私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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43話

 『後悔先に立たず』

 後悔というものはいつも後にするもので、いくら悔やんでもどうしようもない、という意味の言葉だ。

 

 目の前に広がるその光景を前に、私はその言葉が頭をよぎった。

 

 予兆はあった。明らかに不審な点もあった。気が付けるきっかけは十分にあった。

 精神的に余裕がなかったから、そんなことは理由にもならない。風邪を引いたからと言って、仕事で失敗してもいいわけではないのと同じだ。

 

 例えどんな状況であっても、コードギアスという未来の知識を持つ私は、そのことに気が付く必要があったのだ。

 故に――

 

「うそ、でしょ」

 

 ――気が付くことができなかった私は、()()()()()()()()()を見ながら、そう呟くことしかできなかった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◆ ◆ ◇ ◇

 

 

 

 

「あと4機っ!」

 

 吐きそうになる自分を抑えつつ、MVSで正面の無頼改を両断する。

 直後に背後から迫るスラッシュハーケンをブレイズルミナスで逸らし、スラッシュハーケンを交わした隙を突こうとしていたであろう無頼改を、逆の手に持っていたMVSで一閃。

 

「あと3っ!」

 

 強引な姿勢からMVSを振ったためにバランスを崩しそうになる私に、さらに左右両側から二機の無頼改が迫る。

 まるで鋏の様に迫るその斬撃を、腰のスラッシュハーケンを利用して跳び上がり、スラッシュハーケンを犠牲することで回避する。

 そのまま空中で右手のMVSを投擲。飛んで行ったMVSは、先ほど左側から迫っていた無頼改のコックピットへと背後から突き刺さった。

 

「あと2機っ!」

 

 MVSを持ち替えながら着地し、背後へと左腕に展開されたブレイズルミナスを向ける。

 エメラルドグリーンの水晶の様なその盾は、背後から放たれた突きを受け流し、コックピットが貫かれるのを防いだ。

 そのままブレイズルミナスを解除、至近距離から左手のスラッシュハーケンを放ち、コックピットに穴をあけた。

 

「ラスト!」

 

 反転して戻ってくる無頼改に、MVSを構える。

 まともに戦えば、たとえAIが相手であると言っても確実に勝てるとは言い切れない。

 故に、剣を振るうのは一撃だけ。一太刀見切る程度なら、観察力に優れたこの身体なら十分にできるはずだ。

 

(時間停止能力を、その効果範囲や原理含めて一目で見切ることができるなら、AIの一撃くらい見破れない筈がない)

 

 MVSの光によって負の方向に向かう思考を引き留めるために心の中でそう言い聞かせ、自分のポテンシャルを信じて、手にした剣を振り下ろす。

 

 ――打ち合わされた刀と剣は、剣が刀を圧し折る形で決着を迎えた。

 

『シミュレーション、終了します』

 

 おそらく、シミュレータの外にいるロバートさんは手が離せない状況なのだろう。ロバートさんの代わりに合成音声が響き、シミュレーションが停止した。

 

「……おわった」

 

 熱気の籠るシミュレータの扉を開け、新鮮な空気を肺の中に取り込む。

 口の中にすっぱい味が広がっていたためか若干空気がすっぱかったが、冷たい空気は体温をほんの少しだけ下げてくれた。

 

 シミュレーションがきちんと停止していることを確認して、シミュレータの外に出る。

 本当なら、今すぐロバートさんに声をかけて、次何をするべきか確認を取るべきなんだろうけど……

 

 ロバートさんの方に視線を向けると、ロバートさんは電話を肩で挟みながら、端末を慌ただしく操作していた。

 

「――予定していたハイウェイが通行止めだって? 原因は、いや、それはいいか。そこから下通ってくと予定よりも1時間遅れってところだよね。

 うん、わかったわかった。その時間だと頑張って急いでもダールトン将軍が来る直前になっちゃうから、無理して急いで来なくてもいいよ。……うん、そう、その時間だよね。もし、その時間に来るようだったら、悪いけど大学の外で待っていてくれないかな。……いや、本当はあまり良くないのはわかってるけど、同時にできる程の人手はないし。それに、手続きの一切はもう終わってるから、僕ら特派以外には迷惑は――」

 

 ――本当に大変そうだ。

 流石にあの状況で話しかけるのもどうかと思うし、ちょっと待ってみよう。

 

 そう思ったところで、シミュレータから『ポーン!』と通知音声の様な音がした。

 振り返ってシミュレータの中を覗き込むと、そこにはロバートさんからのメッセージが。

 

 【今ちょっと手が離せないから、少し休んでいていいよ。沢山シミュレーションやったから疲れたでしょ? ;) 】

 

 まさか、こちらに気が付いているとは思わなかった。

 電話しているから、そこまで余裕はないと思っていたんだけど。

 

「……同時進行、いいなあ。私もできればよかったのに」

 

 電話と別の仕事を同時にしながらああやって周囲に意識を配れるロバートさんは、正直少し羨ましい。

 少なくとも、どちらかというと要領が悪い方である私にはできなかった。私用の電話ならともかく、不用意な返事をするわけにひかない仕事の電話では、自分の仕事を一旦止めないと上手くできた試しがない。

 

 シミュレータから顔を出して、近くの冷蔵庫から例のカルピスっぽい飲み物を取り出す。

 

 色々と強化されているこの身体ならできるかもしれないけれど、怖くて試したことは無い。そこまでデスクワークは回ってこないし、電話がかかってくることはまずないからというのもあるけど。

 

「さて、どうしよっか」

 

 喉を潤して、近くの椅子に座って一息つく。

 周りが仕事をしている中で、ただ休んでいるのも少し辛い。なんと言えばいいのか、手持ち無沙汰とかそんな感じだ。

 以前の私であれば勝手に仕事を探して色々やっていたが、ここは仮にも最新鋭のKMF研究チーム、私が手伝える仕事など存在しない。手伝うためには、絶対的な知識量が足りていない。

 

「なんだろ、新入社員な気分。……まあ、ある意味私は新入社員みたいなものなんだけど」

 

 やる事が無い。暇、ヒマだ。

 

 ぼーっと周囲を見回す。

 しばらくそうしていると、KMFが立たされている格納庫付近でふと目が留まった。

 

 ――そういえば、ランスロットの姿がない。

 

 考えてみれば、スザクさんの姿も見ていない。

 ロイドさんやミレイさんと一緒にどこかに出かけたのだろうか?

 

 そう言えば、ロイドさん達は出かけているらしいけど、行先はどこなんだろうか。

 仮にスザクさんが一緒に行っているとすれば、どっかの部隊との演習とかになるんだろうけど……そんな描写、アニメでされていたっけ?

 

「いや、ロスカラとかだと合同演習とかあったし、アニメで描写されてないことは起きてないと考えるのは変か」

 

 ゲームであるロスカラでは近隣部隊との合同演習があったが、アニメではそんなことはしていたという描写は無かった。小説版はどうだったかまでは覚えていないが、アニメには尺という限界がある以上、アニメで起こらなかったことは何一つ起こらなかったという考え方は危険だろう。

 それに、ゲームやアニメ、小説でそれぞれ作中の時間が異なるのだ。ゲーム版に至っては、同じゲーム内でも主人公が関与していないのにルートによって時間が変わったりする。全ての媒体で変わらないのは、起こる出来事の順序くらいだ。

 

 ゲットーでの戦闘の後にナリタ山での戦闘が起こったり、ナリタの後でマオと戦ったり――

 

「アリスちゃぁーん、手が空いてるならちょっといいー?」

「アルマさん? わかりました、今そっちに行きます」

 

 思考を止める。

 声が聞こえた方向を向けば、こちらに手を振るアルマさんが見えた。

 

 小走りでアルマさんの方へと移動する。

 

「アルマさん、なにかあったんですか?」

 

 私がそう尋ねると、彼女は机の上にあった白いクリアファイルをこちらに差し出す。

 

「これ、実験棟4の1階にあるエニアグラム卿の所の主任に渡してきてくれるー?」

 

 実験棟4、私の頭の中にある地図が正しければ、ここから歩いて5分程度の場所にある建物だ。

 3日前のミリアさんとのシミュレーションの際にまさかとは思っていたけれど、ノネットさんのKMF研究チームが本当に同じ敷地内に拠点を持っているとは……

 

「主任? すみません、私主任の人が誰か知らないんですけど……」

「あれ、アリスちゃんはミリア主任に面識あるはずだよね」

「……え?」

 

 アルマさんの言葉に、一瞬思考が固まる。

 

「えっと、うちが言えた話じゃないんと思うんですけど、あのミリアさんが主任だったんですか!?」

「うん、本名はミリア・ハンナ・スチュアート、ナイトオブナイン専用ナイトメア開発チームの主任だよー。

 まあ、信じにくいのはわかるけどねー。あの人あまり喋らないし、喋っても口数少ないから。おまけに研究者なのに擬音を多く使う人だから、技術の説明でも『ふわふわでくるくるするあれ』とか平然と口にするしー」

 

 なるほど、ミリアさんは『カッといってズバッ』みたいな感覚派なのか。しかもそれで有能なタイプ。

 人生を語れるほど長生きしてきたわけではないけれど、私の経験上、感覚派の天才は発想の観点では理論派を超えるところがある。研究者としては、人とは異なる観点を持つミリアさんは有能だろう。

 

 しかし――

 

「それって、組織のリーダーとして大丈夫なんですか」

 

 私としては、ミリアさんが組織の頂点に位置できる人間だとは思えなかった。

 なぜなら、組織の比較的上に位置する人間は、技術よりもコミュニケーション能力が必要になるからだ。

 ミリアさんは、お世辞にもコミュニケーション能力がある人間ではない。アンナさんとの会話を聞いた感じでは、普通に会話する程度のコミュ力はありそうだが、組織を回すだけのコミュニケーション能力があるとは考えにくい。

 

「うちのセシルさん的な位置にエニアグラム卿がいるから、基本的には大丈夫だよー。この間みたいな技術交流に関するの会議とかでも、彼女の代わりにエニアグラム卿が出てくれるからねー」

 

 どうやらミリアさんは、KMF研究チームの主任としての表向きな仕事をノネットさんに押し付けいているらしい。

 

 ……それは、組織としてはOKでも、リーダーとしては駄目だろう。

 

 考えてみれば、ノネットさん専用KMF開発チームは『LOSTCOLORS』や『双貌のオズ』の中ではほとんど出てこなかった。内容を一字一句覚えているわけではないが、たぶんセリフも無かった、もしくはそう感じられるほどに少なかった筈だ。

 

「ノネットさんも大変そうですね」

「あははー……特派(うち)も人の事を言えたものじゃないけどね

 

 アルマさんの小さなつぶやきに、内心でこっそり同意する。

 あまり大きな声では言わないが、ロイドさんもミリアさんとは別方面で問題のある上司だ。ノネットさんが大変そうに見えるという事は、セシルさんもそれぐらい大変だという事だ。

 

「さて、おしゃべりはこの辺にして、そろそろ行ってきなさーい」

「はい、わかりました」

「それと、向こうもアリスちゃんと話がしたいって言ってたから、そこそこ長めにお茶してきてもいいよー。具体的にはダールトン将軍が帰るくらいまでねー」

「長めに、ですか? アルマさん、その……私のこの休憩は、ロバートさんの仕事が落ち着くまでなので、そんなに長くシミュレータを外すわけには行かないんですけど」

 

 私の言葉が意外だったのか、アルマさんは自身ののほほんとした()に合わせて細めていた目を僅かに開いた。

 さらに、私と目を合わせたアルマさんのその眼からゆっくりと光が消える。

 

「あいつ、正気? ダールトン将軍は良いにしても、その周囲の人間がアリスちゃんをどんな目で見るか想像ぐらいできないの?

 ――アリスちゃん、ちょっと待っててね」

 

 アルマさんは、傍の自分の端末を使って研究室内のメッセに何かを打ち込むと、まだシュレッダーにかけられていなかった裏紙を数枚手に取り、ロバートさんの方へと歩いて行った。

 

 何をする気なんだろうか。

 

 アルマさんは歩きながら手元の紙を素早く蛇腹折してハリセンを作り上げ、ロバートさんの前で立ち止まる。

 そして、メッセを見たのかアルマさんの気配に気が付いたのかわからないが、アルマさんを見るために顔を上げたロバートさんの顔面に、そのハリセンを大きく振りかぶって叩きつけた。

 

 社内暴力である。特派は会社じゃないから、どこに訴えればいいのかわからないけれど。

 

 もちろん、冗談だ。仮に冗談で済まなかったとしても、ハリセンで叩いた程度で怒られることは流石にない。

 例えそれが、乾いた音が一切しない、硬いもので肉を討つような音しかしていなくても。

 

 ハリセンの一撃を受けたロバートさんの肩から、電話が吹き飛ぶ。

 驚いて、一体何が起きたのかわからないという表情を浮かべるロバートさんに、光のない目をしたアルマさんが何事かを告げた。

 

 周囲の研究員さん達の声とタイピング音、そして距離が合わさり、アルマさんが何を言っているのかは聞こえない。

 

 しかし、何故だかはわからないが冷や汗が止まらなかった。

 

 それから1分ほど話して二人は別れ、アルマさんがこちらに戻ってくる。

 

「おまたせ。ロバートとは話をしておいたから、ダールトン将軍が帰るまで戻って来なくても大丈夫だよー」

「は……はいっ。ありがとうございますっ」

「あははー、別にいいって。……って、あれ? アリスちゃん、ちょっと距離遠くない?」

 

 アルマさんが、不思議そうに首をかしげる。

 そんなことは無い。ちょっと怖くなって距離を置いてるなんてこと、ないったらない。

 

「そうですか? 気のせいではないでしょうか。

 それでは、ミリアさんの所に行ってきますね」

「あ、うん。いってらっしゃーい」

 

 足早に研究室を立ち去る。

 

 ロバートさんといい、アルマさんといい、今日は色々な人の思いがけない一面を見ることが多い日だった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◇ ◇ ◆ ◆

 

 

 

 

 実験棟4という建物は、特派(私たち)が借りている建物よりも大学の正門に近い所にある。

 ノネットさんの専用KMF開発チームが借りているらしい一室は、その建物の1階、一番奥だった。

 

「おはよー」

「その、はい。おはようございます、ミリアさん」

 

 部屋に入って早々見知らぬ白衣の青年に手を引かれ、部屋の一番奥まで連行された私を待っていたのは、頭部に包帯を巻き、頬にガーゼを当てたミリアさんだった。

 

 木製の折り畳み椅子に座らされ、目の前にショートケーキと紅茶を置かれる。

 

 ――完全に私をここに長居させる気だ。

 

 ミリアさんは、自身の前に置かれていたティーカップを手に取ると、中身を一口にして大きく息を吐いた。

 部屋中にその吐息が反響し、次いでティーカップを置く音がその音を乱す。

 

「元気?」

「はい、この間はご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

 

 三日前、いったいどのような結末を迎えたのかは知らないが、あの状況で気絶したことは、アンナさんとミリアさんに大きな負担となっただろう。

 そのことを謝ると、ミリアさんは首を横に振り、小さなフォークを手に取ってケーキの苺に突き刺した。

 

「いい。私の方が迷惑をかけていた側だから」

 

 ぱくり、真っ赤な苺を一口で飲み込む。

 直後、イチゴの酸味が思っていたよりも強かったのか、ミリアさんは口をすぼめて力強く目を瞑った。

 

 そういえば、ミリアさんはマルクスのギアスにかかっていたのだった。

 今の様子を見る限りギアスの効果は無くなっているようだが、どうやって解いたのだろうか。

 

 ――失敗作だと言ってたし、ミリアさんには完全にかかっていなかったのかな?

 

 ナナリーにかけられた『記憶改竄』による失明や、トトの『忘却』のギアスもギアスキャンセラーなしに解けていたし、失敗作だと言われているようなギアスなら、そんなこともあるのかもしれない。

 

「――聞きたいことがある」

 

 酸味が引いたのか、ミリアさんはすぼめていた口を元に戻すと、持っていたフォークを置いて私にそう告げた。

 

 何を聞きたいのか――口にはされていなかったが、それが何か私にはわかった。

 

「場所を移してもいいですか」

 

 鋭い目をするミリアさんに、私はそう告げる。

 

「何故?」

「できれば、あまり多くの人には知られたくないことなので」

 

 そう言って、私は周囲を見渡す。

 この部屋の中には、数多くの人がいる。無関係な人が数多くいるこの場所で、会話内容が丸聞こえなこの場所で、今から話す内容は口にしたくなかった。

 

 今から話をする内容――ギアスについて、知っている人は可能な限り少なくしておきたかったのだ。

 

 しかし、私がそう告げるとミリアさんは再び首を横に振った。

 

「それはできない。というより、それをする意味がない。

 三日前に何があったのか、その内容の全ては、ノネット含むこのチーム全員が知っている」

「全て、ですか。それは――」

「――もちろん、『ギアス』に関する会話内容の全ても込みで」

 

 ――加えて言えば、ギアスをかけられた私がどうなったのかも、この二日間みんなは傍で見てきた。

 

 付け足すように、ミリアさんはそう告げた。

 

 ミリアさんの言葉は、つまりこの場がただの確認作業でしかないことを示していた。

 おそらく、ミリアさんの中では『ギアス』がどんな理屈で行使されているのかはわからなくても、どんな条件でどのように作用するのか程度のことはわかっているのだろう。

 

 つまり、もう手遅れだ。

 

 情報を絞る意味は、完全に無い。例えこの場を外してミリアさんにだけギアスについて説明しても、ミリアさんはその内容をこの場にいる全員に告げるのだろう。

 また、仮に私がギアスについてこの場で口をつぐんだとしても、ミリアさん達の中では『ギアスとは何か』という疑問に対する一応の解答が出ているのだ。口をつぐむ意味がない。いや、下手に何も言わなければ、勝手に調査を進めたミリアさん達が嚮団に触れてしまう可能性がある。

 

 コードギアスを知っているという知識面での有利を確保するためにも、また私自身の心情的にも、そうなることは避けたい。私とミリアさんに強い関係性があるわけではないが、気が付いたらミリアさんやノネットさんが死んでいましたとか、私の知り合いが死ぬような状況は嫌だ。

 

「わかりました。なら、ここで話します」

「ん」

 

 

 

 私は、ミリアさんにギアスについて話した。

 ただ、話したのはこの世界のギアスがどんなものかということについてだけ。Cの世界についてや故マリアンヌ王妃がアーニャさんに憑りついていること、ゼロの持つ『絶対遵守』等については一切話さなかったし、私の持つナイトメア・オブ・ナナリーの(エデンバイタルを力の源とした)ギアスについては話題にすら出さなかった。

 

 

 

 

 

「ん、ありがと」

「いえ、中途半端に知っていられる方が、私としては逆に怖かったので」

 

 少し喉が渇いたので、目の前にあった紅茶を一口。

 少し冷めていたが、特派(うち)で使っている物よりも美味しかった。

 

 さりげない所で資金力の差を感じて、少しだけ悲しくなる。

 

 ノネットさんとアーニャさんの専用機開発チームから資金援助をしてもらってるから、前よりはかなり――具体的にはランスロットをもう2~3機作れるくらい――お金に余裕はできたが、それでも新世代KMF開発という研究内容を考えれば、まだうちは金欠なのだ。

 

 ティーカップから唇を離し、小さく息を吐きながら窓の外を見る。

 そこには、薄暗くなった景色と、コーネリア殿下の親衛隊らしき服装の人達と行動を共にするダールトン将軍、そしてC.C.がよく着ていた白の拘束服を身に纏ったカレンさんの姿があった。

 

 ああ、もうそんな時間なのか。

 ミリアさんに長々と説明していたせいで、すっかり時間の経過に気が付かなかった。

 

「どうかした?」

 

 正面にいたミリアさんが、私の様子を不審に思ったのか声をかけてくる。

 

「いえ、ダールトン将軍が見えたのでちょっと……」

「ダールトン? ……ほんとだ」

 

 私と視線の先を共有したミリアさんが、少し驚いた様子でダールトン将軍を見る。

 

 ダールトン将軍は、周りにいた親衛隊数人を率いると、特派の研究室がある建物へと入ってゆく。

 残された数人の親衛隊員達は、車両を守る様に獣をもって周囲に立った。

 

 ――ふと、その光景を見て、少しだけ違和感を感じた。

 

(カレンさんの眼つきが、なんだろ……弱々しい?)

 

 いや、正確には、強い感情が読めないというべきだろう。

 人間観察を趣味にしていたり、本格的に心理学を学んでいたりしたわけではないので信憑性に欠けるところがある私の眼には、カレンさんの目には諦めていない人間が持つ様な強い感情が感じられなかった。

 だからといって、カレンさんが諦めた人間の眼をしているように見えるのかと言われれば、それもどこか異なる。

 

 諦めているようにも、いないようにも見えない。何とも不気味な眼。

 

 そんなことを考えているうちに、カレンさんは建物の中に入り、私からは見えなくなってしまった。

 

「なんでこんなところに」

 

 ミリアさんが、本当に心の底から不思議そうに思っているような声で呟く。

 

 まあ、いきなり総督府の幹部が来たら誰だって驚くだろう。

 というか、ミリアさん達ノネットさん専用KMF開発チームの人達には、一切連絡はなかったのか。

 

 急に決まったことらしいし、守秘義務とか指揮系統が違うからとかその辺の理由で連絡がいかなかったのかな?

 

「えっと、詳しいことはわからないんですけど、紅蓮弐式に関して検証したいことがあるらしいです」

「紅蓮弐式に関する検証? 紅蓮弐式のシステムは完全にコピーしてあるから、そんなのシミュでやればいいのに……変な話」

 

 ミリアさんは、変な話だなと首をひねりながら、近くにあったノート型の端末を操作し始めた。

 

「システムを完全にコピーしてあるって……随分早いんですね」

「そうでもない。もともと、ナイトメアにはそこまで厳重なセキュリティがかけられていないから。

 ナイトメア同士の戦闘は、OSの起動が遅かったり、コンマ1秒以下でも反応が遅くなるだけで結果が変わる場合がある。ランスロットやラウンズ専用機ならともかく、一般のナイトメアとか、開発環境的に私たちほど高性能なコンピュータを用意できないテロリストたちのナイトメアは、そこまでガチガチに守るだけの余裕がない。物理的な鍵と英数字8桁のパスワードしかセキュリティが存在しないわけだから、再入力への対策がなされていなければ計算上最大10分で突破できる」

「もし対策されていたら?」

「ハードが手元にある以上、やり方はいくらでもある」

 

 ミリアさんはそう言うと、端末の画面に視線を戻した。

 

 ……私のコードギアスも、勝手にそういったことができたりするのだろうか。

 

 ミリアさんの言葉に、コードギアスは間違っても鹵獲されないようにしようと決意した。

 コードギアスは、操縦方式から何まで普通ではない機体だが、一応サクラダイトを使用して動く機械なのだ。ロイドさんやラクシャータ博士、目の前のミリアさんの様な天才達の手にかかると、万が一がないとは言い切れない。

 

「……やっぱり変」

 

 決意する私をよそに、端末を見つめるミリアさんが深刻な表情で呟いた。

 

「何がですか?」

「ダールトンがここにいるのはおかしい」

 

 そう言うと、ミリアさんは何かの表の様な物を提示した。

 

「これは?」

「今日、ノネットとイシカワに向かった殿下の部隊、その一部抜粋」

「私に見せちゃダメな奴ですよね、それ」

「どうせ、もう始まってる。今漏れたとしても問題ない」

 

 いや、今漏れても問題ないとか、そんな問題ではないような気が……

 

「今話しているのはそこじゃない。問題は……ここ」

 

 ミリアさんが画面の上の方を指さす。

 そこには、ギルフォード卿の名前が書いてあった。

 

「ギルフォード卿、ですね」

「ん。だから、ここにいる筈がない」

 

 ……ん?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()

 

 少し前にミリアさんが告げた言葉が、遅れて私の頭の中で木霊する。

 

「つまり、えっと……どういうことですか」

「シスコンの殿下が、ユーフェミア様を一人にする筈がない」

 

 確信を持ったように、ミリアさんが呟く。

 

 

 

 ――その瞬間、頭の中で全てが繋がった。

 

 

 

「ミリアさん」

「ん」

 

 繋がった思考が真実であるかを確かめるために、ミリアさんに私は問いかける。

 私がするのは、とても簡単な質問だ。きっと私しか意味が分からないような、しかし答えを得るために確実な質問。

 

「今日は、クロヴィス殿下が定めた芸術週間、その初日だったりしますか?」

「ん」

 

 コードギアスを視聴した時の記憶が正しければ、芸術週間の初日には、ユフィさんがクロヴィス記念博物館でコンクールか何かの最優秀作品を決めていたはずだ。

 

 そして、その補佐役を務めていたのは……

 

 

 ――私がそこまで考えたちょうどその時、どこかから爆発音が鳴り響く。

 

 

 そして連続するように、窓の外にあった車両が爆発した。


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