ではない。

 

「なんか困ったことでもあるのか?」

 

 ブレインも首を傾げている。二人の疑問にはアインザックとラケシル両方がそれぞれ答えた。

 

「うむ。実はお二人に依頼があるのだ」

 

「――モンスターの討伐ですか?」

 

「いや、モンスターの討伐ではない。とある冒険者チームと協力して、トブの大森林に薬草を採取しに向かって欲しいのだ」

 

「薬草の採取、ですか?」

 

 聞けばこの依頼はかつて三〇年前に、別のアダマンタイト級冒険者とミスリル級二チームのサポートでこなしたものだと言う。トブの大森林の特定地域にしか生えていない、どんな病も癒すという薬草。それをあの人類未開の地であるトブの大森林まで行って採取してくるのが、今回の依頼だった。

 話を聞いたブレインが、眉を寄せる。

 

「おい、戦士二人組の俺らじゃ絶対無理だぞ」

 

 ブレインの言葉はもっともだ。間違いなく、絶対に必要な職業(クラス)がある。野伏(レンジャー)がいない場合この任務は通常達成不可能と言っていいのではないだろうか。

 

「いや、それは大丈夫だ。今回の依頼はむしろ、もう片方の冒険者チームのサポートをお願いしたいんだ。そちらに優れた野伏(レンジャー)魔法詠唱者(マジック・キャスター)、神官がいるので安心して欲しい」

 

「……それなら、そちらのチームだけでもよろしかったのでは?」

 

「ああ……そうなんだがね……」

 

 その時、アインザックがチラリとアインズを見る。アインズはその意味深な視線に首を傾げるが――ふと思いついた。

 

「なるほど。……申し訳ありません。愚痴を聞いていただけたようで」

 

 どうやら、アインズがよく「未知の冒険がしたい」と呟いていたのを考慮して今回の依頼は発生したようだ。少しだけ申し訳なく思い、謝っておく。……ぶっちゃけると向こうの都合でエ・ランテルから出られないのだから、あまり謝る必要は無さそうだが。

 

「いやいや、気にしないでくれたまえ。こちらの都合に合わせてもらっているのだからね、当然のことだ」

 

「しっかし、よく向こうさんは許可出したな。アダマンタイト級っつっても、よく知りもしない相手とチームは組みたくないだろ」

 

 ブレインがそう言うと、ラケシルが首を横に振った。

 

「いや、向こうは快く引き受けてくれたよ。君ら二人とも、彼女達はよく知っているとのことだ」

 

「彼女達……?」

 

 アインズは首を傾げる。記憶を探り――この異世界の知り合い、それも冒険者と言えば蒼の薔薇しか思いつかなかった。しかし、ブレインは――

 アインズがブレインを見ると、かなり嫌そうな顔をしていた。ブレインも心当たりがあったらしい。ガゼフの事といい、凄い偶然もあったものだ。

 

「おいおい――蒼の薔薇かよ」

 

「そう、彼女達だよ。アインズ君の事は我々も知っているが、ブレイン君も彼女達と知り合いだったとはね。……まあ、そういうわけで彼女達は何も問題無い、との事だ。実力差もそう離れていないし、君らは彼女達が口を酸っぱくして注意するような人間ではあるまい? 彼女達も君達に会えるのを楽しみにしているそうだよ」

 

「……いつ頃合流予定なんです?」

 

「えぇっと……確か、明日か明後日にはエ・ランテルに到着する予定だったね。まずは組合に顔を出してくれるらしいから、いつも通り組合にいてくれないかね?」

 

「なるほど――分かりました」

 

「頼んだよ、アインズ君、ブレイン君」

 

 ――全ての話が終わり、応接室を出ていく。二人はもとのソファに座り直すと、互いを見た。

 

「……蒼の薔薇の知り合いだったのか、ブレイン」

 

「ちょっとな。そういうアインズこそ、知り合いだったのか?」

 

「ああ。以前だな――」

 

 そうしてアインズが蒼の薔薇とドラゴンの話をすると、途中でブレインが目を見開き驚いていたので、アインズはつい訊ねる。

 

「どうした? 何か変なことでも言ったか?」

 

「いや……メンバー変わったんだな、と思ってな」

 

「うん?」

 

「俺は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイとかいう女は知らねぇぞ。俺が知っているのは、その女じゃなくて腰に剣引っ提げた老婆だったぜ。確か、名前はリグリットとか言ったか」

 

「老婆か……もう年だから引退したんだろ」

 

「あー……引退しちまったのかよ、あの婆。まだ痛み分けで終わって、決着ついてねぇってのに」

 

 残念そうに呟くブレインに、アインズは苦笑した。本当に無念そうな声色だったからだ。

 

「しかし、よくあの蒼の薔薇相手に五対一で痛み分け程度で済んだな」

 

 つい不思議に思って訊ねると、ブレインは苦虫を噛み潰したような表情を作る。

 

「いや、その時はまだガガーランとかいなかったぜ。俺が知ってるのはあの婆と神官女だけだ。他の三人は後から知ったんだよ」

 

「ほう……。どういう出会い方をしたんだ?」

 

「あー……実はだな」

 

 ブレインがそう語ろうとした時、組合の空気がざわりと動いた。アインズとブレインは話を中断し、騒がしくなった元凶を探る。

 出入り口に、アインズも知っている五人の女性が入って来ていた。

 

「――蒼の薔薇」

 

 アインズがポツリと呟いた言葉は、組合の中によく響いた。その単語に途端組合の中が更に騒がしくなり、蒼の薔薇はアインズの方を見る。

 

「アインズさん!」

 

「やほ」

 

「ども」

 

「よう、久しぶり!」

 

 ラキュース達がアインズを見つけ、アインズのいる方へ向かって来る。五人はアインズ達の傍まで来ると、遠慮なくアインズやブレインの隣に座った。……いや、ラキュースのみ「失礼しますね」と言ってソファに座ったが。

 ちなみに、席を詰めてやった際にガガーランは容赦なくアインズの隣に座った。ラキュースはそのガガーランの隣に、対面のブレインの隣にはティアとティナ、イビルアイが座っている。

 

「久しぶりですね、皆さん。元気でしたか?」

 

「おお。元気だぜ。お前さんも元気そうだな」

 

 アインズの言葉にガガーランが遠慮なくアインズの肩に手を回し、答えた。

 

「アングラウスさんもお久しぶりです。冒険者になったんですね」

 

 ラキュースがブレインに訊ねると、ブレインは冒険者になった経緯を思い出したのか、「まぁな」と苦虫を噛み潰した表情で頷いていた。

 

「それよりも、俺はお前くらいしか知らんからさっさと紹介してくれ」

 

 ブレインの言葉に、ラキュースが頷いて紹介する。

 

「ええ、勿論。まずアインズさんの隣にいるのは戦士のガガーランよ。それから、忍者のティアとティナ」

 

「どもども」

 

「よろしく」

 

 ブレインに同時に片手を上げ、挨拶する双子。ガガーランも「おう、よろしくな!」とブレインに片手を上げて答えた。

 

「最後に――彼女はイビルアイ。魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)よ。イビルアイ、彼はブレイン・アングラウス。あの戦士長様と同格の強さを誇る凄腕の戦士なの」

 

「ふむ。あのガゼフ・ストロノーフとか――ならば使い物にはなるか」

 

「……おい、この女。殴っていいか」

 

「やめとくのが無難。イビルアイの生態と思って諦めた方がいい」

 

「おい、待てティア。まるで私が聞き分けの無い子供のように言うのはやめろ」

 

「もっとタチが悪い」

 

「ティナ……」

 

「なるほど、把握した」

 

 わいのわいのと騒ぐブレインとティアとティナ、イビルアイを尻目にアインズはガガーランに絡まれながらラキュースに話しかける。

 

「今回はよろしくお願いしますね、ラキュースさん」

 

「いえ、気にしないで下さいアインズさん。今回の探索、お二方の戦力に期待していますから」

 

「そういやよぉ、聞いたぜアインズ。お前さん、こっちでも色々やりやがったみたいだな」

 

 ガガーランの言葉に、アインズは揺さぶられながら口を開いた。

 

「ああ、あのアンデッドのことですか」

 

 アインズが他の冒険者と協力して倒したデス・ナイトは未知のアンデッドとして、組合の方が回収し色々と調べているのだ。その未知のモンスターを初見で討伐した、という功績もアインズの戦歴に入っている。本来未知のモンスターを初見討伐など不可能であるし、聞くだけで相当なタフさだったとして組合も驚いている。

 

(……まさかデス・ナイトがこっちじゃ未知のアンデッドだったとは……。殺した死体をゾンビにする、って能力も知らないんだろうなぁ、皆)

 

 アインズは知る由も無いが、知る人間は知っている。しかし王国で知っているのはリグリットという元蒼の薔薇の老婆と、イビルアイだけであった。しかしイビルアイも剣と盾を持っている巨体の未知のアンデッドという説明では、デス・ナイトを結び付けられない。アインズがデス・ナイトの特徴を周囲に知られない内に討伐してしまったからだ。

 王国上層部の腐敗具合も相まって、あの未知のアンデッドが伝説のアンデッドだと王国で知られる事は無いだろう。

 

「未知のアンデッドの討伐に、ブレインと協力してエ・ランテル防衛だっけか。いやいや、まさか一ヶ月でいきなり同格に並ばれるとは思わなかったぜ」

 

 ガガーランの言葉に、ラキュースが苦笑する。

 

「まあ、もとからアインズさんはドラゴン討伐の件もあるから、数段飛ばしで階級が上がっても不思議じゃないんですけどね」

 

「ははは」

 

 エ・ランテル防衛の件が無ければ八百長などでミスリル級にこっそり上がる予定であったとは、口が裂けても言えそうにないアインズであった。

 

「しかし、明日か明後日頃にエ・ランテルに到着する予定だったと聞いたんですが、早かったですね」

 

「ああ。あんまり寄り道せずに来たからな。それに、道中あまりモンスターに遭遇しなかったんだよ」

 

「そうなんですよね。不思議です」

 

 ガガーランとラキュースの言葉にアインズは「へえ」と気の無い返事を返したが、その原因がアインズ自身だとはアインズは気づいていなかった。エ・ランテルに来るまでに色々とモンスターを剣の練習や特殊技術(スキル)確認がてら片っ端から殺し回っていたので、モンスターが一時的に寄り付かなくなっていたのである。

 エ・ランテルを行き来する商人達からは有難がられているが、冒険者は商売上がったりであった。

 

「さて、それじゃあ私達は組合に話を通して、それから宿屋を探しますね。また明日の朝、組合が開店する頃にここに集合でいいですか?」

 

「かまいませんよ」

 

 ラキュースの言葉に、アインズは頷く。それからラキュースはアインズに明日からの依頼の計画を語った。

 

「一応、明日の朝に馬で出発という予定にしています。馬を使えば一日でトブの大森林付近の村に着けますから。そこで朝まで休んで、以降は数日かけて目的地まで慎重に森の中を徒歩で進んでいこうと思ってます」

 

「なるほど。ただ、最近ちょっと色々あったので、エ・ランテルとトブの大森林近郊の開拓村は、カルネ村くらいしか残ってませんよ。そこで大丈夫ですか?」

 

 アインズが訊ねると、さすがにそれはラキュースも知らなかったのか驚いていた。……まあ、ガゼフ暗殺の件で法国の工作員が暴れていたので普通知るはずが無いので当たり前だろう。

 

「そうなんですか? うーん、そのカルネ村までは遠いでしょうか?」

 

「歩いた場合は一日半かかりますね」

 

「ああ、それなら夜には到着出来ますね。……宿とかあります?」

 

「宿はありませんが、私達くらいなら宿泊出来ると思いますよ。以前も依頼で泊めていただけたことがありますし、今回も泊めて下さると思います」

 

 あの村はアインズに対して好意的だ。それに、一ヶ月で印象深いアインズを忘れる事も無いだろう。

 アインズの言葉にラキュースは安心したようだった。

 

「それならよかったです。それでは、旅の準備を整えて明日の朝にここに集合ということで」

 

「分かりました。……おいブレイン、聞こえていたか?」

 

 アインズがブレインに視線を再び向けると、ブレインはイビルアイと未だ罵り合いを続けていた。間に挟まれたティアとティナは、迷惑そうに手で耳栓をしている。

 その様子に思わずアインズが口を開くと、ブレインはイビルアイから目を離して頷いた。

 

「おう、聞こえてるぜ。明日の朝開店頃に組合に集合だろう?」

 

「聞こえているならいい。……それでラキュースさん、馬の手配などはどうしますか? こちらでしておきますか?」

 

「いえ、大丈夫です。この街に来るのに使った馬を使うので。お二方の馬だけ手配しておいて下さい」

 

「分かりました」

 

 そう決めると、ラキュースは「それでは、失礼しますね」と言ってソファから立ち上がると、組合の受付の方へ歩いていった。それを見送り、ガガーランが立ち上がる。

 

「んじゃ、俺らも行くぜ。俺らも道具の補充やら、色々しなきゃならねぇしな」

 

 ラキュースの荷物を持って、ガガーランは他の三人に「行くぞお前ら!」と声をかけると、アインズとブレインに別れを告げて組合を出て行った。ティアとティナも自分の荷物を持って立ち上がる。

 

「じゃあまた」

 

 ハモりながらそう言うと、双子もガガーランを追う。

 

「ではな」

 

 イビルアイも立ち上がり、アインズにそう告げると立ち去った。残された二人は、嵐が去ったように溜息をつくと顔を見合わせる。

 

「……ところでアインズ、お前馬乗れないんじゃなかったか」

 

 ブレインが記憶を呼び起こすように告げた言葉に、アインズは頷く。

 

「ああ。なのでマジックアイテムを使う」

 

「アレか。……そういや、アレ見てあの魔術師組合長さん発狂してたな」

 

「……一番発狂していたのは維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)の時だがな」

 

「あー……」

 

 思い出したように、ブレインが遠い目をする。アインズも人間の顔があれば、同じような目をしていただろう。

 維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)は食事睡眠疲労無効の効果を持つ指輪で、アインズがブレインにエ・ランテル防衛の際に協力してくれた報酬として渡した物だ。

 ブレインから指輪の事を聞いたラケシルは発狂しながらアインズを訪問し、アインズに泣いて縋りつき、「マジックアイテムをくれ」と付き纏った事がある。……アインザックに殴られ、引き摺られて連れ帰られたが。

 その後もアインズが何かマジックアイテムを使ったという話を聞きつけると、その時やっていた作業を全て中断してアインズを訪ねて来る。そしてアインズに断られる、というのをラケシルは繰り返していた。

 

「お前の持ってるマジックアイテムって、そういやどこで手に入れたんだよ。それさえ教えてやれば、少しはあのおっさんの発作も収まるんじゃないか?」

 

 ブレインが意地の悪い顔で言うが、アインズはすげなく答えた。

 

「知らん」

 

「……知らんって。はあ?」

 

「記憶喪失なんだ。気づいたら持っていた物の拾い場所なぞ、俺が知るはずないだろう」

 

「……マジか」

 

 まだブレインには教えていなかったので、ブレインはぽかんとした顔でアインズを見ている。

 

「ああ。おかげで常識もどこかに忘れてきたせいで、時々かなり困る。まあ、文字が読めんから学がある出身じゃないんだろうけどな」

 

「あー、なるほど。……その武装じゃ、王国出身ってのは無さそうだな。俺の予想じゃ、たぶんお前南方だと思うぞ。名前は法国っぽいけどな」

 

「そうか。……いつかは、南方の国にも行ってみたいものだな。確か、法国の向こうには砂漠があるんだろ?」

 

「おう。……まあ、俺も王国以外の国はよく知らないんだけどな。いつか見に行くか」

 

 そうして、世間話を幾つかした後、アインズとブレインは組合から出た。長期の旅の準備をするためだ。

 アインズがブレインに記憶喪失という設定を教えたのは、蒼の薔薇と交流する際に知らせておかないと困ると思ったためだ。蒼の薔薇に教えて、同じチームのブレインに教えていないのも変な話なのだから。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます! アインズさん、ブレインさん」

 

「はい、おはようございます」

 

「おう。おはようさん」

 

 明朝、冒険者組合が開く時間に組合の前に立っていたアインズとブレインは、蒼の薔薇五人と集合した。元気よく挨拶するラキュースに、アインズとブレインはいつも通り平坦に返す。

 

「……おい、馬が一頭しかいねぇぞ?」

 

 組合の外に連れている馬一頭を見て、ガガーランが首を傾げる。その質問にアインズは口を開いた。

 

「俺は馬に嫌われているのさ、ガガーラン。乗せるのは勿論、近寄らせてもくれない」

 

「……はあ?」

 

 アインズの言葉に、ガガーランどころかラキュース達が全員ぽかんとした表情になった。それはそうだろう。短時間での長距離移動にこの異世界では馬は必須だ。第三位階で一流とされる世界観で、移動に転移魔法を使う者はいないだろう。

 

「じゃあまさかブレインと相乗り?」

 

「そういう関係だった?」

 

「ちがーう」

 

 ティアとティナのちょっと期待をこめた意味深な瞳の輝きに、ブレインが反吐が出るような表情で答えた。

 

「コイツ、マジックアイテム持ってるんだよ。馬替わりのゴーレムがいるから必要ねぇってわけだ」

 

「それは……なるほど。凄いアイテムをお持ちですね、アインズさん」

 

 ラキュースの言葉に、アインズは「そうですね。どこから来たんでしょう、ホント」と記憶喪失ネタで返して苦笑を誘う。そして懐から件のマジックアイテムを取り出し、使用した。その場に馬にしか見えないゴーレムが召喚される。

 

「――と、こういうアイテムです。馬にしか見えませんが、ゴーレムなので疲労しませんから、何か重い荷物があれば乗せましょうか?」

 

「うーん……いえ、荷物はやはり自分で持った方がいいでしょう。分散させておかないと、いざという時困るかもしれませんし」

 

 ラキュースの言葉に「そうですね」とアインズも頷いて了承する。確かに、それだと運び手が無くしたらそのまま全員困ってしまう。何があるか分からないのだから、用心すべきだろう。

 それよりアインズは、少し気になる事があった。

 

「――ところで、イビルアイさんの馬は……?」

 

 ラキュース達は馬を連れているが、イビルアイだけ連れていない。それに首を傾げると、ティアとティナがニヤニヤしながら教えてくれた。

 

「イビルアイ、馬に乗れない」

 

「だからいつも魔法でついてくる」

 

「ああ……」

 

 イビルアイの姿を見て納得し、曖昧に返事をするとブレインが噴き出した。

 

「た、確かにそのナリじゃ乗れねぇわな……ぶふ」

 

 イビルアイは小さい。どことは言わないがどこもかしこも小さい。

 全員の視線が集中したのを感じ取ったイビルアイが、ふるふると震えながら叫んだ。

 

「は、は、吐いた唾は飲み込めんぞゴルァァァァアアアアッ!!」

 

「イビルアイ、落ち着いて」

 

「はい、ひ、ひ、ふー」

 

「ひ、ひ、ふー」

 

「足も届かねぇチビッ子だもんな、イビルアイ」

 

「お前達全員敵だぁぁぁああああッ!!」

 

 ラキュースは落ち着くよう言うが、他の三人はブレインと同じように笑う。それにイビルアイが普段の冷静な態度をかなぐり捨てて怒り狂うが、少しすると何とか収まった。

 

「えーっと、それならイビルアイさん。私の馬に乗りますか? 私の馬はゴーレムですから、先程言った通り疲労がありません。二人乗りでも大丈夫だと思いますけど」

 

「え?」

 

 アインズがそう提案すると、イビルアイは仮面で表情は見えないが驚いたのかアインズに視線を向ける。その言葉を聞いたラキュースが、更にイビルアイを促した。

 

「乗せて貰ったらどうかしら? あまり魔力を使うのもいいことじゃないでしょう?」

 

「それは……そうだが」

 

 イビルアイが口篭もりながら呟くと、ラキュースは問答無用とばかりにきっぱり告げた。

 

「決まりね! それじゃあ、出発しましょう!」

 

 

 

 ――カルネ村までの旅は、順調すぎるほどであった。これといった魔物も出現せず、むしろ蒼の薔薇の五人を肩透かしさせたほどだ。

 

「森が近くにあるのに、どうして魔物が出ないのかしら?」

 

 首を傾げているラキュースに、アインズは朗らかに理由を告げる。

 

「トブの大森林のこの辺りは、森の賢王と呼ばれる魔獣の縄張りなので魔物はほとんど出現しないらしいですよ」

 

「森の賢王?」

 

「はい。私も、詳しい話は知らないのですが――ブレイン、お前は知っているか?」

 

 アインズが訊ねると、ブレインは思い出すように首を捻り――記憶から情報を引き出した。

 

「ああ、聞いたことがあるぜ。白銀の魔獣でな、数百年も生きてるらしいが……」

 

 ブレインの言葉に、アインズの前に座っているイビルアイも思い出したのか声を上げた。

 

「あ! 思い出した。私も聞いたことがあるぞ。魔法を使う四足の魔獣の話だな。確か、私の知人が昔……そう、確か二〇〇年前に森に行った時は見なかったそうだが」

 

「ほへー。一〇〇年以上生きてるのはでも確かかよ」

 

「……これは、森を抜ける時注意しなければいけませんね」

 

 イビルアイの言葉に、ガガーランが感心したように呟き、ラキュースが難しい顔をする。ラキュースの言いたい事は勿論、全員が分かっている。

 

「ティア、ティナ。森の中では貴方達が頼りよ、注意して」

 

「了解、鬼リーダー」

 

「了解、鬼ボス」

 

 双子の忍者の頼もしい言葉に、ほっとしながら先へ進む。

 ……森の賢王は一〇〇年以上縄張りを維持してきた、長寿の大魔獣である事が噂から窺えるのだ。単純に薬草を採取しに行くだけの仕事なのだから、当然無駄にリソースを消費する事は避けたい。ラキュースの反応は当然である。

 

 馬を走らせながら、アインズはチラリとイビルアイのフードに隠れたつむじを見る。

 

(二〇〇年前……ねぇ……。そんな昔の事を知っているとは……エルフの知人でもいるのかな?)

 

 イビルアイの発言を、ラキュース達は疑っていなかった。つまり、そんな昔の事を知っている知人がイビルアイにいる事を、彼女達は知っているのだろう。

 

(それに森の賢王……か。少し興味があるけど、彼女達の目を誤魔化すのは無理そうだ。今回は止めておくか)

 

 長命の森の賢王なる大魔獣について気にはなるが、こっそりこちらにけしかけようにも、蒼の薔薇を誤魔化してけしかけるのは少し難しい。やめておいた方が無難だろう。いつかは会いに行ってその叡智に触れたいものだ。もしかすると、アインズの知らない魔法などを知っているかもしれない。

 

「…………おい、何か用か?」

 

「え?」

 

 そうやって物思いに耽っていると、イビルアイがアインズを振り返り、気まずそうにしている。

 

「さっきから私を見ているような視線を感じたからな。何か用かと思ったんだ」

 

 どうやら、じっと見つめすぎたらしい。アインズは誤魔化すように告げた。

 

「ああ、いえ……二〇〇年前とは、エルフの知り合いでもいるのかな、と思いまして」

 

 アインズがそう告げると、イビルアイは気まずそうに身じろぎした。

 

「ああ、うん……そうだ。長生きの知り合いがいてな、昔、よく話を聞かせてもらったんだ」

 

「そうですか……」

 

 アインズの言葉に、イビルアイも何か感じ取ったのか訊ねてくる。

 

「どうした?」

 

「いえ。昔話とか英雄譚とか、少し興味があるので。もしよければ私もそういった話を聞かせてもらいたいな、と思いまして」

 

 これは本当の事だ。アインズだけがこの世界に転移したとはかぎらない。プレイヤーの強さならば、伝説や英雄譚になっていてもおかしくないのだ。だからこそ、昔の話が知りたかった。

 

「ふむ。なるほど……私でよければ、カルネ村とやらに着くまでに話をしてやろうか?」

 

「いいんですか? お願いします」

 

 イビルアイはアインズの興味を、快く引き受けてくれた。有名な昔話や英雄譚を、色々と語ってくれる。

 六〇〇年前に降臨し、人類を救済したという六大神。五〇〇年前、ふらりとやって来て瞬く間に大陸を支配し、竜王(ドラゴンロード)達と殺し合った八欲王。その八欲王の首都であったという砂漠にある浮遊都市。他にもトネリコの枝を振り回してドラゴン達を退治したゴブリン王に、水晶の城を支配した姫君など――アインズからしてみればプレイヤーにしか思えない伝説が、幾つもあった。

 

「眉唾な物語も多いが、十三英雄の話もある。幾つかは本物が紛れているかもな」

 

「そうですね。確か、ラキュースさんの魔剣は十三英雄の一人が持つ魔剣でしたっけ?」

 

「ああ」

 

「……私もいつか、そういう伝説のマジックアイテムを手に入れたいものです」

 

 プレイヤーの持つマジックアイテムなら、色々とアインズにとっても役立つだろう。この異世界の通常のアイテムはアインズには粗品でとても役に立たないが、プレイヤーの物ならば話は別だ。

 

「はは! 伝説のマジックアイテムを手に入れたいだなんて、英雄にでもなる気か? ふふ……英雄譚になるのは男の浪漫、だったかな? 知り合いにそんな事を言う奴がいたよ。アインズ、お前もその口か?」

 

「いけませんか? 男なら、誰しも一度は夢見るものでしょう」

 

 こんな風に異世界に来て、力があるならばプレイヤーの誰もが一度は夢見るだろう。英雄譚になるのも、最強を目指すのも男なら誰もが一度は夢見るはずだ。アインズだって、最強のプレイヤーの一角であるたっち・みーに勝つために色々考えたものだ。……まあ、結局最後までたっち・みーには勝てなかったのだが。

 

 イビルアイは苦笑しながら告げる。

 

「いけなくはないがな。しかし、分を知るのは必要なことだ。……英雄になるためには才能がいる。武術しかり、魔法しかり、な。才能は開花する前の蕾であり、誰もが持つものだと言う輩もいるが、私はそうは思わない。持つ者と持たざる者は歴然として存在し、強者と弱者を別つ」

 

「……生まれで全ては決まる、というやつですね」

 

 脳裏によぎるのは、かつての世界だ。それは直接的な強さではないが、より致命的なもの。たっち・みーとウルベルト・アレイン・オードル。富豪と貧民。勝ち組と負け組。強者と弱者。永遠に、分かり合えない二人。

 

「そうだ。どれだけ有力な貴族のもとに生まれようと、才能の差は歴然としてある。戦士長のガゼフ・ストロノーフはもとは平民出身だったが、その圧倒的強さから周辺国家最強の名を持つ。……同じ平民出身の兵士を一人知っているのだが、どれだけ努力しようとあれがガゼフ・ストロノーフに追いつくことはないだろう。……お前と違ってな」

 

「……ん?」

 

 最後の言葉に、アインズは首を傾げてイビルアイを見る。イビルアイはアインズを見て、苦笑した声色のまま告げた。

 

「ふふ……以前言っただろう? お前はきっと、いつかガゼフ・ストロノーフに匹敵する戦士になれるかもな、と。あと、お前に必要なのは記憶と努力だろうさ。記憶はどうしようもないが、努力はいつでも出来る」

 

 いつか伝説に名をはせる事があるかもな、とイビルアイの告げる言葉に、アインズも苦笑した。

 

「そうですね。そうなれば……いいです」

 

 そうすれば……いつか、仲間がこの異世界に来た時、あるいは既にいる仲間に、自分がここにいる事を示せるかも知れない。この名が、彼らの指針になればいいと――アインズはそう思うのだ。

 

(まあ、その前に未知の冒険を楽しみたいんだけどさ)

 

 (ヘルム)の中でそう呟いて、アインズはイビルアイと会話を楽しみながら、カルネ村を目指した。

 

 

 

 ――早朝に出発したためだろう。何とか七人は陽が沈みきる前に、カルネ村に到着した。

 カルネ村の住民は武装した七人組に驚き、びくびくとしながら姿を見せたがその中にアインズの姿を見つけると安心したように笑った。

 

「ゴウン様!」

 

「お久しぶりです、皆さん」

 

 村人達はアインズに近寄り、口々にあの時の礼を言う。ブレインや蒼の薔薇はぽかんとした表情で、そんなアインズと村人達を見ていた。

 

「今回はどのようなご用件でいらしたのでしょうか? あと、そちらの方々は……?」

 

 アインズと共に馬に乗っているイビルアイと、それからブレイン達を見て村人達は首を傾げる。それにアインズは安心させるように告げた。

 

「彼女達は冒険者仲間です。今回は、冒険者としての依頼でトブの大森林に用事がありましてね。それで、出来れば一晩泊めさせていただきたいのですが……村長にお話し出来ますか?」

 

「勿論です! 少々お待ち下さい!」

 

 話をしていた男の村人に告げると、彼は頷いて知らせに走った。他の村人達は「荷物を預かります!」と瞳をキラキラと輝かせているが、アインズはそれに遠慮する。

 

「いえ、気持ちだけ受け取っておきます。皆さんまだ色々と用事があるでしょう。どうぞ、ご自身の仕事を優先して下さい」

 

 だが、アインズの言葉に村人達は首を横に振った。

 

「命の恩人の手伝いをする。それ以上に重要な仕事があるでしょうか? どうぞ、私共に手伝わせて下さい」

 

 村人達の言葉に、アインズは困る。そこで助け船を出すように、イビルアイがアインズを見上げて訊ねた。

 

「ここで何をしたんだ、お前」

 

 ブレイン達も気になるのだろう、困惑気味にアインズを見ている。そして、その質問にアインズが答える前に村人達が感謝の気持ちを隠しもせずに答えた。

 

「一ヶ月ほど前でしょうか。帝国の騎士達が周囲の村を焼き討ちし、ついにこのカルネ村の番が来た時、偶然別の依頼で近くにいらしたゴウン様が助けて下さったのです。その後再び訪れた者達とも、同じように助けに来て下さった戦士長様と共に助けていただきました」

 

 村人の言葉に、ブレインがまず口を開く。

 

「ああ、お前がストロノーフと顔見知りになったっていう事件、この村のことだったのか」

 

「はい、そうです冒険者様!」

 

 ブレインの言葉に、村人が答える。ラキュース達が感心したように口々にアインズを褒め称えるが、アインズは「それはまあ……別にどうでもいいではないですか」と勘弁して欲しいように告げ、ラキュース達は苦笑した。彼女達は、冒険者組合の規律としてギリギリの事をしたアインズの事を考えたのだろう。

 だが、アインズとしては別の意味で勘弁して欲しい。別に気高い志で助けたわけではなく、助けないと社会的に死ぬ立場になったから助けたのだ。そう無条件に称えられると気まずい。

 そしてそうこうしていると村長がやって来て、アインズを見ると他の村人達と同じように頭を下げ、アインズの願いを「どうぞ、この村はいつでもゴウン様を歓迎いたします。お仲間の方々もどうぞ」と空き家に案内してもらった。馬は村人達が世話をしてくれるという事で、安心して五頭の馬の世話を任せる。

 村長は隣り合った二つの空き家を貸してくれ、それぞれ男と女で別れる。荷物の整理が終わった後は少し話をするためだろう蒼の薔薇がアインズとブレインのいる借宿を訪ねに来た。

 

「しかしアインズ、お前この一ヶ月間濃い生活送ってんな。ドラゴンの討伐にエ・ランテル防衛……それに敵国の兵士からガゼフのおっさんと一緒に村の救出かよ」

 

 ガガーランの言葉に、アインズは頭を抱える。

 

「いや、別にやろうと思ってやったわけじゃないんだ。何故か運が悪くてな……単なるカルネ村までの薬師の警護だったはずなのに、偶然そういう敵国の作戦中に遭遇して……」

 

「運が悪過ぎるだろ」

 

 ブレインが思わずといった感じでツッコミを入れる。アインズはその言葉に小さくなるしかない。

 

「でもあの戦士長様と協力するような事態って……一体何があったんですか?」

 

 ラキュースの疑問はもっともだろう。何せ、ガゼフは周辺国家最強の戦士だ。部下と共にいたはずなのに、一介の冒険者であるアインズに協力してもらわなくてはならない事態と聞いて、まともな事件ではないと感じたのだろう。

 アインズが見回せば全員が気になるようで、アインズを見ている。アインズは少し考えると、声を潜めて告げた。

 

「……秘密ですよ? 件の犯人は帝国ではなく、法国だったようです。王国の上層部と結託して戦士長を暗殺する気だったようで、誘き寄せるために村を焼き討ちして回っていたんですよ」

 

「……は?」

 

 アインズの言葉を聞いて、ラキュース達は目を丸くする。信じられない事を聞いた、といった様子だ。

 

「戦士長はまともな装備をしておらず、帝国の騎士の格好をした偽装工作員の後に、本命の非合法工作員と戦闘になりまして……戦士長と協力せざるをえない事態になったのがこの村の事件です」

 

「それは……マジか? マジだよな? 法国の連中ならやりかねねぇし。ガゼフのおっさんを暗殺?」

 

「……まさかそんなことになっていたなんて……。貴族派閥の連中、法国と結託してそこまでするなんて、どこまで腐っているのかしら……!」

 

 ガガーランとラキュースは顔を嫌悪に歪める。アインズは気になった単語があったため、訊ねた。

 

「貴族派閥とは?」

 

「ああ、お前さん知らねぇか。今、王国は王派閥と貴族派閥でほぼ内乱状態なんだよ。たぶん、ガゼフのおっさんが本来の装備じゃなかったってなら、貴族派閥の連中が横槍入れて、法国の連中が暗殺しやすいようお膳立てしたんだろ」

 

「……腐った連中。王国で暮らす貴族のくせに、法国に戦士長を売り渡すなんて。そんなことをしてまで、王の権威を失墜させてやりたいのね」

 

「……なるほど。どうやら聞かなかったことにした方がいい類の話だったようですね」

 

「お互い様。私達も、貴方の話は聞かなかったことにする」

 

 それがいいだろう。むしろこの場一番の被害者はブレインかも知れない。一介の野盗だったブレインには、そういう話は勘弁願いたかった事だろう。実際、チラリと見れば苦虫を一〇〇匹くらい噛み潰したような顔をしている。

 

「おい……二度とそういう話、俺の前でするなよ」

 

「ははは……本当にすまん」

 

 とりあえず、謝っておく。ラキュース達も申し訳なさそうに苦笑していた。

 

「えっと、それじゃあ、また明日の予定を確認しますね。早朝日が昇ったら、森に入りましょう。そこから地図を確認しながら、森の賢王に気をつけて目的地まで進みます。以前この依頼を受けた冒険者の情報によれば、幾つか身体を休めるのにちょうどいい開けた場所があるそうなので、そこで何度か休憩を挟みながら数日かけて目的地まで行きましょう。何か質問はありますか?」

 

「いいえ、大丈夫です」

 

「俺も大丈夫だ」

 

 アインズとブレインから質問が無いと知り、ラキュースは頷く。

 

「はい。それならよかったです。では私達はこれで失礼しますね。お休みなさい」

 

「はい。また明日」

 

 ラキュース達を見送って、アインズとブレインも蝋燭の灯りを消して休む事にした。もう、既に日はどっぷりと暮れている。村人達も寝ている頃であろう。

 アインズはアンデッドのため眠る事はないが、精神に対する疲労はある程度ある。ブレインとは別の部屋で、アインズは部屋の小さな窓から夜空を眺めながら、明日の冒険に思いをはせた。

 

「……一ヶ月ぶりの冒険か。ようやく、未知の冒険が出来そうだな」

 

 感情が沈静しない程度の昂揚を心で感じながら、アインズは日が昇るまで空を見上げて過ごし続けた。

 

 

 

 

 




 
アインズ様、未知の冒険にワクワクする。
(書籍10巻を見ながら)森の賢王なんていなかった。いいね?

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