私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
今日は、引越しの日。
そして、スザクさんが釈放される日でもある。
「スザクさんが釈放されるのは何時ごろなんですか?」
引っ越し作業を進めるセシルさんに、工具箱をトレーラーに移しながら私は問いかけた。
「上の方からは、スザク君の釈放は午後3時ごろって聞いてるわ。
スザク君の事情聴取が終わり次第こちらに連絡を入れてくれるみたいだから、連絡が来たら迎えに行きましょうか」
セシルさんの言葉に、私は肯きをもって返した。
私の仕事は、昨日積み込んだ物が、きちんと積み込まれているかの確認だ。
手元にある一覧と見比べ、きちんとチェックするように言われている。
ランスロットの武装から工具一つに至るまで、指で指しながら一つ一つ声に出してあることを確認してゆく。
声に出すことは重要だ。
指差し呼称や声出し確認などと呼ばれる行動は、ヒューマンエラーが起こる可能性を大きく下げるとされている。
ここエリア11ではどうなのかはわからないが、私がいた日本では、鉄道などの命にかかわるような物には指差しと声出しは必須の行為だった。
「模擬戦の申請書、よし。KMFの設置許可書、よし。世界のプリン全集……まあ、よし。これで全部かな」
ただ、この指差し呼称、私の様な子供がやっているとごっこ遊びをしているようにしか見えないという欠点がある。
……いや、指差し呼称のことを教わったことがないから、セシルさんとかの真似をしているように見られているのだろうか。
理由はどちらにせよ、これをしていると研究員の人達から微笑ましい目で見られるのだ。
私は、これが嫌だった。
ふとそんな時、リストの中に三日前に私が使ったシミュレータが含まれていないことに気が付く。
近くにいたセシルさんに、シミュレータを持って行かなくていいのか確認する。
「セシルさん、リストの中にシミュレータがないのですが、持って行かなくていいのですか」
「シミュレータ? ああ、あれね。あれは普通のシミュレータではないから、本国のシュナイゼル殿下旗下の研究機関に送ることなっているのよ」
普通のシミュレータではない? いったい何が違うのだろうか。
「普通じゃないって、何か特殊な技術でも使われているんですか?」
「そういえば、アリスさんは一般のシミュレータを使用したことがなかったわね。
普通のシミュレータは、あのシミュレータのように機体のGを再現してはくれないのよ」
「え、機体のG再現は普通のシミュレータにはついてないんですか」
「ええ、そうよ。だから、今度引っ越し先でシミュレータを使用するときは、そのことを忘れないでね」
そうか、機体のGの再現は普通は行われないのか。
「わかりました」
私は、セシルさんの言葉に肯くと、自分の仕事に戻った。
トレーラーに荷物を積み込むと、一つ問題が発生した。
あまりにも荷物が多すぎたため、荷物がトレーラーに入りきらなかったのだ。
そのため、私たちは荷物を二回に分けて運ぶことになった。
まずは、すでに乗っているランスロットとその武装関連の荷物。
次に、それ以外、という形だ。
引っ越し先は、技術系の大学だ。
施設の一部を間借りして、そこで私たちは研究をするらしい。
ここから大学までは、車で20分ほどかかる。
現在時刻が12時34分なので、荷物の搬入などの時間を考慮すると、終わるのは14時30分頃だろう。
――なんとかスザクさんを迎えに行くことはできそう。
スザクさんが釈放されるのは15時なので、このままいけば迎えに行くことができそうだった。
だが、この考えは叶うことはなかった。
大学に到着して、二つ目の問題が発生したためだ。
研究員の人の運転で、大学に到着する。
一旦、トレーラーを大学前に止めると、外側の助手席に乗っていたセシルさんが車を降りて、書類を持って大学に入っていった。
少しの間、暇な時間が流れる。
ふと私は、この大学のむかいにある学園、アッシュフォード学園に目が向いた。
――なんというか、貴族の人が通う学校みたいだ。
正面玄関から校舎までは、白いアーチの様なものが続き、そのアーチの周りには綺麗に整備された芝が生い茂る。
校舎も白く輝いていて、見る者に清涼感を与える色合いになっていた。
確か、私の記憶では内装も豪華だったはずだ。
小さなパーティーであれば、そこで催すことができてしまいそうな作りだったと覚えている。
「何、気になるの?」
そんな私の様子を眼にしたのか、ロイドさんが声をかけてきた。
「いえ、学校そのものに興味があるわけではないんです。
ただ単純に、すごくきれいだな、と思っただけなので」
「ふーん、そう。つまんないなあ」
私の言葉が興味を持つ様な物ではなかったためか、ロイドさんはそれっきりそっぽを向いてしまった。
そして、待つこと15分。ようやくセシルさんが戻って来た。
――ただし、すごい冷たい笑顔で。
私と運転手である研究員の人は、すぐにロイドさんを見た。
私はロイドさんやセシルさんと会って間もないが、基本的にセシルさんが怒っているときはロイドさんが原因だからだ。
セシルさんは、車に乗り込むと、ロイドさんに問いかける。
「ロイドさん、KMFの搬入許可の書類、大学と軍に出しましたか?」
その言葉で、私たちはすべてを察した。
そんなわけで、大学には何一つ降ろさずに、研究室に戻ることになった。
研究室に着くと、そこにいた特派所属の研究員の人達にセシルさんが事情を説明し、ランスロットとその武装をトレーラーから降ろす。
代わりにそれ以外の物をすべて積み込み、トレーラーは再び大学を目指して出発した。
今度は、私は居残りだ。
少し不満だったが、私はランスロットの補欠デヴァイサーなのだ。スザクさんがおらず、ランスロットがここにある以上、もしもの時のために私は残らなければならないらしい。
大学までの往復の時間と、運んだ物品を大学内に運び込むまでの時間を考えると、トレーラーが戻ってくるのは1時間後。
それまで、私は完全に暇である。
私は、トレーラーが戻ってくるまでの間、研究員の人達と世間話をすることにした。
とはいえここは特派、会話の内容もそんな方向に偏るわけで……
「――そういえば、ゼロのせいか神戸でもテロがあったみたいだけど、お前お菓子のお取り寄せしてなかったか?」
男性の研究員が、ふと思い出したように傍にいた女性の研究員の人に声をかけた。
彼の言葉に、彼女は落ち込んだ様子で答える。
「……はいはい、してましたよー。昨日のセシルさんのお昼ご飯事件のお礼に、アリスちゃんにおいしいもの食べさせてあげようと思ってしてましたよー。
お店の経営者、ブリタニア人だったからお店ごと吹き飛ばされちゃったけどね……」
「お、おう。そうか、悪いこと聞いたな」
思ったよりも暗い返答だったためか、男はばつの悪そうな表情を浮かべた。
「私のために、わざわざそんなことまでしてくれたんですか」
「うん、ごめんねアリスちゃん。私のお気に入りのチーズケーキ、食べさせてあげられなかったよぅ」
飛びつかれて、腕の中に抱きしめられる。
悲しみのあまりといった形だったので悪い気はしないが、ちょっと苦しかった。
今は抱きつかれて見えないが、先ほどは本気で泣きそうな表情をしていたので、昔母にされたように背中をさすってあげる。
すると、落ち着いたのか、声色が泣きそうなものから普段の調子に戻った。
「け……く通り」
「ん? 何か言いましたか?」
「ううん、なんでもないよー」
抱き着いてきた彼女が離れ、私に笑顔を向けてくる。
落ち着いたようで、本当に良かった。
「バート、お前も昨日の昼休みにお取り寄せかなんかしてなかったか?」
彼は、今度は近くで雑誌を見ていた男に声をかける。
男もまた、少し落ち込んだ様子で口を開いた。
「してない、いや、してはいたのかな。
正確には、本国にいた頃からお気に入りの和菓子があったから、二日前から注文してたんだ。
……注文したんだけど、その和菓子職人さんの親族がテロに参加したみたいで、取り調べのために一時的に拘留されてるみたいなんだよ。そのことが昨日メールで送られてきたのさ」
また暗い話だ。彼はどうしてこうも地雷を踏むのだろうか。
とりあえず、どうにかしてこの空気を変えよう。
「み、皆さんお菓子好きなんですね。研究者の人達って、みんなお菓子が好きなんですか?」
私のその疑問に、先ほどの女性が答えてくれた。
「うーん、そんなことはないかな。本国にいた時は、甘いものが嫌いな連中は結構いたし。
あ、でもここ特派には、お菓子が好きな人は多いよ」
「どうしてですか?」
「えーっと、ほら、セシルさんの手料理って、あんな味じゃん」
そういわれて、脳裏にあの糖分の塊の様なおにぎりが思い浮かぶ。
近くにいた研究員の人達も考えてしまったようで、みな顔色を悪くしていた。
「あんな味だから、チーズケーキみたいに甘さ控えめのお菓子とか、和菓子みたいに優しい甘さのお菓子とか、おいしい甘さの物を各自で探し始めたんだよ」
「な、なるほど」
――ず、随分と反応に困る返答が……
それにつけ足すように、先ほどバートと呼ばれていた男が言葉を重ねる。
「それに、セシルさんはお菓子食べてるときは差し入れしてこないからね。防御手段にもなるのさ。
……ああ、予定の分の盾がなくなってしまった。今日セシルさんが来たらどう躱そうか」
そう言って、先ほどよりもさらに悲壮感漂う様子でうなだれた。
そんな形で、研究員の人達と話に花を咲かせていると、大学からトレーラーが戻って来た。
近くにあった時計を見ると、針は14時50分頃を指している。
「ごめんなさいね、遅くなりました。
ロバートさん達は、ランスロットの積み込みをお願い」
大急ぎでトレーラーから降りてきたセシルさんが、先ほどの彼らにランスロットの積み込みを命じる。
彼らは短く了承の言葉を返すと、慌ただしく動き始めた。
「お疲れ様です、セシルさん。
ロイドさんは、トレーラーの中ですか?」
「ええ、KMFの搬入に関する書類を書いてもらっているわ。
ランスロットを積み終わったら、私たちは大学に行く前にスザク君を迎えに行く予定だけど、アリスさんも一緒に来るかしら」
「はい、お願いします」
一昨日見たときはかなり衰弱しているようだったので、できれば様子を見たい。
それに――
――今度は、ちゃんと迎えに行きたいしね。
一昨日の夜は何とも締まらない形となったので、今度こそきちんと迎えに行きたかったのだ。
ランスロットの積み込みは、10分程度で終わった。
荷物の確認後、すぐにここを出る。
時刻は15時ちょうど。今からスザクさんのところまでは10分かかるから、少し遅れることになるだろう。
だが、私たちがスザクさんが拘束されていた施設まで行くことはなかった。
「遅れちゃったなあ、待ってくれているといいけど」
途中にあった赤信号で足止めされるトレーラー。
その時、ロイドさんがそんなことをつぶやいた。
「もう少しで着きますよね」
私は、ロイドさんのその言葉を聞いてセシルさんに問いかける。
「ええ、もうすぐ着くわ。ただ、少し時間が過ぎてしまっているから、もしかしたら軍の施設の方に行ってしまったかもしれないわね」
「そう、ですか。待ってくれていれば嬉しいんですけど……」
また、迎えに来ました、という言葉の後ろに
「……あれ、なんで」
その時、窓の外を眺めていたロイドさんが、何かおかしなものを見たような声を上げた。
「どうかしたんですか、ロイドさん」
「……見たほうが早いんじゃないかな。ちょっとあれを見てもらえる」
そう言って、ロイドさんは窓の外を指さす。
その先には、サングラスをかけたスザクさんと、猫を抱えたピンク髪の女性がいた。
――そういえば、釈放された日に会うんだったっけ。
私は、何とも言えない気分で二人を見つめた。
ブリタニアには、80人以上の皇女が存在している。
その中の一人に、ユーフェミア・リ・ブリタニアという少女がいた。
彼女は、今度からここエリア11の新しい総督になるコーネリア・リ・ブリタニアの妹で、姉のコーネリアと同じくここの副総督になる人物だ。
つい最近まで学生として学校に通っていたために有名ではないが、知る人ぞ知る皇女様といえる。
――そして、コードギアスという作品の中で、最も悲惨な死に方をした人物の候補の一人に挙げられる人物でもある。
その皇女様が、スザクさんと一緒にいた。
「あらまあ、スザク君もそういう年頃なのね」
「……たぶん、セシル君の想像とは違うと思うけどなあ」
この様子だと、セシルさんはユーフェミア様の事を知らなくて、ロイドさんはユーフェミア様の事を知っているようだ。
「あの、ロイドさん。スザクさんの隣にいるのって、あの人ですよね」
「ああ、アリス君は知ってるのか。
オリヴァー君、ちょっとスザク君のことつけてくれる。今近づいて話しかけてもいいけど、デートの邪魔するのも野暮だしね」
「了解しました」
運転手の研究員の人に、ロイドさんが指示を出す。
目の前の信号が青になると同時に、トレーラーは発進。少し先で方向転換し、スザクさん達を追跡し始めた。
スザクはどこでサングラスを手に入れたんだろう