私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
――魔神が、炎の中に顕現する。
私の意思に従い、量子の海である私の影から、鋼鉄の魔神が拳を振るう。
量子シフトによってこの世に出現したコードギアスは、アルマさんの頭上1mもない所まで迫っていたアームを吹き飛ばし、その圧倒的な出力によってアームを壁にめり込ませた。
「……あれ?」
不思議そうな表情で目を開けたアルマさんが、自身が生きていることに驚くように疑問符を飛ばす。
「アルマさん!」
ポカンとしているアルマさんに、思わず私は抱き着いた。
立ち込める様な汗と石油系燃料の匂いで、呼吸が苦しくなるが、それが気にならないほどにアルマさんが無事だったことがとても嬉しかったのだ。
「アリスちゃん、それって河口湖の……」
「話しは後です。今は、外に出ましょう」
何か言いたそうなアルマさんを抱え、搬入口に開いた穴へと足を進める。
「わかったわ。今はそれどころじゃないものね。
それにしても、大丈夫? 私ってかなり重いから、持っていて辛くない?」
「はい、大丈夫です。そんなに重くないですよ」
何でもないように言ったが、正直、アルマさんは外見からは想像もできないほどに重い。
そのすらっとした体系から、てっきり50キロもないと思っていたのだけれど、とんでもない間違いだった。体感だから正確な数値はわからないが、60キロ後半ぐらいはあるんじゃないだろうか。下手したらスザクさんよりも重いかもしれない。
「あはは……ほんとに重くてごめんね」
「いえ、本当に重くないですから」
絶賛命の危機にさらされているこの状況で、体重の話をしている。そんな現実がおかしくて、少しだけ笑みがこぼれた。
アルマさんの身体は、かなり硬かった。表面上は筋肉がないように見えるが、触ってみるとそれが上手いこと偽装されたものだという事がわかる。
特に、太ももとかふくらはぎとか、外見は完全に事務職の脚だが、とんでもない間違いだ。どんな食生活と運動をしているのかわからないけれど、皮膚のすぐ下にあるふっくらとしていそうな脂肪とは正反対に、脂肪の下には凄く引き締められた筋肉がぎっちりと詰まっている。見せ筋ならぬ見せ脂肪だ。
いや、ノネットさんと戦った時にチーズケーキさんを片手で引きずったりと、よく考えたらその片鱗は今までにもいくつかあった。
そもそも、見た目通りの筋力だったら、研究室内にいた研究員さんたちを全員外に放り出すなんてできなかっただろう。50キロの荷物を背負って歩くのは、平時でもかなり体力を使うはずだ。こんな火事の中なら、消耗する体力はそれ以上だろう。
中腰のままアルマさんを横抱きに抱えつつ、早歩きくらいの速度で一歩一歩足を進める。
かなり本気で動いたので、30秒もしない内に私達は外に出ることができた。
……コードギアスは、外に出る直前で量子シフトさせて消した。外にミリアさんがいたことを思い出したからだ。
「アリス!」
研究室から出てきた私たちに、ミリアさんが駆け寄る。
抱えていたアルマさんをそっと降ろす。
周囲を見渡せば、見覚えのある人達――ミリアさんの所の研究者の人たちが、倒れ込んでいる特派の研究員さん達に色々と処置を施していた。
「ふぅ……ミリアさん、すみませんが携帯電話を貸してもらえますか?」
「もう通報はしてある」
私の考えを読んだかのように、ミリアさんが答える。
消防署に連絡を入れようと考えていた私は、ミリアさんの言葉を聞いて安堵の息を零した。
「火災が起きた直後に、私が軍の方にももう連絡したから、もうすぐ政庁の方から応援とかも来ると思うよ」
私の足元で寝転んでいるアルマさんが、ミリアさんの言葉に付け足すように私に告げる。
警察や救助隊だけではなく、軍の方にも連絡が行っているなら安心だろう。周りにいるミリアさんの所の研究者さん達に焦っている様子が見られないので、現時点でチーズケーキさん以外に危険な状態にある人はいなさそうだし。
安心して肩の力を抜く私。
しかし、アルマさんの言葉を聞いたミリアさんは、逆に表情を曇らせた。
「……いや、軍の方からはすぐには助けが来ないかもしれない」
「え、どうしてですか?」
ミリアさんは、そこで言葉を止めると、ちらりとアルマさんのことを見てから私に目を合わせて、自分の瞳を指さした。
一瞬何のことかわからなかったが、すぐにミリアさんのジェスチャーの意味を理解する。
――ギアスだ。
おそらく、ミリアさんが今から言おうとしていることは、ギアスに関係している可能性のあることなのだろう。
ミリアさんは、私にアルマさんがギアスについて知っているのか聞いているんだ。
「大丈夫です。今は知らないですけど、近いうちに説明するつもりだったので」
ジェスチャーの解釈が間違っている可能性を考えて、少し曖昧に答える。
そんな私の回答に、ミリアさんは満足気に頷くと、再び口を開いた。
「私も政庁の方に連絡を入れたけれど、火事のことなんて初めて聞いたみたいな返答をしていた」
「初めて聞いたかのような反応?」
アルマさんが、不思議そうに首をかしげる。
「アルマ、あなたの口ぶりからして、消防の方にも連絡は入れたはず。違う?」
「ええ、確かに連絡しましたけど……」
ミリアさんのアルマさんに対する問いかけから、何が起こったのかすぐに分かった。
「つまり、『問題は起こらなかった』という事にされたんですね。ギアスで」
「ん、たぶん」
思い浮かんだのは、『反逆のルルーシュR2』にてC.C.を捕獲するために嚮団から派遣された人達。
彼らは、ゼロの『絶対遵守』のギアスによって、C.C.の発見などといった異常事態の一切を見過ごすようにされていた。今回、消防関係者と軍のオペレーターには、これに近い内容のギアスがかけられているのだろう。
この研究室は、彼の妹が住むアッシュフォード学園の隣にある大学に設置されている。
アッシュフォード学園の建ぺい率的に延焼の可能性はかなり低いが、こんな場所で火災を起こして放置させるとは、ゼロはかなり追い詰められているのだろう。
「あ、なるほど」
ふと、この状況でどうして死者が出ていないのか、その理由かもしれないことに気が付いた。
ゼロは、この大学がアッシュフォード学園に近いから、可能な限り死者が少なくなるようにしたのではないだろうか。
軍のKMFが鹵獲されたなんて話は、基本的に外に漏れることは無い。つまり、もしこの火事がマスコミに報道されるなら、火事と死傷者だけになるだろう。
自身の生活圏内で起こった事件、その内容が『火事が発生しましたが幸い死者は出ませんでした』と、『火事が発生し中にいた人が全員死亡しました』では、受け取る際の重みが大きく異なる。前者なら『みんな無事でよかったね』となるのが、後者だと『……嫌な事件だったね。…生存者、まだ見つかってないんだろ?』になってしまう。
まあ、実際はこれだけが理由ではないだろう。ゼロは組織のトップだし、実行役の人間に納得させるためにも、組織の利となる理由を用意しているはずだ。この理由が、私の勘違いという可能性も大きくある。
ただ、もしその理由の一つが私の想像通りならと考えると、そこまで思ってもらえるナナリーが少し羨ましくなった。
「……アリス?」
「は、はいっ! どうかしましたか」
ミリアさんの声で、はっと意識が戻った。
顔を上げると、心配そうな表情が目に映る。
「ぼーっとしてたけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。問題ありません」
ミリさんの言葉に、慌ててうなづく。
今は、ゼロのことを考えている場合ではない。
「もし『起こらなかったこと』にされていると、しばらくの間とはいえ、私たちだけでこの火災を止めなければならなくなる」
「まあ、そうなりますね。消防の人来ませんから」
「でも――私たちにはそれをしている余裕はない」
「え?」
思わず、疑問の声が出てしまった。
確かに気絶している研究員さんたちを診るためにそれなりに人で入るかもしれないが、消火に回るだけの人手は十分にあるはずだ。それなのに、どうしてミリアさんはそんなことを言ったんだろうか。
「テロリストたち――おそらく黒の騎士団の一員である彼らは、どうしてこんな火災を起こしたと思う?」
近くにいた研究者の人に手早く指示を出してから、ミリアさんは私にそう尋ねた。
「……」
どうしてか、そう言われると確かに不思議だった。
紅蓮弐式とカレンさん、そしてランスロットもどきを鹵獲するだけなら、こんな火災を起こす必要はない。盗んだらさっさと逃げればいいだけだ。
「特派の……私たちを殺害するためではないのですか?」
黙って考え込む私の代わりに、肩で息をしながら寝ていたアルマさんがミリアさんに尋ねた。
「もしそうなら、今頃あなたは死んでいる」
まあ、たしかにそうだろう。全力で殺す気なら、アルマさん達はもう死んでいるはずだ。
「考えられる可能性は3つ」
ミリアさんは、握りこぶしを私たちに向けた。
「わざと、この場所に人を集めたかった」
一本、指を立てる。
「私たちを慌てさせたかった」
二本。
「アリスを、この場に拘束したかった」
そして、三本目の薬指を伸ばした。
「アリスちゃんを?」
「ん。私は、このうちの二つ、『慌てさせること』と『アリスを拘束すること』が目的だと考えている」
腰が抜けていたのが戻ったのか、アルマさんが身体を起こしてミリアさんを見た。
それにしても、どうして私を拘束することが目的の一つであると、ミリアさんは考えたのだろうか。
「私たちを慌てさせようと考えたのは、おそらくギアスが露見することを防ぐためのもの。冷静に思考する時間を奪うことで、違和感を感じている余裕を奪おうとしていた。アルマが職員を救出をしなければ、こんなことを考えている余裕がなかったことは間違いない」
「ミリアさんは、こちらがギアスを認知していることを、ゼロが知っていると考えているんですか?」
ミリアさんの予想が、こちらがギアスを知っていることをゼロが認識している前提で話していたので、話を遮るようで悪いかなと思ったが尋ねることにした。
私の問いかけを聞いたミリアさんは、そこで何故か首を横に振って否定を示した。
あれ、私達がギアスを知っていることを、ゼロが知っていると考えているわけじゃないの?
「違うんですか?」
「ん、ゼロがそういった認識をしていてもしていなくても関係ない。私がゼロの立場だったら、ギアスがばれているかもしれない可能性を捨てないから」
つまり、私達のギアス認知に関係する情報を持っているか否かに関係なく、ゼロはギアスがばれているかもしれないと考えて行動するだろう、と。
なるほど、ある意味ゼロを見逃している身である私としては、こちら側にギアスに関する情報が出回っているとゼロが確信している前提で物事を考えてしまうので、ミリアさんの意見は参考になる。
「――話を戻す。
肝心なのはもう1つ、ゼロがアリスを拘束することを目的としていると考えた理由。
私は、これがあちら側における最大の目的だと考えている」
ミリアさんがそこまで告げたところで、ミリアさんの所の研究者の人が小さなノート型端末をもってこちらに走って来た。どちらかというと、ノート型端末というよりも大きめの携帯電話に近いサイズのものだ。
「ぴったり」
研究者の人の顔をよく見ると、ミリアさんが私たちに『火災を起こした理由』を問いかける直前に、ミリアさんから何か指示を出されていた人だった。
ミリアさんの言葉を考えると、わざわざ私たちに説明するための資料か何かを取っていかせていたのだろう。
ミリアさんは、その人から端末とUSBメモリーのような何かを受け取ると、彼に消火作業に参加する様に指示してこちらに向き直った。
「黒の騎士団には、エースパイロットが少ない」
端末の電源を入れながら、ミリアさんはそう呟く。
「ゼロは、どちらかというと部隊指揮に優れた人間。故に、自分が味方を指揮すれば、一般の人間が操作する兵器はどうにかできると考えている筈。
つまり、彼が最も警戒しなければならないのは、一騎当千の働きをする、一人で戦場をひっくり返す様なエースの存在」
「つまり、エースであるアリスちゃんを少しの間戦えなくしたかったと?」
アルマさんの言葉に、ミリアさんは頷いた。
PTSD持ってる私でも、とりあえずエース扱いはさせてもらえるのか。
……ん? でも、それっておかしくないだろうか。
「……待ってください。その考えは変です。
アリスちゃんを此処に拘束しておきたかったということは、アリスちゃんがどこかでエースとして戦われたら困ると考えているわけですよね。
コーネリア様が不在な政庁を狙うとかならわからなくもないですけど、黒の騎士団に政庁をどうにかできる程の戦力があるとは思えませんし……。アリスちゃんが今から向かって短時間でたどり着けるような場所に、黒の騎士団が攻めそうな場所なんてありますか?」
アルマさんの言葉に、私は心の中で同意した。
そう、エースが脅威になるのは、エースが戦う戦場があるときだけだ。戦場がないのに、私を足止めする必要はない。
すると、ミリアさんは端末を操作しながら、ほんの僅かに笑った。
「ある」
そう言ったミリアさんは、私とアルマさんに端末の画面を向けた。
そこに表示されていたのは、とあるニュースサイトの記事。そこに表示されていた内容に私とアルマさんは効凍り付く。
「奇跡の、藤堂」
それは、エリア11最大の英雄ともいえる人物、『奇跡』の二つ名を持つ男、藤堂鏡志朗が捕まったというニュースだった。
アルマさんの呟きに、ミリアさんは満足げに頷く。
――まさか
「一般には公開されていないけれど、今夜、調布の収容所で彼が処刑されることになっている。
ここ、新宿から調布まで、ハイウェイを使えば車でも30分で行ける。ナイトメアならもっと短い」
三日も寝ていたから完全に日付感覚が狂っていた。
そうだ。『反逆のルルーシュ』の描写通りに話が進むなら、芸術週間の初日は、同時に藤堂さんが処刑される日でもあったはずだ。色々とドタバタしていて、完全に忘れていた。
「まさか。テロリストがハイウェイを使って気が付かれないわけがありません。そんな不特定多数に見つかる様なことをするほど、ゼロは馬鹿ではない筈です。ハイウェイを使わずにゲットーや廃ビル街を抜けるとなると、調布まで1時間半以上はかかります。それだけの時間があれば、例え消防が来なかったとしても……」
そこで、アルマさんが急に声をすぼめる。
「気が付いた?」
「……調布方面へと向かうハイウェイ、夕方から上下線ともに通行止めになって……いましたね。そのせいで、荷物が届くのが2時間ほど遅れていました」
「ん、ハイウェイの下はゲットーかイレブンが住む廃ビル街。オービスさえどうにかしてしまえば、気が付かれることはまずない。
紅蓮弐式と半ばランスロット化されている特派サザーランド。気が付かれないようにゲットーを経由してからハイウェイを使うにしても、その二機が調布にたどり着くには40分程度で十分」
『反逆のルルーシュ』における刑務所襲撃時の黒の騎士団の戦力は、藤堂さんの部下の四聖剣と紅蓮弐式、そしてゼロ本人の7機。これに救出された藤堂さん本人を加えた8機で、諸事情により刑務所にいたランスロットを撃破寸前まで追い込んでいたはずだ。
もしこのままいくと、これにランスロットもどきが黒の騎士団側の戦力として追加されることになる。ランスロットの操縦難易度を考えれば、その劣化版ともいえるランスロットもどきを操縦できる人間が、並み以上の腕を持つことは間違いないだろう。
スザクさんを撃破するには、十分すぎる戦力だ。
また、私のせいだ。
この世界は、私が認識している範囲では、私以外に本来いなかった人間がいたりなどはしていない。つまり、コードギアスの物語通りに動かない物事は、全て私が原因という事になる。
つまり、私がいるから敵の戦力が増えて、スザクさんがピンチになっているということだ。
自分の手が、また血だらけで赤くなったように感じた。
私のせいで、スザクさんが死ぬかもしれない。
私が、スザクさんを殺すかもしれない。
私が殺した日本解放戦線の兵士たちの様に、私の腕の中で死んだマルクスの様に、スザクさんも死ぬ。
傷口から血が溢れ、少しずつ冷たくなり、人形の様になって朽ちることになる。
――そんなのは、嫌だった。
「だから、アリスには……アリス?」
「は、はい!」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫です。少し考え事をしていただけなので」
「……ん、わかった。
アリスには、こっちのグロースターで追跡を頼みたい」
ミリアさんは、私の手にUSBメモリーに似た形状のそれ――グロースターの鍵を握らせた。
「わかりました。ですが、勝手に出撃なんてして大丈夫なんですか?」
「問題ない。拠点を襲撃した敵を追跡する程度のことは、現場の判断で許されている範囲の権利行使。追撃中止の命令が出たらやめなければならないけれど、それまでは動いても問題ない。最悪の場合、私とノネットが弁護する」
「なるほど、なら心配いらないですね」
「ん、問題ない。
グロースターの性能に関してだけど、アリスに渡すグロースターは、開発の一環で改造したカスタム機。普通のグロースターよりセンサー関係が良くなってるから、通常よりも遠くから敵を狙えるはず。追いつけなくても、うまくいけば多少足を遅くするくらいならできると思う」
「はい」
「ん、アリスが追跡をしている間、私は直接政庁に行って話を付けてくる。
ハッキリ言って、グロースターの速力では紅蓮弐式達に追いつけない可能性が高い。でも、政庁経由で調布の刑務所に連絡が届けば、借りに追いつけなくても戦闘の役に立てる可能性が残る」
ミリアさんの言葉に、私は頷いて応える。
ミリアさんが追い付けないと口にするという事は、本当に追いつけないのだろう。"可能性が残る"なんて言い方をした事を考えれば、後に起こる戦闘に参加できない可能性も十分にある。
もし、私が追い付くことができず、かつ後の戦闘にも参加できなければ、スザクさんは撃破されるだろう。
ミリアさんに向けていた視線を、手に持ったグロースターの鍵、そして炎によってできた足元の影へと移す。
もしもの時は、どこかでグロースターを乗り捨てて、コードギアスを使わなければならないだろう。仮にそれが、私がコードギアスの乗り手であると教えることを示していたとしても。
原則として、全てのKMFには敵と味方を識別し、同時に自身の位置情報を知らせることができるIFFという装置が積まれている。乗り捨てなんてすればすぐにばれるし、その直後にコードギアスなんてものが出現すれば、真っ先に私が疑われるだろう。そうなれば、嚮団やブリタニア皇族の汚れ仕事を請け負う特殊部隊「プルートーン」などに誘拐されるなんて目に合うかもしれない。
――けれど今の私は、それだけの危険を冒してでもスザクさんを助けたいと思っていた。
アルマさんに助けられるまでは、それだけのリスクを冒せるのかとか散々悩み続けていたのに、気が付けばこのの有様だ。我ながらチョロイン過ぎる。
ふと、頭に軽い衝撃を感じた。
頭を抱えるような形で手を動かし、衝撃の原因を探る。
すると、私の手は、柔らかく、しかしよく揉むと筋肉質だとわかる不思議な手を捕まえた。
「アルマさん?」
「ん?」
顔を上げてアルマさんを見つめる。
手を私の頭にのせていたアルマさんは、私と目が合うと、まるで撫でるかのようにそっと手を揺らした。
それから、私の耳元に顔をよせ、そっと小さな声で呟く。
「大丈夫よ。"それ"を使う必要はないわ」
思わず肩が跳ねる。
アルマさんの顔を見れば、まるで悪戯が成功したかのような笑みを浮かべていた。
「ミリア主任」
「ん、何?」
「わざわざグロースターを用意してくださってありがとうございます」
「ん、別にいい。ノネットとうちのテストパイロット、どっちも留守にしてる今だと、それしかできないから」
それを聞いたアルマさんは、そっと私の手からグロースターの鍵を奪うと、ミリアさんに渡すかのように差し出した。
「ですが――これは、お返しします」
「なぜ? 特派には、ランスロットと改造されたサザーランドしかないはず。今は緊急時、別に貸しを作る気とかは――」
ミリアさんのその言葉を遮る様に、アルマさんは首を横に振る。
「いえ、そういった意図があってお返しするわけではありません」
そう言ってアルマさんが懐から取り出したのは、USBメモリーのような一つの"鍵"。
「ナイトメアの起動キー? 今の特派には、ランスロットと特派サザーランド以外のナイトメアは、まだ存在しない筈」
「ええ。本来であれば、まだ、うちには他のナイトメアはありません。ですが、少し予定が早まりまして……」
それを聞いたミリアさんは、硬直し、まるで『苦労してたどり着いた先にあった宝箱が、実はミミックだった』かのような、信じられないものを見るような視線を、アルマさんに向けた。
……例えが、少し変かもしれないが、ともかくそんな感じだ。
「まだ? ――まさかっ!?」
「はい、ご想像の通りです。
――例のアレが、ちょうど今日届きました」