創造王の遊び場   作:金乃宮

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第九話

   ●

 

 

 大きなタライを掲げてプルプル震えているキャロルを無視して、朝食会は進んで行く。

 給仕のキャロルが役に立たない以上、コーヒーや紅茶は自分で淹れるしかないが、そこはまあ許容しておくことにする。

 というか、最初はそこまでするつもりもなかったのだが、ミコトがコーヒーカップを持った瞬間にキャロルが目を輝かせて「ご主人様! コーヒーは私がお淹れします! ああ、ですが困りました! 両手がタライでふさがっている以上、ご主人様にコーヒーを淹れて差し上げることができません!」などとうるさかったのでミコト自身がやることになった。

 さすがにエヴァンジェリンにまでやらせるようなことはしたくなかったので、彼女の分の紅茶はミコトが淹れている。

 それを見たキャロルの顔色は絶望に染まっていたが、二人の中でキャロルは空気と同じ扱いになっているので、気にはしない。

 そんなわけでミコトは、エヴァンジェリンの分の紅茶のお代わりを注ぎ、しくしく泣いてうるさい空気の脇腹をつついて「ひゃうっ!!」と奇声を上げさせてから自分の席にもどる。

 その様子を呆れたように見ていたエヴァンジェリンは、何事もなかったように食事を再開したミコトに向かって話しかける。

 

「しかし、先ほどの武器といい、この自動人形(オートマタ)といい、お前の技術力は大したものだな。長い年月を生きただけではここまでの物は作れないだろうに……」

 

「そうかもしれないね。まあ、私の場合は生き残るための手段として主に『技術力』を選んだからね。命がかかっていれば文字通り必死になれるものさ。そのおかげで安全も情報も資金も手に入った。何も言うことはないね」

 

「なるほど、根っからの研究者、もしくは発明家、という感じなんだな、お前は」

 

 ミコトの話を聞いて、エヴァンジェリンはミコトに抱いた印象を簡潔に述べる。

 多くの情報や知識、技術を求め、それらを解き明かし、さらには混ぜ合わせ、全く新しい、自分だけのものを作り出していく。まさに研究者、発明家そのものだと言える。

 

「だがそれにしても、ここまで人間らしい自動人形(オートマタ)を作るのは並大抵のことではなかったろう。そこでプルプル震えているあれだけを見てみても、おそらく世界中の技術の数百年先を行っているだろうさ。体はもちろん、あの豊かな感情についてもな」

 

 エヴァンジェリンの従者である人形にも感情はあるが、あそこまで豊かではない。

 

「まあ、体はともかくとして、感情については私が作ったわけではない。基礎を組み立てて、あとは背中を押しただけで、あそこまでの感情を持てたのは彼女自身の努力と意志によるものが大きい」

「……? どういうことだ?」

「先ほどこの駄メイドは自分のことを試作型自動人形(オートマタ)第零号機といったね? 第零号機、つまりこの駄メイドは一番初期に作られた試作機なのだよ。まあ、実際にはさらに前に5体ほど作ってはいるがね」

「先に作ったものがあるのに零号機? 矛盾していないか?」

「その通りだ。しかし、最初に作った自動人形(オートマタ)は作業用でね。命令に従うだけで感情は持っていなかった。だがそれではつまらないと思い、感情を持つことができるように作った最初の機体が、そこの駄メイドなのだよ」

「感情を持つことができるように(・・・・・・)? 感情を持って生まれてきたのではないのか?」

「確かに一度はそれも考えたが、それでは私が作り上げた完全な作り物になってしまうからね。感情ぐらいは自分自身の物を持ってほしかったのだよ。だから、自分で学び、感情を自分自身で作り上げていけるように作った」

「……なるほどな……」

「ところでエヴァ君、『ダイオラマ魔法球』というものを知っているかね?」

 

 いきなりの質問に、エヴァンジェリンはいぶかしげに答える。

 

「……? 知ってはいるが……。持ち運びできる箱庭のような圧縮空間で、中と外の時間差を自由に設定できるものもあるというな。無論、そこまでの物はとんでもない値段になると思うが」

「その通りだ、知っているのならば話は早いね。私はそのダイオラマ魔法球の中で自動人形たちの製作、感情育成をしていた。魔法球内の時間を最大限に圧縮しておけば外の一日が中の百年ぐらいにはなるからね。そして、育成の際の手本にするためにキャロルを作り、キャロルの感情が完成するまでざっと100年間試行錯誤を繰り返し、感情育成のノウハウを得て、それから今までいた最初の5体に同じような機構を組み込み、キャロルと2人がかりで同様に感情の育成を試みた。そうして5体全員の感情が育ち切るのに50年。実世界の時間にして約2日の強行軍だったね」

「……ずいぶんと気の長い強行軍だな……」

「まあ、実際さまざまなことをしたからね。花畑に連れて行ったり本を読み聞かせたり料理をさせてみたり……。体の成長が無いという点を除けば子育てとなんら変わらないと思うね。まあ、この6人が後にできた自動人形たちの教育をしてくれるようになってからは、私の仕事は作るだけになったがね」

「……そういえばミコト。こいつらに何か特殊な機能はついているのか?」

 

 感慨深げに語るミコトに、エヴァンジェリンは気になったことを質問してみる。

 

「ん? 特殊な機能、というと?」

「ほら、普通の人間にはできないような技術とかだ。お前が作ったのなら、とんでもない技を持っているのではないか? 一国を相手取れるようなすさまじい武器を内蔵している、とか」

 

 その言葉に、ミコトは少々困ったような顔で、

 

「とんでもない技、といってもねぇ。基本的には形状のベースとなった種族、亜人や人間を少々強化しただけのスペックだし、武器もつけてはいないよ? 別に戦闘用に作ったわけではないからね」

 

 その言葉に、エヴァンジェリンは少々落胆したような顔をするが、

 

「まあ、一つだけほかの種族と違うことがあるとすれば、『重力制御』という能力を持っている、というところかね」

 

 というミコトの言葉にまた身を乗り出す。

 

「『重力制御』? なんだそれは?」

「重力とは、まあ、簡単に言ってしまえば、ある物体が他の物をひきつける力のことだね。私の作った自動人形たちは、何もない空間にもこの力を発生させ、いろいろなものをひきつけることができる」

「ひきつける? 糸のようなものか?」

「そうだね、そういってしまえばわかりやすいかもしれないね。もともとこの能力をつけたのも、彼らの動きの補助のためだからね。重いものを持つときの負担を軽くしたり、早く動くための加速のために使ったり、とね」

「なるほど、それは便利だな」

「ああ、彼らもなかなか便利に使いこなしているよ。もっとも……」

 

 そう言ってミコトは近くにいる空気に目を向け、

 

「はっ! そうか、その手があった! 重力制御を使えばこんなタライ楽々持てる!! フフフご主人様、今こそこのキャロルの恐ろしさを思い知らせてってあれ? なんでタライの上にもう一つ一回り大きなタライを出してるんですか? そして水が注がれる音と共にどんどん重く!?ちょっ、これは、重力制御使っても……、きついです……!」

 

 悶絶する空気から目を逸らし、

 

「あくまで補助程度なのでね、無限に出力が上がるわけではないよ。まあ、自動人形たち同士で協力し合えばそれだけ重いものを持ち上げられるがね」

 

 近くで空気が「誰かーーー!! いないのーーー!? 助けてよーーー!?」とか叫んでいるような気がするが気のせいだ。

 

「あとはまあ、自動人形間の通信・念話機能ぐらいかね」

「通信・念話? そんなものは大体の魔法使いがやっているだろうが。特に真新しいものでもないだろう」

「彼らの場合は特別だよ。自動人形たちの思考速度は人間とは桁違いだからね。その分短時間で密度の濃い情報をやり取りできるし、見ている映像を送ったりすることもできる。だからこそ、息の合った素晴らしい協力プレイができるのだよ」

 

「ちょっとーーー! 誰よ通信に『・・・・・(てんてんてんてんてん)』とかわざわざ言葉で返してきたの!? 私はあなたたちの中でも一番のお姉さんなのよ!! その私からの救助要請なんだからすぐさま駆けつけてくるのが普通じゃないの!? ……って、今度は誰よ『え? お姉さん? 誰が?』とか、『ぷぷっ。ワロス』とか『m9(^Д^) わはははは』言ってきてるのは!! どこでそんな悪い言葉覚えてきたの!! お姉さんぷんぷん怒っちゃいますよ!! もう、ぷんぷん!!」

 

 ミコトが見苦しく騒いでいる空気にどんな仕置きをしてやろうか考えている内に、2人の料理も粗方片付いてきた。

 そこで、今後のことについてエヴァンジェリンと話し合うことにする。

 

「さて、エヴァ君はこの後どうするかね? 私は君と友になれたし、こうして楽しく朝食会も開けたので、とても満足している。この後君がどこかに行きたいというのならばいろいろな魔法具を持たせて安全な旅を提供することもできるが?」

 

 近くで「え? 朝食会もう終わり? やったーーー、これで自由の身になれる!!」とか喜んでいる駄メイドがいるが、まだだ、まだ終わらんよ……!

 ミコトの質問に、エヴァンジェリンは少々考え、

 

「私としては従者人形の修理もしたいし、もうしばらくここにいさせてほしい。……いいか?」

 

 少々以上に不安げな問いを返す。だがそれをミコトは笑い飛ばし、

 

「なに、いつまでもいてくれて構わんとも。幸いにも場所はいくらでもあるしね。従者人形の修理というならば私の工房の一角を開放しておこう。好きに使ってくれたまえ。私もできることがあれば協力するよ」

 

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンも安心したような笑みを浮かべ、

 

「そうか、ならばその時は頼むとしよう。感謝する」

「なに、友人に協力するのは当然のことだよ。さて、そうと決まればこの食事が終わり次第、この屋敷などを案内しよう。……それでいいかね?」

「ああ、ありがたい。ぜひ頼む。……それと……」

 

 エヴァンジェリンは一度言葉を区切り、

 

「これからしばらくの間、厄介になる。よろしく頼むよ、ミコト」

「……ああ、任せておきたまえ」

 

 言葉を交わしあい、二人は笑いあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ご主人様~~~、お嬢様~~~。私はいつまでこうしていればいいんですか~~~?」

 

 泣き言を言う空気には、誰も何も返さなかった。

 

 

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