私と契約してギアスユーザーになってよ!!   作:NoN

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39話

 ランスロットのMVSを回避し、左手の短刀をコックピットに突き出す。

 ランスロットは、それを掠めるように回避。さらに一歩、こちらの輻射波動の間合いの内側に踏み込み、押し込むように膝蹴りを放つ。

 

「やるねぇ!」

 

 ノネットは、後退しつつ足を大きく開くことで紅蓮弐式の体勢を低くし、その一撃を回避。

 蹴りを放った影響で、一本足でバランスの悪い体勢を維持するランスロットに対し、その体勢から足元を掬うように回転蹴りを放った。

 

 その一瞬、ノネットは視線をサブモニターの一つに向ける。

 そこには、アリスの乗っているシミュレータが観測するデータ、アリスのストレス状況が薄っすらとグラフで表示されていた。

 

 そのグラフに、特に異常はない。

 アリスの精神は、極めて集中した状態にあるだけで、特に高いストレスを感じていたり錯乱していたりなどの状況に放っていなかった。

 

「……そろそろか」

 

 ランスロットは、まるでロンダートのような動きでタイミングよく蹴りを回避し、右側、ノネットから見て左側に移動する。

 その動きを"勘"で読み切ったノネットは、回転蹴りの慣性を維持したまま、ロンダート直後にランスロットが着地するであろう場所へと右腕を突き出す。

 タイミングと位置的に、ロンダートが終わって着地した直後に、ランスロットのカメラいっぱいに腕が映る形になる。

 

 ――ノネットの視界の片隅で、グラフの値が跳ね上がった。

 

 だが、ランスロットはその一撃を硬直することなくMVSで受け止めると、MVSを掴まれるよりも早くノネットの正面から離脱する。

 

 ノネットは、視線を、ちらりとサブモニターに向ける。

 先ほど大きく乱れたはずのグラフは、何事もなかったかのような通常の値に戻っていた。

 

 ――この不可解な動きは、これで三度目になる。

 

 まるで、瞬時に別人と入れ替わったかのような精神の動き。

 最初はシミュレータの故障かと思い、ミリア、今アリスの乗るシミュレータを管理している部下の彼女に聞いてみたが、シミュレータの機能に一切の異常はないとのことだった。

 

 ノネットは、離脱されないように距離を詰め、輻射波動を発動しながら、右腕を突き出す。

 

 ――瞬間、一瞬だけグラフの値が跳ね上がり、即座に沈静化する。

 

 ランスロットは、ブレイズルミナスを発動した左腕で紅蓮弐式の腕を弾くように跳ね上げると、右腕からスラッシュハーケンの刃先を出し、コックピットへと突き出した。

 

 もちろん、その程度の攻撃にノネットが対処できない筈がない。

 紅蓮弐式は、全身を捻りながら弾かれた右腕を引き戻しつつ、輻射波動による盾を展開する。

 ランスロットの右腕は、その軌道を輻射波動の盾により僅かにずらされ、紅蓮弐式のコックピットを掠めるように空振った。

 

『ちっ』

 

 ノネットの駆るコックピット内に、アリスの舌打ちの音が響く。

 それに対して、ふっと笑うような声がノネットの口から無意識に零れるが、その声がアリスに聞こえることは無かった。

 

 本来の模擬戦であれば、通信ができるかできないかが双方向で決まっており、片方に声が聞こえているときはもう片方も聞こえていなければならない。規則ではないが、そういったマナーがナイトメアを駆る騎士たちの中には存在していた。

 しかし、今回のシミュレータを使用した模擬戦では、それが無視されていた。それどころか、アリスは対人戦であることすら聞かされていなかった。

 そのどちらも、ノネットの命令だ。ノネットは、わざわざラウンズとしての権力を使ってまで、こうしてアリスに不利な戦場を用意していた。

 

「はっ!」

 

 攻撃を空振って隙を晒したランスロットに、紅蓮弐式の短剣が突き刺さる。

 

『シミュレーション、終了します』

 

 ランスロットが、コックピットを串刺しにされるという致命傷を負ったことで、ノネットが勝利したという判定が行われ、シミュレーションは強制的に終了した。

 

「ふう、あと6回か」

 

 身体の力を適度に抜きながら、ノネットはそう呟いた。

 

 命じた彼女自身がそんな思いを抱くのも変な話だが、ノネットはこの模擬戦に乗り気ではなかった。

 わざとアリスに不利な戦場を用意していることとか、正体を隠して戦っていることとか、理由はいろいろあるが、中でも一番の理由は、この模擬戦が人のトラウマを抉る様な内容だからだ。

 

 戦闘ストレス反応を発症した騎士は、自己に厳しくあろうとする人間が多いナイトメアパイロットの中でも、多いというほどでもないが少なくない数存在している。

 しかしながら、戦闘ストレス反応が原因で、パイロットを止める人間はほとんどいない。

 

 何故か?

 

 その理由は、彼もしくは彼女らに対して施された、一般の人間には想像できないほど過酷な教育にある。

 

 戦場でナイトメアを駆る資格、貴族としての家柄を持つ人間の多くは、その家柄に恥じないだけの教育を施される。貴族としての立ち振る舞いだけではない。身を護るために必要な護身術、剣術などもだ。なかには暗殺術なんてものを教え込まれる家もある。

 血反吐を吐きながらその教育を耐え抜いた彼らは――もちろん例外はいるが――その教育を耐え抜いただけに、自身に対する自信とそれに見合うだけのプライドを持っている。

 

 何かあったとき、彼らや彼女らは、その自信とプライドを糧に立ち上がるのだ。

 

 ――ノネットがアリスに対してこのような行いをしているのは、アリスはそれらがないと判断したためだ。

 

 ナンバーズであり、そしてブリタニアが行った何らかの人体実験の被害者であろうアリスには、おそらく糧にするだけの自信やプライドがない。

 

 そんな彼女が、自分だけの力で立ち上がれるか。

 ノネットの"勘"は、不可能だという結果を導き出した。

 

 故に、今ノネットはこうした行動に出ている。

 

 紅蓮弐式という機体は、アリスにとって恐怖の塊だ。

 アリスにとっては、その一挙手一投足が恐ろしく、まともな心理状況では立ち向かうことができないだろう。

 

 だが、そんな紅蓮弐式を倒すことができれば、その意識は変わるのではないだろうか。

 

 つまり、ノネットは、アリスに自信を持たせるために彼女と戦っているのだ。

 アリスに全力を出させたうえで、こちらが手加減したと思わせないような形、つまり紙一重で敗北する。トラウマの根源である紅蓮弐式を打倒させることで、アリスに多少は自信を抱かせる。

 

 これだけ頑張ったんだから、自分は立ち上がれる。頑張れる。戦える。

 

 アリスにそういった感情を持たせることが、ノネットの目的だ。

 

 もちろん、この手段がかなり強引な物であるという自覚は十分にある。トラウマを全力で抉りにかかるなど、ノネットがラウンズでなければ、後ろ指をさされてもおかしくない。

 

 だが、現状ではそれ以外に道はない。

 

 ただでさえ、ブリタニア軍内におけるナンバーズの立場は弱い。

 枢木スザクの様な有能な人材ですらあまり良い評価をされていないのだから、まともに仕事もできないような無能なナンバーズは、それはもうひどい目に合うだろう。

 特派の外にアリスの不調が露見する前に、一刻も早く立ち直らせなければならない。下手に外部に露見すれば、アリスが特派から追い出されることになってもおかしくないだろう。枢木スザクやアリスがナイトメアを駆ることを許されているのは、彼らの有能さが大きく寄与しているのだから。

 

 もちろん、仮に不調によりナイトメアに乗れなくなってしまったアリスが特派を追い出されたとしても、ノネットが保護すれば一時的にならなんとかなるだろう。しかし、一部の腐った貴族に目を付けられてしまえば、仮にノネットが保護していたとしても、彼女のあらゆる安全は保障できなくなる。

 

 ナンバーズが軍隊の中で生きるには、力を示し続けなければならない。

 

「――だが、これだと少し不味いな」

 

 けれども、現状はノネットの思惑通りには行きそうになかった。

 

『次、15回目』

「お、もう立ち直ったか」

 

 休んでいた身体を起こし、操縦桿に手をかける。

 

 自分の思惑通りには行かないかもしれない、ノネットがそう考えた理由は単純だ。

 

 

 

 ――思ったより、アリスが弱かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ重くなる両腕を動かし、紅蓮弐式から放たれる鋭い連撃を回避する。

 

 その連撃の合間にできる僅かな隙に、つい身体が反射的に動いて反撃しそうになるが、なんとかそれを阻止する。

 

 この隙を突こうとすれば、こちらが一撃を与える前に相手の一撃がぎりぎり間に合ってしまう。

 いや、もしかしたらこちらの方が間に合うのかもしれないけれど、失敗すれば負けてしまう以上、踏み込むにはあまりにハイリスクだ。

 

 さっきから、何度もこういった隙にならない隙に誘われかけている。

 本当に自然で、機械の動きとは思えないほどの隙に。

 

 しかも、私が紅蓮弐式に対してトラウマを持っていることに気が付いている節がある。

 あの紅蓮弐式の右腕、私はそれを大きく避けるように戦っているのだが、さっきから敵のAIが作る隙は、腕を掠めるように動くことができれば反撃が間に合う程度の隙なのだ。

 もちろん、そんなことをすれば私の身体は固まってしまうので、絶対にその隙に踏み込むことはしないけど。

 

 AIでこんなことができるとは、開発者は相当趣味が悪いに違いない。

 ロイドさんの鬼畜AIでも、こんなことはしなかったのだ。あの性格の悪いロイドさん以上に性格の悪い開発者なんて、全く想像できない。

 

「っ! はっ!」

 

 輻射波動に輝く腕を回避し、その隙に懐に踏み込――まず、続く短刀をブレイズルミナスで受け流す。

 そして、短刀を受け流されたことにより僅かに軸がブレた紅蓮弐式に対し、MVSを一閃。

 

 ――だがその斬撃は、放つには少し遅かった。

 

 MVSの斬撃は、深紅の光に受け止められる。

 

「輻射波動――っ!」

 

 瞬間、硬直する肉体。

 思考が暴れ、全身に鳥肌が立ち、呼吸が急速に乱れる。

 

 ――ザ・コードギアス ゴッド・スピード

 

 混乱する思考のなかで、僅かに残った正気がギアスを発動させる。

 それにより、私の身体は無限に加速し、私の認識する世界は凍ったように静止した。

 

「っ――あぁ! ……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 全てが静止した世界で、正面の輻射波動が動きを止めたことを確認した私は、すぐさま操縦桿から手を離し、震える全身を抱きしめた。

 肩を大きく動かしながら、過呼吸寸前だった吐息を整える。

 

 そして、呼吸が落ち着いたことを確認して、自分の心の中にある悔しさを拳に握り、それを勢いよく膝の上に振り下ろした。

 

「……ちっ!」

 

 パイロットスーツ越しに、強い衝撃が右足を伝う。

 柄にもなく、口から舌打ちが吐き出された。

 

 これで、シミュレーション中に時間を止めたのは5度目になる。

 

 いい加減、鍛えるためのシミュレーションで時間を止めるのは止めたい。

 これは、あくまで訓練だ。しかも、何らかの研究の一環も兼ねていて、正確なデータの収集が求められているであろう状況でもある。正確なデータを取るためにも、こんなインチキはしてはいけない。

 

「……でも」

 

 してはいけない。だが、私が未熟であるがゆえに、せざるを得ない。

 自分の無能さが、トラウマに凍り付く自分が、本当に嫌だ。イライラする。

 

 身体が固まることにも。

 心が冷えることにも。

 喉が一気に乾くことも。

 呼吸が大きく乱れることにも。

 

 全部、全部、全部――全部イライラする。

 

「ちっ」

 

 また舌打ち。

 舌打ちなんて、人生で数えることしかなかったのに、際限なく零れる。

 

 苛立ちで、眉間にしわが寄る。

 

 今の私は凄い表情をしているだろう。

 ここ数日の軽い睡眠不足のせいで白い肌はさらに白くなっているので、鋭くなった目つきと相まって、お化けの様であるに違いない。

 

 眉間を揉み解して、深呼吸をして、気分が収まるまでじっと目を閉じる。

 

「……はあ」

 

 またこれだ。同じ思考を、時間を止めるたびに繰り返している。

 同じ失敗を繰り返して、同じ思考を繰り返して……このシミュレーションで何一つ成長していない。

 

 自分のままならなさに、私はため息を吐いた。

 

「さてと」

 

 パンっと両手で頬を叩き、落ち込む思考を切り替える。

 

 落ち込んでばかりいられない。今はシミュレーション中だ。お仕事中なのだ。

 気分が悪いから仕事を休みますなんて、大人の社会では許されない。

 

「――解除」

 

 私の言葉と共に、ギアスが解かれる。

 

 紅蓮弐式の右腕に、こちらのMVSが握りしめられる。

 

 煌々と輝く輻射波動に皮膚が泡立つように震えるのを無視しつつ、犠牲になることが確定したMVSを手放す。

 元より、MVSでけりをつける気は一切無い。KMFを撃破するための武器としては、MVSの火力は過剰すぎるものだからだ。

 

 紅蓮弐式がMVSを握りしめることで、一時的に輻射波動の脅威が取り除かれる。

 輻射波動の破壊能力は、拳の外には影響を及ぼすことがない。MVSを掴んでいる状態で別のものを掴むことはできない以上、紅蓮弐式がMVSを捨てるまでの数秒は、輻射波動を気にする必要はない。

 

 カウンターで放たれた短剣を、両脚を大きく開いて体勢を低くするとことで回避。

 同時に、回転するように蹴りを放って足を払う。

 

 もちろん、そんな大きな動きを見切られない筈がない。

 紅蓮弐式は、MVSを手放しながら、跳躍して蹴りを回避する。

 

「今っ! MEブースト!」

 

 予測通り、と私は内心で呟く。

 

 空中では、攻撃は回避できない。故に、あらゆる攻撃は防ぐしかない。

 

 両腕にブレイズルミナスを生成し、紅蓮弐式のコックピットへと勢いよく突き出す。

 ブレイズルミナスを発動していれば、紅蓮弐式の拳は盾に阻まれてランスロットの腕を掴めない。

 仮に輻射波動を盾として使われても、ランスロットの方が出力が上である以上、両腕からの一撃であれば強引に吹き飛ばせる。

 

 私は、勝利を確信した。

 

 

 しかし、確信した直後、スラッシュハーケンを利用して瞬時に着地することで攻撃を回避した紅蓮弐式が、ランスロットのコックピットにグレネードランチャーを放った。

 

『シミュレーション、終了』

 

 ランスロットに撃破判定が出され、シミュレータが停止する。

 あっという間の出来事に呆然としながら、私はシートに身体を預けた。

 

 勝利を確信していた状況からの敗北に、どっと疲れが溢れてくる。

 

 何とも言えない気分になった私は、操縦桿から手を離してため息を吐いた。

 

 

 ――結局、その後の4回も勝つことはできなかった。


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