モモンガ「楽しかったん(ry
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――気がつけば、一人そこにいた。
「…………」
ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間、そこで幾人ものNPCに見守られながら一人ユグドラシルというゲームの最終日を迎えようとしていたモモンガは、最終日を迎えて目を開いた時、ぽつんとそこに座り込んでいた。
周囲を見回せば、そこは山の中のようだった。木々が生い茂り、地面は斜めで、空を見上げれば木々の間に見えるきらめく星々がとても近い場所にある。体を見下ろせば、ゲームの世界で手にしたアバターの姿だった。
「…………」
呆然としながら、モモンガは立ち上がる。その感じる質感がゲームではなかった。ゲームではあり得ない、しかし体験した事のないはずの現実味が大自然には満ちていた。
「なんだ、これ……」
あまりにも意味の分からない異常事態に、けれどどういうわけか冷静な思考のまま、モモンガはともかくGMコールや〈
それからのモモンガは、ともかく考えうるかぎりのゲームとの差異を実験した。現状、仮想空間であるユグドラシルが本物に――あるいは閉じ込められた可能性が高い。あり得ない状況ではあるが、この仮説が最も有力であるために仕方なくそう仮定する。そしてその場合、自分の知るゲームシステムとの差異を確認するのは急務であった。
結果、魔法や
……現状、何が何やらさっぱり分からないが、自分の命を守る事は出来そうだった。少なくとも、即死はしないだろう。きっと、おそらく。……ワールドエネミーなどに遭遇しないかぎり。
ユグドラシルというゲームは未だ未開の地がある。未知の冒険に挑み、未知を既知にする事がコンセプトのゲームであったために、ただの
ナザリック地下大墳墓から弾き出された理由や、ゲームの世界に閉じ込められた理由。異様な現実味などの異常事態はあるが、少なくともユグドラシル内だと仮定してまずは探索を開始する。
……だが、そうなるとアイテムボックスの中身が心許無かった。幸い、装備は最後を飾るために
「……とりあえず、なるべくアイテムは使用しない方向で探索するか。
モモンガは他のプレイヤーと比べれば、黒の叡智と呼ばれる特殊なイベントで山のような魔法を習得しているが、そのほとんどはロールプレイのための浪漫魔法だ。こんな状況に陥るのだと知っていれば、探査系魔法をしっかり修得していたのだが――そう無茶振りの無い物強請りを頭の片隅で思い浮かべながら、モモンガは
――上位アンデッド創造、
隠密系の魔法や
「周囲を警戒しろ」
それを三体生み出し、命令してみる。
……そうしてしばらく気ままに歩く。周囲はモモンガが見た事もない、美しい自然に満ちている。美しい夜空と、その下に広がる緑色の大自然。アスファルトやコンクリートで舗装されていない、不安定だけれど心地よい気分にさせる大地。
「綺麗だ……ブルー・プラネットさんならなんて言っただろうか」
自らの所属するギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの一人、自然をこよなく愛した男を思い出して、寂しげに呟く。
誰か、ギルドメンバーもこのような状況に陥っていないだろうか……そんな思考が浮かび上がるが、まずあり得ないだろう。大体、仮に陥っていたとしてもユグドラシルから出られないだなんて、最後だからと呼んでそんな異常事態に遭遇させてしまったら、モモンガは詫びても詫びきれない。
あり得るとすれば、サービス終了日にモモンガと同じようにユグドラシルにログインしていたプレイヤー達がいるくらいだろう。もしかしたら、彼らもモモンガと同じようにログアウト出来ずに今混乱しているかも知れなかった。
――最優先は現状の確認と、現在位置の確認。それから他のプレイヤーも巻き込まれていないかどうかの情報収集だろう。
モモンガはそう目的を定めて歩いている。
そうして歩いている内に、ふと水の音をモモンガは聞いた。高所から低所に液体が零れるような激しい音――首を傾げながら、モモンガはそちらに向かっていく。
「おぉ……」
川を発見し、そのまま流れに沿って歩いていくと滝を発見した。モモンガはそんな大自然に再び感動し、滝を見下ろす。
「……うん?」
ふと、その滝から何か見えた。緑色の、蜥蜴の尻尾のような長い紐だ。それが滝の間から水飛沫を散らして覗いて見える。
「……あー」
なんとなく、モモンガはその尾の持ち主を察した。ユグドラシルにもいるモンスターだ。モモンガは気づかれていない内に自分に魔法をかける。
……覗いて見える尾の長さから大きさを察するに、おそらく高く見積もっても中位――四〇レベルから五〇レベルだろう。この類のモンスターはサイズでレベルがある程度想定出来る。長く生きた強い個体こそ大きなサイズに設定されているのだ。その経験から考えるにそれほど強い個体ではない。さすがに八〇レベル以上の上位モンスターならば逃亡の一手を打つが、その程度ならばモモンガ一人でも十分相手に出来るレベルの強さだ。
無詠唱化した飛行魔法で空を飛んだモモンガは、滝を降りていく。滝から覗いて見える緑色の大きな尾は、何を喜んでいるのか嬉しそうにぶんぶんと振り回されて水飛沫を辺りに散らしていた。モモンガはその鬱陶しい尾を避けて、滝の中を覗く。滝の奥は洞穴になっていたようで、流水に隠れてぽっかりと穴が開いていた。
そして最初に視界に入ったのは、緑色の鱗を纏った巨体だった。その巨体は丁寧に翼を折りたたみ、しかし尾と同じようにゆらゆらと巨体を揺らして全身で喜びを表現している。モモンガには見向きもしていない。
それもそうだろうな、とモモンガは続いて視界に入った物に思う。その巨体の向こうには、輝く山があったからだ。様々な種類の金貨が山を作り、その中に埋もれて時折見える低レベルのマジックアイテムが複数。緑色の巨体はそれを前にして、ゆらゆらと体を揺らしておりモモンガに全く気づいていないようだった。
「ふへへ……ふへへへ……全部、全部俺のもんだ……!」
「…………」
その巨体から聞こえる言葉に、モモンガは少し驚く。喋ったという事は、何かのイベントモンスターであろうか。そうなると少し早まったような気がする。あの糞運営の用意したイベントモンスターとなると、実はサイズが小さいだけで一〇〇レベルモンスターであったという事が十分考えられるからだ。
しかし、喋られるという事はこちらに何らかのアクションを返せるという事である。試しに、モモンガはその巨体――金銀財宝に夢中になっている間抜けな
「おい」
「ふへひひひ……うん?」
声をかけられた
「アンデッド!? 何故こんな所に
「…………」
その返された言葉に、モモンガもまた酷く驚いた。
……イベントモンスターというのは、確かに喋るが搭載されるAIはそれほど万能性はない。プレイヤーを見て種族を言い当てる事なぞ無いし、更に種族を言い当てるならばモモンガは
だが、まだ決まったわけではない。モモンガは続いて、AIでは絶対に答えられない質問をしてみる事にした。
「どうして俺が
まず間違いなく、決まった受け答えしか出来ないはずのAIでは絶対に答えられない。声優を雇うのも無料ではないのだ。ましてやユグドラシルにはどれだけの種族がいると思っているのだろうか。その全てを網羅して、種族的特徴を言い当てるなどAIでは出来るはずが無かった。
そして、相手は爬虫類の顔を――おそらく顰めながら、モモンガの質問に答えた。
「何故って……
「…………」
その答えに、モモンガは確信した。これはAIではない。間違いなく、この
……ただ、一つだけ先程の質問で疑問がある。予想されるレベル帯では、中位アンデッドくらい知っているだろうに。何故下位アンデッドの知識しかこの相手には無いのか。
モモンガは
「な、なあ……そのマジックアイテム、置いていけよ。そうすれば命だけは助けてやるぞ?」
「…………」
無いはずの脳が痛む気がした。思わず、眉間部分を指で押さえる。
「断る」
「む?」
モモンガが装備を外すのを今か今かと待っていた
「よく聞こえなかったぞ、アンデッド。今何と言ったのだ?」
欲望に塗れていた
だが、その
「もう一度言えよ、アンデッド。今何と言ったのだ?」
しかし、モモンガはその脅しには屈しない。屈する理由が無い。
「断ると言ったのだ、爬虫類。お前程度に俺の持つマジックアイテムは勿体ない。まさに豚に真珠、猫に小判だな」
「――――」
モモンガの言葉を聞いた
「ぶち殺してくれる! この下等アンデッドがッ!!」
憤怒に支配された瞳で咆哮を上げ、モモンガに対して
本来ならば周囲の石と土ごと酸で溶けてしまうだろうが、モモンガは酸系攻撃に対する完全耐性を持つ。よって、まるで通用していない。周囲の石や土が溶けていく中で、平然と立っているモモンガに
「では、次はこちらの番だな」
モモンガは指を突きつけ、魔法を唱える。何度か目標を決めずに魔法を使用してはいたが、攻撃魔法を実際にモンスターに放つのはこの異常事態が起きて初めてである。実験の意味合いが強いため、まずは弱い魔法で攻めるべきだろう。
「〈
モモンガの指先から白い龍の形を模した稲妻が放たれる。その稲妻は真っ直ぐ
「だ、第五位階魔法だと……!? そんな馬鹿な……!」
「…………?」
その攻撃を受けて、怯えたような様子を見せる
だが、それにしてもこの怯えようは少しおかしかった。なんというか、種類が違う。自分より上位種のモンスターに喧嘩を売った、という恐怖ではなく……もっと別の恐怖を感じているようだった。
(どうしたんだ、こいつ?)
気にはなったが、モモンガは相手が戦意を喪失したのを確認して、同じように戦意を解く。
モモンガはたかが第五位階魔法を見せただけで怯えはじめた
「おい、幾つか質問がある。それでさっきの無礼は許してやる」
モモンガがそう言うと、長い蛇のような首をこくこくと縦に振り、
モモンガの装備はかつての仲間達と共に集めた青春の思い出だ。そのため、たかが中位モンスターの
(アンデッドになった事で、精神構造が変化したのか……)
このような状況でも妙に冷静になっているな、と自分でも不思議に思っていたが、おそらく人間ではなくなったからだろう。少しだけ悲しい気分になるが、今の状況ではその精神構造の変化は有難かった。
沸騰した精神が沈静化され、冷静に考えられる事になったために
「此処はどこだ?」
「……? アゼルリシア山脈の山の一つだが……?」
首を傾げて答える
「アゼルリシア山脈? おい、それはユグドラシルの九つの内のどこにあるんだ?」
「ユグドラシル? なんだ、それは」
「え?」
ユグドラシルとは、ゲームの設定上では幾つもの世界を葉として宿した大樹の事である。このユグドラシルの樹に残った九つの葉――即ち、ナザリック地下大墳墓があり、アインズ・ウール・ゴウンが活動拠点にしていた世界ヘルヘイムを初めとした九つの世界が、ユグドラシルという世界だ。
そして、この世界樹の葉を全て喰い荒らそうとしていたワールドエネミーが九曜の世界喰い。それがユグドラシルというゲームの公式ストーリーであり、イベントモンスターやプレイヤーならば絶対に知っている設定のはずなのだが――言葉を喋る
「……おい、待て。周辺の大きな国を教えてくれないか」
「?」
竜の王達が統べる、亜人達の国アーグランド評議国。
人間達が作った三つの大きな国スレイン法国とリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国。
このアゼルリシア山脈にある
そしてこの山の麓に広がっているトブの大森林。
モモンガはそれらを聞いて、それがさっぱり分からないという事実に驚愕する。さすがに、そんな大きそうな国々が未だ未発見だと言うのは信じられないし――先程の世界樹の件もあった。モモンガは嫌な予感を覚えながらも、こっそりとローブの下でアイテムボックスを開き金貨を二枚取り出す。男の顔と女の顔が彫られた二種類の金貨だ。ユグドラシルの硬貨であり、この世界がユグドラシルに連なる世界ならば、共通金貨のはず。
ましてや、金銀財宝を集めるのが大好きな
「この金貨に見覚えはあるか?」
「――――」
もはや、一つの結論を下すしかモモンガには残されていなかった。この世界は、ユグドラシルとは全く無関係の世界なのだと。
(異世界……? ユグドラシルのサービス終了を期に異世界に転移しただなんて、そんな馬鹿な……)
だが、頭の冷静な部分が間違いない、と告げている。
……そもそも、最初からそんな気はしていたのだ。気づいてはいたが、それを必死に誤魔化していたに過ぎない。モモンガは溜息を一つ口から漏らすと、困惑気味の
(ここは異世界だけど――転移したプレイヤーやモンスターが、俺とコイツの先祖だけとは限らないよな)
「おい、お前は自分が世間一般で言うどの程度の強さだと思っているんだ?」
「む」
無論、無駄にプライドの高い
モモンガに問われた
「俺は強いぞ。人間共の国を一夜で滅ぼすのだって可能だ」
「ほー……先程言っていた三つの国もか?」
「無論だ!」
「アーグランド評議国はどうなんだ?」
先程言っていた竜の王達が統べる国の名前を出す。途端、意気消沈したようにがっくりと頭を垂れてぼそぼそと呟いた。
「無理だ。
「…………第五位階、なぁ」
余裕でモモンガにダメージが通らない位階の魔法だ。そんな弱い魔法を偉業のように語る
「お前はどの位階まで使えるんだ?」
確か、
「第三位階魔法まで使えるとも! 基本的に第一位階魔法しか使えん人間共とは格が違うのだ!」
「…………」
なんだか頭が痛くなってきた。モモンガはそう思い、げっそりする。ユグドラシルを楽しむための適正レベルを知っているモモンガからすれば、弱くてお話にならないレベルだった。
しかし、この
第五位階魔法が伝説級なら――それはもう、モモンガには怯えるだろう。自分が一発では死なない事なんて、どうでもいいくらいに。
本当にコイツ、人間の国を余裕で滅ぼせるのかもしれないな――モモンガはそう思いながら、乾いた笑いを漏らした。
(さて、他に訊くべき事は……)
少し考えるが、後はもう地理くらいしか無いような気がした。しかしその地理も周辺国家を聞いたために達成している気がする。山で暮らしている
(人間の国で生活してみるしかない、か……)
今となってはモモンガはアンデッドだが、元々は人間だ。人間性を失っていないプレイヤーならば、人間の中で生活する事を選ぶだろう。特にユグドラシルではほとんどのプレイヤーが人間種を選択しているので、可能性は高い。他のプレイヤーと接触するには、人間の国で生活する必要がある。常識もそこで学んだ方がいい。
モモンガはそわそわとしている
「――ところで、この山はお前の縄張りなのか?」
モモンガがそう訊ねると、
「俺の縄張りだが、他の奴もいるぞ」
「あー……先程言っていた
先程言っていた事を思い出しながらそう言うと、やはり
「いや……
「は?」
その言葉と同時に、ズシン……という音がした。それはモモンガの背後から聞こえており、
何となく背後の気配に嫌な予感を覚えたモモンガは、
「おい……この洞穴は、お前の巣なんだよな?」
なんとなく答えは分かっているが、そう訊ねる。
「いずれは俺の巣だ!!」
「お前のじゃないのかよ!!」
背後を振り返る。そこには――モモンガからマジックアイテムを剥ぎ取ろうとした
その上半身から見て取れるサイズから、おそらくレベルは三〇から四〇程度。
(酸に対する完全耐性はあるから
見張らせていた
――グオオオォォォォ!
「えぇい! 賭けだ! 〈
〈
そう判断したモモンガなのだが――――
「え?」
スパァァァン……と、綺麗に切れた。それはもう、豆腐に包丁を入れたように美しく。酸の霧が洞穴に満ちるが、酸に対する完全耐性を持つモモンガも
「よ、弱い……サイズ通りのレベルだったか……」
緊張感が抜け、一気に脱力する。大元が死亡したため、酸の霧もすぐに晴れた。振り向くと、
「なぁ……」
「何でもしますから殺さないで下さい!!」
自分と同じようなレベルの
「別に、何もしないから安心しろ」
「え? 俺生きていていいのか?」
表情を生気に輝かせる
「というか、この洞穴はお前の巣じゃなかったのか」
モモンガが訊ねると、
「いやー……数年前に縄張りが重なってしまったんだが、その時は争わずに引いたんだ」
「何故だ?」
「だって、後で縄張りを奪った方がお宝がいっぱい手に入るだろ!」
「…………お前、
もしくは
「で、先程つがいと言っていたが……残っているのも先程と同じレベルか?」
「レベル?」
首を傾げる
「強さのことだ。もう一体の
「ああ……なるほど。同じような強さだぞ。ただ、さっきのは酸系だったから、残っているのは変異個体で属性が違うやつだ」
「変異個体?」
モモンガが首を傾げると、
(突然変異か……ユグドラシルにもそんなのいたな。知らずに戦うと痛い目に遭うんだよなぁホント……)
昔を思い出し、微妙な気分になる。黙って話を聞いている事に気を良くしたのか、
少なくともこの山で自分より強い個体はいない事。つがいの
話を聞いていたモモンガは、「コイツ、マジで屑だ――ッ!」と内心でドン引きしていたが。
まあ、この世は弱肉強食。舌先三寸だろうと丸め込まれて騙された方が自然界では悪いという事だろう。
「あの、ところで旦那はこれからどうするんだ? 先程から当たり前のことばかり訊いて……?」
微妙にへりくだった笑みと態度で訊ねる
それに――昔、思っていたものだ。ユグドラシルではアカウントは一つ。サーバーに別キャラは作れない。戦士職をしてみたいと思っても、他のDMMORPGよりはレベルが上がり易いと言っても、容易に実験出来るような状況ではなかった。
ならば今こそ、そういう遊び心を発揮するべきだ。幸いと言っていいのかは知らないが、今は一人である。誰に迷惑をかける事も無い。昔、たっち・みーの赤いマフラーのように赤いマントを靡かせたり、武人建御雷のように大きな剣を振り回す――そんな憧れの姿を、これ幸いとやってみるのもいいかもしれなかった。
(せっかくのソロ冒険だし、プレイヤーと遭遇するまではそういうスタイルもいいかな?)
同じプレイヤーならば、いきなり戦闘に入る事は早々あるまい。モモンガは悪名高いDQNギルドのギルド長だが、まさかそれを理由にいきなり襲いかかってくるような相手は、この状況では滅多にいないだろう。……いないと断言出来ないのがDQNギルドの悲しいところだが。
「俺は今まで世間から離れていてな、今の情勢を知らなかったんだ。これからは、とりあえず人里にでも降りてもっと詳しい世俗でも学ぶさ」
モモンガがそう言うと、
「別に俺のことを黙っているなら、何もせんよ。この山で自由に食っちゃ寝生活を送ればいいだろ」
「ほ、本当か?」
モモンガの言葉に
(……なんだか、話している内に愛着が湧いてきたなぁ)
最初に遭遇した頃、「マジックアイテムを寄越せ」と言われた時は苛々したが、話している内にモモンガはこの相手が段々可愛らしくなってきていた。マジックアイテムを奪おうとしたのも、この巣の中にあるマジックアイテムよりモモンガの持つ物の方が高価であり優れていると言動で褒めていたようなものであるし。なんと言うか、犬や猫を前にした気持ち――なのだろうか。モモンガはペットを飼った事が無いのでこれがそうなのかは分からないが。
(まあ、念には念を入れておくか)
そう思ったところで――自分が妙に容赦がない事にモモンガは気がついた。この状況で、言葉が喋られるものと一緒で、色々と情報を教えてもらえる。そのような状況ならば、例え相手がヒトガタではなくとも、もっと信用しようとするものではないのだろうか。なのに言葉の裏でモモンガは、この目の前の
その心の動きに少しだけ愕然として――けれど、冷静に今の自分を受け入れた。アンデッドになる、という事はこういう事なのだろう、と。便利なのだから、今はそんなに気にしなくていいのではないか、と。
「さて、では魔法をかけさせてもらおう。俺のことを誰かに喋ったら――分かるな?」
「お、おう……命には代えられない」
互いに了承をとって、モモンガの魔法は完了する。
「これで、もう此処に用は無いな」
魔法をかけ終えたモモンガがそう言うと、
「なんだかよく分からんが、人間の国に行くなら持って行くといいんじゃないか?」
「うん? えらく気前がいいな?」
まあ、実際硬貨の種類が違う以上、この世界の硬貨は必需品だが。懐に手をやって、隠れてアイテムボックスから何の効果も無い皮袋を取り出し、広げる。
「面倒なつがいを一体倒してくれた礼だと思っていてくれよ」
「そうか……」
断る理由も無いので、そのまま皮袋を懐にしまった。モモンガはそして、笑みの表情を作っているらしい
――そうして、モモンガと別れた
……十日後には何もしない内に、あの洞穴の金銀財宝は全て自分の物になる。その未来を思い、
◆
「〈
モモンガが魔法を発動すると、その全身が絢爛華麗な漆黒の鎧に覆われ、全身が見えなくなる。そして鎧と同時に二本のグレートソードを作り出し、背中に背負う。一応、鎧の下には幻術で肉体があるように見えるようマジックアイテムを用心で使用していた。
モモンガはアイテムボックスから鏡代わりになるアイテムを取り出すと、自分の姿を見る。スリット越しに見えるその姿は、どこからどう見てもモモンガが思い描いた理想の漆黒の戦士にしか見えなかった。
「よし」
満足げに頷いて、モモンガは再び歩き出す。
この姿になったのは、万が一あの
そしてそれ以上に……モモンガは、ユグドラシルでいつかやってみたいと思っていたプレイスタイルを体現したかったのだ。この程度のお茶目は許されるだろう。
モモンガはそう思考し――歩きながら、先程
「……硬貨の種類は三種類か。ユグドラシルと違って、金貨だけじゃないんだな。他にも硬貨があるか確認しないと……それに、物価の件もあるか」
もしかすると、人間の物価はこの程度の硬貨では何も出来ないかもしれない。市場を見て回る必要がある。それに――この世界の文字も日本語ではおそらく無いだろう。文字を解読する眼鏡のマジックアイテムはナザリック地下大墳墓の自室に置いて来てしまった。もう二度と取りに向かう事も出来ない。文字も勉強しなくては。人間の国でしなくてはならない事はいっぱいある。
モモンガは「面倒くさいなぁ……」と呟きながらも、とりあえず未知の世界に心踊らせながら山を降りていく。
「あ、そういえば……」
先程遭遇した
モモンガはそれを開き、目的の項目を探す。
「お、あった」
ユグドラシルで遭遇した
そして、そのまま自分で書き込んだ情報や、元ネタを読み込んでいく。視線が文字を追い、生態のところまで移動したところで――
「えぇっと、“――彼らは生来の嘘吐きであり、二枚舌だ。呼吸をするように嘘をつき、陰謀を好む。策略と二枚舌によって目的を達成する事を是とする、嫌らしい獣である”――」
そこまで読んだところで、空から雨がぽつぽつと降り始めたのを感じて空を見上げた。そして目を細める。空に、大きな鳥のような影が見えたのだ。モモンガは
「……そういえば、
あの野郎、面倒をこちらに押し付けやがった。
モモンガは不機嫌に鼻を鳴らし、それが降りてくるのを待つ。雨は次第に激しく降り始め、同時に雨音よりもなお大きな風切り音が聞こえ始めた。空をもう一度見上げると、雨に紛れてさきほど見えた鳥のようなものの影が段々と近づいてきて大きくなっていく。
そして、その巨体は地響きを立ててモモンガの目の前に降り立った。その双眸は殺意と憤怒に塗れていて、翼は不機嫌にはためき、巨体を漆黒のオーラが包んでいる。巨大な咢からは、パリパリと電気が漏れ出ていた。
「……サイズから、推定四〇レベル台の
つまり、先程
「あの
怒り狂った
「――――」
電撃の嵐が周囲の木々と地上を薙ぎ払い、周囲一帯を荒野へと一瞬で変える。だが、モモンガはその電撃の嵐の中を平然と突き進み、グレートソードを
鱗で守られていない、翼膜を狙ったのもあって一撃で翼膜に穴が開き、指骨が二本ほど切断される。これでもう
「チッ――」
地面になんとか着地し、
「…………」
――グルルルル……
互いに睨み合う。
(〈
その場合、やはり
「とりあえず、まずはコイツ相手に近接戦のコツを掴むか」
力任せにぶった斬るだけでは、戦士とは言えない。かつての仲間の姿を思い描きながらグレートソードを振るっていたのだが、理想と現実は全く違う動きをしている。幾らレベルが違うとはいえ、あまりの酷さにたっち・みーでも苦笑いをしそうだ。
「――――」
モモンガは再び地を蹴り、
「――――ッ」
人間としての性がそれに悲鳴を上げるが、アンデッドとしての精神がその感情を抑制した。すぐに冷静になったモモンガは、恐れずに突き進み、グレートソードを上段から振り下ろす。狙いは頭部だ。これはある意味、実験も兼ねている。
ユグドラシルでは正真正銘の致命の一撃というものは、即死効果のある攻撃くらいだ。頭部や首を狙ったとしても、それはHPを通常より大幅に減らす結果になるがHPがゼロで無ければ死にはしない。しかし、現実で頭を破壊されたり首を斬られたりすれば即死だろう。止血しない事により大量出血による出血死もあるはずだ。
ユグドラシルのゲームシステムと同じようでいて、違う。まずはその認識の誤差を修正する。――そのために振られたグレートソードはしかし
「――チッ」
その隙を狙うように、開かれた咢がモモンガの体を真っ二つにしようと閉じる。甲高い金属音が鳴り響くが、しかし
見れば、鎧に傷がついていた。
「さすが
一〇〇レベルのモモンガが作った魔法の鎧に傷をつけるとなると、かなりの力が込められていたはずだ。モモンガは素直に感心したが、当の
「“畏怖する存在”か……だが」
恐怖や混乱といった状態異常を相手に与える事によって、相手の行動を封じる
「悪いな。俺には通用しない」
モモンガはアンデッドであり、そういった精神攻撃は一切通用しない。何より、レベル差があり過ぎてもとより通じるはずが無い。モモンガは現在漆黒の鎧で全身を覆っているので、
動きが鈍らないモモンガに驚愕し、瞳を見開く
――グオオオォォォォ!!
しかし、
「引かないか。――それでこそ、
脳裏を過ぎるのはあの緑の鱗だ。奴よりは、この
だが――賢いのはあちらで、引き際を誤っているのはこちらだった。
「いくぞ!」
大地を蹴る。そんなモモンガに、
鉤爪とグレートソードによって火花が散り、ぬかるんだ土が互いの踏み込みの度に捲れ上がる。視界は雨で悪くなる一方だが、どちらも決して引かない。鉤爪が、牙が、その巨体が幾度もモモンガを襲うが、モモンガはその度に剣を、鎧を盾にして弾く。
――そして、いつしか鎧に刻まれる傷が少なくなった。足運びが次第にスムーズに動き、グレートソードの刀身の腹を盾にする事を覚え、より剣筋が正確に思考と同じ軌跡を描くようになっていく。
――グオオオォォォォ!!
剣を振るうのが楽しい。身体を思い切り動かし、ほんの少しだけれど――段々と理想の太刀筋と立ち振る舞いに自らが重なっていくのは、快感を覚えた。なるほど、戦士職のプレイヤーがいつも嬉しそうな顔で剣を振り回すわけである。この快感は、魔法のコンボが上手く決まって敵を撃破する快感と似て非なるものだ。
「――――」
鉤爪をグレートソードの刀身の腹で防ぎ、引っ掻けるようにして下へ振り抜く。
「――っと」
だが、たたらを踏みながらも無様に地を転がるような真似はしない。地面にしっかりと二本の足で立ち、
「…………」
――グルルルル……
互いに再び睨み合う。
そして――ふと、思った。あの洞穴で遭遇した
その双眸には怒りを宿している。憎しみを宿している。自らの財宝を盗まれた事に対する、苛立ちに満ちている。
じっと、その双眸を眺めた。
言葉は不要。相手が弱かろうと、強かろうと関係は無い。他者にもたらす苦痛こそが、この
「――――」
なるほど、確かに言葉は不要だ。盗まれた財宝なぞ、単なる状況ときっかけに過ぎない。絶望のオーラなどで引くはずも無かった。この
「――――」
――グオオオォォォォ!!
他者を騙して利用する緑の竜と、そして他者に悪意を叩きつける黒の竜。まったくもって、この異世界に来てから遭遇する者達は多大な悪意に満ちる者達ばかりである。
その現実にモモンガは少しだけユグドラシルではない、元の世界を思い出して――その思い出を振り払うように、グレートソードを握り締めて
――そして、幾度かの刃と爪の交じり合いの果てに、状況は一転する。
「漆黒の戦士、助太刀します!」
モモンガを手助けするように、五人の人間達が現れる。彼女達は善意に満ちていて、顔も名前も知らない相手を助けようとする姿にモモンガは輝きを感じながらも――
(じ、邪魔なんですけどおおおぉぉぉぉ!?)
そこにはやはり、無慈悲な現実が横たわっていたのだった。
このあと、滅茶苦茶苛々した。
緑竜(屑)=第一村人(難度130)
黒竜(酸)=スライムA(難度100)
黒竜(雷)=スライムB(難度120)
蒼の薔薇「ユグドラシルは魔境(震え声)」