創造王の遊び場   作:金乃宮

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第六話

   ●

 

 エヴァンジェリンはどうすればこの男に勝てるか、考えていた。

 

 ……あの防御性能に加え空間停止能力……、厄介以前に理不尽だな。

 

 ほとんどの物理攻撃は防がれ、魔法による範囲攻撃は空間停止により止められ砕かれるか剣の変形による広範囲防御で防がれる。

 

 ……というか、あれで全身をおおわれてしまえばどんな攻撃も通らなくなるんじゃないか?

 

 おそらく不可能ではないだろう。

 それぐらいのことはやってのけても不思議ではない。

 

 ……ならばどうする? どうやってあの防御を砕く?

 

 あるいは、

 

 ……どうすればあの防御を砕ける状況まで持って行ける……?

 

 

   ●

 

 

 実を言うと、エヴァンジェリンは勝つための方法を考え付いていた。

 それは、自身の持つ最大の魔法を撃ち込むこと。

 今のエヴァンジェリンができる最強の魔法を撃ち込めば、防御など意味をなさなくなる。

 

 ……だが、今は撃てない……。

 

 だが、大きな魔法を撃つためには、当然かなりの時間と集中を要し、その間自分はは無防備になってしまう。

 

 ……くそっ! チャチャゼロさえ修理できていれば……!

 

 だが、自分の従者であるその人形は、今は壊され影の中に保管されて修理を待っている状態だ。

 当然修理している暇などあるわけがなかった。

 本来魔法使いの役割とは後衛であり、前衛の従者が敵をひきつけ時間を稼いでいる間に大威力の魔法を準備し発動させ敵にとどめを刺すのが仕事で、究極的に魔法使いとはただの砲台であるともいえる。

 よって従者のいない今、大規模な魔法を使うのは危険が伴う。

 

 ……とはいえ方法はこれしかない。何とかしてあいつの動きを止めなければ……。

 

 いろいろな策を考えてはみるが、今一つ決定打に欠けるものばかりだ。

 だが、その策を考えているときに、ふいにあることに気が付き、そこから生まれた絶望が怒りに変わる。

 

 ……まさか、こいつ……!!

 

「……貴様、なぜ本気を出さない!?」

 

 

   ●

 

 

 考えてみれば簡単なことだった。

 

 ……あいつ、ここに来てからほとんど動いてない……。

 

 自分が攻撃している間は動かないのは当たり前だ。

 あれだけの高密度の攻撃にさらされればその対処で精一杯になり、体の向きを変える以外はできないだろう。

 だから、この男が動かないのは当たり前だと思い込んでよく考えもしていなかった。

 だが今になって、落ち着いて考えてみると、おかしいことに気が付く。

 攻撃の間はともかく、それ以外の時間には動かない意味がないのだ。

 たとえば、先ほどの会話の最中。

 たとえば、自分の考えが覆されて無様に呆けていたとき。

 そしてさらに、のんきに考え事をしている今この瞬間。

 そのいずれかで動かれ、空間停止を撃たれれば、自分は簡単に終わっていただろう。

 

 いくらでもチャンスはあった。

 なのに今自分はこうして生き残り、愚かにも考え事をしている。

 もし立場が逆ならば、自分は相手を三桁は殺せているだろう。

 これの意味することは、

 

 ……明らかに手加減されている……!!

 

 それだけでも屈辱的だが、さらにこの男は、

 

「――なぜ一度も攻撃してこない!?」

 

 

   ●

 

 

 この戦いが始まってから、目の前の男は、自分に対し一度も攻撃を放っていない。

 最初に行ったのは戦闘場所を変えるための強制移動であったし、それ以降は剣で物理攻撃を防御するか魔法を停止させて打ち砕いただけだ。

 

 ……こいつは……!!

 

 怒り、悔しさ。

 それらの黒い感情がエヴァンジェリンを支配していく。

 

「私など戦うまでもないということか!?」

 

 100年間生きてきた不死者としての自信。

 そして、吸血鬼の真祖としての、最強種としてのプライド。

 自分を形作る重要なアイデンティティを、人間の若造ごときに打ち砕かれた。

 これでは先ほどまでいろいろと考えていた自分がバカみたいではないか。

 その思いに耐えきれなくなり、想いを叫びとして吐き出す。

 

「……貴様、私を侮辱するか!!」

 

 

   ●

 

 

 エヴァンジェリンの血を吐くような怨嗟の叫びに対し、男は少々困ったように眉を顰めながら、

 

「侮辱? そんなことをしているつもりはないのだが?」

「嘘をつくな! ならばなぜ手を抜く!? 貴様には私を攻撃するチャンスがいくらでもあったはずだ! なのになぜ防御ばかりで何もしてこない!?」

「……ふむ、どうやら私と君との間には見解の相違があるようだ」

「見解の相違だと? いったい何の事だ!?」

 

 男は私の目を見つめ、静かに話す。

 

「この戦いにおいて、君の目的はここから離れること。そして勝利条件は私に攻撃を通すかこの剣を破壊すること。そうだろう?」

「……そうだ」

「だが、私の目的は君に話を聞いてもらい、できれば友となることだ。そのためには君に出ていかれては困るので攻撃されないように防御に専念している。……つまり、私の勝利条件を満たすために、君へと攻撃する必要がない。……というより、私が君に攻撃するということは、私の敗北につながる」

「……どういうことだ?」

「言っただろう? 私は君に友となってほしい、と。だが戦闘により屈服させて、畏怖と敗北感で縛り付けるという関係は友とは言わず、よくて部下、最悪しもべや奴隷と呼ばれる存在となってしまう。……それでは何の意味もない。私が望むのは友という対等な関係、ただそれのみだ。だから君に攻撃することはできない。……だが、私の勝手な思いが君の心を傷つけたのならば謝罪しよう。……すまなかった」

 

 毒気が抜かれていくように感じた。

 目の前の男が言っていることは正真正銘の戯言だ。

 普通ならバカにされていると受け取られるだろう。

 だが、この男の声は真剣だ。

 この男の眼はまっすぐだ。

 そして、この男の意志は自分の心に響いてくる。

 間違いなくこの男は、本気で言っているのだろう。

 例え今回のように格下の相手でなく、本気で戦っても勝てない相手であっても、たとえそれで自分が殺されてしまっても、攻撃しないと決めたならば一切攻撃せず、自分の意志を貫き通す。

 それはとても難しいことで、だがそれを、この男ならば当たり前のようにやってのけるであろうこともわかってしまって。

 それによって、自分の中の黒いモノが薄れていくのを感じてしまって。

 

 ……久しぶりに見たな、こんなバカは。……いや、ここまでのは初めてか?

 

 なんだか、嫌いになれなくなっていた。

 

「わかった。そのことはもういい。許す」

「そうか、許してもらえて何よりだ」

「……私はこれから、貴様を殺すために私の持つ最大の魔法を放つ。……貴様の放った言葉が本物だというならば、よけずに受け止め、耐えて見せろ」

「……いいだろう。かかってきたまえ」

「ずっと思ってはいたが、貴様本当に偉そうだな?」

「今まで何度も同じことは言われている。だが、これも私の個性だ。そう思ってあきらめてくれたまえ」

「まあ、偉そうな口調なのは私も同じだがな……」

 

 そういいながらエヴァンジェリンは空へと飛び上がり、ゆっくりとのぼっていく。

 

 そして、地上から100メートルほど上ったところで動きを止め、呪文の詠唱に入る。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 契約に従い、我に従え、氷の女王。来たれ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが」

 

 呪文を唱えた瞬間、男を中心に50メートル四方が氷に包まれ、白く染まっていく。

 

 当然男の姿も氷に飲み込まれ、見えなくなっている。

 それでもまだ呪文は止まらない。

 

「全ての命ある者に等しき死を 其は、安らぎ也 ――『おわるせかい』」

 

 呪文の完成と共に、巨大な氷の山にひびが入り、瞬く間に粉々に崩れ去っていく。

 その際に砕かれていくのは氷だけでなく、氷に閉じ込められたものも同じ運命をたどっている。

 それを見ながら、エヴァンジェリンはつぶやいた。

 

「ほぼ絶対零度。150フィート四方を極低温にする広範囲完全凍結殲滅呪文だ。……これを喰らっても同じことが言えるならば、貴様は本物だと認めてやろう」

 

 普段の自分ならば、ここで氷を砕かず、封印する詠唱の方を唱えるのにに留めていた。

 それならば動けないまま氷の中に閉じ込められるだけなので、殺さずに済むからだ。

 だが、絶対に生き残れないとわかっていても、心のどこかで『あいつなら大丈夫だ』という確信めいた思いがあり、気が付けば氷を砕く方の詠唱をしていた。

 矛盾する想いを抱え、粉々になった氷が舞い散り、煙幕になっている平地を見下ろす。

 だんだんと晴れてくる視界を目を凝らしてみていると先ほどまで男がいた場所には、

 

「やはりな」

 

 鉄色の卵があった。

 

 

   ●

 

 

 直径2メートルほどの鉄色の球体は、近くにエヴァンジェリンが降り立つのと同時にほどけ始めた。

 だんだんとほどけ、球体から帯状のものになりその中が見えるようになると、そこには、

 

「さて、今回はどんな手品を使ったんだ?」

「なに、大したものではないよ」

 

 平然と立つ、あの男がいた。

 

 

   ●

 

 

 鉄の帯を剣に戻し、地面に突き立てた男は少々眉を顰めながら苦笑気味に、

 

「しかしひどいことをするね、君は。せっかくきれいに手入れされていた草原が更地になってしまったではないかね」

 

 その言葉と共に、エヴァンジェリンが辺りを見渡すと、確かにきれいに生えそろっていた芝は凍り砕かれてしまい跡形もなく、ひび割れデコボコになった地表が見えていた。

 それを眺め、それから視線を男に戻し、苦笑を浮かべながら、

 

「それはすまないことをしたな、謝罪しよう。……だが、先ほどの魔法はかなり危険なもののはずなのだが、どうしてお前は生きているのだ? 教えてくれ」

 

 と尋ねた。

 絶対零度近くともなれば寒いではすまず、一瞬で凍りついてしまう温度だ。

 この魔法の効果から逃れるには、発動する前に効果範囲外に逃げるしかない。

 生半可な障壁では障壁ごと凍ってしまうし、よほど断熱をしっかりさせなければ障壁内の温度が奪われ凍死してしまうだけだ。

 だが、目の前の男は剣――もはや剣と言っていいのかわからないが――の壁だけで、しかも障壁の類の付与もないように見えるのに、目の前で平然としている。

 

「なに、簡単なことだ。空牙で球殻を作り、そのうえで外側に向かって『裂破咆哮(れっぱほうこう)』を放ち続けただけだよ。冷気でさえも、何もない空間で止めてしまえば中の熱は奪えないからね」

 

 それを聞くとエヴァンジェリンは急に笑い出し。

 

「……くっ、はっはっは! そうかそうかそう来たか。それでは貴様が生きているのもわかる。まあ、貴様しかできん荒業だからだれにもまねはできんだろうが、なるほどな。そう言う回避方法もあったか。勉強になったよ」

 

 ひとしきり笑った後、エヴァンジェリンは一息ついて、

 

「さて、これで私が今打てるすべての手段を試した。これでも貴様を倒せなかった以上、私の負けを認めよう。……貴様の勝ちだ、好きにしろ」

 

 その言葉を、剣を刀に戻しながら聞いた男は、

 

「好きに、と言われてもね。とにかく話を聞いてもらうしかないのだがね」

「ならば気が済むまで聞いてやる。何でも言ってみろ。何が目的で私に近付いた? 私の吸血鬼の呪いでも解いてくれるのか? ん?」

 

 エヴァンジェリンは冗談で聞いているのだろう、楽しそうに笑っている。

 

 だがそれを聞いた男は、

 

「そんなことをして何の意味があるのかね?」

 

 と真顔で聞いてきた。

 

 その言い方に少々苛立ったエヴァンジェリンだったが、すぐに気を静め、聞き返した。

 

「意味も何も、私はそれで化物から人間に戻り、人間として生活できる。何かおかしいか?」

「そんなことは不可能だろう。今更呪いを解いた所で利益はない。今まで君がしてきたことは、呪いを解いても消えてなくなるわけではない。精々化け物ではなく人として処刑されるという自己満足が得られるぐらいだ。それで良いのかね?」

 

 その答えも自分で気が付いていたのだろう。エヴァンジェリンは男の言葉を聞いても少々眉をひそめる程度で話の先を促した。

 

「……ならば何が目的だ? 貴様は何故私に近付いた?」

「私が君に近付いたのは実に個人的な理由のためだよ。先ほどから言っているが、私は友が欲しくてね」

「友、か。まあ、友人がほしいという願望は誰にでもあるものだからな。わからんでもないが、なぜ私だ? 知っていると思うが、私は不老不死だ。友になったところで貴様と私ではすむ時間が違う。友人関係などすぐに崩れ去るぞ」

「その通りだ。だがその前提条件として、私が普通の人間であるということが出てくるね」

「そうだな。だが、貴様がたとえ長寿の種族だとしても結果は変わらん。崩壊までの時間が少々長くなるだけだ。そんなものに何の意味がある?」

「ならば、私が不老不死の人間であると言ったらどうするかね?」

「……はっ! 何をバカなことを。そうそう不老不死の人間がいてたまるものか」

「そうかね、ならば証拠を見せよう」

 

 その言葉を放ちながら、男は虚空に刀をしまい、ついでとばかりに別の剣を取り出した。

 

「……証拠? いったい何を――」

 

 

 

 

 その言葉を聞きながら、男はその剣で自分の腕を切り落とした。

 

 

 

 

「―――!! 貴様、なんの真似だ!?」

 

 男はさらに、胸の中心、心臓のあたりに剣を刺しながら、

 

「何の真似、と言われてもね。自分の不死性を証明しているだけだが?」

 

 剣を抜きながら男は言う。そしてその胸を見れば、

 

 ……傷が、ない!?

 

 さらに切り落とされた腕を見てみると、腕は霧のように崩れ、漂いながら本来のあるべき場所に戻っていくところだった。

 少しの間それを眺め、完全に腕が戻り、男が腕の調子を確かめるような動作をしたところで我に返り、

 

「――貴様、本当に不死なのか!?」

「だからそういっている。ただ、不死はともかく、不老の方は今すぐ証明することは難しいのだが……」

「いや、いい。これで貴様の異常なほどの戦闘能力にも説明がつく。その若さでこれほどとは、と驚いていたが、そういうことだったか。それで貴様、何年生きている?」

「信じてくれて何よりだ。だがそうだね、かれこれ……200年程かね?」

 

 その言葉に、さすがのエヴァンジェリンも驚き、

 

「200!? 私の倍じゃないか! それではかなわんわけだ。私の先輩ではないか」

「まあ、生きている時間だけならばもう少し長いがね。時間の流れの違う少々特殊な空間にいることもあるので、実際にはそれ以上生きていることになるが」

「……なるほどな。それで友人に同じ不老不死である私を……」

「そうとも。不老不死の何が一番辛いかと言えば、友人が作り辛いということだ。なにせ君も言った通り、有する時間が有限である彼ら(にんげん)と違い、我らは無限の時間の中に囚われている。下手に友人など作っても、いつか一方的な別れがやって来る。その孤独に耐え切れず、友人を創りだしてしまう者もいる。……君のような時間の囚人(ゆうじん)をね。だが、私はそんなことはしたくない。この辛さを感じる者を増やしたくない。だが私も元人間だ、友人は欲しい。このジレンマを抱えて困っていた所に同じ辛さを知る同胞が現れた。ならば友人になろうとするのに躊躇いなぞ有るはずも無い」

 

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンは意地の悪い顔で笑いながら、

 

「なんだ? 要するに傷の嘗め合いがしたいのか?」

 

 と聞くが、

 

「そうだとも」

 

 と一言で即答され、あっけにとられることになる。

 その顔を見て、男は心外そうな表情を浮かべ、

 

「……何を驚いた顔をしているのかね? 詰まらぬ見栄なぞ張ったところで結果が変わるわけでもないだろうに」

 

 と言い切った。

 男はさらに続けて、

 

「……何、傷の嘗め合いも良いものだよ。大概の傷は嘗めておけば治るのだからね。だからエヴァンジェリン君……、

 

 

 

 

 私の友となってくれ」

 

 

 

 

 そういって差しのべられた手を、エヴァンジェリンはあっけにとられたように見て、

 

「……私は犯罪者だぞ? 賞金首だぞ? 追われているんだぞ?」

「なに、大したことではない。もとより君の犯した罪はほとんどが正当防衛だろう。それに君はなるべく人を殺さないようにしているし、女・子どもも手にかけないというじゃないか。それは立派なことだ。誇っていい」

 

 その言葉に、エヴァンジェリンはふと視界が悪くなり、あわてて目をこすると、そこには、

 

 ……涙、か?

 

 誇っていいと、そんなことを言われたのは初めてだ。

 吸血鬼となってからは、周りから聞こえる声は全て自分がいなくなることを望むものだったから。

 だから、誰にも望まれない生を、それでも誇っていいと言われたのは初めてだった。

 いくら拭っても、いくらでもわいてくる液体に苦戦しながら、男の話を聞く。

 

「追われていても構わない。私が君を守ろう。何、友となる者を守りたいと思うのは当然のことだ。気にすることはない」

「……私は、……私は生きていていいのか……?」

 

 ポツリとこぼれた言葉に対しても、男は誠実に答えてくれる。

 

「生きていてくれなければ困る。君がいなくなれば、私と語り合える友が一人いなくなってしまう。それはとても寂しく、悲しいことだ。だから、私は君に生きていてほしいと望む」

「……貴様は、……私の居場所になってくれるのか……?」

 

 こぼれる疑問がまた一つ。それでも男は答えて、応えてくれる。

 

「君がそう望むならば、私は君の居場所となり、君に安心を届けると約束しよう」

「……私は、……私の生を、……誇っていいのか……?」

「当然だ。君は先ほど、私が手を抜いていると怒ったね? それは君が、誇りを持って生きているからだ。だから君はその誇りを踏みにじられたと感じた時、怒りの声を上げた。その誇りはとても尊いものだ。だから君は、その誇りを、そしてその誇りを抱くことができた君とその生を、誇りに思うべきだ」

 

 男のその言葉に、エヴァンジェリンはついに泣き崩れる。

 だがその涙の冷たさも、心に生まれた温かい気持ちは冷やせない。

 そうしてうずくまるエヴァンジェリンに、男は手を差し伸べ、

 

「さあ、どうかねエヴァンジェリン君。私の友に、なってくれるかね?」

 

 その言葉に、あふれ出てくる涙をぬぐいながら、それでも声を震わせないようにしながら言う。

 

「……エヴァンジェリン……」

 

 あまりにもかすかにしか聞こえない声に、男は眉を顰め、

 

「……すまない、よく聞き取れなかった。もう一度言ってはくれないか?」

 

 そして、何とか涙を止め、真っ赤になった眼以外はいつもの通りになった彼女は言う、

 

「……エヴァンジェリン。エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。――私の名だ。お前の名を聞いていなかったからな。私は名乗った。だからお前も名乗れ」

 

 その言葉を聞き、男はにこやかに笑い、

 

「ミコト。ミコトという。さあエヴァンジェリン君、答えを聞こう。私の友に、なってくれるかね?」

「その前に、私から二つ頼みがある」

「……? 何かね」

「私のことはエヴァと呼べ。長ったらしいのは嫌いだ。……それと――」

「それと……、何かね?」

 

「――私の、私の友となってくれないか? ミコト」

 

 その言葉に、ミコトは驚きながらも破顔し、

 

「喜んで。私は君が望む限り、君の友でいることを誓おう」

 

 その言葉に対し、エヴァは同じように微笑んでミコトの手を握り、

 

「ならば私も誓おう。私はお前が望む限り、お前の友であることを誓う。……よろしくな、我が友、ミコト」

「私の方こそよろしく頼むよエヴァ君。……そして」

 

 ミコトは言葉を一度区切り、手を大きく広げ、言った。

 

 

 

 

 

    「ようこそ、私の遊び場へ!!!」

 

 

 

 

 これが、生涯の友であり続けた、ミコトとエヴァンジェリンの出会いであった。

 

 

   ●


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