私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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42話

 アルマさんに軽く手を引かれつつ、パイロットスーツに身を包んだ私は特派の研究室へと向かう。

 時刻は、12時59分。本当にぎりぎりだが、なんとか1時には間に合いそうだった。

 

 個人的には、10分前行動が基本だと思っているので少し心が痛いけど、まあ時間には間に合っているので大丈夫だろう。

 

 ――それよりも、問題はアルマさんだった。

 

 私がシミュレータに乗るのは反対なのか、それとも私が言うことを聞かなかったのが気に食わないのか、アルマさんは私に視線1つ向けようとしない。

 

「……怒ってるのかな」

「怒ってないと思う?」

 

 小さく呟いた、アルマさんに聞かせるつもりがなかった言葉に、アルマさんが背中越しに答えた。

 同時に、アルマさんの歩く速度が少しだけ早くなる。

 

「怒ってると思います」

「……どうして怒っているのか、わかるかしら」

 

 ――どうして、怒っているのか。

 

 そう聞かれると、よくわからない。

 これが一般的な大人、例えば子供が戦うのは反対だ、なんてことを口にする人間であれば、理由は簡単に分かるのだけれど、アルマさんはそんな人間ではない。ロイドさん程ではないが、ロイドさんと同じように科学に魂を売った人間だ。いまさら子供が戦っている程度のことで、ああだこうだいうような人間であるとは思えない。

 これがセシルさんなら、そんなこともあるのかもしれないけれど……

 

「私が、きちんと体調管理をしていなかったからですか?」

「そうじゃないわ。

 ……はあ。ごめんね、アリスちゃん。別にあなたに怒っているわけじゃないの。気分を悪くさせてごめんなさい。

 ちょっとしたら落ち着くから、少し一人にさせてもらえるかしら」

 

 アルマさんがそう言うと同時に、私とアルマさんは、特派の研究室として使っている一室へとたどり着いた。

 

 アルマさんは、私を置いてさっさと部屋の中に入ってゆく。

 私も、この先には紅蓮弐式が存在しているという問題があったために少しためらったが、ドアの前で立ち止まっているわけにもいかなかったので、アルマさんに続いてドアを潜った。

 

「おはよー。私の休憩終わったから、ジェレミー達は交代で休憩入ってねー」

「お、アルマ、もうそんな時間か。これが終わったら私も休憩に――って、おいちょっと待て」

 

 キーボードをカタカタと鳴らしていたジェレミーさんが、一瞬こちらに視線を向けてから自身の端末の画面に視線を戻し、すぐさま顔ごと視線を向けてくるという、まるで乗りツッコミのお手本のような反応を見せる。

 同様に、室内にいた某チーズケーキさんや研究員さんたちも、こちらに顔を向けてその表情を驚愕一色に染めた。

 

「お、おはようございます」

 

 じっと見られると、少しこそばゆい。

 部屋中から放たれる視線に少しどもりながらも、私はアルマさんの後ろで挨拶をした。

 

 すると、不思議なことに室内から音が消え去る。

 

「……アルマ、セシルさんに連絡はしたの?」

 

 静まり返った室内で、その静寂を破る様にチーズケーキさんが声を上げた。

 

「もうしたよー。顔芸はいいから、あんたとジェレミーは休憩しなってー。まだお昼ご飯も食べてないでしょー」

「顔芸なんてしてるか! というか、アリスちゃんはここ来ても大丈夫なの? まだ寝てなくてもいいの?」

「あ、はい。精神的不調以外は特に問題ないので」

 

 突然話を振られたので少し戸惑いつつ、チーズケーキさんの質問に答える。

 厳密に言えば少し気分が悪かったりするのだが、流石に気分が悪い程度で仕事を休むわけにもいかない。私の立場は、あまりいいものではないのだし。

 

「本人がいいって言うんだから、私たちが口出しする必要もないでしょー。はいはい、みんなも仕事に戻りなよー。ただでさえ、今日は搬入があって仕事が多いんだからさー。お話は、仕事が全部終わった後でねー」

 

 パンパンと手を叩き、アルマさんが広い室内に響く大きな声で、研究員さんたちにそう告げる。

 研究員さんたちは、色々と言いたいことがありそうだったが、アルマさんが言う通り本当に仕事が大変なのか、不承不承といった態度で仕事に戻る。

 チーズケーキさん達も、凄く何か言いたそうな顔をしていたが、小さくため息を吐いて研究室の外へと出て行った。

 

「よし、じゃあアリスちゃんもシミュレータ行ってきなよー。ロバート曰く、シミュレーションのスケジュールはかなり押してるみたいだから、頑張ってねー」

「はい、わかりました」

 

 アルマさんは、そう言って私の背中を押すと、自分の席に座って端末の電源を入れた。

 私もぼーっとしているわけにはいかないので、シミュレータの方へと向かう。

 

 シミュレータは、機体調整等の設定をKMFに反映させやすいよう、KMFが置かれている場所の近くに置かれている。そのため、シミュレータに向かう途中、私は今特派で管理しているKMFを見ることになった。

 

 そこにあった機体は2機。ランスロットに近い形へと改造された魔改造サザーランドと、紅蓮弐式だ。

 紅蓮弐式の方は強大な白い布がかぶせられており、実際には姿を見ることはできなかった。しかし、布越しに見えるシルエットから見て、外されていた腕はきちんと取り付けられ、コード等は一切繋がれていない様だった。おそらく、解析などはすでに終わっているのだろう。

 サザーランドの方は、傷一つない形に修復されていた。また、何らかの調整が行われているようで、数人の研究員さんたちがコックピットに詰めており、そこから大量のコードが伸びている。

 

 近くの、KMFの調整やシミュレーションの設定などを行うことができる端末では、ロバートさんが死にそうな顔をして座り込んでいた。

 

「えっと……ロバートさん、大丈夫ですか」

 

 濃いクマと青白い表情、そして瞳を濁らせたロバートさんに声をかけるのは少し怖かったけど、勇気を出して声をかける。

 ロバートさんは、ゆっくりと私に視線を向けると、疲れ切った様子で片手をあげた。

 

「アリスたん? おー、私は大丈夫ですよ。あなたは超能力者ですか?」

 

「えぇ……」

 

 明らかに正気でないロバートさんの言葉に、思わず声が漏れた。

 

 ――リアルで『○○たん』とかドン引きである。

 

 大丈夫と言っているが、あまり大丈夫ではなさそうだ。意思疎通はできそうだが、なんだかいろいろとおかしい。そのうち、中学生の英語の教科書の様に、『あなたはペンですか』とか言い出しそうな気がする。

 

「ロバートさん、ちょっと休んだ方がいいと思いますよ」

「……ちょっと待った。正気に戻ったから、ごめん、今のなしでお願い」

 

 そっと優し気な感じを意識して声をかけると、ロバートさんは急に意識を取り戻して背筋を伸ばした。

 

「あーっと、とりあえず、アリス君体調は大丈夫かい?」

「はい、心配させてしまってすみませんでした」

「そうか、大丈夫なら別にいいんだ。

 とりあえず、君が寝ていた3日分の仕事が溜まっているけど、とりあえずそれらのほとんどは明日にまわそうか。君の体調も不安だし、なにより今日は仕事を増やすことができないくらい忙しいからね」

 

 そう言うと、ロバートさんは端末を操作してシミュレータの電源を入れる。

 私は、ここからシミュレーションを始めるまで少し時間があるので、少し気になっていたことを聞くことにした。

 

「そういえば、皆さん随分と忙しそうにしてるみたいなんですけど、今日って何かあるんですか」

「ああ、そっか。アリス君は知らなかったね。今朝急に連絡があったんだけど、今日の夕方からダールトン将軍が来るみたいなんだ」

「ダールトン将軍が?」

「そ、しかも例の紅蓮弐式のパイロットを連れてね」

 

 ……カレンさんを連れて、ダールトン将軍が特派に来る?

 色々と大変な事態が起こったりしないように処置はするのだろうが、何故わざわざカレンさんと紅蓮弐式を接触させるというリスクのある行為を行うのかがわからない。

 R2でカレンさんが捕まった時は、特にそう言ったことはしていなかったのに……

 

 ギアスの存在がばれていないから?

 それとも、ゼロの存在がR2時代のころほど危険視されていないから?

 まさか、単にアニメでは描写されていなかったからなんてことは無いだろうし……

 

 少し考えてみたが、答えは出なかった。

 

「詳しいことは知らないけど、なんでも検証の一環だとか」

「検証の一環って、なんのですか?」

「さあ、それはちょっとわからないな。僕はあくまで研究者だから、その辺は全く詳しくないし。

 念のため、詳しい話をセシルさんやロイドさんに聞いてみたんだけど、二人ともこの命令が急に出されたものではあるけれど、きちんと正規の手順を通って出された命令だってことしかわからなかったみたい」

 

 セシルさん達でも意味がわからない命令?

 いや、今朝急に出されたものだってことを考えると、単に探っている時間がなかっただけかもしれない。そうなると、ロイドさん達が此処にいないのもその関係だろうか。

 

「一応、正式な命令として受理されている物だから、特に心配とかはしなくてもいいと思うよ。

 アリス君が名誉ブリタニア人だっていうのがちょっと気になるかもしれないけど、ダールトン将軍は血統よりも実力を重視する人だから、一度だけとはいえラウンズを落したアリス君を変な目で見るとは思えないし」

「……はあ、いえ、何か心配っていうわけではないんですが」

「まあ、ちょっと意図が図れない命令ではあるけれど、軍にいればそういったことは珍しくないから、あまり気にしすぎなくてもいいんじゃないかな」

 

 ロバートさんはそう言って話を閉めると、机の上に置かれていた少し薄めのファイルを手に取って私に渡してきた。

 

「それじゃ、今日もシミュレータと行こうか。まずは、15時までにそこの7ページ目までやるよ」

「はい、わかりました」

 

 ロバートさんに了承の意を返して、ファイルを開く。

 ファイルに綴じられた用紙には、1ページに付き3~4つのシミュレーション項目が設定されていた。

 

「……え」

「大変だろうけど、頑張ってね」

 

 全てのページがこのペースで記述されていると考えると、単純計算で21~28項目あることになる。

 近くの時計を見ると、現在時刻は13時12分となっていた。

 

「えっと、あと2時間でこれやるんですか」

「うん、時間がかかるものは後ろにまとめてあるから、がんばれば何とか間に合うかもしれないと思うよ」

 

 ――病み上がり早々(治ってないけど)これって、嘘でしょ!?

 

 私は、急いでシミュレータに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして二時間後、

 

「……ロバートさーん、終わりましたぁー」

「うん、お疲れ様」

 

 全力で様々な火器を乱射して、色々なイロモノ武器を振り回して、7枚の用紙に記述されていた計24の項目を終えるころには、私の精神力は限界を迎えていた。肉体的には汗一つ掻いていないのでまだまだ余裕かもしれないけれど、私の神経が持たない。

 

「それじゃ、データ整理もう終わってるから、あとでそれ見てレポートお願いね」

「……はい」

 

 まだ、仕事が終わりじゃないことに絶望しそうになる。

 トラウマ発症してから、私の精神が豆腐メンタル化しているような気がしてならない。

 

「ほら、アリス君、シミュレーションはまだ終わりじゃないよ」

「まだ……あるんですか」

 

 ため息を吐きたい心情を抑えながら、気合いを入れて身体を起こす。

 そうだ、もの凄く疲れているが、このシミュレーション漬け状態も悪いことばかりではない。シミュレーションをしている最中は、かなりの激務なので無駄なことを考えている場合ではなくなる。自分の精神がどうなっているのかとか、アンナさんやミリアさんがどうなったのかとかそんなことを考えられなくなるのだ。……そう思っていないとやってらんない。

 

「次は、アリスちゃん自身のデータ取りだからね」

「私の、ですか?」

「そうだよ。もっとも、君のデータはほとんど揃ってるから、細かい所の調整みたいなものになるけど」

 

 どうやら、今度は武装のテストとかではないらしい。そのことに、少しだけほっとした。

 それにしても、私のデータなんて取ってどうする気なんだろうか。

 

「アンナさんやミリアさん達もそうでしたけど、私のデータなんて取ってどうするんですか?」

「アンナさんとミリアさん? ……ああ、ラウンズの所の人達ね。

 そうしてその人達がアリスちゃんのデータを欲しがったのかは知らないけれど、たぶん僕らとは別の理由だと思うよ」

「別の理由ですか」

「うん、今は教えられないけどね。僕らの仕事が早く終わればダールトン将軍が来る前には、遅くても今日中には教えられると思うから、ちょっと待っててね」

「……はあ、わかりました」

 

 そっとはぐらかされたが、まあ今日中に教えてもらうなら別にいいだろう。

 何となく釈然としない気持ちを胸に、シミュレータの中に身体を戻した。

 

 シミュレータの入り口を閉めて、再び中と外を遮断する。

 それから、身体をシミュレータ内部にあるシートに預け、小さく息を吐いて肩の力を抜いた。

 

『じゃあ、シミュレーションを再開するよ』

 

 少し待つと、シミュレーションを始める前に着けた右耳のインカムから、ロバートさんの声が聞こえてきた。

 力を抜いていた体を起こして、身体に火を入れる。

 

「はい、お願いします」

『うん、さっきも言ったと思うけど、今からするのは君の操縦データの測定だ。可能な限り、自分が動かしやすい動きを意識してほしい。場合によっては、操縦をマニュアルに切り替えてもいいからね』

「はい」

 

 出番はないとは思うけれど、ロバートさんにマニュアル操縦について言われたので、念のため操縦方法をセミオートからマニュアルに切り替える方法を再確認する。

 

『それと、今回の操縦において使ってもらう機体は、普段使ってるランスロットじゃなくて、ロイドさんがさらに手を加えたランスロットの改修機だから少し注意してね』

「改修機ですか?」

 

 操縦観測用に、何か特別な装備でも積んでたりするのだろうか。

 

『モデルを用意してないから外見は変わらないけどね。変化してるのは、あくまで数値だけ』

「具体的には、どのあたりが変わっていますか」

『細々した変化は多々あるけれど、大きな変化は機体重量と出力が少し上がってる位かな。操縦感覚が変わってるかもしれないけれど、機体の重心位置とかはほとんど変わっていないから、そこまで操縦感覚の変化は大きくないと思う』

「わかりました」

 

 出力の向上に機体重量の増加、この時期で改修となると、エアキャヴァルリー仕様にでもなったのだろうか。流石に、一気にランスロット・コンクエスターまでは行かないだろうし。この時期にランスロットがラウンズ仕様になると、紅蓮弐式を奪われたゼロがさらに涙目になる。

 

 あれ、でもエアキャヴァルリーって出力変わってたっけ? 羽付いただけだけだったような……

 一応ストーリーとかは把握しているけれど、映画見に行ったり設定資料深く読み込んだりしなかったから、細かい所がわからない。

 

『まずは、君の細かい操縦データを取るためにも、まずは機体の感覚を慣らそうか』

「はい」

 

 モニターに光が灯り、廃墟となった市街地、日本人達が生きるゲットーの景色がシミュレータに再現される。

 同時に、レーダーにも大まかな地形が表示され、その中にいくつか敵の反応が表示された。

 

『まずは、非エース機体との多対一での戦闘から。

 敵の機体は、日本解放戦線が使用していたナイトメアである無頼とそのカスタム機。使用しているAIは一般的なものだから、本当に慣らすような気持ちで戦って大丈夫だよ』

「無頼ですか、了解です」

 

 日本解放戦線が使用していたKMFである無頼は、サザーランドの一世代前に位置するKMF『グラスゴー』のコピー量産機だ。若干近接戦闘向けに改造されてはいるものの、基本的な性能はグラスゴーのものから変わっていないので、そう手ごわい相手ではない……無頼改に改造されていたり、日本のエースパイロットである四聖剣とか藤堂さんとかが搭乗していなければ。

 

『最初は5機。全滅したら追加で何機か足していって、10分したらレーダーにジャミング入れるから』

「わかりました。何機撃墜したら終了ですか?」

『僕としては、50機撃墜、かつ20分経過したらっていうのを想定しているけど……あくまで慣らしだから、要望があったら変えるよ』

 

 20分で50機、数字としては多く感じるが、一斉に襲ってこないことや性能差を考えれば、それほど多いものでははないだろう。

 

「ジャミングは5分から、終了時間は15分でいいです。撃破機体数はそのままで」

『わかった。5分後からジャミングで、終了時間は15分ね』

 

 スピーカーの向こう側から、カタカタとキーボードを叩く音が鳴り始めた。

 30秒ほど待つと、力強くエンターキーが叩かれる音が響き、そしてふっとロバートさんが吐いたと息が聞こえた。

 

『はい、お待たせ。準備できたから始めるよ』

「お願いします」

 

 ロバートさんの言葉に返事を糸、軽く握っていた操縦桿に力を籠めると、シミュレーションが動き出した。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 まずは、正面の敵を狩る。

 全速力で加速し、同時にロックオンされないように僅かに蛇行しながら距離を詰め、すれ違いざまに右腕のスラッシュハーケンの刃でコックピットを切り捨てる。

 

 ――まずは1機。

 

 モニターの端、視界の隅に表示したレーダー画面を確認し、残り四機の位置を確認する。

 

「ビルの反対側に一機、少し離れたビルの中に一機、遠くの高架下に一機、そして――」

 

 加速した勢いを可能な限り殺さずに跳躍、スザクさんのごとく空中で機体を捻る様に回転させる。

 

「――私の後ろ」

 

 1回転目で敵の位置を確認しながらヴァリスを腰から引き抜き、2回転目で背後から迫っていた無頼を撃ち抜く。

 

 ――これで2機。

 

 着地した機体をさらに加速させ、スラッシュハーケンを利用して正面のビルを駆け上がる。

 そのままビルの上を移動しながら、開始位置から見てビルの向こう側にいた無頼と、遠くのビルの中にいた無頼をヴァリスで狙い撃つ。

 

 ――これで4機……いや、外したから3機かな。

 

 レーダーを確認すると、反応は2機となっていた。

 どうやら、ビルの向こう側にいた無頼は撃破できたが、ビルの中にいた無頼は撃破できなかったようだ。

 

「ヴァリスの貫通力なら、鉄筋コンクリートぐらいなら貫通できる筈なんだけど……」

 

 ビルの中から、反撃として撃ち返されたアサルトライフルの連射を回避しながら、周囲の廃ビルとスラッシュハーケンを利用してターザンの様に距離を詰める。

 

 サザーランドの使用するアサルトライフルですら、コンクリートを貫通できるのだ。ヴァリスができない筈がない。にもかかわらず撃破できなかったという事は、おそらく外してしまったのだろう。

 

「ま、これで終わりだからいいか」

 

 移動中に短時間だけファクトスフィアを展開し、ビルの中を細かく解析。解析結果と弾丸が放たれる位置から、無頼がいる位置を正確に割り出す。

 そして、そのデータを基にヴァリスを三連射。今度は確実に討ち取った。

 

 ――今度こそ4機。

 

 最後は、少し離れたところにある高架、その下に隠れている一機。

 相手もこちらに気が付いたようで、ビルの陰に隠れるようにしながらこちらに近づいてきた。

 

 無頼は、どちらかと言えば近接よりの機体。距離を詰めるという選択は、そのことを考えれば当然の行いというべきだろう。

 

 だからといって、私がそれに付き合う義理もないけど。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 ユグドラシルドライブのギアを引き上げ、ランドスピナーを全力稼働。

 ひび割れたアスファルトの上を、煤汚れたビルの壁面を、むき出しになった鉄骨の上を足場に、最短ルートを通って無頼に接近する。

 

「よし、見えた!」

 

 シミュレータのモニターに頭部に触覚の様なアンテナを搭載した鼠色の無頼が映る。無頼のカスタム機、無頼改だ。

 無頼改との距離は十分。相対速度もバッチリ。ある程度は細かい修正が必要かもしれないけれど、ここからなら確実に仕留められる。

 

「スザクさん直伝――」

 

 腰のスラッシュハーケン二機と右腕のスラッシュハーケンを使い、捻りを加えながら大きく跳躍する。

 重量が増したためか若干高さが予定よりも低いが、十分誤差の範囲だ。

 

 ちょうどいい高さまで跳び上がったところでスラッシュハーケンを巻き戻し、巻き取った時の勢いでさらに捻りが加速する。

 

 回る機体、揺れる視界、その中でも私の視線は、敵機から逸らさない。

 

「――くるくるキック!」

 

 相手が刀を構えるが、もうすでに遅い。

 遠心力とランドスピナーの加速が加わった約7tの質量体を正面から受けた鋼の刃は一瞬で圧し折れ、持ち主である無頼改と共に廃材へと変わった。

 

「……これがもっといいAIだったら、私が逆に斬られていたかな?」

 

 破壊された無頼改を前に、思わずそう呟く。

 

 何せ、相手の持っている刀がMVSであった場合、私は間違いなく両断されていたからだ。無頼改の持つチェーンソー式の刀がそこまで切れ味のあるものであるとは思っていないが、剣の達人のような人間が相手だった場合のことを考えるともう少し注意したほうが良かったかもしれない。

 

 そう考えたところで、レーダーに6機の敵反応が追加された。

 

 位置は、西のビルの中に一機、東の道路に三機、北東の廃ビル街の間に一機、そして北西の道路に一機だ。

 

 四グループともそこそこ距離が離れていそうで、しかし苦戦して時間をかけてしまうとすぐにやってきそうな位置にいる。

 仮に戦うのであれば、一気に撃破できるように戦わなければ厳しそうだ。

 

「これって、あんまりヴァリスに頼り過ぎるなってことなのかな?」

 

 私個人としては、普段使用するKMFであるサザーランドやランスロットならともかく、あまり操縦感覚がつかめていないこの機体で百発百中を決める自信はない。故に、確実に敵を仕留めるのであれば接近戦を挑まざるを得なくなる。

 

 慣れない機体機体を慣らすには、接近戦が一番だとは思う。かなり適当な戦い方でもスペック差で押し切れるので、少し操縦でへまをしても大丈夫だろう。

 

「……接近戦か」

 

 視線を、モニターから武器関係の情報を映した計器に移す。

 ランスロットに積まれている近接戦闘用の武器は、MVSとブレイズルミナス、スラッシュハーケンの三つ。いや、スラッシュハーケンはどちらかと言えば中距離専用の武装で、ブレイズルミナスは本来であれば盾なので、厳密に言えば一つだろう。

 

 本来であれば、このMVSをぶんぶん振り回して戦うのが普通なのだろうけど……

 

「MVSが、赤色じゃなかったらなぁ」

 

 問題は、MVSの色だ。

 赤にトラウマを持っている私としては、正直MVSの使用は遠慮したい。

 

「でも、機体に慣れるには接近戦が一番だし……最大出力のヴァリスで廃ビル街ごと薙ぎ払っちゃダメかな」

 

 いや、『街を壊してはいけないなんて言われてないから大丈夫でしょ』なんて和マンチ的な行動はダメだろう。それでは機体を慣らすことにならない。

 ここは、可能な限りMVSの使用を避けつつ、その上で接近戦を行うしかない。

 

「……はあ、MEブースト」

 

 ユグドラシルドライブの回転数を上げ、ランドスピナーを全力で稼働させる。

 行先は、西にいる無頼。西の無頼を最初に選んだのは、東の無頼が一番多いので、それは後回しにしようと考えたからだ。

 

 廃ビルに囲まれた道を駆け抜け、30秒もせずに無頼がいるビルに到達する。

 

 到着と同時に、ファクトスフィアを起動。ビルの中を可能な限り確認する。

 

「……あれ、いない?」

 

 解析の結果、建物の中に無頼の影はなかった。

 

 ファクトスフィアの能力には、当然だが限界がある。いくらランスロットのファクトスフィアがサザーランドのファクトスフィアを大幅に上回る性能を持っていたとしても、建物の中を完璧に解析することはさすがに難しい。

 だが、建物の正面まで来て、KMFの存在を全く感知できないというのはあり得ない。何階のどの辺にいるくらいのことはわかるはずなのだ。

 

「どゆこと? レーダーには、この辺にいるって反応が――」

 

 その直後、微かにモニターの映像が微かに揺れ、次の瞬間、機体が一気に崩れ落ちた。

 

「なっ!? いや、地面っ!」

 

 否、機体が崩れ落ちたのではない。機体を支える地面が崩れ落ちたのだ。

 直後にカメラに映るのは、ちょうどKMFが通れる程度の高さしかない下水道と、正面からこちらに接近する無頼改の姿。

 

「ロバートさんの嘘つきっ! 慣らすような気持ちで戦っても大丈夫じゃないじゃ――っ!」

 

 振り下ろされる刀型チェーンソーを回避し、ブレイズルミナスを展開した右腕でシールドバッシュを放つ。

 無頼改は、その一撃をチェーンソーの回転を利用することで受け流し、蹴りを放ってくる。

 

「何時ものよりかはかなり弱いけど、これ普通のAIじゃないよね!?」

 

 とっさに左手でMVSを抜きそうになり、それに気が付いた私の意識が手の向かう先をヴァリスへと強引に変更する。

 

「やば――っ!」

 

 だが、そのためらいはあまりに致命的な隙だった。

 MVSであれば余裕をもって無頼改を両断できたはずの隙が、持つ武器をヴァリスに変更したことにより消失――いや、逆にこちらの隙となる。

 

 私自身が出せる最高の速度でヴァリスの狙いをつけるが、それよりも早く無頼改の一撃が左腕へと迫る。

 

「ブレイズルミナス!」

 

 とっさにブレイズルミナスを展開。腕が切断される事態だけは避ける。

 しかし、衝撃は消すことができずに、弾き上げられた左腕はあらぬ方向へと向かい、手に持ったヴァリスはどこかへと飛んで行った。

 

 ――だが、追撃はここで終わりではない。

 

 振り上げられた刃が反転し、無頼改が一歩踏み込む。

 

 ――追撃が来る。

 

 私は、腰のスラッシュハーケンを起動し、その一歩分を下がらせると同時に自身も一歩下がった。

 躱されたスラッシュハーケンは天井に刺さり、その動きを止めるだけで無頼を貫くことは無かった。

 

「ここで!」

 

 スラッシュハーケンを回避した無頼改が踏み込む様子を見せると同時に、操縦をマニュアルに変更。

 ()()()()()前方に跳躍し、同時に腰のスラッシュハーケンを巻き取る。

 

 ランスロットは、一歩踏み込もうとする無頼改に激突し、踏み出した足が地面に付いていなかった無頼改はバランスを崩して倒れ込んだ。

 

 私は、倒れ込んだ無頼改の右腕を踏み潰すと、今度こそMVSを抜き、コックピットに突き刺した。

 

「……ふう」

 

 ため息を吐き、MVSのMV(メーザーバイブレーション)を解除して色を赤から白に戻す。

 それからレーダーを確認し――急いでそこから離れた。

 

 それのすぐ後、天井を突き破って飛来した多数の弾丸に、無頼改が蜂の巣にされた。

 

 急いで落ちてきた穴から地上に出て、周囲を確認する。

 

 そこには、3機の無頼と2機の無頼改の姿があった。

 どうやら、さっきの無頼改に時間をかけすぎたようだ。

 

「……ちょっとまずいかな」

 

 さっきみたいに狭い空間ではないのでだいぶ楽だが、流石に5機纏めて相手にするとなると難しい物がある。

 さらに悪いことに、ちょうど5分経過したのか、さっきまで映っていたレーダーから敵の反応が消えた。地形データはそのまま映し出されているが、敵の反応は全くない。

 

 とりあえず、ヴァリスはどこかに行ってしまったので、もう一本のMVSを鞘から引き抜き構える。

 MVSとしての機能はまだ使っていないために、刃の色は白のままだ。

 

「残り、あと最低でも10分。敵の残りは44機。……もうちょっと減らしてもらってもよかったかな?」

 

 するには遅い後悔を口にしつつ、私はランスロットを一歩踏み込ませた。

 




念のため言っておくと、今回のAIは使用対象が少し強めの騎士を想定していますが、本当に普通のAIです。
主人公が苦戦したのは、トラウマと、あとは単純に近接戦闘があまり得意ではないから(比較対象は周囲のパイロット)。

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