創造王の遊び場   作:辺 鋭一
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今回は、シリアスの回収と、のちのフラグ設置回です。


第十一話

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 ミコトの言葉が響き渡り、場は沈黙に包まれた。
 その沈黙を破ったのは、エヴァンジェリンのつぶやくような言葉だった。

「自決用、だと……?」

 ささやくような言葉は、すぐに叫び声にかき消される。

「馬鹿な! お前は不死者だろう!? なぜ自ら死の可能性を作る!?」
「死なないと死ねないでは意味が全く違う。それくらいわかるだろう?」

 先ほどから、ミコトの体勢は変わらない。エヴァンジェリンに背を向け、作業台を片付けながら言葉を放つ。
 こちらに向き合わない背中に対し、エヴァンジェリンの叫びがぶつかっていく。

「そんな言葉遊びはどうでもいい!! なぜ不死者という利点を捨てるような真似を――」
「――それでは君は、死にたいと思ったことはないのかね?」
「――! ……それは……」

 エヴァンジェリンは口ごもった。

 ある。
 それも、一度や二度ではなく、何度も。
 現に、ミコトに出会う直前にも考えていた。

「たとえば、大切な者が目の前で死んでしまったとき」

 思った。死にたい、と。

「たとえば、信じていた者に、裏切られたとき」

 その時も思った、死にたい、と。

「たとえば、つかまって、ひどい拷問を受け、処刑され、それでも生き残ってしまったとき」

 ああ、思った、思ったとも。

「苦痛と絶望に襲われ、それでも不死ゆえに死ぬこともできない。そんなときに思ったはずだ」

 《――死にたい、と》

 ミコトの声とエヴァンジェリンの心の声が重なり、それ以降2人は無言となり、ただ、ミコトが作業台を片付ける音だけが静かに響くのみだ。
 そんな中、ミコトが語りかけてくる。

「我々不死者にとっては、死というものはある種の希望であるともいえる」 

 エヴァンジェリンは何も言わない。

「ヒトは我々に対しては非常に厳しくあたり、世界は我々を排除しようと襲ってくる」

 ただ静かに、立っているだけだ。

「そんな状況の中にそれ以上存在しなくてもいいという許しこそが、死」

 ただ静かに、ミコトの話を聞いているだけ。

「だからこそ、私たちにとって、死とは安らぎであり、希望たり得る」
「……だから、自分が死ぬ手段を作ったのか? ……いつかこの世界から逃れ、安らぎを得るために……」

 ずっと黙って話を聞いていたエヴァンジェリンが放った問いかけに、しかしミコトは首を横に振る。

「そうではない。私はこの道具を、希望につながる架け橋を、逃げる手段に用いるつもりはない」
「……ならば、何のために使う?」

 その問いに、ミコトは片付けの手を止め、エヴァンジェリンと向かい合い、言う。

「私はこの希望を、この世界に立ち向かっていくための手段として用いていく」


   ●


「……立ち向かって、いくための……?」
「そう。自分にはいざとなれば死という希望がある、ならばもう少しこの世界に立ち向かってみるか、と」

 ミコトはエヴァンジェリンの目を真っ直ぐ見つめ、語る。

「そして、私と同じ絶望を知る同胞に、私と同じ希望を与え、そしてこう言おう」

 静かに、しかしはっきりと、言葉を放つ。

「こんな世界にも希望はある。いざとなれば逃げる道もある。――ならば私と共にもう少し生きてみないか、と」


   ●


 その言葉に、エヴァンジェリンは自分の中のナニカが震えるのを感じた。
 だが、そのナニカが何なのかわからぬまま、ミコトに尋ねる。

「……ならば、その希望を見つけた相手が、この世界に立ち向かわず、目先の希望を選んだら、どうする?」

 少々意地の悪い質問に、しかしミコトは飄々と答える。

「なに、そうさせないのが私の説得術の腕の見せ所だよ」

 その、全く自分というものを疑っていない堂々とした答えに、エヴァンジェリンは思わず笑みがこぼれるのを感じる。
 そんな顔のまま、エヴァンジェリンはミコトに対しつぶやくように話す。

「説得術、か。……詐術の間違いではないか?」
「なに、人の考えを自分の思った方向に修正するという点ではどちらも大して変わらん。ただ違うのは、願う幸せが己の物のみか、それとも互いの物かということだけだ」
「くくく……、そうかいそうかい……」

 エヴァンジェリンは、もう笑いを隠すことなく、宣言するように言い放つ。

「ならば、私も騙されてやろう」
「おやおや。それはありがたいが、いいのかね?」
「なに、構わん。不死者にとってはほんの一時の戯れにしかならんだろうよ。……それに……」
「……それに、何かね?」
「お前のその技術を、詐術ではなく交渉術と呼ばせ続けるための努力はお前自身でしろ。私がお前のことを詐欺師だと判断した瞬間、私はお前のもとを去る。……どうだ? できるか?」

エヴァンジェリンのその言葉に、ミコトは一瞬あっけにとられたような顔をみせ、そしてすぐに笑う。

「……ふふふ。無論だとも!!」

 少々の脅しにもミコトは全く屈しない。
 その自信はいったいどこから来るのか疑問に思うと同時に、この男なら大丈夫なのだろうという根拠のない確信も感じてしまう。

 ……本当に、不思議な男だな。

 王の器とでも言おうか、カリスマと言おうか、この男はそう言うものを持っていると思う。
 そんなことを考えていると、先ほどまで片付けていた机から一歩引いた位置にいるミコトから声がかかる。

「さて、大体片付いたね。ここをエヴァ君の作業場にしてほしい。もし狭ければもう少し開拓するが……」

 ミコトが指し示した机の上はきれいに片付いており、残されているのはランプとノミやキリ、小刀などの作業に必要な物だけだ。
 広さも自分が作業するに当たっては十分であるし、設備も申し分ない。

「いや、これで十分だ」
「そうかね。……ああそれと、足りない工具はあそこの工具置き場から探してくれ。大抵のものはあそこにあるが、足りなければ私に言ってくれればすぐに用意しよう。それと……」

 その後少しの間、確認やこの部屋を使うに当たっての注意事項を言われた。

「……さて、とりあえず私から言っておくことはこのくらいだが、何か聞いておきたいことは有るかね?」
「そうだな、もう特に聞きたいことは……、ああそうだ。人形を作るための材料はどこで手に入れればいいんだ?」
「あの部屋の入ったところに木材と金属は種類別に分けておいてあるから、好きに使って構わない。……まあ、貴重な金属もあるから、あまり湯水のようには使わないでほしいがね」
「それなら大丈夫だ。私の人形はほとんどが木とワイヤーでできているからな。それにそこまで大きくないし……、と、そう言えばまだあいつの紹介をしてなかったな。少し待ってくれ」

 と、何かを思い出したのか、エヴァンジェリンは窓の方へ歩み寄り、窓から入ってくる外の光を背にして立ち止まると、足元にできている影にしゃがみながら手を突っ込んだ。
 本来ならば床につくはずの手は、黒い水につかっているように、手先が20センチほど床に沈んで見えなくなっている。
 エヴァンジェリンは影を媒介に倉庫を作っているようで、しばし影に手を差し込み、何かを探していると、

「ん……と……、あった! これだ!」

 やっと見つけ出したようで、立ち上がりながら影から手をずるりと抜くと、その手には……、

「オオ、ゴシュジン。ヤット直シテモラエルノカ? ……ン? 誰ダアンタ? 敵カ?」

 小さな三頭身ほどの人形が首根っこをつかまれ、ぶら下がっていた。
 黒い服を着た緑色の髪のその人形は、おそらく身長は60センチほどだと思われる。
 断定できないのは、体中がぼろぼろであるからだ。
 右腕と左足が根元からちぎれ、右足は膝から下が無く、左腕は形は保っているもののひび割れだらけで、何も握れなさそうだ。
 これでは正確な身長など測りようもない。
 そんな満身創痍という言葉そのものともいえる人形は、片言ながらも己の主人と話し、怪しげな人物に対し敵意を向けてくる。
 まともに戦えないのは一目でわかるのだが、その体から発せられる気迫は並大抵のものではなく、心の弱い者ならば気を保つのも難しいだろうと思われる。

「こら、そう威嚇するなチャチャゼロ。……この者はミコト。私の新しい友だ。ミコト、こいつはチャチャゼロ。私の従者人形だ」
「ふむ、君がエヴァ君の従者か……。私はミコトという。よろしく頼むよ」
「………………」

 2人の仲介役となったエヴァンジェリンは、それぞれに互いを紹介していく。
 すぐに友好的な態度をとったミコトに対し、チャチャゼロの態度は冷たい。

「……オイ、ゴシュジン。コイツハナニモンダ? タダモノジャネエノハワカルガ……」
「おいチャチャゼロ! 失礼だぞ! この者は私の友で――」
「――友? ッハ! 笑ワセンナヨゴシュジン! 今マデソンナ甘イ言葉ニ何度騙サレテキタト思ッテンダ!?
 俺タチニ甘イ言葉ヲ囁クノハ敵ダ! 俺タチニ刃ヲ向ケルノハ敵ダ! 俺タチニ近付ク奴ハ敵ダ! 俺タチノ前ニ立ツノハ敵ダ! コノ世界ニ存在スルノハ全テ敵ダ!! ソウヤッテ今マデ生キテキタンダロウガ!! ダッタラコイツモ敵ダ! サッサト殺サネエト殺サレルゾ!」

 まくしたてるチャチャゼロをエヴァンジェリンは何とか落ち着かせようとするが、チャチャゼロは全く聞く耳を持たない。
 その時、ミコトはゆっくり二人に近付くと、床に膝立ちになり、チャチャゼロと目線を合わせながら語りかける。

「チャチャゼロ君、私は君たちと敵対する気はない。どうかそのことだけはわかってくれないだろうか」

 だが、主人であるエヴァンジェリンの言葉にも耳を貸さなかったチャチャゼロが、見知らぬ男の話を聞くはずもなく、

「オメエモ何寝言言ッテンダ! オメエモドウセ俺タチヲ狙ッテンダロウガ!」

 と、拒絶の言葉を放つ。
 その言葉に、ミコトは少し考えるようなそぶりを見せると、

「チャチャゼロ君、私が君たちを襲う理由は何だね?」
「ア゛? キマッテンダロ、賞金ノタメダ! アトハ俺タチヲ倒シタトイウ名声ガ得ラレル! アト考エラレルトスレバ不老不死ノ研究ノ為ノ研究材料ニスルカ、ソンナトコロダロウ!」
「ふむ、大体はエヴァ君の言っていたのと同じだね。ならば、簡単なところから否定していこうか。まず、不老不死の研究など必要ない。すでに私は不死だからね」
「……不死、ダト? オイ、ゴシュジン」

 ミコトの言葉に、チャチャゼロは人形の身なれど驚きの表情を見せ、己が主人に確認を取る。

「ああ、その通り、こいつは不死だ。私自身の目で確認した」
「……コイツモ、不死……」
「さらには、人外、しかも強い力を持つが故の脅威による迫害も、私には関係ない。私自身も人外の身で、何より君の主人よりも強いからね」
「………………」

 己の主人よりも強いと聞いて、チャチャゼロは無言で主人の顔を見るが、その表情から、事実であると理解したようで、また驚きの気配が強くなった。

「次の否定だが、私はいま言った通り不死だ。ならば表舞台に顔を出せばどういうことになるか、……君達ならばわかるだろう?」
「………………」

 その言葉に対し、チャチャゼロは何も言えない。

「ゆえに、私に名声など必要ない。隠者にとって、それは枷にしかならん。……最後に、賞金についてだが……」
「……ソウダ、生キテイクニハ金ガ要ル! ソレハ不死者ダッテ変ワラネエハズダ!」

 だが、ミコトの口から『賞金』という言葉が出た瞬間、チャチャゼロは声を荒げた。
 今まで、その理由が一番多かったのだろう。

「落ち着きたまえ。そのことについて話す前に……、これを見たまえ」

 そういってミコトが虚空から取り出したのは、一本のボトルだ。

「ン? ナンダソリャ? 酒カ? ……ッテ、ソリャア『スピリット』の100年物ジャネエカ!」

「そう、今この世界で一番飲まれていると言っても過言ではないという、一番人気の銘柄だ。作られて10年以内の若い物はどこの酒場に行っても安く飲めるが、100年物となればそこらの富豪でも持っているものは少ない。むしろ持っていれば金持ちのステータスたり得る代物だ」
「……ソレデ、ソレガ何ダッテンダ? ソレヲ持ッテルカラ金持チダッテ言イテエノカ?ソンナ理屈ハ通用シネエゼ! ソノ一本ノ為ニ無理ヲシテ財産ヲ使イハタシタ貧乏貴族ダッテ存在スル!」
「そうではない。大体、こんなものだったら倉庫に行けばまだゴロゴロしている。これ以上に古いものだってたくさんある。……なぜか解るかね?」
「ダカラ、テメェガ金持チノ上ニ大酒飲ミダッテコトダロ!」
「違う。なぜ私がこんなに『スピリット』を持っているか。それは、私が『スピリット』を製造、販売している『バッカスの泉』の社長だからだ」
「「…………ハァ!!??」」

 今度はチャチャゼロだけでなく、エヴァンジェリンの驚いた声も響く。

「おいミコト! どういうことだ!? そんな話聞いてないぞ!?」
「だからいま言ったのではないかね。本当ならばあとで酒蔵を見せた時に言おうと思っていたのだが、まあ、ここで言っても同じことだろう」
「……『バッカスノ泉』ハ謎ダラケデ本社ノ場所サエ誰モ知ラナイ意味不明ナ会社ダ。今ノトコロオマエノ話ガ嘘ダト言ウ証拠ハ無イガ、真実ダトイウ証拠モナイ」
「その点は、まああとで製造工場を見てもらえばいいだろう。ともあれ、これで私が金には困っていないということがわかってもらえたかな?」
「……マア、ソノ話ガ本当ダッタラナ」

 チャチャゼロはまだ完全に信用したわけではないようだが、それでも少しは態度が柔らかくなった。

「それはよかった。ならばお近づきのしるしにこのボトルを差し上げよう。それと、君はなかなかイケるクチのようだから、体が治ったらでいいので、我が社の新製品の試飲会に参加してはくれないか? 外の者の意見も聞きたいんだ」
「オイゴシュジン、コイツイイヤツダ。信ジテモイイトオモウゼ」
「お前チョロイな! 態度変わりすぎだ!!」

 どうやら信用を得たらしい。
 と、ギャーギャー騒いでいる主従を眺めていたミコトがつぶやいた。

「ふむ、チャチャゼロ君のサイズの人形用の手足が確かこの辺に……」

 そういって机の上やその下をごそごそ探しているミコトを言い合いをやめた主従が眺めていると、

「ああ、あったあった。チャチャゼロ君、君に合いそうなサイズのパーツがあるんだが、どうかね?」

 そういってミコトが差し出したのは、長さが20センチぐらいの右腕のパーツだった。

「オオ、イイパーツジャネエカ」
「ふむ、これなら少々削って調整すれば流用できそうだな」

 どうやら二人の印象も良いようだ。

「気に入ってもらえて何よりだ」

 だがここで、右腕を手に取って眺めていたエヴァンジェリンが、何かを発見した。

「……? おい、ミコト。この肘のあたりから伸びている紐は何だ?」
「ああ、それかね。これこそこの腕の見せ場でね。貸してみたまえ」

 そういってミコトはエヴァンジェリンから腕を受け取り、右手で腕をしっかり持つと、左手で紐を思い切り引っ張った。すると、

 パカッ(人形の腕の掌に穴が開いた音)

 カシャン(その穴から細長い金属の棒が出てきた音)

 プシュン(その棒が円錐状に膨れた音)

 ギュイーーーーン……(その円錐がものすごい勢いで回転しだした音)

「どうかね? これぞ内蔵型穿孔機! 私としてはドリルという名称を定着させたいのだがね。どうだね二人とも、何か浪漫のようなものを感じないかね?」
「えぇ……っと」
「マア、ソノ、ウン。……イイパーツジャネエカ……」

 興奮したように話すミコトだが、生憎二人は何も感じなかったらしく、あいまいなことしか言えない。
 ……というか、人形であるチャチャゼロに気を使われる始末である。
 そのあと、さらに興奮したようにドリルについて熱く語るミコトを何とか落ち着かせ、修理はまた後でということにして、チャチャゼロはボトルと一緒に(チャチャゼロがボトルを抱きしめて離さなかった。ぼろぼろの体なのに)影の中にしまわれていった。
 そうして、入り口に近いところにいるミコトから先に工房から出ていき、後を追おうとしたエヴァンジェリンだが、ふと自身のすぐわきに掛っているものに目が向いた。
 それは鞘に納められた細身の剣で、ミコトがカタナと言っていたものであった。
 自身で使う気は全くないが、興味は有ったのでミコトに内緒で見てみようと思い、壁に掛けたまま柄と鞘を持ち、柄のみを数センチ横にずらす。
 そうすると、きれいな銀色の刀身が顔をだし、思わずそれに見とれてしまう。
 あまりの美しさに、つい手が伸びてしまうが、

「――っつ!!」

 うっかり刃に触れて指先を切ってしまい、刀身に血がついてしまう。
 傷そのものは吸血鬼の治癒能力ですぐに元に戻ったが、刀身についた血の方はそうもいかず、あわてて指でぬぐって目立たなくして、刃を鞘に納める。
 その時に柄を握った瞬間、体から何かが抜かれるような、何かが体の中を走ったような、そんな妙な感覚を得たが、

「エヴァ君? 何をしているのかね? 次に行くよ?」

 というミコトの声に我に返り、

「……っ! ああ、今いく」

 と返すと、カタナに何も変化がないのを確認し、工房を後にした。


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