創造王の遊び場   作:金乃宮

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第七話

   ●

 

 

 激しい戦闘――攻撃側と防御側がはっきり分かれていたが――が終わり、エヴァンジェリンとミコトは屋敷に戻り、中断されていた朝食会を再開することにした。

 冷めてしまった料理はキャロル(エヴァンジェリンを着替えさせ、屋敷の中をミコトのところまで案内してきた侍女の名前)に頼んで温めなおしてもらっている。

 作り直す、とも言われたが、ミコトは、材料が無駄になるから、と断った。

 いくら不死者でも、否、不死者だからこそ、ものの大切さは理解している、と言って。

 と言う訳で、今2人は朝食会場である部屋で向かい合って席に着いている。

 ミコトは最初に座っていたのと同じ席にゆったりと座り、エヴァンジェリンはその対面に上品に座っている。

 さすがは元貴族というだけのことは有る。

 

 ……まあ、事情を知らなければ10才の女の子が背伸びをしている微笑ましい光景にも見えてしまうが。

 

 本人が聞いたらまた先ほどのような戦闘が開始されるようなことを考えながら、ミコトは口を開き、

 

「さて、少し暇な時間ができてしまったね。この間に何か話しておきたいことなどはあるかね?」

 

 と尋ねた。

 それに対し、エヴァンジェリンは真剣な顔で答える。

 

「ああ、聞きたいことなら山ほどあるな。まず第一に……、お前はいったい何者だ?」

「何者、とは?」

「そこらへんにいる奴ならば『人間』、私ならば『吸血鬼』。ならばお前はなんだ?外見的特徴は人間と大差ない。だから亜人ではなさそうだ。だが異常なほどの強さと理不尽な性能の武器を持ち、さらには不老不死。どう考えても普通の人間ではないだろう。……だからこそ聞きたい。……お前は『何者』だ?」

「ふむ、私という存在の定義を聞きたいのかね。ならば簡単だ、その答えはたったの一言で済む」

「ほう、それは?」

 

 エヴァンジェリンは思わず身を机の上に乗り出して続きを促すが、

 

 

 

 「―――ぶっちゃけ私にもわからんのだね、これが」

 

 

 

 その答えに力が抜け、思い切り机に顔から飛び込んだ。

 ガンッ、ともズンッ、とも聞こえるような形容しがたい音を立てたエヴァンジェリンと机を交互に眺めたミコトは、

 

「どうしたのかねエヴァ君。私の神の如き言葉に感動して頭を垂れるのは良いが、そんなに勢いをつけて頭を打ったらいくら不死者とはいえ馬鹿になるよ?」

 

 不思議そうに言い放ったミコトの言葉に、エヴァンジェリンは勢いよく顔を上げ、

 

「きっ、貴様にだけは言われたくないわ!! 自分のことがわからんとか、馬鹿以外の何物でもないだろうが!!」

「人間、自分のことが案外一番わかっていない物だよ。それを補うために人は鏡というものを発明したのだから。……まあ、ここにはまともな人間は一人もいないがね」

 

 額を赤くし、若干涙目で叫ぶエヴァンジェリンに、ミコトは飄々と返す。

 

「だからと言って何もわからんはずもないだろう。生まれた時の状況とか、記憶とか、何かないのか?」

 

 その問いに対し、ミコトは少々困ったような顔を浮かべ、つぶやくように言葉を紡ぐ。

 

「……何もない。私は気が付いたら『私』だったからね」

「なに? ……どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。約200年前、私の記憶が始まったとき、私はすでに私だった」

 

 

   ●

 

 

「ふと気が付くと、私は魔法世界の深い森の中に一人でいた。

 

「姿は今と同じ、人間でいえば18歳ぐらいのこのサイズだった。

 

「持っているものは、体に纏ったぼろ布一枚だけ。

 

「あとは言葉などの基本的な知識、そして自分が不死者だという記憶、

 

「それと、ミコトという名前のみ。

 

「そういう知識だけだった。

 

「そう、それ以外は何もなかった。

 

「親も、友も、金も、家も、食料も、

 

「……それまでの記憶も。

 

「……ああ、そうだ。本当に何も覚えていなかった。

 

「自分が何者なのかも、どこから来たのかも、何をすればいいのかも、全くわからなかった。

 

「それからしばらくは、サバイバル生活だった。

 

「その生活の中で、自分のできることを確かめていった。

 

「何ができるのか、できないのかを考え付く限り試していった。

 

「この体はたいていの無理はきいたのでね、だいぶ助かったよ。

 

「身体能力は異常だったから、獲物を捕らえるのも楽だった。

 

「そこらへんにあるものを口にしても死にはしないしね。

 

「……まあ、毒のある食材を食べた時には腹痛は起こるし幻覚を見たりもしたが。

 

「まあ最悪何も食べなくても死にはしなかったがね。

 

「そう言うのの他は、ひたすら自分のできることの確認だよ。

 

「……退屈? そんなものはなかったとも。何せ気を抜けば猛獣やドラゴンたちが襲い掛かって(じゃれついて)来たからね。退屈など感じる暇もなかった。

 

「2,3年で確認は終わり、それからは森を出て旅に出ることにした。

 

「目的としては、私自身の更なる強化と、世界を見て回ること。

 

「なにせこんな体だ、つかまれば研究材料として永遠に閉じ込められることはわかりきっていたからね。強化はいくらしても足りないくらいだった。

 

「だから、いろいろなものを見て回る途中で、世捨て人の達人たちの噂を耳にしてはその者に会いに行き、教えを乞うた。

 

「本当にいろいろな知識を求めた。

 

「武術はもちろん、魔法や魔法具づくりの技術など、さまざまなものに手を出した。

 

「もちろん、簡単に教えてくれるものの方が少なかったので、武道や魔法の達人ならば試合を挑み技を盗んだし、道具制作の名人のもとには何日も通い、弟子入りを願った。

 

「そうして得た技術を、組み合わせ、昇華し、自分のみの技としていった。

 

「そのおかげで、戦闘技術は先ほど見せたとおりだし、魔法の技術もかなりのものとなった。

 

「ただ、旅の中で一番役に立ったのは魔法具の作成技術だね。

 

「さまざまな系統の技術を混ぜ合わせていった結果、普通ではありえないほどのレベルの魔法具を作れるようになってね。

 

「それを売って金を稼いでいった。

 

「ただし、売って歩いたのは防御にのみ特化した魔法具のみだ。

 

「……ああ、そうとも。攻撃に役立つ物は一切売らなかった。

 

「私の技術で人殺しをされるのはごめんだったしね。

 

「……そう、人殺しはしたくなかった。

 

「私が旅を始めた目的は、世界を見て回るためだ。

 

「今その時を生きる者たちを見て、楽しむためだ。

 

「だから、私の力で、私が楽しめる可能性を無くしてしまう殺しだけは絶対にしなかったし、させたくなかった。

 

「……ん? ああ、別にエヴァ君を攻めているわけではない。これはあくまで私の意見だ、君にまで押し付けるようなことはしない。

 

「何より私のこれも、根幹にあるのはあくまで自己中心的なものだからね、褒められたものではないさ。

 

「……話を戻すよ?

 

「ともあれ、行商をしているときは仮面をしていたし、普通の旅の時も注意はしていたのでね、私が不老不死であることを知っている人間は誰もいない。

 

「ばれていたらこうしてのんびりすることなどできないことは、……まあ、君は十分わかっているね。

 

「そんなわけで、行商を初めて数年で、『仮面の魔法具売り』はかなり有名になった。

 

「時にはそれが理由で襲われるくらいにね。

 

「それから数十年して、行商でたまった金を用いて、少し大きな町に店を開くことにした。

 

「その店では魔法具は売らず、普通の工芸品を売っている。

 

「仮面もかぶっていないから、あの魔法具売りの男と同一視するものはいなかった。

 

「……ん? ああ、不死者だとはばれないようにはしたさ。

 

「長命な種族であるヘラス族の血筋を引くものだ、と説明してね。

 

「外見は遺伝せずに、寿命だけ遺伝した、といえば皆すぐに信じたよ。

 

「まあそれでも、20年ほどの周期で別の町に移動していったがね。

 

「さすがにそれ以上ごまかすのは無理があったのでね。

 

「それを何度か繰り返しながら、各地でいろいろな噂を集めていった。

 

「……そう、噂だ。特に不死者に関しての情報を集めた。

 

「店を開いたのもそれが狙いでね。

 

「工芸品などの土産物を売っていれば、旅の者がよく立ち寄るからね。その者達から話を聞いた。

 

「そうして、不死者の情報が入るたびにそこに赴き、噂の主を探した。

 

「……まあ、大半は空振りだったがね。

 

「それでも、当たりはいくつかあった。 

 

「無論すぐに友になろうと誘ったとも。

 

「その結果、今でも交流がある者が何名かいる。

 

「……ああ、そのうち紹介するよ。君も彼らと友になる資格があるからね。

 

「ともあれ、そんな感じで今まですごし、君の噂を聞き、そして今、この状況に至るわけだ。

 

「……理解できたかね?」

 

 

   ●

 

 

「まあ、大体は、な」

 

 ミコトの話は、同じ不死者だろうか、とても共感できる話だった。

 

 ……まあ、私は商売などせず、ひたすら逃げ回る毎日だったわけだが。

 

 ともあれ、これでミコトのことは大体分かった。

 自分が何者かわからず、下手をすれば自分一人だけの孤独な種族。

 だからこそ、友というつながりを求めたのだろう。

 不死者同士という、めったなことでは切れないつながりを。

 だからと言って、同情はしない。

 そんなものは、『友人』の間には邪魔なだけだから。

 だから、この話は終わりにして、次の質問に移ることにした。

 

「まあ、お前の成り立ちはわかった。では次の質問だ」

「いいとも、なんでも聞きたまえ」

「では……、あの侍女はなんだ? あれも不死者か?」

 

 これも気になっていたことだ。

 少なくともミコトはあの侍女の前では不死者のことを隠すそぶりはない。

 ということは、あいつは不死者のことを知っているか、または不死者そのものなのだろう。

 だが、あの女からは吸血鬼の気配は感じないし、何より普通の生物とはどこか違う。

 だから、あいつがどんな種族なのか、興味がわいたのだ。 

 

「ああ、彼女、キャロル君は不死者ではないよ。彼女は―――」

「お待ちください、ご主人様。私のことは私自身で説明いたします」

 

 ミコトが説明を始めようとしたとき、ノックが響き、扉を開けて先ほどの侍女がワゴンに料理を乗せて入ってきて、言った。

 主人の言葉を遮るのは本来の侍女としての作法とは違うとは思ったが、ミコトは特に気にする様子もなく、

 

「そうかね、では任せよう」

 

 と言って許してしまった。

 その言葉に侍女は「ありがとうございます」と頭を下げ、ついで私の方に体を向け、言った。

 

「朝もお会いしましたが、ご挨拶がまだでしたのでそちらを先にさせていただきます。初めまして、おはようございますエヴァンジェリンお嬢様。私はキャロル。

 

 

 

  ご主人様の雌奴隷です♥」

 

 

 

 ……は?

 

 

   ●

 


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