私と契約してギアスユーザーになってよ!! 作:NoN
「よう! やってるか?」
彼女、ノネット・エニアグラムが部屋に入ると、そこにでは既にシミュレーションが行われていた。
その傍にあるデスクにはいくつもの薄型モニターが置かれ、それらすべてが別角度から見たシミュレーションの映像を映し出している。
そのモニターの前では、ぼさっとした白衣を羽織った女性が、退屈そうな様子で同時にそれらを見ていた。
「ん」
ノネットが入って来たことに気が付いた白衣の女性が、彼女に近寄ってくるノネットへと、一枚のモニターを向ける。
そこには、鋭く機敏に、しかしどこかぎこちなく剣を振るうランスロットが映し出されている。
ノネットは、その映像に若干の違和感を覚えつつも、部屋の隅にあった椅子を持ってきて、白衣の女性の隣に腰を下ろす。
「それで、アリスはどんな感じだ?」
ぐてっとした彼女の横に座ったノネットは、早速本題に入った。
「期待外れ」
彼女はそう言うと、モニター前に設置されていたキーボードをかたかたと叩く。
すると、映像が流れていたモニターのうちの11台がブラックアウトし、そして
どのランスロットも、最初は射撃による遠距離戦での戦闘を行い、その後、近距離でのMVSを使用した格闘戦、もしくはスラッシュハーケンと専用の銃火器を使用した中距離戦闘で敗北する、という結末を辿っている。
彼女が映したそれらは、ノネットがここに来るまでに行われたアリスのシミュレーション記録。アリスがAI相手に惨敗し続ける映像だった。
「なんで負けたのか、理解できない」
11すべての映像、そして今行われていた12回目のシミュレーションが終了した時点で、白衣の彼女はそうノネットに告げると、マイクのスイッチを入れて「次、13回目」と口にし、そしてシミュレーションを再開してからマイクのスイッチを切った。
そんな彼女の様子に、ノネットは苦笑いを浮かべる。
「そんなに私が負けたのはおかしいか」
「ラウンズは最強の証。ビギナーズラックは起こりえない」
――白衣の女性がアリスを拉致してシミュレータに放り込んだのは、自身の上司であるノネットを倒した少女がどんな存在か興味を持ったからだった。
特派の研究室前で、そこに所属するパイロットを拉致するのは、かなりのリスクを伴う。
そんなリスクを冒してまで彼女にシミュレータを行わせたのに、得られたデータは並みより少し強い程度の操縦データだけ。
あまり喋ることをしない彼女はそのことを口にしなかったが、内心ではアリスのことをかなり失望していた。
ノネットは、そんな彼女の内心を勘で見抜き、何とも言えない気分になった。
「確かにラウンズは最強の騎士だが、別に無敗ってわけじゃないぞ」
「知ってる。でも、ノネットはこんな素人に勝率を残すような弱さはしてない」
「そう言ってもらえると嬉しいが、お前が言うほど私は無敵じゃないさ」
ノネットの言葉に、彼女は納得しがたいような表情をする。
「その子が万全の状態だったら、負けるかもしれない程度にはね」
ノネットは、そんな彼女を微笑ましく思いながら、先ほどから手に持っていた紙を彼女に手渡した。
気だるげにそれを手に取った彼女が、その紙に書かれた文字を見て硬直する。
そして、それを上から下までしっかりと確認したころには、彼女の表情は真っ青に変わっていた。
「……っ!」
手に持っていた紙、アリスの診断書のコピーを投げ捨てると、彼女はすぐさまキーボードに手をかける。
――しかし、その直前に両手を掴まれキーボードに触れることは叶わなかった。
「……ノネット」
「気持ちはわかるが、少し待て。
こうなってしまった以上、今からこれを止めるのは、今までのアリスの努力を無駄にすることになる」
そう言ったノネットの視線の先には、懸命に敵と斬りあうアリスの姿があった。
「さっき、特派でシミュレータを一台都合してもらった。
アリスには酷かもしれないが、少し荒療治をしようと思う」
迫るMVS。
硬直する肉体。
繰り返し再生されるビデオ映像の様に、ランスロットは両断され――なかった。
「……」
身体が硬直する前に入力された、相手の動きを予測した防御姿勢。
斜めに掲げられたMVSによって、シェフィールドもどきのMVSが、流されるように滑り落ちる。
深紅の輝きが消えたことで若干緩んだ竦みを、強引に気迫で吹き飛ばして操縦桿を操作。
モニターの外から迫っているだろう剣を、自身の反射行動に身を任せることで掬い上げ、即座に蹴りをぶち込んで間合いを開けた。
「……」
敗北の寸前を縫うような戦いだが、息に乱れはない。否、既に呼吸などしていない。
息を挟むことなくスラッシュハーケンを振るい、休むことなく攻め続ける。
だが、シェフィールドもどきの持つ深紅のMVSが大きくモニターに映るたび、私の身体はすくみ上り、攻撃の流れが止まってしまっていた。
そして、敵のAIは、その隙を逃すほど馬鹿ではない。
スカート状の装甲の陰から放たれる左右6、計12のスラッシュハーケン。
後に半自動制御化され、ACOハーケンと呼ばれるようになるそれは、私のランスロットをスラッシュハーケンの結界に捉えんと迫る。
――これに捕まったら、詰む。
これに機体を17分割された前々回のシミュレーションを思い出し、身を引き締める。
唯一の救いは、ナイトメア・オブ・ナナリーで登場したとある機体の様に、刃がMVS化されていたり、ブースターが積まれていて空中で軌道を変えてきたりすることがないことだ。
さっきから、赤色に硬直する原因不明の現象……いや、とにかく硬直する私にとって、このACOハーケンがそんなことになっていたら、回避も何もできなかっただろう。
――シェフィールドもどきが、ACOハーケンを放った。
逃げ道を塞ぐように放たれる8のハーケンと、こちらを直接狙う4のハーケン。
こちらの手は二つ、故に、そのどちらもを対処するのは不可能。
回避するためには、最低でも2つのACOハーケンを迎撃し、それと同時に迫る2つのACOハーケンを、逃げ道を塞ぐように放たれた8つのACOハーケンに触れないような最小限度の動きで回避しなければならない。
両手のブレイズルミナスを起動し、手を下に振るような形でACOハーケン2つを払いのける。
直後、その両肩の上、肩に設置されたファクトスフィアの表面を斬り裂くようにACOハーケンが通過する。
観測していた各種環境データが、ファクトスフィアが破損した影響か一瞬乱れ、異常事態が起こったと錯覚したコンピュータがアラートを鳴らす。
私は、それを完全に無視して、ブレイズルミナスを切りつつランスロットを踏み込ませる。
――だが、その時すでにシェフィールドもどきの機体は正面にはなかった。
「……っ!」
私がかすかに息を吸う音が、シミュレータ内に響く。
頭部のメインカメラには、懐で剣を突き出そうとしているシェフィールドもどきの姿が見切れていたが辛うじて映っていた。
まだ、回避は間に合う。
数瞬遅れていたら無理だったが、今ならまだ間に合う。
下に向けられている両手から、スラッシュハーケンを射出して押し出すように跳躍すれば、ぎりぎりで回避できるはずだ。
回避できる。回避できるはずなのに――
視線が、突き出されようとするMVSに固定される。
否、MVSではなく、MVSの放つその深紅の輝きに固定される。
息もできない。
体も動かない。
意志が四肢に伝わらない。
そして、コックピットにMVSが突き刺さった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
長時間の無酸素運動に疲弊した身体が、酸素を欲して息切れを起こす。
肩が揺れ、額からは大量の汗が流れ落ちた。
……いい加減、もう正直に認めるしかないだろう。
私は、最近の精神不安定は、原因不明の嫌悪感が原因だと思っていた。いや、思い込ませていた。
だが違う。私は、あの医者の先生が言っていたように、戦闘ストレス反応を起こしていたのだ。
今までのシミュレーションがその証拠だ。
私は、相手の攻撃が私のコックピットを破壊しうるとき、その際に使用された武装が赤色をしていると、全身が凍り付き、身体が震え、汗が止まらなくなっていた。
PTSD、紅蓮弐式が私に輻射波動を浴びせたあの光景、あれが、私にとってトラウマとなっている。
「……これだけ落ち着いて考えられるだけ、マシかなぁ」
そもそも、気が付くチャンスはいくらでもあったのだ。
例えば、私がもともと持っているトラウマである『母親の死』。
これがトラウマとして発現したのは、私が小学生の頃だ。今の私は、完治、なんて言い方は変かもしれないけれど、少なくとも普通に誰かに話せる程度には回復していて、既に日常生活で思い出して泣き出すほど重症ではなくなっている。ちょっと精神的に不安定になったからって、トラウマが再発したりしない。
つまり、私があの夢を見て不安定になったのは、事故が起きたことではない。
おそらく、泣いてしまうほど精神的に大きなダメージを受けた原因は、事故によって流れ出した母の血だろう。あの時の私は、それをもともと持っていたトラウマであると認識することで、新しいトラウマを自分自身から隠したのだ。
さらに言えば、私がナナリーに対して感じた謎の嫌悪感。
私は、今までこれが精神不安定の原因だと言い張っていたが、普通に考えてそれは変だ。
物事には、必ず原因と結果が存在する。仮にあの嫌悪感が精神不安定の原因だとすれば、原因の原因が、すなわちナナリーに対して嫌悪感をあらわにする様な、自分で自分の心が統制できなくなった原因が存在するはずなのだ。
『……次、14回目』
先ほどまでとは似ているが少し違う、興味がないものに対してかける無感情な声から、なにか感情を押し殺す様な声がコックピット内に響く。
その声を聞いた私は、一旦思考を断ち切って意識をモニターに向けた。
とりあえず、今は仕事を果たそう。
途中で何回戦えばいいのか聞いたとき、あの白衣の人は20回だと言っていた。
あと、7回。それで休める。
疲労で揺れる身体を止め、視線を正面に向けて――
「え?」
――そこには、深紅が見えた。
「……まさか」
周囲の環境も変わり、先ほどまではビル街だった地形が、木の生い茂る山間部へと変化している。
天候は、曇り。数日前に見た覚えがある天気だ。
「ナリタ、山」
ひっ、と声が漏れ、呼吸が止まった。
正面にいるのは、太陽光を装甲で反射する深紅の機体。紅蓮弐式。
さっきまでシェフィールドもどきと戦っていたのに、どうして紅蓮弐式が相手に変わっているのか。
『以後、シミュレーションに使用するターゲットと行動パターンを変更。
想定環境は、エリア11、ナリタ山中腹。天候曇り、湿度33%、気温20度。
先日の戦闘データに基づき、周辺では土砂崩れが発生しているものとする』
シミュレータ内に響く言葉。
その内容は、ほぼ完全にナリタ山の環境と同じだった。
「い、っ」
口から溢れそうになった悲鳴を、強引に噛み潰す。
落ち着け、落ち着こう。
大丈夫、大丈夫だ。
深呼吸、というほどではないけれど、かなりゆっくりとした速度で呼吸する。
大丈夫、正面のあれは、シミュレータが見せるまやかしだ。
ここはナリタ山ではないし、目の前にいるのも本物の紅蓮弐式ではない。仮に本物であっても、ただ立っているだけの紅蓮弐式だったら大丈夫だったじゃないか。
それに、戦闘直後、アドレナリンがドバドバしていた時も、こんな発作は起こらなかった。
「だから大丈夫、何の問題もない。問題ないから大丈夫」
口に出して、自分に言い聞かせる。
しばらくそうしていれば、呼吸は落ち着いて、意識も元の様に戻ってくる。
私が元通りに戻るのを待っていたのか、私の様子が落ち着いたところで、シミュレータに声が届いた。
『もうそろそろいい?』
「あ、はい。すみません、お待たせしました」
『ん、問題ない。
……大丈夫?』
「はい、大丈夫です」
「そう。……なら、始める」
その声が聞こえると同時に、目の前の紅蓮弐式はこちらへと加速した。
後退してヴァリスで蜂の巣にしたいが、ヴァリスの間合いに持ち込むには、紅蓮弐式の距離は近すぎる。
危険だが、下手に下がるよりかは、踏み込んで接近戦に持ち込んだ方がいいだろう。
背中の鞘からMVSを引き抜き、突き出される輻射波動の腕を躱しながら懐へと踏み込む。
肌がピリピリと沸き立ち、呼吸がおかしくなりそうになるが、唇と両腕を力強く握って強引に止めた。
「はっ!」
気合いを籠めて、上段から一閃。
簡単に回避されるが、さらに踏み込みつつ、返す刀で掬い上げるように斬りつける。
紅蓮弐式は、それを逆手に持った右手の短剣で嚙合わせるように受け止めて、払うように受け流した。
「っ!」
腕が捲られ、身体が大きく開かれる。
その大きな隙を逃すはずがなく、再び輻射波動の腕が突き出される。
竦む。
凍る。
固まる。
一瞬の時間が、無限に引き延ばされる。
――ザ・コードギアス ゴッド・スピード
「……あれ?」
あまりの恐怖心に、とっさに発動したのだろう。
気が付けば、まるで時間が停滞したかのように、周囲の全てが静止していた。
目の前のモニターに映る紅蓮弐式も、その例外ではない。
左腕の輻射波動腕部、その指を等間隔に開いた状態で、こちらに腕を突き出すようにして固まっていた。
操縦桿から両手を離して、じっとその手を見つめる。
その手を開き、そして閉じ、きちんと動くことを確認してから、私は肩から力を抜いてシートに身体を預けた。
「……はぁぁ」
停止した時間という絶対的な安心感、その安心感に、硬直していた身体が解れ、どっと疲れが湧いて出た。
身体がふらっと揺れ、一瞬めまいが起きたかのように錯覚する。
PTSDによって生じた精神的な疲れと、それがもたらす身体の過負荷によって生まれた肉体的な疲れ、それらが一気に噴き出たのだ。ここがベッドだったなら、あっという間に眠ってしまっていただろう。
「ひっ、ひっ、ふー……ひっ、ひっ、ふー」
心を落ち着けるために、小刻みに深呼吸。
肺の中の空気を吐き出して、新鮮な空気を取り込む。
停止した時間の中で深呼吸できるのが不思議な気もしたが、そもそもこの加速による相対的時間停止がどの様に行われているのかもわからないので、あまり気にしないことにした。
さて、落ち着いたところで、これからどうしようか。
まず、大前提として、ギアス発動中にこのシミュレータから逃げることはできない。
この停止した世界では、私が身に着けている物や、ギアス伝導回路という特殊な魔法陣を搭載した機体以外は、動くことができないのだ。
いや、厳密に言えばできるが、そうすると大変なことになる。元の時間に合わせた速度で動かさなければ、こちらが干渉していない物質が干渉している物質に置いていかれてしまうのだ。
例えば、目の前に引き戸があって、それをギアス発動中に開けたとする。
もしこの時、本来の時間の流れに近い速度で開けなかった場合、ドアが取っ手に付いていけずにもげてしまうのだ。
もちろん、加速の倍率を落し、元々の時間に合わせて動かすことができれば、例えばナリタ山で森を突っ切ったようにすれば、そんなことは起こったりしない。
KMFのシミュレータには、コックピットの開閉を操作する方法が、電子的に開けるものと物理的に開けるものの2種類が存在している。物理的に開ける方は、万が一シミュレーションの電源が落ちて開錠できなくなった場合、内側から空けることができるようにするものだ。
これを使えば、シミュレータが稼働中であってもシミュレータから脱出することができる。
だが、ギアスを使っていると――
「……って、それ以前に、このシミュレータじゃギアス使ってなくても外に出れないじゃん」
ふと、特派が大学に研究室を移す前、軍の施設でこのGを再現するタイプのシミュレータの仕様を聞いた時、セシルさんが「安全のために、このシミュレータは電源が落ちないとロック解除が働かないようになっている」と言っていた言葉を思い出した。
Gが働いているときにロックが解除されると、そこから投げ出される危険性があるため、シミュレータ稼働中は外部に出れないのだ。
つまり、外にいるあの白衣の人を説得してシミュレータを止めてもらわなければ、外には出れない。
「ってことは、外に出るのは無理ってことだよね」
シミュレーション中のあの冷たい声からして、外に出たいなんて言えば、「あと7回で終わるんだから、我慢してさっさとやれ」みたいなことを言われそうだ。
それ以前に、私個人としてもそういったことはしたくない。仕事を投げ出すなんて、一社会人として絶対にやってはいけないことだ。
「でもねー」
じゃあ、今からギアスを解除して、紅蓮弐式と戦うのかと言われれば、正直それも嫌だ。
今は時間停止中なので冷静でいられるが、もしまた紅蓮弐式と戦い始めたら、最悪の場合取り乱して錯乱するかもしれない自信がある。
今の私は、アリスという身体が持つC.C細胞の影響かどうかわからないが、コードギアスみたいな規格外機でない限り、内側からコックピットを破壊できるだけの力を持っている。そんな私がここで暴れれば、それはもう大変なことになるだろう。そんなことになれば、特派の人達から変な目で見られるかもしれないし、何よりセシルさん達に迷惑がかかる。
さて、どうしようか……。
……いや、わかってる。目を背けるのはやめよう。
あの白衣の人を説得できる可能性が無い以上、今から7回、紅蓮弐式を倒さない限り、このシミュレータから出ることはできない。
ちゃんと目の前の赤い悪魔に対峙しない限り、この恐怖の時間から逃げることはできないのだ。
「……嫌だけど、嫌だけどやろう。やるしかない」
実行することを口に出して、嫌がる思考を誤魔化す。
一旦深呼吸をすることで呼吸を整え、操縦桿をしっかりと握る。
そして、私はギアスを解除した。
白衣の人、とあるラノベ?のキャラを参考にしてたり。
ごめんなさい、無口系キャラを考えたら、この人しか思いつかなかったんです。