創造王の遊び場   作:辺 鋭一
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前話の種明かしと、少し前に出てきたノクトさんのお話です。


第十四話

   ●


 ……人を待たせておいて何をやってるんだあいつは……。

 そう思う私から少し離れたところで、ミコトは金髪の少女にふらふらと近付いていた不審な男に声をかけていた。
 大きな声で話しているわけではないため、本来ならば会話は聞こえるはずないのだが、吸血鬼(わたし)の場合は聞き取ることなど簡単にできる。

 ……ほう。 あの男、私を追いかけていた奴らの一人か……。

 誤解を受けまいと必死で説明する男の言葉からその正体を察する。
 一瞬、散々追いかけまわしてくれた恨みからこの場で始末することも考えたが、そんなことをすれば自分がここにいることをばらすようなものだし、何よりミコトに迷惑がかかる。

 ……それに、この町の者にも……、か。

 何の気なしに自分とかかわりの薄い者たちのことを考えてしまい、少し驚いた。
 自分はそこまでこの町の者たちを気に入っていたのだろうか?

 ……確かに、私に笑いかけてくる奴らなどほとんどいなかったからな……。

 今までの怒号と殺意に塗れた荒んだ生活から一変して、笑顔が存在する穏やかな生活が始まり、その生活を与えてくれたミコトとその館のちょっと変わった自動人形たち、それに、自分を普通の少女として見て、接してくれようとするこの町の住人達。
 前者はともかく、後者に関しては吸血鬼(わたし)の正体を知った瞬間敵になるであろう者たちだが、それでもうれしかった。
 かりそめの身分ではあるが、こんな暮らしがずっと続けばいいと思った。

 ……だが……、こんな生活もそう長くは続かない……。

 ミコトは大体20年程で違う土地へ引っ越していると言っていた。
 この町に来たのは5年程前だと言っていたから、あと15年程。
 少なくとも、この町での暮らしはたったそれだけで終わってしまう。

 ……少なくとも、ここは私の居場所ではない。

 理想郷がほしい。
 ミコトの魔法球の中も素晴らしい環境ではあったが、所詮はあんな小さな玉の中にある箱庭だ。
 もっと、不死者たちが自由にのんびり暮らしていけるような場所。
 そこでは皆が笑顔で、何も変わらず、ただ楽しんでいける、
 そんな、『不死者の理想郷』ともいえる場所がほしい。

 ……ふっ、私も随分強欲になったものだな……。

 ほんの少し前までは、そんなことは考えなかった。
 一人でも、独りでもいいから、誰も来ないような静かな場所で、ひっそりと隠れていきたい。
 以前までの願いはそんなものだったはずだ。
 それが今では、独りは嫌で、多くの仲間を欲している。
 そんな、小さいけれど大きな変化がなんだかおかしくて、思わず口の端が上がってしまう。
 以前まではそこにあった自嘲の色もだいぶ薄くなり、この変化を楽しく感じている自分に気が付き、また笑みが深くなる。

 ……ミコトに願えば、こんな荒唐無稽な願いも叶うのだろうか……?

 おそらく、叶うだろう。
 なにせ、あんな理不尽な魔法具の数々を作り上げてしまった男だ。
 すぐではないかもしれないし、もしかしたら叶わないかもしれないが、その願いを現実にするための努力は一切惜しまないだろう。
 出会ったばかりだが、付き合いの密度は濃かった。
 あの男は身内にはとことん甘い。
 表面上は厳しく当たり、そっけない対応をしたりもするが、根本的なところでは甘く、絶対に身内を見捨てたりはしない。
 身内の為ならば、独りでも平気で無茶をするだろう。

 ……ならば、願ってみようか……?

 そうすれば、自分はあの男の後ろで見ているだけで望んだ世界が現実になる。
 そうなれば、自分はその世界で楽しく暮らしていける。
 そうしたら、ミコトも私の喜んでいる姿を見て喜んでくれるだろう。
 そう思いながら、ふと視線をいまだに話している二人から自身の足元へと移す。
 その時、不意に視界の端に違和感が発生した。
 それは、

 ……黒……。


   ●


 それは、自身の髪の色だった。
 今までの鮮やかな金色とは違い、すべてを飲み込むような漆黒。
 自身の手を見れば、色素のない真っ白だった肌には色が付き、ミコトと同じような色になっている。
 さらに、自身では見る事は出来ないが、その二つの眼は焦げ茶色になっている。
 すべては、ミコトの与えてくれた自身の左手首にはまる腕輪の効果だ。
 効果は、認識阻害と見た目の変化。
 そのどちらも自身の意志で解除でき、しかも魔力は検知されない。
 いいことずくめの素晴らしい道具だ。
 それをミコトは、なんの対価も無しに自分に与えた。
 友だから、という理由で。

 ……それではだめだな……。

 今の状況は、すべてミコトの手によるものだ。
 すべての環境はミコトの手によって整えられ、自分はそこで楽をしている。
 今の私は、一方的にミコトに守られている状態だ。

 ……それでは、友ではない。

 ミコトは私に友であることを求め、私もそれに同意し、さらには自分からも友であってほしいと求めた。
 だが、今の状況はそれとは違う。
 立場の同じ友ではない。
 ミコトに頼り切り、あまつさえそれ以上を求め、自分は何もしない。
 そんなことでは対等であるなどとは到底言えない。

 ……ならば、どうする……?

 今の自分では、ミコトには遠く及ばない。
 戦闘能力はもちろん、知識の面においても、だ。
 そんなことはわかっているし、それを認められないほどちんけなプライドは持ち合わせていない。
 それでも、自身の認めた男と対等な位置に立てないというのは我慢ならない。
 ましてや、いつまでも人の世話になりっぱなしというのはさらに駄目だ。
 だったら……、

 ……強くなる……。

 強くなって、いつかミコトに並び立ち、支え返してやりたい。
 できれば、その先――ミコトに頼られるようにもなりたいが、今はそこまでは高望みしない。
 最低限、自分の身は自分で守り、そして胸を張って自分がミコトの友であると言えるようになる。

 ……さしあたっては、やはり研究中の『アレ』の完成か……。

 強さを求める方法として、逃げ回りながらも研究を重ねていた新技法。
 それを完成させられれば、今より数段強くなれる、……はずだ。
 それでもミコトに敵うかはわからない。あいつの実力は未知数だ。

 ……だが、『アレ』は、研究中というより、行き詰った、という感じだからなあ……。

 逃走中という悪条件の事もあったが、それでも研究は続けていた。
 ミコトの言葉ではないが、研究はどこでもできるのだ。頭脳(どうぐ)さえあれば。
 だが、それでもある一定より先には進めなくなった。
 旅先で急いで仕入れる断片的な魔法の知識では研究に追いつかなくなってきた、というのが主な理由だし、それ以外にも自身の発想力が付きかけているというのもある。

 ……そろそろ新しい知識や考え方を仕入れないと研究は進まないな……。

 そこまで思い至ったとき、ふと少し前に自分が発した言葉を思い出した。


 『なるほど、根っからの研究者、もしくは発明家、という感じなんだな、お前は』


 ……つまり、ミコトならば古今東西、あらゆる知識を集めているはず……。

 その知識を借りられれば、研究は飛躍的に進むだろうし、もしかしたら完成するかもしれない。

 ……いや、完成するだろうな……。

 あの男はこんな小さな町においてもアデルのような無自覚な情報屋を見つけ出し、活用している。
 あれほどの研究者が知識の収集に手を抜くはずがない。きっと私の求める知識はあるだろう。
 結局、追いつくための強さを得ることすらもミコトに頼らねばならぬありさまだが、今はそれでいい。

 ……すぐに追いついて、負債を返してやる……!

 そう心に誓い、ミコトの方を見ると、どうやら話はもう終わりらしくミコトが二言三言話してからこっちに歩いてきた。

 ……というか、私を匿っている場所に私の敵を招くなんてどういうつもりだ……?

 飲み物一つに時間をかけ、さらには厄介の種を運び込んだことに関しては文句を言っても良いはずだ。

 ……まあ、飲み物に関してはあいつの好意だから強くは言えんが……。

 とりあえず、私から頼みごとをするのは文句を言い終わってからにしよう。


   ●


 ……なぜか今、『キングクリムゾン!!』という言葉が脳内に響いたような気がする……。

 そんなことを思いつつ、「まあ気のせいだろう」とつぶやき、私は自室の椅子に座りながら体を後ろにそらし、伸びをする。
 そうして体のこわばりをほぐしつつ、今日の出来事、特にエヴァ君からの頼みを思い出す。

 ……完成させたい技法があるから知識を貸してほしい、か……。

 そのことについては別にかまわないため、資料室の場所を教え、好きに使っていいという許可を与えもしたが、なぜそんなに急ぐのか、と聞いたところ、その返答が、

 ……お前に守られてばかりは嫌だから、強くなりたい、とはね……。

 町の案内から帰ってきていきなり『頼みがある』と言われた時には驚いたが、話を聞いてみると理由は簡単なもので、しかしそこに込められた想いは強いものだった。

『お前とは対等な友でありたい。今はまだお前に頼ることになるが、すぐにその負債を返してやる!』

 そう宣言されては、『では利子付きで頼むよ』と言って不敵に微笑むことしかできないだろう。

 ……本当に、人の成長というのは見ていて飽きないね……。

 不死者には身体的な成長はないが、精神はいくらでも変化する。
 一番素晴らしいのは人間の小さな子供が日に日にたくましく、元気に育って行く姿だが、不死者の成長というのもまた素晴らしい物だと思う。
 そんなことを思いながら、つい先ほどロンド君から受け取った報告書を読みなおし、ほどなくして、

 ……コンコンコン。

 と扉が外から叩かれる。

「ご主人様、キャロルです。お呼びでしょうか?」
「ああ、入りたまえ」

 そう言うと、「失礼します」の挨拶と共に声の主が入ってくる。
 そして、私が要件を話そうとすると――、

「ち、違うんですご主人様! 今日はちょっと張り切りすぎて石鹸を多めに使ってしまったから洗っている最中に手が滑っただけであって、わざとやったわけじゃないんです! だからごめんなさい許してください!!」

 と、いきなり早口でしゃべりだした。

「……何の話かね、いったい」
「……え? 今回の呼び出しは洗い物の最中にお皿を13枚割ってしまったことに対するお叱りじゃないんですか?」
「……その話は始めて聞いたんだがね……」

 半目になってそう言うと、目の前の駄メイドはあわてた様子で、

「えっ! そうなんですか!? じ、じゃあ今日はなんで叱られるんですか!? 先々週の壺の事はもう怒られたし、カーペットのシミの事はうまく隠したはずだし、資料室の掃除のときに本の順番を滅茶苦茶にしたまま放っておいたのはまだ気が付くまで時間がかかるはずだし、……あ! もしかしてスピリットの樽に張る札の貼り間違いの件ですか?」
「最初の一つ以外は今まで気が付かなかったよ。教えてくれてありがとう、キャロル君」
「……っは! しまった! これはもしかして、ご主人様お得意の誘導尋問……!」
「君にはそんなものは必要ないよ。勝手にべらべら歌ってくれるからね。……その件については後で話す事にしようね、キャロル君……?」
「ヒィッ!!」

 言葉と共に一睨みして悲鳴を上げさせた後、一つ息を吐いてから、

「ともあれ、今回の呼び出しは叱るためではない。ただ単に話しておきたいことがあっただけだよ。今回は叱りはしないから、こっちに来たまえ」
「……? お話、ですか?」
「ああ、……これを開けて見たまえ」

 そう言って、私はキャロル君に机の上にあった小さな箱を差し出す。
 キャロル君はそれを受け取り、開けて中身を確かめると、

「……これは、ノクトの……」
「そう、ノクトがこの屋敷を出ていくときに持たせた魔法具だ」

 箱の中には小さなブレスレット型の魔法具が入っている。これの効果は、どこからでもこの屋敷に転移できる、というモノだ。もちろん、使えるのはノクト一人のみ。
 もともとは『主のもとで働くのがつらくなったら使え』と言って渡したものだが、今はここにある。そして……、

「……? このカードは……?」

 箱にはカードも同封されていた。そのカードには、『もう私には必要ありませんので、お返しします。 ノクト』と書かれていた。
 キャロル君は他にも何か入っていないか確かめ、結局何も見つけられずカードとブレスレットを箱に戻して机の上に置き、

「ご主人様、これは、いったい……?」
「……外の時間で昨日、届いたものだ。届けたのはノクトの代理と名乗る者だったらしい」
「……ノクトに、ノクトに何があったんですか!?」

 こらえきれずに叫ぶように訪ねてくるキャロル君に落ち着くように言い、私は続きを話す。

「私にも何が起こったのかわからなかった。だからロンド君に頼んでノクト君の主のいる町に様子を見に行ってもらった」
「………………」
「……ノクト君の主が、亡くなったそうだ」
「…………!!? ノクトの、ご主人様が……。どうして……」
「死因は暗殺や毒殺などではなく、寿命だったらしい。まあ、ノクトが仕え始めてもう70年は経つ。当然だろうね」
「……じゃあ、ノクトは、今どこに……?」
「ノクト君は、主が亡くなってすぐに他の使用人たちに対して今後のことをいろいろと指示して、その後、主の横たわるベッドの隣で、動かなくなったそうだ」
「……!? じゃあ、ノクトは……」
「もういない。自己停止し、もう私でも動かせないし、できてもしない」
「……そんな、どうして!? なんで自己停止なんて……」
「……私はノクト君ではないから、彼女の気持ちはわからない。だが、彼女は穏やかに笑って、停まっていたそうだ」


   ●


「その屋敷の今の主、つまりノクト君の主の奥方に話を聞けたそうだ。彼女が言うに、ノクトは毎日、とてもよく働いてくれたそうだよ。

「ノクト君が己の主に出合ったときからもう奥方と主は夫婦だったそうで、最初は己の夫をたぶらかしに来たのだと思って辛く当たっていたと言う。

「だが、それでもノクト君は主のもとから逃げることなく、主の手助けをし続けて事業を発展させ、主とその妻との間に生まれた子の面倒もよく見て、立派に育て上げ、隠居した後もずっとそばにいたそうだ。

「最初は見た目が全く変わらない、人間どころか生物ですらない彼女のことを気味悪がる者がほとんどだったそうで、彼女もそれをわかってか裏方に徹しようとしていたらしいが、主と奥方がそれを認めず、屋敷ではもちろん、出歩くときも常にそばに置いていたそうだ。

「奥方は『こき使って早く壊してやろうと思ってそうした』と言っていたそうだが、本当のところはどうなんだろうね?

「彼女は動かなくなる直前に『自分に何かあったら、自分の体は砕いて捨ててくれ』と言っていたそうだが、酷いことに奥方を含め、使用人連中はそれを無視して主人の墓の隣の墓に人として埋葬したそうだ。

「奥方は『主人が死んでそれで逃げられると思ったら大間違いだ。あの世でもこき使わせる』と言っていたそうだよ。

「……ちなみに、主の墓のもう反対側の隣は奥方の入る分だそうでね。どうやら夫婦でこき使う気らしい。

「……これでロンド君からの報告は終わりだが、何か言うことは有るかね?」


   ●


「……あの子は、幸せだったのでしょうか……?」

 今まで目を伏せてじっと私の話を聞いていたキャロル君は、私の問いに静かにつぶやいた。

「先ほども言ったが、私は彼女ではないし、彼女のことを常に見ていたわけではないからね、わからないよ。わかるのは事実として起こったことのみで、そこから死者の考えを想像するのが生者の役目だ。だから私は知りえた事実を全て君に話した。そこから何を想像しようが君の勝手だし、自由だ」
「……そう、ですね……」
「……話は以上だ、下がっていいよ。……ああ、明日を君の休暇とする。どこへなりとも自由に行ってきたまえ。 ……ああそれと、休暇とは直接関係はないが、ノクト君の墓の場所はロンド君が知っている。聞いておいて損はないはずだよ?」
「……はい、わかりました。では、明日はお休みさせていただきます……」
「……では、明日まではしっかり働きたまえ」
「はい。……では、失礼いたします……」

 そういうと、キャロル君は扉を開け、静かに出ていき、扉を閉めた。
 少しの間扉の前から動かなかったが、また動き出して移動する気配を感じたところで、

「……ああ、キャロル君。もう一度入ってきたまえ」
「……? はい、なんでしょうか? まだ何かお話が?」

 そういって不思議そうに入ってきたキャロル君に私は微笑みかけ

「いや、ノクト君の話はもう終わりだ。もう話すことはない。……今度の呼び出しは、君から聞かせてもらいたいことがあったからだよ」
「……? 聞きたいこと、ですか?」
「ああ、そうだとも。……ノクト君の話をする前、君はずいぶん面白い話をしていたじゃないか?」

 その言葉と共に、キャロル君は『ビクッ』と震え、冷や汗を流しながら、

「な、何のことでしょうか……? き、記憶にございませんが……」
「おやおや、冷却機能と同時にメモリー機能もおかしくなったかね? じゃあ思い出させてやろう。たしか『カーペットのシミ』だとか、『資料室の本』だとか、『樽に貼る札』とか聞こえた気がしたんだが?」
「……そ、そんなこと言いましたっけ……?」
「ああ、言っていたとも。……その話がとても面白くてねえ。ぜひもっと聞かせてほしいのだが……?」
「いえ、あの、その……。……もうありません、よ?」
「本当かね? 私の目を見て言ってみたまえ」
「その、ええっと……。 ご、ご主人様? お顔が怖いですよ? 今回のお話ではお叱りはないはずでは?」
「ああ、確かにノクト君の話のときの呼び出しでは叱らないといったとも。……だからもう一度呼び出して叱るのだよ……!」
「そっ、そんな~!」
「問答無用!!」
「ひ、ひゃああああああぁぁぁぁぁぁ……」


   ●


 その次の日、とある町のとある墓地に、メイド服の女が現れ、70本ほどの白い花をまとめた花束をとある墓に手向けていった。
 女はその墓に向かって少しの間話していたが、それが終わるとその隣の墓に一礼をして去っていったという。


   ●



ええ、キャロルは永遠のオチ要員ですが、何か?

ちなみに、花束の花の本数は微妙に重要です。
……まあ、大したことではないのですが、意味はあります。