私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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諸事情によりあけましておめでとうとは言えませんが、とりあえず今年もよろしくお願いします。

新年早々、色々あって5000文字ぐらい消えたので、心が折れそうになりました。もう二度とWordは使いません。
そんなわけで、遅れてしまいましたが40話です。今回の話は、マオの心理状態に関して、私の独断と偏見がかなり混ざっているので、賛成反対と意見が分かれるであろう内容となっています。
また、マオがC.C.の居場所を知るタイミングが変わったので、マオの行動が変化してある人物の人生が大きく変化していたりします。詳しく描写する気は全くないですけど。

さて、年は変わりましたが、まだ主人公のめんどくさい心理状態は変わることなく続きます。


40話

 アリスが紅蓮弐式に敗北したちょうどその頃、別の場所でもまた、一つの決着が着こうとしていた。

 

 

 

 薄暗いその場所で、彼は小さく、そして深く疲れたようなため息を吐く。

 

「……僕の負けだよ」

 

 そう言って、白のキングを自ら倒した彼の表情は、その言葉とは反して晴れやかだった。

 

 彼の正面に立つ青年は、その様子を怪訝そうな表情で見ていた。

 

「何のつもりだ」

「何が?」

 

 黒髪の青年と、彼はお互いに視線の先を一致させる。

 彼と彼の対戦相手の正面に広がるチェス盤は、二人の対決結果を明確に示していた。

 

 すなわち、黒の圧勝だ。

 

 彼の駒である白は、黒の駒を前になすすべもなく蹂躙されていた。

 

「何故、ギアスを使わなかった」

「使ったほうが良かったかい?」

 

 彼らのいる場所は、アッシュフォード学園内に置かれた教会。

 太陽光を反射して色とりどりに輝くステンドグラスの光を浴びながら、二人は言葉を交わす。

 

「……使ってはいたさ。ただ、君には使っていなかったけどね」

「お前のギアスは、制御が効かないんじゃなかったのか」

「C.C.は言ってなかったのかい? 僕のギアスは、ある程度指向性を持たせることができるんだよ」

 

 彼は、チェス盤の前を離れると、近くに並んでいた長椅子の一つに腰かける。そして、頭に着けていたヘッドホンを外すと、それをゆっくりと自分の隣に置いた。

 

 おかしい、この様子は何だ。

 

 昨日会った時の様子とはあまりに違う彼の姿に違和感を抱きつつ、青年は問いかけを続ける。

 

「先ほど言ったことといい、このチェスの結果といい、一体何のつもりだ」

「何って、特に意味はないよ。意味があるにしても、精々区切りって意味しかないさ」

「区切り?」

「そ、僕の未練とのね」

 

 区切り。

 未練。

 

 どちらも答えとはなっていない、意味のはっきりしない言葉だ。

 青年には、彼が言葉を濁して誤魔化そうとしているようにしか思えなかった。

 

 そんな青年の心を見透かした彼は、疲れたように笑いながら、青年の注意を引くように両手を2度叩く。

 

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。僕は、正直に答えただけだよ」

「ギアスは使っていなかったんじゃなかったのか」

「ギアスを使わなくても、人の心を察するくらいはできるさ」

 

 何でもなく告げられた彼の言葉に、彼は驚きの表情を隠すことができなかった。

 

「そんなに驚くことかい? 君達が普段からしていることだろうに」

「いや……たった一晩で随分変わったな、マオ」

 

 これが、目の前の彼ではなく、普通の人間が口にしたのであれば、青年は驚くことは無かっただろう。

 マオ、そう呼ばれた彼が告げたように、普通の人間であれば、程度の差こそあれ、誰もが常日頃から行っていることなのだから。

 

 だが、この言葉を告げたのは彼だ。

 心を読むギアスを持ち、それに依存する生き方を強いられている彼なのだ。

 

 例え同じ言葉であっても、彼が口にするのでは意味が大きく違う。

 

「昨日、初めて会ったときのお前は、そんなことを口にするような人間ではなかったはずだ」

「言うじゃないか、ルルーシュ。昨日まで僕の存在を知りもしなかった君が」

 

 青年の言葉を聞いた彼は、少し脱力したような口調で反論しつつ、気だるげにルルーシュに視線を向ける。

 

「たった数時間、たった2度チェスを指しただけで、君は人の本質を見通すことができるとでも?

 随分と傲慢じゃないか、ルルーシュ。君は王様にでもなったつもりかい」

「王様気分でなくとも、お前の考え程度は見通せる。何せ、お前は単純でわかりやすいからな」

「へえ、遠回しにバカ呼ばわりとか、喧嘩打ってるのかな? その気になれば僕は――」

 

 少しずつ怒気を高めていた彼は、そこまで告げたところで言葉を切り、一旦口を閉じた。

 そして、大きくため息を吐いてから、改めて口を開く。

 

「……いや、先に口を出したのは僕だったね。それに、敗者としての約束もある。これ以上先を口にするのは止めておこうか」

「――本当に、変わったな」

「僕としてはそこまで変わった気はしてないんだけど……そこまで言うってことは、まあそうなんだろうね」

 

 そう言った彼は、付けていたヘッドホンに一瞬だけ視線をに向けてから、またため息を吐いて、懐から携帯電話を取り出した。

 同時にポケットから一枚の紙も取り出し、その紙に書かれた番号を携帯電話に打ち込んでゆく。

 

「それじゃ、敗者は敗者らしく約束を果たすとしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――負けた。

 

 いくら相手が紅蓮弐式だとはいえ、最新鋭機であるランスロットに乗ったのにAIに勝てなかった。

 紅月カレンの様なエース相手ではない。AIに勝てなかったのだ。

 

「……」

 

 もう何だろう、笑うしかない。いや、笑う気力もない。

 ゆっくりと操縦桿から手を離して、そして私はシミュレータの外に出た。

 

「……お疲れ様」

 

 シミュレータから出て部屋の地面に足を付けると、外にいた白衣の彼女から声がかかる。

 少し無機質でありながら、どこか様子を窺うようにかけられたその声は、明らかに私のことを心配する感情が含まれていて、気持ちそのものはありがたかったが、余計にみじめな気分になった。

 

「はい、ちょっと戦績は悪かったですけど、データは十分とれましたか?」

 

 もちろん、そんな感情は一切表に出す気はないけど。

 

「十分」

 

 白衣の彼女は、短くそう告げて口を閉じる。それから私の顔を少し見て、あっいつもの調子で答えたけど、これだと言葉が足りなかったな、と考えてそうな表情を浮かべ、付け足すように言葉を付け足した。

 

「あなたのおかげで満足なデータが得られた、ありがとう」

「いえ、私も仕事なので」

 

 私に対して気を使ったであろうその言葉に、私も愛想笑いをして答えた。

 もっとも、声色や表情はともかく、言葉には私の内心にある冷たい感情が溢れてしまっていたけれど。

 

 ちょうどその時、まるで図ったかのようなタイミングで、勢いよく部屋の扉が開かれる。

 

「ミリアー! 例の補欠さんのテストは終わったかし――ら?」

 

 入って来たその人、ナリタ山の時に会ったアーニャさんの部下であるアンナさんは、私と白衣の女性を見て、少し固まった。

 

「私、邪魔だった?」

「ん、別に」

「いえ、ちょうどテストが終わったところだったので問題ありません」

 

 アンナさんの問いかけに、ミリアと呼ばれた白衣の彼女と私が同時に応える。

 

「そう、なら良かったわ。

 マルクス、ちょっとその子に飲み物買ってきてくれるかしら。お金は後で私が払うから、金額がわかるものが出るところで買ってきてちょうだい」

「あ、はい。わかりました」

 

 私とミリアさんの言葉に安心したように答えると、アンナさんは後ろ、アンナさんと入り口の陰になってちょうど見えないところにいたマルクスに声をかける。

 

「いえ、そんな」

「いいのよ。子供は大人に遠慮しないの」

 

 とっさに断ろうとするが、重ねるようにかけられた言葉に口をふさがれる。

 そのわずかな時間の間に、マルクスは飲み物を買いに行ってしまった。

 

「あ――行っちゃった……」

「行ったわね。じゃあ補欠さんは椅子にでも座って待っててもらえる?

 さて、ミリア、約束通りデータを見せてちょうだい」

「ん」

 

 アンナさんが、ミリアさんが見ていたモニターをのぞき込む。

 ……少し暇だし、私も見ていいだろうか。

 

「アンナさん、私も見ていいですか」

「補欠さんが? 私の方は大丈夫だけれど……ミリアはどうかしら」

「問題ない」

 

 アンナさんの言葉に、ミリアさんが頷く。どうやら、私が見ても大丈夫なものであるようだ。

 許可がもらえたので、アンナさんの後ろに回って、モニターをのぞき込む。

 

「これは……ランスロットですか」

「そう」

「正確に言えば、これはあなたが動かしたランスロットのシミュレーション稼働データね」

 

 そのモニターには、ランスロットの3Dモデルと、いくつかのグラフが映し出されていた。

 

「私のデータですか」

「そうよ。正規のパイロットである枢木スザクのデータは元々持っていたから、今度はあなたのデータが欲しかったの。ミリア、ユグドラシルドライブの出力系データ出してもらえる?」

「ん」

 

 アンナさんの声を聞いたミリアさんが、本日何度目かわからない「ん」を口にしてキーボードを叩く。

 しばらくすると、最初見ていたモニターの周りに設置されていたモニターに、20枚の線グラフと、20本の棒が描かれた一枚の棒グラフ、そして上空から撮られたであろうシェフィールドもどきや紅蓮弐式とランスロットが戦う様子の映像が映し出されていた。

 

「あれ? 思ったより出力が出てないわね」

「相手が悪い」

「相手? ああ、敵はそっちの試験機とテロリストの最新型だったの。それは確かに悪いかもしれないわね」

 

 アンナさんは、ふむふむと頷きながらモニターを眺めていく。

 2分ほど見て、満足気にアンナさんは大きく頷いた。

 

「ま、結局はこんなとこよね。敵のAIは何使ったの?」

「シェフィールドは例の」

「……随分えげつないわね。あれは超反応どころかこっちのパイロットの心理データを直接読むから誰も勝てなくなるって、ノネットに使うの禁止されてなかったかしら」

「今回は特別」

 

 えげつない? 心理データを直接読む? 特別?

 

「なんとなくそんな気はしてましたけど、私の相手って特殊なAIだったんですね」

「補欠さん? ああなるほど、ミリアは説明してなかったの。随分悪いことするのね。

 あなたが戦ってたのは、ミリアがだいたい10年位前から趣味で組んでたAIなの。相手パイロットの観測データを分析して、呼吸の隙間とか、瞬きする瞬間とか、そういった人間が必ず起こす隙を突いたりしてくる趣味の悪いAIよ」

「趣味悪くなんてない」

「ベアトリクスやマンフレディ卿、グラストンナイツ達にあれだけ言われてよく言うわ」

「マリアンヌ様は良いって言った」

「何年前の話をしてるのよ。そもそも、あなたに同意したのは、マリアンヌ様とノネットだけでしょう。この間なんて、本国の騎士達を散々煽った挙句勝てるまで帰らないなんて強引に約束させて、30時間も拘束して泣かせたでしょうに」

「言い出したのはあっち」

「言わせたのはあなたでしょう。始末書まで書いたんだから、少しは反省しなさい」

 

 アンナさんは、拳を握ってゴンっと頭を叩く。

 叩かれたミリアさんは、少し涙目になりながら頭を抱えて蹲った。

 

「と、まあそんなわけだから、負けたからって落ち込まなくてもいいのよ。補欠さんが弱いわけじゃないんだから」

「……落ち込んでるように見えました?」

「落ち込んでいるとは断言できないけれど、少なくともあまりいい感情をしていなかったのはわかったわ」

 

 思わず、アンナさんの表情に目が行く。

 私の視線に気が付いたアンナさんは、軽く微笑んで私の頭をそっと撫でた。

 

「人生長く生きると、意外と人の機敏ってわかるようになるのよ。

 大丈夫、負けるのが怖いのも、戦うのが怖いのも、人が持ってる普通の感情だから変に思わなくていいわ」

 

 アンナさんの、まるで母親のようにやさしい言葉に、思わず頬が赤くなる。これがナデポか。

 私は幼いころに母を亡くしたので今まで理解できなかったが、マザコンの人の気持ちが少しわかった気がする。

 

「娘も、あなたみたいにおとなしい子だったら良かったのよね……」

 

 アンナさんは溜息を吐くが、私を撫でるのをやめない。

 

 蹲るミリアさんをよそにナデポされること10秒、ファンの音以外しない静かな室内に、PiPiPiっと携帯電話の着信音が響いた。どうやらアンナさんの携帯電話だったようで、私の頭から彼女の手が離れる。

 

「ちょっと失礼するわね。

 ミリア、痛がる振りはもういいから、3戦目の動画とデータ出しておいてくれる?」

「おー」

 

 寝ぼけたようなミリアさんの言葉を背に、アンナさんは部屋の外へ出て行く。

 部屋の中には、私とミリアさんが残された。

 

 何もすることがない私をよそに、ミリアさんは頭を抱えていた状態から体を戻し、モニターを見ながら黙々とキーボードを打ち始める。

 

「……えっと、ミリアさんはアンナさんと長い付き合いだったりするんですか?」

「ん? ん、10年と少し」

 

 アンナさんがいなくなって少し手持ち無沙汰になったので、少し気になっていたことをミリアさんに問いかけてみた。

 ミリアさんは、モニターから視線を離すことは無かったが、少しキーボードを打ち込む速度を抑えて答えてくれた。

 

「そんな昔からですか」

「イオシリーズのころからの付き合い」

「イオシリーズ?」

 

 イオ、木星の衛星? そんな名前の兵器って何かあっただろうか。

 コードギアスで出てきた兵器をすべて知っているわけではないが、そんな名前の兵器は聞いた事が無い。登場しなかった兵器か何かかな?

 

「ん、イオ。私はファクトスフィアの基礎、アンナはマニピュレータの研究をしてた。お互いチームの中では下っ端だったけど」

「へえ、ファクトスフィアのですか」

 

 ミリアさんの口ぶりからして、おそらくイオシリーズとは初期型KMFのことだろう。10年前だから、第三世代KMFであるガニメデと同時期かその少し前くらいだろうか。二人とも随分と昔からKMFの研究をしていたようだ。

 

「ん、アンナは今ではあんなだけど、昔はもっとやんちゃだった」

「やんちゃ、ですか。あまり想像できないですけど……」

「出産してからまともになった。それまでは、ほんとに酷かった。私が作った新型ファクトスフィアに物欲とか落書きしたり、私の目玉焼きを半熟なものにすり替えたり」

「……まるで小学生ですね。全然想像できないです」

「新しいカーペットを買った時、テーブルの高さを3メートルになるまで改造されて、バターとトースト以外の食料を隠されたのはいい思い出」

 

 3メートルの机とバターにトースト?

 ……ああ、なるほど。随分と分かりにくい微妙なネタだ。

 

「なんとも大掛かりないたずらですね。マーフィーの法則でしたっけ、『落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する』とかいう」

「マーフィー? ん……大体そんなの。3メートル以上のテーブルを使うと、ほぼ確実にバターが下になる。結局パンは落とさなかったけど、テーブルが高すぎてすごく食べにくかった」

 

 ミリアさんは、少し首をかしげつつ、私の言葉にうなづいた。

 ミリアさんの反応からすると、おそらく法則の名前が違うのだろう。世界が違うからか、それとも私が法則の名前を間違えているのか。機会があったら、今度インターネットで調べてみよう。

 

「あまり昔のことは話さないでもらえるかしら。私自身、昔の自分はどうかと思ってるんだから」

 

 ちょうどその時、入り口の方から声がかかる。

 声の方を向くと、電話を片手にこちらを見るアンナさんの姿があった。

 

 ……何だろう、どこかアンナさんの顔色が悪いような気がする。

 

「や」

「……まあいいわ。昔のこととはいえ、たしかに私がやったことだものね。

 でも、それらが全部あなたが私の卒論のデータ吹き飛ばしたことに対する報復だってこと、私は忘れてないわよ」

 

 アンナさんの言葉に驚いた私は、ミリアさんの方に振り向く。

 私と視線が合ったミリアさんは、その視線から逃れるように顔を背け、すーすーと鳴らない口笛を吹き始めた。

 

 まるで、小学生である。というか、卒論のデータ吹き飛ばしたって、ミリアさんは何したんだろうか。

 

「はあ、相変わらずこの話をするとすぐそれね。まあいいわ、わかってたことだもの。

 ……補欠さん、ちょっとあなたの名前を聞いてもいいかしら」

 

 ミリアさんに何とも言えない目を向けていると、アンナさんに声をかけられた。

 

「あ、はい。アリスです」

 

 その補欠呼びから何となく想像していたけれど、やっぱり名前は憶えられていなかったのか。ちょっと悲しくなる。

 

「そう、やっぱりそうなのね。……本当にごめんなさい」

「……アンナ?」

 

 アンナさんは、私に小さな声で何か告げると、ミリアさんの問いかけるような声を無視して、テーブルの上に電話を置いてスピーカーのボタンを押した。

 すると、電話の音量が大きく跳ね上がり、電話から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『あーあー、やあ、アリス。聞こえてるかな?』

「まさか、マオ!?」

 

 まるでストーカーの様な粘着質な声、聞く人間を不快にさせる抑揚、電話越しでもマオの声だとわかった。

 

『正解、よくわかったね』

「……あなたの声質は、とてもわかりやすいですから」

 

 それに、自分の名前も名のらずに呼び出してくるような男が、私が知る中ではマオしかいないというのもある。

 

 かなり顔色の悪くなっているアンナさんに一瞬視線を向けてから、私は口を開いた。

 

「それで、アンナさんに何をしたんですか」

『何をしたかって? 安心しなよ。ちょっと脅しただけで、大したことはしてないよ』

「ちょっと脅しただけ? そうは思えないですけど」

『だったら、彼女が君を殺すように仕向ければよかったかな? 僕としては、かなり手を抜いてるんだけどなあ』

 

 煽る様なマオの口調に、思わずイラッと来る。

 

「心を読む程度で、そんなことができるわけないでしょう」

『ははっ、あまり僕のギアスを舐めない方がいい。いまから24時間以内に、君の仕事場にその辺の浮浪者を自爆テロさせることだってできるんだよ』

 

 ――心を読むことができる程度で、そんなことができるわけがない。

 

 私はそう口にしそうになったが、マオはコードギアスにおいてシャーリーさんにゼロを殺させようとしたことがあったので、できないとは言い切れないためにその言葉を心の中で言うだけに留めた。

 

『まあ、君が信じられなくてもいいさ。僕はこんな会話をするために電話したわけじゃないからね』

「なら、何の用ですか」

『ちょっと君に嫌がらせをしようと思ったんだ』

 

 ……ん?

 

「えっと、嫌がらせですか?」

『そう、嫌がらせだよ』

 

 小学生か!(本日三度目)

 あまりに子供じみた理由に、一気に肩の力が抜けそうになった。

 もっとも、あのマオが行う嫌がらせという事で、嫌な予感がして力は抜けなかったけど。

 

「それは、どうしてですか?」

『どうしてかって? 簡単な話だよ。君のせいで、僕はC.C.を信じることができなくなったんだよ。心の声が聞こえない相手が、必ずしもきれいな心を持っているとは限らないという実例を見せられたせいでね』

 

 ……なるほど、つまり私は、最後の安心できる人物を奪ったに等しいわけか。

 たしかに、それなら嫌がらせを受けても仕方がないかもしれない。

 

『始めは殺そうと思ったんだけど、君が時間操作のギアスを持っている以上、僕では殺せないとわかったからね。だから、僕ができる最高の嫌がらせをしようと思ったんだ』

「――っ!?」

 

 マオの言葉に、呼吸が止まった。

 

「時間操作のギアス?」

「……」

 

 沈黙するアンナさんの隣で、私の傍にいたミリアさんが、マオの言葉に反応する。

 

 まさか、ギアス関係者ではない二人がいるこの状況で、ギアスに関して暴露されるとは思わなかった。いや、それ以前に――

 

「……どこで、どこで私のギアスを知ったんですか」

 

 声に感情が乗らないように注意しながら、マオに問いかける。

 厳密には違うが、ザ・スピードは時間操作に近い結果を生み出すギアスだ。つまり、だいたい大まかな形といえど、私のギアスの能力を解明されているに等しい。

 

 私がマオにギアスを見せたことはほとんどなかったはずだ。それ以前に、能力が誰かに露呈するような形で見せたことすら数えるほどの回数しかなかったはずだ。

 

 どうやって見破ったのか。

 どうやって知ったのか。

 

 複数の思考が巡り、考えうる可能性を潰してゆく。

 

『僕は心を読むことができるんだよ? それこそ、君の周辺にいる人物から、君に関する情報を根こそぎ引き出すことだってできるんだ。それなのに、僕が君のギアスを知っていることがそんなに不思議かい?』

 

 そして、私の思考がその可能性に行き着くと同時に、マオは私にそう告げた。

 

 ――なるほど、ロイドさんか。

 

 マオの言葉を聞いて、予想を確信へと変える。

 明言はしなかったが、ロイドさんに話しかけられたとき、時間操作に近い能力を持っていることを否定しなかった。私が未来の知識――に近いもの、を持っていることを肯定した。であるならば、ロイドさんは私が時間を操作する力を持っていると考えているだろう。

 そのロイドさんの思考をマオが読み取ったのであれば、私のギアスを時間操作と考えるのはおかしくない。

 

『まあ、そんなことはどうでもいいんだ。君がどんなギアスを持っているのかは、今は重要なことじゃない。

 重要なのは、君がかなり周囲の人間を信頼しているという事だよ』

 

 その粘着質な言葉に、鳥肌が立つ。

 

 ――まさか、いや、でもその言い回しはもしかして……

 

 マオの言葉を聞いて、心の底から否定したい、嫌な予想が頭をよぎった。

 全く想定していなかったわけではない。しかし、その推測は、個人的に最も否定したいものだった。

 

「それがどうかしましたか?」

『だから、僕は考えたんだ。もし君が、君の周辺にユダがいたと知ったなら、君はどう思うだろうって』

 

 マオが、そこで一呼吸分言葉を切ると同時に、この部屋の扉が開かれた。

 そこから、見知った顔がひょっこりと顔を出す。

 

『――例えば、今ここに入って来た彼みたいなのがいたら、とかね』

 

 

 

「主任、とりあえずスポーツドリンク買ってきました……って、あれ? なんですか、この空気」

 

 

 

 そこには、買い物から戻ってきたマルクスの姿があった。

 

 この場に漂う空気を感じた彼は、不思議そうに首をかしげ、部屋の入り口で足を止める。

 それを見た私は、彼に声をかけようとして……しかしそれは、隣にいたアンナさんに遮られた。

 

「マルクス、そこの扉に鍵をかけてから、ちょっとこっちに来なさい」

「あっ、はい、わかりました」

 

 不思議そうな顔をしながら、マルクスはこちらに背を向けて扉に手をかけた。

 

『アリス、君はおかしいと思わなかったかい?』

「何がですか」

 

 マルクスは、扉をきちんと閉めてこちらにくるっと振り返り、足早にこちらに駆け寄ってくる。

 どうやら、いつもより口調の冷たいアンナさんに、なにかまずいことをやらかしたと考えたらしい。

 

『彼、ずいぶん若いよね。僕も詳しくは知らないけれど、だいたい16~18歳くらいだ』

「ええ、外見から考えると、たぶんそうでしょう」

 

 駆け寄ってくるマルクスから、彼に気が付かれないようゆっくりと半歩分距離を取り、警戒していることがバレない程度に意識を集中させる。

 マオの言葉を信じているわけではない。しかし、万が一の可能性があるからだ。

 

『普通の研究員であれば、まあおかしくはない。けれど、そんな若い人間が、ラウンズ専用ナイトメア開発チームの主任補佐をしているのはおかしくないかな?』

 

 ――マルクスが、僅かに足を止めた。

 

 まるで落ち込んだかのように俯き、それからゆっくりとこちらに歩いて来る。

 

「えっと、誰だかわかりませんけど、僕が若くして主任の補佐なんてしてることが、そんなにおかしいですか?」

 

 マルクスの声質が変わった。

 普段の明るい声から、明るさを装った声へと変貌した。

 

『そりゃあおかしいさ。年齢のこともそうだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、これほど不思議なこともないと思うよ』

 

 ――また、マルクスは足を止めた。

 

「戸籍が、無い?」

「……」

 

 ミリアさんが呆然と呟き、アンナさんが俯く。

 

「戸籍がないって、そんなことが……」

 

 ラウンズの専用チームに、戸籍が存在しない人物がいる。そんなことがあり得るのだろうか。

 普通は、そんなことはあり得ない。私の様に、後から戸籍が作られたのならともかく、現時点で戸籍が存在しないなんてそんなことはあり得ない筈だ。

 

「まさか、そんなことがあり得るはずないじゃないですか」

 

 そんな中、再びこちらに歩き始めたマルクスが、軽い口調でそう告げる。

 

 そう、普通はあり得ない。戸籍がない人間が、ラウンズの開発チームにいられるはずがない。そんな人間がスパイとして潜り込んでいたとしても、最低限戸籍程度は用意しておかなければ、ブリタニアの憲兵たちにすぐにばれてしまうだろう。

 

 そう、普通はあり得ない筈なのだ。

 こうなると、普通だったら、マオがでたらめなことを口にしていると疑うだろう。

 

 けれども、私はそれを可能とする組織を一つ知っていた。

 

「まったく、主任も、ミリアさんも、アリスも、僕ってそんなに――」

 

 そして、そこで彼は言葉を一旦切り、俯いていた顔を上げる。

 

 ――顔を上げた彼の左眼には、紅の光が宿っていた。

 

 そう、それは間違いなくギアスの輝きだった。

 それを見た私は、そのギアスに対抗するために『ザ・スピード』を発動させる。

 

「――そんなに、僕の言葉は信用できませ――んかっ!?」

 

 すれ違うように足を払い、同時に右手で顔を掴むように目を塞ぎ、まるで叩きつけるかのように、強引に仰向けに寝かせる。

 言葉を言い切る前に目を塞ぐことができたので、アンナさん達にはギアスはかからなかったはずだ。

 

『ほら、尻尾を出した』

「今のはっ、ロロと同じ!?」

 

 マルクスが、驚愕と共に口にした『ロロ』という名前。その名前に、マルクスの本当の所属を確信する。

 そう、体感時間を停止させるギアスを持つ少年、ロロ。彼の名前を知っているという事は、彼と同じ組織B、ギアス嚮団に所属しているという事だ。

 

「……なるほど、結構来ますね」

 

 マルクスを拘束しつつ、私はそう呟く。

 

 私と彼は、そんなに親しいわけではない。せいぜい、なりたての友人程度の関係性しかないだろう。

 しかし、そんな彼が嚮団所属であったという事実は、私の胸に強く、そして重くのしかかっていた。

 

 ――なるほど、嫌がらせとはよく言ったものだ。

 

「まさか、君がギアス能力者だったとはね」

「私も、マルクスがギアス能力者だとは思っていませんでした」

 

 彼の言葉に誤用的な意味で適当に答えつつ、彼が絶対に逃げられないように、地面に押し付ける力を強くする。

 

 私の身体はネモによって強化されているはずなので、例え暴れられたとしても、単純な筋力で押し返されることは無いだろう。

 

 マルクスも、少し暴れて逃げられないと理解すると、すぐに暴れるのを止めた。

 

 しかし、それを理解したはずのマルクスは、何故か口に笑みを残している。

 

「でも、ギアス能力者としては、ずいぶん年季が浅いみたいだ」

「それが、どうかしましたか」

 

 マルクスは、そう言うと笑みを深くした。

 

 ――何か、まだ隠し玉か何かを持っている……?

 

 ブラフかもしれないけれど、油断はできない。

 

「それって、一体どういう――」

 

 瞬間、脇腹に衝撃が走る。

 

 急に走った衝撃に不意を突かれ、私の手からマルクスの顔がするりと抜けた。

 

「ほら、まだ甘い」

 

 蹴り飛ばされた。

 そう理解するとともに、僅かに浮き上がっていた身体が、着地して地面に叩きつけられる。

 

「――っく!」

 

 失敗だ。押さえつけるのではなく、顔面を掴んで固定するべきだった。

 

 1回転しつつもすぐに起き上がり、視線をマルクスに戻す。

 

 倒れていたマルクスは、私の視線の先で、こちらを睨むミリアさんに抱えられていた。

 

「まさか、ミリアさんまで……」

 

 思わず、そう呟いてしまったが、自分で考えたその考えを私は即座に否定した。

 マオの言葉を聞いていた時の様子を考えれば、ミリアさんも嚮団の人間であるとは考えにくい。

 

 そうなると、考えられる可能性は一つ。

 

「……ギアス!」

「へえ、気が付くのが速いね」

 

 ギアスが発動する瞬間、私は彼の視界を封じていた。

 それは、ゼロの『絶対遵守』やマリーベルの『絶対服従』、クララの『操作』やトトの『忘却』、皇帝陛下の『記憶改竄』やマリアンヌの『憑依』の様に、私の知るギアスの多くが、視線を合わせることを条件にしていたからだ。

 

 だが、ギアスの多くが目を合わせることを発動の条件にしているからと言って、あくまで多くであり全てではない。

 

 この場合、考えられる可能性は三つ。

 

 一つは、ロロの様に自身を中心とした特定距離内にいる人間の全員を対象とするタイプ。

 二つ目は、オルフェウス・ジヴォンの様に自身を視認している人間に無差別にギアスをかけるタイプ。

 そして、三つ目は――

 

「なるほど、視覚ではなく聴覚に作用するギアスですか」

「正解だよ。よくわかったね」

 

 三つ目は、ライ・ランペルージの様に聴覚に作用するギアス。

 三択とした鎌賭けだったけれど、どうやら当たりだったみたいだ。

 

「僕のギアスは、『信用させるギアス』。僕に信用するよう言われた人間は、しばらくの間無条件で僕のことを信用する。

 ま、僕は失敗作だから、たまに効果にばらつきが生まれたりするんだけど……君みたいに、完全に無効化されたのは初めてだよ」

 

 他二つの様な無差別ではなく、聴覚に作用するギアスであれば、まだやりようはある。

 なにせ、言葉を聞かなければいいだけなのだから。

 

 ――ザ・スピード

 

 ゴッドスピードを使うまでもない。むしろ、こちらの方が加減が効く。

 ギアスをかけられただけであろうミリアさんを傷つけたくはないので、ザ・スピードを発動しながらすれ違うように移動し、その瞬間に首を掴んで連行する。

 そして、たまたま近くにあったシミュレータに、勢い良く叩きつけた。

 

「――っ!」

 

 マルクスから、声にならない悲鳴がこぼれる。

 まるで何か硬いものが折れたかのような、ほんの小さな音を、私の耳が捉えた。

 

「マルクス!」

 

 ミリアさんの、悲鳴のような声が聞こえる。

 視界の隅で、こちらに駆け寄ろうとする彼女の姿が見えたので、シミュレータに押し付けていたマルクスを抱えるように拘束して、ミリアさんに視線を向けた。

 

「それ以上近付くと、折ります」

 

 ミリアさんが、私の言葉を聞いて足を止める。

 さっきのマルクスの言葉が正しければ、彼のギアスはあくまで信用させるだけ、絶対遵守の様な拘束力はない。つまり、人質が有効となる。

 今みたいに拘束すれば、手出しさせないようにすることができるみたいだ。

 

 とりあえず、ようやく一息つける。

 

「ふぅ」

 

 小さく、短くため息を吐く。

 そうしてマルクスの顔を見て、私は固まった。

 

 彼は、私の背後を見て笑っていたのだ。

 

「っ!」

 

 ミリアさんとマルクスから視線を外し、視線を背後に向ける。

 

 

 ――そこには、こちらに銃口を向けるアンナさんの姿があった。

 

 

 迂闊なことに、完全に忘れていた。

 引き金は半ば引かれていて、今からギアスを使っても回避は間に合わない。

 

 死――ぬ?

 

 その考えに思考が行き着くと同時に、銃声が鳴りそして――

 

 

「え?」

 

 

 私――ではなく、私の腕の中にいたマルクスが撃たれた。

 

 撃たれたマルクスの表情が驚愕に染まり、そしてさらに連続して放たれた弾丸に彼が蹂躙される。

 飛び散り、零れ、噴き出された血液が、そばにいた私に降り注ぐ。

 

 そう、赤い、深紅の、紅の……が、私に、わたし、わたしに――

 

「ひっ」

 

 意識が薄くなる。

 

 小さな悲鳴が口からこぼれ、全身に鳥肌が立つ。

 鉄臭い香りが鼻腔を抜け、それが何であるかを脳に伝える。

 

 そう、赤い血だ。紅の血だ。あの光と同じ色のそれだ。

 

 両手を見れば、そこには大量の血液が付着していた。

 両手だけではない。今着ている服にもだ。鏡があれば、おそらく顔に付着していることもわかるだろう。

 

 そう、紅のそれが私の全身に広がっている。

 

「――っっっっっ!!!」

 

 悲鳴、いや、それを超えた絶叫が私の口から放たれる。

 それに連動するように、意識が一気に遠のいて行く。

 

『あっはは! そうだよ! 君のそんな声が聞きたかったんだ!!』

「……ごめんなさい、アリス」

 

 室内に響いた声が、私の耳に届き、脳で処理されることなく素通りしてゆく。

 

 私が最後に見たのは、俯くアンナさんと、彼女に飛びかかるミリアさんの姿だけだった。




ちょっと巻きすぎたかもしれない。

マルクスの元ネタ ⇒ マルクス・ユニウス・ブルトゥス。これだけだとわからないかもしれないけれど、英語読みだとブルータスになると言えば、その名前を選んだ理由はわかると思う。

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