マルガレーテ《完結》   作:日々あとむ

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エタったと思った? 私もです(震え声)。

■前回のあらすじ

 絶望のオーラはチートスキル。
 


Defensive War Ⅲ

 

 

 ――最初の異変は、エ・ランテル有数の薬師、リイジー・バレアレの孫ンフィーレアの行方不明から始まった。

 

 リイジーがポーションを製作している時、ンフィーレアに奥の倉庫から薬草を幾つか持ってくるように頼み、ンフィーレアはリイジーの視界から消えた。そのほんの少しの時間で、いつの間にかンフィーレアがいなくなったのだ。

 物音はしたのだが、リイジーはンフィーレアが何か物を落としたとばかり思い、特に気にする事はなかった。そんな事はよくある事なので、気にするほどの異変では無かったのだ。

 しかし、ンフィーレアがあまりに遅いのでリイジーは奥の倉庫へ様子を見に行き……そこで、ンフィーレアの姿が忽然と消えていた事に気がついたのだ。

 リイジーは家の中や、周辺を見て回り――ンフィーレアがいなくなったのを理解して、大慌てで色々な場所を探し回った。

 そんな彼女を見咎めた周囲の人間が手分けして探し――門の衛兵に問い質してみようという話になり、しかし全ての門の衛兵達は知らないと答え――ようやく、街の冒険者組合にその事が伝わった。

 内容から、冒険者組合は緊急性のある依頼だと理解し、即座に行動。何人かの野伏(レンジャー)へ話を通し、リイジーの自宅周辺から街中を捜索する事にした。衛兵が見ていない、という事からまだ街の中にいる可能性が高かったからだ。そして冒険者組合の中では、何故ンフィーレアが行方不明になったのかという疑問を考え――即座に、彼の持つ“ありとあらゆるマジックアイテムが使用可能”という生まれながらの異能(タレント)が原因ではないかと行きつく。

 

 消えたンフィーレア。不審者の通らない門。ここ数年で増えた行方不明者。

 

 何か、とてつもない事が起ころうとしているのでは――ふと、そうおぞましい想像をしてしまい、彼らは必死になって頭を振り、その妄想を振り払った。

 しかし、いつまでも現実逃避はしていられない。次に起きた異変は、盛大な鐘の音。その鐘の音は西門の方から響いていた。

 そして、そちらでは――あまりにも絶望的な戦いの幕が開いていたのだった。

 

 エ・ランテルには巨大な共同墓地がある。その巨大さは外周部の城壁内のおよそ四分の一、西側地区の大半を使用していると言えば分かるだろう。

 

 その巨大な共同墓地から、アンデッドが溢れていた。

 

 死体からはアンデッドが生まれる。詳しい発生要因は未だ不明ではあるが、アンデッドが発生する事は確かなために、この街では衛兵達や冒険者達が毎夜、墓地内を巡回してアンデッドを退治していた。

 これは、アンデッドを放置すると更に強いアンデッドが発生する確率が高くなるために、仕方なく弱いアンデッドの内に始末するために取られた措置だ。

 そうして今夜も当番の衛兵達が見て回ったのだが――その日はいつもと違った。

 出現したのは、千を超えるアンデッドの群れ。

 見回っていた衛兵達も、冒険者達も為す術はない。例え雑魚の群れであろうと、あまりに多過ぎる数の暴力に彼らは呑みこまれていった。まるで、津波に呑まれる海の藻屑のように。

 門は軽々と破壊され、アンデッドの群れが溢れ出る。鐘の音に呼ばれた衛兵達が集まるが、すぐに焼け石に水である事を理解した。彼らもまたアンデッドの津波に呑みこまれ――そしてアンデッドとなり、街へと進軍する。

 冒険者組合が気づいた時、既にもう取り返しのつかない事態へと全ては発展していたのだった。

 

 

 

 

 

 

「抑えろ! 決して中に通すな!」

 

 冒険者組合長アインザックは、そう周囲にいる冒険者達に怒声ともとれる叫び声を浴びせた。アインザックの言葉を受けた冒険者達は、必死になってアンデッドの群れを押し留めようとする。

 ……だが、数が多過ぎる。最初は衛兵達と共に住民を中央に避難させ、門を閉めようとしたのだが――数があまりに多過ぎた。幾ら破壊しても湧いて出て来るアンデッド達に、人間である衛兵達や冒険者達は押され始めて、もはや西とは正反対の東門の方まで追いやられている。東門や南門の方では、おそらく中央地区と同じようにアンデッドの群れが門を乗り越えてこないように苦戦を強いられているだろう。

 

(何とかして、北門や西門まで押し返さなくては……!)

 

 アインザックはそう思うが、しかし幾ら考えようとその具体的な案が浮かんでこない。破られた西門と北門を閉じなければ、墓地から湧いたアンデッド達から逃れる術はない。もはやアンデッドの数が有限である、という考えは捨てていた。原因を突き止めなければ、この進軍は止まらないだろう。

 ――そう、原因を突き止めなければ進軍は止まらない。しかし、全てを無視してアンデッドの群れを突破する事も出来ない。そんな事をすれば、街の人間は死ぬ。

 だからこそ、何よりもまず門を閉じなければならないのに――それさえ、アンデッドの数に押されて不可能なのだ。

 ……もはや、冒険者達は及び腰だ。まだ気力のある冒険者達の顔には、逃走の色さえ宿っている。

 

(馬鹿なことを……)

 

 しかし、それさえ不可能だ。このアンデッドの数を突破していけるはずがない。東門や南門を開けて逃げようとすれば、他の冒険者に殺されるだろう。

 だからこそ――既に現実を理解した冒険者達の顔には、諦めが過ぎっている。

 

(何か……何か方法は無いか!? 何でもいい……何か……!)

 

 アインザックは考える。しかし、やはり何も思いつかなかった。このまま延々と戦い続け、いずれアンデッドの津波に呑みこまれるしか未来は無い。

 何故なら、現状を打破する手段が何も無いから。全ては後手に回り過ぎて、何をするにも遅過ぎる。唯一現状をどうにか出来そうな切り札(ジョーカー)が手札から抜け落ちている。

 手数が足りず、突破力が無く、そして持久力さえありはしない。

 

(糞が! せめて()がいれば……!)

 

 現在、街の外に他の冒険者と依頼に出ている漆黒の戦士を脳裏に描く。実際の実力がアダマンタイト級と言われている彼が最初からいれば、門を破られてもすぐに閉鎖する事が可能だっただろう。

 だが、全ては遅過ぎる。今更帰還されても、どうにかなるのは甘い考えでしかない。それでも――

 

「――――」

 

 ズシン、という大きな地面の揺れを感じる。その威圧感へ視線を向けて――ぶわりと冷や汗が出た。

 

「――不味い」

 

 それは四メートルを超える巨体を持った、死体の集合体だった。集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)

 平時ならば何とか対応も出来るが、現状では最悪な相手である。あの巨体を抑えられるような体力のある冒険者は一人もいない。そして、魔力の残っている神官達もいない。

 巨体が、その巨腕を振るいながら自らの足元にいる有象無象を薙ぎ払っていく。その姿に絶望したその時――――

 

 漆黒の大剣が、その巨体を切り裂いた。

 

 ぐらり、と揺れる巨体。ずしん、と鳴り響く轟音。骨の砕ける軽快音と、肉の潰れる濁音。そしてアインザックの目の前に、赤いマントをたなびかせた漆黒の影が降り立った。

 

「――――」

 

「いて! ちょ、おま……もっと優しく降ろせよ!」

 

「そりゃすまん」

 

 漆黒の影は小脇に抱えていた荷物を地面に落とすと、背中に残っていたもう一振りの大剣を引き抜いた。

 

「組合長、それはブレイン・アングラウスという男で、私と互角に戦える戦士です。――極秘ですが、実はそいつ、野盗達の一味でして……とりあえず、そうも言ってられないようですから、交渉は任せます」

 

「は?」

 

「では――」

 

 漆黒の影……アインザックが待ち望んだ戦士は、そう矢継ぎ早に告げると冒険者達と共に前線に躍り出る。

 

「ハアッ!」

 

 漆黒の戦士――アインズがグレートソードを振るう。その一太刀で、周囲のアンデッドが粉砕され、剣圧でアンデッド達がたたらを踏み、進軍が止まる。

 そこからは、まさに漆黒の暴風だった。

 

 アインズはそのままアンデッドの群れに踏み込み、投げつけたグレートソードを回収すると両手で巧みに剣を振るってアンデッド達を蹴散らしていく。グレートソードから放たれた剣圧でさえ、軽々とアンデッド達を粉砕し、周囲に残骸を飛び散らせた。アインズは時には足を使って蹴り飛ばし、あるいは地面に倒れたアンデッドを踏み砕いてとどめを刺す。

 ただの一体も、アインズの鎧に傷をつける事さえ出来ていない。

 

「……すげ」

 

 冒険者達の中から、その漆黒の暴風を見て呆然と言葉が漏れていた。アインザックとて同じ気持ちだ。しかし、他の冒険者達と違って、アインザックは事前知識があったためにまだ冷静に対応出来る。

 

「アインズ君! 西門まで行って門を閉じてくれ! お前達! 彼に二チームほどついて援護しろ!」

 

「――分かりました!」

 

 アインザックの言葉が聞こえていたのか、アインズは即座にアンデッド達を殲滅しながら前に進みだす。アインザックの命令で、まだ余力のある金級冒険者の二チームがアインズを追って行った。

 続いて、アインザックは自分の前に縛られて放置されている男に視線をやる。

 

「――ブレイン? ブレイン・アングラウス? 本物か?」

 

「おう、本物だぜ。無罪放免……それに武器の提供と縄を解いてくれれば、手伝ってやるぞ」

 

「――――」

 

 アインザックとて元は名の知れた冒険者である。屈強な身体が示している通り、戦士系だ。そんなアインザックから見ても、このブレインと名乗る男は明らかに強かった。いや、強過ぎたと言っていい。

 アインズは強者の気配も弱者の気配も無い、という別の意味の恐ろしさを感じるが、このブレインという男から感じる気配は素直だ。純粋な強者の気配――確実に、自分より強いと分かる圧倒的な実力差があるように感じられた。

 もっとも、その気配もこうして縄で縛られていれば台無しだが、連れてきたのがアインズというのが、男の真偽を語っている。

 

 即ち――本物の、ブレイン・アングラウス。かつて御前試合で周辺国家最強の戦士ガゼフ・ストロノーフと互角の戦いを繰り広げた、正真正銘の準英雄級である。

 

「……分かった。背に腹は代えられん。無罪放免としよう。しかし、都市長には知らせておくからな」

 

「はいよ。んじゃ、縄を解いてくれ」

 

 アインザックはブレインの縄を解き、そして余っている剣をブレインに渡した。ブレインは剣を受け取ると、一振り、二振りと素振りする。

 

「使い慣れた刀じゃないのがキツいが……仕方ない。それで、俺はどうする? あの野郎が西なら、俺は北門か?」

 

「……そうだな。北門を閉じてきてくれ。君にも援護をつける。それと――」

 

「ああ、安心しろよ。この状況じゃ逃げん。さすがにあの野郎ほど出鱈目な身体能力は無いが、まあこの程度のアンデッドの群れなら大丈夫だろ」

 

 ブレインはそう言うと、アンデッドの群れを駆逐し始める。アインザックはアインズの時と同じように、彼に二チームほどつけて彼を援護するように言った。

 

 そして、残ったアインザック達は何とかアンデッド達を押さえていく。しかし、その心にかかる負荷は先程と違って軽い。

 

 ――これならば、いけるんじゃないか。

 

 そう思えてしまうほどに、先程と違って容易なのだ。

 理由は語るまでもない。アインズやブレインが、このアンデッド達を軽々と駆逐していくからだ。特にアインズの方角にいるアンデッド達は悲惨である。まるで暴風雨が通った後のように、アンデッド達の残骸が地面に投げ出されていた。

 明らかに、数が減っているのだ。この機を逃さず、アインザック達は残ったアンデッド達を片付けていく。

 

 ――そんな彼らのもとへ、空から骨の翼を広げた絶望が降り立とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ……エ・ランテルの共同墓地にある霊廟。そこで、ある一人の男が気が狂わんばかりに叫び、現状に悶え苦しんでいた。

 

「――何故だ!? 何故……アンデッド化が成功しない!?」

 

 秘密結社ズーラーノーンの十二高弟の一人、カジットは霊廟の奥――地下神殿で絶叫する。

 カジットは数年前から、このエ・ランテルへ根を張りひっそりと儀式を進めていた。

 儀式の名は“死の螺旋”。アンデッドの群れはより強いアンデッドを生み出す、という特性を利用したまるで螺旋階段のように強力なアンデッドを生み出す都市壊滅規模の魔法儀式。それが“死の螺旋”である。

 かつて一つの都市をアンデッドの跳梁跋扈する死都へと変貌させた、忌まわしき邪法。その儀式を用いて莫大な死の力を集め、自らをアンデッドへと転生させる。

 

 そのために、ずっとエ・ランテルにひっそりと住み着いていた。

 そのために、ずっとエ・ランテルで人を殺し、アンデッドへ変え死の力を溜めていた。

 そのために、ずっと――ずっとやってきたのだ。

 

 だというのに――何故だ?

 

「一体、何が違うと言うのだ!」

 

 カジットは絶叫する。死の力はもはや随分と集まっていた。これならば、既にカジットをアンデッドに転生させる事が出来ていいはずである。

 一体、何が盟主の作り上げた儀式魔法と違うのか。

 同じくズーラーノーンの幹部の一人、クレマンティーヌの甘言に乗ったためだろうか。元法国の特殊部隊である漆黒聖典の一人、彼女が漆黒聖典から抜け出すために持ち出した叡者の額冠とこの街に住む“あらゆるマジックアイテムを条件を無視して使用出来る”ンフィーレアを使ったために、本来の儀式魔法とは違った形になってしまったのか。

 だからカジットは、アンデッドになれないのか。

 

 ――苦悩するカジットは、知る由もない。

 本来、この“死の螺旋”と呼ばれる儀式魔法は単なる失敗魔法なのだ。何故なら、“死の螺旋”など二〇〇年前にある勘違いをした者が説明し、それが切っ掛けに生まれただけなのだから。本当の魔法儀式に名前をつけるとしたら、それは別の名前になる。

 そして、これはカジットの知らぬ事ではあったが――ユグドラシルでは、カジットの目指すアンデッド死者の大魔法使い(エルダーリッチ)になるためには、条件が存在した。死者の本と呼ばれるマジックアイテムが必須だったのである。

 

 ……勿論、ユグドラシルとこの世界は違う。彼らの盟主が実際にアンデッドとなっている以上、必ず方法はあるはずである。

 だが、残念ながら――カジットに理由は分からなかった。

 

 ――そろそろか。

 

 そして、カジットの持つ秘宝がポツリとカジットに聞こえないように呟く。カジットは優秀な男であったが、秘宝――死の宝珠にとっては、もう少し高い実力の者に持ち主を変わってもらいたいという思いがあった。

 それも当然だろう。この死の宝珠にとってカジットはあまりに実力が不足し過ぎていた。死の宝珠にとっては、十三英雄と呼ばれる者達――英雄級の実力で、やっと死の宝珠に見合う実力なのだ。

 

 ……死の宝珠には使命がある。それは、世界に死を振りまく事。カジットは死の宝珠にとって有能ではあったが、相応しくはなかった。

 理由は、それだけである。

 そしてこの死の宝珠こそが――カジットの儀式が失敗した、最大の理由でもあったかもしれない。

 死の宝珠は人間を操る。だが、人間でない者は操れない。そこに――全ての答えがあったのかも知れなかった。

 

「――――」

 

 プツリ、と糸の切れた人形のように突如として沈黙するカジット。その様子を見咎める者は誰もいない。何故なら、生きている者はもはや誰もいないから。カジットの弟子達は既にカジット自身の手で、死の力を集めるために殺されている。そして協力者のクレマンティーヌは、既にエ・ランテルを去った。

 だから、誰もカジットの不審を咎める者はいない。

 

「……死の力は十分に集まったな。あの少年を使えば、もう少しいけるか」

 

 明らかに空気の変わった気配を漂わせるカジット――いや、かつてカジットと呼ばれる男だった者。今はただ、死の宝珠に操られる人形でしかない。

 カジット――死の宝珠は、ンフィーレアのもとへ向かい、ゆっくりと、このエ・ランテルへとどめの一撃を放つ準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

「……粗方は、片付いたか」

 

 アインズはそう、グレートソードを振るい付着した腐肉と粘液を遠心力で吹き飛ばしながら呟いた。背後で援護をしていた冒険者達は口々にアインズを褒め称えている。

 

「凄いです! アインズさん!」

 

竜退治(ドラゴンスレイ)の噂はマジだったってことかよ……」

 

「お褒めに預かり恐縮ですが、それより内側を警戒していて下さい。私は門の外を警戒しておきます」

 

 アインズは冒険者達の気持ちを引き締めるように告げる。実際、今はアインズに近づけば死を意味すると低能な下級アンデッド達でも理解しており、自分達に近づくような事をするアンデッド達はいないが、絶対ではない。

 冒険者達もその言葉で表情を引き締め、頷いた。アインズはそれを確認すると、閉じた門を開けないためにその場で跳躍し、四メートルもある壁を飛び越える。

 地面に降り立つと、近くにいたアンデッド達が襲いかかるが即座に先程までと同じように殲滅する。門の内側はまだ再戦とはなっていないようだが、時間の問題だろう。

 

(やれやれ……早々に何とかしないとまずいな)

 

 ブレインのポケットに疲労無効の指輪は渡しておいたが、それでも気疲れくらいはする。そして、ブレイン以外のこの街の人間は普通に疲れるだろう。アンデッドの群れと戦うには、人間は分が悪いと言わざるを得ない。

 そうなれば、同じアンデッドであり疲労無効のアインズが何とかしなければならないのだが……。

 

「方角的にはこの共同墓地から何か起きているってことだよな。……しかしこのアンデッドの量は……もしかして、第七位階の〈死者の軍勢(アンデス・アーミー)〉か? いや、それにしたって多過ぎ……」

 

 だが、あり得るかもしれない。ゲームではなく現実になった事で、魔法や特殊技術(スキル)の効果が変化している事が考えられる。

 そうなると――敵は第七位階魔法を使用する魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の可能性が高い。アインズも、魔法の鎧を解いて魔法詠唱者(マジック・キャスター)として魔法戦を考慮するレベル域だ。

 

(プレイヤーの可能性……は、少ないか。こんな事態を起こす理由が、ほぼ見つからないし。……愉快犯? 他にもプレイヤーがいると思われる状況で、そんな馬鹿なことする奴がいるか?)

 

 間違いなく、危険人物としてプレイヤーにチームを組まれて叩き潰されるだろう。死んだ場合どうなるか分からない現状で、そんな事をしたがる人間がいると思えない。

 

 そんな答えの出ない問答を頭の中で繰り返していく内に、アインズのいる門の外もアンデッド達が襲いかかるのを止めて、足を止め様子を窺い始める。アインズはそんなアンデッド達に溜息をついて、両手のグレートソードの切っ先を地面に下ろすと、門の前に陣取り立ち止まった。

 

「そっちはどうですか?」

 

 アインズは大声を上げて、門の内側にいる冒険者達に様子を訊ねる。彼らもまだ無事に生きているようで、大丈夫だと平然と言い返していた。

 その返事に満足し、アインズは再び共同墓地の方角からやって来るアンデッド達に集中する。後は門の中に入り込んでいたアンデッド達を退治して街の住人達の安全をある程度確保したら、共同墓地へ向かうべきだろう。

 

(プレイヤーが犯人の可能性もあるから、全力を出す考慮もしておかなくては……。援護でついて来そうな冒険者達は、途中で理由をつけてリタイアさせておくか)

 

 十中八九、アインズが共同墓地の方へ向かう事になるだろう。その時の事を思い描きどうするか考えながら――アインズは、共同墓地の方角から空を飛んでやって来る何かを視界に捉えた。

 

「……あれは……」

 

 それは、骨の身体を持つ竜の形をした骸だった。アインズと同じく第六位階までの魔法を無効化する特殊技術(スキル)を持つアンデッド――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)である。

 二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は上空を舞いながらアインズを通り越し、街の中へ侵入する。アインズはその様子に舌打ちした。

 今までの経験から、アインズにとっては雑魚であろうと冒険者達には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は荷が重いだろうという事が分かっていたからだ。アインズは門の守りをここにいる冒険者達に任せ、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)達を追おうとするが――その前に、共同墓地からやって来る一体のアンデッドに気がついた。

 全身を黒い鎧で覆ったアンデッド。手にはタワーシールドとフランベルジェ。それはアインズが好んでよく使用するアンデッドに似ていた。

 

「――死の騎士(デス・ナイト)、だと?」

 

 死の騎士(デス・ナイト)はこちらに近づいて来ている。門の中から冒険者達の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を見た悲鳴が聞こえているが、もうそれどころではない。死の騎士(デス・ナイト)を見過ごした方が、レベル的にも能力的にも非常に不味い事になる。アインズはここから動けない立場になった。

 

「――仕方あるまい」

 

 アインズは両手のグレードソードを構えて、死の騎士(デス・ナイト)に対峙する。死の騎士(デス・ナイト)はフランベルジェを振り上げると、雄叫びを上げながらアインズへと向かって来た。

 

 死の騎士(デス・ナイト)のレベルは三五レベル相当。攻撃力は二五レベル程度だが、防御力は四〇レベル相当のアンデッドだ。おまけに、特殊能力(スキル)に一度だけならばどのような攻撃であろうと、体力を一残して生き残るという特性もあった。今のアインズでは、非常に厄介な存在だと言えるだろう。

 

「――――」

 

 雄叫びを上げてフランベルジェを振り下ろしてくる死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を、アインズは片手のグレートソードで受け止める。そしてもう片方のグレートソードで横薙ぎに振り抜いた。

 死の騎士(デス・ナイト)は苦痛の声を上げ、アインズに向かって盾を突き出してくる。アインズはその盾が巨大なタワーシールドである事をいい事に、足を上げてかけると、その盾の押し出す力と自らの力で距離を取る。

 

『クカカカカカカッ……』

 

「――やれやれ」

 

 跳躍し地面に着地したアインズを恨めしげに見つめ、死の騎士(デス・ナイト)は呻き声を上げた。

 

「アインズさん! 一体何が……!?」

 

 内側で門を守っていた冒険者達がアインズの様子を確認しに来て、死の騎士(デス・ナイト)を見て絶句する。

 

「アインズさん! これは……!?」

 

「話は後で! 私が防御役(タンク)をしますから、魔法詠唱者(マジック・キャスター)と神官は魔法で攻撃を! 物理攻撃手段しか持たない前衛は他のアンデッドを抑えていて下さい! このアンデッドに近づかないように!」

 

「! は、はい!」

 

 アインズの言葉に、他の冒険者達が動く。確かに死の騎士(デス・ナイト)は強敵ではあるが、運が悪かった。

 アインズに死の騎士(デス・ナイト)の攻撃は通用しない。そして、確かに死の騎士(デス・ナイト)は防御特化のアンデッド戦士であるが、冷気と炎に耐性があるとはいえ魔法防御は前衛タイプである以上それほど高くはない。

 即ち、レベルが劣るとはいえ魔法攻撃手段を幾つも持っており、強固な前衛がいる場合はいい的だ。アインズを効果範囲に含まれた場合魔法は無効化されてしまうが、アインズが力尽くで蹴飛ばしたりして体勢を崩してしまえば、楽々と狙える。

 そして、魔法攻撃だけではなく、アインズのこの異世界では滅多に存在しない高火力物理攻撃まで加わるのだ。もはや死の騎士(デス・ナイト)は風前の灯火である。

 簡単なミスに注意して、次第に死の騎士(デス・ナイト)を押し込んでいく。他のアンデッドが助けようとするが、しかしアインズ達の邪魔をしようとしても、他の戦士や野伏(レンジャー)が邪魔をするのだ。結果は決まったも同然であった。

 そして――――

 

「――――」

 

 アインズのグレードソードが振り下ろされ、遂に死の騎士(デス・ナイト)の頭部が砕け落ちる。そのままもう片方のグレートソードを横薙ぎに振り抜き、念入りにとどめを刺した。

 

「――ふう」

 

 アインズは一息つく。他のアンデッド達は今度こそ分が悪いと完全に悟ったのだろう。怯えるように立ち竦んでおり、アインズに近寄る事はない。門の前は安全だ。

 

「門内はどうですか?」

 

「大丈夫です、アインズさん」

 

 一応、内側の確認もする。しかしそちらも近づく者はいなかったのか、何とか生きているようだ。

 

「……内側に入った骨の竜(スケリトル・ドラゴン)も心配ですが、ミスリル級冒険者チームが幾つか残っているはずですから、大丈夫だと信じましょう」

 

「……そうですね」

 

 冒険者の言葉に、アインズも頷く。そしてしばらくすると、内側から新たな冒険者達が幾人もやって来た。気がつけば、いつの間にか門の中のアンデッド達の数が少なくなっている。

 

「おぉい! 交代だ!」

 

 新たにやって来た冒険者チームに、今までアインズに付き合っていた冒険者達が安堵の表情に変わる。ちょうどよかったので、アインズは彼らに話しかけた。

 

「ちょうどよかった。皆さん、この門は私が死守しますから、内側を全員で掃討してください」

 

「え?」

 

「しかし、アインズさん……!」

 

 心配そうな表情を作る彼らに、アインズは朗らかな声で答えた。

 

「大丈夫です。信用して下さい。それに、またあのアンデッドが来る可能性は低いと思いますし」

 

「……それは、そうですが……いえ、ありがとうございます」

 

 彼らはそれもそうかと思ったのか、門の内側での掃討任務へ戻って行った。西門に一人取り残されたアインズは、周囲を見回して本当に一人だと確認するとようやく息をつく。

 

「やれやれ……全く楽じゃないな。しかし骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は二体、死の騎士(デス・ナイト)は一体ってことは、そこまで高レベルじゃないのかな相手は?」

 

 アインズは首を傾げ、早速彼らの前では出来なかった事を行う。まずは上位アンデッド創造を使用し、上位アンデッドの一体である青褪めた乗り手(ペイルライダー)を召喚する。

 そして、自らの魔法の鎧を解く。そして魔法を唱えた。

 

「〈不死の奴隷(アンデススレイブ)視力(サイト)〉」

 

 これは視界を共有する魔法なのだが、ユグドラシル時代では小型モニターが浮かび上がったのだがアインズの脳裏に映像が流れた。視える世界が増え、まるで昆虫にでもなった気分になるが混乱はしない。

 アインズは青褪めた乗り手(ペイルライダー)に命令して、非実体化させると共同墓地まで進ませる。そして――

 

「ふむ。犯人はコイツか」

 

 アインズの視界にローブを羽織った男が入る。男は青褪めた乗り手(ペイルライダー)に慌てたように魔法を放つが、あの程度の魔法では青褪めた乗り手(ペイルライダー)にダメージなどほとんど入らない。

 

「……? 第三位階? 第七位階は?」

 

 アインズは首を傾げながらも青褪めた乗り手(ペイルライダー)に命令し、青褪めた乗り手(ペイルライダー)はアインズの命令通り、その男を殺す。男が倒れると、周囲のアンデッド達が霧散し始めたのでアインズは青褪めた乗り手(ペイルライダー)を消して鎧を着直した。

 そして、やはり首を傾げる。

 

「……なんで、ンフィーレア少年がいたんだ?」

 

 最後に確認した霊廟の中の様子に、アインズは心底わけが分からず疑問符を漏らしたのだった。

 ――そして、誰も何も分からない内に、全ては終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

「よう! アインズ!」

 

「…………」

 

 冒険者組合の受付にある大きなソファを独り占めして座っていたアインズは、話しかけてきた仲間(・・)に不機嫌そうに((ヘルム)があるのでアインズの本当の顔は見えないが)視線を送った。

 気配でアインズの不機嫌さが伝わる事が分かるのか、青い髪の男――ブレインはヘラヘラと――しかし肉食獣染みた危険生物のような気配を発しながら――笑みを作ってアインズの対面のソファにどかりと身を預けた。

 

「相変わらず不機嫌そうだなぁ、お前。まあ、気持ちは分かるけどよ」

 

「…………」

 

 ブレインの言葉に、アインズは不機嫌さを隠しもせずに顔を逸らす。顔を逸らした先には慌ただしく動き回っている組合員と、先輩冒険者達の姿があった。

 そう、誰も彼もが忙しく動き回っている。あのエ・ランテルを襲ったアンデッド事件から一週間と経っているのに。

 しかし、アインズとブレインはその誰もが忙しい中でもっとも暇な冒険者である。別に、アインズやブレインがサボっているわけではない。単純に、誰もアインズとブレインを働かせたくないと思っているだけだ。

 

 ――あの共同墓地から溢れたアンデッドの大量発生は、非公式ではあるが秘密結社ズーラーノーンと呼ばれる組織の高弟とその弟子達によって引き起こされた事件の可能性が高い事を後に知った。

 この異世界には“死の螺旋”と呼ばれるアンデッドへの転生儀式が存在し、おそらくそれを行おうとしたのだろうというのが、冒険者組合上層部の見解だ、という事をアインズは教えられている。アインズはズーラーノーンも“死の螺旋”も知らないが、話を聞くだけで厄介な存在だという事は分かった。

 しかし、儀式は失敗。冒険者組合はズーラーノーンの仲間割れか何かにより件の犯人は始末されたのだろうと勘違いしている。勿論、それはアインズが犯人なのだが真っ当な手段で始末したわけではないので、アインズは黙っていた。

 

 そして今、この街は復旧しようとそれぞれが立ち上がり躍起になって働いている。まずは墓地を整備し、死体を墓地へ始末して、次に一般市民達は街の住居の復旧を。冒険者や衛兵達は街の周囲などの見回り――特に墓地を交代で目を離さず見回っている。時折、冒険者は街の外に依頼で出ていく事もあるが以前ほどの頻度ではない。

 

 ブレインはあの後、二体いた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の内の一体が北門に来たためにそれを倒し、アインズと同じように暇をしていたらしい。すぐさまアインズが件の犯人をこっそり始末したため、その後はアインズと合流した後、幾つかの冒険者チームとアインザックと共に同じく共同墓地の様子を見に行った。

 アインズは、アインザックに言われて街の巡回だ。ブレインは元野盗なので、街に残していくのにアインザックは抵抗があったらしく、アインズに「一時間して戻らなかったらよろしく頼む」と悲愴な表情で頼んでいたほどであった。アインズもそれには納得している。

 そのため、アインズは何故そこにンフィーレアがいたのかよく知らない。ブレインから話を聞く限りでは、正気を失っているため詳しい話は聞けそうにないそうだ。仕方のない事である。

 悲惨なのは、そんな孫の変わり果てた姿と面会も許されないリイジーだろう。ンフィーレアは現在面会謝絶のため、リイジーでさえ会えないのだ。これは冒険者組合からも、魔術師組合からも通達されたようでブレインと共にリイジーの店にポーションを買いに行った時愚痴を聞かされたのでよく覚えている。

 ……ブレインの今後は、アインズに委ねられる事になった。というか、見張りを頼まれたのだ。一応無罪放免ではあるが、また野盗に戻られるのは困るらしく、アインズのチームの一員として冒険者になる事になったのである。

 ブレインはその事について不満は無いらしい。何故かと訊ねてみると、アインズは意外なところでこのブレインという男と接点があった事に気がついた。

 

「――俺の目標はガゼフ・ストロノーフに勝つことなのさ。昔、俺も冒険者をやろうと思ったが対人戦が冒険者だと身につかないからな。それで野盗共の用心棒をしていたんだが――お前がいりゃ、訓練相手に事欠かないだろ?」

 

「――戦士長の知り合いだったのか?」

 

「おう。昔、御前試合で戦ったんだが負けちまってな。それ以来、アイツに勝つのが目的なのさ。お前もストロノーフと顔見知りだって言ってたが、どこで出会ったんだ?」

 

「その辺の開拓村だ。俺は冒険者としての依頼、向こうは国の任務でな。そこで、少し協力する事になったんだよ」

 

「ほー」

 

 そのような話題から、ガゼフや武技の話題に発展し、色々話をする事になった。ブレインは強さだけをひたすら求める、まさに求道者というものであったが話しにくいという事はない。この男は気さくな男だった。

 そして、ブレインの名前が冒険者組合に広がると他の冒険者組合からはざわりと波紋が広がった。ブレインの名前は戦士職の者達にとっては有名だったようで、よく尊敬や嫉妬の視線を向けられている。アインズの方も、ブレインが「アインズに負けて仲間になった」と説明したものだから、更に一目置かれるようになってしまった。

 

 そんな少し前の事を忙しそうにしている組合員や冒険者達を見ながら思い出していると、ブレインがアインズに再び口を開いた。

 

「そういやよ、アインズ。例の俺らが出会うことになった野盗共の件だが、全員お縄についちまったってよ」

 

「……ほー。不味いんじゃないか?」

 

「いや、全員死刑確定してるし、会うこともないだろ。生き残りの女達は、俺は顔を出してないから知らないしな」

 

 性欲処理用の女が数人いたらしいが、ブレインは一度も顔を出しておらずそういった事はしていないので問題無いらしい。野盗達がブレインについて何を言っても、今となっては野盗達の言葉を信じる人間はこの街にいないだろう。精々、嫉妬に駆られた冒険者達がその噂を拡大させてブレインを蹴落とそうとするくらいだが、今の状況で冒険者組合がブレインを手放すはずが無い。

 アインズを手放さないのと同様に。

 

「…………」

 

 再び不機嫌な気分になり、ソファに身を沈める。アインズのその様子にブレインはいやらしい笑みを浮かべた。

 

「そう不貞腐れるなよ、アインズ。ちょっと、街から出られない身分なだけじゃないか」

 

「…………」

 

「……まあ、お前は未知の冒険したいから冒険者になったんだから最悪だろうけどよ」

 

「そうだよ!」

 

 若干キレ気味にアインズはブレインに返す。

 アインズが未知の冒険をしたい、というのは既にブレインには教えていた。一応、仲間ではあるし世話にもなっているので、教えておこうと思ったのだ。ブレインの感想は「無茶だろ」、であったが。

 勿論、ブレインが無茶だと言うのには理由がある。まず、このチームが戦士職二人のチームである事。これが戦士と魔法詠唱者(マジック・キャスター)の二人であったのなら、多少は融通が利いたかも知れないが、戦士二人では冒険は不可能に近い。

 それでもアインズとブレインの戦闘力なら、冒険に出て生きて還ってくる程度出来るであろうが、それは今となっては不可能だった。

 

「ま、しばらくは諦めろよ。俺やお前が街から出たら――街の連中、ストレスで死んじまうぞ」

 

「冒険がしたい……冒険…………」

 

 現在、アインズとブレインはこのエ・ランテルの上層部の人間から泣いて縋られて街に残っていた。何せ、先のアンデッドの事件のせいでほとんど街が機能していないのだ。この状況で、アダマンタイト級の実力持ちに抜けられると一般市民も一般の衛兵達も不安のあまり街から逃げ出しかねない。

 そのため、アインズとブレインは街の治安や安全のために街から一歩も出る事なく冒険者組合で暇を潰していた。この街にいるのが最大の仕事なので、他にやる事が無いのである。

 

 目の前のテーブルに頭を突っ伏してぶつぶつと呟き始めたアインズに、ブレインは腹を抱えて笑った。

 そして、そうこうして暇を潰しているとアインズとブレインの前に慌ただしくやってきた人間がいる。アインズとよく縁のある受付嬢だ。受付嬢はなんだか自慢げなドヤ顔をして二人の間に立ち、箱を両手に持っている。

 

「ゴウン様、アングラウス様。ようやく、お二方のプレートが届きましたので、このような状況で申し訳ありませんがお渡しさせていただきます」

 

「ん? そりゃ早いな」

 

 突っ伏しているアインズに代わって、ブレインが受付嬢から箱を受け取る。ブレインはすぐさま箱を開けて中を確認しているようだった。

 

「ほー……これがアダマンタイトか。初めて見たぜ。ほらよ、アインズ。お前の」

 

 ブレインがアインズの目の前にプレートを放る。アインズは顔を上げ、目の前のアダマンタイト製のプレートを親の仇のように憎々しげに見つめた。

 

 アインズとブレインは戦闘能力や今回の実績、非公式記録などから異例のアダマンタイト級冒険者へと一気に昇格していた。何せ、エ・ランテルではここ最近日課となっているある行動から、もう二人に喧嘩を売るような相手はいないのである。嫉妬の目で見つめられる事はあっても、「勝負だ!」などと言ってくる戦士は誰もいなかった。

 

「これさえ……これさえ無ければ、もっと気楽に……」

 

 再びアインズが未練タラタラでプレートを手に取り、ブツブツと呟き始めるとブレインは大笑いし、受付嬢は何とも言い辛い――傍から見れば明らかに笑いを我慢している――表情で、アインズを見つめている。

 

「ゴ、ゴウン様。お気を確かに……。いつか、きっと未知の冒険に行ける日が来ますから!」

 

「まあ、エ・ランテルが完全復興しないかぎりは、そんな依頼は絶対回って来ないだろうけど」

 

「そうですね! ……はっ!?」

 

 ブレインの突込みに、つい全力で肯定してしまった受付嬢。そんな二人を見たアインズはプレートを懐に突っ込むと、音を立てて荒々しく立ち上がり、ブレインを指差した。アンデッドの種族特性で感情が抑制され強制的に冷静になると言っても、じくじくとする感情のうねりはずっと心の中で燻るのだ。

 

「表に出ろブレイン、今日こそ縦に真っ二つにしてやろう」

 

 アインズがそう告げると、ブレインは嬉しそうな表情であの事件後こっそり戻って回収してきた刀の柄に手をやり、立ち上がった。

 

「おーいいぜ。今日こそ、首と胴体にお別れ告げろや」

 

「ゴウン様、アングラウス様。いつもの訓練場は勿論、お二方用に空いております」

 

 受付嬢の言葉に、アインズとブレインは互いに罵倒を飛ばしながらいつもの場所へ歩きながら向かって行く。他の冒険者達や組合員はぎょっとした顔で二人を見るが、いつもの事――つまり日課だと気づくと「今日はどっちが勝つと思う?」「アングラウスじゃないか?」「いや、ゴウンだろ」と口々に言い合う。そして、それが休憩の合図だとばかりにそれぞれの作業を止めて、先程まで二人がいたテーブルに集まると小金を出し合ってどちらが勝つか賭け始めた。

 

「力任せの脳筋ゴリラ野郎! 今日こそ“俺の負けです”って土下座させてやるぜ!」

 

「ほざけよ小手先に逃げた猿回しの猿が……“俺の負けです”と土下座させてくれる!」

 

 互いにそんな罵声を飛ばして、アインズとブレインは訓練場に去っていく。二人揃って互いの長所を罵倒し合っているが、冒険者組合ではアインズが技術の練習をしているのも、ブレインが筋トレをしているのもしっかり把握している。つまり、アレは互いを褒めているのだ。

 そんな男のつまらないプライドに先程まで二人と話していた受付嬢は慌てて口を開く。

 

「ゴウン様! アングラウス様! 大怪我だけは止めてくださいね!」

 

 冒険者組合から出ていく二人にそう叫ぶと、アインズとブレインは立ち止まり振り返って、気まずそうに手を軽く上げて振り了承を示す。

 

 受付嬢のイシュペンは、そんな二人を笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

「ンフィーレア・バレアレ君のことは……」

 

「ああ、残念だが……」

 

 アインザックは渋い顔で、魔術師組合長であるラケシルと会話する。ここは魔術師組合の会談用の一室であり、なるべく外部に話が漏れないようになっている。それほどに、ンフィーレアの今の状態は不味かった。

 

 あのアンデッド事件でンフィーレアは誘拐されており、霊廟の奥でぼうっと立っているのを偵察に来た冒険者チームに発見された。その際、何を語りかけても反応がなく、頭部に何らかのマジックアイテムを装備している事でそのまま連れ帰ったのである。

 そして、連れ帰った後ラケシルが魔法で調べてみると恐るべき事が判明してしまった。

 それは着用者の自我を封じることで、その着用者を超高位魔法を唱えるマジックアイテムにしてしまうという恐るべきマジックアイテム。ンフィーレアはそのアイテムを“あらゆるマジックアイテムを使用出来る”という生まれながらの異能(タレント)で無理矢理装備させられ、ズーラーノーンに協力させられていたのだ。

 あの尽きないアンデッドの群れは、ンフィーレアが使用した第七位階魔法〈死者の軍勢(アンデス・アーミー)〉だったのである。

 ……だが、それが分かったところでどうしようもなかった。このマジックアイテムには当然副作用があり、装備を外すと着用者が発狂してしまうのだ。かと言って、破壊する事もままならない。あまりにも、そのマジックアイテムが高価であり便利過ぎたために。

 

 あのマジックアイテムの存在は、明らかに人間一人の命より重かった。

 冒険者組合や魔術師組合では、とてもではないが責任が持てないほどに。

 

 そして、更なる問題は何処からこのような外道なマジックアイテムが流れてきたか、だ。ズーラーノーンが自ら造り出した、というのならまだいい。他の国――例えば法国などから盗み出していた場合、更なる面倒事に発展するだろう。

 

「……まったく、なんということだ」

 

 アインザックは疲れ切った表情で、ポツリと呟く。対するラケシルは、必死に隠そうとしているが隠しきれていない嬉しそうな顔でアインザックに語った。

 

「とりあえず、あのマジックアイテムはこちらで調査しておこう。もしかすると、着用者を無事なまま装備を外す方法が見つかるかも知れない」

 

「…………頼む」

 

 苦々しげな表情でアインザックはラケシルに告げる。ラケシルは嬉しそうな表情のまま、足早に室内を出て行った。その後ろ姿をアインザックは疲れ切った表情で見つめる。

 

 ……あのラケシルとは友人であるが、アインザックはここ最近になって初めて、その友人には隠された一面があったのを知った。

 

 未知なるマジックアイテムに対する感動と驚愕。手に入らないものが目の前に現れた時の対応。ラケシルには、そういったものを目の前にした時、人道も道徳も放り出す傾向があったのだと。

 

 しかし、今のラケシルに苦言を告げる事は出来ない。そもそも、ラケシルの対応は当然の対応でもあった。一人の少年を助けるために未知なるマジックアイテムを調べるという大義名分。――お前は本当にンフィーレア・バレアレを助ける気があるのかと訊ねても、そこには当然だという返答しか返って来ないだろう。

 そしてそれが本心で、本当かどうかはラケシル自身にも分からないに違いない。

 

「……この街に、アダマンタイト級の実力者が二人もいたのが救い、か」

 

 アインザックはアインズとブレインを思い出す。凄まじい偶然ではあるが、この街でアインズが冒険者登録を行ってくれた事と、ブレインが近辺にいた事が現状で少ない救いだった。大抵の事は、あの二人で対処出来る。

 しかし、国同士の事だけはあの二人では対処出来ないし、自分達も対処出来ないだろう。都市長のパナソレイの事を思うと、アインザックは少し哀れに思った。

 

 アインザックは気持ちを切り替え、冒険者組合に戻ろうとするとドアの外が騒がしくなり、ドアが思い切り開いて驚く。先程去ったはずのラケシルが血相を変えて飛び込んできていた。

 

「どうした?」

 

 アインザックは慌ててラケシルに近づき、呼吸を乱し顔色の悪いラケシルに訊ねる。ラケシルは口をぱくぱくと陸に打ち上げられた魚のように開いて、喘ぎながらアインザックに告げた。

 

「ンフィーレア・バレアレがいなくなった!」

 

 

 

 

 

 

 ――スレイン法国の非合法特殊部隊、六色聖典の内の一つ風花聖典は数日前からエ・ランテルにいた。彼らの目的は一つ。漆黒聖典に所属しておりながら法国を裏切り、法国の最秘宝の一つ叡者の額冠を持ち出して逃亡したクレマンティーヌの追跡である。

 彼らはクレマンティーヌがエ・ランテルに逃げ込んだという情報は掴んでおり、街内でクレマンティーヌの捜索をしていたのだが先のアンデッド事件のせいでクレマンティーヌに追跡を撒かれてしまうという失態を犯していた。

 だが、悪い事ばかりではない。彼らが執拗にクレマンティーヌを追っていたのは盗まれた叡者の額冠を取り戻すためであるのが主であり、クレマンティーヌ自体は究極的には生きていようと死んでいようとどうでもいいのだ。

 そして、クレマンティーヌは彼らの追跡を躱すためであろう。叡者の額冠をズーラーノーンの者に渡し、その手助けをする事で街を混乱させ、クレマンティーヌは風花聖典の追跡を撒いてしまった。

 ……後には、彼らの第一目的である叡者の額冠と、その使い手だけが残されたのである。

 

「……この機を逃すわけにもいくまい」

 

 彼らはそう結論付け、叡者の額冠とその使い手を街から連れ去る。法国の手は長い。当然、この街にも草と呼ばれる法国の工作員が紛れ込んでいた。彼らが協力すれば、王国の衛兵や魔術師組合・冒険者組合の者達から秘密裏に街を抜け出すなど容易い事である。

 

 叡者の額冠は法国でも担い手を探すのに苦労するマジックアイテムだ。何せ、担い手となれる女は百万人に一人しかいないのである。当然、次の候補は用意しているが、それでもいない時はいない。

 だが、今回の事件で犠牲者となった少年――ンフィーレアはそのあらゆる問題をパス出来るのである。それは彼の持つ生まれながらの異能(タレント)が可能とする奇跡だった。

 なればこそ、逃すわけにはいかない。幸い、現在エ・ランテルのあらゆる機能は麻痺している。王国の鳥頭を持つ上層部はたかが一人の行方不明と気にも留めないだろう。今ならば、ズーラーノーンの犯行に見せかける事も可能であった。

 

 ……そしてその日、一人の少年がエ・ランテルから姿を消した。

 

 

 

「よいしょっと……」

 

 エンリはいつもの日課である農作業をしていたが、ふと空を見上げる。上空は青空が広がり、雲一つない快晴だ。

 ……カルネ村は先の焼き討ち事件から、塀を作るようになった。現在、村の生き残った男達はその堀を作る作業をしており、いつもの農作業はエンリ達のような女の仕事になっている。

 

「いい天気……」

 

 とても悲しい事件ではあったが、それでも村の未来は明るいとエンリは信じている。父も、母も、妹も皆生きている。失われた命は決して少なくないけれど、それでも他の村よりはマシだろう。

 

 全ては、あの日ンフィーレアが漆黒の戦士を連れてきてくれたからこその、この奇跡の生還だった。

 

 これからのカルネ村は厳しいだろう。周囲の村は減り、村の人口は減り、環境は厳しくなった。

 それでも、生きているかぎりは精一杯頑張れる。だからエンリは、村はきっとこれからよくなっていくと信じていた。

 

「今度、ンフィーレアが来たら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ」

 

 その時は、またあの漆黒の戦士を連れてきて欲しいと思うが、たぶん無理だろう。あの漆黒の戦士は凄い人なので、きっとただカルネ村までの護衛ではその時には釣り合わなくなっているはずだ。ンフィーレア自身が、そう言っていたのをエンリは覚えている。

 きっとあの漆黒の戦士とまた再会する事はあるまい。だから、エンリはンフィーレアに、漆黒の戦士の分も含めてたくさんお礼を言おうと思う。

 

 澄み切った青空の下で、エンリは汗を拭いながら再び農作業に没頭した。

 二度と再会する事のない、友人を想いながら。

 

 

 

 

 




 
ンフィー君、アインズ様との好感度不足により法国就職エンド。

※次回更新はオバロ新刊が発売延期にならないかぎり、五月末以降となります。原作の内容次第でプロット変更の可能性があるので、ゴメンネ!
 

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