<囁告篇帙>は調べれば知りたい情報を得ることはできたけど、得られる情報は文字だけ。その時の情景等も映像として得られるのが【心性世界】だった。そして心性世界のもう一つの能力、というか本来の能力は疑似的に世界を構築し何かするという能力だった。現実世界と時間が違い大体現実世界で一秒経ったら、この世界では百秒経つという物だった。漫画の締め切りに間際には便利だと思ってる。さすがに一千倍は無理だったけど。
だからあたしは少年がどれだけ嘘をついているか、何を考えているのか知ろうと思った。どうせ、あたしの霊力を封印した後に何か企んでいるのではないかと思うし。DEMの連中だってあたしの霊力の解析が目的で四年前にあたしを不意打ちで襲ってきて拉致ったんだし。あの時は五徹した状態で買い出しに出たのがいけなかったと今なら思う。四徹だったらなんとか対処できたはず。うん。
まぁ、ともかく少年にも何らかの企みがあるはず。そうじゃなきゃ精霊を助けるなんて危険なマネできないに決まっている。
だから【心性世界】内でデートをやってみた。疑似的な人格を入れておいたので問題なくデートは行えた。いくつかイベント(困った人や事態)を組み込んでみたけど、少年はそのすべてに対応し、それだけならただの偽善者とも取れる。
デートの最後に高台公園で、あたしは少年にどうしてそこまでするのか聞いた。
少年は性分っていうけど、普通はそんな性分なんてあるわけがないと思った。きっと何か裏がある。
でも、そんなあたしの思惑とは裏腹に、少年には一切の企みが無く純粋に精霊を救いたいって気持ちだった。
少年の記憶にある精霊達の中には、最初は反発していたのに今では気を許してるから信用できるんだろう。それにすごく楽しそうで、精霊達自身幸せそうな顔をしていた。
だから、少年は信頼できるんだと思った。
でも、それももう手遅れかな?
あたしの目の前には、私をかばった少年が倒れているんだから。
~☆~
「少年?……少年!?」
二亜は倒れた士道の身体を起こすが反応が無い。そして、士道の身体はどんどん冷たくなっていた。
「少年、嘘でしょ?なんで私なんか庇ったの。私なら霊装で大体の銃弾は効かないのに」
二亜は士道に声をかけ続けるが、返事が全くない。
と思ったら、
「ゲホッ、ゲホッ」
「え?」
士道はせき込みながら体を起こす。
二亜は、死んだと思った士道が生きていたことに驚くと同時に、無事なことに安堵する。
二亜はある疑問がすぐに浮かんだが、今は先にするべきことがあった。士道を撃った魔術師、それとこの場にいる魔術師の撃破が。特に、エレンに対しては思うところが多かった。
「少年、色々聞きたいことがあるけど、先にこの戦い終わらせるね」
「……二亜?」
二亜は抑揚なくそう言って立ち上がると、エレンのそばまで来る。千花たちは二亜が来たことで、戦闘が一度中断すると、二亜は言った。
「千花ちゃんたちは他の魔術師片付けといて。エレンにはちょっとあたし因縁あるから」
「……分かったよぉ。気を付けてねぇ」
「武運を」
「お気を付けて」
二亜の有無を言わさぬ迫力に、三人は言う通りにすると、折紙は一瞬でその場からビルに飛んで行った。どうやら、士道を撃ったことを怒っているようだった。
「久しぶりだね。自称人類最強」
「ふー、あなたも私に対してそう言いますか。私に一度負けているというのに」
「あー、そんなこともあったね。でも、あれ不意打ちでしょ?まぁ、リベンジってことでいいよ。それにDEMでの恨みもあるしね」
二亜はエレンに恨みがましい目線を向ける。
エレンはなんのことやらと肩をすくめてみせると、二亜はぶつぶつ言う。
「忘れたっていうの?四年前にあたしを不意打ちして拉致って、その後はずっとDEMの研究所でいろんな研究をしてきたことを」
「そのことでしたか。精霊なのですから調べるのは当たり前ですよ」
「まっそうだけど。と言う訳で――」
「――さっさか終らせるとしましょう」
そう言って二人の戦闘が始まった。
エレンは初っ端から二亜に砲門を向ける。対して二亜は<囁告篇帙>に書き込む。
「未来記載ですか。しかし、絵を描く間に攻撃は届きます!」
エレンはそう言って、砲門にチャージされて放たれる。
「しかし、その瞬間、唐突に吹いた風によってエレンの身体の向きが変わり別方向に放たれた」
直後、二亜が言った通り強風が吹いて照準がぶれ、エレンの放つ光線は空に消えた。
「今のは?まだ絵に描けていないはずでは?」
「誰も絵に描くだけの能力とは言っていないよ。未来記載は<
「そうでしたか。しかし、あなたには攻撃の手段は無いはずです」
エレンは再び砲門にチャージして放つ。
二亜は横に飛んで回避すると、そのまま<囁告篇帙>に何か描いていく。そこに描かれていたのは“銃”で、描き終えると、
「確かに私の天使に攻撃手段は無いよー。だったら作ればいい。<
二亜はエレンにそう言って、能力を発動させる。すると、二亜の手に霊力が集まり、その手に描かれた銃が握られる。
二亜は銃のトリガーに指をかけると、なんの躊躇いもなく銃に霊力を装填してエレンに向けて霊力の弾を放つ。
エレンはそれを、随意領域を張ってガードする。威力はそこまでだったので随意領域によって霊力弾は霧散するが、二亜はこうなることは分かっていたような表情をして、<囁告篇帙>を宙に浮かして右手で何かを書きながら、左手で銃を撃ちまくる。
「その程度の攻撃では私には届きませんよ」
「うん、知ってるよ」
エレンは攻撃をブレイドと随意領域で防ぎながら二亜にそう言うと、二亜は書き終えて顔を上げた。
「大気に分散された霊力の残滓は一点に収束し、エレンに向かって飛んで行く」
すると、霊力が言った通りに収束して、エレンに向かって飛んで行った。エレンは霊力の塊が大きかったので回避すると、ターンして再びエレンのもとに飛ぶ。
「なッ!追尾型ですか」
霊力の塊が追尾してきたことに驚きながら、エレンは回避を続ける。二亜がイメージしたのは、エレンに当たるところだったのでエレンが回避すれば何度でもターンして当たるまで追尾する。
エレンは回避が駄目ならと砲撃を放って、霊力の塊に当てると爆発して砕けちった。
「ありゃ、破壊されちゃったや。やっぱり、なにかに当たったら無くなっちゃうか。となると面倒だな」
二亜は次の策を考えると、銃で撃ちながら文字を書いていく。エレンは銃弾を回避しながら二亜に接近するとブレイドを振るう。ブレイドが二亜に当たりそうになった瞬間、二人の間に士道が飛び込んできて、その手にしていた氷の剣でブレイドを受け止めた。
「これは一体。ただの人間が何故霊力を使えるんですか?」
「二亜、大丈夫か?未来記載って隙でかそうなんだから気を付けた方がいいぞ」
エレンは突然のことに驚きながら、士道が何者なのかわからないので距離を取る。士道は二亜が無事か確認するが平気そうで安堵する。
「分かってるよ。でも、少年がなんとかするってわかってたし。さっきの銃弾も着弾点に氷を張ったんだよね。まぁ、加減間違えて、体が冷えたっぽいけど」
「俺は信用してんのか?人嫌いって言ってたのに」
「まぁね、だって少年自分で言ってたじゃん。私が困ったら助けてくれるって」
「いつまで会話してるんですか?予定外でしたが、あなたにも来てもらうことしましょう」
二亜は<囁告篇帙>に書きながら士道と会話をしていると、エレンはそう言って二刀流になって攻撃をする。
士道は氷の剣で対処するが、いかんせん一本しか作れないので防戦一方になってしまう。二本目を作るとだいぶ疲労が溜まり、なおかつ強度が落ちてしまうためこれが限界だった。
何度か攻撃をいなしていると、
「よし!できたー」
唐突に二亜は<囁告篇帙>の書き込みが終わったようでそんな声を上げた。エレンは次に何が来るか距離を取って警戒すると、唐突に通信が入ったようで、攻撃の手を止める。
その間に二亜は銃を撃ちまくるが随意領域に阻まれる。
「えぇ、なんですって!?わかりました」
エレンは通信でそう言うと、通信を切った。
「少々厄介事が起きたので失礼します。次に会う時は確実に仕留めます。総員、一分以内に空中艦に戻ってください」
そして、エレン達は何故か急いで戻っていった。
士道は何が起きたのか分からないが、とりあえず助かったことに安心した。
「いやー、間に合ってよかったよ」
「えーと、二亜さん。……何しました?やたらと書いてる時間が長かったけど」
「んとねー」
二亜が何かしたからエレン達が撤退したようだったのだが、何をしたのか分からず問うと、二亜は一呼吸おいてから言った。
「DEMのお偉いさんがいる場所を調べて、そこにもうほとんど使われていない人工衛星を落としてみたり」
「それ危なくないか?周辺に住んでる人に被害が及ぶんじゃ?」
「そうなるね。だから、十分後に落ちてくるよ。そんだけ時間があれば勝手に空中で破壊するでしょ。そのためにエレン達も戻っていたはずだしね」
なんとも危険なことをしているなと思うが、たぶん気にしたら負けだろうと割り切る。
その間、何故か二亜は何か書いていたが、すぐに書きおわるとパタンッと閉じた。
「さてと、じゃ少年。さっさかやっちゃうとしようかな?」
「ん?何をやるんだ?」
「あ、少年。向こうに」
すると、二亜は伸びをしながらそんなことを言い、士道は何のことかわからず頭に“?”が浮かべると、二亜は明後日の方向に指差した。
士道は釣られて指差した方を見るが、特にこれといった物は無かった。
「何があるん――」
二亜の方に顔を戻しながら、何があったのか確認しようとするが、途中で言葉を止められてしまった。二亜によるキスによって。
士道の中に二亜の霊力が流れ込み、二亜が唇を離すと、悪戯成功!といった顔をしていた。
「にっしし、悪戯成功!」
訂正、二亜はそう言い、纏っていた霊装が消えて元の服に戻る。
士道は何故突然二亜が霊力封印したのかとか、そんなに好感度高くないのでは?とか疑問が浮かんだ。
二亜は士道が混乱してるなーと気づくと、士道の疑問が分かっているのか話し出す。
「なになに、なんでこんなことしたかって?あたし少年のこと人として好きだよ」
「ん?そんな好かれることしたっけか?この一週間は確かにアシスタントで一緒に居たけど……」
「えー、料理はおいしいし家事スキルも高くて、性格は優しい。少年って結構優良だと思うよ。あ、でも女子ばかりと仲良くしてると女癖が悪いと思われちゃうよ」
「いや……それに関しては申し開きできないけど」
「あはは。あたし的にはそこは気にしないよ。ところで、一緒にデートしたことはもう忘れちゃったの?ひどいなー少年。うえぇーん」
二亜は顔に手を当てて泣き始める。
しかし、一滴たりとも涙が手からこぼれないため一目でウソ泣きだと分かってしまった。士道はどうしたものかと頭を掻くと話を振る。
「あのデートのことは覚えてるけど、あれって現実だったのか?てっきり夢なのかと思ってたんだけど。デートが終わったと思ったら急に世界が壊れるわ、気づいたら知らない場所にいるわでな」
士道の言葉を聞く二亜は顔に当てた手を離し、そう言えば説明しなかたっけ?みたいな顔をした。士道は、おいっ!と心の中で突っ込むと、二亜は、あはは、と笑って説明する。
「あぁ、あれはあたしが作った空間、まぁ、中にいる人の過去やらを一気に調べるモノだね。<囁告篇帙>単体だと文字情報だけだけど、【心性世界】だとその時の映像とかで得られるんだよね。で、得るまでの間に少年について私自身も観察しようかと思ってデートしたわけね」
「そうなのか?」
「うん、だから、少年がなんか二回も高校二年をやってるのとかも知っちゃったぜ。なんでか五年より前は分かんなかったけど。ま、少年の記憶がスパッと無いからだと思うよ」
「やっぱり、俺の過去は二亜でも分かんないのか……」
二亜の能力ならもしかしたらと期待してしまったが、二亜の天使を持ってしてもダメなようだった。
(二亜の天使でも、俺の過去が分からないってどういうことだ?一体俺の過去に何が?)
「んー、なんか少年の過去にロックがかかってるみたいな感じで、分かんないんだよねー」
二亜は士道の心を読んだかのようにそう口にすると、士道の過去は一先ず置いといて話を進める。
「まぁ、そう言う訳で少年の過去見たから、少年のことはだいぶわかってるよ。それにあたしが困ったら助けてくれんでしょ?」
「あぁ、俺にできる範囲では助けるよ」
「うーん、そこは絶対って言って欲しいかな?ま、いいや。ともかくあたしは少年を信用してるからね」
二亜は笑みを浮かべると、これで話は終わりと言わんばかりに歩き始める。
「ちょっ、まだ聞きたいことあるんだけど!」
「にゃはは、少年をどう思ってるかについては、これ以上は秘密ねー。女子には秘密が付き物だよ、少年!」
二亜は振り向きながら口元に人差し指を当ててそう言った。たぶん、今聞きたいことを聞いたとしても、答えてくれない気がした。でも、聞くことにして口を開く。
「なぁ、二亜。二亜って二次元にしか恋愛対象に見れないんじゃなかったのか?俺三次元だけど……」
「少年、そんなこと気にしてんの?そうだねー、考え方としては、二次元しか愛せない人が声優は2.5次元だから許容範囲って言ってるのと同じ原理?」
「なんだ?その分かり難い例え。まぁ、要するに俺は特別なんだな」
「そういうことー。てことでこれからもよろしくね、少年」
「あぁ、よろしくな、二亜」
後ろ歩きの二亜とそんな会話をすると、突然二亜が士道のもとに戻って来て、手を握った。
「じゃ、少年。皆のとこ行こっか。同人誌完売記念に祝勝会と行こうぜ!」
「あぁ、そうだな。あとは二亜の歓迎会ってとこか。あ、そう言えば最後に二亜<囁告篇帙>に何書いてたんだ?」
「それは秘密だよ、少年。さ、皆のとこ行こうぜ!」
士道の質問にそう返すと、二亜は手をつないだまま、魔術師たちと戦っていた皆のもとに行くのだった。
“皆と幸せな生活が送れますように”
これで、六章は終わりですね~。
ちなみにエレンは無事人工衛星は壊したということで。
では、また次回に