マルガレーテ《完結》   作:日々あとむ

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■前回のあらすじ

デブゴン、襲来。
 


Greed and Selfless Ⅱ

 

 

 姿を見せたフロスト・ドラゴンに全員ごくりと喉を鳴らし、緊張が走る。

 イビルアイは目の前の奇妙なフロスト・ドラゴンをじっと観察した。

 

(コイツは……私より強くない)

 

 イビルアイの強者の勘がそう告げている。アインズのように気配の無い奇妙な不気味さもないので、間違いなく姿を見せたフロスト・ドラゴンは自分より弱いだろう。

 フロスト・ドラゴンはイビルアイ達を見回すが、攻撃する気配は無い。距離的にはまだ少し離れているので、ガガーランとブレインが一息では接敵出来ない程度の間があった。

 

(ブレス攻撃を使う気配がない。……私が魔法で初撃を与えるか?)

 

 しかしイビルアイなら魔法でフロスト・ドラゴンにダメージを与えられる。〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉を使えば相手は確実に驚くだろう。ドラゴンの魔法抵抗力は高いので、一撃で死ぬとは思えないが相手は下手な人間より賢い。第五位階魔法を使う相手と戦うと思えば、即座に逃げてくれるかもしれなかった。

 ……そう、引いてくれるのならばそれが最適なのだ。イビルアイは強くとも、ラキュース達はイビルアイより脆弱だ。ドラゴンと戦うと死ぬ危険性がある。イビルアイがフロスト・ドラゴンを殺す事は出来ても、向こうもラキュース達の内の誰かを殺せる実力を持つはずだ。これ以上欠員が出れば、本当にアゼルリシア山脈から生きて還る事が出来なくなるかもしれない。

 

「――――」

 

 故に、イビルアイはどうするか迷い――そうしている内に、目の前のフロスト・ドラゴンの行動に目を見開いた。

 

「負けを認めるので殺さないで下さい!!」

 

「え?」

 

 その、プライド高いドラゴンの言葉とは思えない情けない内容に、イビルアイ達は呆然とフロスト・ドラゴンを見つめたのだった。

 

 

 

「……えーっと。つまり、引きこもりが過ぎてお父さんに家を追い出されたの?」

 

「らしいぞ、娘っ子よ。とある仕事を最後に、父親に家を追い出されたそうじゃ」

 

「……それでその情けない体躯か」

 

「ドラゴンっていうよりデブだな、デブゴン」

 

「引きこもりの末路」

 

「普段からちゃんとしてないからそうなる」

 

「お前らのような変態趣味に言われたくないだろうよ、そいつも……」

 

 先程のフロスト・ドラゴン……ヘジンマールと名乗ったドラゴンが、情けなくも命乞いをした後困惑するイビルアイ達に声をかけたのは、その体躯で見えなかったが背に乗った一人のドワーフだった。

 フロスト・ドラゴンとドワーフが一緒にいるのに更に驚いたイビルアイ達だが、その後ゴンド・ファイアビアドと名乗るドワーフの説明があまりに情けなさ過ぎて脱力してしまった。

 

 ヘジンマールはかつてのドワーフの王都を乗っ取り生活している、フロスト・ドラゴンの一族の一匹で、ずぅっと部屋で引きこもり文献などを読み漁って生活していたのだとか。

 部屋から出ず、食事は弟や妹に持って来てもらい運動もせず。結果として皮下脂肪や内臓脂肪が次々とフロスト・ドラゴンが本来持つほっそりとした体躯に張り付いて――遂に我慢の限界に達した父親に、最後に仕事を一つ任された後、その一ヶ月後に追い出されたのだという。

 無駄に知識だけ付けて、経験も何も無いヘジンマールは寂しく山を彷徨っていたが――そこで同じように行く所が無くなったゴンドに出会い、ゴンドの作る料理に餌付けされて一緒に行動するようになったのだとか。

 

「情けない。情けなさ過ぎる……」

 

 ブレインが死んだ目でヘジンマールを見つめ、ぶつぶつ呟いた。ブレインは男の子なので、竜退治(ドラゴンスレイ)が男の夢、浪漫であったのだ。それが初めて遭遇したドラゴンがこんな情けないデブゴンと知って、夢も希望も見出せなくなったらしい。

 

「お前より父ちゃんに対しての方がよっぽど共感するわ。むしろさっさと叩き出さなかっただけ父ちゃん有情だな」

 

 ガガーランが情け容赦なくヘジンマールに正論を告げる。一ヶ月の猶予まで与えられる辺り、息子に対する優しささえ溢れていたと言えるだろう。

 何故なら彼らはドラゴン。人間と違って外に放り出されても死ぬ確率はかぎりなく低い。というか、本来ならばドラゴンは卵なぞ産みっぱなし、放りっぱなしの放任主義だ。一〇〇年も育ててくれた辺り、並みのドラゴンには持ち得ない気の長さが窺える。

 ――もっとも、父親をよく知るヘジンマールから言わせてみれば、単純にあまり興味が無かっただけなのだが。

 

「――うん。まあヘジンマールの方は置いておいて……ゴンドさん。ドワーフの国に起こった詳しい話を聞かせてちょうだい」

 

「ああ――お主らは冒険者で、ドワーフの国について調べに来たんじゃったな」

 

 ゴンドはラキュースの言葉に悲しみの表情を作り、ポツリポツリと語っていく。

 

 ドワーフの国はアゼルリシア山脈の内部に四つの都市を持つ国だ。しかし二〇〇年前に魔神の襲撃を受けたため、次々と都市を放棄。ゴンド達は最後に残った都市で生活していたのだとか。

 ……そして廃都になった王都に棲んでいるのがヘジンマールの一族。奴隷としてイビルアイ達が遭遇したモグラのような魔物――クアゴアも棲んでいたようだ。

 ゴンドは最後に残った都市で鉱夫として生活していたが、個人的な研究のために放棄した都市の一つにある日遠出に出た。

 そしてその都市でまだ残っているはずの鉱石を掘っていたのだが――何故かクアゴアがやって来たのだと言う。

 ゴンドは不可視化出来るマントを持っていたため、なんとかクアゴア達から逃げ出せたらしい。そして身を隠しながら長い時間をかけて都市に帰ると――都市は廃都となっていた。仲間のドワーフ達は一人もいなくなっていたと言うのだ。

 驚いたゴンドは大裂け目――イビルアイ達が先程見たあの大裂け目だ――まで進み砦を越えて見ると、何者かが吊り橋を落とし、逃げられなくしている事を悟った。

 

 そう説明するゴンドに、ヘジンマールが補足する。

 

「クアゴア達がドワーフ達を支配するために大侵攻をかけたはずだからね。生き残りは、お父上の城で働いているよ」

 

「……だ、そうじゃ」

 

 ゴンドの説明に、ラキュース達は暗い顔をする。これは、もはや自分達の中だけで処理する事は出来ない事態だ。

 

 まず、フロスト・ドラゴンの一族がドワーフの国を乗っ取ったという時点で一大事だ。本来ドラゴンはつがいになろうとほぼ一匹で活動する生き物。それが部族という形で徒党を組み、アゼルリシア山脈を支配しようとしている時点で看過出来る事態ではない。光物好きのドラゴンならば、人間の街に降りてマジックアイテムを略奪するようになるのは時間の問題だからだ。

 そうなると退治しなくてはならないのだが――これが凄まじい労力となる。五匹も六匹も一ヶ所に集まって暮らしているとなると、間違いなくアダマンタイト級でも達成不可能な任務だ。イビルアイでさえ、複数匹に囲まれてしまえば苦戦は免れまい。それどころか、敗北さえあり得る。ドラゴンはそれほどの強さを持つ危険種族なのだ。

 大規模な討伐隊を組もうにも、ブレス攻撃を持つドラゴンにとって軍隊というのは格好の的だ。専業騎士しかいない帝国軍であっても、一方的な虐殺になるだろう。

 帝国に存在するアダマンタイト級冒険者――“漆黒と蒼”に“銀糸鳥”、“漣八連”が協力してもドラゴンには多勢に無勢過ぎる。ドラゴンに囲まれれば為す術がない。

 唯一、アインズならなんとか出来るかもしれないが――アインズは一人だけだ。確実に何匹か取り逃がす。取り逃がす時点でまずいのだ。

 

「悔しいが、これは既に法国の領分だな。帝国では出来ることはあまりに少ない」

 

 イビルアイが呟くと、ゴンドはがくりと肩を落とした。アダマンタイト級冒険者なのだから、少しは期待していたのだろう。しかし、ドラゴンの一族と戦うとなると、さすがにイビルアイ達でも多勢に無勢が過ぎる。ドラゴンである以上――イビルアイとて自分と同格かそれ以上に強い強者の存在の可能性を否定出来ないのだ。

 ……かつて、あの魔樹が現れた時のように。

 

「山を下りて冒険者組合に知らせて、アインズさんが帰って来るのを待って――たぶん冒険者組合で皇帝の依頼という形で大規模な討伐隊が組まれるわね。とは言っても、こんな異常事態を想定した連携なんか組めるはずがないから――」

 

「当然、暗殺染みた討伐依頼になるだろうな。そこのドワーフの案内で王都の場所は分かるだろうが、クアゴアという部下がいる以上、飲食のために王都から出て来る確率は低い。かと言って王都で襲撃すると複数体に囲まれる確率が高くなる。そうなれば一巻の終わりだ」

 

「ドワーフの救助はほぼ不可能に近いな。敵はドラゴンだけじゃなく、あのクアゴアとかいう奴らだっているしよぉ」

 

「クアゴアは金属武器に対して耐性がある。その時点で人間の冒険者にとってかなりの強敵」

 

「弱点の雷属性で第二位階魔法は個体、範囲攻撃は第三位階魔法で魔法省の連中も引っ張ってくる必要がある」

 

「……やっぱり、私達に出来ることはとても少ないわね」

 

 そうして話し合っていると、ブレインが手を挙げて注目を集めた。

 

「……フールーダの爺さんと、その爺さんが使役しているデス・ナイトを呼んで来たらいけるんじゃないか?」

 

「…………!」

 

 イビルアイは目を見開く。イビルアイ達はアインズとブレインから帝国が王国との戦争でデス・ナイトを投入してきたという話を既に知っていた。

 

「確かに! 先程のクアゴア達の強さを考えても、おそらくデス・ナイトには勝てん! しかもアンデッドを遠隔操作するだけだ! デス・ナイト二体にパラダイン老、そしてアインズ、私で協力すれば王都内のフロスト・ドラゴン達は全員始末出来るかも……!」

 

 第六位階魔法を使える逸脱者に、第五位階魔法を使える吸血鬼。そして殺した相手をアンデッドにする能力を持つ伝説のアンデッド。更には第六位階魔法さえ無効化するタフな戦士。これだけ揃えれば、それこそ竜王(ドラゴンロード)級でもないかぎり勝てるドリームパーティーだろう。

 

「方針は決まったわね。……とは言っても、このメンバーの作戦を使うかどうかは、あの皇帝にかかっているんだけど」

 

「鮮血帝はあれで賢君だ。大丈夫だろう。……後はアインズが帰って来るのを待って、王都をある程度調べる必要が出て来るな」

 

 イビルアイはチラリとヘジンマールを見る。

 

「おい、ヘジンマールだったか」

 

「あ、は、はい!」

 

 自分よりも強いイビルアイに見つめられて、ヘジンマールはびくりとしながら返事をする。イビルアイはそんな情けないドラゴンの姿に頭痛を覚えながら、仮面に隠れた瞳でジロリと睨んだ。

 

「分かっていると思うが、協力してもらうぞ。それとも親兄弟へ告げ口するか?」

 

「あー……うん。ドラゴンってそこまで肉親の情が強いわけじゃない、です。お父上が賢く、特殊なだけで普通は親兄弟でも互いの縄張りを奪い合ったりしますし」

 

 イビルアイに対しては何故か微妙な敬語だ。よほどイビルアイが恐ろしいらしい。確かに、イビルアイはヘジンマールより強い。しかし最強の種族たるドラゴンの一匹でありながら、このへりくだった態度はどうなのだろう。

 

「なら、問題は無いか」

 

「ただ――」

 

「うん?」

 

 言い淀むヘジンマールに、全員の視線が集中する。ヘジンマールはフールーダの強さや、デス・ナイトという存在をよく知らないのだろう。不安そうにイビルアイ達に訊ねた。

 

「貴方は確かに強いですが、それでも一族皆殺しは難しいんじゃないかと」

 

「ほう? 何故だ?」

 

 ヘジンマールの不安に興味を抱き、イビルアイは促す。ヘジンマールは意を決したように――その場の誰もが仰天する言葉を伝えた。

 

「私の一族は私を合わせて二〇匹ほどいまして……。しかも全部、私より強い者ばかりです」

 

「――――」

 

 全員でヘジンマールを凝視する。視線が全員一斉に動き、ヘジンマールの腹部を見た。そして再びヘジンマールの顔へ向き――それを何度か繰り返して、この目の前のドラゴンが一族最底辺だという事を再認識し――

 

「は、はあああああぁぁぁぁあああッ!?」

 

 全員合わせて仰天の声を上げる事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

「最悪だ。フロスト・ドラゴン十九匹に、クアゴアが万単位……しかもアゼルリシア山脈とかいう人外魔境。数が多過ぎてどうしようもねぇ」

 

 ガガーランの言葉に、全員肩を落として同意する。更にゴンドが王都に行くまでの険しさを語ったため、王都まで行くのさえ難しい事が分かったからだ。

 

「これはもう、どうすればいいか悩むな……」

 

「……なんとか、帰ってラナーの意見を借りられないかしら? ラナーならその頭脳でいい案を出してくれそうなのだけれど」

 

「ラナー……ラナーな」

 

「? どうしたのイビルアイ?」

 

「いや、なんでもないぞラキュース」

 

 ラキュースに気にするなと告げて、イビルアイはラナーの存在を頭から追い出す。ラキュースには悪いが、今となってはあまり思い出したい存在では無かった。

 

「とりあえず帰ろうぜ。アインズの奴と合流出来るかもしんねぇし」

 

「賛成」

 

「まずはボスの無事の確認が最優先」

 

 ブレインの言葉に同意したティアとティナに促され、長らく話していた洞窟から抜けるために歩き出す。まったくモンスターに襲われなかったのは、腐ってもドラゴンであるヘジンマールがいるおかげだろう。一族の中で最底辺とは言っても、周辺モンスターからしてみればあまりに絶望的な強敵だ。喧嘩を売る気にもなるまい。

 

 そうして歩き出す最中で、ヘジンマールとゴンドが「あ」と声を上げてイビルアイ達に語りかけた。

 

「そうじゃ! そういえばもう一つ注意があったんじゃ!」

 

「なんだよ、おっさん」

 

 ガガーランが訊ねれば、ゴンドが恐ろしげに語る。

 

「実はの、最近この山にグリーン・ドラゴンが一匹出るんじゃ」

 

「……ここにきて、またドラゴンかよ」

 

 まさにドラゴンのバーゲンセールだ。もう勘弁して欲しい。しかもフロスト・ドラゴンではなくグリーン・ドラゴン。種別まで違う。

 

「そのグリーン・ドラゴンが、これまた陰湿な性格でな」

 

「陰湿?」

 

 ラキュースの言葉に、ヘジンマールがゴンドの言葉を捕捉するように告げる。

 

「俺達より自分の方が強いからって、俺達を追い回して遊んでるんだよ。殺す気は無いみたいだから、命の保障はされてるんだけどね……」

 

 「ストレスが……」とげっそりした様子で語るヘジンマールに、苛められて鬱になりそうな人間の気配を幻視した。しかし殺されるよりマシだ、という事で大人しく苛められているらしい。相手の方が強い以上、下手に抵抗すると殺されるかもしれないからだ。

 

「なんっつうか……ドラゴンの世界って思った以上に世知辛いのな」

 

 夢も希望も粉々に砕け散ったブレインが、輝きの死んだ両眼でぽつりと呟く。物語の英雄譚でドラゴンはよく語られるのだが、そこに存在するドラゴン達は威厳に溢れていた。間違っても、こんなデブゴンや見知らぬ陰湿なドラゴンのような性格の者はいない。

 決して見てはならない物語の舞台裏を見てしまったかのように、ブレインは肩を落としていた。

 

「――――」

 

「? どうしたの、ティア、ティナ」

 

「――――げ」

 

 その時、ラキュースが様子の変わったティアとティナを見て首を傾げる。同時に、ヘジンマールも嫌そうに声を上げた。

 

「どうした?」

 

「やばい……アイツ(・・・)だ!」

 

 ヘジンマールはそう言うと、慌てた素振りを見せる。そのヘジンマールの様子にゴンドも気づいたようだった。

 

「なんと! あの腐れ野郎か!」

 

「腐れ……? なに?」

 

 ゴンドの言葉も辛辣で、イビルアイは首を傾げる。全員の疑問を感じ取ったのか、ゴンドが教えてくれた。

 

「先程言っておった陰湿なグリーン・ドラゴンじゃ! 今日もヘジンマールを苛める気じゃな!」

 

「ああ……」

 

 その言葉に、警戒を示す。何故ならヘジンマールより強いドラゴン種族だ。当然警戒は必要である。

 

「ねえ、ヘジンマール。協力しましょう。今そこに罠を張っているから、悪いんだけど飛び越えて私達の前に立って初手のブレスを防いでくれる? 貴方も、いなくなってくれた方が助かるでしょう?」

 

 ラキュースの言葉に、ヘジンマールは頷いた。

 

「も、勿論! ずっと苛められるなんてそんなの嫌だ! 痛い思いをするのは嫌だけど……仕方ない! 君達なら勝てるだろう……頼むよ!」

 

 ヘジンマールは無理矢理に飛行し、ティアとティナがかけた罠にかからないように浮いて六人の前に降り立つ。ゴンドは元々は鍛冶職人らしく、役に立たないために一番後ろだ。

 

 ずしん。ずしん。再び先程と同じように巨体が大地を踏みしめる音が聞こえる。しかし、先程のような絶望感は既にイビルアイ達の中には無い。何故なら、先程とは状況が違う。今度来るドラゴンはグリーン・ドラゴンだと分かっているし、そしてそのグリーン・ドラゴンはイビルアイより弱い。苦戦はするだろうが、それだけだ。

 

 ずしん。ずしん。歩く音が聞こえてくる。闇の中から、場違いな、森と同じような緑の鱗の者が現れる。

 

(グリーン・ドラゴン……!)

 

 大きい。ヘジンマールとはサイズがまるで違う。おそらく、年齢層は最終段階の一歩手前……長老(エルダー)の領域に届いてしまっているのではないだろうか。

 グリーン・ドラゴンはフロスト・ドラゴンよりも同レベルであろうと強い。魔法の扱いが巧みであり、そして知力が優れているからだ。……この知力の高さが、陰湿な性格に繋がっているのだろうが。

 

「おんやぁ?」

 

 グリーン・ドラゴンは鼻を鳴らし、ヘジンマールを見る。下品な笑みを浮かべ、その長い首で見下していた。

 

「最近よく見る、家を追い出された役立たずのデブデブのお坊ちゃんじゃないか。クアゴアのように土の中で縮こまって、どうしたんだ? ママのおっぱいでも恋しくなったのか?」

 

「う……うう……」

 

 白々しい言葉だった。ヘジンマールより優れたドラゴンなのだから、当然このドラゴンはヘジンマールがここにいる事くらいとっくに気づいていただろう。……つまり、単なるからかい半分の蔑みだ。苛められた記憶が蘇ったのか、ヘジンマールは気圧されたように及び腰になっている。

 

 そして、イビルアイはその間じっとグリーン・ドラゴンを観察した。

 

(確かに強いが……大丈夫だ。私より強くは無い。だが、この種族は確か〈人間種魅了(チャームパーソン)〉などの厄介な能力を使ってくる。他の厄介な自然利用系能力はここでは使えないとはいえ、無傷ではとても済まんだろうな)

 

 そうして警戒していると、グリーン・ドラゴンが平然と歩を進めて来た。全員ごくりと唾が鳴る……幻聴が聞こえてきた気がした。

 

 そして――ティアとティナがかけた罠にグリーン・ドラゴンが引っかかる瞬間。

 

「ん?」

 

(かかった!)

 

 ブレス攻撃も使わない舐めた態度に喜びながら、罠にかかった間抜けにほっとする。地面からティアとティナが仕掛けていた黒い糸の網がグリーン・ドラゴン目がけて放たれ、包み込む。

 しかし――――

 

「はん!」

 

「な……!」

 

 愕然とする。行動を阻害する黒い網は、グリーン・ドラゴンの体を幻影であるかのように平然とすり抜け、天井へと張り付いたのだ。

 

(馬鹿な! 行動阻害に対する完全耐性だと!?)

 

 グリーン・ドラゴンが持つはずのないあり得ない事象に、イビルアイの体を冷や汗が伝う。こちらの初手をあり得ない対応で躱されて、イビルアイ達の次手が止まる。グリーン・ドラゴンはそんなイビルアイ達に酸のブレスを浴びせようとし――

 

「――おい、弱い者苛めをしていないでさっさと……あ」

 

「あ」

 

 グリーン・ドラゴンの背中からひょっこり顔を出した漆黒の戦士に、お互いが間抜けな声を上げたのであった。

 

 

 

「――つまり、アインズは大裂け目でこのグリーン・ドラゴンに遭遇したのか?」

 

「ああ。一応、別の山で遭遇した事があった顔見知りだったからな。ちょうどいいから足にさせてもらった。そっちは――その、なんというか」

 

「言うな。言うんじゃねぇよアインズ。デブったドラゴンなんざいなかったんだ。いいな?」

 

「あ、はい」

 

 互いの状況を説明し、ヘジンマールを見ながら言い淀むアインズに、ブレインが告げる。アインズはヘジンマールの腹部に搭載されたリブ肉を困惑気味に見つめながら、ブレインの言葉でそれ以上何も言わなくなった。

 

「でもよくアインズさん生きてましたね。もう駄目かと思いました」

 

「まあ、人より頑丈なのが取り柄だからな。それほど深くもなかったし……ただ、俺以外があそこに落ちるのはお勧めしない」

 

「いや、安心しろ。普通に落ちねぇから」

 

 アインズの言葉にツッコミを入れるガガーランを尻目に、イビルアイは借りてきた猫のように大人しくなっているグリーン・ドラゴンを見つめる。

 

「なあ、アインズ。これからどうするんだ?」

 

 グリーン・ドラゴンから視線を逸らし、ゴンドと自己紹介を済ませたアインズに訊ねる。アインズは言い辛そうにしながらも、答えた。

 

「ドワーフ達の王都へ行こうと思っている。あまりフロスト・ドラゴン達に時間を与えたくないからな」

 

「?」

 

 首を傾げると、アインズは全員に説明していく。

 

「フロスト・ドラゴン達はフロスト・ジャイアント達を支配下に置くべく活動している。あまり時間を与えると、手が付けられなくなるぞ。それくらいなら、王都から逃げられてもいいから一族を分散させた方がいい」

 

「ああ、なるほど。互いに殺し合いをする仲なら、巣から叩き出した時点でフロスト・ジャイアント達が殺しに行くか。分散されると困ると思っていたが、連中はカースト上位であっても最上位ではない。きちんとフロスト・ジャイアントという競争相手(ライバル)がいる」

 

 アインズの言葉にイビルアイは納得する。ドラゴンという事で、つい相手の恐ろしさばかりに目がいくが、しかしフロスト・ドラゴンはアゼルリシア山脈のカースト頂点ではないのだ。一ヶ所に集まっているから頂点のような気がしてくるだけで、分散させてしまえば元のフロスト・ジャイアントと同じカースト位置に戻る。盲点だった。

 

「だとすれば、アインズさんが奇襲を仕掛ける意味もあるわね。要は王都から追い払っちゃえばいいんだから。またいつか帰ってくるかもしれないけれど、元の数に戻すのはドラゴン達でも難しいでしょうし」

 

「そんで、アインズが暴れている間に俺達がドワーフ達の誘導をして王都から逃がす――ってわけか」

 

 ガガーランの言葉に、しかしティアとティナが顔を顰めた。

 

「残る問題はクアゴア」

 

「アイツらがいると、ドワーフの避難が難しい」

 

 二人の言葉に、ブレインも頷く。

 

「確かにな。やっぱ一度帝国に帰って、フールーダの爺さん連れてきた方がいいんじゃねぇか?」

 

 あのフールーダならば、クアゴア達を蹴散らせるだろう。しかし。

 

「いや、クアゴア達のことは考えなくていい(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「は?」

 

 アインズは意味深な言葉を発した。

 

「連中は数に入れる必要はない。どうもクアゴア達は、今それどころではないみたいだからな」

 

「…………?」

 

 アインズはそう言って言葉を切る。説明する気はないらしい。

 

「まあ、クアゴア達を考える必要がないってんなら、それに越したことはないけどな」

 

 ブレインも訝しげだが、それ以上追及をする気はないようだ。

 

「…………」

 

 ふと気づけば、あのグリーン・ドラゴンもヘジンマールもアインズの言葉に異を唱えない。つまり、今だけはクアゴアの存在を無視出来るのだろう。

 ならばやるべき事は決まっていた。

 

「今ならクアゴア達を無視出来るって言うなら、今をおいてチャンスは無いわね。アインズさん、先程の計画でいいですか?」

 

「ああ。俺が派手に暴れてドラゴン達の陽動。その間にラキュース、お前達はドワーフ達を誘導して助けてやれ。王都に繋がっている坑道を通って都市を跨ぎ、元の都市まで避難だ。何人か脱落するだろうが、フロスト・ドラゴン達の奴隷よりはマシだろう」

 

「ええ! なるべく全員助けられるよう頑張るわ!」

 

 気合十分なラキュースに苦笑した気配をイビルアイはアインズから察した。アインズはそれぞれ班分けしていく。

 

「俺とそこのグリーン・ドラゴンは一緒に陽動。イビルアイ達とゴンド、そこのデブゴンはドワーフ達の避難誘導だ。同じドワーフのゴンドがいるならドワーフ達の信頼を得るのも早いだろうし、棲んでいた奴なら道案内も出来るだろう」

 

 全員、アインズの言葉に異議を唱えず頷く。

 

「それで……アインズ、ドワーフの王都に向かってたんだよな? なんでここにいるんだ?」

 

 ブレインの言葉に、アインズは気軽に答える。

 

「うん? ……ああ。そこのグリーン・ドラゴン曰く、ここが一番安全で早い道らしいからな」

 

「え?」

 

 

 

 ――ドワーフの国の王都、フェオ・ベルカナ。東の都市フェオ・ジュラから王都へ辿り着くまでには三つの難所がある。

 

 一つは大裂け目。土の中には足音を探知して襲いかかる魔物や、精神攻撃を繰り出す魔物がいる恐ろしい天然要塞だ。

 しかし、この大裂け目には簡単な攻略法がある。それは飛行する事。飛んでいれば何の痛痒も感じなどしないのだ。

 アインズ達は二匹のドラゴンに乗って、悠々と大裂け目を無視して進んでいった。

 

 二つ目の難所は溶岩地帯。天然の〈転移門(ゲート)〉によって繋がれた地下数キロの辺りにあるマグマの海だ。このマグマには難度一四〇相当の魔物が棲んでおり、例えイビルアイであろうと死の危険性がある危険地帯だ。

 だが、この溶岩地帯には簡単な攻略法がある。それは火耐性を得て、飛行する事。飛んでいればそもそもマグマの海の近くなぞ歩く必要がなく、魔物に襲われる心配もない。

 アインズ達は二匹のドラゴンに乗りながら、イビルアイの魔法で火耐性を得て悠々とマグマの海の上を進んでいった。

 

 そして最後の難所――死の迷宮と云われる洞窟。ここだけが、アインズ達一行にとって、いや、その一部にとって問題だった。

 

「ガス?」

 

「ああ。モンスターが出ない代わりに、火山性ガスが噴いている迷路なんだ。俺は酸や睡眠、麻痺には耐性があるからその辺りのガスしか噴かない道を通ってる。旦那もどうせ平気だろうなって思って気にしなかったんだけど……」

 

 グリーン・ドラゴンはチラリとイビルアイ達を見る。アインズは深い溜息を吐いた。

 

「確かに。俺とお前だけならかなり安全な、最短ルートであったことは間違いないな」

 

 だが、イビルアイはともかく他がまずい。

 

「うーむ。さすがにガスはまずいぞ、ガスは」

 

 イビルアイの言葉に、ティアとティナがげっそりとした表情で答える。

 

「私達の出番……疲れそう」

 

「ボス、悪いんだけど……」

 

「ああ、安心しろ。俺が先頭でガスの種類を確かめながら進んでやる。……おい、道はちゃんと覚えてるんだろうな?」

 

「そこは任せてくれ、旦那」

 

 俺の執念を信じろ、と告げて来る瞳にアインズは溜息をついて、それぞれ進んでいく。

 

(魔法が使えれば安全で最短距離を調べられるから楽なんだけどなぁ……。今使うわけにはいかないし)

 

 ティアとティナの指示に従いながら、アインズが先頭に立ってガスを食らいながら進んでいく。幸い、イビルアイとラキュースが第五位階魔法まで使用出来るので、多少ガスを吸った程度ではなんとかなるのが救いか。

 ガス溜まりなどのどうしようもない場所は、ヘジンマールの冷気のブレスでガスが噴き出ている穴を凍らせた後に、ドラゴン二匹の羽ばたきでガスを吹き飛ばすなどして通れるようにした。

 あまり留まっているとそれでもどうしようもないが、なんとかならないわけでは無い。アインズ達はそうして、かなりの時間をかけてなんとか死の迷宮を突破した。

 

「あー! 抜けた!」

 

「新鮮な空気がうめぇ!!」

 

 死の迷宮を突破すると、ブレインやガガーランが深呼吸しながら叫ぶ。ティアとティナも無事全員突破出来たために安堵の息を漏らしていた。

 

「ここは……もう二度と通りたくないな」

 

 イビルアイの言葉に、アインズも頷く。

 

「確かにな。帰りは違う道を通りたいものだ」

 

 それぞれ新鮮(?)な空気を吸って肺の掃除をした後は、王都に突入する前にそれぞれアイテムを整理する。馬のゴーレムも既にアイテムボックスにしまった。アインズの持つ役に立ちそうな巻物(スクロール)などもイビルアイやラキュースに渡しておく。

 アインズとイビルアイ、ドラゴン二匹以外は回復薬(ポーション)を使って体力の回復も必要だった。

 そして暫しの休憩の後――

 

「では、俺達はフロスト・ドラゴン達が棲んでいる王城へ襲撃をかける。派手に暴れるからその間に――」

 

「ゴンドさんとヘジンマールの案内でこっそり入った私達が、ドワーフ達を逃がす……ね」

 

 互いにやるべき事を確認し、落ち合う場所を決める。

 

「落ち合う場所はあの大裂け目のある東の都市だ。ラキュース、頼んだぞ」

 

「はい、アインズさん!」

 

 

 

 

 

 

 しばらく自然洞で時間を潰した後、ティアとティナ、ヘジンマールがラキュース達を促す。

 

「始まったみたいだね」

 

「そう……じゃあ、行きましょう」

 

 ラキュース達には聞こえないが、この二人と一匹にはアインズの暴れる音が聞こえているのだろう。ラキュース達はゴンドとヘジンマールの案内に従いながら、王都へと侵入しドワーフ達が閉じ込められている場所を目指していく。

 

「……しかし、マジにクアゴア達は出てこねぇな」

 

 ブレインの言葉に、静かな声でガガーランが返す。

 

「確かにな。何万といるはずなのに、何やってんだそいつら」

 

 二人の会話に前を歩いていたヘジンマールがぶるりと微かに体を震わせた気がした。イビルアイはそれを目敏く見つける。

 

(なんだ……?)

 

 そういえば、アインズもあのグリーン・ドラゴンもクアゴアの話題になるとあまり話さなくなる。いや、グリーン・ドラゴンに至っては含み笑いを漏らすのだ。それが、喉の奥に小骨がつっかえたような気色の悪さを覚えるが、言葉として形に出来ない。

 

(いったい、クアゴア達に何があったというんだ?)

 

 何かあったのは確実だろうが、アインズが「問題無い」と言うので気にしなかった。確かに、今をもって何も問題になっていない。

 それが、なんだか無性に気色の悪さを感じさせる。

 

(まあ、気にしても無駄か)

 

 イビルアイはクアゴアの事を思考の外に追い出し、今はドワーフ達の救助を優先する。イビルアイとしては弱い者は死んでも仕方ないと思っているので、ドワーフ達に特に思う事は無いのだがラキュースやガガーランは違うのだろう。

 二人は、強い者が弱い者を救うのが正しい姿だと信じている。彼女達は人情味に溢れていて、まっすぐに立っているのだ。だから前を向いてひたすらに走り続けていられる。

 

 ……時折、イビルアイは二人が眩し過ぎて目を細めたくなる。どんなに強く想っても、二人のようにだけはなれない事を、イビルアイは知っていた。

 

 ――そう、自分達(・・・)のような存在は。その眩し過ぎる存在に、憧れと、惨めな思いしか抱けないから。

 

「…………」

 

 また、思考が逸れた事に気がついてイビルアイは首を横に軽く振って気持ちを切り替える。今優先するべきはドワーフの救助なのだ。決して、自分達の惨めさを痛感する事ではない。

 

「そろそろ着くよ。――ドワーフ達がいる部屋の一つに」

 

 都市内を先頭で進んでいたヘジンマールが、イビルアイ達の方へ振り返って告げる。その言葉に気を引き締めて、イビルアイ達はヘジンマールの案内に従う。

 

「あそこ……あの建物に、ドワーフ達の一部が寝泊まりしているはずさ」

 

「じゃあ、まずは儂が説得じゃな」

 

 ゴンドがそう言い、大きな建物に近づく。ドアを叩き、声をかけた。

 

「すまん、開けてよいか?」

 

 ゴンドの言葉に、中から声が返ってきた。それはゴンドに許可を出す声で――ゴンドはドアを開ける。

 ドアを開けて目に入った人物に、ゴンドは目を見開いた。相手のドワーフもまた、ゴンドを見て目を見開いている。

 

「ガゲズ――」

 

「ゴンド――生きとったんか!!」

 

 どうやら知り合いだったらしく、そのガゲズと呼ばれたドワーフはゴンドを涙目で見つめ、ゴンドへと抱きついた。

 

「死んだと思っとったぞ! 今までどこにいたんじゃ!?」

 

「ああ。儂もおぬしは死んだと思っとったよ……!」

 

 感動の再会を果たす二人。これは幸先がよかった。説得もスムーズに済むに違いないからだ。

 

「……しかし、そちらの人間達はなんじゃ?」

 

 ガゲズはイビルアイ達を困惑の瞳で見つめているようだ。ヘジンマールに対して何も言わないのは、相手がフロスト・ドラゴンだからだろう。この王都ではフロスト・ドラゴンを目撃するのは珍しくないに違いない。

 

「ああ! そうじゃ――詳しい話をしておる暇はない! 助けにきたんじゃよ、ガゲズ」

 

「え?」

 

 何を言われたのか分からない、とガゲズは瞳を丸くする。ラキュースが前に出て、ガゲズと、そしてガゲズの様子が気になって奥から出てきた他のドワーフ達に説明した。

 

「私達はバハルス帝国からやって来たアダマンタイト級冒険者“漆黒と蒼”です。現在、私達の仲間がフロスト・ドラゴン達を王城から追い払っています。フロスト・ドラゴン達の注意を惹きつけている内に、王都から脱出しましょう!」

 

 ラキュースの言葉に、ガゲズ達は瞳を丸くしたまま、ぽかんとラキュースを見つめていた。おそらく、言われた事が急過ぎて理解出来ないのだろう。

 ラキュースはもう一度、説明する。

 

「私の仲間は強いので、ドラゴンにも勝てます。仲間がフロスト・ドラゴン達を引きつけている間に安全に王都から脱出したいと――思ってるんですけど……?」

 

 アインズの名前を出さないのは、さすがに一人でドラゴン達と戦えると言っても信じられないだろうという配慮からだ。しかし途中でラキュースも困惑気味になる。というか、他の者達もそうだ。

 

「ど、どうしたんじゃ? ガゲズ」

 

 わなわなと震えはじめるガゲズに、ゴンドが困惑して訊ねる。ガゲズはそんなゴンドへ、ラキュースへ、イビルアイ達へ引き攣るように叫んだ。

 

「な、なんてことをしてくれたんじゃお前さん達ッ!!」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 王都内の上空を飛び、グリーン・ドラゴンは一直線に王城を目指す。王都からは、飛行するドラゴンの影の区別はおそらくつかないだろう。アインズはグリーン・ドラゴンの背に乗って、王都を見つめた。

 

「……ふん」

 

 不快な気持ちを隠しもせず、アインズは鼻を鳴らす。それは眼下に広がるある光景が目に入ったからだ。本来は廃棄地区だった場所。王都内で一番広い場所。色々な瓦礫を積み上げて、まるで闘技場のようなものが作られた場所。そこに――

 

 ――酒を片手に盛り上がったドワーフ達が、殺し合うクアゴア達を上から囲んで見物していた。

 

「盛り上がってるみたいだな、旦那!」

 

「そうだな」

 

 下等生物(ドワーフ)下等生物(クアゴア)の殺し合いを見て盛り上がっている様を、上位存在(グリーン・ドラゴン)が天から睥睨する。同じく上から見物しているアインズは、冷めた目でドワーフ達とクアゴア達を見つめていた。

 

 ……クアゴア達はフロスト・ドラゴン達の奴隷だった。そう、過去形だ。今となっては、それさえ栄華の日々だったに違いない。

 クアゴア達はフロスト・ドラゴン達のために働き、ドワーフ達を支配し、そして――

 

 当たり前のように、より役に立つ下等生物(ドワーフ)達に居場所を取って変わられた。そう、フロスト・ドラゴン達に飽きられたのである。

 

「――――」

 

 ほとんどのクアゴア達は面白半分にフロスト・ドラゴン達に殺され、一部は何とか逃げ出して山の中で怯えながら暮らし、また一部はああしてドワーフ達の酒の肴にされてしまっている。

 

 必死に頑張った結果がこれなのだと――クアゴア達の末路をアインズは冷めた瞳で見つめた。

 

 そう、この世は弱肉強食なのだ。弱い者は強い者に食われ、死ぬ。弱い者同士の立場の逆転も、時にはあるだろう。これはそれだけの話なのだ。

 

 だが、それでも――

 

「――――ふん」

 

 アインズは不快な気持ちを隠せず、眼下で繰り広げられるどこかで見た光景(パンとサーカス)を見続けた――

 

 

 

 王城へ辿り着いたアインズは、グリーン・ドラゴンの探知に従って背に乗ったままグリーン・ドラゴンが進むに任せていく。

 前へ。ひたすらに前へ。そうして辿り着いた先に大きな扉が待ち構えていた。

 

「…………」

 

 ここまで、ドラゴン達は現れなかった。どうやら、玉座で待っていてくれているらしい。

 

(雰囲気をよく分かってるじゃないか。中々好感が持てるぞ)

 

 だが、情報収集を怠るのは愚かだ。グリーン・ドラゴンに対しては知識があるのかもしれないが、アインズは未知の存在のはずだ。それに対して情報収集を怠るなぞ、知恵ある存在(ドラゴン)の名が泣くというもの。

 

(自分が絶対格上だっていう自信があるんだろうなぁ……まあ、あながち間違いじゃないんだけどさぁ)

 

 アインズの出自を考えなければ、別にその態度でも問題は無かっただろう。実際、このグリーン・ドラゴンも最初に遭遇した時はアインズに対して傲慢な態度を取っていたのだし。

 

(その辺りが、最初っから強者だった奴と、元々は弱者だった奴の違いかな)

 

 自分だけが選ばれたなどという驕りを持たないアインズには、そういったプライドは理解出来ない領域だ。アインズはそんなどうでもいい考えを頭の中で巡らせながら――グリーン・ドラゴンが大きな扉を開くのを見つめる。

 扉が開いた先には――アインズをして幻想的な光景だと思えるような景色が広がっていた。

 

 煌びやかに光る、黄金の玉座。無造作に幾つも積まれた財宝の上に、白い大きなドラゴンがとぐろを巻いている。財宝が発する光で、白い鱗は黄金に染まっており美しい。

 更に、その少し下の位置にこれまた財宝の上にとぐろを巻いた美しい三匹のドラゴン。こちらの三匹は少し青みがかっていて、黄金の玉座に寝そべるドラゴンとはまた違った美しさを漂わせていた。

 

 そして、その玉座の間もまた財宝でひたすらに輝いている。白いドラゴンの背後の扉から財宝が溢れ出し、玉座の間に無造作に転がっているのだ。

 さしものアインズも、この光景には感動を覚えざるをえなかった。

 

(――綺麗だ)

 

 ただ、そう思う事しか出来ない。ゲームではなく現実となった姿で見られるその光景には、そんな陳腐な感想しか浮かんでこない。人は本物を目にした時、形容する言葉は陳腐になるのだと初めて知った。

 しかし――

 

「――チッ」

 

 その感動も、すぐに鎮静化させられる。その無慈悲なアンデッドの特性に、アインズは罵倒を禁じ得なかった。

 

「――覗き見の大好きな鼠が、一体この白き竜王に何の用だ……?」

 

 のそりと起き上がり、牙を鳴らして白いドラゴンが威嚇する。それは強者としての絶対的なプライド。グリーン・ドラゴンを睥睨する瞳には傲慢さが見て取れた。

 だが……決して無警戒などではない。白いドラゴンは言葉とは裏腹に、グリーン・ドラゴンを警戒している。いや、白いドラゴンだけでなく他の三匹の青白いドラゴンもグリーン・ドラゴンを警戒していた。種別は違えど同じドラゴン種族――無警戒ではいられない。

 

(……ん?)

 

 アインズはそこで、一匹だけ違う様子のドラゴンに首を傾げた。それは三匹の青白いドラゴンの内の一匹だ。白いドラゴンと、他の二匹がグリーン・ドラゴンを警戒する中で、一匹だけアインズを見ているのだ。

 

(ふぅん……)

 

 コイツ(・・・)だけ、他とは頭の出来が違う。アインズはそれを確信する。だが――無意味だ。

 

 白いドラゴンに罵倒されたグリーン・ドラゴンはしかし怒りを顕わにせず、陰鬱で下卑た笑いを漏らす。相手を不快にさせるためだけの、神経に障る嗤い方だ。

 

「何がおかしい?」

 

「いやいや白き竜王――下賤な者を見ていると、笑いが止まらないと思っただけさ」

 

 そのグリーン・ドラゴンの言葉に殺意を覚えたのか、空気が変わる。しかしその中でも――アインズを見ていた一匹だけは、そっとその場から離れようとしていた。グリーン・ドラゴンの態度に、このドラゴンは今の危険な状況を確信したのだ。

 

(まあ、させんがね)

 

「――というわけで、旦那! お願いします!!」

 

 アインズがグリーン・ドラゴンの背から降りると同時、グリーン・ドラゴンが頭を下げて調子のいい事を言う。プライドもクソもないその態度に、アインズは呆れかえった。

 

「お前なぁ……。お前みたいな奴を、虎の威を借る――なんだったけな?」

 

 思い出せず、首を捻る。まあ、どうでもいい事だ。アインズは鎧を解いて装備を戻す。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の姿になる。

 

「スケルトン?」

 

 白いドラゴンが首を傾げてそう呟くのを見て、アインズはたまらず苦笑した。

 

(おいおい……スケルトンは無いだろ、スケルトンは)

 

 最上位種、死の支配者(オーバーロード)を見てその感想は無い。そもそも、未知の魔法を使った事に何か疑問を持ったらどうだ。相手のおつむが心配になる。

 

「――本来なら〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉で強さを確かめるんだが、今回はある程度強さが分かっているし、ど派手にするっていう目的があるんでな。派手にいくか」

 

 アインズはグリーン・ドラゴンの前に出て、アインズの装備に欲望を滾らせた瞳をし始めた白いドラゴンを見つめる。そして――

 

「〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 

 魔法防御のほぼ全てを貫通する、次元さえ切り裂くような一撃が放たれた。白いドラゴンは何を告げる事もなく、首と胴体が泣き別れ。もう二度と、くっつく事はないだろう。

 

「――――」

 

 シィン――と静寂が訪れる。全員の視線が、アゼルリシア山脈最強だったはずのドラゴンの二つに別れた体に集まった。ぴくりとも動かない。動くはずがない。何らかの特殊技術(スキル)でも持たないかぎり、二度とこのドラゴンが動く事はないだろう。

 

「――さて」

 

 その静寂を切り裂くように、アインズは口を開く。残った三匹のドラゴンがびくりと体を震わせ、媚びるような視線がアインズとグリーン・ドラゴンの間を行ったり来たりしているが、アインズには関係の無い事だ。

 

「それでは皆殺しといこう。一匹残らず逃がさんぞ」

 

 ドラゴン達の瞳が、絶望で翳った。

 

 

 

 

 

 

「――――え?」

 

(――やっぱりね)

 

 困惑するラキュース達にくってかかるドワーフ達を、ヘジンマールはやはりという思いで見つめた。

 

 ……そう、ヘジンマールには分かっていた。こうなる事は予測していた。ドワーフ達の心は、とっくに折れていたのだという事を。

 

 クアゴア達に襲撃され、クアゴア達の支配下に置かれたドワーフ達。しかし、そうして王都まで連れてこられた彼らに待っていたのは、立場の逆転だった。

 ヘジンマールの父、オラサーダルクは――クアゴア達に飽きていたのである。

 

 ドワーフ達の方が手先が器用で、よほど役に立つ。何より開けられなかった宝物庫の扉を開けられるのが大きい。だからオラサーダルクは、当たり前のようにクアゴア達を捨ててドワーフ達を奴隷にした。

 

 ……自分達を殺していた奴らの立場が逆転し、自分達より下の扱いを受けたのはさぞ気持ちよかった事だろう。同時に、クアゴア達の末路を見てこう思ったはずだ。――ああはなりたくない、と。

 

 そうしてクアゴア達と逆転した立場で、ドワーフ達は生活してきた。もとより他国家と貿易らしい貿易をして来なかった閉鎖的なドワーフ達にとって、オラサーダルクは気持ちのいい支配者だったのだ。

 なにせ、採掘をして、マジックアイテムを作る。黄金や宝石、マジックアイテムを献上するだけでドラゴンの庇護を得られるのならば、それは理想的な関係であったに違いない。

 屈辱はある。家畜の生だとは理解している。

 それでも、今までのクアゴアに怯える生活よりは、よほど開放的な生活だったに違いない。

 

 ――そう、ヘジンマールがオラサーダルクに与えられた最後の仕事とは、クアゴア達の虐殺だったのだから。

 

 坑道を走り回って逃げ回るクアゴアを殺すのは、ヘジンマールにとって多少面倒な作業に過ぎなかった。もとより、ドワーフの文献を読み漁って知識を蓄えてきたヘジンマールには、ドラゴンの超感覚も相まってクアゴア達の追跡は多少面倒な作業程度だった。おそらくまともにやりあえば負ける可能性の方が高かったであろう彼らの氏族王さえ、その知能で追い詰め殺しきった。

 

 そんなクアゴア達の有様は、ドワーフ達の心を折るには十分だった。

 

 だからヘジンマールは知っていたのだ。ドワーフ達は、決して逃げ出さないだろうという事を。

 

(早く説得を諦めてくれないかなぁ。兄弟に見つかる前に逃げたいんだけど)

 

 言い争うドワーフ達とラキュース達を見ながら、ヘジンマールは鼻息を漏らす。心の折れたドワーフ達は、梃子でも動くまい。ならばここに残っているのは危険が大きい。さっさと逃げ出したかった。

 彼らの言い争いをそうして見つめていると、第三者視点だったからこそヘジンマールは気がついた。

 

(……あれ?)

 

 静かだ。いつの間にか、戦闘音らしき音が聞こえない。せいぜい、遠くからドワーフ達の楽しみの声が届くだけだ。

 

(まずい。早く逃げよう)

 

 おそらく、あの漆黒の戦士とグリーン・ドラゴン。そして父達の決着がついたのだろう。あのグリーン・ドラゴンは強いだろうが、父ほどではない。グリーン・ドラゴンが漆黒の戦士にへりくだった態度をとっているのは気になるが、それでも父と同格か少し上程度だろう。母達三匹を合わせた数の暴力には敵うまい。怒り狂ったオラサーダルクが後で直せるからと王城を破壊しまくり、ヘジンマール達の前に出てこないとはかぎらなかった。急いでこの場を離れる必要があるだろう。

 

「あの……」

 

 ヘジンマールはそう声をかけようとするが、しかし聞こえていなかったのかヘジンマールを注目する者はいない。もう一度声をかけようとして――何かが近づいてきているのを感じた。

 

「……!」

 

 ヘジンマールは警戒してその近づいてくる何かに視線を向ける。ドラゴン特有の、重たい足音。しかし、感じる気配はあの陰湿なドラゴンのものだ。ヘジンマールはいつでも走って逃げられるようにしながら、注意深く見つめた。

 そして――

 

「――――げぇ!?」

 

 思わず、悲鳴を上げた。そのヘジンマールの驚愕の声に周囲が一斉にヘジンマールと同じ場所へ視線を向ける。そこに。

 

「――なんだ、お前達。まだこんなところをウロチョロしていたのか?」

 

 グリーン・ドラゴンの体にフロスト・ドラゴンの首をぶら下げた、漆黒の戦士が現れた。フロスト・ドラゴンの首の数は十九。当然、ヘジンマールは全て知っている。この王都に、王城に棲んでいた自分の身内である。

 

「――――え?」

 

 そのありえない光景を前にして、ドワーフ達は目をこすって現実かどうか確かめている。だが、誰もが呆然とする中小さな人影が飛び出した。

 

「すごい! さすがだアインズ!」

 

 イビルアイだ。イビルアイはまっすぐ漆黒の戦士――アインズに向かっていき、その偉丈夫に抱き着いた。それを軽々と受け止めて、アインズはイビルアイを床に降ろす。

 

「おい、ヘジンマール……だったか? これで全部だな?」

 

「あ、はい」

 

 首を全部見せてくるアインズに、ヘジンマールは呆然と頷く。そして、本当の意味で理解が及んだ瞬間――ヘジンマールは体の震えを止められなかった。

 

(も、漏れそう……)

 

 股間からやばいものが漏れそうになるが、何とか気を引き締めて踏ん張る。フロスト・ドラゴンの首をぶら下げたグリーン・ドラゴンは、真顔でアインズの隣に立っていたがヘジンマールには分かる。あれは自分と同じ気持ちだ。きっと、今も股間から溢れそうになる水やらなんやらを、必死に踏ん張っているに違いない。

 

「お前……よく勝てたな」

 

 ブレインの言葉に、アインズは「まぁな」と軽く返す。

 

「魔樹と比べるとドラゴンとゴブリンほど強さに違いがあるからな。それに、コイツ(・・・)が魔法を使えるし助かった。――な?」

 

「ソッスネ」

 

 カクンと人形のように動くグリーン・ドラゴンに、ヘジンマールはこのドラゴンが何故あそこまでへりくだった態度を取っていたのか悟る。しかし口には出来ない。殺される。

 

「――しかしちょうどよかった。フロスト・ドラゴンが巣にしていた財宝を持って帰ろうと思っていたんだが……持ち帰るとまずいものはあるか?」

 

 アインズはドワーフに話しかける。ドワーフ達は……

 

「……った」

 

「うん?」

 

「やったああああぁぁぁぁぁッ!! 儂らは自由じゃああああああああ!!」

 

 ドワーフ達は先程の死んだ目からは打って変わって、光を灯した生き生きとした目で叫ぶ。凄まじい変わり身だが、鬱屈していたからだろう仕方がない。

 

「ア、アンタは儂らの恩人じゃ!! この事をすぐに他の者達にも伝えねば!!」

 

 何度もアインズに礼を言いながら、ドワーフ達は駆けていく。置いていかれたアインズ達は、ぽかんとそんなドワーフ達を見送った。

 

「…………どうするんだ、この状況」

 

 ぽつりと呟かれたアインズの言葉が、あまりの変わり身の早さを見せたドワーフ達に届かず消える。

 

 

 

 

 

 

 ドワーフ達は騒ぎ、宴を開き、三日三晩踊り狂った。その様子を見続けたアインズ達はげっそりした様子で山を下りる。

 

「……とりあえず、依頼は完了でいい、のか?」

 

「いいんじゃないでしょうか……?」

 

 山を下りながら呟いたアインズに、ラキュースもげっそりしながら肯定する。フロスト・ドラゴン達の首は腐らないようにマジックアイテムで包み、アインズの馬のゴーレムに持たせて持ち帰っていた。ドワーフ達に食料を分けてもらったので、余裕をもって帝国まで帰還出来る。

 

「しかし、いいのかゴンド。国を出るだなんて」

 

 アインズはチラリと、“漆黒と蒼”と共に山を下りて帝国へと向かうゴンドを見た。ちなみに、ヘジンマールもくっついて来ている。

 

「かまわんじゃろう。それに、儂はルーン技術の向上をしたいんじゃ。このまま国にいても、失伝するだけじゃしな。いい機会じゃったと思うぞ」

 

「まあ、帝国ではドワーフの人権は保障されているし、ヘジンマールにも働き口が山ほどあると思うが」

 

 ジルクニフならばヘジンマールを悪いようにはしないだろう。むしろ特別待遇してくれるかもしれない。

 

「一応口利きはしてやるが、これからの人生はお前達の行動次第だ。好きにするがいいさ」

 

 アインズはそう言って、これ以上ゴンド達の深い位置に踏み込むのはやめた。それよりも……。

 

「大丈夫か、ラキュース?」

 

 アインズはラキュースに訊ねる。ガガーランは年齢的に善意が感謝で返ってくるとはかぎらない事を知っているだろうが、ラキュースには初めての経験なのではないだろうか。そう思って気にかけるが、ラキュースは気にせず笑った。

 

「大丈夫よ、そういうこともあるわよね。でも、何もしないよりは全然マシだから、よかったと思うの」

 

 ラキュースはいつも通りの、輝きに満ちた笑顔をアインズに返した。アインズは「そうか」と呟きそれ以上の追及をやめる。

 

「しかし俺らも貰ってよかったのか、コレ」

 

 ブレインがドワーフ達に貰った、ドワーフの宝物庫にあったアイテムや宝石をじゃらりと鳴らす。アインズは鼻を鳴らした。

 

「別にかまわないんじゃないか? 俺達はチームだしな」

 

 フロスト・ドラゴン達を討伐したのはアインズだが、ブレイン達が役立たずだったわけではない。というか、今回はアインズがプレイヤーの遺産を気にして乗り込んだために迷惑をかけた、という方が正しいのだ。出来れば貰っておいて欲しい。

 

 ……結局、プレイヤーの遺産らしきものは無かった。二〇〇年前に、ルーン工王なる存在がドワーフの秘宝などを持っていったらしく、そういったアイテムは無いというのがドワーフ達の言い分だ。

 ――きっと、プレイヤーの存在と共に失われたのだろうとアインズは思う事にする。気になるアイテムは幾つかあったが、何がなんでも欲しいというほどのアイテムは存在しなかった。

 

「フロスト・ドラゴン達の残した財産もある。彼らは再び、自分達だけの力で立ち上がるさ」

 

 イビルアイはそう告げ、再び普段通りの無言になる。先頭を歩いていたティアとティナは、そのタイミングで振り返った。

 

「あと少しで最寄りの街に着く」

 

「早く帰って寝たい」

 

「だな」

 

 二人の言葉にガガーランも同意した。アインズ達も同じ気持ちだ。本当に、今回は気疲れした。

 

「……そういえばアインズ」

 

「うん?」

 

 イビルアイが話しかけてきたために、アインズは立ち止まる。イビルアイはアインズの横に並ぶと、小声で囁いた。

 

「あのグリーン・ドラゴン。放っておいてよかったのか?」

 

「――ああ、なるほど」

 

 イビルアイの言いたい事を察し、アインズは口を開いた。

 

「大丈夫だろう。――――それに、真の栄光とはどのような形にせよ、一歩踏み出す勇気を持つ者にだけ訪れるべきだと思わないか?」

 

「……ふん。確かにな」

 

 アインズの言いたい事をイビルアイも察したのか、それ以上グリーン・ドラゴンの話題が上る事はなかった。それに――

 

(一ヶ所にたくさん集めておいてくれた方が、回収し易い(・・・・・)からな)

 

 そう、そしてその方がたくさんの財宝を手に入れられる。これはグリーン・ドラゴンが自分から言っていた事だ。

 おそらく最短で五年。そのくらいで回収する日がくるだろうが、それまでに是非あのグリーン・ドラゴンにはアゼルリシア山脈中の財宝を集めておいてもらいたいものだ。

 

 ――――文字通り、あらゆる場所(・・・・・・)の財宝を。

 

 

 

 ――――そして、ドワーフの国は襲撃される。

 

「俺の物だ! 全部、俺の物だぁッ!!」

 

 エメラルドのように輝く鱗を持ったドラゴンが、ドワーフ達を蹴散らしながら財宝を漁っていた。口元は残虐に歪み、財宝を持てるだけ奪っていく。

 そのグリーン・ドラゴンの襲撃は、不規則に、しかし長い間続いた。

 

 いつか、死の支配者(オーバーロード)がその竜の巣を訪れる、その日まで。

 

 

 

 

 




 
フロスト・ドラゴンの首を十九個ぶら下げて歩くのが最近のトレンド。
 

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