創造王の遊び場   作:金乃宮

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第三話

   ●

 

 

 この世界に来てからもう100年程が経った。

 現在の状況として、とりあえず魔法世界はこちらに来てから30年程で一回りし終えている。

 旅の目的だった達人達には大体出会い、私自身の強化も一通りすんでいたので、人里に下りて、商売を始める事にした。

 今までも創造王(メイキング)として行商人紛いの事はしていたが、今度は町で店を構えて固定客相手の商売をしてみたいと思ったからだ。もちろん怪しい仮面はしていない。

 創造王(メイキング)としては決まった場所に拠点を作ることはできない。どんな厄介が舞い込むかわからないし、その厄介に関係ない一般人を巻き込むわけにもいかないからだ。

 最初は二代目創造王(メイキング)として各地を周り直すのも悪くないと思ったが、段々と商品(テスタメント)の売れ方が悪くなってきていたのだ。

 どうやら世界中にテスタメントをばらまき過ぎたらしく、少し有名な骨董屋に行けば簡単に手に入るようになっていた。

 ちょっとやそっとでは壊れたりしないし、能力も劣化なんかしないので、新しい物に取り替える必要も無くなり、供給が需要を上回ってしまったようだ。

 

 なので、一つのところに留まって別の商売を始めようと思ったのだ。

 見た目が変わらないのは、長命なヘラス族の血が混ざっているためだ、という事にしてごまかした。

 

 ……まあ、それでも20年程で移動しなければならなかったが。

 

 商売は雑貨屋、ということにしている。

 売っているのはアクセサリーに始まり、鍋等の台所用品、各地を回っていた時に集めた様々な地域の工芸品やそれを参考にして私なりに新しく作った土産物等だ。

 創造王(メイキング)の時のように強力な能力や機能は付与していない。

 少し怪我をしにくくなったり、少々運が良くなったりするぐらいの軽いおまじない程度が精々だ。

 製作には能力による創造ではなく、これもまた旅の途中で見つけた珍しい石や材木と、それらに加え近場の森で間引かれた木々の内、形や質が悪く建材として使えないものや建材として切り出した余りの内で良い所を二束三文やタダでもらってきたもの等を材料に、自分の手で削り、整え、着色して、と言うようにしている。

 能力に頼りきるのは抵抗があったし、やってみると結構楽しいものだった。

 そのおかげで単価は安く済み、質の良い物が安く手に入ると評判になり、近隣の町から仕事等でやってきた者たちが土産に買っていき、持ち帰った町でまた評判になる、というように、どこの町でも店は繁盛した。

 

 ……引っ越す際は、噂の届いていない場所を探すのが大変になったが。

 

 制作は、日中は店の奥にある工房で店番をしながら行い、夜は店を閉めて制作用の特殊な空間で行う。

 その空間とは、以前交流のあった気のいい貴族に見せてもらった『ダイオラマ魔法球』というものを参考に自分で作りあげた物だ。

 本来のダイオラマ魔法球は大きさ50センチメートルほどの透明な球殻の中に地形や環境などを圧縮し、閉じ込め、一つの独立した世界とするものだ。

 中に入れる物も、小さな物ならば家が一軒程度、大きくても山が一つぐらいだそうだ。

 あまり大きいと管理が大変らしい。

 さらに、この魔法球の効果として、中と外の時間の進み方に差をつけられるというものがある。

 具体的に、その貴族の魔法球は外の一時間が中の一日であり、中と外では時間の進み方が24倍違っていた。

 

 だが、私の魔法球は持ち運びを楽にするために直径2センチメートル程の球体で、いつもは紐をつけて首から下げている。

 中に入っているのは、一つの『世界』だ。

 閉じられた環境という意味の世界ではなく、文字通りの『世界』。

 海もあれば山もあり、森もあれば生物たちもいる。

 昼夜もあれば四季もあり、天気も変われば雷も落ちる。

 唯一人間だけが存在しない、原始の世界ともいえる場所。

 

 

 まず、基本となる一万メートル四方の海しかない平面世界に、私の工房たる一軒家のみ存在する小さな5メートル四方の小さな島を最初に作り、次にいくつもの大陸を作り、山や川、砂漠や湖などの地形を作った。

 次に、森から持ち込んだ種や小さな木を植え、大気の二酸化炭素濃度を濃くしてから、一定周期でめぐる四季と昼夜のみを設定し、100年ほど放置した。

 とはいえ、私の魔法球は時間の差を自由に設定できるようにしてある。なのでとりあえず一日を100年にしておいたため、外で一日待っていればいいだけだったが。

 そうして木々が繁殖したら今度は草食動物を一種類につき100個体ずつ入れる。

 大体もともと生息していた環境と同じ環境の場所に入れたので環境に淘汰されることはないと思う。 

 そうしてまた100年待ってから、今度は小型の肉食獣を同じく一種類につき100個体ずつ入れる。

 餌となる草食動物もかなり増えているから、肉食動物が飢え死にしたり草食動物が食い尽くされたりはしないだろう。

 それからまた百年待ち、大型肉食獣を放り込む。

 このようにすれば生態系のピラミッドを保てるだろう。

 

 ……捕獲には苦労した。数は多いし暴れるしで。特に魚とかは数は多いが食われやすいから親を100匹放り込むだけで足りるかどうかが不安だったが、何とかなったようだ。

 

 そうして、今度は超大型肉食獣(ドラゴン)の雌雄を2、3頭ずつ放り込んだ。

 

 

 これに関しては入れすぎるとまずいため、繁殖できるぎりぎりにした。

 まあ、生態系の頂点だと思うし、大丈夫だろう。

 季節や気候はすべての地域で同じではなく、とりあえず地球を参考にして、それぞれの組み合わせで24種類ぐらい作って、それぞれの地域で異なる四季がめぐるようにした。

 そうすると当然気圧の変化や水の循環なども起こるため、天候も規則的に不規則に変わる。

 そのようにして作った、生物の箱庭のような魔法球。

 その中心の、結界を張って生物が入れないようにした工房で、私は作業をしている。

 

 ……足りない材料も、魔法球の中でまかなえるしね。

 

 さまざまな金属の鉱山も作ったので、金、銀、銅、鉄なども取れる。

 それに、これだけの時差があると、例え一日で店の商品がすべて売れてしまっても次の日にはいつも通りに開店できる。

 

 ……まあ、そんなことをすると怪しまれるからしないがね。

 

 そんなこんなで、我が店には周辺からかなりの客が来る。

 そして自然と、各地の噂話が数多く飛び込んでくる。

 

 ……実は、これも店を開いた理由の一つだったりする。

 

 噂話は多岐にわたる。

 曰く、あそこの領主は名君だ。

 曰く、ある領地では町と町をつなぐ街道の整備のため、護衛の戦士を含め、多くの人手を集めている。

 曰く、隣町のはずれの酒場の看板娘は美人だが婚約者がいるので手が出せない。

 

 為政者の評判から個人の色恋沙汰まで、本当にいろいろな噂が集まる。

 酒場を開けばもっとさまざまな情報が集まるのだろうが、酔っぱらいの面倒を見るのはごめんだ。

 ともあれ、つまらない情報が数多くある中、最近になってやっと面白い情報が私のところに舞い込んできた。

 

 ――曰く、北のはずれにある火山の火口の中に『不死鳥』の群れがいる。

 

 その噂を聞いた次の日から、店を臨時休店にして、私は噂の場所へと向かった。

 

 

   ●

 

 

 いきなり火口に飛び込むのはまずいので、火山の近くの森まで飛んで行き、そこから森を探索しながら進んだ。

 途中で今まで見つけてこなかった植物やその種を収集するためだ。

 あまりいいものは見つからなかったが、一種類だけ、今まで見たことのない木の実があった。

 見た目はみかんのようだが色は青く、大きさは直径5センチ程だった。

 一口食べてみたが、甘さ、苦さ、辛さ、渋み、酸味など、いろいろな味が混ざっており、あまり口に合わなかったが、何かしら効果があるかもしれないと思い、4,5個懐に仕舞い込んだ。

 そんなこんなで火山のふもとまでたどり着き、索敵能力を発動してみると、確かに火山の()に大型の鳥らしき反応があった。

 火山の周りを捜索してみると、岩や木で隠されてはいるが大きめの洞穴があり、そこから中に入っていけそうだ。

 だが、洞窟の中からは有毒なガスが出てきており、普通の生物では入っていけないようだ。

 実際、不用意に近付きすぎたのであろう生物の骨があちこちに転がっている。

 私は、両耳にイヤリングをつけ、さらに自分の障壁を強化して障壁内の大気を密閉し、大気調整用の魔法具を発動してから、洞窟の中に入っていった。

 

 

   ●

 

 

 私は洞窟を淡々と進んで行く。

 外からの光は入って一分もしないうちに届かなくなった。

 密閉された障壁内で火を起こす程愚かではないので、光の魔法で道を照らす。

 洞窟内部は複雑に曲がりくねっているうえ、いくつにも枝分かれしている。

 それに加えてこのガスのせいで、普通の人間ならばこの天然の要塞の中であっという間に息絶えてしまうだろう。

 

 ……この私でも、不死鳥たちのいる場所を感知できる能力がなければ、危ないかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、休むことなく進んで行く。

 進めど進めど見えるのは洞窟のみ。

 きちんと目的地に近付いていると実感できるものは、索敵能力と、

 

 ……この熱さか。

 

 不死鳥たちがいるのは火山の中心部に近いところらしく、そこは当然のことながら灼熱地獄だ。

 よって、目的地に近付けば近付くほどに周囲の温度は上がっていく。

 最初は氷の魔法で自分の周りを冷やしていたのだが、ただでさえ障壁を張っているのにそのうえほかの魔法まで使うとなると魔力の消費が激しい。

 初歩的な魔法ならまだしも、密閉型の障壁が高等魔法なのは当然として、氷の魔法についても周囲の温度は中級魔法程度でも対処が追いつかなくなってきている。

 仕方なく、概念付与能力を用いて、手持ちの指輪に『周囲の熱エネルギーを吸い取り己の魔力とする』という能力を付け、進んでゆく。

 こうすれば、周囲の熱が高くなるほどに魔力は回復していく。

 

 ……余剰の魔力は魔力保存用の宝石に封じておけばいい、と。

 

 70年ほど前に、魔力容量の高い宝石の鉱山を見つけ、根こそぎほりつくしてから生まれた習慣だ。

 魔力を大量にためておくことができる宝石に自分の魔力をためておき、使いたいときに使えるようにする。

 こうしておけば万が一の時に魔力切れで困ることもないだろう。

 日常的に魔力を貯蓄しているので、もうかなりたまっている。

 もっとも店舗や工房の防衛用の術式のバッテリーとして魔力のたまった宝石を使っているので、たまるスピードはそんなに速くはない。

 ためるのに集中しすぎて魔力をすべて注ぎ込んで敵にやられてしまっては意味がないのだから。

 なので、睡眠の前に自分の総魔力の三割ほどを宝石に注ぎ込むのが寝る前の習慣になり、さらに旅先で魔力が大量に手に入った時にも貯蓄に回している。

 

 ちなみに、これと同じことを気でも行っている。

 違いと言えば、気をためているのは宝石ではなく、それ専用の魔法具であるということ。

 宝石を見つけて魔力の貯蓄を思いつき、それを気にも応用できないかと考え新たな魔法具を作り出した結果である。

 もっとも、魔力と違い気には汎用性がなく、せいぜい身体強化の類にしか使えないため貯蓄量ばかり増えてしまっているのが最近の悩みではあるが。

 

 ……そろそろそっちの方の活用法も考えなければね。

 

 いろいろと案を考えながら進んでいくと、洞窟がだんだん明るくなってきた。

 だが、見えている光は太陽のような白くて明るい物ではなく、すべてを燃やし尽くすような灼熱の赤色だった。

 魔法具のおかげで熱くはないが、目がつぶれそうなほどの強烈な光が襲ってくる。

 その対策として、急いで創造したサングラスをかけて、先へ進む。

 

 

   ●

 

 

 強烈な光の先には広い空間があった。

 どうやらここは火山の噴火口から地中に続く縦穴の途中にできた横穴らしい。

 広さは面積が100m×200m、高さが100m程とそこそこの広さだ。

それぞれの壁面は緩いカーブを描き、ゆかも浅いすり鉢の様にへこみ、入ってきた洞穴からみて反対側には壁が無く、灼熱の光と身を焦がす熱さが襲って来る。

ゆかには直径10メートル以上の岩が幾つもころがっており、そのうちの一際大きな岩の上に、

 

「やあ、こんにちは。遊びに来たよ?」

 

 今回の目的がいた。

 

 

   ●

 

 

 ……素晴らしい

 

 体長は20メートル程だろうか。

 この灼熱の光にあってもなお紅く輝き、その羽毛は人間が一瞬で消し炭になるであろう高温にも焼け跡どころか焦げ目ひとつない。

 この場所の王が誰であるかなど、疑問にすら上がらない。

 神々しささえ感じる程に、その姿に魅せられる。

 

 そんな風に堂々と、不死鳥、フェニックスはそこにあった。

 

 

   ●

 

 

 (敵か、ならば排除する)

 

 頭の中に響いてくる声。

 殺意を多分に含んだ音ならぬ声を聞き、

 

「待ってくれ。私は争いに来たのではない! 話に来ただけだ!」

 

 (やかましいな、さっさと片付けよう)

 

「だから待ってくれと言っている! 私の言葉はわかっているだろう!? そして私も君の思いはわかっている!」

 

 (戯れ事だ、聞く意味はない)

 

「戯れ事ではないし聞く意味はあるとも!」

 

 (……貴様、本当に私の意志がわかるのか?)

 

「ああ、わかっている」

 

 どうやらやっと話ができそうだ。

 

 (貴様、何故私の意志を読み取れる? 貴様はどう見てもニンゲンであろう)

 

「ふむ、その答えは簡単だ。私が付けているこの耳飾り。これは対象の意志を聞き取り、理解出来る効果がある。それより、ひとつ聞きたいことがある」

 

 (……なんだ)

 

「この場所の空気は人間には毒だが君達には害は無いのか?」

 

 (害があるならこんな所になどいるものか。私たちにとってここの空気など、外の空気となんらかわりない。少々息苦しい程度だ)

 

「ならば、外の空気の方が心地良いのだね?」

 

 (ここより幾分かはな。だが、そんなことを聞いてどうする? 我等はそんなことで外に出たりなどせんぞ?)

 

「別に外に出てもらわなくても良いよ。この空気では私でもタダでは済まないのでね。……少々場を整えさせて貰おう」

 

 その言葉とともに、懐から出した太い木製の杭を地面に叩き込んだ。

 

 (貴様!何を――!?)

 

「まあ見ていたまえ」

 

 すると、地面に半ばまで刺さった杭を中心に魔法陣が広がり、瞬く間にこの空間の内部全体を包み込んだ。

 そして、異変はすぐに現れる。

 

 (これは……、空気が……?)

 

「そう、この場の空気を浄化し外界と同じぐらいの環境にした。今そこに突き刺した杭は限定空間内の環境を整える効果を持つ。気温気圧湿度大気成分、何でも思いのままに出来るのだよ。先ほどの私のように小さな障壁内で使うもよし、ここのように大きな空間内で使うもよし、いつでもどこでも快適に過ごせる空間を提供出来るこの商品、今なら私の話を聞くだけと言う超お得なお値段でお買い求め頂けますが、どうかね?」

 

 (何のつもりだ? 貴様ここに何をしにきた?)

 

「言っただろう? 話に来た、と。話をするのに障壁を挟んでいるというのは、相手を信用していないといわれても仕方のない行為だからね。邪魔な壁を取り払うためにはこうするほかに方法が思いつかなくてね。……ああそういえば、こちらで勝手に調整してしまったが、何か不都合はあるかね? やはりもう少し暑いほうがいいかね?」

 

(温度はこのくらいでいい。だがニンゲン、話に来たというその言葉、そう簡単に信用できると思うか?)

 

「まあ無理だろうね。しかしだからこそ話そうというのだ。誤解を解く方法はこれしかないだろう?」

 

(なるほど、確かにその通りだ。だがニンゲン、この状況を解決するのにもっと簡単な方法がある)

 

「ほう、それは何かね?」

 

(何、本当に簡単なことだ。……ここで貴様を排除すればいい!!)

 

 その意思が響くのと同時に、不死鳥は飛び上がり、密閉型の障壁を解除していた小さなニンゲンに襲い掛かった。

 不死“鳥”というだけあってその動きは素早く、鋭い爪の生えた足を獲物に向けて、高所から飛び掛かってくる。

 対する獲物は逃げることすらせず、ただ穏やかに立ちつくし、

 

 

 ただ静かに、その爪を受け入れた。

 

 

 

   ●

 

 

 不死鳥の爪はニンゲンの体を貫いた。

 ニンゲンの体を掴むようにしている片足の三本の爪の内、一本は腹を、残りの二本は肩を回って背後から胸を貫いている。

 腹への一撃は内臓を幾つも砕いただろうし、背中からの二撃は肺を割ったはずだ。

 

 (これで終わりだ)

 

 今までも、自分達のすみかにヒトが来た事は何度かあり、その度に一番長く生きている自分が相手をしてきた。

 来たのは今回の様に一人の時もあったし、団体の時もあった。

 どちらにせよ対応は変わらない。

 ただ排除し、新しいすみかへ移る。

 それだけだ。

 この場所にいられた期間は随分長かった。

 その分愛着のような物もあるし、多少息苦しさはあったが、そのおかげで人間が入って来ることは今までなかった。

 だが、一度ヒトが来た以上、ここももう安全ではない。

 早くここを出て次のすみかを探す必要がある。

 

 (しかし、今回のニンゲンは妙だったな)

 

 己の爪で貫いた男を見る。

 自分が攻撃をしたとき、この男は何もしなかった。

 こんな所まで来られる程のニンゲンだ。

いくら自分の攻撃が早いとは言え、それでも防御か回避はするだろうし、もしかしたら反撃等も来るだろうと思っていた。

 最終的な結果は変わらずとも、もっと時間がかかるものと思っていたのだが……、

 

 (随分とあっけなかったな)

 

 そう思いながら足を振り、最早生きてはいない侵入者を放り投げ、地面に転がす。

 

 (さて、感じた気配はこいつの物だけだが、こいつを囮として気配を隠した他の侵入者が潜んでいないとも限らん。警戒は解けんな……)

 

 

 

 

 

「おや、気配を殺して訪問するのは暗殺者だけだと思って堂々と正面から来たのだが、余計な懸念を与えてしまったかね?」

 

 

 

 

 

 (……!?)

 

 聞こえるはずの無い声に驚き、先程まで死体が有った場所を見ると、侵入者が服の埃を払いながら、何食わぬ顔で立っていた。

 

 (馬鹿な!? 何故生きている!? 腹を貫き、肺も両方割った!! ほぼ即死のはずだ!!)

 

 今まで何人もの侵入者を排除してきた経験が、確実に仕留めたと言っている。

 だが侵入者は生きていて、それどころか、

 

 (何故傷一つ無い!?)

 

 目の前の侵入者には、腹や胸の致命傷や、投げ捨てたときに付くはずの擦り傷すらもなく、服に開いていたはずの穴すらない。

 

 (幻覚魔法か……?)

 

「確かにそのような魔法を使えばこのような事も可能だがね、残念ながら魔力感知まではごまかせん。私は確かに本物だよ」

 

 (ならば、何故生きている!?)

 

「何、たいした事ではない。ただ、私が不老不死だと言うだけだよ」

 

 (不老不死……だと?)

 

「そうとも。私は少々特殊な人間でね。決して老いる事は無いし、どんな傷も、それが例え致命傷でもすぐに治ってしまう。だから死なない。つまりは不老不死というわけだ」

 

 (……要するに、私には貴様を殺せない、ということか)

 

「そうだ。だが、これで私が君達を狙っていたのではないとわかってくれたかね?」

 

 (……どういう事か、言ってみろ)

 

「君達不死鳥を人間が狙う理由は主に、不老不死の研究のためと、魔道具の材料や儀式の道具等のためだ。後はまあ鑑賞用にすることぐらいか。まず、私に不老不死の研究は必要無い。もう不老不死だからね。次に、魔道具の材料や儀式の道具についてだが、先程見せた杭もそうだが、私は必要な物は自分で作れるし、そのための材料も無から作れる。そういう能力を持っていてね。だから君達を襲うなんて危ない橋を渡る必要も無い。鑑賞用についても、私は金は十分に持っている。だから見世物などやる必要は無い。……どうかね? 私が君達を襲う意味を持たない事がわかったかね?」

 

(……なるほど、確かにその通りだ。道理にかなっている)

 

「わかってくれて幸いだよ」

 

(ならば、なぜここに来た? 今の話が真実ならば、貴様がここに来ることに何のメリットがある?)

 

「真実ならば、か。まあ、不死の部分はともかく、不老については今すぐ証明するのは難しいからね。それはおいおいわかってもらえばいい。それと、ここにきて何のメリットがあるか、だったね。それについては問題ないよ。ちゃんと私にもメリットはある」

 

(それは、なんだ?)

 

「先ほども言ったが、私はここに君たちと話をしに来たのだよ。だからメリットも、『君たちと話せること』、これに尽きる」

 

(わからんな、話し相手ならばここに来なくとも、外にニンゲンがいくらでもいるだろう。そいつらと話していればよい)

 

「確かに、世間話程度ならばそれでもかまわない。だが、そこでは私は普通の人間でいなければならない」

 

(…………)

 

「人間ならば人間の、私ならば私の思うことがある。だが、その中では、私は普通の人間が思うことしか話せない。普通の人間の思うことしかわかってもらえない。不老不死である私の考えはすべて奥に仕舞い込まなければならない。……それでは窮屈なのだよ」

 

(それで、ここに来たのか?)

 

「ああ。町で不死鳥がここにいるという噂を聞いたときは喜びを押し殺すのが大変だったよ。なにせやっと、『多くの時を生きるもの』が見つかったのだからね。『やっと私は、自分をさらけ出せる場所を見つけたんだ』と、そう思って歓喜した」

 

(だが、私と貴様では種族が違う。それでは分かり合うことは難しいだろう)

 

「そうだろうな。だが不可能ではない。それに私は人間ではないもっと別の、『私』という私だけの種族だ。もとより同じ種族と語り合えるとは思っていない。だから異種族と話し、分かり合おうとすることに何のためらいもない。だから、不死鳥よ」

 

 

 

「――私と友になってくれ」

 

 

 

 先ほどから響く目の前のニンゲンの言葉は、とてもまっすぐで、偽りが感じられない。

 今までここに来た人間と同じような、何かを押し殺したような嫌な感じがしない。

 おそらくこのニンゲンは、自分をさらけ出しているのだろう。

 嘘偽りなく、自分の感情をぶつけてきているのだろう。

 それは、今まで汚いニンゲンにしか出会ったことのない自分にはとても新鮮で。

 ――とてもきれいなものだった。

 今まで背後で多くの岩の陰に隠れていた同胞たちも、同じことを思ったらしく、皆、私とこのニンゲンとの会話に耳を傾けているのがわかる。

 私は、目の前でこちらに向かって大げさに手を差し伸べ、動きを止めている人間を見て、そして、

 

(皆よ、この者に不信を抱くものはいるか?)

 

 背後からの反応はない。これは、つまり……、

 

(ニンゲンよ、貴様、名はなんという?)

 

「ミコト。私の名前はミコトだ」

 

(そうか。……ならばミコト、お前が我らの友であろうとする限り、我らもミコトを友として迎え入れよう。そして同時に、先ほどまでの非礼をわびよう。すまなかった。……許してもらえるか?)

 

 私の言葉にニンゲン、いや、ミコトは喜色をあらわにして、

 

「もちろんだとも!では私からも謝罪と感謝を。いきなり訪れて勝手なことを言ってすまない。そして、こんな私を受け入れてくれて感謝する! 無論、後ろの君たちにも、だ」

 

 その言葉と共に、私の後ろから同胞たちが飛び立ち、ミコトの周りを取り囲む。

 

(さあ、まずは歓迎しよう、我らが友、ミコト。我らのすみかへようこそ。何もないが、ゆっくりしていくといい。皆とも話してやってくれ。若い者などは特に、外の話を聞きたがるだろう)

 

 

「ああ、もちろんだとも。さあ君達、なんでも聞いてくれ。私が今まで見聞きしたものをなんでも聞かせよう。何、安心したまえ、私にも君達にも、時間は無限にあるのだから」

 

 それから少しの間、私はミコトと皆が話しているのを見ていた。

 皆、ミコトの話を興味深そうに聞いている。

 それもそうだろう。私たちには敵が多く、あまり外に出ることはできない。

 私を含め、人の力が強くなるより前から生きている者たちならばともかく、若い者たちの中にはこの山の周りより外の世界を知らない者さえいる。

 そのような者たちにとって、ミコトの話はさぞ驚きに満ちていることだろう。

 そんなことを思いながら、ふと見てみると、私たちの中でも特に若い――生まれてから大体50年ほど――者が、ミコトの着ているローブの一点をつつきながら、何事か言っているのが見えた。

 

(ミコト、ミコト、これ頂戴!)

 

「これ? ……ああ、この木の実のことかね?)

 

 ミコトは少しローブの中を探ると、青い木の実を差し出した。あれは……、

 

(そう、それ! それ頂戴!)

 

「ああ、いいとも、持って行きたまえ」

 

 その木の実をもらって、その者はとてもうれしそうに、

 

(ありがと、ミコト! 僕たちみんな、これ大好き! ありがと、ミコト!)

 

 早速木の実をつついて食べ始める。

 

「喜んでもらえてうれしいよ。だが、これが皆の好物だ、というのは本当かね?」

 

(ああ、本当だ。若いのに限らず長生きの者も、皆それが大好きだ)

 

「ならば次に来るときはこれをたくさん持って来よう」

 

(それはうれしいが……)

 

「……? うれしいが、何かね?」

 

(若くて体の小さい者ならまだしも、私のように長生きして体が大きくなってしまった者には、その木の実は小さすぎてな。食べた気がせんのだよ)

 

「なるほど、そうか……。――みんな、聞いてくれ。今日のところはいったんここで帰らせてもらう。なに、3,4日で戻ってくる。その時には皆に贈り物も用意しておこう」

 

 そういってミコトは、去って行った。

 さて、何を持ってきてくれるのか……?

 

 

   ●

 

 

 不死鳥達に断り、転移魔法の基点となる杭を新たに打ち込ませてもらってから、私は自宅へ戻った。

 こうしておけば、またすぐにあの場所へ転移出来る。

 そしてすぐに魔法球の中に入り、工房の近くに新しくかなり大きめの島を作り、土壌を調整し、肥料を混ぜたあとに例の木の実の種を島の中心に、その他の草花の種を島全体に植えた。

 そうしてすぐに魔法球の外に出る。

 外での一日が魔法球内での100年になるため、外で15分程過ごしてから中に戻ると、中では一年程経って、種を植えた場所には細い木が立っていた。

 順調に育っているのを確認すると、多めに肥料をやり、また外に出た。

 そうして今度は一日、内部時間で100年経ってから入ると、そこには立派に育った大樹があった。

 待っている一日の間にとってきた野性の蜜蜂の巣を中身ごと島に放つ。

 そうして、以前から作っておいた人形(成人女性型)5体に擬似的な命と養蜂技術、蜂の世話をする命令を与え、樹の前に行き、

 

「さて、植物に概念を打ち込むのは初めてだが、うまく行ってくれよ……!」

 

 『実りが大きくなる』という概念を大樹に付与し、外に出た。

 

 そうしておいて、内部で一年程経ってから入ってみると、

 

 ……少々うまく行きすぎたかね……?

 

 そこにはたわわに実をつけた大樹があった。

 

 ……実の大きさが一つ一メートル程の実をたわわにつけた大樹が。

 

 

 

 

 それらを収穫し、半数を加工して残りの実を持って外に出て、15分後にまた入り、一年後にもまた同じだけ実っている事を確認すると、新たに実や蜂蜜の加工法と草花の手入れ技術を人形達に与え、今まで出来た加工品を持って外に出た。

 

 そうしてから、内部の大樹の島のみを別の魔法球に移し替え、時間差を24倍(内部の一日が外の一時間)に設定した。

 

 あまりたくさん出来ても困るしね。

 

 

   ●

 

 

 準備が出来たので、不死鳥達の元へ向かう。

 打ち込んだ杭を頼りに転移してみると、

 

(……ん?ああ、ミコト。来てくれたのか。)

 

(この間は急に帰ってしまったからな、どうしたのかと心配したぞ)

 

(今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?)

 

(ミコト、ミコト、おかえり!)

 

 大きいのは10メートル以上、小さいのは50センチメートル程と様々な大きさの不死鳥達から歓迎の意思が一斉に飛んできた。

 

 ……なかなか壮観だね。たった一日で随分懐かれたものだ。

 

 そう思い苦笑を得るが、それでもすぐに嬉しさがそれを上回り、笑顔で皆に挨拶を返していく。

 そうしながらここのリーダーである長(そう呼んでくれと言われた。彼等には固有の名前は無いらしく、また必要なかったらしい)に近付いていく。

 

「やあ、長。元気かね?」

 

(ああ、元気だとも、ミコト。よくきたな)

 

「ああ、またすぐに来ると約束したからね。私は約束は必ず守るよ?」

 

(ほう、ならばもう一つの約束の方も期待して良いのかな?)

 

 「もちろんだとも。さあ、これだ。受取りたまえ」

 

 その言葉と共に、虚空に手を差し入れ、中に入っている実を取り出す。

 大分前に作った虚空倉庫。

 転移術や空間操作術を組み合わせ、膨大な容積を持つ空間を異次元に作り、鍵である魔法具(私の場合は左手のブレスレット)を持つものがしようと思えばいつでもどこでも持ち物を仕舞い、取り出せる。

 きちんと整理しないと目的の物を探すのに苦労することになるが、それさえきちんとすればとても便利だし、なにもない空中からいきなり何かを取り出して相手の驚く顔を見られるのは気持ちが良い。

 

 今回に限っては驚く顔は見られないが(不死鳥の表情を読むのは私にはまだ無理だ。一応表情はあるらしいが)、わずかに喜びの混ざった意思を聞けただけで十分だ。

 

(こっ、これは……!)

 

「種を持って帰り、私なりの工夫を加えて育ててみた。味は変わっていないと思うが、私にはわからない違いがあるかも知れん。食べて確かめてくれないか?」

 

(あ、ああ。頂こう)

 

 長は恐る恐ると言った感じで実にクチバシを伸ばす。

 何度か実にクチバシを刺して皮を取り除き、中身が見えたら果肉にかぶりつき、飲み込む。

 

「どうかね、味に何か違いは有るかね?」

 

(いや、懐かしい味だ。完全に同じでは無いが、むしろかつて食べていた物より旨くなっている)

 

「ふむ。良い方に変わっているならば、まあ良いだろう」

 

(ああ、久しぶりにこの実を思い切り頬張る事が出来た。ありがとう、ミコト)

 

「喜んで貰えて何よりだ。……さて、長のお墨付きも頂いた。皆、存分に味わいたまえ!」

 

 言いながら虚空倉庫の入口を大きく広げ、持ってきた実を全て取り出す。

 何も無い空間から巨大な実がゴロゴロ出てくるという光景に、不死鳥達は皆驚いているようだが、次第に喜びが溢れていくのが目に見えてわかってくる。

 

「どうしたのかね? 楽しく話すのに茶菓子は付き物だろう。残念ながら君達の好みがわからないため茶は用意出来なかったが、私が用意出来る限りの菓子を持ってきた。さあ、この時間を存分に楽しもうじゃ無いか!」

 

 この言葉で、皆の間に喜び以外の感情はなくなった。

 

 

   ●

 

 

 それからの時間はとても愉快なものとなった。

 

 不死鳥達は口々においしいと言い、礼を言った。

 好物を食べたからなのか、皆の空気がどんどん明るくなり、この広い空間が陽気な空気で満たされた。

 元気な若鳥達はもちろん、落ち着いた雰囲気の長も(おそらく)ニコニコ笑って隣にいる者に思い出話をしている。

 他にも、笑って騒ぎすぎて疲れたのかふらふらしている者もいるし、なぜか泣いているものや怒っている者、黙って黙々と実を食べている者も……、

 

 ……というか、酔っ払ってないかね、これは?

 

 よくみれば皆ろれつが回ってないし、歩けず座り込んでいる者がほとんどだ。

 きちんと話している様に見える長も、話し相手が寝ているのに気付かず同じ話を繰り返している。

 

 ……おかしいね、アルコール分は入っていないはずだが……?

 

 食べ残しの実の一部を食べてみても酒気は感じない。

 そのうち、一羽二羽と倒れて眠っていき、最後には誰もいない空間に8ループ目の思い出話をしている長だけが残った。

 倒れた者を調べてみても酔っ払いの症状以外は見つからない。

 

 ……ベースが人間である私には影響がないことをみると、精霊系の種族のみに作用する成分でも入っているのかね?

 

 そんなことを考えつつも、とりあえずは、

 

「……水でも用意しておくかね」

 

 そう思って見渡すと、いつの間にか長も撃沈しており、残ったのは自分と食い散らかされた実の残骸と、倒れて寝ている不死鳥達だけだった。

 

 

 

 翌日になって目を覚ました不死鳥達を介抱しながら(その際に『毒を盛ったのか』という疑惑も出たが、寝ている間に自分達の身に何もされていない事を確かめるとすぐに消えて無くなった)長に話を聞いてみると、今まで実を食べてもこうはならなかったということで、どうやら実を大きくしたときに何かしらの変化があったらしい。

 不死鳥達の症状は人間の二日酔いと全く同じく頭痛に吐き気等で、水を飲ませると少しは緩和された。

長と色々話して、やはり私の仮説通り、精霊系種族のみに作用するアルコールに似た成分だろうという結論に達した。

 せっかくの土産だったが、思わぬ副作用により破棄される事になった。

 

 

 

 

 ――と思ったのだが、予想外に好評で『時々持って来てくれ』と頼まれた。

 そこのところは人も不死鳥も変わらないらしい。

 

 

 ……精霊系種族に対して良い商売になるかも知れないね。

 

 

 新しい商売の予感がした時だった。

 

 

 

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  P.S.

 

 名前と顔を隠して売り出した精霊系種族専用アルコール『スピリット』は大好評で、例の樹にやった肥料代を引いてもかなりの儲けになった。

 酒場からの要望により、現在新しい味を制作中である。

 

 

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