私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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47話

 ヴァリス、その最大出力であるバーストモード。その一撃は、硬い大岩すら貫通する規格外の威力を誇る。

 

 しかし、その一撃は敵を仕留めるには至らなかった。

 

「――嘘でしょ」

 

 ランスロットもどきを一撃で仕留めるはずだったその弾丸は、引き金を引く寸前にこちらに振り返ったランスロットもどき自身によって無効化された。

 その両手に展開されたブレイズルミナスに、受け流すように防がれたのだ。

 

『アリスちゃん、特派サザーランドの持つセンサーは、ほぼランスロットと互角の性能を持っているわ。不意打ちが通じにくいのは当然よ』

「ランスロットと互角!? ……ああ、そう言えばそうでしたね」

 

 思い返してみれば、ランスロットもどきのベースとなっているのは、ノネットさんの所のテスト用KMFだったはずだ。ナリタ山に行ったとき、そんなことを言われた覚えがある。

 

『問題は、バーストモードのヴァリスを受け流したことね。原理上、ヴァリスではブレイズルミナスを貫通できないのは確かだけれど、ブレイズルミナスを支える腕そのものを圧し折るぐらいのことは簡単にできる筈よ。それを、あんな風に受け流すことができるってことは……』

「それだけ、相手の腕が確かだってことですか」

 

 インパクトレールを3まで下げ、紅蓮弐式とランスロットもどき相手に交互に狙い撃つ。

 一応きちんと狙ったものではあったが、2機はそれらを僅かに蛇行するようにして簡単に回避した。

 

 少しでも速度が落ちてくれることを祈っていたが、まったくそんな気配はない。

 

「ばら撒くのができないヴァリスだと、足を止めるのは難しそうですね」

『連射機能を付けると、どうしても一発に対する消費電力が下がっちゃうから、十分な火力が出せないのよ』

 

 取り留めのない話しをしつつ、前進しながら距離を詰める。

 連射の利かないヴァリスでは、撃破を望むどころか足止めにもならない。

 

「やっぱり、やらなきゃだめか……」

 

 自分がこの先に行う事を想像して、足が竦みそうになる。戦うと覚悟を決めた筈なのに、この戦いを投げ出したくなる。

 それでも、そんな感情に蓋をして、操縦桿を握りしめた。

 

 相手の足を止めさせるためには、相手が戦える距離、撃破しようという欲を出させる距離で戦うしかない。

 

 ――例えばMVSや輻射波動の一撃が見込める接近戦とか。

 

「ランスロット、MEブースト!」

 

 ランスロットもどきがアサルトライフルを手にするのを確認すると、それと同時にユグドラシルドライブを出力を引き上げる。

 ランドスピナーとプラズマ推進モーターをめいっぱい稼働させ、全力で加速。

 同時に、背部に吊るされた鞘から1本の剣を引き抜いた。

 

 手にした剣はMVS、スラッシュハーケンのワイヤーすら縦に斬り裂く必殺の剣。

 既存のKMFの装甲の中で、このMVSを防ぐことが可能なものは存在しない。

 

 ――もっとも、それを振ることができればの話だが。

 

「……っ! うぉぇ」

『アリスちゃん!?』

 

 めまいと共に視界が揺らめき、強い吐き気に襲われる。

 それは赤色に対するPTSD、MVSの刀身から放たれる赤い光に、身体が重くなったかのような錯覚を覚える。

 

 ――だが、それだけだ。

 

 四肢が欠けたわけではなく、意識を断たれたわけでもない。

 不調など、ただの思い込みに過ぎない。行動するために、一切の問題はない。

 

「っ大丈夫です!」

 

 すっぱくなった口の中のものを飲み込み、震える視界を研ぎ澄ませる。

 敵に負けるならともかく、自分自身に負けるなんてごめんだ。

 

 ランスロットが、MVSを上段に振り上げる。

 目標は、奪取されたランスロットもどき。

 

 剣閃は鈍らない。

 切っ先は震えない。

 無意識の底から浮かび上がる閃光の様な一太刀で、その一切を両断する――っ!

 

「――斬る!」

 

 高速の踏み込みから放たれる一撃は、ランスロットもどきをその間合いに捉えた。

 

 だが、相手の乗り手も流石というべきか、ランスロットもどきは見事な反応を見せ回避した。

 コックピット表面の装甲を数cmと手に持っていたアサルトライフルこそ真っ二つにしたものの、ランスロットもどきにそれ以外の被害は一切ない。

 

「ちっ! ならっ!」

 

 MVSを振り下ろした勢いを維持したまま、機体を捻る様にして回し蹴り。

 動きが大きいため、流石にブレイズルミナスで防がれるが、特に問題はない。この蹴りは、損害を与えることを目的としたものではなく、間合いを空けるためのものだ。

 

 ブレイズルミナスの表面を蹴って僅かに跳躍。その勢いをプラズマ推進モーターで加速させながら距離を取り、ブレイズルミナスの隙間を回し蹴りの最中に手にしたヴァリスで狙う。

 

「今度こそ、仕留める!」

 

 蹴りの反動緩和のためにランスロットもどきは動きを操縦システムによって多少制限されているため、この状況からヴァリスを回避する余裕はランスロットもどきにはない。

 あの機体は、ここでチェックだ。

 

 ――けれども、物事はそう簡単に物事はうまくいかなかった。

 

 引き金を引いた刹那、射線上に現れた赤い光の盾に、先ほどとは比較にならないほど全身が沸き立った。

 

 MVSを見た時の様な、震えるなんてレベルではない。吐き気を感じる余裕もない。

 

 感覚が凍る。

 呼吸が暴れる。

 五感が脳からはじき出される。

 

 操縦どころか、操縦桿を握っている余裕すらなかった。

 

『アリスちゃん!』

「――っ!」

 

 が、インカムから響いた声に意識を引き戻される。

 顔を上げれば、モニターいっぱいに広がるのは紅蓮弐式の姿。

 

「ブレイズルミナス!」

 

 震える指先を意地で動かし、右腕のブレイズルミナスで紅蓮弐式の右腕を防ぐ。

 そのまま間合いの外まで後退し、スラッシュハーケンやプラズマ推進モーターなどを活用して跳躍。十分な距離を取り、足を止めた2機に向き直った。

 

「すみません、助かりました」

『あまり無理しないでね、アリスちゃん』

「はい、ですが……」

 

 残念ながら、無理せずに倒せるような相手ではない。

 

『無理はしちゃだめよ。時間さえ稼げれば、政庁と調布に詰めている部隊が増援に来るはずだから』

「わかってます」

『焦っちゃだめ。この機体は紅蓮弐式よりも強力な機体だけれど、あの2機は冷静さを欠いた状態で勝てる相手ではないわ』

 

 焦りで返事が荒くなる私に、アルマさんは冷静に諭す。

 近づかれないようにヴァリスを連射しながら、小さく深呼吸をして意識を落ち着けることに集中した。

 

 けれども、当然のことながら相手はそう簡単に私を待ってはくれない。

 

 紅蓮弐式とランスロットもどきは、先ほどと同じく蛇行しながらこちらに近づいて来る。

 

「もうっ、勘弁してよ!」

 

 こっちは紅蓮弐式と対峙しているという状況だけで気分が悪くなっているのだ。近接戦闘という選択肢を先に提示したのはこちらだけれど、それに乗ってきては来ないでほしい。

 しかも2機同時だ。アニメでは紅蓮弐式が調布にいても大丈夫だったんだし、せめて紅蓮弐式だけでも先に調布に行って――

 

 自分の思考に、思わず頬を内側から噛み千切った。

 

『アリスちゃん!』

「大丈夫です」

 

 口元から溢れる血液を無視して、紅蓮弐式の腕をブレイズルミナスで弾き飛ばす。その陰から迫っていたランスロットもどきの一撃も、機能を停止させたMVSで受け流した。

 

 危なかった。

 完全に、思考が逃げに傾いていた。

 

 河口湖での一件が示すように、この世界がコードギアスのお話通りに進まない可能性は0ではない。

 私が紅蓮弐式を行かせないように考えていたのはそれが理由であったはずなのに、今この一瞬、私は恐怖に負けてそれを忘れていた。

 

 口の痛みのせいか、自分自身への怒りのせいか、それともPTSDでどこかおかしくなっているのか……理由はよくわからないが、さっきよりも身体の震えが小さくなったように感じる。戦闘でいつの間にか思考も、少しだけ元に戻った。

 

 返す刀で戻って来たランスロットもどきの一撃を、今度は腕のブレイズルミナスで相手の機体ごと押し込む。本当は受け流して反撃してもよかったが、ランスロットもどきの背後に紅蓮弐式の影が微かに映ったので、反撃にカウンターを返されると思い止めにした。

 

 もう少し強気な戦い方をしてもよかったが、そこまでのリスクを犯す必要もないので止めにした。近接戦闘が未熟な私では、連携によるカウンターができない素早い攻撃を繰り出したり、カウンターにカウンターを叩き込むことができる自信がなかったということもある。

 

 少しだけ元に戻った思考の影響で、今の状況に対し多少冷静な判断が導き出されるようになる。先ほどまでの熱くなった思考では、おそらくそのまま反撃していただろう。かなり危なかった。

 

 ランスロットもどきの腰を抜けるように腰のスラッシュハーケンを放ち、ランスロットもどきの背後にいる紅蓮弐式を牽制する。

 さらに、ブレイズルミナスを展開しているのとは逆の腕からスラッシュハーケンをハイウェイ付近の廃ビルに放ち、勢いよく巻き取ることでその場を離れた。

 

「ふぅ」

 

 ビルの上でヴァリスを構える私と、こちらを睨む紅蓮弐式達の視線が交差する。

 

「アルマさん、増援まであとどのくらいかかりますか」

『おそらくだけど、あと15分もかからないと思うわ。ただ、ちょうどいま調布の収容所の方が襲撃を受けたみたいだから、調布からの増援はないと思って。もしかしたら、政庁からの増援も少なくなってると思う』

「了解です。15分、ですね」

 

 ちらりと機器のうちの一つにあるデジタル時計に視線を向け、その数字を記憶する。増援まであと15分、近接戦闘にさえしなければ、なんとかなる時間だ。

 増援が少なくなるというのは不安だったが、本来であれば2機のKMFに対し二つの基地からKMF部隊がやってくるという状態自体がおかしいのだ。ミリアさんは、一体どんな説明をして部隊を派遣させたのだろうか。

 

『あんまり辛いなら、無理して接近戦をしなくてもいいのよ? 仮に向こうが今から全力で逃走を始めても、収容所に到達してから数分で増援が間に合うわ。スザク君なら、この2機を相手にしても少し間なら余裕で戦えるはずよ』

「……」

 

 こちらを気遣ってのことだろうが、アルマさんが私に無理をしないように言ってくる。コードギアスの知識を持たないアルマさんには、調布を襲撃しているのが四聖剣――スザクさんを倒しうる存在であることは知らないので、最低限の足止めでもいいと言っているのだろう。気持ちはありがたかったが、覚悟を決めたばかりの私としては、ちょっと魅力的な提案なだけにうっとおしい話だった。本当に気持ちはありがたかったが。

 

「いえ、引くわけにはいきません。スザクさんを信用していないわけではないですが、スザクさんでは紅蓮弐式達を相手にするには不安が残ります。せめて――」

 

 そう呟いたところで、紅蓮弐式達が動きを見せた。

 ランスロットもどきが、手に持ったMVSをこちらに投擲してきたのだ。

 

「――っ!」

 

 会話の途中だったので、少し意識が逸れていた。

 ビルから転がり落ちるような形になったが、なんとかMVSを回避する。

 このまま無様に落下するわけにはいかないので、腕のスラッシュハーケンをビルに突き刺そうとして――

 

 ――刹那、モニター中央に擲弾。

 

「うそっ!」

 

 スラッシュハーケンを放つために伸ばしていた腕から、咄嗟にブレイズルミナスを展開。迫るグレネードを防ぐが、代わりにスラッシュハーケンを放つことができずそのまま落っこちた。

 ヴァリスを落さなかったのは、不幸中の幸いというべきだろう。

 

「やば――っ!」

 

 なんとかプラズマ推進モーターのおかげでひっくり返ったまま着地することは無かったが、悪い体勢と足場の影響でつい膝をつく。

 

 まずい。

 足を止めたKMFなど、ただの柔らかい的でしかない。例のAI相手なら、ケイオス爆雷を撒かれて終了だ。

 

 紅蓮弐式がいると思われる方向に、ブレイズルミナスで盾を作る。

 その直後、こちらに向かって煙幕がばら撒かれた。

 

「まずい、読まれた」

 

 ――いや、読まれたわけじゃない、か。

 

 口にした言葉を、頭の中で即座に否定する。

 もし読まれていたのなら、もう少し直接的な攻撃を行ってくるはずだ。あちらの運動性能を考えれば、片膝をついたこちらに対し接近戦を挑んでくるのが普通だろう。一時的とはいえ足を封じられている状態は、相手にとって格好の隙なのだから。そうしていないという事は、勝負を決めに来れるだけの確証がなかったと考えるのが自然だ。

 

 ばら撒かれた煙幕にはチャフも混じっている様で、レーダーが完全に死んでいた。ファクトスフィアを展開すれば赤外線による探知も行えると思うが、煙幕の中では意味がないだろう。ファクトスフィアで音波探知も行えるならいいのだが、今までファクトスフィアの探査方法なんて気にした事が無かったので、実際に行えるのかわからない。……いや、仮に行えるとしたら向こうもできることになるので、止めた方がいいだろう。ファクトスフィアを展開すると少し大きめの音が鳴ったはずだ。

 

 ブレイズルミナスを両手に展開しつつ、可能な限り音をたてないようにゆっくりと膝を持ち上げる。

 

 向こうの狙いは、おそらく輻射波動による一撃必殺。

 とはいえ、グレネードランチャーに対する警戒を怠るわけにはいかない。グレネードランチャーの直撃を受けてよろめけば、そこに輻射波動がやってきて試合終了だ。試合どころか命も終了するけど。

 

「音を立ててでも、強引に動くべきかな? ……それとも」

 

 煙の中から出るか。それともこのまま待ち構えるべきか。

 仮に、このまま待ち構えることを選択したとしよう。自分の反射神経なら、この限られた視界の中でも、輻射波動を見てから対処する自信はある。何らかの思考を行いながら対処するならともかく、避けるだけならできるだろう。KMFと殴り合える細胞を一部だけとはいえ持つこの身体には、それだけのポテンシャルはある。

 だが、私の精神的な事情――赤色に対するトラウマを考慮すると、絶対に対処できると言い切ることは難しい。

 さっきみたいな、意識が飛ぶような事態にはならない自信はある。けれども、では何の支障もなく対処できるのかと言われれば、それは否と返すしかない。

 だって、私はつい数時間前まで、顔に赤色を幻視しただけで暴れていたのだ。今はあれほどのショックを起こしていないが、今後それに匹敵する行動を起こさない保証はない。

 つまり、煙の中から跳び出してくる紅蓮弐式をどうにかできるかどうかは、機体性能の云々ではなく、完全に私次第という事となる。

 

 では、煙の中から出ることを選択した場合はどうなるか。

 こちらが音を立てる以上、相手から位置を確実に捕捉されるし、私も発見が遅れる可能性が高い。

 運よく紅蓮弐式がいる方向とは反対に行くことができれば、このランスロットに出力で劣る紅蓮弐式を振り切って煙幕の外に出れるが、そうでなかった場合、追いつかれて襲撃されるのは確実だ。私の反応がどうなるか未知数である以上、発見が僅かでも遅れるこの行動は、非常にリスクのある行動だろう。

 

 動いても、動かなくても危険なこの状況。どちらかと言えば、この場に留まるほうが安全だろうか?

 本調子なら、絶対に留まったりしないけれど……。KMFは、本来動いてなんぼだし。

 

「……悩んでも仕方がない、か」

 

 どちらが安全か。精神的に不調な今では、セオリーには反するかもしれないが、動かない方が安全ではある。

 

 私は、相手を待って動かないことを選択した。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 しん、と静寂が続く。

 

 煙幕で真っ白なランスロットのモニター全体に目を凝らし、ランスロットの外部マイクから拾う音の音量を最大に設定し、第六感にすら意識を集中させる。

 決着がつくとすれば、それは一瞬だ。紅蓮弐式の襲撃にどれだけ早く反応できるかどうかで、全てが決まるだろう。

 ランスロットもどきのMVSにも警戒しなければならないが、そちらにはある程度余裕をもって反応できる自信があるので無視していい。というか、たぶんMVSを使えるだけのエネルギーは残っていない筈だ。この時期のMVSは、少し燃費が悪い武装だったはずだから。

 

 相手とこちらのセンサー性能はほぼ互角。チャフはそれを撒いた相手自身にも有効なので、相手もこちらを探しているはずだ。

 チャフスモークを撒かれた瞬間、私と紅蓮弐式達の視線は合っていなかった。どちらも直接的には相手を眼にしていなかったはずだ。レーダーによる大まかな位置の捕捉はできているだろうが、細かな位置まで把握できているわけではないはず。

 

 どこから来る? 

 

 上から?

 ここは位置的に高架下に位置するので、位置を捕捉された場合上から来ることも考えられる。

 

 前方、もしくは左右のどちらか?

 可能性としては、これが一番あり得そうな気がしてる。立体軌道は、市街地戦闘におけるKMFの売りの一つだが、それにはスラッシュハーケンを用いる必要がある。音を立ててまでわざわざ立体軌道を行う必要はないだろう。

 

 背後は?

 一応、先ほどまで立っていたビルを背にしているので背後から攻撃される可能性は低いが、決して油断はできない。紅蓮弐式のあの腕なら、爪でコンクリートの壁を貫くことができるかもしれない。進化形の進化形である紅蓮聖天八極式が、ヴァリスに耐えられるランスロットの装甲を貫いたわけだし。いや、これは厳密には爪で貫いたわけではないから参考にはできないかな? ……とにかく、警戒はしておこう。

 

 では、足元は?

 普通なら"ない"と断言できるのだが、この状況ではあり得ないとは言い切れないのが本音だ。黒の騎士団のトップであるゼロが最も得意とするのは、敵の足場を崩す作戦。そのことを考えれば、このあたりの地下の状態を細かく把握していてもおかしくない。もし正確に下水道等を正確に把握されているのだとしたら、絶対に防御できない足元からの攻撃は有効かつ効果的な選択肢となりうる。

 

 どこだ。どこから来る。

 

 目に見えない恐怖というのは、かなり精神的に消耗するらしい。何もしていないのに、だんだんと汗が垂れてくる。

 肌荒れが怖いので今は化粧をしていないが、昔だったら化粧が崩れていないか気になっただろうな、なんてどうでもいいことが頭をよぎった。

 

 相手の気配はない。

 音も聞こえないし、姿も映らない。

 

 夜風に煽られ、少しずつ煙幕が晴れてゆく。

 煙幕が晴れるまでに仕掛けてくると考えていた私は、さらに意識を集中させた。

 

 ――そして、音。

 

 どんな音だったかを脳が処理するよりも早く、右手のヴァリスを音の聞こえた先に向け、引き金を引く。

 インパクトレールが低く設定されていたヴァリスは、その分連射が効く。探索射撃を兼ねて放たれたその弾丸群は、数多のコンクリートを打ち抜く音と、微かに別の何かに当たる音を残した。

 

「見つけたッ!」

 

 当然ながら、銃を使った以上こちらの居場所もばれたと思うので、即座に移動。進行方向にブレイズルミナスを展開しながら前進する。

 同時にインパクトレールを換装。ヴァリスをバーストモードに移行させ、先ほど音が聞こえた場所に弾丸を放った。

 

 命中した手ごたえと、ヴァリスの発射音、そして金属が折れる音がコックピットに大音響で響く。

 探索時から音量設定を変更していなかったからだ。あまりの大音量に、思わず意識を失いそうになった。こんなことで気絶なんてシャレにならない。

 そして、音量を下げるためにキーに伸びそうになった手なんとか抑えながら、背中からMVSを引き抜きさらに加速。

 

「はっ!」

 

 真っ白い視界の中で、先ほどの音を頼りに剣を振る。

 さっきのヴァリスでどこを破損したのか知らないが、ヴァリスの直撃を受けてすぐに動くことなんてできないはずだ。紅蓮弐式かランスロットもどきかはわからないけれど、どちらであっても致命傷を負ったのは間違いない。

 

 しかし――今度は、手ごたえはなかった。

 

「躱された?」

 

 狙ったのは、腰の位置よりも少し上。仮にしゃがんでいたとしても、少なくとも頭部は破壊できるはずの高さ。

 最低限、何らかの手ごたえはあるはずのその位置に剣を振ったにもかかわらず、何かを斬った感触は一切なかった。

 

 そのまま留まる、というわけにもいかないので、ブレイズルミナスを両手に展開しながら、速度を緩めずに煙の中を駆け抜ける。

 そして、煙の中を突破すると、すぐさま反転。煙幕で包まれた空間を正面に向け、不意打ち対策としてブレイズルミナスを構えた。

 

 ちょうど強めの風が吹き、煙幕がゆっくりと風に流されてゆく。

 

 そして、煙が全て晴れ、そこで私は何があったのかを知った。

 

 

 ――そこには、コンクリートの大地に突き刺さっていた柄の砕けたMVS以外、何一つ、誰一人いなかった。

 

 

 先ほど撃ったのは、おそらくどこかのタイミングでランスロットもどきが投げたMVS。

 壁から抜けて落ちてきたMVSを、私はKMFと勘違いして攻撃していたのだ。

 

 ――頭が真っ白になる。

 

 完全に失念していた。

 相手の目的は、こちらの撃破ではない。あくまで調布に増援としてたどり着くこと、それだけだ。

 

 今ここに紅蓮弐式達がいないという事は、どこかのタイミングで彼女らがここから逃げ出したという事になる。

 いつ逃げたのか。煙幕の中で意識を巡らせていた時に物音を拾う事がなかった事を考慮すれば、考えられる瞬間はたった一つ。煙幕を張ったその瞬間だ。

 そしてそれは、煙幕の中にいた時間分、こちらは距離を離されたことを意味する。

 

 最初は、相手が遠回りをしていたから何とか追いつけた。

 だが、今回はどうだ。相手は、確実に全速力で調布に向かっている。こちらの方が速度はあるので、追いつくことはできるだろうが……調布にたどり着くまでに、という言葉を頭につければ、それは不可能になってもおかしくない。

 

 スラッシュハーケンを使ってハイウェイに飛び乗ると、私は全速力で調布へと向かった。




あんまりミリタリー系に詳しくないけど、煙幕の中に入ったら煙幕から抜け出すのがセオリーであってる?

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