私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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4話

 夜、誰もが寝静まった静かな夜。

 

 そんな夜中、特派の研究室にはキーボードを叩く音が微かに響いていた。

 

 その音の主は二人、特派のツートップであるロイドとセシルだ。

 

「これでお引越しの準備は終わり!

 ……随分遅い時間になってしまいましたね。もういい時間ですから、ロイドさんも寝たらどうですか」

 

 セシルは、自身の仕事である事務処理を終え、隣で研究を進めているであろうロイドに声をかけた。

 

「悪いけど、もう少し待って。

 気まぐれで拾った拾い物が思ったより良いものだったからね、そのデータをまとめるのに忙しいんだ」

「拾い物……あの子の事ですか」

 

 ロイドの言葉を聞いたセシルは、視線を研究室の片隅に向ける。

 

 そこには、毛布に包まって眠る少女、アリスの姿があった。

 

「そう、あの子だよ。面白いよね、あの子。

 シミュレータ上とはいえ、ランスロットを使いこなしているんだ。並みの人間では扱うことも難しい、僕のランスロットを」

 

 ロイドの言葉に、セシルも同意を示す。

 

「たしかに、そうですね。

 反応速度はスザク君には僅かに劣りますけど、それでも皇族の親衛隊以上。判断能力や不安定な姿勢における機体制御などは、ほんの僅かですがスザク君を上回っています」

「反応速度が遅いのも反射的な行動を一切しないからだし、たぶん動体視力や思考速度はスザク君より良いんじゃないかな。

 おまけに、それだけの力を持ちながら、まだ成長の余地を残している。恐ろしいパーツだよ、彼女は」

 

 ロイドの言葉に、自身の端末の電源を落としたセシルは、少し緊張した様子で問いかけた。

 

「恐ろしいというのは、彼女の騎士としての、KMFのパイロットとしての力の事ですか。

 ――それとも、彼女が敵であるかもしれないということですか」

「純粋にパーツとしての性能を見て、だよ。あの子は僕たちの敵にはならないさ。

 そんなことを言うということは、調べたんだろう。彼女の身体のことを。

 君は、彼女が僕らについている嘘のことに気がついたんだろう?」

「……はい、アリスさんのKMFに乗ったことがないという言葉が、嘘だというのはわかりました。

 彼女の筋肉は、明らかにKMFパイロットの筋肉の付き方をしていましたから」

 

 それを聞いたロイドは、キーボードを叩いていた指の動きを止める。

 

「まあ、そうだろうねえ。彼女は、KMFに乗ったことがあるはずだ。

 むしろ、あれほどの逸材がそうでないことの方がおかしい」

「わかっていたなら、どうして彼女を軍に入れたんですか。いつ裏切るかもしれないような子を……どうして」

 

 セシルは、悲痛そうな声でロイドに問いかける。

 おそらく、この二日間で彼女に情を持ってしまったのだろう。

 

「裏切らないと確信しているからさ。

 ――彼女の血中から、明らかに合法ではない薬品が複数投与されていた形跡が見つかった。

 それに、彼女の細胞の一部が、普通の人間の物ではないものに置換されていることがわかっている。

 脳にも、何らかの異物が存在しているみたいだよ。

 

 ――セシル君、僕の言いたいことはわかるかい」

 

 ロイドの言葉に、セシルは驚愕する。

 

「まさか、人体実験ですか!? あんな中学校も出ていない様な子供に!?」

「そんなに珍しいことでもないでしょ? 大規模なテロ組織が人体実験をしていた例なんて、知らべればいくらでもある。

 ――だから僕は、彼女が敵になるとは考えていないんだよ。

 だれだって、自分の身体をおもちゃにするような場所にはいたくないだろうからね」

 

 ロイドの言った言葉に、セシルは口を閉ざした。

 

「さて、これでよし。

 セシル君、憐れんだりする必要はないよ、それこそ彼女に向けてはいけない感情だ。

 パーツについて触れるのは、その性能だけで十分さ」

 

 口を閉ざしたセシルに、ロイドはそう告げて席を立った。

 

「じゃ、セシル君おやすみ」

 

 研究室の扉を開け、ロイドは研究室を後にする。

 

 

 

 そこには、俯くセシルだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうしてこうなった。

 

 私は、朝起きて早々に恐ろしいものを見ることになった。

 

「あら、おはようアリスさん」

 

 視線の先には、笑顔でほほ笑むセシルさんがいる。

 

 そして、その手元にはお皿に乗せられた大量のおにぎりがあった。

 

「……」

 

 笑うしかない。

 

 味音痴のセシルさんが用意したおにぎり、全弾当たりのロシアンたこ焼きを前にした気分だ。

 

「せ、セシルさん。おにぎりの具は何ですか?」

「中身? ブルーベリーにイチゴ、カスタードと……それに生チョコよ。

 租界でいいものが手に入ったから、ついつい作り過ぎちゃったの。遠慮せずに食べてね」

 

 優し気な雰囲気を漂わせるセシルさん。

 だがなんだろう、私はその笑顔に恐怖しか感じることしかできなかった。

 

 というか、何故おにぎりに甘いものを入れる。一般的な具材は調べなかったのか。

 

 とりあえず、これを私一人ですべて食べるのは嫌だ。だれか巻き込んで食べる量を減らそう。

 

「すみません、寝起きで食欲がないんです。食べるのは少し後にしてもいいですか」

 

 此処には私とセシルさんしかいない。研究室に他の人が来るまでの時間を稼ぐ。

 

「あら、そうなの。なら、その間に私はもっとたくさん作っておくわ」

 

 ――やらかした!!

 

 セシルさんの言葉に、全身から冷や汗が湧き出る。

 私は、慌ててそれを止めた。

 

「い、いえ、大丈夫です。私は小食ですから、たくさん作ると無駄になってしまいます。

 食べ物を無駄にするのは良くないですよ、無駄使いは良くないです」

「うーん、それもそうね」

 

 セシルさんの言葉に、ほっと息をつく。

 これで、あんなゲテモノが増えることはないだろう。残るのは、すでに作られてしまったものだけだ。

 

「セシルさん、食べ物だけでは喉が渇いてしまうので、飲み物をとってきますね」

「そう、ならお願いするわね。

 隣の執務室に魔法瓶に入った紅茶があるから、それをお願い。コップは自由に好きなのを持ってきていいわよ」

「わかりました」

 

 セシルさんの言葉にうなづく。

 

 ――戻ってくるまでに、誰か来てるといいなあ。

 

 そう思いながら、私はドアを開ける。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ――その先には、扉の陰に隠れようとしている研究員の人達がいた。

 

 思わず、無言で見つめ合う。

 

「――お、おはようアリス准尉」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、研究員の内の一人が苦笑いを浮かべながら私に挨拶をしてくれた。

 そんな皆さんに、私は笑顔を作って挨拶を返す。

 

「おはようございます、皆さん。

 ――ちょうど良かった、一緒に朝ごはんでも食べませんか」

 

 

 というわけで、今日の朝食はみんなで仲良く分け合うことになった。

 

 ――たくさんの人と食べるご飯は、楽しいですよね!!

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の後は、仕事の時間である。

 とはいっても、昨日とは異なり、私の仕事はシミュレータを使用したデータ収集ではなく、書類などの荷物運びである。

 

 何故そんなことをしているのか。

 それは、今日の仕事は引っ越しの準備だからだ。

 

 私たち特別派遣嚮導技術部は、クロヴィス殿下殺害による軍内部でのごたごたの影響で、この研究室から引っ越さなければならなくなった。

 その期日が明日の様なので、前日である今日から準備をするのだ。

 

 私は歩行に不自由しているが、足に障害を持っているわけではない。単純に歩行に慣れていないだけである。

 その為、それほど重くないものであれば、きちんと持って歩くことができた。

 

 

 事務室と研究室、それに外にあるトレーラーの間を行ったり来たりと歩き回る。

 

 スザクさんが書いたランスロットに関するレポート、研究員の人の新しいMVS武装提案書、世界のプリン全集、周辺部隊に対する模擬戦闘の申請書など様々な書類を運んでゆく。

 

 また、何度も往復するうちに歩行にも慣れ始め、走りさえしなければ転ぶこともなくなった。

 

 

 

 

 

 往復数が50を超えた頃、時間は10時を迎えた。

 

 私は、荷物運びを止め、お昼ご飯づくりに移ることになった。

 

 目的はセシルさんがお昼ご飯を作成することの阻止だ。

 もともとは軍の食堂で食べることができる予定だったのだが、セシルさんが自分で作るからいいと言って断ってしまったらしい。なんてことだ。

 

 もちろん、ロイドさんに許可は貰っている。

 ロイドさんは、セシルさんのごはんは食べたくないらしい。

 

 お昼ご飯の材料費は、研究員の人達から貰うことができた。

 みんなも、セシルさんのご飯は食べたくないようだ。

 

 行先は、租界のショッピングモール。

 ナンバーズである私が不用意に歩くとと危ないので、ロイドさんが用意してくれた軍服を着て行く。

 

 軍の施設から出て15分ほど歩けば、目的地のショッピングモールにたどり着くことができた。

 

 ショッピングモールに行くと、そこには少なくない人数の人がいる。

 その人影に混ざり、私も食料品を買うことにした。

 

 野菜売り場を回り、研究員の人から貰った主要の野菜の定価が書かれたメモを手に、安い野菜を探す。

 

 見て回ったところ、人参、玉ねぎ、長ネギ、ジャガイモ、キャベツ、アスパラガス、トマトが安いようだった。

 

「それなりに量も作る必要があるから、カレーとかがいいかな」

 

 カレーの一般的な具は、豚肉、人参、玉ねぎ、ジャガイモだ。

 ジャガイモは私が嫌いだから抜くとして、豚肉、人参、玉ねぎさえあれば問題ないと思う。

 

 そんなわけで、野菜売り場で人参と玉ねぎをかごに入れ、そこから離れてカレーのルウと豚肉を手に入れることにした。

 

 肉売り場に行くと、そこでは多めの豚肉が安売りしていた。

 パックに入れて小分けにされたそれらを手にとり、いいものがないか探す。

 

 そんな中、ふと傍を通った日本人らしき女性2人組の言葉が耳に入った。

 

「今日は豚肉が安いみたいね。晩御飯は豚汁にでもしようかしら」

「豚汁……おいしそうね。夫が豚汁嫌いだから、ここ数年食べてないわ。

 そうね、私は生姜焼きにでもしますか」

 

 ――豚汁

 カレーと一緒に出すことは悩んだが、ちょうど肉も安いし、いいかもしれない。

 場所によっては、牛丼屋でカレーと味噌汁が一緒に出るのだ。なら、カレーと豚汁も問題無いに違いない。

 

 カレーに使うには多めの肉を手に取り、野菜売り場へと戻る。

 そこで長ネギと追加の人参をかごに入れ、近くの売り場で味噌、だし、ごま油などの調味料を購入。カレールウも忘れずに購入する。

 

 それらをレジでお会計をしたのち、大きな袋二つにそれらを詰め、持って運ぶことにした。

 

 ちなみに、ゴボウは売っていなかった。太平洋戦争後の裁判で捕虜にゴボウを食わせた兵士が罰せられたと聞くし、前の世界で英国に当たるこのブリタニアには、もしかしたらゴボウを食べる習慣がないのかもしれない。

 

 特派全員分の量とあってかなり重いが、魔女のコピーと融合しているこの身体はそれを軽く持ち上げる。

 両手にそれぞれ持ち、うまくバランスをとりながら来た道を戻る。

 

 無事、転ばずに施設の食堂までたどり着くことができた。

 

 

 軍の食堂に到着すると、そこの厨房の一角を借りる。

 年齢の関係で買えなかった調理酒があることを確認して、調理に移った。

 

 まず、大根と人参は皮をむいていちょう切り、玉ねぎはくし形切り、豚肉は適当な大きさに、とそれぞれの具材を切る。

 次に豚肉をごま油で炒め、二つの鍋に炒めた豚肉を入れる。

 そして、二つの鍋の片方には人参と玉ねぎを、もう片方には人参、玉ねぎ、大根を入れる。

 そして、大根を入れなかった方には水を、入れた方には水とだし、酒を入れて煮込んだ。

 

 煮込んでいる間に、包丁とまな板を洗い、片付けておく。

 ついでに米を洗い、炊飯器のスイッチを入れた。

 

 肉から出たアクを取り、焦がさないようにかき混ぜながら、時折二つの鍋の野菜の硬さを確認する。

 

 しばらく待つと、大根を入れていない方の鍋の野菜が柔らかくなったので、そちらのコンロの火を止め、カレーのルウを溶かし始めた。

 ルウが溶けるのを確認した後、カレーを軽くかき混ぜながら、コンロの火を入れる。

 同時のもう片方の鍋の火を止め、時折カレーの鍋をかき混ぜながら、味噌を溶かした。

 

 味噌が溶けるのを確認すると、その鍋――豚汁の鍋に火をつけた。

 

 これで、カレーと豚汁の完成である。

 

 時間を確認すると、時刻は11時47分だった。お昼ご飯にはちょうどいい時間だ。

 

 

 厨房の人の好意から台車を借りることができたので、それに炊飯器と鍋、お皿を乗せて特派まで運んだ。

 

 

「――ご飯ですよー!」

 

 研究室の扉を開けて、大きな声で叫ぶ。

 本来であれば軍隊ではこんなことをしてはいけないが、特派は例外だ。主任があんな人なので、かなりアットホームな形になっている。

 

 作業を止めた人たちに、よそったカレーライスと豚汁を渡し、ロイドさんとセシルさんを含めた全員にいきわたったことを確認してから、自分も食べることにした。

 

 ――うん、甘口で正解だった。

 

 小さく頷く。

 昨日の朝食のことを考え、子供の舌になっていると予想してカレーは甘口にしたが、どうやら正解だったらしい。

 僅かな辛みが舌を刺激し、しかししっかりとした旨みと甘みを感じる。

 

 子供の頃に食べた、学校給食のカレーに近い味のような気がした。

 

「おいしい」

 

 次に、豚汁に手を付ける。

 本当は厨房で味見をするべきだったのだが、つい忘れてしまったのだ。

 

 器に口を付け、熱いので一口だけ汁を飲む。

 

 ――こっちも、上手くできてる。

 

 少し物足りない感じがしたが、肉の旨みや味噌の味が溶け込んでいておいしかった。

 さらに、豚汁の温かさで身体が内側から温まるのもいい。

 

 ほっと、身体が落ち着いた。

 

 ――今度作る機会があれば、醤油を少し足すのも良いかもしれない。

 

 息をつきながら、そう思った。

 

 

 

 ご飯と豚汁は無くなったがカレーは残ったので、あんドーナツを作る要領でカレーパンにして、差し入れとして研究室の隅の机に置いておく。

 

 鍋とお皿を片付けると、私も書類運びの仕事を再会した。

 

 今度は、外に運び出す書類ではなく、施設内の別部署に届ける書類である。

 セシルさんの後ろを歩きながら、セシルさんが運びきれない分の書類を持つ。

 

 3時間ほどで、全ての書類を運び終えることができた。

 

「これで終わりね。お疲れさま、アリスさん」

「はい、セシルさんもお疲れ様です」

 

 書類を届けた際に代わりに受け取った書類を執務室に置き、一息つく。

 見れば、セシルさんは魔法瓶から紅茶を2つのコップに注いでいた。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 紅茶を渡されたので、お礼を言って受け取る。

 

 一口飲んでみると、少しぬるくなっていたがおいしく飲むことができた。

 

「――ふぅ、おいしかったです。

 後は、何か手伝うことはありますか?」

「大丈夫、あなたに手伝ってもらうようなことは、これで終わりよ。本当にご苦労さま」

 

 そう言って、セシルさんは私に微笑んだ。

 

 セシルさんと少し話して、私は研究室に向かった。

 

 扉を潜る。

 研究室の方も片付いたようで、ランスロットもなくなり、随分とすっきりした空間に変わっていた。

 

 研究員の人達も仕事を終えたようで、何人かずつで集まって世間話をしている。

 

 ロイドさんだけが、カタカタとキーボードを叩いている。

 

 ふと、その時ロイドさんが指を止め、顔を上げてこちらを見た。

 

「アリス君、ちょっとこっちに来て」

 

 気の抜けたような声、その声に従って私はロイドさんの下に歩いた。

 

「はい、どうしましたかロイドさん」

「うん、ついさっきいいものが手に入ったからね。

 

 ――残念でした、君のIDカードだよ。今日から君は、正式にブリタニアの国民さ。

 ま、名誉だけどね」

 

 ロイドさんが、私にカードを投げつけてくる。

 私はそれを受け取り、軍服のポケットに入れた。

 

「ありがとうございます、ロイドさん」

「いいよいいよ、君は貴重なパーツだからね。君がここに留まる様に全力を尽くすさ」

 

 ――ID、簡単に言えば戸籍だ。

 

 これで、私は地に足の着いた人間になったことになる。

 

 少しだけ、うれしかった。

 

 

 

 

 

 

「それと、スザク君が明日釈放されるらしいから」

 

 それに続けて、ロイドさんがさらりと告げた。


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