1話 平穏な日
「士道君、私と何処かに出かけない?」
「ん?」
天宮祭から三週間ほど経った金曜日。士道は朝から自室で本を読んでいた。この日は天皇誕生日であり、そもそも冬休みに入ったので、暇を持て余していた。だからこそ本を読んでいるのだが。
琴里から確認されている精霊は全員霊力封印ができたと聞いていたが、千花みたいな例外があるかもしれないからと、まだ士道の中の霊結晶は回収されていない。もし、回収した後に現れたら封印することもできなくなってしまうので。その為、一応の余裕を持って一か月ほど待ってから行うと聞いていた。だからそれまでは普通?な生活が送れる……はず。
外は寒いので、たまには家にずっといてもいいかなとか思っていたら千花が来た感じだった。ちなみに精霊達は各々好きなことをしている。漫画の執筆に追われていたり、ショッピングに行ってたりなどなど。だから、士道は千花の誘いを断る理由も無かった。
「いいけど、ちょっと待ってくれ。きりがいい所まで読んじゃいたいから」
「うん、いいよぉ。じゃ、下で待ってるからぁ」
千花はそう言って、士道の部屋から出て行った。
それから十分ほど経ち、士道はきりがいい所まで読むと、財布やら鍵やらを手に取って一階に降りてリビングに行く。リビングでは千花がニュースを見て待っていた。
「読み終わったぞー」
「……あっ、うん。わかったぁ」
声をかけると、若干ラグがありながらも返事があった。
(ん?なんだろ今の間?テレビ見るのに集中してたのかな?)
士道はそんなことを考えるが、千花がテレビの電源を消して士道のもとに来たので、考えるのを止める。
「じゃぁ、行こうかぁ。士道君」
「あぁ、行くか。ちなみにどこ行くか決めてるのか?」
「それは気の向くままだよぉ」
結局行き先の定まらぬまま、二人は家を出たのだった。
~☆~
二人が来たのは、先日士道攻略で使われたショッピングモールだった。屋上が魔術師たちで吹っ飛んだり、流れ弾で壁を抉ったりしていたはずだがすでに修復は完了しており、今日からオープンするとのこと。そして、その時には気づかなかったが、ショッピングモールのそばにはいつしかの水族館が併設されており、千花が「そういえば水族館ってあんまり行ったこと無いなぁ」と言ったため、行くことになった。
(水族館は……夕弦の時に行ったり、ここは琴里の誕生日に行ったな。でも、千花は夕弦の時に居た気もするけど……だからあんまりなのか?)
「士道君、チケット買ったから入るよぉ」
「あぁ。それにしても今日は手袋してるんだな」
千花は水族館のチケットを買って来て士道に手渡すと、千花は手袋越しに士道の手を握って引っ張る。普段なら手袋をせず、直に手を握るのでそんなことを聞くと、千花は「まぁねぇ」とか言ってはぐらかした。
「で、一度来たことある士道君がエスコートしてくれるのかなぁ?」
「あぁ、わかった。でも千花が見たいのあったら言ってくれよ」
「あっ、うん」
千花は士道にそう頼み、士道が了承を示すと千花は頷いた。時間的にちょうどベルーガのショーがやるようだったので見に行く。ベルーガは屋内なので水がかかる心配が無く、千花はベルーガのショーを見るのが初めてなのか、「ほぉー」とか「へぇー」とか言っていた。
ショーが終わった後はシャチやらアシカ、鰻、ペンギン、たこなど色々な水生生物を見て回った。
昼を回った頃にはだいぶ見て回ることができてほぼ見終わったと言ってもいい感じだった。
「士道君、水族館はもういいかなぁ。とりあえず見たいのは見れたしぃ」
「いいのか?まだ見てないとこあるけど」
「うん、私的にまだ行きたい場所は何か所かあるからぁ」
「そうなのか?まぁ、いいけど」
千花が満足したのならいいかと、士道は思う。すると、千花が手洗いに行きたいと言って手洗いに行き、その間士道は暇だからとお土産を物色して待つことにした。
~☆~
二人は水族館を出てショッピングモールに足を運んだ。そして……
「士道君、いざ勝負ぅ!」
「いや、なんで!?」
七罪・二亜と行ったゲームセンターに行くと何故か千花は士道にエアホッケーで勝負を挑んだ。士道は何故勝負したがるのか謎でそうツッコむと、千花はさも当然のように言い放つ。
「そこにあるからだよぉ。それに士道君とはやったこと無いしねぇ。敗者はあとで驕るねぇ」
「……はぁ、まぁいいや。受けて立つよ」
士道は困惑しながらも、承諾するとコインを入れてスタートさせる。
(俺もホッケーは久しぶりだな。そう言えば、二人に会ったのはホッケーやってたとこだっけか)
士道は八舞姉妹に出会った時のことを思い出していた。そして、ゲームセンター自体もよく来てる為、千花の謎プレイも思い出した。
その為、今回も千花のことだからとんでもないことをしてくるかと思い警戒するも、特にそんなことは無く、普通にホッケーが繰り広げられる。入れて入れられてを繰り返し、残り時間も一分を切った頃、互いの点数は同じで、千花が動き出した。
それは普通に放たれているのだが、士道が返すと吸い込まれるかのように千花のもとに飛んでいき、返され、何度やっても千花のもとへと飛んで行ってしまう。
「……千花、一体何がどうなってるんだ?」
「ん?パイの軌道を計算してパイに回転をかけることで、返されたパイが私のもとに来るようにしてるんだよぉ」
「何処のゾーンだよ、それ」
千花のいつもの謎テクニックに翻弄されるが、これの弱点があった。千花の打つパイはそこまで速くないのですんなり返せるので決め手に欠けること。
そして、士道は狙いを誤り、千花目掛けてど真ん中で、いわゆるカウンターされたらおそらく速くて返せなくなるようなコースに打ってしまう。
「もらったぁ」
スカッ
「ありゃ?」
ピィー
しかし、千花はここで何故か空振ってパイはゴールに入り、ちょうど終了の音が鳴った。こんな凡ミスで終わったことで士道は何とも言えない感じになり、千花も頬を掻いていた。
「うーん、負けちゃったやぁ」
「千花がこんな凡ミスするなんて珍しいな」
「んー、まぁこんなこともあるかなぁ?じゃ、次のとこ行こうかぁ」
千花はさして気にしていないのか、そう言うと士道の手を握って引っ張りながら次の目的地に行く。
~☆~
それから、プラネタリウムに行ったり、洋服店で服を見たり、猫カフェで猫に癒されたりした。何処も精霊と一緒に行ったことのある、あるいは出会った場所ばかりで当時のことを思い出し、そして、その度に疑問があった。しかし、それを口にしたらもう戻れなくなり、取り返しがつかなくなる気がして、士道は見て見ぬふりをして過ごした。
「士道君、ここ寄って行こぉ」
そして、千花に連れられて、四糸乃と初めて出会った神社にたどり着いた。そこはいつも通りであり、どうせなら年納めに参拝するのもいい気がした。
そうして、二人は境内の前まで行き、手を叩いて参拝をする。士道は目を開けて境内を後にしようとするが、千花はまだ目を瞑って手を合わせており、士道はその場で待つ。そして、十数秒して千花も目を開ける。
「随分長く祈ってたな」
「まぁねぇ。色々あるんだよぉ」
「ふーん。で、何を願ったんだ?」
「……うんとねぇ。皆が幸せに過ごせますようにとかかなぁ」
「それは初詣の時に願うもんじゃないのか?」
千花の願いを聞き、士道がそう言うと千花は苦笑いを浮かべて、「そうかもねぇ」と言った。すると、千花はここでの用も済んだのか神社を後にしようとして歩を進めると、突然躓いたのか前につんのめり、士道は千花の身体を支える。千花はハッとすると、士道から離れる。
「ごめんねぇ。自分で自分の靴紐、踏んじゃったぁ」
千花はそう言ってしゃがんで靴紐を固く結ぶ。しかし、転ぶ寸前に士道が見た限りでは靴紐を踏んだというよりは、ふらついたように見えており、千花が誤魔化したように士道は感じていた。
「なぁ、千花、もしか――」
「ねぇ、士道君。最後に行きたい場所があるんだぁ」
士道は千花に対する今日の違和感の原因が気になり、もしかしたら体調が悪いのでは?と思い聞こうとしたら、千花は士道の言葉にかぶせてそう言った。
「でも……」
「いいからぁ」
「……わかった」
「うん、ありがとぉ」
最初は千花のお願いを拒否して家に帰ろうとも思ったが、千花の瞳を見て、士道は千花のお願いを聞くことにした。たぶん、そうしないといけない気がしたから。
~☆~
「わぁ、やっぱり何度見てもここからの景色は綺麗だねぇ」
神社からの道中は二人とも特に話をせず無言の時間が過ぎ、二人は高台公園に着くと、千花は柵に体重を乗せて町中の景色を見ていた。時刻はすでに四時を過ぎ、冬だから陽が沈むのも早い為、町中が黄金色で輝き、ちらちらとイルミネーションの輝きも混ざっており、綺麗な景色が広がっていた。
千花は数分街並みを見ると、
「別に体調不良って訳じゃないよぉ」
唐突にそう言った。士道は一瞬何のことかわからなかったが、神社で保留になった質問の答えだとすぐにわかった。しかし、千花が否定しても士道には嘘を言っているようにしか見えなかった。
「本当に体調不良じゃないんだな?」
「……うん、体調不良じゃないよぉ」
だから、士道は確認の意味を込めてもう一度問うと、若干の間の後に否定した。これで、士道は決心した。今日出かけている間に度々あった疑問を口にする決心を。
「千花、何か隠してるよな?」
「ん?何のことぉ?」
しかし、千花は士道の質問に白を切る。なんとなくはぐらかす気がしてはいたので、士道は例えを挙げていくことにする。
「じゃぁ、なんでずっと手袋してるんだ?外だったらまだ分かるけど、ゲームセンターでも猫カフェでも外さなかったよな?」
「……」
「あと、ホッケーの時のミスも本当はあの瞬間パイが見えてなかったか、ずれて見えたんじゃないのか?」
「……」
「あとは……」
それから、士道は思い出す限りの今日の千花の違和感のある行動を口にした。本当はこんな一方的な質問はしたくないが、千花が一切答えない為、そうするしかなかった。
そして最後に、
「今日行った場所、全部精霊の誰かと行ったか会ったことのある場所だったよな。だから、今までのことをその度に思い出したよ」
士道はそう言った。これだけ言っても千花が喋らなければ、士道にはもう何もできなかった。
千花はどこか懐かしげな表情をする。
「そうだねぇ。色んなことがあったよねぇ。私のことを心配してくれてるのはわかってるんだけどぉ、聞いたら士道君が困っちゃうかもしれないよぉ?」
千花は一切話す気が無いのかと思われたが、士道の問いに答える前にそう前置きをした。
(聞いたら俺が困る?なんで?)
士道は千花の言葉の意味が分からず、首を傾げる。そして逡巡する。
(でも、聞かないことには何も始まらないよな)
そして、士道はそう答えを出すと口を開く。
「それでも聞きたいな。千花のことが心配だし、聞かないことには何の判断もできないから」
「ふぅー。そっか、士道君は優しいねぇ。ここまで言われたら、私も話さない訳にはいかないかなぁ」
千花は一息つくと、柵に背中から寄りかかる。千花はそうして、何処から話すか考え、結局一からでは無く、重要なことから話すことにした。
「士道君、私はね――」
そして、千花の口から紡がれた言葉を聞き、そこから千花の話は続いた。士道は度々千花の話に対して疑問を持って聞き返していき、千花もその度に返答していった。
話自体は数分かかり、話が終わってから士道は千花の話を頭の中で整理していた。千花は、のんびりとした様子で士道の頭の整理が終わるのを待つ。
さらに一分ほどして、まだ完全には整理が出来ていないが士道は口を開く。
「嘘とかドッキリじゃないんだよな?」
「ふふっ。私もそれだったら本当はよかったんだけどねぇ。残念ながら事実だよぉ」
「……そうなのか」
士道は信じたくなかったが千花が事実だといったので認めざるを得なかった。千花は士道の様子を見て少し悲しそうな顔をする。
「士道君は聞かない方が良かったと思う?」
「……そうだな。聞きたくはない話だったけど、知らなかったらそれはそれで嫌だったな」
「うーん、難しいねぇ」
「みんなは知ってるのか?あと、千花はなんでそんなにいつも通りなんだ?」
千花の様子がいつもと変わらないことに疑問を抱き、他に知っている人がいるのかも気になり、口にすると、千花は「やっぱり聞くかぁ」と呟いていた。
「一応、真那ちゃんと鞠亜ちゃんは知ってるよぉ。でも、他の皆には話してないよぉ。誰にでも話せる内容じゃないしねぇ。それと、事実だから受け入れるしかないしぃ」
「はぁー、そっか」
千花が認めているのなら、士道にはどうすることもできなかった。
(結局、俺には何もできないのか……)
「ううん、士道君がいたから私は楽しかったんだよぉ。それに、皆と仲良くできたしねぇ。まぁ、こうして最後の日ぐらいは士道君と一緒に居たかったからねぇ。まぁ、そう言う訳ぇ、私は満足かなぁ」
「でも俺は……」
「だから――」
千花はいつもの通り士道の心の声を聴いて、士道の言葉に被せる。自身の決意が揺らぐわけにはいかないから。
だからこそ、最後に士道に伝える。
「ありがとねぇ」
その日、千花と士道は家にも精霊荘にも戻って来ることは無かったのだった。
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「三人の居場所はまだ分からないの!?」
「司令!この基地に侵入者です!」
『二人のおねーちゃんです!』
「うん、それはね。かれこれ五年前の夏だったよ」
「うん、人類殲滅」
次回 “動き出した計画”
振り返りをやめて次回予告をしてみたり。たぶん、次回予告はすぐ飽きる気がする・・・。それと、もしかしたら、この章は更新ペースをあげるかも?
では、ノシ