マルガレーテ《完結》   作:日々あとむ

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■前回のあらすじ

カルネ村「(銅級が騎士を真っ二つにするのを見ながら)冒険者って、スゲー!!」

※書籍10巻発売に伴って、少し修正しております(2016/06/03)。
 


Defensive War Ⅱ

 

 

 アインズがガゼフとその部下達と共に村へ帰還すると、小鬼(ゴブリン)達とンフィーレア、村人達が取り囲む。

 生きて還ってきた事に、村人達はようやく自分達の脅威が去ったと認識出来たらしく、口々に無数の賛辞や感謝の言葉を口にした。

 ……色々とあったために、傷を癒す必要があるためガゼフ達は村に一泊する事にしたようだ。アインズとンフィーレアも明日の朝にエ・ランテルへ帰還する予定だ。

 村人達は疲れていたのだろう。村はすぐに静かになった。強いて言うならば、村が戦士達に貸した家屋が少し騒がしいくらいである。そして――アインズはガゼフと共に村の端で談笑していた。

 

「ゴウン殿、改めてお礼を言わせて欲しい。今日は貴殿のおかげで、村人達も我々も生き残ることが出来た」

 

「いえいえ、私も生きて還りたいですからね。――なりゆきですよ」

 

「しかしゴウン殿、少し気になったことがあるのだが――」

 

 ガゼフはそう言うと、じっとアインズの鎧を見つめる。アインズは未だに装備を解いていないので(というか、解くわけにはいかないのだが)、全身を漆黒の鎧が覆っていた。そう――第六位階までの魔法を無効化する、とアインズが言い訳に使った鎧を。

 

(……もしかして、バレたか?)

 

「……ゴウン殿は、その伝説級の鎧をどこで手に入れたのだ?」

 

 内心冷や汗をかいていたが、どうやらガゼフに気づかれたわけではないらしい。アインズはほっとしながら、ガゼフに考えていた言い訳を語った。……とは言っても、蒼の薔薇に話した内容と同じだが。

 

「……申し訳ありません。実は私、記憶喪失でして……気づいたら、エ・レエブル近郊のアゼルリシア山脈にいたんですよ」

 

「なんと……」

 

 アインズはガゼフに、そこで蒼の薔薇と出会った経緯を語る。ガゼフはアインズの言葉を信じたのか、気の毒そうな表情をした。

 

「それは……大変でしたな」

 

(……この人はもうちょっと人を疑った方がいいなぁ)

 

 騙されてくれて嬉しいが、しかし騙すのが気が引けてくる善人っぷりだ。心が痛む。

 

「しかし……なるほど。だからゴウン殿は、そこまでの能力を使いながら武技を使っている様子が無いのだな。武技の使い方を忘れてしまったのか」

 

「ええ、そのようです」

 

 かかった。

 わざわざガゼフに偽りではあるが身の上を話したのには理由がある。アインズはガゼフやガガーランの使う、武技という存在に俄然興味がわいていた。武技はユグドラシルには無い特殊技術(スキル)だ。気になって仕方が無かったのである。

 

「戦士長殿、よければ私に武技を教えてもらえませんか? 練習していけば、いつか記憶を思い出せるかもしれないので」

 

「勿論かまわないとも! 私でよければ!」

 

 ガゼフはアインズの頼みを、快く引き受けてくれた。

 そうしてガゼフはアインズに説明してくれ、アインズは武技にある程度詳しくなった。

 ……武技とは、戦士にとっての魔法とも言える能力であり、よく分からないが精神力などを使って発動させるようだ。魔法と違うのは、使えば使うほどMP――精神力だけでなく肉体的に負荷がかかる事か。

 一般的な武技の幾つかを説明してもらい、一応指南してもらったが――発動出来る様子は無い。

 ガゼフは「感覚が戻るまで要練習ですな」と笑っていたが、絡繰りを知っているアインズにとっては覚えるまで猛勉強、といったところだ。

 ユグドラシル出身者は武技を覚える事が出来るのか――検証が必要である。

 

「では、ゴウン殿。また明日――」

 

「ええ、戦士長殿。また明日――」

 

 ある程度話して、アインズはガゼフと別れた。ガゼフが貸してもらった戦士達のいる家屋に戻るのを見送って、アインズもンフィーレアが待っている貸してもらった家屋へ帰った。

 

「お帰りなさい、旦那」

 

 外で見張りをしていた小鬼(ゴブリン)達が、帰って来たアインズに小声で挨拶をする。アインズはそれを無視し、家屋のドアを開けた。

 

「――――」

 

 ンフィーレアも疲れていたのか、ベッドに潜り込んで寝ているようだった。アインズが姿を見せても、何の反応も無い。

 アインズはその姿に満足して、ドアを閉めると小鬼(ゴブリン)達に小声で話しかけた。

 

「森に行っていろ。誰にも見られるなよ」

 

「分かりました」

 

 小鬼(ゴブリン)達はアインズの命令に、何の疑問も持たず従う。そんな姿を見ながら、アインズはさてどうするかと迷った。

 迷ったが――どの道、この件をわざわざ検証する価値は無い。ちょっとした興味でしかないのだから。アインズはそう決めると、小鬼(ゴブリン)達が森へ消えていく姿を見送りながら――少しだけ待って、アインズも小鬼(ゴブリン)達の後を追った。

 

 

 

 召喚されたモンスターは、果たしてずっと召喚主に絶対服従なのか。

 これが特殊技術(スキル)で作成されたモンスターならば、アインズは自信を持って絶対服従であると答えただろう。そもそも、それには時間制限があるからだ。その時間制限内ならば、アインズは間違いなく服従すると答えられる。

 しかし、マジックアイテムによって召喚され、かつ召喚時間に時間制限の無いモンスターはどうなのだろうか。彼らはいつまでも、召喚主の命令に従うのか。

 それには、アインズは疑問を覚える。ゲームがこうして現実になってしまった以上、効果には何がしかの変化があるはずだ。

 誰にだって好き嫌いはある。相性の良し悪しがある。何の意味もなく「死ね」と命令するような召喚主に、果たしてモンスターはいつまでも従うのか。

 アインズはそう思わない。少なくとも、アインズならば従わない。だから――アインズは森を歩き、鎧を形作っていた魔法を解く。周辺に音が漏れないよう魔法を唱え――

 

暗黒孔(ブラックホール)

 

 無詠唱化させた魔法で、小鬼(ゴブリン)達を消滅させた。

 

「――――」

 

 再び、アインズは魔法で全身を漆黒の鎧で覆う。周囲を魔法で探るが、討ち漏らしは無い。誰も、アインズの姿を見ていない。

 

「……ふぅ」

 

 アインズは一つ溜息をつくと、踵を返して森を去って行く。もう、この森に用は無い。いい加減帰って休んだふりくらいしなければ、怪しまれるだろう。

 村に帰ってきたアインズは、家の中に入るとグレートソードを抜いて床に置き、ドア付近に座り込んだ。

 

(眠れないのは、少し不便だな)

 

 蒼の薔薇の時も思ったが、誰かと行動する時に寝ている姿を晒せないというのは、少し厄介だった。

 アインズは朝にンフィーレアが目を覚ますまでずっとそうしており――目を覚ましたンフィーレアを驚かせてしまった。

 

「一応、護衛ですので。小鬼(ゴブリン)達も消えましたし――万が一を考えまして」

 

 アインズがそう言うと、ンフィーレアは納得したようだった。

 小鬼(ゴブリン)達がいなくなった事も――あの角笛の効果を詳しく知らないンフィーレアは、何の疑問も抱かなかった。

 

 ……このまま、カルネ村に預けて小鬼(ゴブリン)達の優先順位に変化が訪れるのか実験してみたくはあった。しかし、ンフィーレアという有名人の孫の知り合いの村という性質上、万が一が起きた時のデメリットを考え、アインズはその実験を取り止める事にした。

 召喚主に絶対服従というルールに縛られているのならばいいが、自らの好悪で優先順位を切り替えた場合、その新たな主が善良とはかぎらない。いや、例え善良であろうとその行為がアインズの迷惑にならないとはかぎらない。

 気に入らない貴族に小鬼(ゴブリン)をけしかけた――ないし、他の村を襲って金品を強奪した。そのような話が出た場合、間違いなく責任を取るのはアインズだろう。

 アインズは、そんな責任を負いたくない。それだったら、後腐れのない隠滅を図る。

 

 例えその朝――小鬼(ゴブリン)達と仲良くなった幼子が、小鬼(ゴブリン)達がいなくなって泣いたとしても、アインズにはどうでもいい事だった。

 

 

 

 

 

 

「――それではアインズさん。今回の依頼、ありがとうございました」

 

 エ・ランテルへ着きンフィーレアの家まで送ったアインズは、ンフィーレアにそう頭を下げられた。

 

 ……ガゼフ達を見送った後、アインズとンフィーレアも出発し再びエ・ランテルへ帰って来ていた。ガゼフ達と同じ日に出発したが、ガゼフ達は馬なのに対して、アインズとンフィーレアは馬車があっても徒歩と変わりがない。二人はゆっくりとエ・ランテルへ帰還した。

 アインズが一人だけ捕縛した男はガゼフ達が重要参考人として連れ帰ったため、本当に行きと同じ二人だけの帰還だ。

 ンフィーレアは今回の件でアインズに迷惑をかけた自覚があるのか、深く頭を下げている。アインズはそれに、苦笑しながら答えた。

 

「いえ、お気になさらないで下さい。ンフィーレアさん。私は依頼を遂行しただけですので」

 

「で、でも……! でも本当なら、あの最初の村でエ・ランテルへ帰還するべきでした。それを僕の我が儘で無理矢理ついて来てもらって……」

 

「その我が儘が、カルネ村を救ったんです。なら、それは正しいことですよ」

 

 内心をおくびにも出さず、アインズはンフィーレアに朗らかに告げる。ンフィーレアはアインズの言葉を聞くと苦笑をこぼした。

 

「……心が広いんですね、アインズさん」

 

「そんなことはありませんよ。まあ、以後はもうちょっと気をつけて欲しいですけどね」

 

 アインズがふざけたように言うと、ンフィーレアは「は、はい!」とコクコクと壊れた人形のように頷いた。

 

「では、私はこれで失礼します。またご贔屓に」

 

「はい! また何かあれば、アインズさんに頼みますね!」

 

 アインズはそう言って、ンフィーレアと別れた。ンフィーレアは家の前でアインズの姿が見えなくなるまで手を振ってくれている。

 そしてアインズは夜も更けているが、まず冒険者組合に行って報酬を受け取る事にした。

 

(初めての依頼達成だな……そういえば今回、色々あったけど報酬はそのままなのかな?)

 

 アインズは首を捻りながら、冒険者組合に向かう。頭の中で地理を思い出しながら、冒険者組合に辿り着いたアインズは扉を開けた。すると――

 

「やあ! アインズ君――待っていたよ!」

 

 アインズの姿を見た見知らぬ屈強な男が、アインズに親しげに声をかけた。アインズはさて誰だったかと記憶を探り、その顔に全く覚えがない事に気がついて内心焦る。

 

「……申し訳ありません。どなたです?」

 

 アインズが訊ねると、屈強な男は答えてくれた。

 

「おっと失礼。私の名はプルトン・アインザックと言う。このエ・ランテルの冒険者組合の組合長だ」

 

 屈強な男――アインザックの言葉に、周囲にいた冒険者達の空気がざわりと揺らいだ。アインズとて、内心で驚く。

 アインザックは親しげにアインズに近づくと、大きな声でアインズに語りかけた。

 

「聞いたよ、アインズ君! エ・レエブル近郊のアゼルリシア山脈で、難度一〇〇を超える(ドラゴン)と戦っていたそうじゃないか!」

 

「――――」

 

 アインザックの言葉に、周囲の冒険者が信じられないと言った表情でアインズを凝視した。一斉に集められた視線に居心地の悪い思いをしながら、アインズは口を開く。

 

「いえ、私一人の力ではありません。あれは蒼の薔薇の皆さんの協力があってこそ――」

 

「謙遜はよしたまえ。蒼の薔薇は途中参加で、そもそも最初は一騎打ちをしていたそうじゃないか! さあ、詳しい話を聞いておきたい。アインズ君、こちらへ」

 

 アインザックの言葉に促され、アインズは仕方なく会議室のあるドアの向こうへアインザックと共に消えていく。アインザックとアインズの姿が消えた後、冒険者組合の中は先程のアインザックの言葉で大きな騒ぎとなっていたのを、アインズは背中で感じ取った。

 

 ……会議室に案内され、ドアを開けた先にいた人物に、アインズは更に首を傾げる事になった。また、見知らぬ人間が椅子に座っていたからだ。

 その人物はアインズが入って来たのを確認すると、軽く手を振った。アインズも何となく日本人の癖で頭を下げる。

 

「アインズ君、こちらは都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア様だ」

 

「よろしく、あいんずくん」

 

 ぷぴー、という鼻の音が聞こえそうな、鼻詰まりのした間抜けな声だ。体系は肥満体質であり、はっきり言って肥え太った豚、と言われても仕方ない様相である。

 

 席に座るよう促されたアインズは、椅子に座ると、続いてアインザックも座り……全員が席に着いたのを確認してパナソレイが口を開く。

 

「さて……あー……アインズ君。今回君をこの場に呼んだのは、(ドラゴン)の件もあるが、カルネ村の一件だ」

 

 パナソレイは口を開くと同時に、先程の様子と打って変わって眼光を鋭くし、アインズを見た。

 

「アインズ君。今回のカルネ村の一件……王国に住む一人の人間として、深く感謝する」

 

 パナソレイはアインズに礼を言うと、ガゼフから既にカルネ村の件を多少報告されているらしい事を語った。詳しい――ガゼフ暗殺未遂の件はアインザックがいるからだろう、はっきり言う事はなかったが。

 

「それで君の難度一〇〇以上の(ドラゴン)討伐の件と、今回のカルネ村での天使討伐の件から――アダマンタイトに出来れば推薦したいと思っているのだが……」

 

 そこでパナソレイはアインズに頭を下げた。深く、深く謝罪するように。

 

「大変申し訳ない……! 少なくともカルネ村の件は表沙汰に出来ないので、君をアダマンタイトに昇格させる事は出来ない。許して欲しい……!」

 

 アインズはその言葉を聞きながら、パナソレイに優しく聞こえるよう語りかけた。

 

「いえ、どうぞ気になさらず都市長。私はあくまで依頼を全うしただけですので。それに、カルネ村の件を内密にしておきたい、というのは理解しています」

 

 アインズの言葉に、パナソレイは申し訳なさそうな顔をしながらもほっとしたようだった。

 

「そうか……本当に申し訳ない。(ドラゴン)の件もエ・レエブルならば話は違ったのだが、ここでは昇格に使えないのだ。そこで――大変申し訳ないのだが、君には数日後に昇格試験を受けてもらいたい」

 

「昇格試験、ですか」

 

「ああ。――冒険者組合長、説明を頼む」

 

 パナソレイから促され、そこでアインザックが口を開いた。

 

「アインズ君、当然君のような優秀な冒険者を最下級の(カッパー)などと扱うつもりはない。しかしアダマンタイト級にするには、おそらく証拠を掲示出来ない今の状況では他の冒険者達がうるさいだろう。そこで、数日後に君に昇格試験を受けてもらいたいのだ。昇格試験の件は聞いているかね?」

 

「ええ」

 

 昇格試験とは、冒険者がプレートの格を上げるために受ける、冒険者組合からの試練の事だ。この試練を見事達成してみせた場合のみ、プレートは上がる事が出来る。

 アインズが現在、新人でありンフィーレアの依頼しか受けていない事を思えばすぐの昇格試験は破格の扱いだろう。

 

「この昇格試験で、少しばかり細工をする。エ・ランテルには大きな共同墓地があるのだが、その共同墓地を巡回するというのが今回の昇格試験の内容だ。本来ならば見て回っても精々スケルトンなどの下位アンデッドしかいないのだが……、ここで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が出現したと偽造する」

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)、ですか?」

 

「そう、()()骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だ。魔法に絶対耐性を持つと言われ、ミスリル級で戦う強敵だが、アインズ君の本来の偉業を考えれば倒せない敵ではないだろう。これが現れたと偽造する。君はこれを一人で倒し、その件をもってミスリル級に昇格する――と冒険者組合で決定した」

 

「ああ、なるほど」

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が魔法に対する絶対耐性を持つ、などと意味不明な勘違いは置いておくとして、つまりこれは偽装試験というわけだ。アインズは本来、アダマンタイト級と称されてもおかしくないが、その証拠を冒険者達に掲示する事は出来ない。しかし、だからと言って実力のあるアインズを放置も出来ない。無理に昇格させると、他の冒険者達から嫉妬を買う。

 そのため、わざとこういった事があったと偽造するのだ。これでも疑う者はいるだろうが、アインズは事実として強いのだから、喧嘩を売ったところでアインズの強さを目の当たりにする羽目になる。

 

「――以上だ。大変申し訳ないのだが、このような些事につき合わせることを許して欲しい」

 

「いえ、かまいません。こちらこそ、そのような特例措置をしていただいて、感謝いたします」

 

 アインザックとパナソレイが頭を下げるが、アインズも頭を下げた。

 実際、アインズとしてはもっとゆっくり、他の者達と当たり前のように昇格していきたかったのだ。煩わしいと思う事は多いだろうが、アインズはこの未知の世界をゆっくり堪能したいとも思っている。正直な話、あまり権力者と密接な関係になるのは好ましくなかった。

 しかし、ここでそれを拒否すると別の意味で不興を買う。アインズは仕方なしに受け入れる事にした。

 

「では、昇格試験の日時が決まったら再び連絡を入れる。それまでは自由に過ごして欲しい」

 

「わかりました。では、失礼します」

 

 アインズは席を立つと、二人に頭を下げて会議室を出る。会議室を出た後、アインズが再び受付に戻ると冒険者達がアインズを凝視した。アインズはその視線を少し鬱陶しいと思いながらも、受付に向かい受付嬢に話しかける。

 そこでンフィーレアの依頼の報酬を貰い、アインズは宿へ向かった。そこで安物のベッドに転がり、心を落ち着かせる。

 

 その日――夜だと言うのに、冒険者組合はアインズという新人の冒険者の話で持ちきりであった。

 

 

 

 アインズが去った後、パナソレイとアインザックは二人で会話をする。

 

「――やれやれ。これで何とか、彼をエ・ランテルに置いておけそうだな」

 

 パナソレイの言葉に、アインザックは苦笑しながらも頷く。

 

「最初にエ・レエブルから情報が入った時は仰天しましたよ。しかも、大急ぎで彼を探すと、彼は既にバレアレ家の依頼でエ・ランテルを離れていたと言うのだから思わず受付嬢を怒鳴りそうになりました」

 

 普通の(カッパー)の冒険者とはわけが違う。難度一〇〇の(ドラゴン)という、間違いなくアダマンタイト級でも死闘を演じる羽目になるモンスター相手に、蒼の薔薇が来るまで一騎打ちで戦っていたというのだから恐れ入る。そんな英雄級の人物を(カッパー)程度に収めて、依頼に出したと知った時には血の気が引くのがはっきり分かった。

 

「しかも、その依頼であの戦士長殿さえ勝てないと言わしめる天使と戦ったと聞いては、とてもではありませんがプレートをそのままにしておくわけにはいかないでしょう」

 

「反発はあるが、仕方ないな。組合の方では、出来ないなどと言えばエ・レエブルの方が寄こせと言って来たのだろう?」

 

 アインザックは頷く。証拠も無いので難しいのだが、しかしエ・レエブルの方が躍起になっているのだ。さすがにそんな冒険者をこの都市から逃したくはない。そのため、異例ではあるし卑怯ではあるのだが、偽装試験でプレートをわざと引き上げる事にしたのだ。

 本来、このような馬鹿な事はしたくないが、本当の実力がアダマンタイト級だと知っているとむしろ即座にプレートを上げないとまずい。王都の方も蒼の薔薇から話を聞いて、「いらないならこちらに寄こせ」と打診している。

 

「とりあえず、他の冒険者から反発は強いだろうが、その辺りは彼の実力で黙らせるしかないな。バレアレ家の者達も彼の実力を裏付ける言葉を言ってくれるだろう」

 

「そうですね」

 

 パナソレイとアインザックは共に溜息をつきながら、これからの事に頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 ――道中の荷物運び。

 ――冒険者の手伝い。

 ――その他。

 

「…………」

 

 アインズは昇格試験までを、何かの依頼で時間を潰そうとしたのだがアインズのプレートで受けられる依頼は殊更つまらないものばかりであった。

 

(唯一面白そうなのが、他の冒険者の手伝いか。単独で受けられそうなのは無いな……)

 

 (カッパー)のプレートは最下層である。最初の依頼はわざわざンフィーレアが来てくれたので気にならなかったが、基本はまず他の冒険者の手伝いから始まるようだ。そのため、アインズが面白そうだと思えるような依頼は、全く存在しなかった。

 

(せっかく羊皮紙と何度もにらめっこしたのに、結果がこれかよ……)

 

 こっそり見知らぬ文字と格闘したと言うのに、結果がどれも受ける価値無しとは、残念にもほどがある。アインズは肩を落として、とぼとぼと組合の中にある一人掛けのソファに座った。そんなアインズの様子をチラチラと冒険者達が盗み見ているが、アインズに話しかける者はいない。おそらく、昨夜のアインザックの言葉が気になっているのだろう。

 

(トブの大森林の探索とか、そういうの無いのか……蒼の薔薇とかは依頼でアゼルリシア山脈を探索していたみたいだったのに)

 

 アインズも、いつか依頼で山頂の竜討伐(ドラゴンスレイ)などしてみたいものだ。アダマンタイト級にでもならなければ、やはり無理なのだろうか。

 

(仕方ない。昇格試験まで大人しくしておくかな)

 

 どうせ、彼らも無駄にアインズにうろうろして欲しくないのだろうし。アインズはそう自分を納得させ、ソファから再びチラリと視線を羊皮紙の貼られている掲示板に送る。

 

「…………」

 

 いや、それでもやはり、一つくらいは受けておくべきか。冒険者は強さを重視して動く荒くれ共だ。そんな者達の中で階段を飛ばして駆け上がっていく新人は、はっきり言って不快だろう。強さをある程度、見せつけておく必要がある。

 

「……………」

 

 アインズはソファから立ち上がると、再び掲示板の前まで歩く。そして、先程唯一面白そうだと思った羊皮紙を手に取った。

 

 この依頼内容は、街道の警備をしている冒険者達の手伝いだ。周辺に野盗の類が出現しているらしく、おそらくは森にあるだろう(ねぐら)の位置を確認するために、人手を欲しているらしい。特に職業(クラス)の指定も無いので、一応戦士職にしか見えないアインズも受けられる。

 

(まあ、商人の荷物運びとかよりは楽しいだろう。知らない森にも行けるかも知れないし)

 

 アインズはその羊皮紙を持って受付に向かう。そこにいたのはアインズに冒険者の説明をした受付嬢だ。ンフィーレアの時もいたような気がする。よく縁がある女性である。アインズは受付嬢に「これを受けたい」と渡すと、受付嬢は「かしこまりました」と頷き、手配を始めた。

 

「それではゴウンさん、話を通しておきますのでまた明日の朝六時頃にいらして下さい」

 

 受付嬢の言葉にアインズは頷くと、再び冒険者組合を去った。その日一日は暇になったので、アインズはエ・ランテルの街中を最初の日と同じように見物して回る。

 

 ――そして、次の日。アインズが指定された時間の三十分前に冒険者組合を訪れると、受付嬢に案内されて会議室のような場所に通された。アインザック達と会った場所ではない、ンフィーレアと会った特に豪奢ではない普通の会議室だ。

 

 そこには一人の見た目は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)がおり、受付嬢はアインズを通すとドアを閉めた。アインズはまず、目の前の男に頭を下げる。

 

「遅れてしまったようですね、申し訳ございません」

 

 一応アインズの方が身分が低い。相手のプレートは銀だ。だと言うのにアインズの方が遅く集合場所に着くのはいただけない。

 アインズが頭を下げると、目の前の男は苦笑して答えた。

 

「いえ、お気になさらず。私も先程来たところですから」

 

 そして、本題に入る。アインズは目の前の男から詳しい依頼内容を聞き、特にアインズの思っていた事と変わりがないため、引き受ける事にした。

 向こうはアインズのような立派な体躯(?)の戦士が来るとは思っていなかったようで、話の最中終始そわそわしていたが。

 

「では、一緒に任務を受ける仲間達を紹介しましょう。すぐに出発出来ますか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 一応、冒険者として必要な最低限のアイテムは揃えている。食料などアインズには必要無いが、念のためにも持っておかなくてはならない。

 ただ、唯一の問題はどうやって食糧問題を誤魔化すかという事だが。

 

(まあ、彼らと仲良くなっても数日中にプレート上がるし。一人離れて食べる風を装うか。顔を隠している冒険者も、ゼロじゃないんだから)

 

 脳裏に過ぎるのは蒼の薔薇の一人、イビルアイだ。彼女は結局、アインズと同じようにずっと仮面で顔を隠して見せなかった。そういう者もいるのだから、まあ別にいいだろう。

 

 アインズは案内され、エ・ランテルの北門に待機していたメンバーを紹介される。紹介された冒険者達は全部で十四名。その多くは鉄のプレートだった。

 

「あ、アンタ!」

 

 そして、自己紹介していく内にアインズを見て一人の女が声を上げた。アインズは不思議に思って首を傾げる。

 

「アンタ、宿屋で吹き飛ばした奴!」

 

「はあ?」

 

 首を傾げるが、記憶を辿り――アインズは、初日の宿屋で起こった騒ぎの事を言っているのだと理解した。おそらく、その宿屋にいた冒険者の一人なのだろう。

 彼女はブリタと言い、話すとやはりブリタは宿屋でアインズが先輩冒険者を投げ捨て鎮圧した騒ぎを見ていたのだと言う。同じように、あの場にいたのだとか。

 そして他の冒険者達はブリタが話す宿屋の出来事に、感嘆の声を上げる。

 宿屋で起きたのは、新人であるアインズが絡まれたためアインズが軽々とその相手を持ち上げて床に投げ捨ててやった出来事だ。あれは冒険者ならば毎回通る暗黙の最初の試練みたいなもので、それをどうやって切り抜けるかが話題になるらしい。アインズの時の件はこのブリタしか宿にいなかったらしく、他の冒険者達は知らなかった。

 アインズのやり方はよほどスマートだったらしく、全員に驚嘆されたらしい。

 

「人一人軽々持ち上げるとは、かなり腕力があるんですね」

 

 冒険者の一人の言葉に、アインズは柔らかく、しかし自信ありげに返す。

 

「ええ。背中の剣は伊達ではありませんよ?」

 

 剣の柄に触れるように、肩をぽんぽん、と叩くと彼らは破顔した。

 そして勿論――彼らはそれが真実であることを思い知る事になる。

 依頼は街道の警備であり、野盗の(ねぐら)の探索はこの中の一部の冒険者達で行う。アインズはその間抜けるメンバーのちょっとした代わりだ。基本的に暇な時間であったが、時折森から出て来たモンスターを退治する事になる。

 当然、アインズは軽々とモンスター達を一刀両断した。冒険者達はアインズの強さに驚愕し、そして段々冒険者達の間から緊張感が薄れていく。

 

(……よくない傾向だな)

 

 緊張感が薄れ、本当に何も関係の無い私語を平然と語り始めた冒険者達に、アインズは少し辟易する。私語をするなとは言わないが、それでも冒険者としても関係の無い、本当にどうでもいい私語で時間を潰し周囲への警戒をおろそかにするのは褒められたものではない。実力が低いのならば尚更だ。

 アインズを連れてきたリーダー格の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は渋い顔をしている。彼も、この危険な傾向に気がついているらしい。目が合ったため、アインズは軽く頭を下げた。彼も、アインズに対して複雑な表情をしながら頭を軽く下げて返す。

 ……緊張感を無くした原因であるアインズと、自分のチームの駄目加減を披露する羽目になった彼だけが気づいているとは、実に皮肉な話である。

 

 ――それから三日ほどかけて、彼らは野盗の塒をついに発見したらしい。そして話し合った結果、野盗の塒を強行偵察してみる、という事になった。

 当然、このような結論に至ったのには理由がある。アインズだ。今回、アインズという桁外れの実力を持った前衛戦士がいるため、彼らは欲が出たのである。今の内に、更なる報酬を得よう、と。

 アインズはそんな彼らの本心に気がついたが、黙っている事にした。今回のアインズの立ち位置は単なるおまけだ。チームの中心が話し合って決めたのだから、アインズはその結果どうなるかを黙秘する。

 ……話し合いの結果、二つのチームに分ける事になった。七人で強行偵察、残りのアインズ含めた八人は少し離れた場所に罠を仕掛け、待ち伏せする事になる。

 アインズが強行偵察に加わらないのは、野盗達を誘き寄せる際にアインズがいると警戒する可能性が高いためだ。そのため、アインズは待ち伏せ組に加わる事になった。

 

 夕暮れ頃に二つのチームに別れ、森を一時間ほどかけて進む。途中、強行偵察組と別れてアインズ達は地面に罠を仕掛けた。後は、彼らがこちらに来るのを待つだけだ。

 しかし――――

 

「…………遅いな」

 

 ポツリと、待ち伏せ組のリーダーが呟く。当初の計画では、もうこちらに来ていいはずだが……来る気配が無い。アインズ達は顔を見合わせると、それぞれ武器を抜いて周囲を警戒した。

 

「……全滅した?」

 

「可能性は高いな。もう少し待って来なかったら――エ・ランテルに帰還しよう」

 

 それぞれ小声で話している間に、野伏(レンジャー)がハッと何かに気がついた顔をして叫んだ。

 

「まずい! 囲まれそうだ! 逃げよう!」

 

「――――!」

 

 その言葉に弾かれたように全員が動き出す。そして――――

 

「おっと、そうはいかねぇ」

 

 野盗達の声が聞こえると共に、アインズ達のいる場所に矢が幾つか降って来た。

 

「――――」

 

 アインズはその矢を見て、即座にグレートソードを振り回し切り払う。アインズの人外の視覚では、その鏃にしっかりと何かが塗り込まれているのが見えていた。他の冒険者達では防御に失敗して傷を負うと危険だろう。

 アインズが矢を切り払うと、ひゅうっと口笛を吹く音がして周囲からガサガサと音がする。

 

「……やれやれ。やはり欲をかくと、碌なことにならんな」

 

 アインズはポツリと誰にも聞こえないように呟き、彼らの盾になるように前に出る。

 

「しんがりは私が引き受ける。撤退だ。矢の(やじり)には薬物が塗られている。包囲網を突破し、後は全力で森の外まで走れ」

 

「――――」

 

 アインズの言葉に全員ハッとしたように動き、アインズが盾となっている間に急いで準備を整える。

 まずは魔法で目の前を掃除する。とは言っても、範囲攻撃魔法は第三位階魔法を使えない彼らでは不可能だ。よって、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉を撃ち込み、牽制。そして戦士と野伏(レンジャー)が前に出て、包囲網を突破しようとする。

 

「――――」

 

 アインズは、最後尾で射られる矢を切り払う。ジリジリと後ろに下がるが、野盗達のレベルは鉄級の冒険者と同等くらいなのか、包囲網を突破出来る気配は無い。

 

(……俺が前に出て突破するか? いや、彼らと同等の強さとなると後ろを任せると瓦解しかねないが――)

 

 しかし、このままでは状況は膠着する。そして膠着すればアインズはともかく、他の冒険者達は耐えられないだろう。故に仕方なし。

 

「――ふん!」

 

 アインズは背後を振り向くと、片手に持ったグレートソードを苦戦する冒険者達の前に投げた。同時に、空いた片手で魔法詠唱者(マジック・キャスター)を掴んでアインズの身体が盾になるように抱える。

 矢が風を切る音がした。しかし、背後を見せた無防備なアインズに射られる矢は全て、漆黒の鎧の前に弾かれる事になる。投げたグレートソードは野盗の一人を串刺しにしており、アインズは彼らの前面に出ると抱えていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)を離してグレートソードを掴み……

 

「――ハァッ!」

 

 野盗の腹を串刺した状態で横に薙ぎ払う。野盗の腹が裂け、そして周囲にいた野盗達の身体を軽々と切り裂いていく。距離が離れていたため、真っ二つにされるような事は避けられたようだ。だが、身体の一部が欠損する者達はいた。彼らは絶叫を上げ転がり回る。

 そんな仲間の野盗達を気にする者はいなかった。その一連の動作でこのパーティーの中でもっとも筋力があり、頑丈で、素早い者が誰かを野盗達は察した。野盗達は逃げるようにアインズから離れると、矢による遠距離攻撃に徹底して移る。

 ――だが目の前は晴れた。アインズは叫ぶ。

 

「走れ!」

 

「――――」

 

 アインズの言葉に、その場にいた冒険者達が全速力で走る。アインズは再び足を止め、矢を切り払うと彼らに遅れる形で背後を気にしながら走る。とは言っても全速力ではない。アインズが全力で走れば、容易く他の冒険者達を置き去りにしてしまうからだ。そのため、ゆっくり彼らに合わせて走らなければならない。

 

 だが――そのアインズに、アインズにとっても驚くべきスピードで突進してきた野盗が一人いた。アインズは仰天し、グレートソードを振り回して牽制する。その男はアインズの攻撃を避けるため、バックステップで距離を取った。

 そして、アインズが気を取られたため冒険者達と少し距離が開き、その隙間に野盗達が入り込む。アインズは舌打ちした。野盗達を切り捨てるのは簡単だが――この目の前に現れた青い髪の男を無視する事は出来ない。

 アインズは目を細めるように、足を止めて目の前の男を睨む。男は刀を手に持っており、アインズを油断なく見据えている。

 

「……敏捷は戦士長級か。困った相手がいたものだ」

 

 先程のスピードを思い出し、アインズは溜息をつく。カルネ村での経験から、おそらくこの男はガゼフと同等か、あるいはガゼフより少し速いと推測する。

 男はアインズの呟きに目を見開き、面白そうな相手を見る表情を作った。

 

「ほお……? あのストロノーフを知っているのか?」

 

「単なる顔見知りだ。別に、権力者に近い立場ではないな」

 

 そう告げるが、しかし男は獰猛な肉食獣を連想させる瞳をしてアインズを見つめている。

 

「……少し訊くが」

 

「うん?」

 

「私達のことは、襲撃した冒険者達から訊いたのか?」

 

 アインズがそう言うと、野盗達がニヤニヤと笑みを作る。もはや語るまでも無かった。

 

「なるほど。――彼らはあれでも、銀級が混じっていたのだが……敵に戦士長級が混じっていたのでは仕方ないな」

 

「ああ――気づいている通り、楽な作業だったぞ」

 

 男が笑みを作り、胸を張る。アインズとて彼らを全滅させるのは容易い。おそらく、ガゼフもだろう。この男がガゼフと同格の強さならば、野盗まで混じれば楽に殺せるのは間違いない。

 

「その連中が吐いたんだが、アダマンタイト級の実力のお仲間がいるってんで、わざわざ出迎えにやって来たのさ。実際――こいつらじゃお前に届かないのはよく分かった」

 

 男は刀をゆっくり構え――アインズに訊ねる。

 

「ブレイン・アングラウスだ」

 

「――アインズ・ウール・ゴウン」

 

 アインズも両手のグレートソードを構え、告げる。

 そしてアインズは、地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 ――男、ブレインの見たかぎりでは、身体能力は圧倒的に漆黒の戦士――アインズが上だ。さすがのブレインでも、武技を使わずに平然と両手にグレートソードをそれぞれ持ち、片手だけで鎧を着た人間を両断は出来ない。

 だが、アインズの身体能力ならば可能だろう。記憶にあるガゼフですら出来ない領域の、ブレインでさえ見た事が無い身体能力だ。こんなのが最下級の(カッパー)のプレートを胸元に下げているのだから、恐れ入る。

 

(他国の人間――もしや、南方の出身者か?)

 

 ブレインの持つ刀は、南方の砂漠にある都市から時折流れ出て来る、非常に高価な武器だ。アインズの装備している見事な細工と輝きの漆黒の鎧と二本のグレートソードは、間違いなく王国ではお目にかかれないような一級品である。南方の出身者ならば、全身をそういったもので固めていてもぎりぎり納得出来た。この相手が無名だと言うのも納得出来る。

 

「――――」

 

 ブレインは武技〈領域〉を発動させながら、アインズの桁外れの力で振られるグレートソードを避ける。並みの戦士では、アインズの攻撃は避けられないだろう。

 

(技術力はそこまで無し――チグハグな奴だな)

 

 というより、今までそういった努力をする必要性が無かったのかもしれない。ブレインにも分かる。天才は、一度は敗北する運命だという。何故なら天才は秀才を上回るが、努力する天才には勝てない。ブレインは、かつて努力する天才に負けた、ただの天才だった。

 

 ……そう、かつてブレインはガゼフに負けたのだ。御前試合においての最後の勝負――ブレインの攻撃は避けられ、四つの軌跡がブレインを襲い、ブレインは敗北した。

 それからのブレインは、努力を覚えた。かつての努力しない天才だったブレインはいない。今ここにいるのは、努力する天才ブレイン・アングラウスだ。

 

「――――」

 

 ブレインは再び、〈領域〉で捉えた振るわれたグレートソードを避ける。そして――グレートソードが追撃するように、軌跡を捻じ曲げて刃がブレインを追ったのを感じた。

 

(――チッ!)

 

 だが、それでもブレインを捉えられない。〈領域〉は絶対だ。身体能力で勝っていても、先読みが出来る以上ブレインに攻撃を当てるのは不可能に近い。

 

(単に振り回すだけじゃないな……戦士の心得くらい持ってるか)

 

 そして、アインズがフェイントを仕掛けたのを悟る。あれだけの巨大な武器の軌跡を途中で捻じ曲げたのだ。全力で振り抜いていればそれは不可能だろう。

 だが、その力を抜かれた攻撃でも、下手をすればブレインを両断する。一撃一撃が死に直結するのだ。ブレインにかけられる緊張感は、ともすれば発狂したくなるほどだった。

 ――しかし、ブレインは動じない。そしてアインズも追撃を止めて、微かに距離を離して〈領域〉内から外れ、呼吸を整えているようだった。

 その隙をブレインは狙わない。どんな攻撃も当たれば即死――そんな相手に、最強の一撃以外が通用するとは思えなかった。

 野盗達も固唾を飲んで二人を見守っている。彼らは、既にこのアインズとブレインの攻防に自分達では入り込めないと悟っているのだ。

 

「――やれやれ。やはり、いい勉強になる……」

 

 アインズはそう、ポツリと呟く。ブレインはそれを聞くと、不快な感情を覚えて顔を歪めた。

 

「おいおい――そりゃあ、技術力で上の相手と戦えばいい勉強になるだろうが、その言葉は無いだろ」

 

「ああ――失礼。別にお前を馬鹿にする気で言ったんじゃないさ。戦士としては、私は半端もいいところだからな。鍛えようにも、相手がいないと何をどうすればいいのか、さっぱり分からん」

 

「……そりゃ、お気の毒に」

 

 ブレインは何となく、アインズの言いたい事が分かった。確かに、技術を鍛えようにもアインズについていける相手は滅多にいないだろう。ブレインと戦闘になる領域、という事はガゼフや蒼の薔薇のガガーラン……つまり、アダマンタイト級の実力が無いと身体能力だけで押し通せてしまうのだ。

 そうなると、鍛えようにも一苦労だろう。実戦での技術力だけは、相手がいなければどうしようもない。

 

「……まあ、お前がもう二度とそういう相手を期待する必要が無いようにしてやるさ」

 

 ブレインはそう言い、刀を鞘にしまってゆっくり構える。アインズはブレインの構えを見ると「……居合か」と呟いた。

 

(居合は知っている……って事は、まず狙う箇所もバレてるな)

 

 というより、そこしか狙えない。あの漆黒の鎧は飾りではないだろう。全身を覆うあの鎧の前では、刀で狙える箇所は関節の隙間しかない。しかも一撃必殺を狙う場合は、まず兜のスリットだろう。

 

(首は赤いマントで隠してやがる。技術はないくせに、隙無さ過ぎだろあの野郎……)

 

 出来れば首狙いでいきたいが、その肝心の首の部分は赤いマントで覆われて何も見えない。兜と首の部分がどうなっているのか見えないので、とてもではないが狙えない。何故なら――どう考えても、技硬直の隙を狙ってアインズから反撃が来るのは目に見えているからだ。そしてその一撃で、十中八九――死ぬ。

 

(ふ、クク……紙一重の勝負ってわけか。いいだろう……! 俺はお前に勝って、また一歩最強への道に近づいてやる!)

 

 ブレインは覚悟を決め、呼吸を整える。〈領域〉で相手の挙動を確認し、〈神閃〉の準備を整える。

 

「――――」

 

 ブレインも、アインズもジリジリと足を擦るように動かし、歩をゆっくりと進め距離を縮めていく。張りつめたような、恐ろしく感じるほどの静寂。そして――――アインズの足が、ブレインの〈領域〉内に再び踏み込んだ。

 

「しぃッ!」

 

 瞬時、神速の動きでブレインの手から刀が鞘奔る。ガゼフを殺すためだけに鍛えた武技、それがアインズの兜のスリットに吸い込まれるように動こうとして――

 

「――――あ」

 

 ブレインは、何故か「あ、俺死んだな」とその瞬間冷静に悟った。

 そしてそう思った瞬間、動きが止まる。鞘から奔りかけていた刀が、恐怖で硬直した手により留まった。何故かその一瞬、アインズを見ていたブレインはアインズから殺意の籠もった視覚化された漆黒のオーラが、溢れ出ているような錯覚を覚え――それが錯覚だと理解すると同時に反応しようとするが、自らの動きが鈍い。まるで麻痺しているかのようだ。

 そして、もはや遅い。

 

 アインズは、既にブレインの目の前まで迫り――グレートソードの柄部分を、ブレインの脳天に振り下ろしていた。

 脳天に振り下ろされた一撃に、ブレインの視界に星がきらめき、その光が視界を真っ白に染め上げる。同時に、アインズの声が耳に届いた。

 

「お前の敗因は、知識不足だよ。相手の武技じゃなく、特殊技術(スキル)くらい警戒しておくんだな」

 

 それが、ブレインの最後に感じた――――

 

 

 

 ――ブレインは幸運な男だろう。何故なら、彼はその後の光景を目の当たりにせずにすんだのだから。

 アインズしか視界に入っていなかったために、ブレインは最後まで周囲の光景に気がつかなかった。

 そう……二人を囲んでいた野盗達が、恐怖で発狂し、腰を抜かして失禁している異常な姿を、ブレインは最後まで気がつかなくて済んだのだから。

 

 

 

 

 

 

「――さて」

 

 ブレインがその場に頽れる。目は白目をむき、頭からは血を流しているがまだ死んではいない。失神状態だ。頭を熟れた果物のように粉砕しないよう、手加減したのだから当たり前である。アインズは一息つくと、周囲を見回した。

 周囲は、凄惨たる有り様だった。

 

 野盗達はアインズの特殊技術(スキル)である“絶望のオーラⅠ”によって、完全に恐怖で発狂している。誰もが腰を抜かし失禁し、一人勝手に叫び回っているか、あるいは蹲ってぶつぶつと独り言を繰り返しているか、もしくは気絶しているかだ。

 

 “絶望のオーラ”はレベルによって効果が変わるのだが、先程アインズが使ったのはレベルⅠで、恐怖効果を与えるものだ。精神を恐怖状態にしてあらゆる動作に対してペナルティを与える状態異常。

 この効果によって、ブレインは強制的に動きが止まり、次の動作も鈍ったためにアインズに容易に接近を許してしまったのである。

 

 ……だが、この異世界にきて少々効果が変質しているようだ。いや、より現実味が溢れたと言うべきか。本来ならば単なる状態異常の何物でもないはずなのに、野盗達はまるでレベルⅢの混乱やレベルⅣの狂気効果でも受けたかのようだ。

 おそらく、本人の精神抵抗値によって効果が多少変質しているのだろう。ブレインの場合は通常通りの効果を発揮し、心の弱い野盗達はそれ以上の効果を。あの黒竜(ブラックドラゴン)は“絶望のオーラ”レベルⅠ程度ではものともせず、蒼の薔薇はよく分からない。アインズと接触する前に無効化していたのだろうか。

 

「やれやれ。色々と要検証だな」

 

 アインズはその姿を見ながら、ゆっくりとグレートソードを軽く素振りした。後は順次、転がっている連中を殺して口封じするだけだ。ブレインという、明らかに戦闘力が段違いの男がいれば、情報源としては他は必要無いだろう。

 誰もが現実を否定している中、逃れようのない現実であるアインズは、選んだ最初の一人に向かってグレートソードを振り上げる。

 全ての野盗を始末するのに、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 ――アインズはブレインを適当なロープで縛り上げると、とりあえず死なれないようにバレアレ家で買ったポーションをブレインの頭にかけ、傷を回復させる。傷は瞬く間に治療されたが、ブレインほどのレベルならばたんこぶくらいは残っているかも知れない。

 ブレインが目を覚ます様子は無い。まあ、気絶から覚ますようなポーションでは無いので当たり前だが。

 アインズはグレートソードを背負ってしまうと、縛り上げたブレインを小脇に抱えて森を歩く。一応、特殊技術(スキル)で下位アンデッドの骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)を作成し、道に迷わないよう空から街道に出るように案内させた。

 森の中を見る事は出来ないが、全体を見る分には申し分ない。アインズはブレインを抱えて森を歩き続けた。

 それから一時間近く歩いた頃だろうか――アインズは驚愕する。血の臭いだ。

 

「……これは」

 

 血の臭いのもとを探ると、アインズはすぐにそれを発見出来た。野盗達だ。おそらく、冒険者達を追った者達だろう。返り討ちにあったのかと思ったが、すぐに違うとアインズには分かった。

 PKする際によく使う死体(オブジェクト)トラップでない事を確かめ、死体を確認したが死体の傷痕は、冒険者達が持っていない類の武器で作られたものだったからだ。

 

「――――」

 

 そしてそのまま周囲を探ると、アインズはその予想を確信に変えた。

 死体だ。――冒険者達の。彼らは森を抜ける事が出来なかったのだ。

 

「――こちらも、やはり刺突武器か」

 

 冒険者達の死体を同じように探ったが、やはり彼らも野盗達と同じ――刺突武器による急所への一撃死だ。下手人は急いでいたのか、彼らから装備やアイテムを剥ぎ取った様子は無い。

 いや、一つだけ――野盗達と違い、冒険者達には傷痕以外に差異がある。

 冒険者達には、プレートが無かった。

 

「――狩猟戦利品(ハンティング・トロフィー)か」

 

 気狂いめ、と呟いてアインズは立ち上がる。再びブレインを小脇に抱えるとアインズは森を出るために歩き出した。

 ……それから十分ほどの時間かけて森を出る。街道に出たアインズは足を止め空を見上げると、完全に夜だった。おそらく時刻は深夜に近いだろう。

 

「あの野伏(レンジャー)は、無事にエ・ランテルまで帰れたかな?」

 

 強行偵察組は万が一の事を考え、アインズ達待ち伏せ組と合流せずに強行偵察組が全滅するような場合にはエ・ランテルまで援軍を呼ぶ手筈になっていた。森に死体は無かったので、おそらく帰還出来たと思うのだが……。まあ、もしかすると道中でモンスターに襲われて死んでいるかも知れない。

 

「はあ……」

 

 アインズは溜息をつき、必要無くなった骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)を消すと再び歩き始めた。エ・ランテルまでは歩いて三時間ほど。アインズはとぼとぼと歩く。

 

「うぅ……」

 

 道中、ブレインが目を覚ました。ブレインは呻き声を上げると、顔を上げて視界に広がる街道を見て、そして自分の状態と、アインズを見上げて――ようやく、自分の状況を察したようだった。

 

「……なるほど。俺は負けたのか」

 

「ああ。あと一時間ほどでエ・ランテルに到着するぞ。そこで詳しい話を吐くんだな」

 

「……チッ」

 

 ブレインは舌打ちをすると、大人しくアインズに抱えられている。アインズの腕力にこの状況で勝てるわけがない、と悟っているためだ。ブレインはブツブツと小声で反省しているようだった。

 あそこでいきなり殺気を叩きつけるとかないだろ、全然殺気を出さない奴だと思ったら……などと独り言を呟いている。

 

(まあ、あそこでいきなり“絶望のオーラⅠ”はないよなぁ)

 

 戦士として戦っていたはずなのに、いきなりあの一瞬だけ相手がモンスターになったのだ。一流の戦士――しかも対人戦に特化しているブレインなればこそ、その落差に混乱してしまったのだろう。

 ……ブレインは殺気を叩きつけられたと勘違いしているが、アインズの特殊技術(スキル)効果で恐怖を与えられ、むしろ精神抵抗して自力で解除したブレインは他者からすれば驚嘆に値する。

 もっとも、肝心のアインズは“絶望のオーラⅠ”程度が抵抗され一瞬で解除された事に、何の疑問も抱いていなかったが。

 

 アインズはブレインを連れて、街道を歩く。目を覚ましたブレインはその間、暇だったからかアインズに話しかけていた。

 

「そういやお仲間はどうしたんだ?」

 

「お仲間? ――ああ、今回の依頼で一緒になった冒険者達か。彼らは森でお前の仲間と一緒に死んでいたぞ」

 

「は?」

 

「どうも、気狂いに不幸にも遭遇してしまったらしくてな。刺突武器で急所を一撃だ。知り合いか?」

 

「……いや、傭兵団の中にはいない」

 

 ブレインも不思議に思ったのか、首を傾げている。この話はそれで終わりだった。アインズは特に彼らに仲間意識を持っていないし、ブレインも野盗達に仲間意識を持っていなかったのだろう。すぐに話題は変わった。

 

「ところで、お前どこから来たんだ? お前ほどの強者が無名って、普通あり得ないだろ」

 

「さあ? いきなり湧いて出て来たんじゃないか?」

 

「舐めてんのか」

 

 アンデッドじゃあるまいし、いきなり湧いて出て来るわけ無いだろ……とブレインは文句を垂れているが、アインズは兜の中で苦笑する。ブレインの言い分が、実に的を射ていたからだ。

 

(まあ、俺はアンデッドだし。しかも本当に湧いて出たんだけどね)

 

 アインズの軽口にブレインは不貞腐れている。まさか、アインズが本当の事を言っており、しかもその後の自分の言葉が正しいとは思いもよらないのだろう。気持ちは分かる。

 

「さて、そろそろエ・ランテルだ……ぞ…………?」

 

「……なんだ?」

 

 アインズの言葉が中途半端に途切れたのに反応し、ブレインも顔を上げる。そしてブレインもまた驚愕しているのをアインズは横目で見た。

 

 エ・ランテルの北門。本来ならば衛兵が複数人立って警戒していなければならない場所に、誰も立っていないのだ。代わりに、門は固く閉ざされていて人の気配は存在しない。

 

「おいおい、何事だよ」

 

 ブレインの驚愕に、アインズは内心同意する。

 

「どうやら、厄介な事態が街で起きているらしいな」

 

 二人は耳を澄まし――微かに聞こえる金属音と悲鳴に、顔を見合わせた。

 

「…………」

 

「……どうやら、マジにやばい事態らしいな」

 

 ブレインの呟きにアインズは溜息をつく。何だか本当に、この異世界に来てから災難続きだ。ユグドラシルや元の世界が少しだけ懐かしい。

 

「行くぞ」

 

「へ? て、おい!」

 

 アインズは走り、ブレインを抱えたまま力強く石畳を蹴って跳躍する。門の上に立ったアインズと、そしてブレインは驚愕に呻き声を上げた。

 エ・ランテルの街は明るかった。様々な場所に灯りがついており、その様子から住民が全員起きている事を確認出来た。だが、問題はそこではない。

 エ・ランテルにある共同墓地――そこにあった城壁から、何かがたくさん溢れ出している。よく見れば、共同墓地にも山のように何かが蠢いていた。

 共同墓地から溢れ出る何か――もはや語るまでも無い。間違いなく、アンデッドだ。アインズのアンデッドを探知する“不死の祝福”に引っかからないのは、距離が離れ過ぎているためだろう。

 何か――おそらくアンデッドは、城壁を越えて街中へと雪崩れ込み、街を死都へと陥れようとしているのだ。

 

「おいおい……冗談だろ?」

 

「……まったくだ」

 

 ブレインの呆然と呟く声に、アインズも同意した。もはやアンデッド達は街の一部を陥落させており、共同墓地に近かった街の一区画はアンデッドで溢れかえっている。

 エ・ランテルは城塞都市だ。三重の城壁に守られており、その一番外の外周部の西側、四分の一を共同墓地が占めていた。西側は完全に陥落している。北門のここは人の気配が無い。どうやら、住人は全て墓地とは反対の中央から東に集めているらしい。見回せば中央部や南側、東側の門付近などは完全に死闘だ。

 ……おそらく、全てが陥落するのも時間の問題だろう。門を一つでも閉じ損ねた時点で、人間に勝ち目はない。

 何故なら、アンデッドは疲労などのバッドステータスが存在しない。文字通り一生戦い続けられる。

 だが人間は違う。一時間も戦い続ければ、疲労はピークに達するだろう。そうして次第に全力を出せなくなり――死に至るのだ。

 

「な、なあ? 一緒に逃げないか? 俺達はちょうど、外にいたから大丈夫だったってことで。何だったら、一緒に傭兵稼業するのもいいと思わないか? もしくは、帝国に行くとか――」

 

 ブレインはアインズの顔を見上げて、そう訊ねる。アインズはそれに、冷静に返した。

 

「なるほど。確かに妙案だ」

 

「だろう? じゃあ、そうと決まれば――」

 

「だが断る」

 

「は!?」

 

 アインズはそう言うと、北門の上から飛び降りた。そして、二番目の城壁の前に立つと、再び跳躍し乗り越える。

 

「おいおい! 正気かお前!? 絶対死ぬぞ、こんなの!」

 

 ブレインの叫び声に、アインズは気軽に返した。

 

「なに、気にするなよ。疲れ知らずならこの程度は朝飯前だ。そうだろう?」

 

「それは――確かに疲労しないんだったら、俺だって朝まで戦い続けられるだろうが無理だ――」

 

 ろ、と続くブレインの言葉は遮られた。アインズの手によって。

 ブレインの目の前には、アインズがアイテムボックスから取り出したマジックアイテムが差し出されている。それは指輪の形をしていた。

 

「肉体の疲労を一切無くす特殊なマジックアイテムだ。欲しいだろ?」

 

「そ、それは……」

 

 ブレインがごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。当然だろう。戦士――戦う者ならば、欲しいと思った事は数知れないと思われる。ユグドラシルで疲労無効を持っていないギルドメンバーが必ず装備していたアイテムなのだから、アインズにはその気持ちがよく分かった。

 

「少し手伝えよ。上手くすれば、お前も無罪放免だぞ」

 

「いや……しかし……」

 

 ブレインは悩んでいるようだった。目の前のマジックアイテムに、視線が行ったり来たりしている。

 そんなブレインに――アインズは、最後通牒を突きつけた。

 

「ここで断ったら、俺はこの場にお前を縛ったまま置いていくがな」

 

「――やらせてくれ! このクソッたれ!!」

 

 瞬時に、ブレインが決断を下す。武器も無く、縛られた状態で放置されればアンデッドの仲間入りになるのは自明の理だ。アインズは満足そうに頷いた。

 

「おお! なんて慈悲深いんだブレイン・アングラウス……両親も泣いて喜んでいるだろうよ」

 

「嫌味か貴様ッ!」

 

 ブレインの言葉に、アインズは笑った。まあ、楽しくなっても即座に感情が沈静化させられるのだが。

 

「さて、ならまずは中央部まで屋根伝いに通るぞ。彼らと合流した後、組合長や都市長と交渉するんだな。指輪は、その後渡してやる」

 

「はいよ――なあ、でも気になったんだが」

 

「うん?」

 

 アインズはブレインを見る。ブレインは心底不思議そうな顔で、アインズを見ていた。

 

「なんで、お前は死ぬ危険性を冒してまで、街の住人を助けようとするんだ? 死んでた仲間に対する対応を見るかぎり、お前、あんまり他人に興味無いだろ?」

 

「――――」

 

 ブレインの言葉は、実に的を射ている。アインズは他人に興味など基本抱かない人種だ。昔からそうだった。例外は、ギルドメンバー達に対してのみ。

 だからこそ――

 

「別に、なんとなくだ」

 

 今までした事のない事だからこそ、アインズはしようと思ったのだ。異世界に来てまで、わざわざ昔の焼き直しをしなくてもいいだろう。英雄なんてものになってみるのも、面白いかもしれない。

 いつか、ユグドラシルを最初にプレイした頃のように――未知に心を躍らせてみたかった。理由は、きっとそれだけだ。

 

「行くぞ」

 

 アインズはブレインを抱え、二つ目の城壁を飛び降りた。続いて三つ目の城壁を乗り越え、民家などの屋根伝いに跳躍しながら、中央へ近づいていく。

 アンデッド達の腐臭と臭気、そして人間達の絶叫、戦闘音はもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 




 

ブレイン「絶望のオーラとかチート過ぎる!」

クレマンティーヌ「紙一重で鯖折り回避」
 

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