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ふと気がつくと、私は見慣れた空間にいた。
……ああ、またこの夢か……。
私の周りに広がるのは、何も見えない暗闇の中、自分の体だけがぽっかりと浮かんでいるような、そんな空間。
私はそこで、何をするでもなく佇んでいる。
「……いったいここはどこなんだ……?」
そう虚空に問いかけるも、答える人影などないことはわかっている。
それでも問いかけたのには理由がある。
返答する影はなくとも、声はあると知っているからだ。
『――何度も言っているでしょう? ここは貴方の夢の中であり、貴方の心の中ですわ』
その声は、不思議な声だった。
どこか遠くから叫んでいるようにも聞こえるし、耳の近くでささやかれているような気もする。
聞こえてくる方向もあいまいで、しかしはっきりと聞き取ることができる。
そんな声だった。
「……いい加減、お前と話しているだけのこの夢も飽きてきたな。お前と私以外の者はいないのか?」
『いるわけないでしょう? ここは貴方の心の中であり、絶対の不可侵領域なのですから。外部から入れる方なんて、そうそういるわけがありませんわ』
だったらなぜお前がいるんだ、と突っ込みたいが、夢に合理性を求めるのも無意味だと思ってあきらめる。
「……というか、お前は一体どこにいるんだ? 声ばかり聞こえるが、姿を見たことは一度も無いぞ?」
『それは仕方がありませんわ。私、ここに声だけを飛ばしていますもの。大体、これだけでもかなり消耗するのですから、これ以上は直接貴方のそばに行かなければ不可能ですわ』
「ほう、そういう物なのか……」
この不思議な夢を見始めたのは、今から大体一月ほど前からだ。
一番最初はただ暗闇の中に佇んでいるだけの夢だったが、数日同じ夢を見続けてから、かすかに声が聞こえているのに気が付いた。
それは遠くから、かすかに、しかもとぎれとぎれにしか聞こえてこない声だったが、それでもその声に込められた必死さは十分に伝わってきた。
そして今から三日前より、声ははっきり聞こえてくるようになり、意思疎通がしっかりできるようになった安心感からか、声の響きも落ち着いてきて、今では軽い雑談を行えるようになっていた。
「じゃあ、お前は一体どこにいるんだ?」
『まあ、ひどいことをおっしゃるのですね。
私はずっと、貴方と出会い、契約を果たしたあの場所におりますわ。一体、いつになったら私を見つけて下さるのですか?』
……いつも、何を聞いてもこいつはこんな感じだな……。
『私を早く見つけてほしい』
よくわからないこの声は何かにつけてそんなことを言い続ける。
なのに、自分が何者なのかを尋ねても、答えはいつもはぐらかされる。
唯一答えてくれるのは名前だけなのだが、
「……なあ、お前の名前は何なんだ?」
『――はぁ。何度も言っていますけど、私の名前は■■■です。と言っても、今の貴方では聞き取れないでしょうけれども……』
こんな感じで、名前の部分だけはなぜか聞き取れない。
よくわからないが、こいつが名前を名乗る時だけ言葉が認識できなくなるのだ。
聞こえているはずなのに、聞こえない。
その理由はよくわからないが、名乗っているこいつは理解できているようだ。
「……なぜ、私にはお前の名前が聞き取れないんだ……?」
『そんなもの、貴方が私を受け入れていないからに決まっていますわ。心を許していない者の声は、たとえうわべだけは聞き取れようとも、心に響くことはありません。……というか、この説明も何回かしましたわよ?』
「――ああ、そうだったな」
もちろん覚えてはいる。
だが、何度か同じ質問をしてみて一度でも今までと食い違うような回答があればその話は嘘であるという判断ができるので、これから先も何度か尋ねることになるだろう。
『大体あなたはそうやっていつもいつも――、と、そろそろ時間ですわね』
「……ん? 何のだ?」
『目覚めの時間ですわ。しばしのお別れです』
「そうかそうか。それはよかった。妙な声を聴かなくて済むのは清々するな」
『ふふふ……。そんな強がりを言わなくても良いのですわよ? まあ、どの道貴方が眠れば会えますし、大した別れにはなりませんわ』
「私をさみしがり屋なキャラに仕立て上げるのはやめてもらおうか。それはどちらかと言えば毎晩毎晩夢の中に出張ってくるお前にこそふさわしいキャラだろうが」
『……そうかもしれませんわね。それではエヴァンジェリン。また会えることを願って、貴方に良いことを教えて差し上げますわ』
「なんだ、お前ともう会わなくて済む方法でも教えてくれるのか?」
『まさか。ただ単に、ごく近くにある災難を回避するためにはどうすればいいかをお教えするだけです。やるべきことは簡単。エヴァンジェリン、私が合図をしたら、拳を目の前に突き出しなさい』
「? それに何の意味があるんだ?」
『良いから私の言う事を聞いておきなさい。そうすれば、貴方に小さな幸運が訪れる事でしょう。……さあ、今ですわエヴァンジェリン。前に向かって拳をえぐり込みなさい』
「……なんだかよくわからんが、――こうか?」
謎の声に言われるまま、私は右手を握り、突き出した。
『ふぎゃっ!!』
何やら妙な声が聞こえたと同時に、暗い空間に光が差し込んできた。
それと同時に、私は何やら体が浮かび上がるような感覚を覚えて――
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目を開けると、良く知っている天井が見えた。
「……んみゅう……?」
まだ多少ぼやける目をクシクシこすりながら体を起こすと、カーテンが開けられた窓からは良い感じの日光が差し込んできているのが見える。
右手にある窓から見える朝の風景をぼぉっとしながらしばし眺め、そしてふと左手を見てみると、
「あたま……、あたま……、私のあたま……」
首のないメイドが四つん這いになり、床をさするように己の首を探し求めていた。
「……なにをやっているんだお前は……」
『首のない侍女が失った己の首を求めてさまよい出てくる』という普通ならばかなり不気味な光景なのだが、自分のよく知るこの駄メイドがやっていると喜劇にしかならないのは、不思議と言えば不思議だ。
その首なし侍女の周囲を見てみると、首を探し求める声は体からではなく何やら私の寝ていたベットの下から聞こえてくる。
どうやら視覚情報を集める頭部が暗いベッドの下に入ってしまい、上手く体を動かせなくなってしまったらしい。
目の前で朝っぱらから繰り広げられているばかばかしい光景を呆れながら見ていると、私の声を聴きつけたのであろう
「――あ、お嬢様! 起きていらっしゃるのなら助けてください! 私の頭はどこにありますか!?」
「……お前、本来なら侍女は主を助けるための存在だろうに……」
『まあこいつの主はミコトだけだし、別にいいのか』とか考えつつ、ベッドから立ち上がるとその下を覗き込んでみる。
すると、何やら騒がしい毛玉を見つけたので引っ張り出して見たところ、半べそをかいたキャロルの生首だった。
……ベッドの下に転がる生首、か……。三文ホラーだな……
そんなどうでもいいことを考えながら、その首を目の前に掲げて尋問を開始することにした。
「……で、どうしてこんなことになっているんだ……?」
「ええと、これには深い事情がありまして……。というかお嬢様、私の頭を返してくださいよぅ……」
「却下だ。お前が納得いく説明をすることができたら返してやる」
『そんなぁ……』と泣き言をこぼす馬鹿の体を魔力の糸で縛って動けなくしておき、詳しく話を聞かせるように頼んでみた。
最初は嫌がっていたが、ミコトを念話で呼び出そうとしたら一気に態度を変えて話し始めてくれた。
「ええとですね、私はいつも通りにお嬢様を起こそうと扉をノックしたんですけど反応がなくて、それで何かあったのかと思って静かに部屋の中に入ったらまだ寝てるだけだというのがわかって、それで起こして差し上げようと声をかけようとしたらなんだかもにゃもにゃ寝言を言っているのが聞こえてきたので顔の近くに耳を近づけてみたらいきなりお嬢様に殴られて、その衝撃で首が外れて落っこちちゃったんです。その勢いがありすぎて、反対側の壁にぶつかった後に跳ね返ってどこか暗い所に入ってしまって……。だから、私は悪くないんです!! 今回私は被害者です!!」
「ほうほう、そうかそうか……。……で、なんで私の寝言を聞こうと思ったんだ?」
「そりゃあもちろん、お嬢様の恥ずかしい寝言を聞き出して、お嬢様をからかうネタを手に入れるために決まって――あ、やっべ……」
「……あれ? どうしたんですかお嬢様? 今日はやけにあっさりと返してくれましたね? 普段なら氷漬けにしたうえで言葉にならないような恐怖体験を数時間、という流れでしたのに……」
「お前はそれがわかっていてなんで愚かな所業を繰り返すんだ……? ――まあ、今回は許してやる。近付いただけで殴った私にも責の一端はあると思うからな」
釈然としない表情を見せながらも首をはめ直したキャロルは、私の方を向いて首をかしげている。
「……それに、お前に罰を与えるのはもっと適任な奴に任せるよ」
私がそう言った瞬間、キャロルの肩に背後から『ポン』と手が置かれた。
一瞬『ビクッ』と体を震わせたキャロルは、ゆっっっくりと自分の背後へと振り向いた。
そこに立っていたのは、いつも通りに無表情なミコトだった。
「……さてキャロル君、何か言い残したことは有るかね……?」
「……………………痛く、しないでくださいね……?」
その願いがかなえられることはなかった。
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一騒動過ぎて、いつも通りの朝食の時間になった。
部屋の隅にある十字架に
普段通り今日の予定やら魔法談義やら食事の感想やらと言ったとりとめのない雑談を入れながら目の前の朝食を片付けていく私達だが、ふとした拍子に話題が途切れてしまったため、何かないかと考えてみたところ、今朝見た夢などはちょうどいいのではないかと思い、話してみることにした。
「……そう言えば、少し前から妙な夢を見続けていてな」
「ほう、どんな夢かね?」
ミコトも話題が切れていたのか、興味深そうにそう尋ねてきた。
「それが不思議な夢でな。どこだかわからんが真っ暗な空間に一人でいると、どこからか声が聞こえてくるんだ。最初は何を言っているのかわからなかったのだが、だんだん声がはっきり聞こえてくるようになってな。私からも話しかけられるということがわかってからは、夢の中でどうでもいいようなことをずっと話しているよ」
「ふむ、夢の中の友人、というところかね……? その声の主の姿はわからないのかね?」
「ああ、そいつは今まで一度も姿を見せたことはない。どうやら、声だけを遠くから飛ばしてきているらしい」
「……ただの夢でなければ、何者かが念話で話しかけてきているとも考えられるが……。その声に心当たりはないのかね?」
「聞いたことの無い声だった。だが、その声の主は私の事を良く知っているらしくてな。どうやらどこかで出会ったことがあるらしい」
「……普通に考えるならば、その者は君が忘れてしまった知り合いであり、心の奥底に残ったわずかな記憶を追体験している、という解釈ができるね……。その者はなんと名乗っているのかね?」
「それがな、名前を教えてくれはするんだがよく聞き取れないんだ。そいつが名前を言うと、その言葉は聞こえているのに理解できない状態になってしまって……。なんというか、異世界の言葉で話されているような、そんな感じがして――どうしたミコト。何やら浮かない顔をしているが」
私が夢の内容を思い出しながら伝えていくと、だんだんミコトの様子がおかしくなってきた。
最初はいつも通りの無表情で相槌を打ち、その合間に食事の手を動かしていたのだが、私の話を聞いていくうちにだんだんと手の動きが鈍くなり、ついには完全に手を止めて考え込んでしまった。
何事かと思った私が声をかけてみても返事すらよこさず、腕を組んで何やら呟きながらうつむいてしまう。
少しの間そんな状態が続き、私の中で少しずつ不安が膨れてきたころ、不意にミコトは私の方を見て、言った。
「……エヴァ君。君はもしかして、工房の壁に掛っていた刀――私が使っている剣に似たような物に触ったりしなかったかね?」
「……いや、そんなことをした覚えはないが……」
いきなりの問いに面食らいながらも答えるが、ミコトはその答えに納得せずに質問を重ねる。
「本当かね? 良く思い出してみてほしい。時期的には私と君が出会ってすぐの事だと思うのだが……」
「…………そう言えば……」
そう言えば、ミコトが最初にこの屋敷を案内してくれた時、工房から出る際に物珍しさから触ってみた――ような気がする。
「……そして、刀を抜き、刀身に血を擦り付け、柄を掴んだまま鞘に戻したりは、しなかったかね……?」
「……まさか、いくらなんでもそこまでは――」
……あれ、そんなようなこともあったような……?
確かあのとき、つい刀を見て触ってみたくなり、下手に触れてしまって指を切ってしまった、はずだ。
そしてうっかり刀身にその血をつけてしまい、あわててこすり落としたような気がする。
また、そのことがミコトにばれたらと思うと恐ろしくなり、あわてて刀を鞘に戻して何事もなかったかのように繕った。
……そう、そうだった! 全部思い出した!!
己のしでかしたことがすべてばれてしまい、体中に嫌な汗が浮かぶ。
しかも、今の今まで表に出ることがなく、自分でさえも忘却の彼方へと追いやっていた記憶が呼びさまされてしまったのだから、慌てるなという方が無理な話だ。
「あー、その、なんだ……すまん、お前の言うとおりの事をやった……」
そう言った瞬間、ミコトはやれやれというように右手で顔を覆うと、椅子の背もたれに大きく体重をかける。
そしてその姿勢のまま、また固まって動かなくなってしまった。
……きっと今あいつは、私にどんな罰を与えるかを考えているんだろうな……。
そう考え、ちらりと今まで無視していた部屋の隅に目を向ける。
そこには先ほどまでと変わらず十字架に
その姿に未来の自分像がダブって見え、思わず大きく息を吐いてしまう。
明日は我が身、とはよく言ったものだ。今度からはもう少しだけキャロルに優しくしよう。
「……まあ、事情は分かった。これで疑問はすべて解けたよ」
「……その、ミコト……? 私は別に悪気があってやったわけではなくてだな。あれは何というか……そう、事故のようなもので――」
「そうとわかればことは一刻を争う問題だ。――エヴァ君。早く料理を食べてしまいたまえ。今日の予定は変更する」
そうとだけ言うと、ミコトは無言で手早く料理を片付け始め、それを呆然と見ていた私もあわててそれに倣った。
そうして、今までに類を見ない程あわただしく、しかし静かな朝食の時間は過ぎていった。
……ああ。これからの事を思うと、胃が痛くて食が進まん……。
そうは思っても作ってくれた者の手前残すことなどできず、私は無理矢理目の前の料理を口に詰め込んで行った。
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朝食をいつもより早めに済ませた私とエヴァ君は、後片付けを他の者に頼むと連れ立ってとある場所に向かって歩いて行った。
なぜか食事中からエヴァ君の顔色が悪く、体にも無駄な力が入っているようだが、何かあったのだろうか?
「……エヴァ君、どうかしたのかね? 随分顔が青いように見えるが、体調でも崩したかね?」
「……いや、なんでもない……。ところで、これからどうなるんだ……?」
……ふむ、そう言えば詳しい話は途中で話すつもりで説明していなかったね。
大切なことを言い忘れていたと思いだし、手短に説明することにする。
「……さて、とりあえずこれからの事を順番に話していこうと思う」
そう言った瞬間、エヴァ君の体が『ビクリ』と震えたような気がしたが、まあ気のせいだろう。
「……私はどうなるんだ? やはり
「……
私がそう言うと、エヴァ君は先ほどまでの緊張を消し、不思議そうな顔をする。
「……工房? あそこで何をするんだ? 私が汚してしまった刀の掃除か?」
「いや、その必要はない。あそこに掛けてある刀はどれも自動修復できるようにしてあるからね。よほどのことがない限りダメになったりはしない。今回は、私の推測が正しいのかを確かめに行くだけだよ」
「……すまない。私が勝手なことをしたせいで余計な手間を取らせてしまった……」
「なに、気にすることはない。今回の事は、君が望むならやってもらおうと思っていたことだ。それが少しばかり早まっただけの事だ。別に怒っているわけではないよ」
そう言ってほほ笑んで見せると、エヴァ君は安心したように力を抜き、
「そうか。それならばいいのだが……。――では、今回の事を詳しく説明してくれないか? 正直、何が何だかわからないぞ……」
「そうだね。ではまず前提として、君が触れたあの刀の事を話しておこう。……あの刀は、斬魄刀だ」
「斬魄刀――つまり、お前の刀と同じものか……?」
「……いや、それは違う。私の斬魄刀は私だけの物であり、工房にある物とは別物だよ」
私のその説明を聞いて、エヴァ君はますます首をかしげる。
どうやら、斬魄刀=空牙という認識でいるらしい。
「正確に言えば、あそこに何本も掛けてあるのは斬魄刀の素体だよ」
「……素体……?」
「そうだ。そもそも斬魄刀を使うには、刀と契約する必要があってね。その契約の方法だが、まず第一に刀身に自分の血を擦り付けて鞘に戻して契約主であることを示すのと同時に、刀と自分との間に魔術的なつながりを創るところから始まる」
「……契約というと、魔法使い同士の主従契約のようなものか?」
いまいち要領を得ないはずの私の説明を、エヴァ君は何とか自分にわかりやすい形にして理解しているようだ。
「そうだね。元々この契約方法は
「……つまり、私は知らず知らずのうちに契約の手順を踏んでいた、と言う訳か……」
「そうなるね。……そして、魂の情報を読み取った刀はその情報を元にして、刀の中に新たな人格を創り出す。それが、斬魄刀の人格だよ」
「……ということは、契約した者が違えばその人格も変わる、という事か?」
「その通りだ。だから私の空牙はこの世界に一振りだけの物だし、君の斬魄刀も君だけの物になるはずだ」
正直言って、この機構を組み込むのが一番苦労した点だ。
なにせ最初の頃は、性格が同じだと同じ刀が生まれてしまうようになったこともあったぐらいだからね。
「そして、刀が魂情報を読み取り、それをもとに新たな人格を創り出すのに必要な時間はおおよそ一月ほどだ。今回の場合、何カ月も前に人格は完成していたのにもかかわらず、一向に持ち主が現れないことに業を煮やした刀自身が契約のラインを通じて夢の中に語りかけてきたのだろう」
「……そうか、それであんな夢を……。私は、あいつを長い間待たせてしまったのだな……」
エヴァ君はすまなそうにそう言うと、工房へと向かう足を少しだけ早めた。
そのことに私は苦笑しつつも、何も言わずについていく。
そして、いよいよ件の工房の前に辿り着くと、エヴァ君は無言で扉を開け、中に入っていった。
そうして壁に掛けられた刀たちの前まで真っ直ぐに歩んで行くと、しばし目を瞑り、そして目を開けると迷わずその中の一振りに手を伸ばした。
「――長い間気付いてやれず、一人にしてしまったな。本当に、すまない……」
そう呟きながら手を伸ばした先にある刀を手に取り、壁から外して抱え込んだ。
その瞬間、エヴァ君の体から力が抜け、いきなり座り込んでしまった。
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刀を手に取り、抱え込んだ瞬間目の前が真っ暗になり、気が付くといつも夢の中で見るなじみの風景が広がる空間に私は立っていた。
天地が良くわからない不思議な感覚も、前後左右どこを見ても何も見えない闇に支配された空間であることも、今まで見続けた夢と何も変わらなかった。
ただ、唯一の違いがあるとすれば――
「――まったく、ここまで来るのに随分と時間がかかったものですわね、エヴァンジェリン?」
私だけしかいない空間に、一人の女が立っていた、という事だけだった。
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