私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
本来であればここでライと会話するはずだったんですけど、主人公の考え方を考えながら主人公を動かすと、ライと一切口きかないでどこかに行っちゃうんですよね。キャラクターが勝手に動くのを久しぶりに体験しています。
「これで、全部です」
「うん。それじゃ、君達も頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
ミリアさんの所の研究者の人に別れを告げ、小走りで駐車場を後にする。
そして建物の角を曲がり、トレーラーから見えない場所まで来たところで、私は大きくため息を吐いた。
「ふう」
たぶんないとは思ってたけど、ほんとにギアスが飛んでこなくてよかった。
笑顔を顔に張り付けながら、意識しないように見せつつずっと意識を集中し続けるのは本当に辛かった。
建物に背を預け、凝り固まった顔を揉む。
普段の不愛想な顔に戻ったところで、私は特派の研究室に向けて歩き出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昨日、ランスロット・クラブを見た時点で、何となくそんな気はしていた。
ただ、そんな気はしていたが、もしいるとすれば黒の騎士団側だと思っていたので、まさかノネットさんのKMF開発チームにいるとは思ってもいなかった。
彼の名前は、おそらく"ライ"。
PSP、もしくはPS2を媒体に発売されたコードギアスのゲーム、『コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS』における主人公である。名前に対し、"おそらく"という曖昧な言い方をしたのは、ライという名前があくまでゲームにおけるデフォルトネームでしかないからだ。
そんな彼は、昨今の主人公と同じく特殊な力を持っている。
その一つ、そして今の私が最も警戒していたのが、彼の持つとある『ギアス』である。
それは、命令を"聞いた"相手を命令通りに動かす能力。つまり、ゼロの持つギアス『絶対遵守』から目を合わせなければならないというデメリットを除いた、実質的な上位互換に位置する力。力単体で見れば、この世界で最も警戒しなければならないギアスだ。
声が聞こえればOKという前提条件の緩さと、たまにライ本人が意識しなくても勝手に暴発する場合があるという凶悪さも相まって、本当に警戒しなければならないギアスだ。
このギアスに対する対抗策は2つ。
そもそも声が聞こえない範囲に退避するか、肉声を直接聞かないかだ。つまり、遠くに行く、もしくは耳栓をするか遮音性の高いインカムを付けるかすればいい。
そんなわけで、インカムを付けていない私はその場を離れることにした。まさに、触らぬ神に祟りなしである。会話さえしなければ、問題が発生することはない。
そんなわけで、私はライのギアスとその対処法について、その日のお昼休みにアルマさんに相談した。ライ個人に関しては口にしてない。
場所は食堂。朝見なかった研究員さん達が何人かいたが、それでも普段より人数は少なかた。
「えーっと、つまり肉声で直接聞かなかったら大丈夫ってことー?」
「はい、ギアスは範囲発動型等の一部例外を除いて、直接五感で観測しなければ防ぐことができます。さっき言った声のギアスも、肉声を耳で聞かなければ大丈夫です」
「へー、結構簡単に防げるんだねー」
そう言ったアルマさんは、お昼のサンドイッチをすべて食べつくしてから少し考え込んで、何か合点がいった様な表情をした。
「つまりー、アリスちゃんはそのギアスを持った人に近づこうとしてるからー、それに対抗できるものを用意しているってことかなー?」
「近づこうとは思っていないですけど、備えあれば憂いなしって言いますから」
「なるほどー……特派のインカム少し弄って、小型の収音マイクでも組み込めばいいかな? わかった。作ってあげる。一時期個人的にこういうの研究していたことあるから、特派のインカムを改造してい行って許可さえ取れればすぐにできると思うよー。
お休み終わってから許可を取ったとして……二日かなー」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げて、アルマさんにお願いする。
アルマさんは、別にいいよと私に手を振って、私の頭を軽く撫でた。
「気にしないでー。私がそのギアスの存在を知った時点で、そういった機械は何かしら作らなきゃいけないからー」
「どういうことですか?」
「声を直接聞いたらダメっていう普通は防げないタイプのがある以上、どこかで対策はしなきゃいけないでしょー。特派は研究機関だからー、スパイ対策はしないとねー」
そう言うと、懐からメモ用紙を取り出して周囲を一瞥した後、音もなくアルマさんはペンで何かを書き始めた。
同時に、声を潜めて私の耳元でささやく。
「これホントは秘密なんだけど、私とロイドさん、あとエニアグラム卿のチームで協力して、ギアスを防ぐ手段を確立しようって計画が持ち上がってるの。たぶん、これはその一環になるわね」
メモに書かれた言葉は一言。
『そのギアスを持ってる人物は、ブリタニア側の人間? Y/N』
――固まった。
「アリスちゃんに渡すのは、書類上はそのプロトタイプって扱いになるかな?
というわけでー、お金とかは気にしなくていいよー」
耳元から顔を話して、いつものニコニコした表情を作るアルマさん。
「……どこで気が付いたんですか」
「アリスちゃんがお金に関して気にしてたってこと? そんなのアリスちゃんの性格を考えれば簡単に分かるってー」
『声はダメ』
素早くペンが走り、メモに短く書き込まれる。
……アルマさんは、何時からスパイ映画の住人になったんだ。
「そんなにわかりやすかったですか」
非現実的なアルマさんの様子に、少しだけ冷静になった。
まさか、アルマさんにギアスがブリタニアの技術であるとばれているとは思わなかったのだ。少し考えれば言葉にしないように尋ねなければならないとわかったはずなのに、つい驚いてまっすぐ訊いてしまった。
「アリスちゃんは雰囲気に出やすいタイプだからねー」
『何処にいるの? 政庁? 調布?』
「ここに、ここに来てからそんなに長くないんですけどね。そんなにわかりやすかったですか」
アルマさんの表情がそのままに、ペンを持った右手の動きが固まる。
「ミリアさんの所でもそんなこと言われたので、正直自信なくしちゃいます。みんな気が付いてないと思っていたんですけど」
「あははー、ミリア主任も私もアリスちゃんの倍近い人生を生きてるからね。無駄に人生過ごしてないよー」
私が話しかければ、アルマさんのペンの動きが再開した。
ただ、焦っているためか、先ほどまで鳴っていなかったペンの音が微かに聞こえるようになっている。
『エニアグラム卿の所ってこと?』
メモに書かれた言葉に頷いて応え、私は傍にあった水差しの水をコップに注ぐ。
そしてそれを一気に飲み干して、食堂の食器を片付けるために立ち上がった。
「もうそろそろ時間なので、話は後にしましょう。お先に失礼しますね」
「うん、先に行っててー」
アルマさんがこんな会話方法を取ったという事は、食堂だとギアスに関して詳しい話はできないという事だろう。なら、場所を変えるべきだ。
アルマさんもその意見に賛成なのか、私にぽいっと見覚えのあるカードキーを渡してきた。
食器を片付けた後、身だしなみを整えて研究室の方へと向かう。
そして研究室に入る直前で、研究室の扉ではなくその近くにあった別の扉をカードキーを使って開いた。
入ったのは執務室、基本的にロイドさんから許可を受けた人間以外には入れない部屋だ。
アルマさんがカードキーを持っているという事は、ロイドさんから許可を得たといことだろう。ギアスに対する防御策に関してロイドさんと研究する予定と言っていたから、その関係で許可を得たのだろうか。
執務室は、研究室と違って火災に会っていなかったために綺麗なままだった。拳一つ分くらいの小さな書類の山が崩れていたが、それ以外に変な場所は一切ない。
暇だったので私は崩れた書類の山を元に戻していると、執務室の扉がノックされた。
おそらくアルマさんだろう。
念のためギアスを発動できるように意識を集中させつつ扉の鍵を開ける。
鍵が開くと同時に、扉の向こうにいた人物は部屋の中に滑り込み、素早く鍵を閉めて息を吐いた。
「待たせちゃった?」
「いえ、さっき来たところです」
入って来たのは、アルマさんだった。
まあ、ここに入ってこれるのはアルマさんとロイドさん、セシルさんだけなので当然だろう。
「それで、エニアグラム卿の所にスパイがいるって本当なの?」
「スパイ?」
――スパイだなんて言ったっけ?
……あー、そうだ。研究機関に把握しきれていないギアス能力者がいたらそう考えるのが普通だ。
しかも、ギアスに対する防衛手段を研究をしようとしているところなのだ。そんな時に味方からギアス能力者を見つけたら、その人物がスパイであるという発想に至るのは至極当然のことだろう。
普通に考えていれば、その人物が記憶喪失で自分がギアス能力者だという事を自覚していないなんて発想には辿り着かない。
「すみません、紛らわしい言い方をしました。彼はスパイというわけではないです」
「スパイじゃない?」
「はい。ギアスはもっていますが、ギアス嚮団には所属していませんし、そもそも記憶を失っているので自分がギアス能力者であることすら自覚してません。ごくごく普通の一般……」
……待った。
ライを一般人と言っていいのだろうか、という疑問が頭をよぎった私は、そこで言葉を切った。
確かにギアス嚮団の一員ではないという意味では一般人だが、その出自――ブリタニアの皇族と日本の皇族の間に生まれた――は間違いなく一般人ではない。しかも、現代の人間ではなく大昔の人間であるという明らかに一般人が持ちえない経歴を持っている。
こんな人間を一般人と言っていいものなのだろうか。
「えっと、その……」
おもわず言葉が閊える。
いや、この状況における一般人は、スパイかどうかという意味で使う言葉だ。いかに彼が一般人ではなかったとしても、この状況ではそれは問題ではない。
「普通の、まあまあ普通の一般人です」
「まあまあ普通って何よ。まあいいわ、スパイではなのね」
「はい」
「良かった。名前はわかる?」
「いえ、ギアスの暴発が怖くて近づきませんでした。ただ、外見はわかります」
「……ギアスって暴発するのね。わかったわ、早めに対処する必要はありそうだけど、今日中に対処する必要はなさそうね。今日は私もロイドさんも手が離せないから、エニアグラム卿とミリア主任にその彼について後で話に行ってもらえる? 機密事項に関する連絡をしに行ったから午後の仕事ができないって、私からセシルさんに連絡しておくから」
「わかりました。ノネットさんは何処にいるかわかりますか」
「昨夜遅くにシンジュクに戻って来たから、たぶん御自身の研究チームの様子を見に来てると思うわ。もしいなかったらミリア主任から聞いて」
「了解です」
午前中で力仕事のほとんどは終わったために午後から手持ち無沙汰になる気がしていたので、仕事を貰えたのはちょうどよかった。
アルマさんにカードキーを返し、一応セシルさんに一言告げてからミリアさんの所に向かう。
ミリアさんの研究室に近づくと、その前には以前此処に訪れた時に見かけた研究者の人がタブレット端末を持って別の研究者の人と話していた。
「お、アリス准尉。どうしたんだい。ここに何か用事かな?」
「コンラート? ああなるほど、この子が例のデヴァイサーか」
コンラートと呼ばれた彼が、タブレット端末のディスプレイの光を消してを私に話しかけてきた。
もう片方の研究者は、興味深げにこちらを見つめている。
「はい、ミリアさんとノネットさんにお話が合ってきました。お二人はいらっしゃいますか?」
「ああ、中にいるよ。ただ、主任もノネットさんも中でアールストレイム卿と話してるみたいだから、少し待っていてもらえるかな。予定通りに話しが進んでいれば、もうすぐ終わると思うから」
「わかりま――」
返事をしようとしたところで、タイミングよく研究室の扉が開いた。
瞬間、扉から出てきた女性、アンナさんとばったり目が合う。
「ちょうどよかったな、准尉。こういうのを日本では『噂をすれば――』って、どうした准尉」
お互いに目が合って、私もアンナさんも何も言えずに固まってしまったのだ。
しばらくして、負い目でもあるかのようにアンナさんがそっと目を逸らす。
「その……久しぶりね。アリス、准尉」
「えっと、はい。お久しぶりです」
日数に換算して5日、私の主観では一昨日の記憶だが、私もアンナさんも久しぶりという言葉を使っていた。
以前話した時よりも、アンナさんの口調がどこかよそよそしい。呼び方も、前の様に呼び捨てではなく階級を付けた呼び方となっていた。
「……いくらあなたがナンバーズとはいえ、あなたにしたことは本当に悪かったと思ってる。謝って許してもらえることではないけれど、本当にごめんなさい」
急に生まれた重苦し気な空気に、アンナさんの普段よりも少し低い声が溶ける。
同時に、ほんの少しだけとはいえ、僅かに下げられたアンナさんの頭。
周囲はアンナさんのその様子に息を呑み、私はなんと返せばいいのかわからず口をつぐむことしかできなかった。
あの日、赤色に対するトラウマに近い物を持っていた私が、血に沈んで死んでいくマルクスを見せられたあの日。
拘束したマルクスを、わざと私の目の前で殺したのはアンナさんだ。
けれども、別に恨んでいるわけではない。あの時はつらかったけど、今でもつらいけれど、アンナさんのことは恨んではいない。
だって、あの時の状況から推測するに原因はマオだろうし、アンナさんの様子を見るにアンナさん自身の行動は本意ではなかったはずだ。
だから、アンナさんを恨んではいない。恨んでなんかいない。
「……失礼するわね」
アンナさんが、小さくつぶやいてそっとその場から立ち去る。
アンナさん御後ろから出てきたアーニャさんも、私を一瞥すると何も言わずにその場を立ち去った。
「ん」
何とも言えないでいる私の頭に、扉から出てきたミリアさんの手が乗せられる。
それからそっと頭をなでると、私の視線に合わせて屈み込んだ。
「別に、許さなくてもいい」
「ミリアさん」
「アンナがしたことは、決して許されることじゃない。だから、無理に許さなくてもいい」
「……いえ、許すも何も、別に恨んでたりはしてないです」
「そう。でも、何も思っていないわけではない、違う?」
「それは……」
何かを言おうとして、けれども言葉が出てこない。
図星だった。そう、恨んではいないが、何も思っていないわけでもない。言葉にできない黒い感情が、胸の中で渦巻いている。
「それが普通、それでいい」
ミリアさんは私を見てそう言うと、研究室の中に戻ってしまった。
……って、違う違う。
「ミリアさん!」
研究室に戻ろうとするミリアさんに、慌てて声をかける。
危ない危ない。アンナさんのことがあったせいで、なんでここに来たのか忘れてしまうところだった。
「ん?」
「すみません、アンナさんのこととは別で、少しお時間を貰えますか」
「アンナとは別、……この間話してくれたこと?」
「はい」
私が頷くと、ミリアさんは困ったような表情で考え込み、それから小さくうなづいた。
「わかった、入って」
中で話す様なので、失礼しますと断って中に入る。
研究室の中はもうだいぶ片付けられていて、中にはノネットさんと数人の研究者の人がいた。
研究者の人は端末に向き合って作業をしていて、ノネットさんは昨日までなかったKMFシミュレータの傍でモニターを覗いていた。
シミュレータは排熱のために音を立てており、中で誰かがシミュレーションを行っていることがわかる。
「お、誰かと思ったらアリスか。久しぶりだな」
「お久しぶりです、ノネットさん」
「昨日の一件は災難だったな。それで、今日はどうしたんだ?」
「はい、えっと、その前に伺いたいんですが、ノネットさんとミリアさんの部下の人に、ライって名前の人はいますか?」
ライ、その名前を聞いたノネットさんの視線が、うなりを上げるシミュレータへと向く。
「今シミュレーションをやってるが、あいつに何か用事か?」
「いえ、ライさんに用事があるわけではないです。実は――」
ノネットさんとミリアさんに、彼がギアスを持っていること、それが聞かせた命令を厳守させるものであること、彼がギアス嚮団の人間ではないことを話した。
私の話を聞いたノネットさんは、少し納得した表情をしてから小さくうなづくと、手振りでミリアさんに何かを指示して私に向かいあった。
「へえ、そこに繋がるわけか。ありがとう。ちなみに聞くけど、どこでそれを知ったのかは教えてもらえるか?」
「……すみません」
「そうかい……でも流石に何も聞かないわけにはいかないんだよな」
ノネットさんがミリアさんから何か資料を受け取り、それを私に渡してくる。
それは何かの報告書の様で、概要の部分にはそれがライの血液データの解析結果であるという事が書かれていた。ライが、イレブンとブリタニアの皇族の血を引く人間だとも。
「その様子からしてやっぱり元々知ってたみたいだが、ライの出生は皇室に関わる案件だ。明らかにヤバすぎて個人的には手を出したくないが、皇族がナンバーズと子を生していたとなると調べないわけにはいかない。最悪の場合のスペアになり得るし、そうでなくてもスキャンダルの基だからな」
「……もし、教えられないと言ったらどうしますか」
もし知っていることを話すのなら、それをどうやって知ったのかまで話さなければならなくなる。
流石に、この世界が実は二次元の世界だったんですよー、なんて言うわけにはいかない。信じてもらえるとは思えないし、仮に信じてもらえたとしてもそれを聞いたノネットさん達がどれほどのショックを受けるのかわからないからだ。
あなたは作り物ですだなんて、言えるわけがない。
「話さないならそれでもいい。だが、できれば手荒い真似はしたくない」
気温が何度か下がったような感覚がする。
もちろん、それは錯覚だ。けれども、そう認識してしまいそうになるほどの鋭さが、ノネットさんの放つ何かに含まれていた。
「っ!」
「嫌な思いをさせて悪いとは思う。それでも、あいつの出生に関する記録は少しでも――」
その時、ノネットさんの後頭部に透明なプラスチックのバインダーが叩きつけられた。
「痛っ!」
「やりすぎ」
バインダーを持っていたのはミリアさん。
ミリアさんは私から資料を回収してそれをバインダーに納めると、もう一回ノネットさんをそのバインダーで叩いた。
「痛っ、痛いって!」
「気が立ってるのはわかるけど、関係ないことにまでそれを向けないで」
バンバンバンと、昔テレビで話題になった布団を叩くおばさんの様にノネットさんの頭を連打する。
「あ、あの、ミリアさん?」
「む、ごめん。ノネットが悪いことをした」
最後にい大きく振りかぶって、ミリアさんはバインダーを縦にした状態で脳天目掛けて叩きつける。
流石にそれは当たったら危ないと感じたのか、ノネットさんは慌ててそれを白刃取りで受け止めた。
「ちょっ、ミリア、あんたねえ!」
「自分が留守にしたうちに此処を襲撃されたせいで、ノネットはだいぶ苛立ってる。普段はこうはならないんだけど、最近ストレスを感じることが立て続けに起きてるから珍しく誰かに当たってしまったみたい」
そのままぐいぐいとバインダーを押すが、バインダーが動く気配はない。
ミリアさんはため息を吐いてバインダーから手を放すと、私に向き直って私の手を取った。
「言いたくないことなら、言わなくても構わない。知りたいのは私たちの都合で、話したくないのはアリスの都合だから」
「……ミリアさん」
「でも」
ミリアさんは、屈んで私に目線の高さを合わせる。
ちょうど目が合ったミリアさんの瞳には、どこか真剣さを感じさせる力強さが込められていた。
「今の私たちにはアリスしかいない。手がかりになるのは、アリスしかいないの。だから――お願い」
「……わかりました、話します。でも、どうして知ってるかだけは、聞かないでもらえませんか」
「――ありがとう」
ミリアさんは、僅かに頭を下げた。
飴と鞭?