マルガレーテ《完結》   作:日々あとむ

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今回は捏造が多いですよー。

■前回のあらすじ

帝国余裕の圧勝。
 


The Bloody Tyrant Ⅲ

 

 

 ――王国と帝国の勝敗は決し、帝国が勝利した。全面降伏を余儀なくされたランポッサ三世を初めとした王族、そして六大貴族を初めとした大貴族達と中層から下の一部の貴族達は王都へと帰還した。彼らは現在、ロ・レンテ城の玉座の間に集められ、自分達の新たなる支配者――帝国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの決定を待っている。周囲は騎士のアンデッド――デス・ナイト一体とフールーダ、四騎士の三人と帝国騎士達が控えており、例えガゼフであろうと誰かを護衛しながら突破するのは不可能だろう。……もっとも、ガゼフは現在王国の騎士達や戦士団と共に牢に入れられており、この場にはいないが。

 

「――――」

 

 誰もが、忌々しげな顔で、そして恐怖を帯びた顔でジルクニフの登場を待っている。涼しい顔をしているのは命が保障されていると思っている裏切者くらいか。そして、しばらくするとジルクニフが四騎士の一人を連れて玉座の間へとやって来た。ジルクニフは自然な動作で貴族達を睥睨しながら玉座に座る。かつて、ランポッサ三世が座っていた椅子――絶対者のためであったはずの椅子へと。

 

「よし、全員揃っているな」

 

 ジルクニフは全員の顔を見回し、満足げに頷いた。そんなジルクニフに、命の危機を恐れず手を上げて存在を示した者がいる。ランポッサ三世だ。

 四騎士が剣に手をかけるが、それをジルクニフが止めてランポッサ三世に口を開くよう促す。ランポッサ三世は許可を得て、口を開いた。先程から疑問に思っていた事を。

 

「娘の、ラナーがいないようなのですが……」

 

 王の言葉遣いではないが、もはや上下関係は決している。今まで通りの言葉遣いが出来るはずもない。丁寧な口調でランポッサ三世はジルクニフに問うた。そしてランポッサ三世の言葉通り、バルブロやザナック、それどころか嫁いだはずの第一王女や第二王女までこの場にはいるのに、彼女だけが存在しなかった。

 周囲の貴族達もようやく彼女がこの場にいない事に気がついたのか、少しだけざわりと騒がしくなる。ジルクニフはランポッサ三世の質問に答えた。

 

「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは現在、帝都アーウィンタールの皇城で客人として迎えており、この場にはいない。近々妾の一人として後宮に入る予定だが――何かあるかな?」

 

「――――」

 

 その言葉で、帝国がラナーをどういう扱いにする気か悟る。ラナーは唯一、王族の中で絶大な人気を民衆に誇っている。その後の統治に対する、人気取りのためだろう。ラナーは幸い未婚であった。愛妾として迎え入れ、王国民の支持を得るつもりなのだ。

 ……ただ、少しだけ分からない事がある。それならば正妻として娶った方がよほど効果があるはずだ。だというのに、何故ジルクニフはそうしなかったのだろうか。彼ほどの頭脳があれば明白であったはずなのに――レエブン侯は内心で首を傾げた。

 しかし、それでもラナーの扱いに納得がいったのだろう。ランポッサ三世はそれを聞いて、安心したように思えた。これ以上の扱いを求めるのは贅沢に思えたのかも知れない。何せ、敗戦国の王女なのだから。

 

「さて、納得がいったようだな。では始めるぞ。――まずは改めて自己紹介をしよう。諸君、私が諸君らの新たなる支配者、バハルス帝国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

 

「…………」

 

「――ふふん。沈黙は肯定と取る――なんて馬鹿な言葉があるが、まあいい。納得したものとして話を進めよう。このリ・エスティーゼ王国は名を改めた後自治領として、バハルス帝国に属してもらう」

 

「――――」

 

 その言葉に、思わずざわりと玉座の間の空気が揺らぐ。奴隷として支配されるに決まっていると思っていたのに、自治領という事は独立国に近い扱いを受ける、という事だ。

 だが、少し考えてレエブン侯はなるほどと頷いた。よく考えれば、帝国の持つ兵力は帝国騎士およそ八万人。都市を一つ支配するならともかく、この程度の数では急な支配なぞ出来るはずがない。まずは自治領として扱い、急な領域拡大に対応するつもりなのだ。自治領ならば帝国の負担は最低限で済む。ゆっくりと時間をかけて王国民達の意識改革をするつもりなのだろう。

 では、その自治領の主をどうするか――涼しい顔をしている裏切者のブルムラシュー侯に統治させるつもりなのだろうか。

 

「あ、あの! その自治領の領主は――」

 

 貴族の一人が慌てたように声を出す。しかし、ジルクニフに睨まれ声が萎え、四騎士の一人が剣を抜いたのを見て押し黙った。ランポッサ三世との会議に慣れてしまい、つい口から言葉が出てしまったのだろう。

 

「――さて、続きを話そう。このエスティーゼ自治領の領主は既に決めている。変更の予定は無いので、そのように思いたまえ。これから自治領としてその領主と税や今回の戦争との賠償金の話を煮詰めておきたいのだが――その前に、ゴミを片付けておかないとな」

 

「――――」

 

 その言葉に、誰もがごくりと喉を鳴らした。その言葉があまりにも不吉な言霊を帯びていたからだろう。そんな貴族達を見てジルクニフの顔が歪んだ笑みを形作る。背後に控えていた四騎士の一人が、懐から羊皮紙を取り出すとそれを広げ、名前を呼び始める。

 

「では、まず元リ・エスティーゼ王国の第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。それから――」

 

 バルブロから始まり、次々と読み上げられていく名前。レエブン侯は心の中で、名前を読み上げられなかった者達を数えた。まず、ランポッサ三世にザナック、この場にいないラナー含めた三人の王女。六大貴族の中では唯一自分だけ。主だった貴族達は全員読まれていく。

 そして――最後に、こう締めくくられた。

 

「――以上の者達を、リ・エスティーゼ王国を統治する王族・貴族としての身でありながら、非合法組織八本指と癒着し、民衆から不当に税を搾取し私腹を肥やし、法律を破っていたものとして火刑(・・)に処す」

 

「な――」

 

 一瞬の静寂。後に――怒号が玉座の間に響き渡った。

 

「ふ、ふざけるなぁ!! なんだそれはぁ!?」

 

「そ、そんな証拠がどこにある!? 貴族に対して、なんたる無礼! あげく火炙り(・・・)だと!? な、な、何様の――」

 

「ば、馬鹿な――約束したではありませんか!? ご、ご無体な――」

 

「――――黙れ」

 

 ジルクニフの言葉とともに、デス・ナイトが唸り声を上げた。その怖気の奔る気配に、瞬時に貴族達が押し黙る。もしかすると、股間を濡らしている者さえいるかもしれない。それほどの恐ろしさだからだ。

 そしてブルムラシュー侯もまた名前を読み上げられ、顔色が蒼白になってる。裏取引をしているはずなのに、ジルクニフに容赦なく他の者達と同じような罪状を告げられたからだろう。

 

「これは決定事項だ。お前達はその罪状で、明日この都市の大広場で火刑に処す。――無論一族郎党全員(・・・・・・)な」

 

「――ぜんいん?」

 

 その言葉で誰もが呆然とした。自分達だけではなく、一族全員。それはつまり――

 

「待――待っていただきたい、皇帝陛下。そ、それは……つまり」

 

 ランポッサ三世の言葉に笑みを浮かべてジルクニフは告げる。

 

「そうとも。そこの元王女二人は既に嫁いだ身……当然、そこにいる貴族達の身内として数えるぞ」

 

「――――」

 

 ランポッサ三世の顔色は蒼白だ。二人の王女も顔面を蒼白にして「ひ……」とか細い声を上げている。

 あらゆる意味で押し黙った王族・貴族達を見て再び四騎士の一人が口を開いた。

 

「特に第一王子の身でありながら、八本指と癒着していた男の罪は重い。よってバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフは他の者達と別けて火刑に処する。――そして元国王のランポッサ三世、第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ両名は王族でありながら貴族達を御しきれず、八本指という害悪を肥え太らせ、王国内に麻薬を蔓延させ帝国にまで広めたことにより、絞首刑とする。――――以上」

 

 これで役目は終わったのか、羊皮紙を読み上げていた四騎士の一人は口を閉じると、羊皮紙を懐にしまった。ここに王族・貴族達の末路は決定したのである。誰ともなく、「悪魔め……」という言葉が呟かれ、玉座の間に響いた。

 だが、たった一人だけ未だ名前が出てない者がいる。――即ち自分、レエブン侯である。レエブン侯は手を上げ、ジルクニフに存在を示した。

 

「――なにかね?」

 

「――私の名が無かったように思えるのですが……聞き間違いでしょうか?」

 

 あまりに不可解な疑問に口を開いたが、レエブン侯の言葉で他の者達もレエブン侯の名が無かった事に気がついたらしく、疑問符を浮かべる。ジルクニフはレエブン侯にどこか、どこか気味の悪い笑みを向けて口を開いた。

 

「ああ――エリアス・ブラント・デイル・レエブン候爵。貴殿のことをまだ告げていなかったな。貴殿はその優秀な頭脳を見込んで、これからこの自治領を統治してもらうことにした。期待しているぞ」

 

「――――」

 

 その言葉に、レエブン侯は呆然とした。確かに、自分は妻子のために何とかジルクニフと話をしようとしていた。しかし、その前にこんな形でジルクニフと関わる事になるとは。レエブン侯はぞくりとした視線を感じ、思わず周囲を視線を動かさずに見回した。

 

「――――」

 

 見ている。誰もが、怨嗟の感情で瞳を染め上げて。自分だけ助かったレエブン侯を見ていた。ザナックでさえ。

 ――真の裏切者はここにいたのか、と。

 

「…………」

 

 レエブン侯は思わず喉をごくりと鳴らす。確かに、この状況は誰が見てもレエブン侯の裏切り行為があったとしか見えない。そもそもレエブン侯が政治能力に優れており、頭もいいのは王族・貴族の誰もが知っている事だった。

 だからこそ、誰もがレエブン侯が国を売り、ジルクニフと裏取引をしたと信じている。

 

「…………」

 

 ここで、自分はそんな事は知らない、と身の潔白を訴える事は出来ない。そうすれば妻子はどうなるのか。せっかく助かった二人を殺すような真似をレエブン侯が出来るはずがない。

 裏切者だと思うのならば思うといい。愛する妻と子のためならば、自分は悪魔(ジルクニフ)に魂を売るだろう。

 

「――納得がいったようだな。では、これから国政について話し合わねばならん。そこの犯罪者どもを明日まで牢に入れて置け」

 

 ジルクニフの言葉に、帝国騎士達が動く。貴族達が抵抗を示した。

 

「や、やめろぉ! 離せぇ!!」

 

「た、助け、助けてくれ!!」

 

「じにだくないぃぃ!! じにだくないぃぃぃいい!!」

 

 そう叫びながら、貴族達はズルズルと帝国騎士達に抵抗虚しく連行されていく。もはや諦めたように肩を落として、それに王族達も続いていた。――貴族の顔色を伺わないと何も出来ない名ばかりの存在であった王族達の方が、上に立つ者として死の覚悟が決まっているとは奇妙な話である。

 

 ――そして、その場にジルクニフ、四騎士、フールーダとデス・ナイト……レエブン侯が残された。

 

「――さて、本格的に統治について話を進めよう。まずは、こちらからの要求だ。読みたまえ」

 

 静かになった玉座の間にジルクニフの言葉が響き渡る。四騎士の一人が羊皮紙を取り出し、レエブン侯へと渡した。レエブン侯はその羊皮紙に目を通す。そこには、敗戦国としての賠償金の金額や、今後ここを自治領として統治していく上での納税額、所持する事が許される軍事力、都市間の関税額など、様々な事が書かれていた。

 それらを全て読み上げたレエブン侯は、思わず目を見開き何度も何度も上から下まで確認した。どうか見間違いであって欲しいと。

 そして――何度読み返してもこれらが決して見間違いではなく、ここに書かれた内容が真実なのだと理解した時。レエブン侯は顔面を蒼白にしてジルクニフを見上げた。玉座の上で嗤っている、悪魔へと。

 

「これはし、正気でしょうか皇帝陛下?」

 

「うん? 文字が読めなかったかな? レエブン侯」

 

「――これは正気かと言っているのです! 馬鹿な、こんな額の賠償金――払えるはずがないではないですか!」

 

 戦争の責任としての王国の賠償金額は、レエブン侯をしても見た事もない数字だった。こんなものを払わせられたら、国庫は間違いなく空になるだろう。

 そして次の納税額も狂っている。間違いなく重税だ。こんなにも民衆から搾り取れば、二・三年もせずに民衆が餓死する。どんなに長引かせても五年が限度だろう。

 そして治安を維持するために所持する事が許される兵力はおよそ三万。一応、帝国騎士達がここに自分達の見張り役として追加されるが、その数は五千も無い。

 都市間の関税も酷い。元王国民が別の国に身を移して逃れようとしても、これだけの額は払えまい。民衆は移住すら許されず飼い殺しにされる。

 

 悪魔だ。こんなものを考えるなぞ、悪魔にしか思えない。

 

「それをどうにかするのが貴殿の仕事だろう? 期待しているぞ、レエブン侯――」

 

「――――」

 

 そのレエブン侯の訴えを、ジルクニフは笑顔で流した。寒気と吐き気のする笑顔だった。

 

「ああ、それから元エ・ランテルは自治領ではなく、帝国領として扱わせてもらうからな。帝国の軍団を一つ駐留させ治安維持に充てるし、税の回収もこちらでやる。そこに書いてる取り決めとは無関係とさせてもらおう」

 

 エ・ランテルは城塞都市だ。まだ多少痛んでいるとはいえ、確かに役に立つ。あと変わった事があると言えば――アダマンタイト級冒険者の漆黒がいる事か。そして、それがジルクニフがちゃんとした帝国領でエ・ランテルを分けた答えのような気がする。

 

「なぁに、安心したまえレエブン侯。君の妻子は当然、こちらで安全に過ごせるよう面倒を見るとも! 帝都で客人として丁重にもてなすように、既に帝都に来てもらっている! 安心して、仕事に励めよレエブン侯」

 

「――――」

 

 それを聞いて、目の前が真っ暗になった。

 意味する事は唯一つ。レエブン侯に対する人質である。逆らえば、妻子の命の保障は無いと、そう言外に告げているのだ。

 レエブン侯は陸に打ち上げられた魚のように、口を開いては閉じる事を繰り返した。口から言葉が出て来ない。

 

「三万の兵士は貴殿が自由に選びたまえ。このロ・レンテ城でしっかり義務を果たせよ。――おっと、ニンブル。羊皮紙を回収しろ」

 

 四騎士の一人が歩いて来て、レエブン侯の手から羊皮紙を回収する。――証拠隠滅。レエブン侯はジルクニフの考えている事が手に取るように分かった。分かってしまった。

 絶望に染め上げられたレエブン侯の表情を見下ろしながら、ジルクニフは口を開く。

 

「精々頑張って、この自治領を統治したまえ」

 

 

 

「糞が! あの悪魔め! 死ね! 死ねぇ!!」

 

 与えられたロ・レンテ城内にある執務室で、レエブン侯は頭を抱えた。

 

 ――ジルクニフの意図は明白であった。少なくとも、レエブン侯にとっては手に取るように分かった。おそらく、向こうも隠してはいないのだ。

 

「――あ、ああぁぁぁぁああぁああああ」

 

 これからの事を思い、レエブン侯はその場に蹲る。誰か助けて欲しい、と切に祈った。

 

 ――帝国はわざと王国を自治領にし、その統治をレエブン侯に任せた。それは今の帝国では隅々まで支配出来るほどの戦力が無い事を意味するが、同時にある目的もあったのだ。

 

 帝国は、王国から財を限界まで搾取する気でいる。

 

 戦後の賠償金の額や、納税額を見れば明白だ。これは完全な圧政である。そして逃げようにも、一番近いエ・ランテルや評議国まで渡る前にある税関の額が凄まじ過ぎて渡れない。勿論、あちらからこちらに来る際は別だが、この王国であった自治領から出る際の額は平民では払えないだろう。結果として、自治領から出られずいつまでも圧政に苦しめられる事になる。

 当然、その圧政の責任を取るのはレエブン侯だ。帝国は知らぬ存ぜぬと言い張るだろう。レエブン侯が私腹を肥やしたくて圧政を敷いたのだ、と。ロ・レンテ城で仕事をするように言ったのも、その思い込みに拍車をかけるためだ。……レエブン侯が全ての元凶である、と。

 そしてこのレエブン侯の圧政から民衆を救うのは勿論、帝国のジルクニフだ。数年後、限界まで搾取した後に正義を謳い圧政を敷いたレエブン侯を打ち倒す。王国から搾取した帝国の国庫の金で、民衆を救う。民衆はジルクニフを正義の皇帝陛下と謳い感謝するだろう。全て、帝国の茶番だと気づきもせず。

 ――そして今回の戦争も、全ての責任を王国に負わせる気だ。帝国が戦争を仕掛けた理由は正義のため。八本指をのさばらせ、王国内のみならず帝国まで麻薬を広め、私腹を肥やす王族や貴族達に天誅を下す。誰が見ても、正義を疑う事はあるまい。実際、真実の一部でもあるのだから。

 

 死ぬ。自分はこの数年後、全ての責任を負わされ殺される。しかし、それを拒否する事は出来ない。拒否するには――妻と子はあまりに愛おし過ぎた。

 

 帝都で客人として扱う、とは言っていたが確実に自分に対する人質だ。レエブン侯は、ジルクニフに自分という人間性を完全に見抜かれている事を自覚した。

 

 ――レエブン侯の部下や関係者に集中する、頭のいい人間。ジルクニフは誰に統治させるのがいいか事前に調べ、おそらくレエブン侯に白羽の矢を立てたのだ。……王家の交代劇を目論みながらも、妻子が出来た途端にそれを止めてしまった愚かな男だと見抜いて。

 

「う……うぅ……」

 

 蹲って、涙を流して床を濡らす。駄目だ。妻と子は捨てられない。だがそれは民衆に圧政を強いる事を意味する。民衆の不満は日に日に強くなり――ある日、爆発するだろう。

 そしてその爆発する瞬間を帝国が狙ってレエブン侯を処刑する。

 ――もはやレエブン侯に取れる手段は一つしかない。レエブン侯が生きているかぎり、妻と子は生かされる。帝国は攻めてこない。代わりに、民衆は搾取され続ける。

 

 それを、許容する。

 

「……何か、何か方法は無いのか。何か――」

 

 レエブン侯はいつまでも、その執務室で考え込んだ。答えの出ない疑問が、ずっと頭の中に回り続けている……。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 ガゼフは城の牢の中で、武装を剥がされ一人静かに瞑想していた。

 心は酷く穏やかだった。この後の自分の運命を悟っているからかも知れない、と自分では思う。

 だが、それもいい。最後まで、その心に殉じよう。例えそれが、自分勝手な欲望であろうとも。

 

「――随分と静かだな」

 

 ここで聞こえるはずの無い声に、ガゼフは瞑想していた瞳を開いた。いつの間に、と言うべきか。そこにガゼフが知っている人物が立っている。

 だが、何故かそこに立つ人物にガゼフはあまり驚かなかった。なんとなく、もう一度会える気がしていたからかもしれない。

 

「――ゴウン殿」

 

 ガゼフの牢の前に、漆黒の戦士が静かに立っている。彼はガゼフの牢の前にある看守用の椅子に腰かけると、ガゼフを見た。

 

「――数日ぶりだな、ガゼフ・ストロノーフ。死を直前にして、もっと騒いでいるかと思ったぞ」

 

 口調は酷く砕けていた。おそらく、これがアインズの素なのだろう。こんな時だが、アインズの素を知る事が出来てうれしく思う。

 

「……なに、騒いでもどうにもならないと知っているのだ。ならば、みっともなく泣き喚くわけにはいくまい。俺は、王国戦士長であり、王の剣なのだから」

 

「――――」

 

 その言葉に、アインズは肩を竦めたようだった。今度はガゼフの方から、アインズに質問する。

 

「ところで、ゴウン殿は帝国の人間だったのか?」

 

「いや、違う」

 

「? では、俺との面会が許されたのだろうか?」

 

 帝国の人間ならば、確実にアインズは帝国でも地位の高い者だ。ガゼフに会うくらい許されるだろう。しかし違うのなら自分への面会が許されたのか、と思ったが自分で言っていて、それなら先にブレインが来るだろうな、と思う。実際、アインズは首を横に振った。

 しかし、そうなるとアインズがここに来た残された手段は――見張りを掻い潜っての潜入しかない。

 

 疑問が顔に出ていたのか、アインズが面白そうな声色でガゼフに声をかける。

 

「そうだな。――例えば、俺の正体が実は、フールーダを超える魔法詠唱者(マジック・キャスター)だった、というオチはどうだ?」

 

「……それは。いや、貴殿が言うのならそうなのだろう」

 

 ガゼフはアインズの言葉に納得した。疑う事はしなかった。アインズの言葉なら信じられる、と理屈抜きで納得したのだ。例え戦士としての身体能力で、アインズが圧倒的に専業戦士である自分よりも上であったとしても。

 

 苦笑し納得したガゼフに、むしろ逆にアインズの方が驚いたようだった。

 

「――それで、貴殿はここに何をしに来たのだ? まさか、最後に俺の顔を見に来た、というわけではあるまい?」

 

 そして、最大の疑問をアインズに投げかける。アインズがここに何をしにきたのか、ガゼフはさっぱり分からなかった。だからこその質問だった。

 アインズは少し考え込む素振りを見せると――ガゼフに問う。

 

「なあ、ガゼフ・ストロノーフ。ここから出て、何もかも新しく始めてみる、というのはどうだ?」

 

「――――」

 

 それは。

 

「ここにいれば、明日には確実に処刑されるだろう。お前は王に近過ぎた。他の戦士達のように、単なる軍人として処理することは出来ない。そうだろう?」

 

「……その通りだ」

 

「だから、ここから出る気はないか? 転職して別人になる気は? お前がそれを望むなら、俺はアインズ・ウール・ゴウンの名に誓い、必ずお前が自由になれるよう働きかけるだろう」

 

「――――」

 

 間違いなく、ここは人生の分岐点。諦めていた人生の続きが、ここにある。勿論、何らかの代償はあるのだろう。アインズはそこまで甘い男ではないと思う。

 しかし、それは生への渇望の前には、躊躇する理由にならない。彼は誠実さには誠実さで返すだろう。これは自分の勝手な人物像であったが、間違っていないと思う。ガゼフはそう信じている。

 

 だから、ガゼフの言葉は決まっていた。

 

「――申し出は嬉しく思う。しかし、断らせていただこう」

 

「…………」

 

 アインズは断ったガゼフを、じっと見つめている。奇妙な生き物を見る視線だった。まるで、初めて見る珍種に出遭ったような。そんな視線をガゼフは感じ取る。

 

「……死が怖くないのか?」

 

 アインズの問いに、ガゼフは首を横に振った。

 そんなはずはない。死が怖くない生物なぞいるはずがない。

 

 そうだ、怖い。死は誰だって怖い。蘇生魔法はあるが、そんなものがあっても死の恐怖を和らげる役目になるはずがない。

 ……そうだ、ガゼフは怖かった。許されるなら、泣き喚いて助けてくれと懇願したかった。それが生物として正しい行動だろう。きっと、そうしても誰もガゼフを責めない。

 だが、ガゼフはそれを鉄の意思で抑え込んだ。

 

「俺は王の剣だ。王から受けた恩義に懸けて、命惜しさにここから逃げ出すなぞ出来るはずがない」

 

「……恩義ねぇ……」

 

 ガゼフの言葉に、アインズが懐疑的な声を漏らす。その先を言わせてはならない、とガゼフは思った。しかしガゼフには止められない。アインズとの距離は、牢が隔てて絶望的だ。

 だから、アインズは容赦なくガゼフに現実を突きつけた。

 

「お前が王から受けた恩義は、帝国では当たり前の光景(・・・・・・・)だろう」

 

「――――」

 

 その言葉を、ガゼフは否定する事が出来なかった。

 

「ブレインから聞いたが、お前はかつて御前試合でその強さを見出され、王の部下になったそうだな。なるほど、確かに王族が平民に視線を向け、信頼することはあり得ないことなのかもしれない。――しかし」

 

 それは、帝国では当たり前の光景だった。ガゼフがランポッサ三世に見出した輝きは、帝国では誰もが持っている平等の権利でしかなかった。

 そのような常識が無い場所でそれを行ったランポッサ三世こそが素晴らしい――などと、ガゼフは言わない。自分達は一つの命だ。王も貴族も平民も、全ては一個の生命でしかない。つまり、本来ならば誰もが持っている平等の権利としてそれはあるべきだ。

 そんな、生命として保障されるべき権利を――王国は民衆に持たせられなかった。

 

 だが、ガゼフはランポッサ三世を責めない。例えランポッサ三世の慈悲が本来ならどこにでもある、当たり前の権利であろうとも。むしろそれを当たり前にしてあげられなかった、自分の無力と王国の悲哀をこそ、ガゼフは呪う。

 

「――ゴウン殿。確かに、俺が王に見出した輝きは、帝国では当たり前なのかもしれない。これは俺の我が儘なのかもしれない」

 

 きっと、ガゼフがこのまま王に殉じるよりも、生きて外に出た方が救われる人は多いだろう。真実、人を救いたいと思うのならば、ガゼフはアインズの手を取って外界へ出るべきだ。

 だが、それだけは出来ない。ガゼフ・ストロノーフは王の剣。それを裏切る事だけは、絶対に出来ない。ガゼフがランポッサ三世に見出したその輝きを、無にする事だけは認められない。

 

 ――例え、それがいつかは。

 どこにでもある、当たり前の光であったとしても。

 

「――――」

 

 ガゼフの言葉を聞いたアインズは、数秒の沈黙の後、ガゼフを見つめながら静かに呟いた。

 

「……そうか。その瞳は以前にも見たな。死を前にしながらも覚悟する人の意志」

 

 その輝きに――俺は憧れてやまないのだ。――アインズはそう小さく呟いて、椅子から立ち上がった。

 

「ではな、ガゼフ・ストロノーフ。お前のことは忘れない」

 

「ああ、ありがとうアインズ・ウール・ゴウン。貴方のことを、俺も忘れない」

 

 漆黒の戦士はガゼフのいる牢から去って行く。その背中に、ガゼフはある事を思い出して呼び止めた。

 

「ゴウン殿!」

 

「――――」

 

 これは余計なお世話かもしれない。アインズの迷惑になるかもしれない。しかし、譲れなかった。

 脳裏を過ぎるのは、この戦争前にある約束をした男。その約束を反故してしまうために、ガゼフはこんな事をアインズに頼むのは厚顔無恥だと思いながらもアインズにしか頼めないために、頼んだ。

 

「――俺が没収された王国の武装の中に、一つだけ王国の秘宝ではなく、人から譲り受けた指輪がある。それを回収し、どうかブレインに渡してくれないだろうか」

 

「――――」

 

「こんなことを貴殿に頼める立場ではないのは分かっている。しかし――」

 

 ガゼフがなおも言葉を募ろうとすると、アインズが止めた。そして、頷いてくれる。

 

「ああ、いいとも。任せろ」

 

「――感謝する、ゴウン殿」

 

 それで、終わりだった。アインズは去って行く。ガゼフは、その背中を見送った。

 ……明日、ガゼフは処刑されるだろう。おそらく、帝国の皇帝はガゼフに自分の軍門に降るよう告げるだろうが、ガゼフは拒否するつもりだ。アインズにも頷かないものを、ジルクニフなんぞに譲れるはずがない。あんな、信頼など決して出来ない男には。

 

「――――」

 

 しかし、ガゼフの気持ちは穏やかだ。心残りはあるし、後悔もたくさんある。だが、それでも気持ちは穏やかだった。この分なら、例え首を斬り落とされる直前であっても、決してみっともなく喚く事はないだろう。

 だから、ガゼフはひたすら明日を待ち続ける。ガゼフ・ストロノーフという男の人生の最期を。

 

 

 

 

 

 

 ――ラキュース達蒼の薔薇と、同じくアダマンタイト級冒険者チームであり、ラキュースの叔父がリーダーの朱の雫はその日、冒険者組合で信じられない事を告げられた。

 

「……降格!?」

 

 絶対に納得出来ないであろう事を告げられて、ラキュースは仰天する。それは勿論、朱の雫もだ。冒険者組合の組合長は苦々しい顔で、ラキュースに理由を告げる。

 

「――帝国の方から、ラキュース。貴方に帝国の作戦中に反抗的な態度を取られたとして、苦情が来ているの。冒険者が国家の政治に関わらない、と言うのなら誠意を見せろ、だそうよ」

 

「――な」

 

 ラキュースの脳裏に過ぎるのは、先日の帝国軍の王都強襲の件だろう。ちょうどラキュースはラナーのもとにおり、その帝国軍の作戦行動中に遭遇してしまった。その時、確かにラキュースはラナーを守るために少しばかり反抗的な態度を取ったかもしれないが――まさか、冒険者組合にこうして苦情を入れてくるとは。

 

「心当たりがあるのね」

 

「それは――はい。申し訳ありません」

 

 素直に頭を下げる。悔しかったが、それを口には出せない。

 

「そう。なら理解出来るわね? 貴方の交友関係に口を出す気はないけれど、向こうはそうは思ってくれないわ。アダマンタイト級冒険者である貴方の行動を軽率なものと判断し、ペナルティを与えます。当然、同じく貴族出身者のいる朱の雫も同様にしなくては帝国は納得しない。――全員、アダマンタイトからオリハルコンに降格とします」

 

「…………でも朱の雫までなんて、そんな!」

 

 思わずラキュースは声を上げるが、組合長は首を横に振った。

 

「……エ・ランテルの漆黒は不可侵を貫いたそうよ。蒼の薔薇と漆黒の違いを、帝国は貴族出と捉えているの。この処分が不服なら、大変申し訳ないけれど――蒼の薔薇と朱の雫を、冒険者組合から追放します」

 

「――――!!」

 

 そのあまりに横暴であるとも言える処分に、ラキュースは顔色を真っ青にする。しかし、なおも抗議しようとするラキュースを、朱の雫でありラキュースの叔父であるアズスが止めた。

 

「ラキュース。納得したまえ。我々も納得する」

 

「で、でも叔父さん……!」

 

「組合長、此度は大変ご迷惑をおかけした。その処分を受け入れよう。プレートをいただきたい」

 

「――ごめんなさい」

 

 組合長はそう告げると、準備していたプレートをラキュース達に引き渡した。そして、その後もう一度頭を下げると、組合長は退室する。後には、蒼の薔薇と朱の雫だけが残された。

 

「……叔父さん。それに朱の雫の皆さんと、ガガーラン達も……私のせいで迷惑をかけて、本当にごめんなさい」

 

 ラキュースはまず、アズス達に謝った。しかし、一番迷惑をかけられたはずのアズス達が苦笑して、ラキュースに対して告げる。

 

「いや、怒ってなどいないさ。友人を助けたかったんだろう? なら、それを誇りなさい。――それに、おそらくではあるが、帝国は何かと理由をつけて我々が降格処分になるように動いただろうからな」

 

「え?」

 

 不思議に思い、アズスを見る。アズスはラキュースに告げた。

 

 ……帝国では治安がしっかりしているせいか、冒険者達の地位が低い。閑古鳥が鳴いている、とは言わないが王国ほど活気づいてはいないのだ。

 だが、それは本来正しい。軍がしっかりしているならば、人類を守るという冒険者は必要がないはずなのだ。むしろ満足に民衆を守れない王国こそが恥じ入るべきであるだろう。

 帝国は自らの軍で民衆を守れる。よって冒険者の地位は低く、冒険者としての利権は年々潰されていっているのだ。だからこそ、王国という余所者でありながらアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇と朱の雫の冒険者としての権威を、落としてきたのだろう。ラキュースとアズスが貴族である以上、きっと何かと理由をつけてこうなっていたとアズスは予想する。

 

「だから、友人を守ろうとしたその心を誇りなさい」

 

 アズスの言葉に、ラキュースは涙ぐむ。そして、精一杯の誠意を込めて頭を下げた。誰もラキュースを責めない。むしろ、ラキュースの我が身を顧みず友人を救おうとした姿勢をこそ、彼らは喜んだ。

 そして空気が軽くなった時――ドアがノックされる。視線がドアへと動き、アズスがドアの向こうの人物へ入るように促した。

 立っていたのは、組合員だった。

 

「――あの、申し訳ありません。蒼の薔薇と朱の雫に、指名依頼が届いております」

 

 ――不吉な気配を感じさせて、それは届けられたのだった。

 

 

 

 極秘に、と呼び出された場所はある貴族が使っていた館だ。今は既に誰もおらず、近々取り壊しになる予定である。そしてこんな館が、今は王都中に存在した。理由は勿論、使うべき貴族達がいなくなったからだ。

 

 大粛清。王族・貴族達が処刑されたのは記憶に新しい。まだ十日ほどしか経っていない。

 

 残った貴族は地方の貧乏貴族や、本当に潔白だった中流貴族だけだ。六大貴族は一人を除き、そして大貴族は全て火刑に処された。

 その時の民衆の熱狂具合は、第三者の目から見れば寒気のする空気であったが、それを民衆に面と向かって言える勇気のある者は、この元王国には存在しない。

 

 そして最後の六大貴族であり、この元王国である自治領の領主として帝国に任命された男こそが、蒼の薔薇と朱の雫の依頼人であった。

 

「――――」

 

 元オリハルコン級冒険者チームに案内されて待っていた男の顔に、全員ひどく驚く。それはレエブン侯がいたから、というのが理由ではない。彼が最後に見た時からあまりにやつれ果てていたからだ。記憶の中の同一人物には思えないほどに。

 

「……この度は来ていただき、誠に感謝します」

 

 レエブン侯は蒼の薔薇と朱の雫に頭を下げ、そして震える声で告げた。

 

「どうか、お願いします。私の依頼を引き受けて欲しい」

 

 …………。

 

 

 

 ラキュース達蒼の薔薇は、朱の雫に何かと理由をつけて追い出され、今館の中の部屋の一つで待機していた。その顔にはそれぞれ、疑問が浮かんでいる。

 

「レエブン侯、一体どうしたのかしら……?」

 

「さあな」

 

 ラキュースの言葉に答えたのはイビルアイだ。イビルアイもまた、中でどのような会話をしているか気になっているのだろう。

 

「……皆、本当にごめんね」

 

 待っている間に、ラキュースは改めてイビルアイ達に頭を下げる。自分の行動が降格という結果となってしまった事に、ラキュースは罪悪感を感じずにはいられないのだ。

 しかし、そんなラキュースをガガーランが笑い飛ばす。

 

「いいじゃねぇかよ! っていうか、俺だったら姫さんに何か言われてもぶっとばして無理矢理連れて逃げてたかもしんねぇぞ」

 

「……ガガーラン」

 

「なんだったら、今からでも助けにいく?」

 

「ボスの頼みなら、別にかまわない」

 

「ティア、ティナ……」

 

 人情篤いガガーランだけでなく、ティアとティナまでがラキュースを励ますように告げた。しかし、その瞳は真剣そのもので、彼女達はラキュースが告げれば、きっとラナーの救出を手伝ってくれるだろう。

 だが、そんな事は出来ない。ラキュースはそこまで、彼女達に厚顔になれなかった。

 

「いいのよ。ラナーも側室ってことは、生きていけるってことだから……。民衆の無駄な犠牲もなかったから、これでよかったのよ」

 

 そう、ラキュースは自分を納得させる。実際、彼女の方が正しいのだから、民衆の事を思えばこれで正しい。ただ、自分の心に整理がつかないだけで。

 ……それでもいつか時間という無慈悲なもので、心の整理がつく日がくるだろう。

 

 ――そうしてしばらく待っていると、朱の雫が出て来た。どうやら、話し合いは終わったらしい。

 

「あ、叔父さん。それに皆さん」

 

 ラキュースは朱の雫に近寄り、話を聞こうとする。どうして、自分達を追い出したのか聞くために。

 しかし、その前にアズスが真剣な瞳でラキュースを見た。

 

「ラキュース。降格の件で本当に申し訳ない、と思っているのなら――王都、いや首都を離れなさい」

 

「え?」

 

 意味が分からなかった。見回すと、朱の雫は真剣な顔で蒼の薔薇を見ている。

 

「叔父さん?」

 

「帝国では肩身が狭すぎるだろうから――そうだな、どこか頼れる知り合いはいないか?」

 

 ラキュースの疑問を無視し、アズスが他の蒼の薔薇を見回す。すると、ティアとティナが口を開いた。

 

「エ・ランテルの漆黒と友人」

 

「たぶん、仲間に入れてもらえると思う。戦士二人組だし」

 

 ティアとティナの言葉に、アズスは満足そうに頷くとそのまま真剣な顔でラキュースを再び見た。

 

「ならラキュース、漆黒を頼りなさい。エ・ランテルならちょうどいい位置だと思う。しばらくこの首都を離れた方がいい。我々も、しばらく離れるつもりだ」

 

「……叔父さん。そうした方がいいの? 私のせい?」

 

「いや、ラキュースのせいではない。しかし、少々我々にとって肩身の狭いことになりそうだ。頼れる人間がいるのなら、頼った方がいい」

 

「リーダー、従った方が賢明だと思う」

 

 ティアとティナがアズスの援護をするのを見て、ラキュースはこれが政治的な判断であると理解した。

 

「……分かりました」

 

 おそらく、レエブン侯との話の内容で決定したのだろう。きっと自分達の事を思っての忠告だ。素直に従う事にした。

 

「……達者でな、ラキュース」

 

 館を出て別れる時、叔父の言葉に姪は頷く。

 

「はい。叔父さんも、お達者で……」

 

 ――これが、蒼の薔薇が朱の雫と最後に交わした言葉だった。

 

 

 

 朱の雫が受けたレエブン侯からの依頼は、帝国に人質にとられているレエブン侯の妻子の救出だ。朱の雫はレエブン侯に土下座で頼み込まれ、話を聞き――国の行く末さえ聞いて、この依頼を受ける事を決定した。

 勿論、これは国家反逆罪である。しかし元王国の人間として、これ以上の王国民の苦難は見過ごせない。アインドラという貴族として、そして王国の冒険者として朱の雫はこれを見過ごせなかった。

 ……レエブン侯の人質がいなくなれば、レエブン侯は帝国の茶番に付き合う必要はなくなる。圧政を敷く理由は無くなるのだ。しかし当然、妻子を救出したとしてレエブン侯と会えるわけではない。誰も彼女達を知らないところで、ひっそりと妻子は暮らしていくのだろう。

 ……そしてこの依頼を受けた場合、確実に朱の雫と蒼の薔薇の風当たりは強くなる。成功しても失敗しても恐ろしい事になるだろう。

 しかし、未だ地位を保っているアダマンタイト級チームと一緒にいれば、蒼の薔薇はなんとかなるはずだ。件の犯人である朱の雫はどうにもならないとしても。

 

 それから朱の雫は数日間レエブン侯の部下である元オリハルコン級冒険者チームと共に、何度も打ち合わせをした。情報を探り、予定を組み、入念な打ち合わせで決して失敗しないようにする。

 

 ――そして、レエブン侯のもとに、帝国から手紙が来た。

 

 ――組織的犯罪者達が妻子の誘拐を企て、帝都から連れ去ろうとしたがこれを撃退。デス・ナイト達で全て殺し尽しておいたという。

 ……なお、残念ながら奥方は間に合わず、大変申し訳ないことになってしまったことを、ここに詫びさせていただくが、しかし御子息は無事なので安心して欲しい。

 

 そんな手紙と共に、血塗られた贈り物がレエブン侯に届いた。身体を失ってしまった、妻の首が。

 

「――――! ――――!!」

 

 執務室で、レエブン侯の慟哭が響き渡る。そのレエブン侯の姿を、もはや首だけになった妻が静かに見つめていた――。

 

 

 

 ――かつて王国であった自治領は、数年後、帝国に再び制圧される事になる。圧政から解放された民衆は、こぞって賢帝ジルクニフを讃えたという。

 

 

 

 

 

 

 ――そしてジルクニフは、帝都の玉座で思わず笑い出しそうになっていた。

 

「いや、素晴らしいな! 全てこちらの思惑通り――最小限の犠牲で王国を占領出来そうだ」

 

「おめでとうございます、陛下」

 

 部下が口にするおべっかを、しかしジルクニフは機嫌よく受け止めた。本当に、めでたい事であるからだ。

 

「ラナーはあの小間使いを与えて離宮に隔離しておけばいいし、王国はレエブン侯に預けておけばいい。じいは更なる魔法の深淵に近づき、デス・ナイトと互角に戦えるゴウンと、あのストロノーフと互角であると言われるアングラウスはエ・ランテルとともに帝国所属のようなものだ。実に、実に順調だ――」

 

 エ・ランテルだけは王国から回収し、帝国領としたのはアインズ達の不興を買わないためだ。あそこだけは帝国と同じように治める細心の注意が必要になる。そして、あとはゆっくりとアインズとブレインを説得しておけばいい。

 

「王国の秘宝も手に入りましたし、さすがです陛下」

 

 バジウッド達四騎士の言葉に、ジルクニフは嬉しそうに笑う。そう、それも嬉しい事だった。唯一の難点は、見張りの部下が指輪を一つ無くした事くらいか。ただ、話に聞く王国の秘宝の中に指輪は存在しないので、特に重要ではなかった事が幸いだろう。部下もおそらく、それでどこかに無くしたのかもしれない。探しても見つからなかったし。

 ――勿論、その部下は首を斬っておいた。

 

「しかし、八本指は放っておいていいのですか、陛下」

 

 秘書官のロウネの言葉に、ジルクニフは笑みを浮かべたまま告げる。

 

「かまわん。あの状況では王国でとても暮らせまい。そうなると出て来るしかないんだが――さて、帝国に俺の目を盗んで八本指と繋がる馬鹿はいるかな?」

 

 断言しよう。いるはずがない。いたとしても、即座に別の貴族にその情報を売られるだろう。誰だって火炙りにはなりたくない。――そう、わざわざ王国貴族達を軒並み火刑にしたのは、帝国の残った貴族達に対する見せしめでもあったのだ。

 

「さて、あとは数日後に控えている法国との会談だな。じい、頼りにしているぞ」

 

 ジルクニフの言葉に、フールーダは頷く。

 

「お任せ下され、陛下。今の私ならば間違いなく十三英雄を越え、おそらく法国の虎の子にさえ、匹敵するだろうと自負しております」

 

 ――法国の虎の子。ある血筋から連なる者達を、法国では神人と呼んでいた。彼らは英雄級さえ突破し、魔神にさえその強さは匹敵している――などとも言われている、らしい。

 らしいと言うのは、これが極秘情報であり、フールーダが長年生きているために多少知っていたくらいだからだ。法国は人間の国家に戦争を仕掛けないため、戦力としての情報が皆無に等しいのだ。しかし周辺国家最強の戦士であるガゼフを超える戦士を隠し持っていたとしても、どこの国の上層部も納得するだろう。

 

 だが、この伝説のデス・ナイトに勝てるはずもない。ましてやそれを複数支配し、使役するフールーダに勝てるものか、とジルクニフは思う。

 

「――いや、実に楽しみだ」

 

 ジルクニフは笑う。覇道を謳い。最初の一歩があまりにも順調過ぎて。

 ――――そして、その覇道は、次の二歩目を踏み出そうとして完全に粉砕されるのだが。

 

 

 

 外交で法国の神官長と会い、背後にフールーダと四騎士を控えさせたジルクニフは、思わず拍子抜けした。

 神官長が連れている護衛は、たった一人であった。仮面を被って顔を隠し、槍を持った何者か。もう少し護衛を連れているかと思ったが、しかしそうではない。

 だが――戦士としての心得のないジルクニフと、そしてデス・ナイトの強さには程遠い四騎士と違い、デス・ナイトと意思疎通しているフールーダは完全に悟ってしまった。

 

 無理だ。勝てるはずがない。

 

 デス・ナイトとの意思疎通で、フールーダは悟る。デス・ナイトが教えてくれる。

 ……一呼吸の内にデス・ナイトが踏み込む前に、あの仮面の男はデス・ナイトを殺し切るだろう。そして、フールーダはデス・ナイトを囮に転移魔法で距離を取る。魔法を撃つ体勢に入る。

 そして魔法を撃つ前に、あの男は都合五歩以内でフールーダを斬り伏せるだろう、と。

 

 ――だから、フールーダは素直にそう告げた。

 

「……申し訳ございません、陛下。あの御仁には勝てませぬ」

 

「は?」

 

 その言葉にジルクニフはフールーダを見る。フールーダがデス・ナイトさえ足止めにもならず殺される、と告げた事によりようやく、ジルクニフと四騎士が事態を察する。

 それはつまり、何をどうしようと、彼らがその気になれば全員死ぬ――という事だ。

 仮面の男を背後に控えさせた神官長が、薄く笑った。

 

「どうされましたか? ――すぐに、話し合いを始めましょう」

 

「――――」

 

 圧迫外交をしようとして、逆に圧迫外交をされ返された。それを悟ったジルクニフは、隠れた膝の上で拳を握り、なんとか笑みを形作る。

 

 ……その後、ジルクニフは法国から数多の約束をするよう強制された。

 トブの大森林から毎年現れる、ゴブリン達の繁殖の間引き。毎年法国が隠れて行っていた事を、これからはほとんどが帝国領なのだから帝国の義務として毎年かかさず行うように、と。

 他には、ドワーフの国からの武器防具の資源。それを法国にも流すように。竜王国に対する援助金など――

 

「では、同じ人類として期待しています。共に、亜人種と異形種の脅威から人類を守りましょう――」

 

「も、勿論だとも――」

 

 引き攣った笑みを浮かべている事を、ジルクニフは自覚した。しかしどうしようもない。毎年法国が行っていた、トブの大森林関係の業務を、全て帝国がこれから任されるようになったのだ。国境の境目が消えた以上、法国はそちらからは手を引くらしい。

 ――つまり、これから帝国は知らずに受けていた法国からの援助を、一切無しにして戦わなければならない。

 

 法国の者達が帰還し、ジルクニフもまた帝都へと戻った。そこで――

 

「クゥ、クソがあああああああああッ!!」

 

 自室でジルクニフは、特大級のしっぺ返しに悶え苦しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

「……元気を出せよ、ブレイン」

 

 アインズはいつものアインズのようにソファに力なく座り込むブレインに、そう声をかける。ガゼフが処刑されてから、ブレインはずっとこんな様子だ。

 

「……うるせぇ。ストロノーフは、俺の青春、人生の目標そのものだったんだよ……」

 

 ブレインはそう弱々しく告げて、手の中でアインズがブレインに渡した、ガゼフの指輪を弄っていた。

 

 ――あの指輪を盗み、そして効果を調べた時アインズは思わず懐にしまおうかと考えたほどだった。他のマジックアイテムもそうであるが、それでもあの指輪は希少性で言えば群を抜いていたのだ。

 何せ――正真正銘本物の、ユグドラシルと一切関係ない、純度一〇〇パーセントこの異世界の技術で出来た秘宝だと理解したからだ。

 アインズは悩みに悩み――ガゼフの遺言を思い出し、仕方なくブレインに渡した。もしブレインが死んだり、必要がなくなった時は貰おう、と考えながら。

 

 ……ちなみに他の秘宝も欲しかったと言えば欲しかったのだが、おそらくガゼフは嫌がるだろうと思い、そちらも泣く泣くアインズは諦めた。

 

「……やれやれ。重症だな」

 

 アインズはそう呟くが、決して馬鹿にはしない。形は違うが、ブレインの気持ちもアインズは多少分かるつもりだ。

 

 ――アインズだって、ユグドラシルがサービス終了する時、身を引き裂かれる思いだった。あのゲームはアインズの、鈴木悟という男の青春そのものだったのだ。あれだけが、あそこで出会った仲間達だけが人生の楽しみだった。

 

 それを失う、という事。その喪失感は、きっと余人には計り知れないだろう。この気持ちを、アインズは今だってずっと引き摺っている。

 

「……まあ、暇だからいいがな」

 

 エ・ランテルが帝国領となり、帝国軍の一軍団が駐留してから、アインズ達は更に暇になっていた。いや、冒険者という職自体が日々の暮らしに困るようになっていた。

 

 なにせ、帝国軍は優秀である。周囲の治安維持に尽力していた冒険者達の仕事が、まったく無くなってしまったのだ。一応、商人の護衛依頼などはあるが、しかし王国領であった時にはあった、モンスターを適当に狩って報奨金を貰う、という事さえ出来ない。

 

 アインズとブレインは食事不要疲労無効のマジックアイテムを持っているため、まだ何とかなるが他の冒険者達は急な仕事の激減に悲鳴を上げている事だろう。

 

 そうして少し周囲の空気が沈みながらも、人の少なくなった冒険者組合でアインズが無気力状態のブレインを暇そうに見つめていると、冒険者組合を訪れる五人組が現れた。

 

「――アインズ! 久しぶりだな!」

 

 王国と帝国の戦争が始まってからは来なくなっていた、イビルアイだ。しかし今日はイビルアイだけではなく他の蒼の薔薇の四人も一緒にいる。

 

「――久しぶりだな、イビルアイ。それに皆さんも」

 

 ただ、アインズは何か彼女達に違和感を覚え、じっと確認する。そして気づいた。……プレートだ。アダマンタイトではない。

 

「……あぁ」

 

 そう言えば、アインザックが教えてくれた情報を思い出す。蒼の薔薇はちょっとしたペナルティで、降格させられてしまったという事を。

 なので、その事には触れずに、アインズは訊ねた。

 

「しかし全員揃ってどうした? 何かの依頼か?」

 

 イビルアイに訊ねると、イビルアイは少し悩んだようだった。ラキュースが進み出て――息を少し吸うと、蒼の薔薇の全員が、何故かアインズに頭を下げる。

 

「お願いします! アインズさん、ブレインさん――チームに入れて下さい!!」

 

「――――はあ?」

 

 その言葉に、思わず間抜けな声が漏れた。ブレインまで驚いて指輪から顔を上げて蒼の薔薇を見ている。

 

「ち、ち、ちょっと……どうしました?」

 

「いや、チームに入れろって……どうしたんだ、お前ら?」

 

 あまりにおかしな言葉に、ついそんな言葉が出る。ラキュース達は少し口篭もり――告げた。

 

「その……実は、私達は首都で生活するのが、困難な状況なんです。私が貴族出であるばかりに、皆に迷惑をかけてしまって……」

 

「はあ……」

 

 なんとなく、分かったような分からないような。ラキュースは貴族である――というのは知っていたが、それがどうしたのだろうか。王国の支配者が帝国に変わった事で、イチャモンでも付けられたのであろうか。

 

「勿論、漆黒に入れていただければ、精一杯働かせてもらいます。私達がチームに入れば、取れる手段も増えるはずです。決して後悔させません。ですから――」

 

「――――」

 

 お願いします、と頭を下げる蒼の薔薇に、アインズは少し困った。戦力という意味では、既に事足りているのだ。ブレインでさえ余計でしかない。

 しかし、彼女達がチームに加われば様々な手札が増える事は確かだ。ラキュースの持つ魔剣の事も気になるし、ガガーランには借りがある。取得条件を無視して忍者の(クラス)を持っているティアとティナもまた、興味の対象だ。

 それに――

 

「――――」

 

 仮面で隠されていながらも、なんだか不安そうな顔でアインズを見ている気がするイビルアイが気になり、アインズは妙に落ち着かない。

 

「――――はあ」

 

 アインズはブレインを見る。

 

「ブレイン、お前の意見は?」

 

 アインズに話を振られたブレインは、ニヤニヤしながら、少し元気を取り戻したように告げた。

 

「別に、お前の好きにすればいいんじゃねぇか。俺はどっちでもいいぜ」

 

「そうか――」

 

 アインズは一呼吸置いた。そして――告げる。

 

「分かりました。皆さんの加入を認めます。――これからは、チーム名は漆黒と蒼だな」

 

「――ありがとうございます!」

 

 花が綻ぶような笑みを浮かべて、ラキュースが頭を再び下げた。それを止めて、アインズは全員を見回す。

 

「さて、せっかく同じチームになったんだ。口調も統一させてもらうぞ。この新チームのリーダーとかを決めないとな」

 

 ふふふ、と笑うとガガーランが苦笑して告げた。

 

「そりゃ……リーダーはお前だろ。こっちは頼んで入れてもらった方なんだからな」

 

「うん? しかし、チームとして連携が取れているのは人数の多いそちらだろう」

 

「いえ、アインズさん。リーダーをお願いします。たぶん、私がリーダーだと帝国から色々と言われそうで……」

 

 ラキュースの言葉に、アインズは「そうか」と頷きリーダーを引き受ける。

 

「では、さっそくそれぞれ互いに何が出来るか確認するか」

 

「――はい!」

 

 その日、しばらく静かだったエ・ランテルの冒険者組合は、少しだけ騒がしかったという。

 

 

 

 

 




 
ジル君マジ鮮血帝。かーらーの。

法国「誰がここまでやれと言った」
 

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