創造王の遊び場   作:辺 鋭一
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ちょっとした悪戯を仕掛けてみました。


第十三話

   ●


 ミコトと私は昼食後、屋敷の外にあった魔方陣から小さな工房のような場所に転移してきた。
 そこは屋敷の工房に比べればとても小さいが、使っている道具は手入れが行き届いていた。

「物を作るのはどこでもできる。落ち着いた空間と、道具があればね」

 机の上の道具を見ていた私にミコトはそういった。

「まあ、ここでは大したものは作っていない。何の効果も持たない工芸品ぐらいだね」

 そう言いながら、ミコトは机の上にあった小さな玉のついた首飾り(と言っても玉と紐のみの簡単なもの)を手に取って首にかけた。
 驚くべきことに、これが先ほどまで私たちがいた魔法球らしい。
 ここまで小さいものは初めて見た。

 ……まあ、魔法球自体あまり見たことはないが……。

 それでも、金持ちの屋敷に忍び込んだ時などに倉庫の奥でほこりをかぶっているのは見たことがあるし、魔法書の記述に出てきたものを読んだことはあるから、どういうモノかはわかる。
 それでもこんなに小さなものがあるというのは知らなかった。
 しかもこれもミコト自身で作ってしまったというのだから恐れ入る。
 工房から出ると小物やアクセサリーがたくさん並べてあるそこそこ広い空間に出た。

「ぶつからないように付いてきたまえ」

 そう言うとミコトは先に立って出入り口の方へ商品が置いてある机を避けながら歩いていった。
 私もそれに付いて歩いていくと、ミコトは出入り口のわきに置いてあったボードに『都合により本日臨時休業します』と書き込み、すぐ隣の窓に外から見えるように立てかけると扉の鍵を開け、外に出た。
 外は今朝を過ぎたころで、近くに学校でもあるのか、小さな子供が急いで駆けて来るのが見える。大方寝坊でもしたのだろう。 

 その子供がミコトの方を見て、それから笑顔を向けると、

「あっ! ミコト兄ちゃん! おはよう!!」
「ああ、おはようテノラ。急ぐのはいいが、転ばないようにね」
「はーい!!」

 駆けて行きながらのやり取りを見て、それから子どもの後姿を見送りながら言う。

「ずいぶん人気があるじゃないか、『ミコト兄ちゃん』?」

 するとミコトは苦笑しながら、

「まあ、子どもに人気の出るようなものを安く売っているからね。私の店は子どもたちにとって放課後の寄り道スポットだ。そこで商売をしていれば、自然とこうなるさ」

 そう言って歩き出し、私もそれに付いていく。
 それ以降も、朝の散歩をしている老人や畑仕事帰りの男、開店の準備をしている魚屋の店主などからも声がかかり、ミコトもその都度挨拶を返していく。
 その時私のことに気が付き聞いてくる者もいたが、ミコトが私のことを『親戚の子どもを預かることになった』と説明するとすぐに信じていた。
 そんなふうに歩いていき、挨拶合戦にも一区切りついたところでミコトに話しかける。

「しかし、お前の一言で皆すぐに私の事を信じたな。お前はずいぶん慕われているようだ」
「まあね。……先ほども言ったが、私のような商売をやっていると子どもに人気が出る。そして子どもはその日あったことを親に報告する。すると自然に私の事も親に知られ、さらに子供にせがまれて休日などに私の店に連れて行かされる。そこで良い印象を持てば、奥様情報網によって私の事は町中に広まり、自然と私の人柄が周知の事実になるわけだ」
「なるほど、それで皆がお前のことを信用しているのか……」
「そうなるね。まあ、最初の段階で失敗すると悪印象が町中を駆け巡ることになるから、注意は必要ではあるが。……子どもに好かれれば親に好かれ、親に好かれれば町全体に好かれる。ここのような田舎の小さな町では特に、ね」
「……そう考えてあんな店を開いているのか?」
「まさか。あの店は私の趣味だ。純粋に私が楽しむためにやっている。……それに」
「……それに?」
「そんな計算ずく感情の無い商売には純粋な子どもは寄り付かない。今の状況はいつの間にか出来上がった結果に過ぎないよ」
「……ふん。『すべてが策の内だ』とか言ったら、大した狸だ、とでも言うつもりだったんだがな」
「残念ながら、私はただの道化だよ。今も昔もね」
「……そうかい」

 そんなことを話しながら歩いていると、背後から声がかかった。

「おお、ミコトの旦那。おはようさん!」

 その声に振り向くと、20代中頃であろう人間の男が手を振りながらこちらに歩いてきた。

「……ふむ、探す手間が省けたな……」

 ミコトは小さくそうつぶやくと、近付いてくる男に手を上げて挨拶を返した。

「やあアデル、おはよう。今日も元気そうだね」
「ははっ、俺はそれだけが取り得みてえなもんだからな。旦那は朝の散歩かい?」
「そんなところだよ」
「そうかいそうかい。今日もいい天気になりそうだからなあ。……って、誰だいその子は? 旦那の子どもかい?」

 アデルと呼ばれた男はミコトと話していたが、あまり人と接することに慣れていない私はミコトの陰に隠れていたのだが、さすがに気付かれないわけもなく、話題に上ってしまった。

「ああ、この子はアリス。今度私が預かることになった子でね。……ちょっといいかい?……ああ、アリスはここで待っていたまえ。あまり変なところに行かないようにね」

 そういうとミコトは私を置いて少し離れたところにアデルを連れて行った。
 どうやら私には聞かせられない話のようだが、吸血鬼(わたし)の耳は人間とは比べ物にならないくらいよく聞こえる。
 ミコトもそれは知っているはずだから、私に聞かれたくないならばもっと離れるか防音用の魔法を使うはずだが、その様子もない。

 ……どうやら『アリス』(私のこの町での偽名だ)にはきかれたくない話らしいな。

 それでも気になるので聞き耳を立ててみる。

『……どうしたんだい、旦那。あんな小さい子独りにしちゃあかわいそうだぜ?』
『なに、少々彼女には聞かせたくない話でね。……実は彼女は『預かった子』ではなく『引き取った子』なのだよ」

 その言葉に、アデルは顔を引き締める。

『そりゃあ……。つーことは本当の親は……』
『死んでいる。一週間ほど前のことだ。私の遠い親戚で、付き合いもそれなりにあったのだが、……住んでいた小さな村が盗賊に襲われてね……』
『………………』
『たまたま村の外に出ていた数人と両親にベットの下へ押し込まれていた彼女以外の村人は全滅だ』
『――そりゃあ、大変な目にあったもんだなあ……』
『他に彼女を引き取れる親族や知人もいない。だからうちで引き取り、育てることになった。年齢はともかく、体は子どもだからね』
『年齢はともかくって、……ああ、旦那の親戚だって言ってたな、……ということは……』
『ああ、彼女も見た目通りの歳ではない。……ぶっちゃけ君よりも年上だよ』
『……おいおいマジかよ……。すげえなヘラスの一族ってのは……』
『だからまあ、普通に学校に通わせることもできなくてね。自宅で面倒を見ながら仕事もできる私が適任だ、ということになったのだよ』
『なるほどなぁ。いろいろ苦労してんだなぁ。だからあんなに無愛想な顔してんのか……』

 ほっとけ。

『それはともかく、そんなわけだから、彼女のことは察してやってほしい。心の傷というモノはなかなかにタチが悪いからね』
『……おうよ、任せとけ! ここみてえなのどかであったけえ所にいりゃあそんなもんすぐにふさがっちまうさ。……じゃあ、子育ての事で何かあったら俺でもうちのカミさんにでも言ってくんな。いつでも相談に乗るぜ?』
『まあ、あの子はおとなしいから大丈夫だとは思うが……。……その時には迷惑をかけるよ』
『なあに、その程度じゃあ迷惑だなんて思わねえさ。旦那にゃあこの町のみんなが何らかの世話になってるんだしよ。その恩返しだと思えば何のことはねえさ』
『そういってくれると助かるよ。……じゃあ、私は彼女のもとに戻るとするよ。この散歩も彼女にこの町を紹介するためでね』
『おお、そうかい。そいつは邪魔して悪かったな。そんじゃ、また今度飲みにでも……っと、ガキ持ちじゃあ遅くまで引っ張れねえな。……まあいいや、また今度飯でも食いに行こうや』
『ああ、君もあまり飲みすぎないようにね』
『あんまうちのカミさんみてえなこと言うない! じゃあな!』

 アデルはそういうとミコトから離れて行き、ミコトも私のところに戻ってきた。

「待たせたね、じゃあ行こうか」
「………………」
「……? どうかしたかね?」
「……無愛想で悪かったな……」
「ああ、そんなことは気にしなくていいさ。私だって無表情だとよく言われるしね。ともあれ、もう少し行くと広場に出る。涼しいし休憩所もある。そこで一度休憩にしよう」
「……ああ、わかった」

 そうして、広場に向かって私たちは歩き始めた。無論その間にも会話は続く。

「しかし、ずいぶんとすらすら嘘が出てくるものだな。本当にお前詐欺師じゃないのか?」
「ははは、弁術に長けていると言ってほしいね。ともあれ、これで彼も君のことを不自然には思うまい。学校に行っていなくても、あまり会話をしなくても、成長しなくとも、ね」
「……まあ、確かにな。……しかし、なんであいつにだけやけに丁寧に話したんだ? そんなに親しいのか?」
「まあ、親しいのは認めるが、それだけではない。彼は交友関係が広く、またうわさ好きでね。彼に話しておけばよっぽど念押しして口止めしない限り三日ほどでこの町に君のことを知らないものはいなくなるはずだ。実際君の噂を聞いたのも彼からだしね」
「……なるほどな、そうしておけば私も簡単にこの町の一員、と言う訳か。ということは、最初からあいつに会うために散歩していたのか?」
「まあ、それも大きな目的の一つではあったね。だからこんなに早く出会えたのは幸運だったよ。もう少し時間がかかると思っていたからね。……だがまあ、一番の目的は君にこの町を案内することさ。……こういうのも悪くないだろう?」
「……まあな」

 つぶやくようにそういうと、私は周りを見渡した。
 そこには、豊かではないながらも活気にあふれ、笑顔に満ちた暮らしがあった。
 今までの逃亡生活が嘘のようで、しかし、これは現実なのだと実感できて、何とも言えない思いが胸の中にいっぱいに広がる。

「……しかし、本当によく気付かれないものだな……。あいつのことが本当ならば、吸血鬼(わたし)のことはこの町の皆が知っているのだろう?」
「まあ、そこは私の魔法具の力だよ。認識阻害に加えてさらにいろいろ手を加えてあるからね。自分から正体をふれて歩かない限り大丈夫だよ」
「……少々目の端に違和感はあるが、この程度の代償はないも同然か……」
「それは慣れてもらうしかないね。まあ、幸い私たちには時間がたっぷりある。ゆっくりやっていこう。……っと、ここが広場だ。ベンチもいくつかあるから、そこに座ってやすんでいたまえ。私は何か飲み物を買ってこよう」

 そういうとミコトは歩いて行ってしまった。
 一人でいても特にすることはないので、言われた通りベンチに座って休んでいることにする。
 いくつかあるベンチの内、幸いにも誰も座っていないものが一つだけあったので、そこに座って空を見ていることにした。


   ●


 ……ああ、ほんとあの吸血鬼野郎どこ行ったんだ?

 俺はお尋ね者の吸血鬼の女、エヴァンジェリンを追いかけてこの近くの森まで仲間と一緒に来ていた。
 だが、あいつは途中で急に逃げる方向を変えていった。
 それでもまかれるようなへまはしない。
 すぐに本部にそのことを報告しながら、こちらも方向を変えて追いかけた。
 だが、しばらく追いかけたところで、いきなり見失ってしまった。
 しばらくそのあたりを探したが、全く影も形もありゃしない。
 仕方なくそのことを本部に報告し、大目玉と減俸の知らせを受け取り、近くの小さな村まで休憩に来た。
 逃げられた時点で任務は終わり、休んでからすぐに本部のある都市に戻らなきゃならないんだが、さすがに苦労して追いかけていた相手に逃げられると肉体的にはもちろん精神的にも疲れてしまい、俺以外は皆宿で休んでいる。

 俺も最初はそうしていようかと思ったんだが、じっとしているとむかむかしてきてしまい、しかも辛気臭い顔を突き合わせているとどんどん落ち込んできてしまうので、町の散策に出ることにした。
 この町は小さいながらものどかで平和だ。今のささくれ立った気持ちの俺にはちょうどいい。
 少し歩くと開けた場所に出た。
 そこはこの町の中心であり、広場になっているらしく朝の散歩の途中で休憩している年寄りや、笑いながら話している女たちがベンチに座っている。
 俺もどこかに座ろうと辺りを見渡すが、生憎誰も座っていないベンチが一つもない。
 ベンチ一つ一つは大人三人が座れる程度の大きさなので、仕方なく相席させてもらおうと思い、ちょうどよさそうな場所を探していくと、ある一つのベンチに目が止まる。

「……あれは……」

 見るとそこには鮮やかな金髪の少女が一人で座って空を眺めていた。
 見た目は十歳に届いていないぐらいの女の子だが、時間的にそれぐらいの子はみんな学校に行っているはずだ。
 何よりその鮮やかな金髪が目について離れない。
 その色は、俺たちの苦労を水の泡にしてくれた、あの吸血鬼の色だからだ。

 あの女が消えたのはこの近くの森だ。

 ……もしかしたら、あいつが……。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなり、ふらふらとその少女のもとに足が動いてしまう。
 どんどん近付いてくる(正確には俺が近付いているんだが)少女は空を眺めるのに夢中なのか俺のことに気が付く様子はない。
 そうして俺の手が届くところまで来て、俺の手がその少女に減れそうになったとき――





 「――御仁、見ない顔だが、彼女に何をしているのかね」




 静かながらも威圧感のある不思議な声に呼び止められ、俺はふと我に返った。
 はたから見れば、俺は挙動不審に女の子に近付いて連れて行こうとしている人さらいにしか見えないだろう。
 そのことに気が付くと、俺はあわてて声のした方向を向き、弁明をする。

「すっ、すまない。俺は怪しい者じゃない。俺はカリナス・ベグント。賞金首を追うハンター集団『風の猟犬』の一員だ! ほら、団員証だ!」

 まくしたてるように言うと、俺は声をかけてきた若い男に懐から団員証を出して見せる。
 男がそれを見ているうちに、金髪の少女は目の前で起きていることに首をかしげ、男に声をかける。

「ミコトお兄さん、おはようございます。……ねえ、このおじさんだあれ?」
「ああマリー、おはよう。このおじさんは悪い人を捕まえて、皆が安心して過ごせるようにしてくれる人だよ。……それよりマリー、学校はどうしたのかね? ずる休みはいかんよ?」
「ずる休みじゃないもん! 今日はパパとママと一緒におばあちゃんの家のある村に行くんだもん! なんだかおばあちゃんの調子が悪いって言うから、みんなで会いに行くだけだもん! ちゃんと先生にも連絡したもん!」
「ああ、そういうことかね。ならばいい。おばあちゃんに甘えてくるといい。……ほら、ちょうどママも迎えに来たようだよ。……言ってお上げ?」
「うん! ミコトお兄さん、じゃあね!」

 そういうと少女はこちらに歩いてきていた女性の、……母親のもとに走っていった。
 駆け寄ってきた少女と手をつなぎ、ミコトと呼ばれた男に頭を下げると、こちらに元気に手を振っている少女の手を引いて、女性は歩いて行った。
 目の前の男も少女に手を振りかえすと、こちらに向き直り、

「あなたの所属はわかったが、なぜあの子に手を?」
「ああ、それは……」

 男の問いに、自分に非があるとわかっている俺は素直に答えていく。
 どうやらこの男は人の話を聞くのがうまいらしく、俺は気が付けばかなりのことを話していた。
 それも、今回の事には全く関係ない、家族のことに関しても。
 しばらく話した後、男は一つため息をつき、

「まあ、話は分かったよ。何よりその吸血鬼の噂は私も聞いているしね。だが、ここは小さな町だ。身元不明の者が入り込んでも隠れられるような場所じゃない。見知らぬものが来ればすぐに噂になるしね。君も故郷の奥さんや娘さんに愛想を尽かされたくなければ、こんなところで幼女拉致の疑いがかけられるようなことはすべきではないよ?」
「……ああ、わかった」

 なんだかこの男は不思議なやつだ。
 この男の言葉はするりと心に入ってくる。
 他の若者に言われたら『生意気な!』と思ってしまう言葉なのに、そんな気持ちは全く起こらない。

「さて、それでは私はこれで失礼するよ。人を待たせているのでね」

 改めてみれば、この男は両手に飲み物を持っている。 おそらく連れの者の分だろう。

「……ああ、時間をとらせてしまった、すまない」
「なに、大した時間ではないさ。……ああ、もし悪いと思っているのならば、明日にでも私の店に来てくれ。小物やアクセサリーを売っている店でね。小さな子どもが喜びそうなものもある。お仲間を連れて来ても構わないから、娘さんのお土産でも探しに来ると良い。『ミコトの店はどこだ?』と街の者に聞けばわかるはずだからね」

 そういうとその男はすぐ近くのベンチに座っている黒髪の少女のもとに歩いていく。
 男は少女に少々文句を言われているようで、苦笑しながら謝っている。
 それを見て、絶対に後で店に寄ろうと心に決めて、俺は広場を後にして仲間の待つ宿屋に戻った。


   ●



さて、私の仕掛けた悪戯、わかっていただけたでしょうか?

ヒントとしては、親戚の子だと簡単に信じられたことと、目の端の違和感です。