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気がついたら森の中に立っていた。
神に言われた通り、先程まで暗い下り階段を松明を頼りに下りていたが、10分ほど下り続けると明かりが見えてきた。
光り輝く出口を抜けると眩しさに目が眩み、目が慣れてみると周りには見渡す限りの緑が広がっており、生い茂っている樹木のせいで空もろくに見えない。まさに樹海とも言える場所だった。
背後を見てみるも、階段どころか出入り口もない。
……階段を抜けるとそこは森だった、か。ふむ、私に文学の才能はなさそうだな。
苦笑しながらあたりを観察するも、神が願いを叶えてくれたのだろう、人の気配はない。
……さて、転生というものをしてはみたものの、これからどうしたものか。……もらった能力の訓練をするにしても、ひとまず拠点を探さねばならんかな。さしあたり木の洞や洞窟等が定番か。
そんなことを考えながら適当な方向へ歩きだす。
しばらく歩くと少し開けた場所が見えた。大きな木が倒れているところを見るに、どうやら大木が寿命を迎えて倒れてしまい、ぽっかりとできた隙間のようだ。
やっと空をまともに見ることができ、なぜか安心してくる。
……転生などという経験をしても、太陽の下に生きる生物は日の光からは縁が切れないのか。
そんなことを考えながら見上げた空には雲一つなく、そんな空模様も相まって、なんだか柄にもないことを考えていた自分が可笑しくなってくる。
……もらった能力を確かめるためにも集中できる場所が必要だ。こんな深い森だ、人が来る心配はないだろうが、猛獣の一匹や二匹いてもおかしくない。何か来ても入り口をふさいで籠城できる洞窟か、敵を早く見つけられる小高い丘、あるいは開けた場所が適している。ここなら広さも十分だね。とりあえずここを暫定的な訓練所としようか。
大きな切り株を中心にした空間は、地中に潜る根のせいかところどころデコボコはあるが、それさえ気にしなければ天然の芝生の生えた広場だ。
中心まで歩いていき、ローブを脱いだミコトは、自分の体を確かめる。
「スーツ姿か。確かにこの姿にはあっているが、この時代には前衛的すぎるな。何かこの時代に合った服を考えなくては」
スーツがある程度着られるようになるのは18世紀辺りからのはずなので、指定した年代に送られたのなら今は14世紀。場違いもいいところだ。
「かといってローブ姿でも怪しい。人前に出るためにも何とかしなければな。……まあそれはおいおい考えるとしよう。まずは今できる事の確認と行こうか。あのおせっかい焼きのことだ、おそらくは……、あった」
歩いている途中から気になっていたローブについている内ポケットの違和感。落ち着いた場所につくまで見ないで置いたそれを確かめると、封筒入りの手紙があった。開けてみるとそこには、
『この手紙を見ているということは、儂はもうおぬしの前にはいないのじゃろう』
「……あんたがこの世界に送り出したんだから当然だろうが。何で自分が死んでいるような文面なんだ……?」
『とまあ冗談はさておき、この手紙にはおぬしの現状と能力の使い方を記してある。よく読んで覚えておくように。テストに出るぞ!』
「何のテストだいったい。全く何でこんな無駄な文章を……」
『まあ、人生には多少の遊び心も必要じゃて』
本当に破り捨てたくなってきた。だがまあ情報収集は大事なので読み進めていくと一枚目はほとんどがふざけた内容で、大事なことはあまり書いていなかった。便せん三枚の内の一枚を無駄にした神は滅べばいい。
ともあれ二枚目に取り掛かることにする。
『これ以上ふざけるのはさすがにまずいので、本題に入ろうかの』
だったら最初からふざけず真面目にやれ。
『さっそく能力の使い方じゃが、魔力と気の方はこの世界の者に聞いて修行したほうが良いじゃろう。言葉で説明しても体で覚えなければ意味がないからのう』
「まあ、それはもとよりそのつもりだが。この場合は知識よりも経験の方が大事だからな。まあ百年も研鑽をつめば何とかなるだろう」
『それに関連して肉体のことじゃが、不老不死になっておる。今の姿は大体18歳ぐらいじゃが、それ以上年を取ることはない。永遠の思春期じゃな』
うるさい黙れ。
『また、それに伴い、どんな怪我でも一瞬で元に戻るようになっている。この蘇生に魔力、気は必要ない。儂からのさーびすじゃ。おまけに戻るのは怪我をした一瞬前の状態にじゃから、それまでした訓練の成果が消えることはない。まあ治癒能力のすごいものと考えてくれればよい』
「魔力と気が消費されないのは助かるな。いざという時に回復できなくては意味がない」
『また、気と魔力じゃが、今のままでも最強くらすじゃ。じゃが、訓練次第でさらに上げることも可能じゃ。特に上限は設けておらんから、好きなだけ強くなるとよいじゃろう』
「上限なしか、鍛えがいがあるな。これは楽しみだ」
『そして最後に、おぬしの希望した【能力を作る能力】の使い方じゃが、こんな能力を作りたいと考えるだけでよい。その通りの能力を習得できる。作れる数に限界などないので、好きなだけ作るがよい』
「なんだ、ずいぶん簡単だな」
『じゃが、そのように作った能力は、あくまで思い浮かべたことだけしかできん。切り傷を治す能力ならやけどにはきかんし、速く走る能力なら速く泳ぐことはできん。まあ水の上ぐらいなら走れるかもしれんが』
「きちんと細部まで設定しないと不完全なものが出来上がるのか。これに関しては繰り返しやっていくしかないか」
『あと、この能力に関しては制限をかけさせてもらった。制限の内容は、【死者の蘇生と対象の単純な無敵化は行えない】というものじゃ。あまりにも強力すぎるからのう。じゃが、いろいろな能力を使って無敵に近付くのは可能じゃ。まあ能力の説明はこんなところじゃな』
「まあもともと死者の蘇生はするつもりもなかったが……、無敵化はできんのか。いろいろ試行錯誤が必要だな」
そこで二枚目が終わっていたので、三枚目を見る前に、さっそく能力を使ってみることにした。
「一番最初に作るべきは索敵能力だろうな。いくら強力な能力を作っても、使う前に攻撃されたら終わりだしね」
そう考えて能力作成を始める。
「対象は人間と大型の動物全般。半径500メートル以内の対象すべてと半径5キロメートル以内の害意を持つ者を察知する能力。……ああ、あと半径100メートル以内の武器とその一部、さらに魔法や気弾、トラップにも反応するように……っと。こんなところでいいだろうか」
こうしておけば大体の危険には反応できる。武器とその一部も対象にしたから狙撃用の弾丸にも反応できる。回避方法も後々必要になるだろうが、
「ひとまずテストしてみるか」
作ったばかりの能力を発動すると、神は本当に丁寧に願いをかなえてくれたらしく、範囲内には人間は一人もいなかった。そのかわり……
「なんだ……? この大きな反応は?」
大きな、おそらく動物の反応がここから400メートルほどのところにある。
体長はかなりでかい。
でかいといってもゾウ程度ではない。その数倍の大きさの生物が、こちらにだんだん向かってくる。
「この地球上にゾウより大きな陸上生物は存在しないはずだが……、いきなり不具合かね?」
だが、何度調節しても結果は変わらず、それどころかどんどん近付いてくる。
しかもなんだか空気が揺れている気がする。
まるで何か大きなモノがこちらに飛んできているように。
「……そういえば、まだ手紙には続きがあったね」
現実逃避気味に手紙の三枚目を見ると、
『最後におぬしの現状を教えておこう。実は【誰も入ってこられない森の奥深く】という条件をくりあする場所が地球上になくてのう』
なんだかとても不吉なことが書いてある気がする。
『じゃからおぬしを魔法世界の森の中へ送り込むことにしたんじゃ。地球とは違って大型の危険生物がたくさんおるからの、注意するんじゃぞ』
……魔法世界? 大型の危険生物? ……まさか――、
『でもまあ、げーむ好きにはたまらんじゃろうの、なんせ本物に遭遇できるからの』
……本物? 何の?
その答えを読むのと同時に、広場全体に影が差した。
ちょうど大きな反応も自分のこの広場の上空にある。 そしてそのまま、
《ズズン!!》
という音と共に地面が揺れる。
その原因を見たと同時に、先ほど読んだばかりの言葉がよみがえる。
『おぬし、どらごんは好きかの?』
そして私は足が速くなる能力を急いで作り、ふざけたことをしてくれた神を呪いながら、ローブをつかみ走り出す。
後ろに体長15メートルほどの翼付きの巨大なトカゲを伴って。
結局この日は逃走劇に終始した。
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いきなり遭遇したドラゴンから何とか逃げ切り、へとへとになった所に調度良い大きさの洞窟があったので、索敵能力を使い安全を確認したあと、中に入って休むことにした。
中に入ってみると、洞窟と言っても精々奥行きが10メートルほどの小さなものだった。
とりあえずドラゴンから逃げるために急いで作った幻術能力(相手に思い通りの幻覚を見せるもの。視覚だけでなく、猛獣用に五感全てと探査魔法、気配察知もごまかせる優れもの)を使って出入口を普通の岩肌にに見えるようにしたあと、念のために索敵能力を使ったまま、読み掛けだった手紙の三枚目に目を向ける。
『まあ、そちらは地球よりもやんちゃなもの達が多いから、気を付けた方がよいぞ?』
「この文章を最初に持ってくれば良いものを。ご老体め、狙っていたんじゃあるまいな?」
『地球に渡る方法は、まあ教えなくとも良いじゃろう。おぬしの能力なら簡単に移動できるじゃろうしの。』
「確かに、世界間移動用の能力を作れば良いだけだからな」
『それと、戦闘になったときの注意事項じゃが、攻撃を受けた時、傷ついてもお前の体はすぐに回復するが、おぬしの身に着けているものは壊れたままじゃ。気に入っているあくせさりーや服が壊れた場合は元に戻らんから気を付けるんじゃぞ?』
「まあ、身に着けるものは私の一部じゃないからな」
『そこで、今おぬしが着ておるろーぶとすーつには自己修復機能を付けておいたからの。 これで破れても大丈夫じゃ。無論汚れもつかんから洗濯の手間が省ける。これは便利!!』
「どこのテレビショッピングかねいったい。まあ助かるが」
『これで男の半裸という一部の好事家しか喜ばん罰げーむ映像を誰も見ないで済むぞ。よかったのう』
「大きなお世話だクソジジイ」
『さて、とりあえず説明はここで終わりじゃ。後はおぬしで何とかするんじゃぞ?』
「まあ、細かい事は自分の目で確かめるべきだろうな」
『手紙とは言え、おぬしに次に会えるのは当分先になるじゃろう。おそらくおぬしが死んだときじゃ。その時にでも、おぬしの思い出話を聞かせてくれるとうれしいのう』
「その機会が訪れるのは当分先になると思うがね。まあその時になったら、飽きるほど聞かせてやろうじゃないか」
『そろそろお別れじゃ。名残惜しいがそろそろ筆を置こうと思う。おぬしに退屈無き生があらん事を祈るぞ。では、さらばじゃ』
「神が何に祈ると言うのかね……。まあご利益はありそうだが」
『P.S.』
「……ん?」
『この手紙は読み終えると自動的にあたりを巻き込んで消滅する』
「……なにやっているのかねあのジジイは!?」
急いで丸めた手紙を洞窟の外に投げ捨てる。
その後自分もすぐに洞窟の一番奥に避難するが……、
「なにも……起こる様子は無いね?」
恐る恐る手紙に近付き、拾い上げて広げ直し確かめてみると、先程の文章の後に小さく、
『ようにしようと思ったんじゃが、面倒なので何も仕込んでおらん。おぬしが自分で燃やしてくれい。それでは、健闘を祈る』
「……妙なネタを仕込んでいるではないかあのジジイ、今度会ったら一発殴ってやらねばなるまい」
そう心に決めて、手紙を封筒にしまって燃や……さず、ローブにしまう。
「……得たつながりを少しでもとどめておきたいか……。我ながら女々しいものだね。私に感傷は似合わんだろうが、まあこれぐらいはいいだろう」
沈みそうな心を何とか奮い立たせようとする。
「さて、まずは手札を増やそうか」
これからのことを考え、対策を考えていく。
「手始めに身を守る手段だな。戦う手段はともかく、まずは身を守らなくてはならん。身を守る能力、それを訓練する時間、安全な隠れ家……。用意するものは山ほどあるな」
そうすることで、
「とりあえずは隠れ家か。安全対策を講じている間に襲われてはたまらんからな。私以外は誰も入れず、迷い込むことすらできん、完璧な隠れ家を作って見せよう!」
前の一点のみを睨み付け、わき目も振らず進んでゆく。
「そのためにもどんな能力がいいか、考えなければな」
だが、それでも。
「能力。能力か……」
人間の視界は広い。前だけ見ているつもりでも、いつの間にか目の端に過去が飛び込んでくる。
「能力……。能力だ。私が考え、作り出す能力。それでも、この力は神からのもらい物、……いや、借り物だ」
取り繕った心は、何かの拍子で、簡単に沈み込む。
「借り物の力で自分を守る。なんと滑稽な話だろうか」
過去と向き合わない心は、いとも簡単にへし折れる。
「能力も、気も、魔力も、体も、顔も、名前さえも、何もかもが、もともとは私の者でない借り物だ」
彼は笑う。
「私は借り物の力を自分の者のように扱い、偽物の自分を作っているただの
人からもらったものでしか自分を守れない自分をあざ笑う。
だが、心が折れても、それでもきちんと過去を見据え、どん底から這い上がっていくことができれば。
「だが、こんな偽物の私でも、この魂だけは本物だ」
自分の持つ唯一の本物を守るために。
「ならば私は、この魂だけは守り抜く。誰に何と哂われようと、ののしられようと、この魂を守るためならば借り物だろうと偽物だろうと何でも使ってやろう!」
そんな誰にも折れぬ信念を抱えて這い上がってきた心は、もう折れることはない。
「泥にまみれようが、傷つこうが、何があろうと意地汚く進んでやろう!」
汚れを嫌う大人など知ったことではないと、開き直った子供のように。
「この世界を、自分勝手に楽しんで見せよう!」
泥遊びをして泥だらけになり、そんな自分を笑う子供のように。
「その、私だけの望みを叶え、魂の欲するものを手にしたとき!」
そして、そんな自分を誇るように。
「本物の願いをかなえた私は、本物となるだろう!」
宣言する。
「ならば私は、この世界を、私の遊び場とする!」
自分勝手な物言いを、自分勝手に正当化して。
「遊び場で遊んで、遊びつくして、最後の最後まで笑ってやる!」
世界に対して、自分の魂の叫びを響かせる。
「さあ、これが私からの初めましての挨拶だ! この挨拶をきいたからには……、」
世界を、自分の思い通りの遊び場に変えるように。
「さようならの挨拶を言うまで、逃げることは許さんぞ!」
「さあ、何して遊ぼうか?」
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