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――……っと、い……げんに……。わた……、……。
最近、妙な夢を見る。
――……え! 聞い……すの!? ちょ……、……しの声を……なさ……。
私は真っ暗な空間にいて、最初はただそれだけだった。
ただそれだけの夢を、先週ぐらいから(魔法球内時間で)見るようになった。
最初はなんてことないただの夢だと思った。
だが、三日ほど同じ夢を続けて見て、そしてあるとき、声が聞こえるようになった。
――……ぇ、おねが……から、わ……の事に……付いて……。
それはかすかな、とてもかすかな声で、しかし、必死に私に語りかけてくる。
……お前は、誰だ?
そう思いつつも、暗闇には私のほかに誰もいない。
聞こえてくる声もかすれていて、何を言っているかわからない。
――ねぇ、いいか……、私の……を……よ!
……お前は、一体私にどうしてほしいんだ?
――……、私の……を聞いてよ!
『エヴァンジェリン!!』
●
「――んぅ……?」
何かに呼ばれたような気がしてまどろみよりさめてみると、私の目の前には、
「――ンチューー……」
――目を瞑り、顔を赤らめながら唇を尖らせているキャロルの顔のどアップがあった。
……よしよし落ち着くんだエヴェンジェリン。今までだってこんなことは何度もあったはずだ。こういう時は慌てちゃいけない。落ち着いて、冷静に行動するんだ……!
「――うぉわーーー!!!」
自分に言い聞かせるような思考の後、落ち着いた私は落ち着いてパニックを起こし落ち着いて叫び声を上げた後に落ち着いてキャロルの顔に拳を叩き込んだ。
「――きゃん!!?」
寝起きながらも正確にキャロルの顔の中心に拳は叩き込まれ、その結果としてキャロルの首だけが宙に舞った。
首関節の固定を甘くしていたのか、大した抵抗を感じること無く吹き飛んだキャロルの首は、放物線を描いてこの部屋――私の寝室だ――の扉の近くに落ちた。
キャロルの首は床に落ちた後も少しの間ころころと転がっていたが、すぐに歩み寄ってきたキャロルの体によって拾われ、小脇に抱えられたまま私の元に戻ってきた。
「――もう、ひどいですよエヴァンジェリンお嬢様! せっかく起こして差し上げようと思いましたのに!!」
両手で側頭部を挟むように持たれた顔
「お前が変なことをしようとするからだろうが!! 朝っぱらから何をしでかそうとしていた!?」
私のその質問に、キャロルは不思議そうな顔をして(わざわざ顔を傾けるように持ち直しているところに、なんだか腹が立ってきた)、答える。
「なにって、キスに決まってるじゃないですか。キスですよ、キス。接吻でもヴェーゼでも口吸いでもちゅーでも言い方は何でも構いませんけど」
……うん、もうそろそろ我慢しなくてもいいよな?
いい加減に怒りが収まらなくなってきた。何がしたいんだこの不思議メイドは?
「……ちなみに、なんでキスしようとしたんだ?」
そう問いかける私に、キャロルは『何を当然のことを!』とでも言いたげな、人を小馬鹿にするような表情を浮かべて、
「そんなの決まってるじゃないですか。……なかなか起きてくれないお姫様を起こして差し上げるには、目覚めのキッスが必要不可欠でしょう? 寝ぼけてらっしゃるんですか、お嬢様?」
……よーしよーし、良く耐えたぞ私。さすが私だ。ここまで我慢すればもう十分だろう……!
私たちの騒ぎを聞きつけたのか、部屋の窓からダイクが顔を見せる。
そして部屋の中の様子から大体の事情を察し、黙って重力制御を用いて窓を開け放ち、そこから離れて行った。ナイス!
それから私はキャロルの首を手に取り、きちんと元の場所にはめ直す。
なぜかって? それはな……、
「……吹き飛ばすのに、パーツが散らばると片付けが面倒だからだ……!!」
「ふぇ? ……って、きゃーーーー!!?」
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馬鹿を吹き飛ばした直後、私の部屋にミコトが駆け込んできた。
「何事だ!? 今度はキャロル君が何をしでかした!?」
「一瞬も迷うことなく下手人を特定するお前をさすがと言うべきか、当たり前のように毎日問題を起こすキャロルにあきれるべきか……」
呆れる私を差し置いて部屋の中を見回したミコトは、キャロルがいないことを知ると、
「……ふむ、どうやら逃げられたようだね。では、彼女への折檻は後回しにするか……。さて、寝起きのようだが、支度が済んだら朝食にしよう。……マキナ、ロンド、手伝ってやってくれ」
「はい、社長」
「……………………はい」
そう言って、湯の入った容器を持った普通の侍女と、服を持った無口な侍女が私の部屋に入ってきた。
ミコトはその二人私のそばについたのを確認すると、部屋の外に出て、
「じゃあ頼んだよ、二人とも」
と言うと、扉を閉めた。
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朝食の最中、ミコトはふと思い出したように私に言ってきた。
「……ああエヴァ君、今日の夕方、時間を空けておいてくれ。連れて行きたい場所があるからね」
「連れて行きたい場所? どこだ?」
「以前言ったことがなかったかね? 『そのうち、君の事を他の不死者たちに紹介しよう』と。今夜はちょうど我が友たちとの集会があるのでね。君も一緒にどうかと思ったのだよ」
ああ、そう言えばそんなことを言っていたな、と私は思い出しながら、
「……私が参加しても大丈夫なのだな?」
「無論だとも。彼らも長き時を生きている者たちだ。友を得られるというのならば君の事を歓迎するだろう」
「なるほど、ならば是非も無い。私も参加させてもらおう」
「それはよかった。ならば、朝食を食べた後はゆっくり自由にしていたまえ。ただ、魔法球の外に出られると時間の感覚がくるってしまうから、できれば屋敷の中か、この周りにいてくれると助かるよ。何か用があったら、私は書斎にいる。いつでも来たまえ」
「わかった。とりあえず、屋敷の周りを散歩してみることにするよ」
別に資料室や工房にいてもいいのだが、たまにはゆっくり外を(とはいっても魔法球の中だが)出歩くのも悪くはないだろう。
特に、なんだかわけのわからない夢を見た後だ、気分転換にもちょうどいい。
「そうかね。では、何かあったらキャロル以外の者に申し付けてやってくれ。最近、私以外の者の世話ができるのを喜んでいるようでね。いい刺激になるそうだ」
「……わかった。その言葉に甘えよう」
正直、キャロル以外の者達に迷惑をかけるのは気が引けていたのだが、そう言われてしまい逃げ道をふさがれてしまっては、拒むにも拒めなくなってしまう。
……まあ、こういう葛藤なら悪くはないな……。
そんなことを考えてしまう私は、いろいろな意味でもう駄目なんだろうな。
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朝食の後、私は宣言通り屋敷の庭を歩いていた。
今回歩いているのは、以前私とミコトが戦って滅茶苦茶にした広場だ。
あれからもうだいぶ時間が経ったので、芝は青々と茂り、置物として石でできた大きな人形(ミコトの石像のようだが、上半身が裸で天に向かって拳を振り上げている。像の下のプレートより、題名は『我が人生に一片の悔いなし!! ……あれ、玄関の鍵閉めたっけ……?』というらしい)や、ずんぐりとした妙な素焼きの像(同様に、題名は『やあ、土偶だね!?』らしい)などなど奇怪な物体がところどころに配置されている他、少し離れたところには妙な植物が何種類も生えている。
「――きゃー!! お嬢様ーー! 助けてくださーい!!」
その中の一つ、うねうね動く触手のような蔓を生やした不思議植物に絡め取られて空中浮遊を楽しんでいるキャロルを尻目に、私は散歩を続ける。
なぜか先ほどからキャロルの悲鳴や救助要請の声が聞こえるが、気のせいだろう。
とりあえず私は地面を這うようにして私の方に近付いて来る蔓を凍らせて砕きながら、偶々近くで掃除をしていた侍女に、除草剤をまいたほうが良いという旨の連絡をミコトへしてもらう。
幸い今は何の被害も出していないが、いずれ誰かが絡め取られてしまうだろうからな。
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それからしばらく歩き、屋敷の周りを一周し終えてから玄関にに戻ると、そこにはミコトがキャロルに右手でアイアンクローを決めながら立っていた。
ミコトは腕にかなりの力を込めているようで、キャロルの足は床についていないし、先ほどからうめき声を上げながらミコトの右手を叩いている。
ちなみに、その周りにも何人か侍女たちが立っているが、いつも通りに掃除やミコトへの報告をしている。誰もミコトの右手を気にしてはいない。
私も特に気にすることなく(『え゛!? お嬢様!?』)、ミコトの元に歩み寄っていった。
ミコトは私が近付いて来るのに気が付いたのか、腕の力を強めながら(『うみ゛ゃーーー!?』)私に笑顔を向けて、
「やあエヴァ君。先ほどの報告、感謝するよ。被害が出る前に食い止められてなによりだった。それで、外の様子はどうだったかね? ダイク君の植物以外にも変わったところがたくさんあっただろう?」
「ああ、奇態なモノがかなり増えていたな……。特に裏庭の大木にひっそりと馬鹿でかい釘で打ちつけられていた大男サイズの藁人形には驚かされたよ。あれはいったいなんなんだ……?」
「ああ、あれは『汎用型お百度参り達成機三号マークⅡ改
「要するにただの置き物なんだな? そうなんだな?」
ミコトは『ははは』と笑ってごまかすと、
「……さて、外を歩いて疲れただろう? 軽くシャワーでも浴びて、冷たい飲み物でも貰って休んでいたまえ。そうすればすぐに昼時になるだろう」
「……そうだな、そうさせてもらおう。――すまないが、用意を頼む」
「はい、エヴァンジェリン様」
私は近くにいた侍女にそう言うと、浴場の方へ歩いていった。
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昼食の後、私は資料室で魔法関係の資料を読ませてもらおうと思ったのだが、ミコトに頼みごとをされてしまった。
何でも、『どこぞの駄メイドが資料の順番を滅茶苦茶にしてしまったらしくてね。その整理を頼みたいんだ』という事らしい。
まあ、資料の場所も覚えられるし、良い暇つぶしにもなる。
悪い話ではないので引き受けることにした。
……ホントに滅茶苦茶だな……。
基本的に、資料室を使う者はミコトか私ぐらいであり、必然的に資料に直接手をふれるのも私たちだけ。それ以外では時折侍女たちが掃除に訪れる程度だ。
私もミコトも、欲しい資料を一つ抜き出して読んだ後、それをしまってからまた新しい資料を出す、というやり方なので、資料が乱れることはまずない。
だから、ここまで滅茶苦茶な資料室を見るのは初めてだ。
まず順番からしてぐちゃぐちゃだし、本棚に納められた本は上下どころか前後まで間違っている。
植物の標本の横に雷属性の魔法の資料があったりするのは当たり前で、中には本棚に入りきらなくて床に直接置かれているものもある。
そんな、まるで嵐か竜巻でも起きたかなような惨状が、私の前には広がっていた。
「……まあ、資料室全体がこうなっていないだけましか……」
そう、資料室全体の中で、ひどいことになっているのはごく一部。さらに詳しく言うと、ある書架の周囲だけだ。
何でも、某駄メイドがここの掃除を一人で担当した際、なぜかこの書架だけ倒してしまったそうだ。
あわてた某キャロルは、何とか体裁だけでも保とうとしていろいろしたところ、こうなってしまったとか。
本人がちょくちょく来ては直していたそうだが、つい先日他の侍女たちが掃除の際にこの惨状を発見し、発覚したそうだ。
そして念入りな調査の結果、つい先ほど下手人が発覚し折檻を受け、その後片付けに私たちがあてがわれた、という事らしい。
「……さて、どこからどう手を付けた物か……」
私は何をすべきかと考えていると、一緒に来ていた数人の侍女・侍従たちのうちの一人が私のところに来て、
「エヴァンジェリン様、私たちはどのように動けばよろしいでしょうか?」
「……? どのようにも何も、ここの事はお前たちの方が詳しいのだろう? だったら私の方こそお前たちに従わなければいけないはずだが?」
いきなり言われたことに戸惑いながらも聞き返すと、その侍女は、
「はい、確かにその通りなのですが、社長より、『これから資料室を使うのはエヴァ君が主になるだろうから、エヴァ君なりの整理の仕方でやらせてみようと思う。ついては、君たちは彼女の指示のもとに動いてやってほしい』と申しつけられておりますので、エヴァンジェリン様指示を仰がせていただいたのです」
……なるほど、確かに一理あるな……。
ミコトはもはやほとんどの知識を自分の頭の中に記憶してしまっているため、ほとんどここに来る必要はない。
たまに来るとしても、新しい本をしまいに来るときか、よっぽど難解な調べ物をする時だけだ。
だったら、
だが――
「……わかった、私が指揮を執る。ただ、今までの整理の仕方でも十分わかりやすかったからな、あまり変化させる必要はない。だから、お前たちに今まで通りの整理の仕方を教えてもらい、変更点や改善点を私が逐一支持していくやり方を取ろうと思う。……それでいいか?」
「……作業方針、了解いたしました。それではまず、どのように致しましょうか?」
そう言われて、私は再び惨状の方へ目を向ける。
ここまでひどいとなると、少しずつ移動させていくよりも――
「……一度広い場所に中身をすべて移動させ、一度書架を空にしてから順次整理しながら戻して行こうと思う。ここまで滅茶苦茶になっていると、少しばかりの入れ替えでは逆に時間がかかるからな」
「――了解いたしました、ではまずあのあたりに中身を移動していきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
侍女は件の書架のすぐ近くにある、大きな机のあたりを指し示しながらそう提案する。
確かに、あの机ならば資料を乗せておくのに十分な広さはあるだろう。
ただ、机の上にはいろいろな物も置いてあるが、
「……そうだな。ならば、お前は机の上を片付けてくれ。そっちのお前は机が片付き次第、資料を置く場所に何かを敷いておいてくれ。見た感じ、資料には少しばかり古い物やほこりをかぶっているものもある。そういう物もきれいにしながら片付けていった方が効率的だ。お前はそのための掃除道具を持ってきてくれ。乾いた布でいい。そっちのお前は――」
というように、私は適当な侍女たちを指さしながらするべきことを与えていく。
「……よし、準備は整ったな? ならば、そっちの男衆は適当にあそこまで資料を運んで行ってくれ。女衆は運ばれた資料をきれいにして、なんとなくでいいから種類ごとに分けて置いておいてくれ。私はそれを見て、男衆に戻していく場所を指示する。何か質問は有るか? ……ないようなら、さっそく始めるぞ。やれ」
『はい、エヴァンジェリン様』
一斉に返事を返してきた侍女・侍従たちは、私の指示通りに動いていく、先ほど私に指示を仰いできた侍女もその中に加わろうとするが……
「――ちょっと待て。……お前、この中でもまとめ役になっているようだが、名はなんという?」
こいつは明らかに他の者たちに対して指揮を執ることに慣れていそうだったし、他の者もこの侍女に一目置いているように見えた。
何しろ、私に対して他の者は何も言ってこなかったのに、この侍女だけはミコトから指示を受け、私に指示を仰いで来たのだからな。
だから、こいつは他とは違うのだという中りをつけ、名前を聞いてみることにした。
その私の言葉に、その侍女は少し微笑みながら、
「……私はマーチと申します。別にまとめ役と言うほどではありませんが、他の者達よりも長く動いていることは確かですね」
「……と言うと、ミコトの言う『最初の五人』の一人、という事か?」
「……はい。まあ、それだけ長くやっておりますと、有事の際は皆の指揮を執ることもございますが、今は一侍女でございますので、特別扱いの必要はございませんよ、エヴァンジェリン様」
マーチはそう言って笑うと、すぐに他の者と共に作業をこなし始めた。
私は少しの間考え、そして急いで作業の中に入っていった。
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資料室の整理が終わったという報告が書斎にいる私に届いたのは、昼食をとってから数時間経ち、私の書類作成の仕事が粗方片付いてからだった。
書斎に入ってきて報告を始めたマーチ君に、私は尋ねる。
「……それで、エヴァ君の様子はどうだったかね?」
その質問に、マーチ君は微笑みながら答える。
「いきなり抜擢された指揮役の任もそつなくこなしていました。集団の長として、部下の仕事を部下と一緒に行うのはどうかとも思いますが、今回の場合は皆の印象もよくなる行為ではありますし、問題はないと思われます」
「……君個人から見て、彼女はどうかね?」
「とってもかわいらしい方ですね。おそらく、他の者達も同様に考えると思います。少なくとも、悪い印象を持つ者はいないかと」
「……ということは、例の計画は……?」
「問題ないと思われます。後は他の者達にも同様に彼女の有能さを認めさせ、外堀を埋めていけば良いのではないでしょうか」
その答えを聞いて、私は一つ頷き、
「そうだね。……まあ、彼女にその気がなければ成功しない計画ではあるが、逆に言えばそれさえクリアしてしまえばそこまで難易度は高くない、ということが分かったのは行幸だ。――しばらくは、君の方からも根回しを頼むよ、マーチ君」
「了解いたしました、社長」
書斎の中で、私とマーチ君の笑い声が静かに響き渡った。
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「――っへっくち!!」
その同時刻、体についたほこりを洗い流すためにシャワーを浴びていたエヴァンジェリンは、大きなくしゃみと共に言いようのない寒気を感じていた。
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夜になり、ミコトと私は庭に出てきていた。
今夜はなぜか夕食が少なめになっていたので、おそらく向こうで本格的な食事を取ることになるのだろう。
そんなことを考えていると、ミコトから鳥の羽を意匠とした銀色のイヤリングを一組渡された。
「今回合う相手は、人語を理解はできるが話すことができないのでね。これをつけていれば、彼らとの意思疎通が可能になる。つけていたまえ。……ああ、イヤリングが嫌ならばネックレス型もあるが、換えるかね?」
「……いや、このままでいい。穴をあけなくとも良い物のようだからな」
正直、吸血鬼の私では耳に穴をあけてもすぐに閉じてしまうため、意味がないのだ。
ミコトの方もそれをわかっているからこそ、これを渡したのだろう。
そんなことを考えながら、私はイヤリングをつけ終えた。
「……と、これでいいか?」
「ああ、それでいい。――似合っているよ、エヴァ君」
「――ふん、当然だ。それで、私たちはこれからどこへ向かうんだ?これは外に出る魔方陣だろう? 店に出て、そこからまた転移するのか?」
私の問いに、ミコトは首を横に振りながら、
「いや、この魔方陣の出口は店の他にもう一ヶ所ある。そのもう一ヶ所が今回の会の場所であり、今回君が会う不死者たちの住処でもある。何、気の良い者達だ。心配することはないよ」
「……いや、心配はしていないんだが、どんな者達なのか気になってな。そいつらはどんな種族なんだ?」
「ははは、それは見てのお楽しみだ。――さて、そろそろ時間も押してきた。行こうか」
「……ああ、そうだな」
そうして釈然としない気持ちのまま、私たちは魔方陣の中心に立つ。
「さあ、準備は良いかね? ――『転移』」
ミコトがそう唱えると、私の視界がどんどん明るくなっていき、ついには何も見えなくなってしまう。
しかしその光もすぐに収まり、つぶっていた目を開くと、まず先に見えたのは足元の石でできた床だった。
おそらく洞窟か何かの中なのだろうと思いながら顔を上げると、次に見えたのは鳥だった。
……ん? 鳥?
見間違いかと思い、良く見たら鳥だった。
目がおかしくなったと思い、目をごしごしとこすってみてみると赤い鳥だった。
幻覚か何かだと思い、解呪の魔法を自分にかけてから見てみると大きな赤い鳥だった。
もう自分の脳がおかしくなってしまったのだと思い、自分の頭を思い切り殴りつけてから涙交じりで見てみると、大きな赤い鳥の顔面どアップだった。
(おいミコト、この者は先ほどから何をしているのだ? 大丈夫なのか?)
私の顔を覗き込んできているように見える鳥の幻覚から幻聴が響いてきた。
「ああ、大丈夫だよ。この者の健康状態に悪いところは一つもない。……ほらエヴァ君、挨拶したまえ。君の見ている物は幻覚ではないよ」
そうミコトに促されて目の前の光景を良く見てみると、今私たちがいるかなり広い空間には、目の前のものほど大きい者はいないもののかなりの数の赤い鳥が存在している。
それをみて、私は息を大きく吸い、
「馬鹿でかい鳥だーー!! ――って痛い!! 何故頭を叩くんだミコト!!?」
「君が出会いがしらにいきなり失礼なことを叫ぶからだ。……すまないね、長。彼女は少々混乱しているようだ」
(ははは、かまわないさ。小さき者が何の知識も無しに我々の姿を見れば取り乱すのも当然だ。……それで、この者は誰だ? ミコトの友か?)
「ああ、彼女の名はエヴァンジェリン。私たちと同じ、不死者だ。まだ100年程しか生きていないから少々落ち着きがないが、君達ともすぐに親しくなれると思うよ」
そんなことをミコトと目の前の鳥が話しているのをなんとなく聞きながら、私は何とか気を落ち着けていた。
……大丈夫、大丈夫。これはただ単なる馬鹿でかい鳥だ。大したことはない……いや、体は大したことあるんだが……。って、そんなくだらないことを言っている場合ではなく……いやいや、くだらないことはないだろう。重大なことだ。なにせこんなにでかいんだからな。……って、だからそんなことを……
思考のさなか、ふと視線を感じて周りを見渡すと、私は大小さまざまな鳥たちに囲まれていた。
……うぉおぅ!!?
思わず後ずさろうとするが、後ろにも当然のように鳥がいるとわかって何とか踏みとどまる。
と同時になけなしのプライドを絞り出すと、胸を張って背筋を伸ばし、ちょうど目の前にいる一番大きな鳥――の隣にいる中くらいの鳥を睨み付ける。
隣でミコトが苦笑している気配を感じるが、そんなものを気にしている場合ではない。
「……どうも彼女は緊張しているようだ。みんな、彼女に話しかけてやってはくれないか?」
(わかった!!)
ミコトの言葉に応じたのは、鳥たちの中でも一番小さな固体だった。
その鳥は私の目の前で羽ばたきながら停止すると、
(……元気?)
と語りかけてきた。
唐突すぎて何も返せないでいると、目の前の鳥ははばたきながら器用に首をかしげて、
(……元気、ない……?)
聞いている本人も元気がなくなってしまっているようで、羽ばたきの力が弱くなっているように見える。
私はあわててその鳥の下に手を差し伸べて、腕に止まらせながら精一杯の笑みを浮かべた。
「いや、私は元気だ。心配してくれてありがとうな」
そんな私を見てその鳥は安心したのか、私の腕の上で大きく翼を広げて喜びを表した。
(そう! よかった!! ……ねえ、名前、何? ミコト?)
ミコト? なんでここでミコトが出てくるのか不思議になって本人の方を見ると、苦笑を浮かべながら、
「ああ、彼らは固有の名前を持たない種族だからね。特に若い個体は人をヒトとしか認識できていないんだ。だから、ここに来られるような人形の不死者の事を、『ミコト』という種族と認識していても不思議ではないよ。――彼女はミコトではない。全く別の種族だ。彼女の名はエヴァンジェリンという。仲良くしてやってくれ」
(わかった!! エヴァンジェリン、一緒にあそぼ!?)
そう言いながら、私の腕に止まっている鳥が、私の腕をしっかりと掴みながら羽ばたき始めた。
どうやら、私をこの空間の中心に連れて行きたいようだ。
しかも、小さな体なのに妙に力強い……!
「わ、わかった。わかったからそんなに引っ張らないでくれ!」
そう言って引き止めるが、全く聞く耳を持ってもらえない。
どうやら、うれしさのあまり周りの音が聞こえなくなっているようだ。
近くにいるミコトへ助けを求めようとするが、微笑ましそうな顔をするばかりで全く動こうとしない。
ちくしょう……!
……って、うわっ! そんなに一気に群がって来るな!! 息ができんだろうが!! ええいこの! は な れ ろ ! !
そんな思いを知ってか知らずか、比較的小さい個体が私の方に一気に押し寄せてきて、私はつぶされそうになりながらも何とかこらえた。
……だがまあ、こういうのも悪くない……のか?
歓迎を受けるのは良いが、さすがに窒息させられるのは勘弁してほしいと思いながら、私はついに鳥たちを支えきれなくなり、崩れ落ちた。
……そう言えば、結局こいつらは何者なんだ……?
むぎゅう……。
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「ははは……。まあ、エヴァ君も彼らに受け入れてもらえたようで何よりだね。さて、我ら大人組は大人の楽しみと行こうか。今日も実をたくさん持ってきた。好きなだけ食べると良いよ。調子がわるくなった時用に、わが社の新製品『フツカヨワナインε』も樽で持ってきたからね。心配はいらないよ」
(そうか。だが、ミコトの持ってくるクスリとやらは、良く効くがあまり美味くないからな。できれば世話になりたくないが……)
「そう言いながらも毎回飲みすぎているのではないかね、長よ。……まあ、今日は大丈夫のはずだ。薬自体の味をだいぶ改善したからね。その効果は、君たち自身で試してみてくれ」
(……ふむ。まあ、できれば遠慮したいが、そこまで言うなら仕方ないな。――さあ皆、宴だ。存分に歌い、騒ごうぞ!!)
周りから聞こえる喜の感情に押されるように、私は持ってきた酒精の実を彼らの前に広げた。
同時に、私用に持ってきた酒と、ここに来る前にエヴァ君からスッておいたチャチャゼロ君を取り出して、二つ出したグラスに注いでいく。
「オ? ワリイナ旦那。……デ、ココハドコダ? コイツラハ何者ダ?」
「……ああ、そう言えば彼女にも言っていなかったね。
ここは――」
とりあえず不死鳥たちに酔いが回るまでは、この人形と思い出話を肴に飲み比べと行こうかね。
●