創造王の遊び場   作:金乃宮

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第十話

   ●

 

 

 友と語らっていたからであろう、いつもよりも短く感じた(約一名は長く感じたろうが)朝食会も終わり、二人は屋敷を回ることにした。

 キャロルの掲げていたタライは、朝食会の終了と同時に約束通り中身ごと消され、キャロルは晴れて自由の身になることができた。

 そのことを「いやっほーい!!」などとのんきに喜ぶキャロルに対し、心底呆れた表情を浮かべながらミコトは、

 

「……あまりみっともないところをさらさないでほしいものだねキャロル君。さあ、食器の片付けをとっとと済ませて、なるべく早く魔力の供給を受けてきたまえ。自業自得とはいえ、かなり長い時間重力制御を使っていたのだからね。倒れられては回収するのが手間だ」

 

 と命じた。

 キャロルは「は~い♡」と気楽そうに返事を返すと、ワゴンに空になった皿をまとめて部屋を出ていった。

 それを見ながら、エヴァンジェリンはミコトに尋ねた。

 

「おい、ミコト。魔力供給を受けてこいとはどういうことだ? お前が供給しているのではないのか?」

「ん? ……ああ。私がしている、と言えばその通りだね。だが、彼女たちと私との間に、魔術的な契約というものは存在しない」

「契約がない……? どういうことだ?」

 

 本来の人形遣い、特にエヴァンジェリンのような意志ある人形を使う場合などに関しては、何らかの契約を交わし、常に主人から人形へ魔力が供給されるようにする。そうすることで、いちいち魔力を補充する手間が省けるのだ。

 

「それはだね、……少々待ちたまえ」

 

 エヴァンジェリンの疑問に対し、ミコトは虚空に手を突っ込んで何かを探している。

 少しして、ようやく取り出した手のひらサイズの宝石を、エヴァンジェリンに差し出しながら、ミコトは答えた。 

 

「彼女たちの体内には、この宝石の破片が組み込まれている。……これを持って、魔力を注いでみたまえ」

 

 エヴァンジェリンは不思議に思いながらも、言われた通りに受け取った宝石に魔力を込めてみて、

 

「――!!?」

 

 すぐに驚いた顔になり、宝石を手放した。

 宝石はそのまま重力に従い床に落ち、コツン、と音を立ててエヴァンジェリンの足元に転がる。

 その音に、すぐ我に帰ったエヴァンジェリンは「――すまん」とミコトに謝り、宝石を拾い上げ、しげしげといろいろな方向から眺め始めた。

 その様子を楽しそうに見ていたミコトに、エヴァンジェリンからの声がかかる。

 

「……これは何だ? 魔力を込めた瞬間に魔力が吸い込まれていった。込めれば込めただけ、すぐに飲み込まれてしまう。普通の宝石ではないのだろう? これもお前が作ったのか?」

「いや、それは私の作品ではなく、自然界に存在しているものだ。まあ、カットしたのは私だがね。……その宝石は、魔力の貯蓄容量が異様に高いのだよ」

「……まあ、宝石やある種の鉱物は大体貯蓄量が高いものだが、こんなの高いものは見たことがない。いくら魔力を込めても溜まっているという感じがせん。……いったいどこでこんなものを……」

「確か、170年程前だったか、ある山の洞窟で偶然見つけてね。すぐに持ち主から山の権利を買い取って、根こそぎ掘り尽くしたんだ。どうやらその山の持ち主もこの宝石のことは知らなかったようでね、安くいいものが手に入ったよ。……まあ、調子に乗って買った次の朝には山を更地どころか窪地にしてしまってね。あわてて逃げてきたのだが、大事になってはいないだろうか……?」

「(……少し前に『山喰らい』という妖怪の伝承を聞いたことがあったが、まさか……)」

 

 少々嫌な予感が頭をよぎったが、気にしないことにした。 

 

「……まあいい。それで、この宝石と人形たちとの間に何の関係があるのだ?」

「なに、大したことではない。私はこの宝石を魔力タンクとして使っているというだけだよ」

「魔力タンク、ね。確かにこの大きさでもこの魔力容量だ。人形一体動かすだけならば破片で十分だろうな」

「その宝石だと大体私の魔力で50人分は入るかね。小さな破片でも大体彼らの活動2週間分の魔力が入るから、大きめの宝石に魔力を満タンに込めて補給部屋と名付けた一室に置いておけば、彼らは折を見て自分で補給できるからね。そのほうが何かと便利なのだよ。……まあ、重力制御などを激しく使えばその分魔力を消費するから補給の周期は短くなるがね」

「なるほどな、それでさっきキャロルに補給するように言ったのか」

「まあ、そういうことだね。……その宝石は君にあげよう。少なくともここにいる間は安全に暮らせるはずだ。今のうちに魔力をコツコツためておきたまえ。……いざ、という時のために、ね」

「……ああ、そうしよう」

 

 いざという時。

 そんなものが来なければいい、という感情と、私が吸血鬼(わたし)である限りは絶対に来るだろう、という理性がエヴァンジェリンの中でせめぎあい、それでも体は勝手に宝石に魔力を込め始めている。

 そんな現実を見て、自虐的な笑いがこみあげてくる。

 そんな様子を見ていたミコトは、

 

「……さて、とっとと屋敷を回ってしまおうか。皆にもエヴァ君の顔を見せておきたいしね」

 

 と、エヴァンジェリンを促した。

 

「……ああ、そうだな」

 

 と、少々顔がこわばっているエヴァンジェリンだが、それでも少しは気持ちが前を向いたようだ。

 先に立ってゆっくりとしたペースで歩き出したミコトについて歩いていく。

 しばし無言の時間が続いたが、それもすぐに窓の外からの大きな声で終わりを告げた。

 

「よう、社長!! おはようさん!! 元気かい!?」

 

 やけに砕けた口調の太い男声と共に、窓が開き、そこから顔が飛び出してきた。

 その顔は黒い短髪の健康的な日焼けをした男の物であり、さわやかな笑顔はまぶしく、暑苦しさの類は全く感じられない。

 開いた窓から見えるのは人間の胸から上までで、そこから下は見えない。

 だが、その肩幅の大きさや、はきはきとした大きな声から、かなりいいがたいをしていることが想像できる。

 急な出来事に驚いて動きの止まってしまうエヴァンジェリンだが、ミコトはいつもの事なのか涼しい顔で、しかし眉をひそめて声の主に言う。

 

「客人の前だ、少しは落ち着いた言葉使いをしたまえ、ダイク君」

 

 その言葉に、ダイクと呼ばれた男はミコトの後ろを見て、ようやく小さな影の存在に気が付いたらしく、

 

「おや嬢ちゃん、驚かしちまったか、すまねえな。俺の名はダイク。この屋敷では主に庭師をやってる。庭弄りの最中だから握手はできねえが、よろしくな!」

 

 と、威勢よく挨拶をしてきた。

 

「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 その挨拶に、エヴァンジェリンは戸惑いながらもしっかりと挨拶を返す。

 それを見ていたミコトは、ダイクに話しかけた。

 

「庭弄り、ということは先ほどの戦闘の後かたずけかね? それはご苦労。どのくらいで元に戻りそうかね?」

 

 戦闘の後片付け、と聞いて、エヴァンジェリンの顔が曇る。

 少々青ざめた顔で、ダイクに向かって、

 

「す、すまない! 余計な仕事を増やしてしまった……」

 

 と謝った。

 先ほどの戦闘で、庭(というか草原)を滅茶苦茶にしたのは主に、というか全部エヴァンジェリンの放った魔法だからだ。

 だが、その謝罪に対してダイクはカラカラと笑い、

 

「気にすることはねえさ。こっちもあの庭には何か植えようと思ってたんだ。耕す手間が省けて好都合さ」

 

 と言ってきた。

 

「しっ、しかし……!」

 

 と、なおも食い下がるエヴァンジェリンに対し、ダイクは笑顔を向けて、言う。

 

「だから気にすんなっての。嬢ちゃんはそんなことは気にせず、だんだん出来上がっていく俺の自慢の庭を見ててくれればいい。……そんでもって、出来上がったらそれを見て感想のひとつも言ってくれればそれで俺は報われる。それでチャラってことで、どうだい?」

 

 その顔には暗い色は全くなく、本心で言っているものだとわかる。

 それを見て、エヴァンジェリンは安心したように、

 

「そうか……。ならば、楽しみにさせてもらおう」

 

 と、ダイクに笑顔を向けた。

 その時、今まで黙っていたミコトがダイクに向かって、

 

「何かを植えるのは良いがね、ダイク君。……妙な植物を植えることは許さんぞ」

「妙な植物ってなんですかい? 俺はいつも普通の植物しか植えてませんぜ?」

 

 心底不思議そうな顔で言うダイクに対して、ミコトはため息を一つつき、

 

「少し前にあそこに巨大な食人植物を植えたのは誰かね? 近くを通るたびにつかまって飲み込まれるキャロル君の身にもなりたまえ。人間じゃないから異物として吐き出されるから何度もべとべとになって帰ってきたではないかね。……懲りずに何度も近付いては飲み込まれるキャロル君のうっかりにも困ったものだが」

 

 その光景を想像したエヴァンジェリンの顔がまた青くなる。

 その言葉に少々あわてた口調でダイクは、

 

「だ、だけどよ、その前に植えたマンドラゴラは魔法薬の材料としていい儲けになったじゃねえですかい!」

 

 と言い返す。だがミコトはそれにも涼しい顔を崩さずに、

 

「ああ、確かにいい儲けになったとも。……だが、引き抜くときに犬を使うべきところをキャロル君が一人笑顔で突っ走っていって悲鳴を浴びて失神していたではないかね。他の者は避難していて無事だったからいいものの、キャロル君以外の被害が出ていたらどうするつもりだったのかね」

 

この言葉に、さすがのダイクも返す言葉がなく、

 

「それは、その……、へへへ」

 

 笑ってごまかすしかなかった。

 

「全く、今まで大した被害が出ていないからいいが、今度キャロル君以外の被害を出したら庭師を他の者と交代させるよ? いいね?」

「……へい、肝に銘じておきやす」

 

 そういって、ダイクは窓を閉め、作業に戻っていった。

 どうでもいいがキャロルは被害に含まれないらしい。

 とぼとぼと窓の外を歩いていくダイクを見ながら、エヴァンジェリンはミコトに尋ねる。

 

「おい、あいつも自動人形なのか?」

「ああ、そうだよ。と言うより、この屋敷では、私とエヴァ君以外は皆自動人形たちだ」

「なるほどな。ところで、ダイクはお前のことを『社長』と呼んでいたが?」

 

 その疑問に対し、ミコトは「ああ」と思い出したように言う。

 

「そういえば言っていなかったね。私は会社を経営していてね。彼ら自動人形たちにはそこで従業員をしてもらっているんだ」

「なるほどな、だから社長、と呼ぶわけか」

「彼らは主に、この屋敷で働くか、会社で作業に従事しているか、休暇を使って町に出ているか、この屋敷で休んだり他の者と雑談していたり、というふうに過ごしているね。無論、仕事に関しては給料もしっかり出しているよ?」

「そうか……。ずいぶんと良い待遇のようだな」

「ああ、出ていかずにここにいてくれるということは、そうなのだろうね。……さあ、次に行こうか」

「ああ、わかった」

 

 そういって、二人は歩いて行った。

 

 

   ●

 

 

 廊下を歩いていた二人は、ある部屋の前で立ち止まる。

 その部屋の扉は、先ほどまで朝食会が行われていた部屋と違い、この屋敷の中では平均的な、普通の大きさの扉であった。

 

「この部屋は君が寝ていた部屋だよ。朝はキャロル君に起こされて連れてきてもらっていたし、少々寝ぼけていたようだから覚えていなかったかもしれんが」

「うるさい! 寝ぼけていたというのは余計だ!……だがまあ、確かに覚えてはいないな。場所を覚えるまでは迷惑をかけることになりそうだ」

 

 エヴァンジェリンは少々顔を赤らめミコトに文句を言うが、すぐに冷静になり、自分の状況を振り返る。

 

「なに、少しぐらい迷惑をかけてくれた方が可愛げもあるし、何より刺激が生まれるからね。自動人形たちにとってもその刺激はありがたいものだ。ずっとこの屋敷にいると決まった仕事しかできなくなるからね。特に娯楽というものがない自動人形たちにとって、新しい仕事を与えられるということは喜ばしいことに他ならない。最初のころはキャロル君のうっかりで仕事ができても喜んでいたほどだしね。……最近ではそれも日常になってしまっているが」

「なるほどな、そんなものか。……じゃあ、キャロルのあのドジももしかしたら計算されたもので……」

「それはないと思うよ。キャロル君のあれは素だろうからね。……だがまあ、確かに特徴のない扉だからね、迷うのも無理はないだろう。そんなこともあろうかと、ルームプレートを作っておいた。これを扉にかけておけば、この近くに来れさえすればどの部屋か迷うこともなくなるよ」

「ずいぶん用意が良いというか、いつの間に作った? 私がここに厄介になると決めてから、私とお前はずっと一緒にいたはずだが?」

「ははは、私に不可能など641個ほどしかないよ?」

「結構あるんだな……。まあいい、作ってくれたのならありがたくもらおう」

「そう言ってくれてうれしいよ。では少々待っていてくれ、すぐに取り付けよう」

 

 そういうとミコトは扉に向かい、トンカチで釘を打ち込み始めた。

 狙いを定め、大きな音を立てて一打ちし、そのあと微調整のために数回軽く音が響く。

 そうした後、打ち付けた釘を持って少し動かし、しっかり打ち込まれているかを確認した後、ルームプレートをかけ、角度などを調整する。

 その一連の動きには、技術者としての長年の経験がにじみ出ていて、エヴァンジェリンは思わず『ほう』、と息をつく。

 そうするうちに、ミコトは自らの仕事に満足したのか、扉の前から離れ、

 

「さあ、できたよエヴァ君。これで迷うことはなくなったね?」

 

 そうして示された扉を見て、エヴァンジェリンは一つ頷き、そうしていい笑顔でミコトの方を向き、

 

「この際だ、そのトンカチや釘はどこから出したんだ? とか、そういうことは聞かん。……だが、これだけは聞かせてもらおうか。……どうしてルームプレートがかわいらしい仔猫の形をしているのかな……? どうしてこんなにかわいらしい字なのかな……?」

 

 そう言うエヴァンジェリンの笑顔は引きつりを隠せておらず、こめかみには青筋が立っているようにも見える。

 なんとなくだが、エヴァンジェリンからどす黒いオーラのようなものまで見え始めている。

 その様子を見て、ミコトは自分の行った仕事(伏せている白い仔猫を横から見たような輪郭のプレートに、ピンク色の丸っこい飾り文字で『Evangeline』と彫り込まれたものが掛った扉)を見て、それからエヴァンジェリンの方を向き、首をかしげて、

 

「何か、おかしいところがあるかね……?」

「おかしいところしかないわ!! なんで吸血鬼の真祖の部屋の扉にこんなかわいらしいものが掛っていなければならんのだ!? もっと他に何かないのか!? 蝙蝠とか、棺桶とか、もっと吸血鬼らしい形は!? それになんだこの丸っこい文字は!? 100年を生きた私をおちょくってるのか!?」

「いや、アタナシア・キティ(不死の仔猫)の名を持つ君にこそこのプレートはふさわしいものではないかね?あと、100年生きた、というが、この屋敷の中では君が一番年下だと思うよ?」

「……しまった!! ここは不死者の住処だった……!! ……くそっ! 世間では恐怖の代名詞となっていても、ここではただのひよっこか……!!」

 

 膝をつき、床をドンドンと叩いて悔しがるエヴァンジェリンをミコトはしばしの間眺めていた。

 しばらくして落ち着いたのか、エヴァンジェリンは起き上がり、少々うつろな目で尋ねてくる。

 

「そういえば、自動人形たちは全部で何人いるんだ? 従業員と言っていたから、そこそこの人数はいるんだろうが」

「70人ほどだよ。忙しい時期は全員で作業に取り掛かるが、そうでないときは全体の20人くらいが働いて、それ以外は休んでいるね」

「結構いるな。そうなると整備とかが大変じゃないか?」

「いや、そこまで大変ではないよ。彼らには自動整備機能がついているからね、よほどの事でない限り、私が手を出す必要はない」

「ほう、そんなものがついているのか。便利だな」

「なに、自分たちの体の構造と整備方法をきっちり教え込んでおけば、あとは各自で暇なときに自分を分解して丁寧にブラシをかけたり洗浄したりできるからね」

「……自動っていうのはそういう意味か……」

「ちなみに、自分でどうしてもできない場合や手が届かないところなどは自動人形同士協力して行っているよ。見た目はバラバラ死体をそれぞれが持っていじくりまわしているようにしか見えんが」

「いきなりその場面に出くわしたら叫びだしそうだな……」

 

 その光景を想像したのか、否そうな顔をするエヴァンジェリンに、ミコトは「さて」と前置きしてから、

 

「ここにはもう用はない、次に行こうか」

 

 と促した。

 特に反対する理由もなかったので、エヴァンジェリンは先を歩くミコトについて歩いていく。

 雑談をしながら少し歩くと、これまでとは違う様子の扉の前にたどり着いた。

 その扉は大きく、そしてかなりしっかりとしたつくりになっており、いかにも頑丈そうだ。

 また、これまでどの扉にもなかった錠前がついていることからも、この扉の特別さがうかがえる。

 

「ミコト、ここは……?」

 

「ここは私の工房だよ。この屋敷に私がいるときは、大抵ここにいる。入ってみようか」

 

 そういうと、ミコトはカギを取り出し、錠前を開けて扉を開き、中に入っていった。

 エヴァンジェリンもそれに続き部屋に入ると、埃っぽい空気がムワッと襲い掛かってきた。

 

「――! ゴホッ、ゲホッ!」

 

 たまらずむせると、ミコトは急いで窓に駆け寄り大きく開いて空気を入れ替える。

 

「――すまない。ここの掃除だけは誰かに任せるわけにはいかなくてね、どうしてもおろそかになってしまう」

「―――ゴホッ! ……いや、別にかまわん。研究室や作業場は主にとって神聖なものだからな。他人に入られたくないのもわかる」

 

 換気をして少しはましになった工房を見てみると、壁際に机がいくつか並んでおり、その上にはランプや台に固定するタイプの拡大鏡、万力ややすり、アルコールランプやビーカー、フラスコなど、ありとあらゆる工具や実験器具が並んでおり、それらに囲まれるように作りかけのアクセサリーや金属片が置いてある。

 机のない壁にも、戸棚が置いてあり、ほとんど完成しているであろうモノが並んでいる。

 また、壁に打ち付けられた杭には刀剣類が床と水平に何本も掛けられており、そこが工房であることは一目瞭然だ。

 しばらく工房内を眺めていたエヴァンジェリンは、端の方にある大きめの机の上を片付けているミコトに話しかける。

 

「見事な工房だな」

「そういってくれるとうれしいよ。……ああ、その辺の物に触るのはやめたほうが良い。攻撃性の高いものもあるし、暴発すればこの屋敷ごと消滅するような魔法具が転がっていてもおかしくはないからね」

 

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンは机の上にあった指輪に伸ばしかけた手をあわてて引っ込める。

 

「ずいぶん危ないものを作っているんだな……」

「いろいろ作っているうちに興が乗ってしまってね。思い返してみるとなんで作ってしまってのかわからないものも数多くある。……まあ、そういうものは奥の部屋にきっちり封印しておいてあるがね」

 

 そういってミコトが指差した先には、扉がある。おそらく倉庫として使っているのだろう。

 

「そうか、ならばいいが……」

「だからまあ、あの部屋に入るのは、私が一緒にいるときにしてくれ。少し触ったぐらいで発動はしないが、万が一ということもある。それに……」

 

 話の途中で言葉を詰まらせたミコトに、エヴァンジェリンは首をかしげて尋ねる。

 

「それに……、なんだ?」

「……あの部屋には、『不死者殺し専用の魔法具』も置いてある」

「――!! なんでそんなものを!? お前自身が不死者だろうに!?」

「私以外にも不死者はいるし、その者が味方である保証もない。これが理由の一つ。そして、もう一つが……」

 

 重い空気に息をのむエヴァンジェリンに、ミコトの言葉が継げられる。

 

「……自決用に、だ」

 

 

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